surprise

 翻訳をしていてとにかく驚くのは、うかつに訳すと「驚くべき」という訳語になってしまう形容詞が驚くほど多いことだ。ぱっと辞書を引いてみても、surprising、astonishing 、incredible、startling、unbelievable、fabulous、tremendousなどなど、驚きの多さである。「英語は実に感情表現の細かい原語であることだなあ」と、よくよく驚かされる。というか、どんだけ驚いているのだ、英米人よ。

 ともあれ、「驚くべき」はれっきとした日本語だし、別に変な言い回しでもないわけだから、それで問題なければ「驚くべき」で済ませばいいのである。こんなことは、いちいち気にするほうがおかしいのかもしれない。だが、どうも私は天の邪鬼なので、「絶対に『驚くべき』にはするものか」と、ここで意地になってしまう。そんなわけで「目を見張るほど」だとか「にわかには信じられぬほど」だとか「見たことのないような」だとか、とにかくあれこれと工夫をすることにしている。

 私の知る限り、もっとも驚いているのは、ディスカバリー・チャンネルだろう。そもそも、人の知らない発見や知識についての番組が驚くほど多いこのチャンネルのことなので、テレビをつけながら何かをしていると、しょっちゅう「驚くべき」が聞こえてくるのだ。

「そこで私たちは、驚くべき発見をしました」
「その結果、驚くほど多くのことが分かったのです」
「目の前に開けたのは、実に驚きに満ちた世界でした」

 などなど、本当によく聞こえてくる。くどいようだが、これは「下手だ」とか言っているのではない。もはやノイローゼに近いのだが、私はその都度「いったい原語はどの『驚くべき』だったのだろう」と、どうしても気になって来てしまうのだ。ぜひぜひ今度からディスカバリー・チャンネルを見るときには、気をつけてみて頂きたい。

 これと同じく驚くべき苦労をする必要があるのは、「必要がある」である。「驚くべき」と同じように、そのまま訳すと「必要がある」になってしまう言葉が、英語には非常に多い。最右翼は「need to」だろうが、should、require、have to、necessary to、あたりも頻出だろう。これを、どうしても「必要がある」と訳す必要があるときは、苦虫を噛みつぶしたような顔で「必要がある」とタイプする。何の番組だったか忘れたが、以前テレビを付けっぱなしにしていたら、驚くほど必要ありまくりのナレーションが流れて来たことがあった。

「私たちはすぐその場を離れる必要があったのですが、そのためにはすべての積荷を放棄する必要がありました。とにかく急ぐ必要があったので、怪我をした仲間たちにも無理をしてもらうことが必要でした」

 みたいな感じで、「あー、最初のはneed toかな。次のはhave toかな。次のはshouldかしら……」などと、ついつい余計なことを考えているうちに、すっかり番組の本筋を追い忘れてしまったのだった。

 こんなことが、翻訳をしていると非常に多い。「often」を「しばしば」にするのも何か嫌だし、「because」を「なぜなら」にするのも何か嫌だし、「about」を「関して」にするのも何か嫌だし、原語がちょっとぱっと出てこないけど「対して」も好きではない。

 そんな感じで、コンマ1秒もかからずにぱっと訳語が出てくるような言葉に関してこそ、しばしば驚くほど膨大な時間をかける必要があるところが、翻訳の面白いところだと思います。