境界線

昔書いた話を今書き直し始めました とりあえず完結に向けて頑張ります

風の国フテロマのとある小さな集落で大規模な火災が発生した。
本来であれば風の加護がある故に延焼する事も無いはずだった。
にもかかわらず、炎は納屋を焼き、住居を焼き、人を焼いた。
住民は恐怖におののき、その恐怖からまことしやかに黒い噂が流れ始めた。

『龍がわざと炎を焚き付け、人を根絶やしにしようとしているらしい』
『人が鬱陶しくなった龍が魔導師を使って炎を煽って燃やし尽くそうとしているらしい』

噂は瞬く間に広がり、住民をより不安と絶望に誘い込んだ。
一般人の手に余る、あまりにも醜悪な噂を確認すべく。
人の中では高位に位置づけられている魔導師に、その真相を明らかにするように依頼する事となった。





ただし、その依頼が魔導師団に舞い込んだのは火災発生から7日も経過してからだった。





「ルシード=ベリアス。この災害は残念なことに未だ原因が特定されていない。
 現地の声と状況でそれを特定する事になったのだが、人だけでは意見の偏りが危惧される。
 故に龍からも1名、検証にあたることになった。その者を同行させ検証するように。
 魔導師の中でも最高位の賢位魔導師である君には容易い事象だろう。
 しかし龍が同行するとなると、担い手が少ない。
 これは君の優秀さを期待したうえでの指令である事を理解して欲しい」

暗い部屋の中に響く陰鬱な声へ瞬時に反論しそうになる衝動を、軽く頭を垂れている事で死角になっている唇を軽く噛む事でなんとか押しとどめた。
いくら高位の魔導師であっても、この組織の中では指示されるものとして低くみられている。
賢位魔導師という立場も、扱い易く対応範囲が拾い駒程度にしか思っていない事を隠そうともしない。
年を経ればそれだけ人として高位であるという考え方を持ち、かつ机上の空論に近しいやりとりであっても年嵩であれば尊い考えである、とする魔導師団の陰湿さは今に始まった事ではない。

「現地に赴き、より精度の高い状況検証文を提出するように」
「承りました」

頭をより深く下げた後に了承を告げる事でようやく書面筒を渡され、退出許可を得られた。
目線を合わせる事が失礼とされる魔導師の教えどおり、師団長を視界に収める事も無いままきびすを返し。
鼻が利かなくなりそうなほど花の香が薫き染められた部屋を、出来うる限りの早足で後にした。

「……ったく、本当に面倒なおっさんだな」

思わず零した悪態に唇を引き締め直す。
まだ魔導師団の領域だ。どこで聞き耳を立てている風精霊がいるとも限らない。
彼らは使役する魔導師に聞こえたままを告げてしまうので、なかなかに厄介だ。
口は災いの元。さっさとこの魔窟から出て、待ち合わせをしてから悪態を零せば良いのだ。
そう決めれば足取りはさらに軽くなる。
退出直前に手渡された資料によれば、龍の代表者はかなり気心が知れている相手だ。
運動は苦手で普段は走る事など滅多にない。それでも知らず駆け足気味になりながら魔導師団の敷地を抜け出した。





フテロマの中心から少し東に進んだ所にその町はあった。
町にある唯一の宿屋で待ち合わせ、と書面には走り書きで記されていた。
割高の早馬を使った馬車のおかげで予定よりも少し早めに町の入り口前に辿り着く。
出だしの良さに少し緩む頬を軽く叩いて、外套の下の身なりを軽く整えた。
あまり知らない土地は踏み出すのに気合いがいる。
外套でそれなりに隠してはいるが、体つきと顔立ちで子供にみられて絡まれ易いからだ。

出来る限り真面目な顔つきを意識してから、どこかまだ生活の煙とは違う種類の匂いが漂う街へ足を踏み入れる。
待ち合わせである宿屋は入り口からかなり近いところにあった。
ここまでは火の手は伸びなかったのか、燃えた形跡もない。
何故かほっとして、しっかりとしたつくりの扉に手をかけた。
扉を開けると同時に軽やかな鐘が鳴る。それは従業員に来客を伝えるのだろう。

「はいはい、いらっしゃい。……あれ、お父さんかお母さんは?」

2、3歩進んだところで人の良さそうな恰幅の良い女性が、こちらを見るなり軽く首を傾げた。
保護者が必要な子供にみられた事はここ暫くなかった。全力で両肩が落ちそうになる。
背後で扉が開く鐘の音が聞こえながらも否定しようとしたその時。ぽん、と肩を優しく叩かれる。

「私と待ち合わせていました。予約はしていた筈なので、確認をお願いします」

無条件に信頼してしまいそうな、程よい低さの優しい男の声に受付の女性は頬を赤らめた。
ほぼ想定していた反応だけれども、なんというか男としてこう、どこかで腑に落ちないものがある。
待ち合わせの相手は受付へ優雅に歩いて帳簿に筆を滑らせ、この辺りでは珍しい鍵を受け取ってこちらを振り返った。

「待たせたか?」
「いえ、殆ど同時ですよ」

少しくだけた問いかけに首を振って答える。それに小さく笑って部屋へ向かうように促された。
受付の女性はあとで飲み物と軽食を持って行くと彼に告げて、鼻歌混じりに奥へ消える。
やっぱりどうにも腑に落ちない物を感じた。しかしそれは意識すると泥沼に嵌まってしまう事も分かっている。だから、考えない事にした。

「待たせていないのなら、どうしてそう、ふてくされてるんだ」
「カラルさんに対してじゃありませんから、気にしないでください」
「そうか。なら、気にしない」

押し殺したように笑うのは彼の癖である事を知ってはいる。が、今はほんの少しだけからかわれている気分になる。
とりあえず、もやのような鬱屈は押し込めておいて、あらためて室内を見渡す。
予約していたという部屋はなかなかの広さで快適そうではあった。
暫くはここが拠点になる予定だ。それを見越しての広さだろう。
荷物を下ろしたところで、扉を軽く叩く音。
先に腰を降ろしていた相手を手振りで制して、扉に返事をする。

「飲み物と軽食を持ってきたよ、開けておくれ」

確かに受付の女性の声。心持ち残念そうなのは気のせいだと思いたい。
振り向いてカラルを見る。目線があったと同時に了承の頷きが返ってきた。
それへ頷き返しつつ、扉を開ける。

「ほらほら、さっさと開けてくれないと紅茶が冷めちゃうよ。
 甘い物と塩辛い物とどっちも持ってきたから好きなだけお食べ」

彼女は扉が開いた瞬間に気忙しく部屋へ入り、座って居たカラルの目の前に飲み物と食べ物を手際良く並べる。

「気を使って頂いて、ありがとう」

部屋を出ようとした女性の手をそっととり、カラルが微笑んで礼を言う。
女性は真っ赤になって「また用があったら声をかけてくれ」と言いおいて、まるで恋する乙女のように小走りに部屋から出て行った。

「……相変わらずですね」
「女性には丁寧に礼を言うのが常識だろう?」

足音が完全に聞こえなくなってから、カラルは頭に巻いている布を解き、眼鏡を外してにこやかに答える。
そうしておいてから美味しそうにカップを傾ける姿に、何となくため息を零しながら対面席へ腰を降ろした。



軽食という名の焼き菓子とチーズを紅茶で流し込んで、ある程度片付けたテーブルの上にお互いの資料を並べた。
地図は一致している。状況もほぼ同じ。
ただ、決定的に違っているのは、互いの言い分だ。

「やはり、食い違ったか」
「まあ、被害の大きさに恐怖して相手のせいにしてしまうというのは想定内です」

カラルが持参した資料は、風龍の族長代理の言葉。
先代族長だった老龍がはっきりと「此度の炎について我々は一切関与していない」と言い切っていた。
関与が無ければ延焼もさほどひどくはならないはずだ、との問いにも首を横に振り、否定した。

「本当に関与が無く延焼を拡大させたのならば、加護を与えた土地に対する怠慢だな、と言ってみたんだがな。
 若造が驕るな!と一喝ではぐらかされたあとに、大声を出した事で腰痛が再発したとごねられてな。
 後に正式な文章を送るということで聴取を強引に終えられてしまったよ」
「女性に言うように優しく接すればよかったのに」
「残念ながら男にはあまり優しくする必要性を感じないんだ」

カラルは軽く肩を竦めて苦笑のような表情を見せた。
役者のような気障な動作もよく似合い、かつ嫌味ではないのが不思議だ。

「とはいえ、人側もあまり変わりません。
 火の手が上がってすぐ、燃え易い物で動かせる物は退かしたうえで投水による消化を行った。
 しかし風が強くて炎が煽られてしまった、と。
 みるみるうちに炎が広がって、街の4分の1程度が完全に燃え落ちてしまったそうです。
 場所は入り口から一番遠いところなので、あまり良く分かりませんでしたけれど。
 ただ、確かにその日は風が強かったことはまちがいないので、不信感は強いです」
「……ふーむ……」

報告と地図を交互に見比べ、カラルは軽く腕を組み片方の手で顎先を軽く擦った。
表情はあまり変わっていないが、腑に落ちないという動作ではある。

「取りあえず、街の人にもう一度聞きましょう。
 師団から町長の許可は取り付けてありますから」

師団の蝋印が押され、その横に少し震える字で町長の名前が記載されている紙を広げてみせれば、カラルはひと呼吸考えてから頷いた。

「もしかすると、聞き取り手が変わった事で別の話になるかも知れないしな」
「そうですね。じゃあ手分けしますか?それとも一緒に?」
「一緒に回ろう。許可証も一枚みたいだからな」

言われて気付く。たしかに書面は一枚しか無かった。
魔導師団の手際の悪さと、それを言われるまで気付かなかった己の浅はかさに頬が熱くなる。

「気にするな。それはルー君の落ち度じゃないさ」
「はい。……でも、その呼び方はやめて下さい」

立ち上がったカラルに慰めの言葉をもらったが、どうにも子供扱いされているような気がする呼び名には拒否を伝える。
カラルは「はいはい」と人を食った笑みを浮かべて本来は肩用の布を頭に緩く巻きなおした。



龍は人と同じような姿をとることができる。
今もカラルは背の高い美丈夫といった風体ではあるが、よく見れば耳の先が尖っていたり、虹彩が細長く縦に伸びていることで人ではない事が分かってしまう。
だからこそ布を巻いて耳先を隠し、色の入った眼鏡をかけることで分からないようにする。
街の人に聞き込みをするならこの程度でも充分誤摩化しがきくだろう。

「さて。それじゃあひとつ、聞いていきますか」
「やる気出してください。きっと女性もたくさんいますよ」

外套を羽織り直しながら、あまり気の聞いた言葉が出ない自分を少しだけ嫌悪しておいて、宿屋から街へ歩を進めた。



その宿屋を出る際。
受付にいる別の女性から「あたしカナリアっていうの!指名もうけてるから!」とカウンター越しに元気よく声をかけられ。
穏やかに微笑みを返しながら「他の人に嫉妬されそうですね」と返したカラルには、やっぱりどう足掻いても敵うわけが無いと実感した。


ルシード:主人公(人)。若くして素質の高さから高位の魔導師となる。外見に劣等感を持っている。
カラル :主人公(龍)。男に厳しく女に甘い。龍族最高位である龍王の直属配下。
風華(ふうか):風龍族長(龍)。物腰柔らかなのんびり屋。怒ると面倒くさい。
風牙(ふうが):風龍元族長(龍)。長く族長を務めてきた老龍。頑固。 
アンディ:猫の獣人。お人好し。
セイ:犬の獣人。アンディの親代わり。
 

ふと残してみたくなりました。

くだらない、悪あがきのような物語を。

それはきっと振り返って見た時に

懊悩に身を捩らせのたうちまわることでしょう。

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