2009年11月24日
おつりをもらわない
テレビ番組で、
床屋のおばあさんが、
「うちは、困っている人からは定価をもらわない。
その代わり、定価以上のお金を置いていってくれる人もいる」
と言っていた。
北野武さんが、
「そういうのも、すくなくなったねえ」と応えていた。
若い頃、上司から
「タクシーのおつりはもらうものじゃない。
たとえお釣りが10円でも、その心意気は運転手さんにわかってもらえる」
と、教わった。
それに習って、タクシーのお釣りはもらわないようにしていた。
運転手さんも、
「そうですか、ありがとうございます」と答えてくれていた。
お釣りが、10円とか20円とかになってしまう時もあって、
「少なくて悪いけど、とっといて」と言うと
「とんでもない、ありがたいです」なんて、答えてくれていた。
そのうちに、
「お釣りは受け取っていただかないと…」という運転手さんが増えてきた。
きっと、会社の方で厳しくなったんじゃないか、と思われた。
僕も、何だか、それでも無理に、もらわないで降りるのも
あんまりよくないことのように思えてきて、
最近は、お釣りをもらう。
外国に行く時に、日本人はチップの習慣がないからと、心配になる。
国によっては、チップが制度化されたかのように、数字がはっきりしていたりするから
困ることもあるのだろうけど、
少し前の日本にも、心意気、というチップがあったのだと思う。
働き始めて、贅沢にもタクシーに乗れるようになった。
「お釣りはもらわない」は、
自分が贅沢をしているのだ、という自覚を持つための行為で、
贅沢ができてありがたいなあ、という感謝の気持ちだった。
最近、
感謝していると、自分で思っていても、
ありがとう、と口にしていても、
それに伴う行為をおろそかにしているような気がする。
最近、どんな行為で、感謝を表していますか。
床屋のおばあさんが、
「うちは、困っている人からは定価をもらわない。
その代わり、定価以上のお金を置いていってくれる人もいる」
と言っていた。
北野武さんが、
「そういうのも、すくなくなったねえ」と応えていた。
若い頃、上司から
「タクシーのおつりはもらうものじゃない。
たとえお釣りが10円でも、その心意気は運転手さんにわかってもらえる」
と、教わった。
それに習って、タクシーのお釣りはもらわないようにしていた。
運転手さんも、
「そうですか、ありがとうございます」と答えてくれていた。
お釣りが、10円とか20円とかになってしまう時もあって、
「少なくて悪いけど、とっといて」と言うと
「とんでもない、ありがたいです」なんて、答えてくれていた。
そのうちに、
「お釣りは受け取っていただかないと…」という運転手さんが増えてきた。
きっと、会社の方で厳しくなったんじゃないか、と思われた。
僕も、何だか、それでも無理に、もらわないで降りるのも
あんまりよくないことのように思えてきて、
最近は、お釣りをもらう。
外国に行く時に、日本人はチップの習慣がないからと、心配になる。
国によっては、チップが制度化されたかのように、数字がはっきりしていたりするから
困ることもあるのだろうけど、
少し前の日本にも、心意気、というチップがあったのだと思う。
働き始めて、贅沢にもタクシーに乗れるようになった。
「お釣りはもらわない」は、
自分が贅沢をしているのだ、という自覚を持つための行為で、
贅沢ができてありがたいなあ、という感謝の気持ちだった。
最近、
感謝していると、自分で思っていても、
ありがとう、と口にしていても、
それに伴う行為をおろそかにしているような気がする。
最近、どんな行為で、感謝を表していますか。
2009年11月23日
100円のチョコレート
ひかりの自由席に飛び乗った。
みんな京都に紅葉でも見に行くのか、ほぼ満席だった。
座るのはあきらめようと思ったが、偶然2つ席が空いた。
2人がけの窓側に若い女性が一人、
3人がけの窓側におじさん一人、通路側に息子くらいの若い男の子が一人
その3人の間に、妻と座ろうとしたら、
若い男の子が、「席、替わりますよ」と、さっと2人席に移ってくれた。
おかげで、僕と妻は並んで座り、
名古屋までの1時間を話をしながら過ごすことができた。
席を替わってもらうとすぐに妻は鞄から、
さっき駅で買ったばかりの100円のチョコレートを出した。
「替わってくれてありがとう」とチョコレートを若い男の子に渡すと
彼はびっくりしたようだったが、
すぐに、すてきな笑顔で、「いただきます」と受け取ってくれた。
たった一言、「替わりますよ」
人によっては、言うのがむずかしい言葉だと思う。
見知らぬ人に声をかけるのが、億劫だったり、面倒だったりする風潮の世の中になってしまったから。
彼にとっては、どんな感じだったんだろう。
迷った末に言ってくれたのかなあ。
それとも自然に出た言葉で、彼の記憶にも残らない出来事だったのかなあ。
自然に出た言葉だったら、彼を育てた環境はすばらしいと思う。
スタートに彼の一言があったから、いい旅になった。
そんなふうにさえ思える朝だった。
幸せは人の手を介してやってくる。
これがきっかけで、彼と窓際の女性が知り合って…
なんて、ちょっと想像してみたけど、名古屋までは、もちろん、何も起こらなかった(^o^)。
みんな京都に紅葉でも見に行くのか、ほぼ満席だった。
座るのはあきらめようと思ったが、偶然2つ席が空いた。
2人がけの窓側に若い女性が一人、
3人がけの窓側におじさん一人、通路側に息子くらいの若い男の子が一人
その3人の間に、妻と座ろうとしたら、
若い男の子が、「席、替わりますよ」と、さっと2人席に移ってくれた。
おかげで、僕と妻は並んで座り、
名古屋までの1時間を話をしながら過ごすことができた。
席を替わってもらうとすぐに妻は鞄から、
さっき駅で買ったばかりの100円のチョコレートを出した。
「替わってくれてありがとう」とチョコレートを若い男の子に渡すと
彼はびっくりしたようだったが、
すぐに、すてきな笑顔で、「いただきます」と受け取ってくれた。
たった一言、「替わりますよ」
人によっては、言うのがむずかしい言葉だと思う。
見知らぬ人に声をかけるのが、億劫だったり、面倒だったりする風潮の世の中になってしまったから。
彼にとっては、どんな感じだったんだろう。
迷った末に言ってくれたのかなあ。
それとも自然に出た言葉で、彼の記憶にも残らない出来事だったのかなあ。
自然に出た言葉だったら、彼を育てた環境はすばらしいと思う。
スタートに彼の一言があったから、いい旅になった。
そんなふうにさえ思える朝だった。
幸せは人の手を介してやってくる。
これがきっかけで、彼と窓際の女性が知り合って…
なんて、ちょっと想像してみたけど、名古屋までは、もちろん、何も起こらなかった(^o^)。
2009年11月20日
神の手
父を病院に連れて行った。
半年前、1歩も歩けなかった父が、
病院の駐車場から病院の玄関まで、一人で歩いた。
あの時の診察、緊急の手術がなかったら、
きっとあのままだったろう。
首の骨を外して、セラミックを入れる。
想像もできない大変なことだ。
でも、おかげで、こうして、父は、一人で歩いている。
ドクターは神の手をもっているのだ、と、
昼下がりの青空からやさしく漏れてくる秋の陽ざしの中で、そう思った。
本物の仕事をする、というのは、こんなふうに、人を幸せにすることなのだ、と
いつも思っていたい。
半年前、1歩も歩けなかった父が、
病院の駐車場から病院の玄関まで、一人で歩いた。
あの時の診察、緊急の手術がなかったら、
きっとあのままだったろう。
首の骨を外して、セラミックを入れる。
想像もできない大変なことだ。
でも、おかげで、こうして、父は、一人で歩いている。
ドクターは神の手をもっているのだ、と、
昼下がりの青空からやさしく漏れてくる秋の陽ざしの中で、そう思った。
本物の仕事をする、というのは、こんなふうに、人を幸せにすることなのだ、と
いつも思っていたい。
2009年11月14日
小さな幸せ
今日、講演会でコミュニケーションが話題となった。
講演の途中で、
隣りの人と、自分の子育ての目標について語り合ってください、
という場面があった。
隣りに座った見知らぬ方と、1分半ずつスピーチをし合った。
僕は、
娘が大きな病気をしたので、
娘も息子もとにかく健康でいさせることと
幸せになるために人を幸せにできる子に育ってほしいと思いながら
子どもを育ててきた、と言った。
隣りの方は、
小さな幸せを感じられる人に育ってほしいと思っているとおっしゃった。
金曜日の夜って楽しいでしょう、だって「明日」は休みですもの、
そう、おっしゃった。
小さな幸せを味わう、ということと、
大きな夢を追いかける、ということは、
うっかりしていると両立が難しいばかりか、
両方を失うこともある。
大きな夢をかなえるために
小さな幸せを積み上げていく。
忘れてしまいそうな大切なことだから、
いつも、心に言い聞かせている。
講演の途中で、
隣りの人と、自分の子育ての目標について語り合ってください、
という場面があった。
隣りに座った見知らぬ方と、1分半ずつスピーチをし合った。
僕は、
娘が大きな病気をしたので、
娘も息子もとにかく健康でいさせることと
幸せになるために人を幸せにできる子に育ってほしいと思いながら
子どもを育ててきた、と言った。
隣りの方は、
小さな幸せを感じられる人に育ってほしいと思っているとおっしゃった。
金曜日の夜って楽しいでしょう、だって「明日」は休みですもの、
そう、おっしゃった。
小さな幸せを味わう、ということと、
大きな夢を追いかける、ということは、
うっかりしていると両立が難しいばかりか、
両方を失うこともある。
大きな夢をかなえるために
小さな幸せを積み上げていく。
忘れてしまいそうな大切なことだから、
いつも、心に言い聞かせている。
2009年11月13日
きれいな教室
最近、教室がきれいになっている。
僕も教室が乱雑にならないように気をつけているが、
自分ひとりでは、なかなか、きれいにならない。
理由のわからないごみが落ちていたり、
古い校舎なので、埃は、とってもとってもなくならない。
ところが最近、とてもきれいに思える日が増えた。
これは、子どもたちの目が行き届き始めたのだろうと思う。
子どもたちが「教室という広さ」の視野を持ち始めたのだ。
教室は意外に広い。
僕の家より、多分、広い。
それを綺麗に保つのは大変だ。
でも、広い視野を持った32人分の目で見ていれば、
きれいさは保たれる。
子どもたちの成長は、こうした視野の広さではかることができる。
視野の広さは、目に見える範囲だけではなく、
心の広さにも及ぶ。
一人分の心の広さしか見えない子どもは、わがままを言い続けるが、
周りの人の心まで視野の広がった子どもは、
多くの人を助けることができる。
子どもの視野が日に日に広がって、人間として、かっこよくなっていく。
これを目の当たりにできることが、
僕が就いている仕事のいちばんの醍醐味みたいだ。
僕も教室が乱雑にならないように気をつけているが、
自分ひとりでは、なかなか、きれいにならない。
理由のわからないごみが落ちていたり、
古い校舎なので、埃は、とってもとってもなくならない。
ところが最近、とてもきれいに思える日が増えた。
これは、子どもたちの目が行き届き始めたのだろうと思う。
子どもたちが「教室という広さ」の視野を持ち始めたのだ。
教室は意外に広い。
僕の家より、多分、広い。
それを綺麗に保つのは大変だ。
でも、広い視野を持った32人分の目で見ていれば、
きれいさは保たれる。
子どもたちの成長は、こうした視野の広さではかることができる。
視野の広さは、目に見える範囲だけではなく、
心の広さにも及ぶ。
一人分の心の広さしか見えない子どもは、わがままを言い続けるが、
周りの人の心まで視野の広がった子どもは、
多くの人を助けることができる。
子どもの視野が日に日に広がって、人間として、かっこよくなっていく。
これを目の当たりにできることが、
僕が就いている仕事のいちばんの醍醐味みたいだ。
2009年11月12日
目だけ
インフルエンザ対策で、全校児童がマスクをしている。
鼻筋からあごまできちんと隠れるマスクだ。
だから、目だけが見える。
最初は異様に感じたが、
慣れてしまうと、
目以外が見えても見えなくても、表情はわかる
ということがわかった。
特に、笑っているかどうかはよくわかる。
よくドラマで、
「笑顔なのに目が笑っていない」という台詞を聞くたびに
どんな感じなのだろう、と思っていたが、
笑顔かどうか、目だけで判断できるのだから、
目をよくみれば、その人が心から楽しんでいるのかがわかるのだろう。
人の目をじっと見つめるのは得意じゃないけど
(見つめていると、好きになっちゃうから)
これから、気をつけて、目をみようと思う。
「こうじさんって、顔はこわいけど、面白いことを言うから好き」
と、友達に言われたと、昨日妻が言ってた。
顔がこわいというのは、初めて言われた。
人の目より先に、自分の目が笑っているか、いつも鏡を見なくちゃいけませんね。
鼻筋からあごまできちんと隠れるマスクだ。
だから、目だけが見える。
最初は異様に感じたが、
慣れてしまうと、
目以外が見えても見えなくても、表情はわかる
ということがわかった。
特に、笑っているかどうかはよくわかる。
よくドラマで、
「笑顔なのに目が笑っていない」という台詞を聞くたびに
どんな感じなのだろう、と思っていたが、
笑顔かどうか、目だけで判断できるのだから、
目をよくみれば、その人が心から楽しんでいるのかがわかるのだろう。
人の目をじっと見つめるのは得意じゃないけど
(見つめていると、好きになっちゃうから)
これから、気をつけて、目をみようと思う。
「こうじさんって、顔はこわいけど、面白いことを言うから好き」
と、友達に言われたと、昨日妻が言ってた。
顔がこわいというのは、初めて言われた。
人の目より先に、自分の目が笑っているか、いつも鏡を見なくちゃいけませんね。
2009年11月11日
詩集「家族の時代」
子どもを育てるための「人生の中の時代」は、光よりも早く時間が過ぎてゆく。
自分の時間がない、と、あせりながら、
1日があっと言う間に終わる。
以前から、本を出してみたかった。
どんな本でもよかった。
娘が高校3年になり、あと少しで、娘は家を出る、
と思った時、それまで自分の書いた詞を並べると
「家族の時代」という言葉で括れるものがあることに気づいた。
1年の準備期間を経て、
娘が高校を卒業する時に、
初めて自費出版で、詩集をだした。
それが「季節の小箱〜第1集 家族の時代」
1日が、あっという間に過ぎ去っていった家族の時代は、
振り返ると、その何倍もの時間を生きたのではないかと思えるような
思い出がたくさんつまっている。
いやなことがある日は、1日が長く感じられる。
そういう日の中には、思い出がほとんどない。スカスカな1日だ。
でも、あっという間に過ぎた日には、
24時間では語りつくせない思い出が詰まっている。
目の前にある時には、その価値に気づかない、
というのは、よくある話で、
子育て真っ最中の人が、家族の時代の本当の素晴らしさに気づくことは少ないらしい。
年寄りが口うるさく若者に説教しても、理解されないのと同じだ(^o^)。
でも、大事なことに気づいたら、やっぱり、ずっと言い続けて、生きたい。
素敵な写真を撮るプロのカメラマンと友達になったので、
その写真に詞を載せた本を出したい。
メルマガ「速効よい子」で伝えたいことをたくさん書いてきたから、
ここまでを1冊にしてみたい。
また、本を出したいという欲望がうずうずとしてきた。
世の中の誰一人、そんなこと期待してはいないから、
また、お金を貯めなくちゃ(^o^)。
自分の時間がない、と、あせりながら、
1日があっと言う間に終わる。
以前から、本を出してみたかった。
どんな本でもよかった。
娘が高校3年になり、あと少しで、娘は家を出る、
と思った時、それまで自分の書いた詞を並べると
「家族の時代」という言葉で括れるものがあることに気づいた。
1年の準備期間を経て、
娘が高校を卒業する時に、
初めて自費出版で、詩集をだした。
それが「季節の小箱〜第1集 家族の時代」
1日が、あっという間に過ぎ去っていった家族の時代は、
振り返ると、その何倍もの時間を生きたのではないかと思えるような
思い出がたくさんつまっている。
いやなことがある日は、1日が長く感じられる。
そういう日の中には、思い出がほとんどない。スカスカな1日だ。
でも、あっという間に過ぎた日には、
24時間では語りつくせない思い出が詰まっている。
目の前にある時には、その価値に気づかない、
というのは、よくある話で、
子育て真っ最中の人が、家族の時代の本当の素晴らしさに気づくことは少ないらしい。
年寄りが口うるさく若者に説教しても、理解されないのと同じだ(^o^)。
でも、大事なことに気づいたら、やっぱり、ずっと言い続けて、生きたい。
素敵な写真を撮るプロのカメラマンと友達になったので、
その写真に詞を載せた本を出したい。
メルマガ「速効よい子」で伝えたいことをたくさん書いてきたから、
ここまでを1冊にしてみたい。
また、本を出したいという欲望がうずうずとしてきた。
世の中の誰一人、そんなこと期待してはいないから、
また、お金を貯めなくちゃ(^o^)。
2009年11月10日
10分進めて
僕の車には、今時珍しい、アナログの時計がついている。
5年前に買った時に、モデルチェンジ直前の古い車だったから、
きっと、この車が世に出た頃、こんなアナログ時計がトレンドだったのかもしれない。
この時計、いつも、10分くらい進めてある。
珍しい人だなあと言われることもあるけれど、
これは、僕が、うまく生きていくために考えた知恵だ。
自分はとても、「あせる」性格なので、
あせってミスをしないように、わざと10分進めている。
子どもを育てている期間は、
大人のペースで生きていくことはできない。
いつも時間が足りなくて、僕の人生、どうなっちゃうのだろう、と思っていた。
子どもが、家を「卒業」してしまってからすぐは、
逆に、あれだけ欲しかった時間を、もてあましてしまうような感覚もあったけれど、
だんだん、それにも慣れてくると、
時間をじっくり吟味して使えるようになってきた。
やっとここまで来て、ちょっとだけわかったことがある。
自分から動き出せば、時間はゆったりと流れ、
足りないものに文句を言いながら、何もしないで過ごせば、
時間は光より速く過ぎていくみたいだ。
時間は、心で生み出せるものかもしれない。
もっと若い時から気づいていればよかったと、後悔しないこともないけれど、
それも含めて、全部自分の人生、自分の責任だ。
10分進めた車の時計。
この時計どおりにものごとを進めると
時々、10分間の、宝石みたいな時間が、生活の中に生まれる。
5年前に買った時に、モデルチェンジ直前の古い車だったから、
きっと、この車が世に出た頃、こんなアナログ時計がトレンドだったのかもしれない。
この時計、いつも、10分くらい進めてある。
珍しい人だなあと言われることもあるけれど、
これは、僕が、うまく生きていくために考えた知恵だ。
自分はとても、「あせる」性格なので、
あせってミスをしないように、わざと10分進めている。
子どもを育てている期間は、
大人のペースで生きていくことはできない。
いつも時間が足りなくて、僕の人生、どうなっちゃうのだろう、と思っていた。
子どもが、家を「卒業」してしまってからすぐは、
逆に、あれだけ欲しかった時間を、もてあましてしまうような感覚もあったけれど、
だんだん、それにも慣れてくると、
時間をじっくり吟味して使えるようになってきた。
やっとここまで来て、ちょっとだけわかったことがある。
自分から動き出せば、時間はゆったりと流れ、
足りないものに文句を言いながら、何もしないで過ごせば、
時間は光より速く過ぎていくみたいだ。
時間は、心で生み出せるものかもしれない。
もっと若い時から気づいていればよかったと、後悔しないこともないけれど、
それも含めて、全部自分の人生、自分の責任だ。
10分進めた車の時計。
この時計どおりにものごとを進めると
時々、10分間の、宝石みたいな時間が、生活の中に生まれる。
2009年11月09日
テレビを買った
テレビを買いました。
一昨日の夕方、テレビが届いた時、すごくうれしかったです。
どのくらいうれしかったかというと、
子どもの頃、初めて家にテレビがやってきた時の、
興奮した気持ちを思い出すくらい、うれしかったです。
このテレビよりも高価なものは買ったことがあります。
車はもちろんそうだし、音楽の機材も、全部合計すれば、
このテレビの何倍もお金をかけています。
でも、それらは、「何かをする」ために、どうしても必要で買ったものです。
一昨日、買ったテレビは違います。
無くても、よいものです。
家には他にも、みんなで使うテレビがあるので、
この新しいテレビがなくても、何も困らない、という贅沢品です。
どうやら、1回だけ、
ずっとまじめにやってきた自分に、ご褒美を上げたかったみたいです。
それで、こんなにうれしいのではないか、と思います。
自分に、ご褒美をあげたこと、ありますか。
このテレビで、これから、今まで見たくて、見逃していた映画を観ます。
この映画を、自分の作品のねたにしようなんて考えないで、
ただ映画を楽しむためだけの時間を、自分にあげようと思います。
映画、大好きです。
映画の好きな人と、もっと話がしたいです。
一昨日の夕方、テレビが届いた時、すごくうれしかったです。
どのくらいうれしかったかというと、
子どもの頃、初めて家にテレビがやってきた時の、
興奮した気持ちを思い出すくらい、うれしかったです。
このテレビよりも高価なものは買ったことがあります。
車はもちろんそうだし、音楽の機材も、全部合計すれば、
このテレビの何倍もお金をかけています。
でも、それらは、「何かをする」ために、どうしても必要で買ったものです。
一昨日、買ったテレビは違います。
無くても、よいものです。
家には他にも、みんなで使うテレビがあるので、
この新しいテレビがなくても、何も困らない、という贅沢品です。
どうやら、1回だけ、
ずっとまじめにやってきた自分に、ご褒美を上げたかったみたいです。
それで、こんなにうれしいのではないか、と思います。
自分に、ご褒美をあげたこと、ありますか。
このテレビで、これから、今まで見たくて、見逃していた映画を観ます。
この映画を、自分の作品のねたにしようなんて考えないで、
ただ映画を楽しむためだけの時間を、自分にあげようと思います。
映画、大好きです。
映画の好きな人と、もっと話がしたいです。
2009年11月08日
2840円
古い音楽機材と、本を処分した。
きっと買った時の値段は、30万円をくだらない。
でも、ハードオフとブックオフで引き取ってもらった値段の合計は
2840円だった。
どの機材も、どの本も、それを使っていたときのことを思い出せるもので、
それが、カウンターの向こうに消えていく瞬間は、
体の一部がとられてしまったようなさみしさを感じた。
僕の思い出は、2480円だったのだと、これも、さみしかった。
まだ、古い機材や本は、残っている。
でも、これらは、思い出を懐かしむためだけでなく、
これからも、役に立つから残してある。
思い出は大事にしたい。
でも、思い出に頼るのは、
細胞の新陳代謝をなくした生き物なのだと思う。
最近、心の新陳代謝率が落ちている気がする。
0になってしまわないように、
「明日」を作るために今日を生きる
というつもりで、一瞬、一瞬を過ごしたい。
きっと買った時の値段は、30万円をくだらない。
でも、ハードオフとブックオフで引き取ってもらった値段の合計は
2840円だった。
どの機材も、どの本も、それを使っていたときのことを思い出せるもので、
それが、カウンターの向こうに消えていく瞬間は、
体の一部がとられてしまったようなさみしさを感じた。
僕の思い出は、2480円だったのだと、これも、さみしかった。
まだ、古い機材や本は、残っている。
でも、これらは、思い出を懐かしむためだけでなく、
これからも、役に立つから残してある。
思い出は大事にしたい。
でも、思い出に頼るのは、
細胞の新陳代謝をなくした生き物なのだと思う。
最近、心の新陳代謝率が落ちている気がする。
0になってしまわないように、
「明日」を作るために今日を生きる
というつもりで、一瞬、一瞬を過ごしたい。



