2010年05月11日

好きになる・・・

随分意味深なタイトルですが、6月の合唱団Mの演奏会へ向けて、目下鈴木輝昭先生の『はだか』を練習しておるところですが、日曜日はO先生の練習で『はだか』を中心に練習したのですが、これはなかなか面白いことになるのではないか…と。練習していて感じました。中高生、または大学生と比較的若い世代に歌われることの多いこの作品を大人が歌うとどうなるのか…。合唱団Mが歌えば、きっと中高生や大学生が歌うそれよりももっと純粋で瑞々しい演奏が出来るのではないかなぁと僕は勝手に(笑)思っています。

テンポが早くリズミックナ部分は声を縦の方向に響きのポイントに入った声を使い、レガートな部分は素直な響きで作為的ではない響きを使ったり…と、歌詞によって歌い分けること、声色や音色を変化させて多様な表現を追求しております。コンクールで聴くと正直何が良いのか分からなかった作品が少しずつ自分の体に入っていくことは何だか嬉しいことです。少しずつこの作品を好きになっている…、そんな気がします。

東京に居た時は「好き嫌いで音楽をするな」と良く言われました。確かにその通りで今でもそのスタンスは僕は変わらないです。何でも歌えるようになりたいですからね。『はだか』を好きになると言うのはちょっと違うのかもしれませんが、けれど、正直自分の体になかなか入ってくれなかった作品が少しずつ、その真の姿(語弊はありますけどね)を見せてくれた時に音楽をやっていて良かったと思えてくるものだと思います。やはり何でも良いから、そのとき出来ることを真摯にやることって大切なこと、素晴らしい経験になるのです。

例えばバッハの音楽が好きだからバッハの音楽しか聴かない、演奏しないと言うのではいけない。ヴィクトリアもモンテヴェルディもモーツァルトもベートーヴェンもメンデルスゾーンもシューベルトもワーグナーもブラームスもブルックナーもラヴェルもシェーンベルクもシュトラウスもガーシュインもメシアンも武満も三善晃も…ひいてはポップスも民俗音楽も聴いてみるべきなのです。そして可能であれば演奏すべきなのです。そうしていく中でバッハの素晴らしさが初めて真に認識される筈だと思うのです。

もっと言えばバッハのモテット『Singet dem Herrn ein neues Lied BWV225』の素晴らしさは確かにその作品自体を聴き歌えば、素晴らしさは認識できるけれど、でもマタイやヨハネ受難曲、ロ短調ミサにクリオラ、そして平均律クラヴィーアやゴルトベルクを始めてする鍵盤の作品、バイオリンやピアノによるパルティータ、ブランデンブルクやピアノ協奏曲、そして数々のカンタータ。これらを知ることにより、更にモテットの素晴らしさがより深く認識されるはずなのです。

こう言う入り込んだ認識、ある意味より好きになっていく過程が大切なのだと思います。しかし『はだか』。少しずつ体に入ってきたかな…。どうか良い音楽となりますように…。聴いてくださる人達に楽しんでもらうために、集中していけたら…と思います(^^)。

singet225 at 00:02コメント(0)トラックバック(0) 

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