Estacao Central 避難小屋

Yahoo!ブログより移転しました。散策の記録、イベント情報、演劇鑑賞、飲食関係、乗り物関係、日々の思うことなど色々と書いていきます。

    2017年04月

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    京急デハ230形 古巣に「帰郷」

    つぶやきに書ききれないので日記に書きます。
    この車両が保存されている川口市児童文化センター(青木町公園)は、高校の時の体育の授業のマラソンコースで、保存車両の横をよく走っていました。京急とは無縁の地に何故この車両が来たのかは不明ですが、川口でも長年にわたって愛されていたのは間違いありません。
    当時は保存状態も良好だったのですが、鳩ヶ谷市との合併に伴う市の施設再編の過程で管理する人がいなくなり、事実上放置状態になっていて、昨年に仕事で近くに行ったときに見たら、塗装が剥がれたりガラスも一部破損したりして荒廃していて、今後どうなるのか気になっていたところです。
    京急に帰還後は修復されて新本社にて保存されるそうで、取り敢えずは一件落着と言ったところでしょうか。

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    昨日、一昨日と、うちの隣の公園に相次いで変なおじさんが出没しました。
    2回とも別々のおじさんで、一昨日は公園の暗闇で鈍く輝く白っぽい風船かボールのような物体が激しく上下にバウンドするように動いていて、一瞬霊とか未確認生物かと思ってしまい恐る恐る近づいてみたところ、ベンチに掴まって腕立て伏せのような運動をして激しく上半身をピストン運動させている禿げ頭のおじさんでした。つまり、白っぽい風船かボールのような物体に見えたのはおじさんの頭です。
    昨晩は同じく暗闇で、ビールらしきものを飲みながら不気味な笑いを浮かべている変なおじさんが現れました。
    ともに、〇〇〇を露出したとか犯罪行為をしている訳ではないので、こちらから「何だ君は!?」と咎めることはできませんでしたが、正直怖かったです。
    昨日はおまけに、仕事中に私は何も聞いていないのに突然床清掃業者が現れて、やりたいことができなかったり、清掃業者が余計なことをやってしまったりで業務に支障をきたしたということもあり、余計に疲れて寝てしまい、変な悪夢にうなされました。
    変な夢の中では、東武鉄道の謎の臨時列車のポスターが出てきたのですが、そのイメージキャラクターのイラストが志村けんの変なおじさんと似ているようで異なる変なおじさんで、おじさんのヒゲの部分に時刻表が書いてあるというなかなか手の込んだポスターでした。
    列車の概要は、臨時列車(行先不明)が3本あって使用車種がそれぞれ300系、スカイツリートレイン、500系リバティで、列車愛称が名前は忘れたけどそのおじさんの名前になっていて、「スカイツリートレイン○○」とか「リバティ○○」となっていました。
    さらに、スカイツリートレイン、リバティ充当列車にはそれぞれアテンダントが乗ると書いてあって紹介されているのですが、1人が某所のトリンドル玲奈と加藤ミリヤを合わせたみたいな人で、もう1人が七つの大罪のゴウセルの格好をした整形前のスザンヌみたいな人で、これも謎過ぎる組み合わせですね。だいたい、トリンドル玲奈と加藤ミリヤを合わせたみたいな人は、「このおじさん変なんです!」と言う前に手が出てボコボコにしてしまいそうですし、整形前のスザンヌみたいな人は変なおじさんを冷たくあしらって終わりでしょうから、ともに変なおじさんにとっては都合の悪い人物です。
    結局私は、スカイツリートレインのチケットを買って乗車し、どこかの温泉に向かったのですが、アテンダントは2人とも結局現れずに目が覚めました。
    今日も清掃業者が余計なことをやってくれたせいでの機器トラブルが起きたり、ただでさえ忙しいのに欠勤者が出たりで散々な思いをしましたが、プレミアムフライデーではないけど朝早く出勤した分早く帰れました。
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    帰りは、そんなこともあったのでやけ飲みせずにはいられなくなり、戸田恵梨香似の店員がいる鳥貴族で一人飲みをして帰ってきました。
    今日は日向夏サワーで乾杯し、ソーセージサラダ、バターチキンカレーの焼き鳥などを食べました。
    あまり飲まなかったこともあり、仕事帰りの一人飲みでありながら明るいうちに帰宅し、今日は変なおじさんを見かけることはありませんでした。

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    月曜日は、東京医科歯科大学への通院でした。
    この日は、16:30の予約で行ったのに30分以上経っても呼ばれず、おかしいと思って受付に確認したり、仕事絡みの電話を待っている最中だったので、下手すればそれに重なってしまうと思い、前倒しで電話を入れていたら、犬も歩けば棒も歩く的に悪いタイミングでその間に呼ばれてしまいました。
    で、待合室に戻ったら「探したのに~!」とか「帰ったと思った」とか言われてしまいましたが、1時間遅れでようやく合流。
    4月に交代した新しい担当医(女性)には初めて会ったのですが、新垣結衣系な人とかだったら非常に文句を言いづらいし、逆に怖いお姉さん系で指原莉乃とかみたいだったら怖くて文句を言えませんが、どちらの系統でもなかったです。ただ、見た目がギャルっぽくて失礼ながら第一印象が頭の悪そうな人に見えてしまいました。前の患者が長引いたのが理由らしいですが、予約したのにその1時間遅れは困るので「時間通りに来て待っていたし、仕事の連絡をしなければならない都合もあったので、そこはきちんと守ってほしいです」と一言苦情を言ってしまいました。
    今回はCT結果と治療に向けての説明だけだったのですが、5月8日に抜歯し、その後落ち着いてからでないと次の治療には取り掛かれないとのことです。銀歯が取れたのが3月で、当初は取れたものを付け直してすぐ終わりと思っていたのに、親知らずが隣の歯を圧迫しているのが原因なので、これを抜いてからでないと駄目と言われてこうなったわけですが、まだまだ先が長いですね。
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    当初は終わったらまっすぐ帰るつもりだったのですが、遅れたら夕食に丁度いい時間になってしまったので、先日入った御茶ノ水駅前の三浦のハンバーグに再び入りました。
    先日食べたのはダブルハンバーグでしたが、今回はハンバーグ+メンチカツのセット150gにし、ソースは和風おろし+ねぎ旨塩ソースにしました。
    ここは毎週日替わりで色々なサービスデーをやっていて、曜日によって300gと400gは200円引きとかポイント2倍とか色々やっているので、それに合わせてメニューを選ぶのもよさそうです。
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    また、昨日はサントリー天然水の新商品「プレミアムモーニングティー」を買ってみました。まあまあ良かったと思いますが、これって味付けている時点で既にミネラルウォーターではないだろうとか突っ込みどころが多いですよね。あと、ネット上で派手にキャンペーンを展開していますが、以前のヨーグリーナみたいに「あまりの人気で売り切れ続出」というニュースがまた飛び込んでくるのではないかと予想しています。
    あと、天然水も色々なバージョンが出ていますが、まだコーヒーは出ていないですよね?そのうち「天然水×BOSS」という透明のコーヒー味のものが出ると予想しています。

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    芦ノ牧温泉からの普通列車は、今まで一度も乗ったことがなかったリクライニングシートのAT-700形で、ようやく乗ることができました。普通列車でありながらこれだけのハイグレードな車両は珍しいですね。ただし、朝にすれ違ったAIZUマウントエクスプレスのように西野カナ系なアテンダントは乗っていませんでした。
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    会津鉄道もそうですが、バスツアーでローカル線に短区間だけ乗車するコースも多く、そのツアー客のマナーの悪いジジババ集団に鉢合わせてしまいましたが、若干空いている席があり、後ろには整形前のスザンヌみたいな人がいました。
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    途中は、大川ダムや塔のへつり付近などの景勝を通過し、そこでわざと減速したりして撮影タイムが設けられていましたが、撮影時に走ったり押したり無理に割り込むなどジジババのマナーの悪さは度を越しており、心霊スポットとも言われている塔のへつりで奴等が撮った写真に霊が写り込めばいいのにと本気で思ってしまいました(怒)。
    会津田島到着後は、帰りの特急「リバティ会津148号」出発まで約1時間半あるので、駅周辺を手短に散策。
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    まずは駅前のSL「C11-254」を見ました。実際に国鉄会津線で使われていたものだそうで、調べたら会津地区は東北地方では最後までSLが使われていた場所だそうです。会津鉄道にSLを走らせようという運動があり、単独での復活運転や東武のSL大樹を乗り入れるなどの構想があるそうですが、今のところ細々としか活動できていないようだし、東武からの直通だとトンネルが多い野岩鉄道を走行するのが難しいだけに、実現は遠いでしょう。個人的には会津若松で「SLばんえつ物語」(会津若松~新潟)に接続して、SLだけを乗り継いで新潟まで行かれたら面白いとは思いますが。
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    その後は、古い街並みを眺めながら国道121号線を移動し、空き家と思われる石造りの建物や、7月に行われる会津田島祇園祭の屋台庫、屋台庫近くの水路と水門などを見ました。
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    次いで、福島県南会津合同庁舎敷地内にある資料館として使われている旧南会津郡役所(明治18年/1885年築)に行きましたが、残念ながら16時閉館だったので既に閉館していました。
    「郡」という行政単位は今は名前だけのものですが、明治維新~大正時代いっぱいまでは都道府県と町村の中間の地方公共団体として扱われ、郡役所があって議会があって、議員や職員など働く人もいたそうです。今は都道府県の支所や出張所がその役割を担っています。
    文明開化から明治20年代頃まで流行した日本式の工法をベースに洋風のデザインを取り入れた「擬洋風建築」の一種だそうで、エメラルドグリーンの壁色が特徴的です。今回はあいにく閉館後でしたが、いつか内部も見学したいです。
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    その後は、郡役所裏にある「南山六義人頌」という六地蔵と道祖神社を見ました。六地蔵は、1720年(享保5年)に起こった百姓一揆「南山御蔵入騒動」で犠牲になった6人を義民として讃えるために建立されたものです。
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    色々見ていたら丁度いい時間になったので会津田島駅に戻り、17:48発のリバティ会津148号を待ちました。
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    浅草到着は21時過ぎになるので駅弁を買うことにしたのですが、売店の閉店時間が迫っているので弁当全品半額になっていました。紙で包まれた本格的な駅弁風のがあったのでそれにしようと思ったのですが、ぎりぎりで買おうと思ったら売り切れてしまい、結局コンビニ弁当みたいな普通の見た目のものしか残っていませんでした。見た目はコンビニのものみたいだけど地元の店で作ったものだからそれなりに美味しいし、移動中の車窓を眺めながら食べれば、雰囲気はよくなりますね。
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    会津田島を出発後は下今市まで各駅停車です。下今市までしか乗らない場合は特急券不要(但し指定券を持った人には譲らなければいけない)なので、下今市からの特急券だけ買えばいいじゃないかということにもなりますが、リバティ登場で導入された規則によると、下今市以降も乗る場合は最初から特急券を持っていないと駄目とのことです。車内検札があって乗車券を見られるので、インチキをしようとしてもばれてペナルティを受けるだけです。ただ、抜け道はいくらでもありそうなので、このグレーゾーン的なシステムが原因のトラブルが起きるのではないか心配です。
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    また、車内表示器に停車駅などが表示される際に、駅名の後ろに野岩鉄道と会津鉄道のロゴが表示されるのが面白いです。東武線内ではこの部分に駅ナンバーが表示されます。
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    そして、行きは快速が通過していた秘境駅とも言われる男鹿高原にも特急でありながら停車しました。元々1日平均乗降客数が1人を切っていることもあって、乗降客はいなかったようです。
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    そして下今市では、東武日光発の「リバティけごん48号」との併結が行われ、ここから浅草までは6両編成になります。
    せっかく乗ったからにはこの連結の様子も見ておこうと思い、下今市停車中に動画撮影しました。
    数センチ単位での細かい作業が求められるだけになかなか慎重な作業ですが、車外からの無線での指示とうまく連携して3分程度で連結完了。
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    その後は、主要な特急停車駅に停車して、21:15に定刻通りに浅草に到着。運転開始から2日間で3回リバティに乗った物好きは私くらいかもしれませんが、これから末永く繁盛することを祈りたいです。あと欲を言えば、スペーシアには適用される平日料金や午後割・夜割などの割引料金適用などで特急料金はもっと安くした方がいいかと思います。

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    バスは山道を上がって行き、20分ほどで大内宿に到着。冬は雪が深い場所のため、まだ雪が若干残っていて寒かったです。
    ここは、会津若松と今市を結ぶ下野街道(会津西街道)の途中にある半農半宿の宿場町ですが、明治に入り新しい道(現在の国道121号線)ができたことでメインルートから外れ、その後は宿場から農村に転換し、昭和40年代まで世間からその存在は忘れられていたそうです。
    途中に一見あぜ道にしか見えない細道があったのですが、それは旧街道だそうです。
    再び注目を浴びるきっかけになったのが、武蔵野美術大学の相沢韶男名誉教授(当時は大学建築科4年生)がここを訪れた際に、江戸時代のままの街並みが残っていることに感動し保存を呼びかけたことだそうで、その後マスコミにも取り上げられましたが、一部の心無いメディアが超高層ビルなどを引き合いに出して、茅葺き屋根に住んでいる人は貧乏と馬鹿にしたことや、防火を理由に行政が補助金を出してまで茅葺き屋根の撤廃を進めていたこともあり、一時は屋根をトタン屋根に張り替えてしまう家が続出し、保存の動きは頓挫しかけたそうです。
    保存の動きが本格化するのは、1981年に、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されてからで、以降は茅葺き屋根を復活させたり、茅葺き職人の育成や防火体制の整備など保存活動が確立されて現在に至ります。
    茅葺き屋根の家が多数並ぶ光景は時代劇や昔話の世界そのもので、非常に圧巻でした。
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    まずは昼食にし、「分家玉屋」という店に入りました。もちろんここも茅葺き屋根です。ここはカフェのためか大内宿名物のねぎそば(箸の代わりに長葱で食べる蕎麦)はありませんが、絶対それを食べると決めていたわけではないので、数量限定の鶏せいろ飯にしました。
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    地元産米の上に会津地鶏の鶏肉が乗り、その上にネギがたっぷりとかかっていて、ボリュームも味もなかなかのものでした。味噌汁は具が多めでダイスカットになっているのが面白いです。お新香は漬物系だと恥ずかしながら残してしまうこともあるのですが、新鮮なカブでこれも美味しかったです。
    カフェだけにケーキなどスイーツ関係も充実していましたが、今回は食事だけにしました。
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    食後は大内宿を散策。道の両脇は水路になっているのですが、ところどころに洗い場が設けられています。今も実際に使われていて、ここで飲み物を冷やしている店もありました。
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    次いで、蕎麦と酒の三澤屋を見ました。屋外で酒を売っていて試飲をさせてくれましたが、買っていません。そしてここには、三澤屋オリジナル商品のまたたび酒があります。またたびの実を漬けて作ったものだそうで、試したことはないけど猫が寄ってくるかもとのことです。28日に誕生日を迎える体長166cmの大きな猫にお土産で買って帰ろうかと思いました。
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    その後はある店の前に「美人専用」と書かれたテーブル席を発見。記念撮影している人が沢山いましたが、本当に美人がいたかについてはコメントを控えさせていただきます。あと、万が一美人じゃない人が座って写真をネットにアップしたら炎上してしまうのでしょうね。
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    その後は新しめの鳥居があったので、その先にある高倉神社に行ってみました。神社は集落の外れにあることが多いですが、この鳥居からはかなり離れた場所にありました。
    あまり聞き慣れない神社名ですが、御祭神は後白河天皇の第二皇子・高倉宮以仁王で、源氏と平家が戦っていた時代の人だそうですが、平清盛が起こした治承三年の政変で後白河天皇が幽閉された後に、平氏討伐を企てるも失敗して討ち取られたと言われています。ところが、実はその後も生存して東国に逃れ密かに源頼朝や木曾義仲に指示を送っていたという伝説が存在し、ここはその際に潜伏していた場所の一つとも言われているそうです。源義経=ジンギスカン説や明智光秀=天海大僧正説にも通じるものがありますね。
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    神社には手水舎がなく、中を横切る水路に柄杓が置いてありました。かなり流れの早い水路で水はきれいでしたが、これを見た人が川の水で手を洗うなんて汚らしいとか小馬鹿にしていたのが残念でした。そして、この水路は農業用水にもなっているのか、あちこちで分かれているのが印象的でした。
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    その後は来た道を戻りましたが、途中に学校の校舎のようなものが見えたので近づいてみたところ、かつては小学校の分校だったようですが今は廃校になり、茅葺き職人の研修や体験施設として利用されているそうです。時々体験ワークショップが行われているようですが、今回は無人でした。
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    その後は、正法寺横の坂を上がって大内宿見晴台に行き全景を眺めました。
    世界遺産の白川郷合掌造り集落とは一味違った美しさがありますが、こちらは世界遺産を目指そうという話は特に聞きませんね。もっとも、世界遺産に登録されたところで観光客が異常に増えて環境が悪化したりという本末転倒な事態が起きている場所も多いので、無理してまでそういう道を選ぶ必要はないと思いますが。
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    見晴台を見終えた後は、弁財天の階段を降りましたが、これが非常に急で恐ろしい階段でした。階段の下には庚申塔などもありました。
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    その後は、美濃屋(名主阿部家)を見学。お土産店兼一般住宅ですが、一部の部屋を200円で一般公開しています。「博物館ではなくあくまで一般住宅なので解説はありません」とのことでしたが一応最小限の解説はあり、それによると建築年代は不明だけど、幕末期に建てられたと推定されるそうで、江戸末期には没落した本陣に代わり、参勤交代の時の大名の休憩宿にもなっていたそうです。
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    博物館だときれいに整備されてしまっていますが、こちらはほぼ手つかずで残されており、長い年月を経たことによる汚れなどが目立ち、それがかえってリアルさを増しているのが面白いです。
    天井は非常に高くなっているほか、欄間の格子が矢の形をしているのが印象的でした。
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    また、明治初期に東北や北海道を訪れて「日本奥地紀行」という本を出版した英国人女性旅行家のイザベラ・バードが宿泊した場所で、入って一番最初の部屋に宿泊したとのことでした。当時は肌の色が違う人種が現れたことによる珍しさからなのか、障子に穴を開けて覗き見をする人が続出したそうですが、赤ワインを飲んでいるのを生き血と勘違いして震えあがったそうです。同じ部屋には戊辰戦争で使われた砲弾の実物も展示されていました。
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    次いで、しばらく町並みを見てから、大内宿町並み展示館を見学。江戸時代の問屋本陣を復元したものですが、当時の資料が残っていなかったため近隣の別の本陣を参考に再現したそうです。
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    当時の風呂や雪隠も再現されていました。
    博物館なので当然展示内容は充実していますが、やはり前に見た美濃屋に比べるとリアルさに欠ける気がします。見学してから気づいたのですが、両方とも見るべきではあるけど先に博物館のほうを見てから美濃屋を見たほうが、知識を得てからよりリアルなものを見られるのでいいかもと思いました。
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    最後は、そば粉天饅頭を食べて湯野上温泉駅行きのバスに乗り、大内宿を後にしました。
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    帰りのバスの車内では、記念品にボンネットバスやロンドンタクシーの一覧の写真が掲載されたポストカードをもらいました。
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    湯野上温泉からは、会津若松行き快速「リレー117号」に乗車して芦ノ牧温泉に移動。「リバティ会津117号」から接続する列車です。
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    駅で売っていたカステラサンドを食べましたが、食用ほおずきジャム入りです。観賞用(有毒)に比べて中の実が大きいそうですが、実物は見たことがありません。味は例えにくいのですが苺のようでもあるしオレンジマーマレードのようにも感じました。
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    15分ほどで芦ノ牧温泉に到着。ここは猫駅長で有名になった駅ですが、猫の「勤務時間」内のはずなのに、無念にも猫はいませんでした。で、駅の人に一言聞いたら籠に入った猫を事務室内からカウンター越しに少しだけ見せてはくれましたが、見せてやったんだ感が漂っているし、改札を出たときもホームにいた職員に切符を見せたのに、売店のエプロンを付けた奴に「入場券がないとホームに入ることは・・・」と言われましたし、正直感じ悪かったです。また、初代猫駅長がフラッシュ撮影をする輩のせいで失明したため全面撮影禁止で、カメラをぶら下げているだけで悪者扱いして、分かっているのに撮影禁止だとケチをつけてくる職員もいました。猫の健康等を考えると、むやみに写真を撮りまくったり常に見せ物にしてはいけないのは分かりますが、感じ悪い接客は論外です。
    また、観光地化されてしまったことで観光バスで乗りつける観光客も多いのですが、大人数で押しかけて待合室のベンチを集団で占拠したり大声で話し喫煙マナーの悪い団体と鉢合わせしてしまい、こいつらが明らかにタバコを吸ってはいけない場所でタバコを吸っているのもどうかと思いました(怒)。駅職員もそういう輩こそ注意すべきかと思うのですが、残念ながら注意する気配がなかったですし、もはやかつての素朴な田舎の駅の雰囲気はなく、ただの品のない商業施設に成り下がってしまった気がします。
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    そして、駅前にはラーメンなどで有名な牛乳屋食堂があり、そこの売店に立ち寄ろうと思ったのですが、ここの売店が15時閉店で、行ったら無念にもぎりぎりで駄目でした。そんな訳で、今回は芦ノ牧温泉に関しては大ハズレとしか言いようがありませんでした。
    元々長時間の滞在は想定していませんでしたが、結局15分後の会津田島行きで早々と芦ノ牧温泉を去りました。
    (続く)

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