2010年01月05日
反省と近況報告
昨年はほとんど書き綴ることもなかった…そして、とうとう2010年の幕が開けてしまった。
罪滅ぼし的にではあるが、もう1つのBlogを紹介したい。職場の同僚たちと、今度はおもちゃの研究プロジェクトを始めることになった。アドレスは以下の通り。
http://blog.livedoor.jp/r_toy_project/archives/51329137.html
プロジェクトのメンバーは相互に多忙なので、研究会といった公式の場以外にも相互の興味や関心、アイディアを交換するためのツールとして昨年末に立ち上げた。このような日々の積み重ねから、少しでも研究を推進していきたいという思いがある。
おもちゃに関連して言えば、昨年10月、おもちゃ図書館ボランティア近畿地区研修会で「現代の子ども事情とおもちゃ図書館の役割」と題し、講演をさせていただいた。恩師のK先生のご推薦もあり、お引き受けした。内容的には、2008年度の育児休暇体験をふんだんに交えつつ、少子社会における子どもや保護者の現状、おもちゃに関しては倉橋惣三『玩具教育篇』(1935年)に示された子どもの生活と遊び、玩具の関係を概説しながら、おもちゃ図書館に期待するものをお話しした。
講演後、思いがけず、幼稚園時代の恩師O先生が声をかけて下さり、実に35年ぶりの再会に倒れそうになった。「穴があったら入りたい」と言うのはまさにこのこと。今は幼稚園を退職され、滋賀県O市の子育て支援課にて、おもちゃ図書館を担当されており、この研修会に参加されたとのことだった。後日、O先生よりご依頼があり、3月には滋賀県のおもちゃ図書館ボランティアの研修会でも講演させていただく予定になっている。
これまで地域福祉論の講義で簡単にふれるだけであったおもちゃ図書館がにわかに身近な存在になってきた。これを後押しするように、職場ではおもちゃの研究プロジェクトが立ち上がったわけである。演劇からおもちゃへ。飛躍と言えば、飛躍に思える。しかし、自分の中では確かにつながっている気がする。
他方、夏休み中に学内紀要への投稿用にと、論文「保育者による『保護者に対する支援』の歴史的源流−大正期における託児所(保育所)の『副業』−」をまとめた。2010年7月刊行予定。そして、この論文をまとめる中、戦前期の社会事業家・生江孝之(なまえたかゆき、1867−1957)の存在に気がつき、「社会事業家・生江孝之の保育事業論」をまとめつつある。近く学会誌に投稿予定である。
また、以上のような戦前期の保育史を探る中、指導教授N先生の恩師・海野幸徳(1879−1955)の文献に目を通すことがあり、これを機に彼の社会事業理論や社会事業学を調べてみたいと考えるようになった。そこで、N先生のご協力も得ながら、10月には文部科学省・科学研究費の申請を行った。採択結果は4月以降であるが、結果の如何によらず、前倒しで研究を始めている。研究の焦点はさしあたり海野が提起した「體験社会事業」と「概念社会事業」という2つの概念である。海野によれば、その社会事業学の主は前者、従が後者に位置づけられるという。平たく言えば、前者は体験や直観による現実把握、後者は概念による現実把握と言うことになる。つまり、この点が演劇的手法を用い、アクチュアリティとリアリティという現実把握の次元の相違にこだわってきた、これまでの研究関心と結びつくのではないかと考えている。少し調べを進めてみると、海野による2つの概念は、社会事業における男女の分業論や社会事業教育論と密接不可分な関係にあることがわかってきた。
最後に付け加えると、過去数年間、演劇的手法を用いた教育方法の研究では社会福祉現場の「いま・ここ」にこだわってきた。昨夏より一転、大正から昭和初期にかけての歴史研究に着手してみると、「温故知新」の重要性を再認識することになった。100年前の時代から「いま・ここ」を問い直してみると、何が見えてくるのか。生江孝之、海野幸徳…そして、もう1人付け加えると、先述した講演でも紹介した幼児教育研究者・倉橋惣三(1882−1955)である。彼らが残した文献と格闘する日々は当分続きそうだ。
罪滅ぼし的にではあるが、もう1つのBlogを紹介したい。職場の同僚たちと、今度はおもちゃの研究プロジェクトを始めることになった。アドレスは以下の通り。
http://blog.livedoor.jp/r_toy_project/archives/51329137.html
プロジェクトのメンバーは相互に多忙なので、研究会といった公式の場以外にも相互の興味や関心、アイディアを交換するためのツールとして昨年末に立ち上げた。このような日々の積み重ねから、少しでも研究を推進していきたいという思いがある。
おもちゃに関連して言えば、昨年10月、おもちゃ図書館ボランティア近畿地区研修会で「現代の子ども事情とおもちゃ図書館の役割」と題し、講演をさせていただいた。恩師のK先生のご推薦もあり、お引き受けした。内容的には、2008年度の育児休暇体験をふんだんに交えつつ、少子社会における子どもや保護者の現状、おもちゃに関しては倉橋惣三『玩具教育篇』(1935年)に示された子どもの生活と遊び、玩具の関係を概説しながら、おもちゃ図書館に期待するものをお話しした。
講演後、思いがけず、幼稚園時代の恩師O先生が声をかけて下さり、実に35年ぶりの再会に倒れそうになった。「穴があったら入りたい」と言うのはまさにこのこと。今は幼稚園を退職され、滋賀県O市の子育て支援課にて、おもちゃ図書館を担当されており、この研修会に参加されたとのことだった。後日、O先生よりご依頼があり、3月には滋賀県のおもちゃ図書館ボランティアの研修会でも講演させていただく予定になっている。
これまで地域福祉論の講義で簡単にふれるだけであったおもちゃ図書館がにわかに身近な存在になってきた。これを後押しするように、職場ではおもちゃの研究プロジェクトが立ち上がったわけである。演劇からおもちゃへ。飛躍と言えば、飛躍に思える。しかし、自分の中では確かにつながっている気がする。
他方、夏休み中に学内紀要への投稿用にと、論文「保育者による『保護者に対する支援』の歴史的源流−大正期における託児所(保育所)の『副業』−」をまとめた。2010年7月刊行予定。そして、この論文をまとめる中、戦前期の社会事業家・生江孝之(なまえたかゆき、1867−1957)の存在に気がつき、「社会事業家・生江孝之の保育事業論」をまとめつつある。近く学会誌に投稿予定である。
また、以上のような戦前期の保育史を探る中、指導教授N先生の恩師・海野幸徳(1879−1955)の文献に目を通すことがあり、これを機に彼の社会事業理論や社会事業学を調べてみたいと考えるようになった。そこで、N先生のご協力も得ながら、10月には文部科学省・科学研究費の申請を行った。採択結果は4月以降であるが、結果の如何によらず、前倒しで研究を始めている。研究の焦点はさしあたり海野が提起した「體験社会事業」と「概念社会事業」という2つの概念である。海野によれば、その社会事業学の主は前者、従が後者に位置づけられるという。平たく言えば、前者は体験や直観による現実把握、後者は概念による現実把握と言うことになる。つまり、この点が演劇的手法を用い、アクチュアリティとリアリティという現実把握の次元の相違にこだわってきた、これまでの研究関心と結びつくのではないかと考えている。少し調べを進めてみると、海野による2つの概念は、社会事業における男女の分業論や社会事業教育論と密接不可分な関係にあることがわかってきた。
最後に付け加えると、過去数年間、演劇的手法を用いた教育方法の研究では社会福祉現場の「いま・ここ」にこだわってきた。昨夏より一転、大正から昭和初期にかけての歴史研究に着手してみると、「温故知新」の重要性を再認識することになった。100年前の時代から「いま・ここ」を問い直してみると、何が見えてくるのか。生江孝之、海野幸徳…そして、もう1人付け加えると、先述した講演でも紹介した幼児教育研究者・倉橋惣三(1882−1955)である。彼らが残した文献と格闘する日々は当分続きそうだ。
2009年09月01日
復職から丸5ヶ月が経ち…
長い間、書かなかった。書けなかった。書く気になれなかった。その他、いろいろ思うところがある。
気がつけば、今日から9月。育休から復職して丸5ヶ月経ったのだなぁ。いろいろあった。特にワーク・ライフ・バランスの日常的な積み重ねと言おうか、はっきり言えば、格闘と葛藤の連続。この5ヶ月間に何度思ったことか。「昨年度1年間は人生の中で最も幸せな年であったのではないか」って。
タイトルも変更が必要。もう2009年度だし…。少し考えてから、変更しよう。
ところで、このblogはそもそも2006年度〜2007年度の科研費研究プロジェクト用に始めたものだった。育休中に家事・育児の傍ら、どうにか成果(研究論文)をまとめることができた。
1.「演劇を用いた福祉教育実践の展開過程と教師の役割―エスノグラフィーのための予備的考察として―」日本福祉教育・ボランティア学習学会『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』vol.13,2008,pp.96−107
2.「フォーラム・シアター(Forum Theatre)を用いた保育実践の省察」日本保育学会『保育学研究』vol.47,no.1,2009,pp.55-65
1.は短大社会福祉士課程の社会福祉援助技術演習における教育実践についてまとめたもの。2.はこのblogでも書き綴ってきた保育園の先生方に対する演劇的手法による実務者研修についてまとめたもの。
というわけで、ひとまず科研費研究にはピリオドが打てた。
次なる研究課題はいろいろあるが…育休中に偶然、日本社会福祉学会の重鎮の一人O先生と、恩師のN先生とお話しする機会があり、研究内容について厳しい指摘を受けた。お二方の発言主旨を集約すると、教育研究は重要だが、理論研究や歴史研究を積み重ねるように、とのこと。
この助言がボディ・ブローのように効いているなか、勤務校の事情で児童福祉論/子ども家庭福祉論の業績を積む必要性が出てきた。お盆休みくらいから、戦前期、とりわけ、明治から大正期における託児所(保育所)について調べている。現在、盛んに論じられている地域子育て支援関連の研究は1990年以降の20年間という射程で展開されるあまり、短期的な視野になりがちであるように思う。そこで、逆に、より長期的な視野に立って考えてみるための、試みとしての歴史研究である。
とはいえ、実習巡回指導や学内の雑務、後期授業の準備の合間をぬって、また家事・育児とのバランスをとりながらの挑戦なので…まとめられるのかどうか、正直不安が募る。当分、格闘と葛藤は持続しそうだ。
気がつけば、今日から9月。育休から復職して丸5ヶ月経ったのだなぁ。いろいろあった。特にワーク・ライフ・バランスの日常的な積み重ねと言おうか、はっきり言えば、格闘と葛藤の連続。この5ヶ月間に何度思ったことか。「昨年度1年間は人生の中で最も幸せな年であったのではないか」って。
タイトルも変更が必要。もう2009年度だし…。少し考えてから、変更しよう。
ところで、このblogはそもそも2006年度〜2007年度の科研費研究プロジェクト用に始めたものだった。育休中に家事・育児の傍ら、どうにか成果(研究論文)をまとめることができた。
1.「演劇を用いた福祉教育実践の展開過程と教師の役割―エスノグラフィーのための予備的考察として―」日本福祉教育・ボランティア学習学会『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』vol.13,2008,pp.96−107
2.「フォーラム・シアター(Forum Theatre)を用いた保育実践の省察」日本保育学会『保育学研究』vol.47,no.1,2009,pp.55-65
1.は短大社会福祉士課程の社会福祉援助技術演習における教育実践についてまとめたもの。2.はこのblogでも書き綴ってきた保育園の先生方に対する演劇的手法による実務者研修についてまとめたもの。
というわけで、ひとまず科研費研究にはピリオドが打てた。
次なる研究課題はいろいろあるが…育休中に偶然、日本社会福祉学会の重鎮の一人O先生と、恩師のN先生とお話しする機会があり、研究内容について厳しい指摘を受けた。お二方の発言主旨を集約すると、教育研究は重要だが、理論研究や歴史研究を積み重ねるように、とのこと。
この助言がボディ・ブローのように効いているなか、勤務校の事情で児童福祉論/子ども家庭福祉論の業績を積む必要性が出てきた。お盆休みくらいから、戦前期、とりわけ、明治から大正期における託児所(保育所)について調べている。現在、盛んに論じられている地域子育て支援関連の研究は1990年以降の20年間という射程で展開されるあまり、短期的な視野になりがちであるように思う。そこで、逆に、より長期的な視野に立って考えてみるための、試みとしての歴史研究である。
とはいえ、実習巡回指導や学内の雑務、後期授業の準備の合間をぬって、また家事・育児とのバランスをとりながらの挑戦なので…まとめられるのかどうか、正直不安が募る。当分、格闘と葛藤は持続しそうだ。
2008年12月01日
2008年11月23日
関西社会福祉学会第15回若手研究者・院生情報交換会にて
22日14時から17時過ぎまで「関西で研究するとは―関西で研究する魅力について―」をテーマとする標記情報交換会に参加、発表した。妻が土曜出勤のため、2人の子連れであったが、実行委員会のご配慮で託児サービスをつけて対応いただいた。
発表内容は、これまで勤務してきた私立4大学・短大での経験談。また、育休中の身であるから、研究と育児等とのバランスの取り方も話した。こうした内容をフォーマルな場でまとめて話したのは初めてだったので、少し不思議な気持ちになった。参加者の多くは博士後期課程の院生さんであったから、いくらか参考になったなら幸いである。子連れの懇親会でも現役院生さんの苦悩や葛藤の一端にふれ、改めて考えることが多かった。
そして、今朝から昨日出会った方々の論文や研究ノートを読んでみた。昨日ご本人からわずかに聞いて興味をもったのだが、いずれからも刺激を受けた。パウロ・フレイレの思想と実践から地域福祉における「変革」を再検討したMさん、クライエントの「主体性」概念を再検討したIさん。今度は研究内容について、ゆっくり議論してみたいと思った。
何はともあれ,実行委員会の皆さん、長時間付き合ってくれた子ども達、託児スタッフの学生さんに感謝。
発表内容は、これまで勤務してきた私立4大学・短大での経験談。また、育休中の身であるから、研究と育児等とのバランスの取り方も話した。こうした内容をフォーマルな場でまとめて話したのは初めてだったので、少し不思議な気持ちになった。参加者の多くは博士後期課程の院生さんであったから、いくらか参考になったなら幸いである。子連れの懇親会でも現役院生さんの苦悩や葛藤の一端にふれ、改めて考えることが多かった。
そして、今朝から昨日出会った方々の論文や研究ノートを読んでみた。昨日ご本人からわずかに聞いて興味をもったのだが、いずれからも刺激を受けた。パウロ・フレイレの思想と実践から地域福祉における「変革」を再検討したMさん、クライエントの「主体性」概念を再検討したIさん。今度は研究内容について、ゆっくり議論してみたいと思った。
何はともあれ,実行委員会の皆さん、長時間付き合ってくれた子ども達、託児スタッフの学生さんに感謝。
2008年11月16日
地域密着多機能ホーム施設長Kさんとの再会
昨日の午後、大阪城公園でKさんと再会。ど根性大根で話題になった相生市で最近、地域密着多機能ホームを開設、開設前後の様子を伺った。
ホームが地域づくりを目指していること、元板前や現職の僧侶をスタッフに迎えていること、3日間の見学会に200名もの参加があったこと等、興味深い話ばかり。
現行制度上、地域密着型サービスの経営は容易ではない。地域によっては理念が形骸化し、特養の大部屋解消の方策になっている現状もあるなか、その理念にこだわった展開の今後に興味が尽きない。来週、播州赤穂を再訪するから、おおの家にも立ち寄る予定。
福山の認知症高齢者グループホームで介護保険導入前に出会ったKさん。その後、郷里・宮崎、福山での再就職を経て、相生に。そのバイタリティにはいつも脱帽である。彼女の新しいスタートを心から祝福し、今後も応援したい。
ホームが地域づくりを目指していること、元板前や現職の僧侶をスタッフに迎えていること、3日間の見学会に200名もの参加があったこと等、興味深い話ばかり。
現行制度上、地域密着型サービスの経営は容易ではない。地域によっては理念が形骸化し、特養の大部屋解消の方策になっている現状もあるなか、その理念にこだわった展開の今後に興味が尽きない。来週、播州赤穂を再訪するから、おおの家にも立ち寄る予定。
福山の認知症高齢者グループホームで介護保険導入前に出会ったKさん。その後、郷里・宮崎、福山での再就職を経て、相生に。そのバイタリティにはいつも脱帽である。彼女の新しいスタートを心から祝福し、今後も応援したい。
天王寺区親育て講座に参加
昨日、天王寺区地域福祉アクションプランの1事業である「地域で育つ地域の子ども推進事業*親育ち連続講座」に家族で参加。全3回の初回で、人形劇団“クラルデ”による「たまごまごまご」と「ぶたのたね」の公演を観た。わずか1時間であったが、楽しませてもらった。参加親子は30〜40組くらいだろうか。また、当日のスタッフには聖和子育てサークルももの木のボランティアの方々の顔ぶれもあり、ご挨拶。ただ、「親育ち連続講座」と呼ぶには内容や進め方に再考の余地があると思った。親子を集めることにある程度成功しているからこそ、親の育ちに寄与するもうひと工夫が欲しい。地域福祉(活動)計画の具体的な取り組みを体験し、計画推進の意義と課題について考えることができた。
2008年11月08日
保育内容・人間関係にゲスト出演
勤務校の標記演習に長男がゲスト出演。「1歳児と一緒に遊ぼう」というテーマで、約30名の学生さん、担当のT先生に迎えていただいた。
息子は大勢の人に緊張気味ながら、様子をうかがっていた。心細いのか、側から離れない。授業が始まり、息子の出生時の様子や日々の生活について話した。試しに息子を各自抱いてみて、その体重をあててみるよう促した。出てきた答えは5キロ、7〜8キロ。10キロ以上あることを伝えると、驚いた様子。観て学ぶだけでなく、触れて学ぶよう勧めた。
息子のために、ぬいぐるみやボール、紙風船、ダンボール箱などが用意されていたが、興味を示したのはキャスター付きの事務用の椅子、ピアノ、そしてT先生が出されたフレーベルの恩物。
学生さんとの交わりが少しできるとソッと離れて様子を見守るのだが、息子は目で探し、見つけると一目散に駆け寄ってくる。愛着形成の結果というのか、その具体的な姿を観てもらえたと思う。
保育士養成教育に携わって6年目。育児休暇中ならではの貢献が少しでもできたなら幸いである。また、少子化時代の保育士養成教育は、学生さんの生活経験の実情をふまえ、保育実習に限定せず、子どもとの直接的な出会いや交わりの中で展開されるような試行錯誤が不可欠であると実感した。
息子は大勢の人に緊張気味ながら、様子をうかがっていた。心細いのか、側から離れない。授業が始まり、息子の出生時の様子や日々の生活について話した。試しに息子を各自抱いてみて、その体重をあててみるよう促した。出てきた答えは5キロ、7〜8キロ。10キロ以上あることを伝えると、驚いた様子。観て学ぶだけでなく、触れて学ぶよう勧めた。
息子のために、ぬいぐるみやボール、紙風船、ダンボール箱などが用意されていたが、興味を示したのはキャスター付きの事務用の椅子、ピアノ、そしてT先生が出されたフレーベルの恩物。
学生さんとの交わりが少しできるとソッと離れて様子を見守るのだが、息子は目で探し、見つけると一目散に駆け寄ってくる。愛着形成の結果というのか、その具体的な姿を観てもらえたと思う。
保育士養成教育に携わって6年目。育児休暇中ならではの貢献が少しでもできたなら幸いである。また、少子化時代の保育士養成教育は、学生さんの生活経験の実情をふまえ、保育実習に限定せず、子どもとの直接的な出会いや交わりの中で展開されるような試行錯誤が不可欠であると実感した。
2008年10月31日
平成20年度認知症介護実践研修
昨年度に続き、標記研修にて240分の演習の講師を務めた。妻が休みだったので、久しぶりに育児から解放された。
40分ほどのウォーミングアップの後、6〜7人グループで認知症介護をめぐるコミュニケーションの実際問題をテーマに演劇ワークショップを展開。昨年度の反省をふまえ、発表会とフォーラムシアターに2時間の時間をとったが、各グループの熱演が続き、結局、デイサービスにおける入浴拒否事例のみの検討に終わった。今後は発表時間を5分以内にするなど時間管理を徹底した方がよいかもしれない。とはいえ、各グループの主体性に敬意を表したい。
まとめとしては、演劇を活用することで問題や状況の可視化と共有化が可能になること。知ることと行うこととは異なるからこそ、思考と試行の機会が不可欠となることを指摘した。ワークショップの感想コメントも20〜30枚集まったので、今後の参考にしていきたい。
しかし、久しぶりの労働…4月からの復職が少し不安にもなった。
40分ほどのウォーミングアップの後、6〜7人グループで認知症介護をめぐるコミュニケーションの実際問題をテーマに演劇ワークショップを展開。昨年度の反省をふまえ、発表会とフォーラムシアターに2時間の時間をとったが、各グループの熱演が続き、結局、デイサービスにおける入浴拒否事例のみの検討に終わった。今後は発表時間を5分以内にするなど時間管理を徹底した方がよいかもしれない。とはいえ、各グループの主体性に敬意を表したい。
まとめとしては、演劇を活用することで問題や状況の可視化と共有化が可能になること。知ることと行うこととは異なるからこそ、思考と試行の機会が不可欠となることを指摘した。ワークショップの感想コメントも20〜30枚集まったので、今後の参考にしていきたい。
しかし、久しぶりの労働…4月からの復職が少し不安にもなった。
2008年10月05日
福祉まつりシンポジウム
安土町社協主催の第9回福祉まつりのシンポジウムでコーディネーターを務めた。
14時15分から16時まで。高齢者福祉、障がい福祉、子育て、地域交流の各分野について、作業委員会の検討内容を参加者に周知し、4人のシンポジストにコメントをいただいた。各分野とも日頃の経験をベースに語っていただき、かくいう私も育児休暇体験を交えてコーディネートした。
コーディネーターとして強調したことがいくつかある。1つめ、福祉は他人事として捉えられがちだが、いかにして自分事として捉えていくかが重要であること。
2つめ、大量退職者の地域生活を考慮すれば、大人の学びをどうするか。「学ばない自由」がある中で、実りある学びの方法を模索しないといけないのが社協であり、今後は教育委員会、とりわけ公民館や図書館との連携が重要になること。
3つめ、かつては地域に自然にあった顔なじみの関係が今は努力なくしては難しいこと。例えば、かつて地域のコミュニケーションの場であった井戸端、銭湯、縁側が廃れ、逆に警備会社のセキュリティーが盛んになりつつある。
その他、コーディネーターとしては喋りすぎた感もあるが、作業委員会での議論の一端が紹介できたと思う。いずれにしても、計画策定の進捗状況を途中経過であれ、報告できたことは大きいように思われる。参加者に少しでも関心をもっていただけたなら幸いである。
14時15分から16時まで。高齢者福祉、障がい福祉、子育て、地域交流の各分野について、作業委員会の検討内容を参加者に周知し、4人のシンポジストにコメントをいただいた。各分野とも日頃の経験をベースに語っていただき、かくいう私も育児休暇体験を交えてコーディネートした。
コーディネーターとして強調したことがいくつかある。1つめ、福祉は他人事として捉えられがちだが、いかにして自分事として捉えていくかが重要であること。
2つめ、大量退職者の地域生活を考慮すれば、大人の学びをどうするか。「学ばない自由」がある中で、実りある学びの方法を模索しないといけないのが社協であり、今後は教育委員会、とりわけ公民館や図書館との連携が重要になること。
3つめ、かつては地域に自然にあった顔なじみの関係が今は努力なくしては難しいこと。例えば、かつて地域のコミュニケーションの場であった井戸端、銭湯、縁側が廃れ、逆に警備会社のセキュリティーが盛んになりつつある。
その他、コーディネーターとしては喋りすぎた感もあるが、作業委員会での議論の一端が紹介できたと思う。いずれにしても、計画策定の進捗状況を途中経過であれ、報告できたことは大きいように思われる。参加者に少しでも関心をもっていただけたなら幸いである。
2008年10月02日
安土町社協 計画作業委員会にて
標記の委員会に出席。前回に続き、計画素案の検討、計画書の構成案、10月5日の福祉まつりシンポジウムについて協議した。素案の決定は11月4日だが、シンポジウムでこれまでの作業委員会の議論を中間報告的に紹介する。各種アンケートの回答者や昨年度及び今年度の住民福祉懇談会の参加者に対し、フィードバックする試みだ。作業委員会の後、シンポジウムの打ち合わせを実施した。
その他として、先日、全国社協『活動計画策定の手引』の巻末資料で見かけた「安土町における長寿社会のデッサン」について尋ねたところ、現物を一部いただいた。冒頭の会長あいさつの日付は昭和62年5月とある。今から21年前のB5版、全20ページの小冊子。副題は「みんな お互いに 世話になる――――――ならざるを得ない」とあり、その下には3つの問いかけと1つの呼びかけが記されている。「個人や家族がどれくらいがんばれるか。行政は地域(住民)はどれくらいバックアップできるか。どんなサービスを用意しなければならないか。さあ みんなで 考え合おう!」と。
時はゴールドプラン策定以前、日本型福祉社会構想の破綻が明らかとなり、介護の社会化や社会的介護の必要性が指摘された頃である(私は高校生だった)。全国社協が地域福祉活動計画と名付ける前に、安土町社協で地域福祉計画が一年間かけて策定されていた事実に感激した。無論、内容的には当時の状況もあり、限界がある。策定委員会も15名のうち8名が理事、評議員であり、さらに前理事が2名、残り5名は民生委員2名、ボランティア2名、老人クラブ推進員1名であり、住民参加も十分ではない。また、計画策定にあたっての調査も行われていないようである。しかし、先達の思いを行間から汲み取ってみたいと真摯に思う。

