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2018年09月23日

梅酒の飲み頃

甘い香りを鼻腔に感じてふと顔を上げると、その強い芳香と裏腹に小さな花びらの結晶が目にとまる。

私は細い指を伸ばして、枝に下がる花弁をそっと撫でた。

橙色の、丸みを帯びた小さな香りが満ちていく。陽の光を浴びてきらきらと煌めいて見えた。

キンモクセイの花だ。

私はその花片をやさしく指先でつまみとり、左手に持ったグラスへ落とした。

梅の果実の沈んだ液体、その水面に浮かぶキンモクセイの花びら。

確かめるように、グラスの縁を顔に近づけて香りを聞く。私はそのまま静かにグラスを傾けた。

とろけるような甘さが広がり、鼻へ抜けていく。

「今日という日をご存知かしら」彼女は陶酔を帯びた表情を示して問いかけた。

「今日・・・・・・と、いうからには、今、現在の私がいるこの世界の今日のことかしら」

彼女はくすりと笑った。

「今、あなたの前に私がいて、あなたが果実酒をその口に含んだ、その今現在のことよ。さて、あなたは、その今日をご存知かしら」

「ええ」私は、彼女の陶酔しきった笑みに微笑んだ。「知らなかったことがあったのかしら」

「そうでしょうね」彼女は私の問いには応えず、花弁に顔を寄せて深く息を吸い込んだ。「キンモクセイの香りは嫌いかしら」

「あなたは嫌いなのかしら」私は逆に問いかけた。

彼女は花弁を白い手で包み嘆くように呟いた。

「この香りは覚えているわ。これが・・・・・・そう、4度目かしら」

私は彼女にグラスを差し出した。

「これで、そう、私ははじめてね。はじめまして。こんな世界は歓迎できるわ」

「そうかしら・・・・・・そうね、歓迎するならばわたしがあなたを歓迎するわ」

彼女は梅の果実を見つめて、それから私の目を見つめて囁くように言った。

「さようなら」糸の切れた操り人形のように、全身を脱力した彼女は私の足の甲に側頭を押し付け、それぎり、再び生命が宿ることはなかった。

「4度目のあなたが私だったら、これで私は何度目の今日を迎えたのかしら」

梅の果実は割れたグラスから転がり出て、やはり私の足元に止まった。

顔を上げると、陽は陰り、眼前にキンモクセイの花びらがゆっくりと滑り落ちていった。

「また、お菓子をくれなかったのね」





sinakunn at 17:08│Comments(0)ブログネタ 

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