花札ってやったことないけど、この絵柄「雨」だけは知ってます。ってかよく代表的なものとして載ってますかね?



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この方、小野道風(おのの みちかぜ/どうふう)という方だそうです。



小野道風は聖徳太子の頃に遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、書道の大御所三人「三跡」の一人に数えられています。

その道風が書道の大家(たいか)となる前の話として次のようなエピソードを取り上げた話です。



なんか微笑ましいというか、これ読んで絵柄見て、妙にこの絵柄に勇気づけられたので、ここで取り上げさせてもらいました。



この花札にこんな意味があったとは、この話を読むまで知りませんでした。

しかも花札で唯一人物が描かれているそうなんですって~。



まぁ最後まで読んでみてください!(^^)/

■ 倦()まず弛(たゆ)まず屈せず ■

私がこんな研究しにくい学問を研究したのは、科学の研究と違って、哲学の研究というのは主観断定の論理思索ばかりですから、文献考証もなきゃ、ただもう考えて考えて考え抜いていくだけの努力だ。それを未だに捨てないのは……七つのときでした。
花合わせの札であっても、小野道風(おののとうふう)が傘さして、蛙(かえる)が柳に飛びついてるところの絵を見て、いつも不思議に考えた。子供だから何だろうと思って。

それで母に聞いたら、小野道風という人はお公家様なのに、字が下手で、学問がなくて、歌が下手。悔しいけれども、生まれつきできないんだと諦めて、ある日、雨上がりの庭を散歩していると、蛙が柳の葉に何べんも飛びついちゃ落っこって、ばかな蛙だなと見ているうちに、何十回かの後にヒョイと飛びついたのを見て、あっと思った。

それから一生懸命に、倦()まず弛(たゆ)まず屈せず、歌道に精進し、書道に精進して、ついに日本一の人になったっていう話を母に聞かされたことがあるんです。子供心というものはありがたいもんだね。

こういうことを研究し出した後も、時によると、もう駄目だと思うことが何べんかある。けれど、ヒョイとすぐそれを思い出す。


 



中村 天風(なかむら てんぷう)

公益社団法人「天風会」HPより=


明治9(1876)年生まれ。

日露戦争の軍事探偵として満蒙で活躍。帰国後、当時不治の病であった肺結核を発病し、心身ともに弱くなったことから人生を深く考え、人生の真理を求めて欧米を遍歴する。


一流の哲学者、宗教家を訪ねるが望む答えを得られず、失意のなか帰国を決意。その帰路、奇遇にもヨガの聖者と出会いヒマラヤの麓で指導を受け、「自分は大宇宙の力と結びついている強い存在だ」という真理を悟ることで、病を克服し運命を切り拓く。帰国後は実業界で活躍するが、大正8年、病や煩悶や貧乏などに悩まされている人々を救おうと、自らの体験から“人間の命”の本来の在り方を研究、「心身統一法」を創見し講演活動を始める。この教えに感銘を受けた政財界など各界の有力者の支持を受け「天風会」を設立。その後50年にわたり教えを説く。


東郷平八郎、原敬、北村西望、松下幸之助、宇野千代、双葉山、稲盛和夫、広岡達朗など、その影響を受けた人々は多様で、自らの人生、事業経営に天風哲学を活かしている。昭和43(1968)年、92歳で生涯を閉じる。


 

ほんとうの心の力

中村 天風
PHP研究所
2006-05



運命を拓く (講談社文庫)
中村 天風
講談社
1998-06-12




君に成功を贈る
中村 天風
日本経営合理化協会出版局
2001-12







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