2005年05月24日

簡雍(憲和)という人

姓を簡。名を雍。字は憲和。でも本当の姓は耿[コウ]だったりする。幽州(たぶん地元)で「耿の発音と簡の発音が同じだから」というわかったような分からないような理由で簡にするあたり、彼の大雑把な性格がよく現れています。

この簡雍という人、実はかなり早い段階で劉備と行動をともにしています。おそらく直接戦場で斬ったはったという仕事をしたわけでは無いと思いますが、地元の半ヤクザの親分であった劉備と気が合ったために色々と話し相手になったそうです。

ただの話し相手だったらそれほど重用されることはありませんが、どうもこの簡雍という人は結構「切れ者」だったようで、行く先々で劉備の使者として成功をおさめています。普段から身だしなみも気にせず、それこそ寝巻き姿で出仕しそうな人ですが、劉備が皇帝になった後も変わらずタメ口であぐらをかきながら話すあたり変人と言えるでしょう。天子様にタメ口。この人ならやりかねん。

この変人簡雍は袁紹や劉璋といったちょっと難し目の実力者を虜にするにはうってつけの人物だったようです。特に劉璋包囲戦では法正による降伏勧告や戦力状況計算よりも、劉璋が簡雍という人物にほれ込んでしまった感があるんです。実際には「自分は暗君だから民を傷つけたくない」という理由で開城するわけですが、そのとき劉璋が乗っていた輿に同乗しているんですよこの人。もういったい何を考えてるんでしょう。

この簡雍さん。その後も誰からも憎まれない尊大な態度は変わらず、諸葛亮らが訪問しても寝そべったまま席も勧めずだらだらと話したりしています。ある意味英雄というかギャグキャラというか、実に不思議な人です。だからこそ劉備も袁紹も劉璋も惚れてしまったのかもしれませんね。

※簡雍の不思議系キャラを前面に押し出した作品として、仲路さとる氏の『異・三国志』があります。興味がある方は是非ご一読を。

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