読書感想文ログ

書籍(小説、漫画)紹介ブログです。
私が読んだ作品の魅力に共感していただけたら幸いです。

2016年3月に文學会に発表された、滝口悠生の短編作品「夜曲」を紹介します。本作品は芥川賞受賞作品である「死んでいない者」の文庫版に掲載されています。20頁前後の短編ですが、どこか「死んでいない者」のスピンアウト作品のような空気を感じさせる作品です。

作家の特徴ともいえる手法である一人称を不在として半俯瞰的な距離から、スナックの小空間で織りなす日常を丁寧に描いた作品に仕上がっています。また、人物の会話に鍵括弧を使わない手法も特徴的で、実際に発した言葉と発していない言葉の境界を曖昧にすることで、より人間味のある会話表現を可能にしています。
これは、客の一人の早川のによる「ママの手製のしめさばは、絶品なんだ」という心の声が、実際に発せられていないにも関わらず、後々で「俺のしめさばは?」と注文したつもりになっている場面でも上手く作用しています。酒に酔っている客の浮遊感が巧みに表現されたシーンです。

何の変哲もないスナックの一コマの作品ですが、「こんないろいろも、あとになれば、薄く薄くこの店の歴史の層に重なって、見えなくなる」というスケールの大きい教訓のような表現で描写できる文章が本当に素晴らしいです。

 本作品は楽天市場で送料無料で購入できます
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

死んでいない者 (文春文庫) [ 滝口 悠生 ]
価格:748円(税込、送料無料) (2021/7/24時点)



人気ブログランキングに参加しています ランキングの確認をお願いします


小説(純文学) ブログランキングへ




2015年12月に文學会に発表された、滝口悠生の小説作品「死んでいない者」を紹介します。本作品は2016年に第154回芥川龍之介賞を受賞しています。

本作品は死んだ者を取り巻く「死んでいない者」たちの話です。通夜の一晩という非常に短い期間において、故人の親類である20人以上の登場人物たちの思考を約200ページにわたって描き切った力作で、芥川賞の受賞作品の中でも長尺に類する作品だと思います。

文章が難解な作品は数多くありますが、本作品は文章表現そのものはさほど難しくはないものの、登場人物がかなり多いことに加えて一人称が頻繁に入れ替わる点で、読者にかなり頭を使わせることになります。私も人物関係図(家系図)を作りながら読み進めましたが、インターネットで本作の家系図がすぐに見つけられるので、それを片手に読み進めるのが良いと思います。
故人の子供は、春寿、吉美、多恵、保雄、一日出の5名がおり、独身の保雄以外の妻も登場します。さらにその孫は10名おり、故人の曾孫も3名登場するという大所帯です。ただ、この大人数は通夜に集まる親戚の人数としてはリアリティがあるとも言えます。それでいて、作品中の血縁関係の説明がくどくなくさりげない点が、残された者たちを現した作品タイトルの必然性に直結しているように思います。

通夜に集まる親類の思惑や言動を多角的に描き続けるというありそうで無いモチーフを、本作品では無理なく長編化するという偉業を達成しています。文章表現も巧みで、普通の人間が普通に持っている深層意識を言語化する精度が非常に高いことが判ります。

故人の孫にあたる知花が、自分の両親の出来事を振り返る際に「自分が生まれる前のことは何度聞いても記憶が定着しない。付帯する映像や音がないのだから、日本史や世界史を暗記するのとあんまり変わらない」と言います。これは高校生の世代が持つ主観として完璧な表現のように思います。また、知花と年の離れた兄・美之との他愛もな長電話については「連ねて連ねて長さだけが延びていくような」電話であると説いています。これも、時間を持て余した学生の会話を表現する上で絶妙です。

また、夜道で見た「河原の石たちは、昼間受けた日の光を溜め込んだみたいに明るく白い」という表現も、単なる風景描写を人間の感覚というフィルターを通して文章化した素晴らしい表現だと思います。

本作品の程よいスパイスになっているのが、故人の孫・紗恵の夫にあたる外国人ダニエルの存在です。ダニエルは、通夜の晩に親類と向かった温泉施設で「義理」という日本特有の考え方に思いを馳せます。「いったいその語(義理)にあるのはどういう感情や距離感なのだろうか」という視点は、異文化の視点から日本の葬儀を見た時の好奇心と重なって湧き出たものであることが、フィクション作品の中でも活き活きと伝わってきます。

私が特に注目したいのは10章で、故人と親しかった友人はっちゃんの回想シーンです。個人的に故人である死者との会話形式というタブーは、このような作品を台無しにしてしまうと思っていたのですが、はっちゃんと故人が琵琶湖旅行を語る回想シーンは故人との対話なのか、はっちゃん一人の思考によるものか見分けがつかず、絶妙なやり取りとして表現されています。

これまでの他の小説作品でもありそうなのに、読み終えてみると、実は誰にも出来ていなかった文章表現が非常に多い作品であると強く感じます。

 本作品は楽天市場で送料無料で購入できます
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

死んでいない者 (文春文庫) [ 滝口 悠生 ]
価格:748円(税込、送料無料) (2021/7/24時点)



人気ブログランキングに参加しています ランキングの確認をお願いします


小説(純文学) ブログランキングへ




1996年9月に文學会に発表された、川上弘美の小説作品「惜夜記」を紹介します。

本作品は、芥川賞受賞作の「蛇を踏む」の単行本・文庫本に収録されている3編のひとつですが、個人的には3作品の中で一番面白いと感じた作品です。大学の論文テーマにされることもある様で、文学研究の題材としても非常に興味深い作品となっているように見受けられます。
ストーリー性のある作品として読んでみても、筒井康隆の「旅のラゴス」の様に場面々々での固有の面白さがあります。

本作品は、全部で19の章からなる散文的な物語としてまとめられています。

1 馬
2 カオス
3 紳士たち
4 ビッグ・クランチ
5 ニホンザル
6 悲運多数死
7 泥鰌
8 シュレジンガーの猫
9 もぐら
10 クローニング
11 ツカツクリ
12 ブラックホール
13 像
14 アレルギー
15 キウイ
16 フラクタル
17 獅子
18 アポトーシス
19 イモリ

既に、本作品に関する多数の解説で示されている通り、奇数章では人間を含む動物が主題的に扱われ、偶数章では生物学などの学術的なテーマが主題に扱われつつ「少女」との出会いから別れまでを取り扱っています。さらに19章の共通項が「夜」これ即ち「夢」として、作品全体の共通主題となって下支えする構造です。

惜夜(あたらよ)は、明けるのが惜しい素晴らしい夜という意味ですが、このような「夢」の中で起こる現象を「夜」と置き換えて、目覚めた時もう少し続きが見たいと思うような作品に仕上がっています。

良く練られた作品の構造も素晴らしいのですが、各章が単独で存在していても「夢」をしっかりと「文章」に置き換えられていることに感服します。実際の「夢」は覚めるとすぐに忘れてしまうという経験は誰しもあると思いますが、この作品ではその忘れて消え去ってしまう「夢」のディテールをしっかりと正確に書き残していると思える文章が秀逸です。
作者が見た夢を朝一番に書き残したものをモチーフにしているのであれば、少しは納得できるのですが、何もない思考状態から想像・創造された作品だとしたら、かなり人間離れした作業になるのではないかと思います。

10章のクローニングでは、バラバラになった少女を何度も何度も再生させるたびに、終いに無機質な形での再生を繰り返すことに辟易する場面があります。これは生物細胞の消滅と再生の繰り返しという単純性を示唆している側面もあれば、人間が繰り返し同じような失敗をしてしまうことに気付くまでの愚鈍さを示唆している様にも読めます。

特に既視感を持つのは、12章のブラックホールで少女に導かれて花火に入っていく場面から、少女と別れて脳も体もなくなった状態で徐々に何も考えられなくなる(考えることがどうでもよくなる)場面です。これは、死に際の人間の感覚に近いような気がして、色々な想像力が掻き立てられるシーンです。

各章は一見脈絡のない夢が繋ぎ合わさっているので、読者は夢から覚めて二度寝をしたのちにまた似たような続きの夢を見るような感覚で読み進めることになります。

本作のように、各章で色々な読み方や気付きを与える作品はかなり希少だと思います。

 本作品は楽天市場で送料無料で購入できます
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

蛇を踏む (文春文庫) [ 川上弘美 ]
価格:473円(税込、送料無料) (2021/5/29時点)



人気ブログランキングに参加しています ランキングの確認をお願いします


小説(純文学) ブログランキングへ




1996年3月にKADOKAWAの小説誌「野生時代」に発表された、川上弘美の小説作品「消える」を紹介します。

本作品も作家の独特の感性で描かれた作品であるため、ストーリーの要約を説明し難い内容となっています。リアリティがあるのに非現実的なストーリーという観点では、村上春樹に近いような気もしますが、文体が異なるせいなのか、やはりそれほど近くないような気もします。

このような作品群を、作家本人は「うそばなし」と評しています。謙遜を兼ねて「うそばなし」という自虐的なカテゴリで括っておられますが、実際に読んでみると子供のころにどこかで読んだような、普遍的な昔話・逸話を思わせる雰囲気を感じます。

本作は、「消える」家族と、「縮む」家族の結婚を描いた作品です。現実社会においても、結婚は異なる習性をもつ家族同士が繋がりを持つ時の違和感やギャップが付き物ですが、本作品もそのような現実社会の隔たりを暗示している様に読めなくもありません。しかし、作者本人が「うそばなし」というだけあって、そのような読み方(意図の推測)はナンセンスのように思えます。

本作品も「うそばなし」というには、あまりにもリアルな場面設定とディテールで表現されています。

「消える」家族は最初に上の兄が消えてしまったことにより、「縮む」家族の娘であり婚約者であるヒロ子との結婚が暗礁に乗り上げてしまいます。「消える」家族は兄の代わりに次の兄が婚約者の代役としてすり替わっていきます。このすり替わるまでの、双方の受け入れ方がとても自然で、「消える」「縮む」家族が自然界で当たり前に起こることであるかのように受け入れる世界観が面白いです。これも、現代社会における多様性の受容を暗示しているように捉えることもできます。

作家の意図する読み方ではないかもしれませんが、読みながら色々なことを考えさせられる作品です。私の読んだ感覚としては、円城塔の小説作品を好まれる方が受け入れやすい作品のように思います。

 本作品は楽天市場で送料無料で購入できます
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

蛇を踏む (文春文庫) [ 川上弘美 ]
価格:473円(税込、送料無料) (2021/5/29時点)



人気ブログランキングに参加しています ランキングの確認をお願いします


小説(純文学) ブログランキングへ




1996年3月に文學会に発表された川上弘美の小説作品「蛇を踏む」を紹介します。本作品は同年に第115回芥川龍之介賞を受賞しています。

芥川賞受賞作品の短編の中でも特にページ数が少ない短編で、文章も読みやすいため短時間で読むことができます。古典的・仏教的なモチーフをもとに、現代の日常と非日常を融合させた作品となっています。上質な昔話を現代に持ち込んだような風情の作品です。学生時代にSF研究会に所属していたバックグラウンドも本作品の作風に強い影響を与えている様に感じます。

主人公の女性のサナダヒワ子は、最初の一文で「蛇を踏」んでしまいます。蛇はその場で煙のようにいなくなってしまいますが、ヒワ子が仕事の後で自宅に帰ると蛇はヒワ子の母親と自称して人の姿で迎え入れ、そのまま居座り続けます。
非常にシュールなストーリーではありますが、蛇に対するヒワ子の言動や内心の描写には非常にリアリティがあって作品に引き込まれます。

蛇がヒワ子の母親であると自称した時に、ヒワ子は静岡に住む実母に電話をかけて現在の状況を確認しようとします。この時、気が動転して何度も電話をかけ損ねる様子を「夢の中でうまく電話がかけることができないときに似ている」と説明しています。この感覚と描写には非常に共感を覚えます。また、ヒワ子が働く数珠屋の主人のコスガさんのキャラクター描写も秀逸です。コスガさんが自分の頭を撫でる仕草から、ピース(煙草)をくわえて話す仕草まで、要所々々の文章における目の前で起こっているかのような描写力は素晴らしいものがあります。

本作の蛇は作品中に実在する様に描かれますが、中盤以降では人間それぞれのもつ内面の化身のようにも描かれます。この表現が作品後半の混沌・混乱のもとになっていますが、これこそがただの昔話とは一線を画した本作品の独特の作風に繋がっているのだと思います。

実際に、作中でヒワ子は「(親・兄弟を含めてヒトと話すときには)薄かったり厚かったりするが、壁というものはあって、壁があるから話ができるともいえる」と説いており、さらにその直後に蛇と私(ヒワ子)の間には壁がないと説明を重ねています。これは、ヒワ子の家に居座る蛇が、ヒワ子自身の内面の化身である様な感覚を読者に与えます。

純文学というよりは古典文学に近い作品であるために、芥川賞受賞時の評価がかなり割れた様ですが、特に前半部分の情景描写や心理描写は読者を唸らせる文章が随所に見られます。

最近ではなかなか読めない作風なので、日本の昔話を読んだような心地良い読後感が得られる良作だと思います。

 本作品は楽天市場で送料無料で購入できます
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

蛇を踏む (文春文庫) [ 川上弘美 ]
価格:473円(税込、送料無料) (2021/5/29時点)



人気ブログランキングに参加しています ランキングの確認をお願いします


小説(純文学) ブログランキングへ




このページのトップヘ