辛坊治郎ブログ

2013年07月19日 09:00

僕たちの失敗4(最終回)

救助された時も、それから4週間経とうとする今も一番聞かれるのは「で、今
のお気持ちは?」なんですが、さすがに少し私の「気持ち」も変わって来まし
た。最初の1週間くらいはとにかく「命があってよかった。ヒロさんを殺さな
くて良かった。」という以外の気持ちは正直一切無かったんです。いろいろ聞
かれれば、そりゃ、何か答えるくらいの経験は人生で積んできましたが、本音
を言えば気持ちとしては唯一つ「死ななくて良かった。殺さなくて良かった。」
です。

どうですか?皆さん最近本気で「死ぬ!」と思った瞬間ありますか?

私、ここ数年の間に、タクシーに乗っていてワゴン車に追突されこともあり、
あるいは癌の宣告等もあって、普通の人よりは「修羅場くぐって来た感」はあ
るんですが、例えば癌の宣告にしても「おー、俺ももうそんな歳になったか」
っていうくらいの感想で、別に死が差し迫ったものとして認識出来たわけじゃ
ないんです。癌なら例え最悪のケースでも、死ぬまで数カ月~数年の時間があ
りますしね。もちろん突然の激しい交通事故、あるいは脳や心臓の病気などで、
急に死が目の前にやって来る事はありますが、こういうケースって、「死を意
識して考える」っていう時間すら無い場合が多く、結果的に目の前に差し迫っ
た「死」を意識する経験にはならないんじゃないでしょうか。

既にメルマガ等には書きましたし、来月発売の雑誌「KAZI」では、その
「死を意識した瞬間」の話を書いておきましたから、書店で手にとっていただ
ければありがたいですが、いずれにせよ、救出直後の1週間くらいは「死なな
くて良かった」以外の事はほとんど考えられなかったんです。

ところが6月21日の事故から間もなく1カ月、ようやく別の感情が芽生え始
めました。それは「悔しい」という気持ちです。事故後「悔しいでしょう?」
と、親しい人からよく声をかけられたんですが、当時は「イエス」と答えなが
らも、「全然悔しく無い」というのが本音でした。だって、「生きてるだけで
まるもうけ」以上の気持ちはありませんでしたから。でもここへきてさすがに
「悔しい」と思い始めています。

私正直なところ、「太平洋横断に失敗する」なんて、夢にも思っていなかった
んです。だって装備は完ぺき、陸上のサポートも完ぺきですから、最悪マスト
が折れようが、舵が壊れようが、エンジンが使用不能になろうが、まあ応急措
置をしながらでも半年もあれば必ずアメリカ西海岸に流れ着くって信じてまし
たからね。食料は半年くらいなら何とかやりくりすれば持ちますし、手動で海
水から少量の真水を作る装置も2台積んでましたから、「浮かんでさえいれば、
病気で死ぬ以外失敗はあり得ない」って思っていたんです。事実、事故までの
航海は順調でした。

当初の予定では「風速20ノットを超える海域には近付かない」っていう構想
でした。そのため出航後暫くは、日本列島に沿って東北に抜ける低気圧を避け
るために南に針路を取る方針が立てられました。ところが出航当日こそ北東の
風が吹いたものの、翌日には南西からの風に変わり、さらに2日目には南西方
向から北東方向に時速3ノット程で流れる黒潮にぶつかってしまいましたから、
南に針路を取ることが出来ず、潮に乗りながら東南東に船を走らせていたんで
す。

必然的に低気圧からは逃げ切れず、出航三日目には最大波高5メートル、最大
風速40ノットの中を黒潮に乗って爆走する事態になりました。平水(湖など
波のほとんど無い水域をこう言います。波があると船のスピードが落ちるんで
す)でエンジン全開にしても6ノット出るかどうかというエオラスが、帆走だ
けで時折9ノットを記録するという「異常」事態です。南西から吹く風にその
まま乗ると、より海象の悪い北に上ってしまいますから、やや風に向かう形で
東南東に針路をとって走っていました。風に流されるだけならメインセールは
全部畳んで、一番前のセールだけで走ればいいんですが、風に向かうとなると、
セールが作り出す揚力の位置を船尾側に移動させる必要があります。そのため
この時エオラスはメインセールをストーム対応の3ポンリーフにして走ってい
たんです。

レースをしながら0.1ノットを争うのならともかく、普通のクルーザーなら
こんな走りはしないかも知れません。何より、荒れた夜の海でメインセールを
3(スリー)ポンリーフにするなんて面倒くさいことは、正直私一人ならまず
やってません。それこそセールを全部下ろして、ハッチを閉めて念仏を唱えな
がら寝てたでしょう。ちなみに3ポンリーフとは、正確にはスリーポイントリ
ーフと言って、メインセールの面積を一番小さくセットすることです。ほとん
どのクルーザーは、標準装備では2ポイントリーフまでしかセット出来ません
が、エオラスはさすが外洋航海艇、さらに小さなトライスルの一歩手前の艤装
として、この「3ポン」は結構日常的に使っていました。

ところが最近のヨットはこれらのセールのセットをすべてコックピットと呼ば
れる操縦席でコントロールできるようになっているんですが、クラシックヨッ
トであるエオラスは、デッキへ出てマストの前まで行かないと、セールの上げ
おろし、リーフ等の作業が出来ないんです。つまり一人で操船するのがとても
難しいってことです。じゃあ、何故その難しい作業をこまめにしながら私たち
が船を走らせていたのかというと、それがヒロさんの凄さです。まずヒロさん
は夜でも昼でも運動能力が変わりません。普通、真っ暗な中での作業は危険で
すし、第一困難で面倒臭いですから、艇速が多少犠牲になっても楽な走りを選
びます。ところが、盲目のヒロさんは夜間でも嵐の中でも作業能力が全く落ち
ませんから、私が「メインをスリーポンにしましょうか?」と言うと、海水を
全身に浴びながらマストの下でリーフ作業をしてくれるんです。実際にこの作
業を見ると誰でもが驚嘆する筈です。

そんなこんなで、波と風と格闘するような3日目~4日目を過ぎて、風速も最
大で30ノットとずいぶん弱まり、波も時折3メートルを超えるとは言いなが
ら、「ずいぶん穏やかだねえ。波なんか全く無くなったみたいだねえ。」と言
っていた朝に、「何か」にぶつかるなんて夢にも思わないじゃないですか。
「浮かんでさえいれば、サルでもアメリカまで着ける」って信じていたのに、
その「浮かんでいる」事が出来なくなるなんて、甘いって言われればその通り
ですが、全くの想定外でした。

なんてことを冷静に考えるとホントに「悔しい」んです。

「何か」との衝突ですが、既にプロジェクト委員会がユーチューブで公開して
いる映像は、「海水に濡れたSDカードが、復活させたパソコンでは再生出来
るものの、保存が出来ない」という困った状況だったので、パソコン画面を他
のカメラで撮影した映像を緊急に公開したものです。その後、オリジナルの画
像を完全にデジタルで復活させるのに成功し、さらにあの時エオラス船上で回
っていた他の3台のカメラ(船室内部、コックピットから前方向き、コックピ
ットから後方向き)の撮影映像すべてを回収することが出来ました。これらの
映像を専門家の皆さんに見せたところ、鯨類研究所の研究員は私たちが衝突し
た物体が「マッコウクッジラ」であると断定しました。この専門家によると、
マッコウクジラの頭の硬さは、「岩と同じ」だそうです。つまりエオラスは、
太平洋の真ん中で7ノットのフルスピードで座礁したってことです。その上画
像をよく見ると分かりますが、単に真っすぐぶつかったんじゃなくて、波で持
ち上げられたエオラスが波から落ちるのと同時にクジラに乗り上げていること
が分かります。つまり船体には前方向からの力だけじゃなくて、上下方向の大
きな力がかかったってことです。さらに当時エオラスの前部には軽油や水など
1トン近くの荷物を載せていましたから、空船に比べると衝撃も大きかった筈
です。

悔しいです。水深2000メートルの太平洋で、まずあり得ない「座礁」をし
てしまったんですから。

でも事故にあって、正直始めて「少し甘かった」かもしれないと思い始めてい
ます。と言うのは、ブラインドのヒロさんは帆走がルーティーンワークである
間、特にデッキ上の動き等は、私など比べものにならないほど機敏で正確です。
しかし何かが狂い始めた時に、ブラインドの乗組員と健常者のペアで事態に対
処するのは、かなり難しい局面もあるなって感じたんです。その想定をしてい
なかったという点については、正に甘かったって思います。

陸上でこんなことがあったそうです。ヒロさんは、通い慣れた道の場合、どこ
に行くのも一人で出来ます。白杖で知覚する外界と、頭の中に出来た地図を照
合させながら自由自在に動きまわれます。ところが大阪でスクランブル交差点
を渡っている時に、おばあさんにぶつかられて杖が飛び、その場で回転してし
まって方向が分からなくなって立ち往生してしまったそうなんです。そのおば
あさん、杖も拾わずそのまま立ち去ってしまい、それを見ていた他の人が手を
差し伸べてくれて事なきを得たそうなんですが、一旦日常から外れて緊急事態
になると、視覚に頼らないと出来ないことはやはり出来ない訳で、今回の避難
の際に、私自身、そのあたりに十分な配慮が出来なかったんじゃないかって思
うんです。このあたり、もう一度ヒロさんがチャレンジする時には、サポート
スタッフにとっての宿題かもしれません。まあ、船が沈没するような事態が二
度あるとは思いませんが、「無い」ことを前提にしてしまっては今回の事が教
訓になりませんから。

今回の事故の前後にあったことについては、4回の短期連載でほぼ語りつくし
ました。また更に詳しい説明は、海難審判所に対してもさせていただく機会が
あり、「事故について船長の過失はない」との判断をいただいています。ただ、
過失は無くても船が沈んだことは間違いなく、「船長は船と共に沈むべきだ」
という考え方に立てば、正に「生き恥をさらして生還する」ことになって、こ
の文の最初に書いたように「『生きててよかった』じゃないだろ!」という指
摘は甘んじて受けねばなりません。

もうひとつ、ここ1ヶ月間に私の元に寄せられたご意見感想の中で、圧倒的に
多かったのは「もう一度チャレンジしろ!」というものでした。しかし、これ
をするのには相当な覚悟が要ります。最初の記者会見の時に「次にやるなら、
誰にも迷惑かけないようにやる」と言いましたが、これは現実には不可能です。
海難救助は国際条約下での各国の義務、というより「長い歴史で培われたシー
マンの伝統」で、救助要請をしようがしまいが、遭難すれば必ず他人様の厄介
になるのは目に見えています。つまり、「助けを求めない」という程度の覚悟
では次のチャレンジは出来ないってことです。本気で次を目指すなら、前提は
「遭難しても救助要請をしない」では無くて、「救助が必要な遭難はしない」
ってことです。ん~、これは現実に相当に難しい話です。完全にこれを満たす
航海は無理だと断言できます。「浮沈構造の船を使い、船団を組んで航海し、
さらにあらゆる緊急の病気に際しても対応可能な医療体制を整えて」っていう
んじゃ無ければ、自らSOSを発せずとも、遭難したという事実が表に出れば、
必ず救助の体制が組まれますから。それに、そこまでの体制を整えて太平洋を
渡ることが果たして「チャレンジ」って言えるのかっていう根本問題にもぶつ
かってしまいます。

でも、考えています。これから何をするべきなのか。何が出来るのか。

答えを出すのに3年くらいかかりそうです。
2013年07月12日 09:00

僕たちの失敗3


前回は、衝突事故そのものが不可避であったかどうかについて書きました。結
論は、「不可避であったとまでは言い切れない」です。ただ現実に激突してし
まったわけで、今回はそこから先に起きた事、すなわち沈没、脱出は避けられ
なかったかどうかについて考えます。

実はこれが、私が事故後悩み続けている最大のテーマなんです。今回私たちが
「何か」と衝突したのは夜が明けてからの事ですから、ワッチをきちんとして
いて、舵効き等船の特性如何によっては「衝突を回避できた可能性も無いわけ
では無い」というのは前回書いた通りですが、これが夜なら「回避は絶対無理
だった」と断言できます。昼でもやっと見える程度の「クジラのヒレ様物体」
が夜に見える筈がありません。

相手が船舶の場合、海賊船でもない限り夜間は航海ランプを灯してますから、
たとえレーダーなどなくても、よほど荒れた海でない限り、航路上に近づいて
くる船を衝突間際まで気が付かないという事はありえません。勿論レーダーを
正しく使っていれば、この種の衝突は絶対に避けられます。しかし、水面下ギ
リギリにひそんでいて、なおかつレーダーに映らないような物体を夜間に発見
することは、どんなに真剣にワッチしていても無理です。今回のケースでは
「見張りをちゃんとしていれば防げたはずだ」という指摘に「いや、そうじゃ
ない」と私の口から言う事は出来ませんが、夜間、特に曇っていたり月齢の関
係で真っ暗だったりした場合、何人でワッチしていようと、この種の衝突を回
避するのは不可能だと断言できます。

ここからが今日のテーマです。たとえ船が何かにぶつかって浸水し始めても、
沈没さえ避けられれば、リカバリーの手段はいくらでもあります。今回はどう
だったのか?

実は、世界のヨットの中には「絶対沈まない」という製品もあるんです。私が
初めて手に入れたヨットは、この「不沈構造」をウリにしていたベルギーのエ
タップという船でした。当時はクルーザー初心者でしたし、3人の豚児たちも
ホントに小さかったので、万一船が沈むような事態になった時「とても3人同
時に救出する事なんか無理」と思ったために、とにかく沈まない船を手に入れ
たんです。エタップの船は、船体が二重構造になっていて、その間に発泡材を
充てんすることで浮沈性能を確保していました。その後、子供たちが大きくな
って自力で避難できる年齢になったので今の船に変えたんですが、この船は不
沈構造ではありません。

しかし最近、不沈構造の船は徐々に増えつつあるようです。これは、世界的な
外洋ヨットレースのレギュレーションが厳しくなって、レースの参加艇には
「不沈」か、あるいは船体の一か所に穴が空いても全体が沈まないような「水
密区画」の設置を義務付ける傾向が強まっている事と関係がありそうです。皮
肉なことに「元祖不沈構造」をウリにしていたエタップ社は、数年前に倒産し
てしまいましたが、背景には「不沈はエタップに限らない」という時代の到来
があったためかもしれません。

とは言えまだまだ不沈構造を持つヨットというのは極めて少数派です。勿論
1960年代に設計され80年代に建造されたエオラスは不沈構造ではありま
せんでした。逆にエオラスは、重く頑丈に作る事で沈没を避ける構造になって
いたんです。最近の量産ヨットは内側から外が透けて見える程FRPが薄いで
すが、エオラスは2センチ~3センチというとてつもなく厚い衣をまとってい
ます。私のヨットは岸壁に強く当たると船体が軽く凹むほど薄くて弾力があり
ますが、エオラスの船体が凹むなんてことは絶対に考えられません。しかし
「だから危険」という事にはならないんです。ヨットというのは鉛や鉄で作ら
れた何トンもの重りを船の下に抱える構造になっていますから、船内に水が入
って浮力を失えば不沈構造でなければ沈みますが、その代り船室の気密性はと
ても高く、横倒しになろうが真っ逆さまになろうが、それで沈んだりせず、や
がて重りの力で起き上がりこぼしの様に元に戻るんですね。10年程前に琵琶
湖で「ファルコン」という小さなクルーザーが、横転した直後に沈没して7人
の尊い命が失われるという事故があったんですが、これは極めて特殊な事例と
されています。

さて、その不沈構造でないエオラスに水が入って来ました。情けないことに熟
睡中で「船体が震えるほど」の衝突を「表面波の激突」と判断してしまった私
が、もし一人で航海していたら今頃間違いなく太平洋の底にいます。私は右舷
後方にある、寝袋がやっと一つ収まるかどうかという小ささのいわゆる「クウ
ォーターバース」で仮眠していたんですが、ここはヒロさんが寝ていたキャビ
ンバースよりもずっと高い位置にあるんです。私はほぼ熟睡モードに入ってい
ましたから、私の寝ている場所まで水が来るという事は、それは既に沈没して
いるって事です。こりゃ絶対に助かりません。まあ、シングルハンドなら私も
キャビンで寝てたでしょうから、いくらなんでも沈没まで気が付かないってこ
とは無いだろうと思いますが、こればかりは何とも言えません。少なくともヒ
ロさんの「こりゃまずい、浸水してる」という叫びで飛び起きたのは間違いな
い事で、ヒロさんは正に命の恩人です。

クウォーターバースの寝袋からはい出した私がフロアに立つと、足の裏に水が
触れました。ぞっとしました。すぐに床板をはがすと、床下にある清水タンク
が完全に水没しています。これが意味することは、「清水タンクの水漏れじゃ
ない」って事です。私は今乗っている船で清水タンクの水漏れを経験してます
が、目の前でその清水タンク全体が水没しているんですから、そこからの水漏
れであるはずがありません。とにかくまず排水が必要です。エオラスには電動
排水ポンプに加えて手動の排水ポンプが3台も設置されています。まずは電動
ポンプです。この時点で3系統あるバッテリーのうち2系統が水没していた筈
ですが、何故か電気系統は完全に生きていました。ところがエオラスで常用し
ている電動排水ポンプのスイッチはエンジンルームの中にあって、すぐにはア
クセス出来ないんです。私はまずコックピットとキャビンをつなぐハシゴを外
して放り投げ、エンジンとキャビンを隔てている壁を取り払いました。書けば
1行ですが、これはそれなりに手間がかかる作業です。次の作業は手動の排水
ポンプの作動です。これがちょっと難物です。というのは電動排水ポンプの出
口は常時開放されているんですが、手動ポンプの排水管には出口付近にコック
があって、これは船尾の甲板に2つの特殊なボルトで止められているコックピ
ットロッカーの中にあるんです。私は外に飛び出して排水管のコックを開けま
した。しかしその後ヒロさんが「水位が下がらない」と叫んでいる声が、私が
持ち出したSDカードの記録にはっきりと残っています。

このまま脱出までを書くと本が1冊出来てしまいますのでここまでにしますが、
ライフラフトに乗り移ってからヒロさんに聞きました。

「例の衝撃があってから、浸水に気が付くまでって、何分ぐらいでした?」

「正確には分かりませんが、5分か10分でしょう。衝撃が1回なら私も波だ
って思ったでしょうが、ほぼ同じ強さで3回衝撃が続いて、こりゃ波じゃない
かもって考えて耳を澄ましていたら、ポチャポチャって水音がしたんです。ほ
ら、前の晩にビルジ(船底にたまる少量の水)の排水をした時に、ほとんど水
がたまってないのを確認してたんで、すぐにおかしいって気が付いたんです。」
さすがです。ヒロさんもキャビンバースで横になっていましたから、視覚以外
の感覚を研ぎ澄まして生きているヒロさんでなければ、もっと水位が上がって
からしか気づいていなかった可能性があります。船というのは、ほんの少しで
も浮力が残っていれば浮いていますが、浮力と自重の均衡点を越えた瞬間に一
気に沈みますから、今回の場合、数分の遅れが命取りになっていたでしょう。

さて本論です。浸水を止めて、航海を続けることは出来なかったのか?たぶん
できなかったと思います。普通ヨットが浸水した場合、疑うべき原因は主に2
つあります。1つは既に書いた船内の水タンクの漏れ、そしてもう1つは船体
に開いているパイプ(スルハルって言います)の水漏れ、破断です。前者でな
い事はここに記したとおりですが、後者でないことをどうして知ったか?それ
は全く持って恥ずかしい話ですが、最初に乗ったエタップでスルハル破断によ
る浸水を経験していたからです。エンジン付きのヨットは必ず冷却水を取り入
れるための穴が船底に開いています。私の場合、このパイプのプラスチックジ
ョイントが破断して、一晩で床上まで浸水したことがあるんです。ところが、
この程度の水漏れは電動ポンプでアッと言う間に排水できます。つまり、スル
ハルの破断で分単位で床上まで浸水する事はありえないし、スルハルの破断に
よる水漏れ程度なら電動ポンプと手動ポンプで十分排水出来るって身を持って
知っていたんです。まあ、今回を除いて2回も自艇を浸水させた経験あるクル
ーザー乗りはあんまりいないでしょうから、私の心がけの悪さが際立っている
ことは間違いありませんが。

私は最後の脱出作業に夢中でその後の水位の上昇スピードはあんまり覚えてい
ません。ヒロさんによると、脱出間際の水位は膝下くらいという事でしたから、
「破損か所を特定して浸水を止めゆっくり排水して」という時間的余裕は無か
ったように思います。ただ、これも「絶対か?」と問われると自信はありませ
ん。もしエオラスが不沈構造で、「逃げなくてもすぐに死ぬことは無い」とい
う状況だったなら、もう少し粘って排水しながら、浸水速度を冷静に判断する
という事も出来たかもしれないと思うのです。

何より悔やんでいるのは、実際の船体の破損個所の特定が出来ておらず、それ
どころか調べる努力もほとんどしなかった事です。いくらマッコウクジラの背
中が岩の様に堅いと言っても、あのエオラスの分厚いFRPの積層に穴が空い
たとは今でも信じられません。逆に言うと弾性が全く無い堅い外板ですから、
一定以上の力が働いた際に亀裂が走るという事は考えられます。唯、これも私
の想像で、実際に何がエオラスに起きたのかは、船体を引き揚げない限り分か
らないんです。

何故エオラスは浸水したのか。どこがどう壊れたのか。それは、止める事の出
来ない浸水だったのか。エオラスのオーナーは勿論、整備に当たった皆さんの
納得は永遠に得られないでしょう。それが私には何より悔しいんです。

あ、一つ注釈です。クルーザーの多くは不沈構造ではありませんが、子供たち
や学生などが乗る競技用のディンギーヨットは、現在100%不沈構造になっ
ています。ですから、この種のヨットが沈没して沈む事は絶対にありません。
もし、子供さんがヨットの活動をしていて、この文を読んで不安を持つ方がい
らっしゃるといけないので、あえて付け加えておきます。ヨットは、海の乗り
物の中では本来最も安全なんです。

2013年07月05日 09:00

僕たちの失敗2


先週公開した「僕たちの失敗1」では、ライフラフトに乗り移ってから救助さ
れるまでについて書き、主に海上保安庁、海上自衛隊の皆さんの献身と命がけ
の仕事ぶり、さらには費用負担についての私の考えなどをお伝えしました。こ
の1に続いて、2では今回の航海自体についての様々な批判、誤解、また一部
で議論されているいわゆる「自己責任論」についての私の考えを述べるつもり
でいたんですが、ちょうどこれについて書きかけたタイミングで私の「古巣」
である「FLASH」編集部から手記の執筆依頼が有りましたので、これらに
ついてはそちらに先行して書きました。

インターネットはとても便利なメディアですが、まだまだ日本ではアクセスで
きない方々も大勢存在しており、そういった方々に対する説明責任という事も
あって、ブログと並行して雑誌メディアでの懺悔をさせていただいた訳です。

実は、私が緊急に今お伝えしなくていけない事は、救助後の二回の記者会見と、
前回のブログ、そして「FLASH」の寄稿でほぼ言い尽くしたように思いま
す。先週から、海難全般を管轄する海上保安庁で、数次にわたって事故の説明
をさせていただく機会があったのですが、今まで公開の場でお伝えした以上の
説明は出来ませんでした。前にも書きましたが結果は極めて重大で、様々な皆
さんに多大なるご迷惑、ご心配をおかけする事態になった訳ですが、事象とし
ては余りに単純で、「太平洋上を帆走中のヨットが、水面下に潜む何かに衝突
して浸水し、艇体を放棄して救命いかだで漂流し、救助された」という事です。

こうなると本質的な論点は、「衝突を防止できなかったのか」、そして、「浸
水を止めて航行を続けられなかったのか」という事になります。

これについては正直悩んでいます。そして今後一生悩み続ける事になりそうです。

まず海面監視、いわゆるワッチが不十分だったのではないかという思いです。

記者会見でも述べ、海上保安庁の聴取の際にもお話しさせていただいたんです
が、私は衝突時に寝ていました。朝食後の仮眠という時間帯でしたが、衝突の
前々夜、アパレントウインド(見かけの風速)が時折40ノット(秒速約20
メートル)を越え、波高5メートルという大荒れの天気の上に、ヒロさんがワ
ッチを担当する深夜の時間帯に大型船舶の航路と交差した結果、一晩中レーダ
ーの接近アラームが鳴り続けるという状態でほとんど寝られず、翌日体制を立
て直しての一夜が過ぎ、なおかつ風速もおおむね20~30ノットと安定して、
波高も3メートル程度になり、「ようやく低気圧の影響から抜けて、今日は穏
やかな天気だね」と談笑しながら目玉焼きまで作って食べられる状況で、しか
もレーダー上でも、また他船の電波データ(AIS)の受信できるGPS上で
も、半径100キロ以内には(記者会見では24マイルと言いましたが、実際
は100キロ程度までの船舶の有無を仮眠前に確認しています)衝突しそうな
物体が海面上に無いという事を知っていましたので、仮眠とは言いながら実際
には不覚にも熟睡モードに入ってしまっていたようです。

ヒロさんはブラインドですから、当然この目視ワッチの責任は私にあります。
ヒロさんもワッチにつきますが、ヒロさんのワッチの役割は、海上の障害物に
ついてレーダーアラームが鳴ったら確実に私を起すことと、もう一つ、風向、
風速、艇速、進行方向などを音声で読み上げるシステムを使って、それらの変
化に合わせて船を一定の方向に進める事にありました。

つまりウォッチの実質的な責任は24時間私にあったという事です。日本近海
の航行に際しては、船舶の往来も多くて座礁の危険もあり、さらにレーダーで
写らないような小型のボートなどもありますから、どんな場合でも24時間肉
眼での目視をするのは当然です。私も、沿岸から100マイルくらいまでは、
コックピットで一人で目視を続けていました。ただそこを過ぎると座礁の危険
もなくなり、レーダーに映らない程小さな船が航行することもありえませんか
ら、レーダーの接近アラームさえ付けておけばまず大丈夫という油断があった
のも確かです。こう書くと、「そもそも盲目のヨットマンとのダブルハンドの
外洋航海自体無謀だ」という結論になってしまいます。でも、これって結局
「シングルハンド」、つまり一人で操船して外洋航海するのと条件は同じって
ことですよね。一人で外洋航海をして、24時間肉眼でワッチを続けるのは実
際には不可能ですから。これについては確かに議論のあるところだろうとは思
います。例えば先ごろメルボルン~大阪間で行われたヨットレースでも、参加
条件は「ダブルハンド」でした。つまり、必ず一人はワッチできることが前提
になっているんです。ただ、その一方、欧米で盛んに行われているシングルハ
ンドの大西洋横断レースや無寄港世界一周レースの様に、「一人で外洋を航行
するのが可能である」という前提に立っている世界的かつ伝統的行事も沢山あ
ります。となると必ずしも「実質シングルハンドと同じワッチ条件」だった今
回の航海が無謀だったということにはなりません。ただ何度も同じことを書き
ますが、「結果が結果」なだけに、この議論に私が積極的にかかわる事は出来
ませんので、是非、対策も含めて皆さんで議論いただければと思います。

さて次の問題は、もし私が起きてコックピットでワッチをしていたと仮定して、
今回の衝突を防げたかという点です。プロジェクト事務局が既に公開している
衝突時の映像は船尾に特設した5メートルのポールの上に設置したカメラで撮
影したものです。このカメラ、完全防水のハードケースに入っていましたから、
あまり音などは良く録れていないんですが、最近復活できたコックピットカメ
ラの映像では、凄まじい衝撃がハル(船体)を走る様子が3回の轟音と共に収
録されています。そしてこのコックピットカメラの画像を詳細に分析すると、
船尾カメラの映像に写っていた「クジラのヒレ」のようなものがかすかに確認
できます。つまり、コックピットの目線でも事前に物体を捉えることが出来た
可能性があるということです。勿論5メートルの高さからの俯瞰映像と違って、
「そこに何かがある筈だ」と意識を集中してやっと波間に黒い突起が見えると
いう程度のものですが。

さあ、これをワッチで見つけられたかどうか?正直微妙です。「そこに何かが
あるかも」という意識で海面を凝視していれば昼間なら確認できたようにも思
いますし、「いや、こりゃ無理」という思いもあります。ただ、「絶対に見つ
けることが不可能だったか」と問い詰められると、事故が起きたのが日の出後
だったこともあって、「絶対に無理だった」とまでは言い切れないでしょう。
この点で私の落ち度は明らかです。

こうなると次の論点は、見つけられたと仮定して、それから回避行動が間に合
ったかどうかです。

もし私が普段乗っている自分の船で、ティラー(舵棒)を握りながらワッチし
ている状態だったら確実に回避できたと思います。最初にヒレが見えた時間か
ら衝突までには、秒単位とはいいながら一定時間ありましたから、レスポンス
の良い舵を持つ船で、実際にその舵棒を手にしていれば十分回避可能です。と
ころがエオラスとなるとまたちょっと状況が違うんです。実はエオラス号は、
一般のヨットと水面下の構造が全くと言っていいほど違います。逆にこの「違
い」こそが、外洋帆走船としてのエオラスの強みでもあるんですが、私の船の
場合帆走中に舵を放すとどこに走って行くか分かりませんし、最悪その場でく
るくる回り始める可能性もあります。その代り、舵のレスポンスはものすごく
敏感です。ところがエオラスは一定の風向の元でセールをきちんとセットして
やれば、舵を持つ手を放してもそのまままっすぐ走って行くんです。素晴らし
い直進性と安定感を持つ船です。ところが直進性に優れるという事は、舵の効
きが恐ろしく緩慢だという事も同時に意味します。また衝突時エオラスでは、
ウインドベーンという風の力を利用した自動操舵装置が作動していました。緊
急に舵を切らなくてはいけない時に、必ずしもウインドベーンの作動を停止す
る必要があるわけでは無いですが、これをオンにしたままでは更に舵の効きが
悪くなります。要するに、ワッチで「何か」を発見してすぐに舵を切って、V
TRで記録されている時間内に衝突を回避できたかと聞かれると、これまた
「絶対不可能とは言えない」という結論にならざるを得ないんです。なんとも
曖昧な答えばかりで申し訳ないんですが、このあたりについて、是非専門家の
意見を聞きたいと考えています。

海面スレスレに浮遊している物体とエオラスの衝突が回避可能だったかの考察
はここまでです。私が悔やむのは、こうして一つ一つ冷静に分析して行くと、
結論としては「必ずしも衝突が不可避だったとは言えない」となることです。

現在西太平洋のマッコウクジラの生息数は万を数えるそうです。とは言いなが
ら、ここに艇速7ノットでヨットが真正面から乗り上げるというのは、万に一
つも無い話です。要するによほど心がけが悪くなければこんなことになってい
ないって事です。私は今、私の心がけが悪いがゆえに起きた稀有なケースを基
に、今回の事故で「シングルハンド自体が無謀」という意見が出ることを最も
恐れています。

また長くなってしまいました。エオラス号は「何か」と衝突し浸水が始まりま
した。衝突時に船内に設置されていたカメラの映像が一部救出でき、床で物が
浮き始める瞬間の記録が残っています。何とか、この映像をきちんと公開でき
る日が来ないかと考えています。

さあ次なる論点は、「艇体放棄という判断は正しかったのか」です。次回はこ
れについて詳述します。

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