2010年01月05日
反省と近況報告
昨年はほとんど書き綴ることもなかった…そして、とうとう2010年の幕が開けてしまった。
罪滅ぼし的にではあるが、もう1つのBlogを紹介したい。職場の同僚たちと、今度はおもちゃの研究プロジェクトを始めることになった。アドレスは以下の通り。
http://blog.livedoor.jp/r_toy_project/archives/51329137.html
プロジェクトのメンバーは相互に多忙なので、研究会といった公式の場以外にも相互の興味や関心、アイディアを交換するためのツールとして昨年末に立ち上げた。このような日々の積み重ねから、少しでも研究を推進していきたいという思いがある。
おもちゃに関連して言えば、昨年10月、おもちゃ図書館ボランティア近畿地区研修会で「現代の子ども事情とおもちゃ図書館の役割」と題し、講演をさせていただいた。恩師のK先生のご推薦もあり、お引き受けした。内容的には、2008年度の育児休暇体験をふんだんに交えつつ、少子社会における子どもや保護者の現状、おもちゃに関しては倉橋惣三『玩具教育篇』(1935年)に示された子どもの生活と遊び、玩具の関係を概説しながら、おもちゃ図書館に期待するものをお話しした。
講演後、思いがけず、幼稚園時代の恩師O先生が声をかけて下さり、実に35年ぶりの再会に倒れそうになった。「穴があったら入りたい」と言うのはまさにこのこと。今は幼稚園を退職され、滋賀県O市の子育て支援課にて、おもちゃ図書館を担当されており、この研修会に参加されたとのことだった。後日、O先生よりご依頼があり、3月には滋賀県のおもちゃ図書館ボランティアの研修会でも講演させていただく予定になっている。
これまで地域福祉論の講義で簡単にふれるだけであったおもちゃ図書館がにわかに身近な存在になってきた。これを後押しするように、職場ではおもちゃの研究プロジェクトが立ち上がったわけである。演劇からおもちゃへ。飛躍と言えば、飛躍に思える。しかし、自分の中では確かにつながっている気がする。
他方、夏休み中に学内紀要への投稿用にと、論文「保育者による『保護者に対する支援』の歴史的源流−大正期における託児所(保育所)の『副業』−」をまとめた。2010年7月刊行予定。そして、この論文をまとめる中、戦前期の社会事業家・生江孝之(なまえたかゆき、1867−1957)の存在に気がつき、「社会事業家・生江孝之の保育事業論」をまとめつつある。近く学会誌に投稿予定である。
また、以上のような戦前期の保育史を探る中、指導教授N先生の恩師・海野幸徳(1879−1955)の文献に目を通すことがあり、これを機に彼の社会事業理論や社会事業学を調べてみたいと考えるようになった。そこで、N先生のご協力も得ながら、10月には文部科学省・科学研究費の申請を行った。採択結果は4月以降であるが、結果の如何によらず、前倒しで研究を始めている。研究の焦点はさしあたり海野が提起した「體験社会事業」と「概念社会事業」という2つの概念である。海野によれば、その社会事業学の主は前者、従が後者に位置づけられるという。平たく言えば、前者は体験や直観による現実把握、後者は概念による現実把握と言うことになる。つまり、この点が演劇的手法を用い、アクチュアリティとリアリティという現実把握の次元の相違にこだわってきた、これまでの研究関心と結びつくのではないかと考えている。少し調べを進めてみると、海野による2つの概念は、社会事業における男女の分業論や社会事業教育論と密接不可分な関係にあることがわかってきた。
最後に付け加えると、過去数年間、演劇的手法を用いた教育方法の研究では社会福祉現場の「いま・ここ」にこだわってきた。昨夏より一転、大正から昭和初期にかけての歴史研究に着手してみると、「温故知新」の重要性を再認識することになった。100年前の時代から「いま・ここ」を問い直してみると、何が見えてくるのか。生江孝之、海野幸徳…そして、もう1人付け加えると、先述した講演でも紹介した幼児教育研究者・倉橋惣三(1882−1955)である。彼らが残した文献と格闘する日々は当分続きそうだ。
罪滅ぼし的にではあるが、もう1つのBlogを紹介したい。職場の同僚たちと、今度はおもちゃの研究プロジェクトを始めることになった。アドレスは以下の通り。
http://blog.livedoor.jp/r_toy_project/archives/51329137.html
プロジェクトのメンバーは相互に多忙なので、研究会といった公式の場以外にも相互の興味や関心、アイディアを交換するためのツールとして昨年末に立ち上げた。このような日々の積み重ねから、少しでも研究を推進していきたいという思いがある。
おもちゃに関連して言えば、昨年10月、おもちゃ図書館ボランティア近畿地区研修会で「現代の子ども事情とおもちゃ図書館の役割」と題し、講演をさせていただいた。恩師のK先生のご推薦もあり、お引き受けした。内容的には、2008年度の育児休暇体験をふんだんに交えつつ、少子社会における子どもや保護者の現状、おもちゃに関しては倉橋惣三『玩具教育篇』(1935年)に示された子どもの生活と遊び、玩具の関係を概説しながら、おもちゃ図書館に期待するものをお話しした。
講演後、思いがけず、幼稚園時代の恩師O先生が声をかけて下さり、実に35年ぶりの再会に倒れそうになった。「穴があったら入りたい」と言うのはまさにこのこと。今は幼稚園を退職され、滋賀県O市の子育て支援課にて、おもちゃ図書館を担当されており、この研修会に参加されたとのことだった。後日、O先生よりご依頼があり、3月には滋賀県のおもちゃ図書館ボランティアの研修会でも講演させていただく予定になっている。
これまで地域福祉論の講義で簡単にふれるだけであったおもちゃ図書館がにわかに身近な存在になってきた。これを後押しするように、職場ではおもちゃの研究プロジェクトが立ち上がったわけである。演劇からおもちゃへ。飛躍と言えば、飛躍に思える。しかし、自分の中では確かにつながっている気がする。
他方、夏休み中に学内紀要への投稿用にと、論文「保育者による『保護者に対する支援』の歴史的源流−大正期における託児所(保育所)の『副業』−」をまとめた。2010年7月刊行予定。そして、この論文をまとめる中、戦前期の社会事業家・生江孝之(なまえたかゆき、1867−1957)の存在に気がつき、「社会事業家・生江孝之の保育事業論」をまとめつつある。近く学会誌に投稿予定である。
また、以上のような戦前期の保育史を探る中、指導教授N先生の恩師・海野幸徳(1879−1955)の文献に目を通すことがあり、これを機に彼の社会事業理論や社会事業学を調べてみたいと考えるようになった。そこで、N先生のご協力も得ながら、10月には文部科学省・科学研究費の申請を行った。採択結果は4月以降であるが、結果の如何によらず、前倒しで研究を始めている。研究の焦点はさしあたり海野が提起した「體験社会事業」と「概念社会事業」という2つの概念である。海野によれば、その社会事業学の主は前者、従が後者に位置づけられるという。平たく言えば、前者は体験や直観による現実把握、後者は概念による現実把握と言うことになる。つまり、この点が演劇的手法を用い、アクチュアリティとリアリティという現実把握の次元の相違にこだわってきた、これまでの研究関心と結びつくのではないかと考えている。少し調べを進めてみると、海野による2つの概念は、社会事業における男女の分業論や社会事業教育論と密接不可分な関係にあることがわかってきた。
最後に付け加えると、過去数年間、演劇的手法を用いた教育方法の研究では社会福祉現場の「いま・ここ」にこだわってきた。昨夏より一転、大正から昭和初期にかけての歴史研究に着手してみると、「温故知新」の重要性を再認識することになった。100年前の時代から「いま・ここ」を問い直してみると、何が見えてくるのか。生江孝之、海野幸徳…そして、もう1人付け加えると、先述した講演でも紹介した幼児教育研究者・倉橋惣三(1882−1955)である。彼らが残した文献と格闘する日々は当分続きそうだ。