新米田舎暮らし

八ヶ岳南麓の暮らし 紹介 世の中の懸案事項を掘り出しましょう 日本人から「卑怯」を恥とする心根を広げましょう

企業の不祥事が後から後から明るみに出る。ビルの耐震基準で油圧機器メーカーのKYBとその子会社が15年間の長きに亘って検査基準のデータを改竄して居たそうだ。

 

今から13年前にも、マンション建設に纏わる耐震強度構造計画書偽装事件があった。マンションを設計したA一級建築士は、構造計画書を偽装したとして実刑判決を受けた。当時のマスコミの報道では震度5程度で倒壊の恐れがある欠陥マンションとして騒がれた。マンションに住む人は誰しも背筋が寒くなる思いをしたと思う。

マンションの施工会社は、営業成績は悪くなかったにも拘らず、東京地裁は破産宣告をし、東京都は宅地建物取引業免許を取り消し、会社は倒産させられた。

 

今回のKYB事件のデータ改竄は其れより2年前から行われて居て、13年前のマンション事件のマスコミ報道と、マスコミによるパッシングが如何に酷かったかも知って居た筈なのに、今日まで改竄を続けて居たことに成る。どうして危ない橋を渡って居たのか、下手をすれば自社の首を絞める結果に為ることなので、企業の経営者は普通その様な危険は冒さない筈である。

 

建築基準法もそうだが、国民の生活環境を守る意味でも、国は建築物に限らず、凡ゆる生活物資に関して安全が保たれるべく法的な基準値を設け、法制化すると共に、其れが実行されているか否かの監視、検査を行うことに成って居る。その初期段階として、検査基準が守られて居るかどうかの審査が有り、建築基準法を例に取れば、其れに合格しなければ建築に取り掛かることが出来ない仕組みに成って居る。

 

その建築確認には各自治体の対応が間に合わず、可也の日数が掛かる。施主にしても、建築業者にしても工期が伸びることで費用も嵩む。其処で、政府は審査を民間業者に委託する法制度改革をした。

車検を民間業者が遣り、運輸支局は自動車税を取り、自賠責を納付させ、書類を審査し、ステッカーを交付するだけだ。こうした制度が役所をお座成りにする風潮を生んだと小生は思って居る。

耐震強度構造計画書偽装事件でも、役所の杜撰さが問題に為らなかったのは可笑しいと考える。建築確認を委託された業者も、国土交通省も、偽造された建築確認申請書を見破れなかった責任が在る筈だが、A氏と、施工業者だけが割を食ったと考えられないだろうか?


お役所日の丸、慣習重視から、競争原理の働く民間の活力導入と聞こえは良いが、役所と違って民間企業は営利目的で動く。其処に利が見込めなければ、動かない。企業はヴォランティアでは無い。然も企業は前年より今年度、前期より今期と利益が上向きで無ければ成らないと来て居る。そうでないと社員の昇給が叶わないし、新たな事業展開が出来ない。企業にとって商品がより大量に売れるか、単価が上がってこそ意味がある。売り上げが伸びない、単価が抑えられればコストを削減する策しかない。

 

基準データの改竄は、其のコスト削減の為に遣った筈だ。免振ダンパー(地震時のエネルギーを吸収し、建物の揺れを低減するもの)の検査データ改竄も、マンションの構造計算書偽装事件も、コスト削減の為であろう。発覚する迄は、あの建築士に頼めばコスト削減に成ると、評判だったと聞く。

 

池井戸潤氏の小説に「七つの会議」と言うのが在って、映画化もされたのでご覧になった方も居られ様。中堅の電機メーカーがパイプ椅子を作って居たが、椅子が壊れ易いと言う消費者からのクレームがあった。実はコスト削減の為、使われて居たネジを従来の下請け業者から新規の業者に替えてからのことだった。そのネジはコストを落とす為に強度不足だったのだ。ネジはパイプ椅子のみか、バスや航空機の座席にも使われて居た。事故でも起きて、もしこれが明るみに出れば、損害賠償は巨額なものに成る。会社は隠蔽作戦に終始するが・・・・。後は此れから小説を読まれる、或は映画を観られる方々の為に伏せて置く。

 

世の中の景気変動や競合が在る中で、企業にはコスト削減が迫られる場合も在る。それは宿命なのだ。だから、コスト削減に企業が、社員が腐心することは強ち悪いことでは無い。

 

A元一級建築士も、今回のKYBも、国が決めた安全基準を改竄したと言うことは許されるものでは無い。だが、A元一級建築士が設計したマンションが、地震で倒壊しただろうか?勿論、其れ等のマンションの中にはそれなりの処置を施した物件も有ろう。だが、大きな地震も有ったこの13年間、倒壊したと言う話は聞かない。建築基準法が正しく、違反すれば建物が地震で倒壊するのだろうかを考えてみたい。

 

小説、「七つの会議」でのネジの強度不足は、椅子が壊れたというクレイムが少なく無かったことに成って居る。つまり、壊れるべくして壊れた。

一方、A元一級建築士が設計したマンションは強度不足だったのだろうか、という疑問を持った。建築基準法には無い別の基準で強度を満足させる設計も在ったのではないか?

法に則った方法ではコストが掛かるが、別の方法ではコストを下げて、同じかそれ以上の強度で出来たのかも知れないとも考えられる。A氏は其処を工夫したのかも知れない。

小生は建築基準法で定める建築法に疑問を持って居る。例えば、壁には筋交いを入れろ、とある。だが、日本伝統建築の「貫工法」の方が優れていると思って居る。京都清水寺の舞台を思い浮かべて欲しい。ビル4階建てに相当する舞台を支えている工法も「貫工法」で、柱と柱を貫と言う板を貫通させて居る。貫通させているだけで、釘は一本も使って居ない。1629年に改築してから今日迄舞台を支えて来た。


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建築基準法は釘やネジ、ボルトでがんじがらめにして強度を保つとされて居るが、釘は曲がるし、ボルトは緩む。第一、鉄だから錆びる。強度は保てない筈なのに、建築基準法で決められて居ると言うのは、エア釘打ち機が、インパクトドライバーが有れば叩き大工でも家が作れる工法だからである。シンプソン金具の様なものが有れば、木材の組み手に、手の込んだほぞ、仕口を刻むことから解放される。建築基準法はそうした時代に合わせただけで、壊れない建物を作る最善の工法では無いのだ。

 

現に小生は、そうした金具をふんだんに使い、筋交いも有る構造体迄完成した住宅が壊される現場を目撃したことがあった。2階建ての四角い建物の一角の柱を、小さなシャベルカーが一寸押しただけで、あっと言う間に全体が基礎の上に崩れ落ちたのだ。シャベルカーを運転して居た人間は、1本の柱を押すだけで全体が倒れることが分って居たに違いない。

 

日本は地震国である。勿論水害も在るが、其れと建物の構造とは別問題だから、建物は先ず地震に因る被害を防ぐ、乃至は最低限に留める構造が求められる。

建築基準法の筋交いは、謂わば建物をがっちり組む耐震構造である。「耐震」の他には「制振」(地震の揺れを吸収する方法)と「免振」(揺れを建物に直接伝えない方法)とが有る。

 

「軟能く剛を制す」と言う言葉が在るが、「柳に雪折れなし」とも言って、堅い、強いものより柔らかいものの方が耐える力が強い。実際、建築基準法で勧める「耐震」耕造では、家の中のものが倒れたり、破損し、躯体そのものも損傷する率は一番高い。

「制振」は二番目で、建物の内部に錘やダンパーを組み込み、地震の揺れを吸収する。

倒壊の最も少ない「免振」は建物と基礎との間に免振装置(ダンパー)を取り付け、建物に揺れを及ぼさないので、家具も家自体も損傷を受けない。

ダンパーとはショック・アブソーバーと思って良い。車のサスペンションがばねの原理を利用して、地面の凸凹を吸収するのと同じだ。

 

KYBはそのダンパーをビルに施工する会社である。南海地震、東海地震などが想定される以上、KYBが不祥事でつぶれない様願うものである。

それにしても、会社の存亡に係る改竄が如何して頻発するのか、その理由を知りたい。

もしこのブログを、近い将来就職を目指して居る若い人が読まれるとしたら、新米田舎暮らしとしては是非「プロジェクトX」をDVD等でご覧に成ることをお薦めする。或は、NHK出版に依る「プロジェクトX挑戦者たち」(全30巻)をお読みに成る手もある。図書館に行けばDVDも本も置いて在るかも知れない。多分放送はご覧に成って無いと思うからだ。何しろ18年前の放送だ。

 

何故この番組をお奨めするかと言うと、戦後日本経済が夢の様な復興を遂げた昭和30年代、40年代の、名も無い、ごく普通の勤め人(働いて居る人を労働者、サラリーマンとは言い難い)が、国の経済の底力と成って、大胆に、律義に、勇気を持って、想像力豊かに、大きな仕事を成し遂げて行ったことを噛み締めて戴きたいからである。

 

彼等の多くは自分の果たした仕事を誇らしげにすることも無く、当たり前のことをした迄と飽く迄も謙虚であった。自分と家族の生活の為に、与えられた仕事を熟しただけと控えめであった。だから、プロジェクトXで採り上げなかったら、人に知られることも無かった人達である。

結果的に大きな事業を成し遂げながら、金銭的に報われることも少なく、地位や権力を恣にすることも無く、市井に消えて行った人達である。

 

然し、彼等の遣ったことはエネルギッシュであり、今の人達が同じ様な場面に出くわして果たして遜色の無い仕事に成っただろうか、と疑わざるを得ない。

当時は、企業がこうと思う前に、社員が率先して世の為、人の為にこう言うものが必要だと考えたのだと思って居る。会社には内緒で開発を続けた例も在るし、会社から見放された社員が独自で開発、開拓したものも在った。

 

NHKのニュースで、ソニーが二年連続で利益の過去最高を更新したとあった。戦後の日本を世界に知らしめたあのソニーが、と思えば喜ばしいことなのだが、その内容はゲームソフトや金融事業での拡大が利益に反映したと言う。

 

小生は以前ブログにも書いたが、ソニーがゲームに進出したと聞いて、ソニーを見限った。トランジスター・ラジオ、ハンディ・キャメラ、トリニトロン・テレビと世の意表を突く数々の新製品を世に出し、ソニーの名を世界に高らしめた。誰しもが日本にソニー在りき、と認知した筈だ。

弟二人がソニーだったこともあり、我が家の家電はソニー一色だった。処が、気が付いて見れば家のテレビがシャープに成ったのを皮切りに、他のものもシャープ・ブランドに変って行った。ベータ・マックス製造中止で、決定的にアンチ・ソニーに成った。ベータで録画したVTRが全てお釈迦に為ったからである。悔しかった。ソニーはそんな会社だったのか、と思った。

それ以降、目を見張る様な新製品はソニーから生まれなかった。

 

大衆が好むとは言え、『真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設』で在った筈の技術者集団が、その技術をゲームに向けるとは!

小生はゲームとは無縁の偏屈な人間ではあるが、何も生産しない、幾ら習熟して頭が良く成る訳でも無い、只の時間つぶしでしかないゲームに社運を賭けると言う気が知れない。

それどころか、目が悪く成る、普段使わない親指を酷使して可笑しくなる、そして何より勉強や仕事が疎かに為るのがゲームである。

もう一つの金融業も然り。金を遣り取りするだけで、何も製造することなく、安直に利益が出る仕事に誇りが持てようか?頭を絞り、工夫を凝らし、世の為、暮らしの為に必要に成る新製品にチャレンジして来たソニーの社員は何処へ行ったのか?

人間が潜在的に持つ弱みに付け込んで儲ける商売人に成り下がったとしか思えない。

 

実は、現代の日本では儲かるなら良し、と言う考えが蔓延している。其れも楽をして儲ける方向にどんどん進んで行く様に思えてならない。

今朝のニュースにも有ったが、政府が遅まきながらチケットの転売に規制を掛ける法案を検討し始めた様だ。人気の高いスポーツや音楽関係のチケットを大量に買い占め、酷い例では10倍の値段でネット販売して居るそうだ。業者が先取りして仕舞うので、本当に観たい人が買おうとしても売り切れて居て、已む無く高い金を払ってダフ屋から買うらしい。こう言うのを「濡れ手に泡」という。

 

ゲームや漫画本に夢中に為って、勉学が疎かに為るから、実力が付かない。其処でこの種の「濡れ手に泡」で稼ごうとする。何でも安直に儲かることを考える。手を汚さないで済む仕事、楽な労働を選ぶ。

テレビで最近のオフィス内の映像を見ると、全員がパソコンの前に座って下を向いて仕事をしている。昔の文士は万年筆より重いものを持ったことが無い、と自負して居たが、現代の事務員はキーを叩くだけで、連絡も全てメールか電話だから、歩くこともしない。通勤もバスや電車で、階段はエスカレータ、オフィスもエレベーターと来ている。万歩計を持たしたら、果たして一日千歩も行くだろうか?

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「我が家の庭に遊びに来た雉」



新製品の開発は、技術者たちが持って居る技術、論理を製品に活かしてみたいと言う考えでの発想が殆どでは無いだろうか?

 

近年ホンダが軽のスポーツ・カーを発売した。自動車好きの若者社員に『お前の乗ってみたい、作ってみたい軽のスポーツ・カーをデザインしろ』という命題だったそうだ。スポーツ・カーだから若者、という発想が間違っていると小生は思う。案の定、大型スポーツ・カーを無理矢理小型化したデザインで、いかさない。売れているのか疑問だ。

同じホンダでも、本田宗一郎氏が気に入って居たというS600のデザインは大人の感覚で、未だにあれ以上恰好の良いスポーツ・カーは無いとすら思う。

 

日本ビクターの技術長であった日本のテレビの父、高柳健次郎が作った業務用VTRは、世界に先駆けてスロー再生を可能にした優れものだったが、先行していたアンペックスとの互換性が無い独自の方式だったため、アンペックスのとの間で、デファクト・スタンダード(de facto standard 標準規格)競争に負けた。

日本ビクターでVHSを開発して居た高野鎭雄は先輩の轍を踏むまいと心に誓ったに違いない。然し、デファクト・スタンダードに成ることは容易いことでは無い。こうすれば成功する、と言う道は示されて居ない。自分で考え、実行する以外に方法は無いのである。

 

社内で極秘のプロジェクトとして高野が進めていた家庭用VTRの最終試作機が出来た頃、ソニーではベータ・マックスが既に発売されて居た。二つの機種はテープを回転するドラムに巻き付けるローディングの方式が違って居た。皆さんも当時お聞きになったと思うが、ベータはU型、VHSM型である。この他にも両者は幾つもの相違点を持って居た。

昭和50年、高野は初めて社内で試作機を公表した。開発までは進んだが、其処にはVHSをデファクト・スタンダードにすると言う開発後の課題が待って居た。

 

高野は開発チームの部下達に、この試作機を他社に貸し出すことを宣言した。そんなことをすればこの試作機は他社の技術者の眼には裸同然で、ノウハウが分かって仕舞い、後はいとも易く、短期間で同じものが作れてしまう。長年に亘る努力、これからの開発者利益は水泡と消え兼ねない処だ。
「大切なのはVHSの規格を世界に広めることだ。日本ビクター1社にその力はない。目先の利益は捨てることだ」と高野は説いた。

高野は他社を回って試作機を貸し出すと申し出た。試作機のみならず、生産ラインまで公開した。VHS方式を普及させるために、企業を超えたプロジェクトにする意図が在った。
各社は驚くと共に、共感して、自分達の技術を次々に提供し出した。シャープはテープを前面から装填する技術を、三菱電機は「早送り」機能を、日立は小型化を進めるIC技術を、松下はオーディオHiFi技術を、と言った様に多くのメーカーの技術が結集された。

 

発売開始後は、海外メーカーと積極的にOEM契約を結んだ。ヨーロッパで独自方式を貫いて居たオランダのフィリップス社もVHS方式を取り入れた。VHSはベータマックスを大逆転してデファクト・スタンダードに成った。
高野は、苦境続きの中で一人のリストラも出さずにVHSと言う家庭用VTRを作り上げた。

本社で副社長を退任して居た高野は平成4年に癌で亡くなったが、その棺を乗せた車は横浜工場に立ち寄り、全工員が見送った。

 

人々の暮しを快適にする画期的な新製品を開発することは求められるのだが、問題はその後である、と言うことを日本ビクターの高野鎭雄は身をもって示した。

もう一つ企業人として高野が優れていた点がある。此れも今の企業人に是非とも見習って欲しいことだ。
其れは日本ビクターが業務用VTRの不振で、返品、在庫の山であった低迷期でも、高野が下請けの部品メーカーに仕事を頼んで回ったことである。生産は継続され、在庫は益々増え、赤字は天井知らずだった。
精密機械だけに、部品の精密度、品質維持は最も大切で、ラインを止め、下請け離れを齎すと、折角開発した新製品の制度、品質が保てなくなると言う信念だった。協力工場の社員をも路頭に迷わせてはいけないと言う信条である。お互いの信頼感がものづくりには欠かせないと確信して居たのだろう。

 

結果論ではあるが、昭和48年に中東戦争に対するアメリカへの反発から、アラブ石油輸出入機構が石油の供給削減と値上げを実施、「石油ショック」が始まった。「狂乱物価」をご記憶だろう。トイレット・ペーパーを買い占めようとスーパーに客が殺到した。世界中に不況風が吹き荒れる中、日本ビクターではアメリカからの業務用VTRの注文が殺到した。在庫はたちまち捌け、協力部品メーカー共々、新たな家庭用VTR の生産体制も整って居たと言う訳であった。
石油ショックを予見して居たのでは無かったが、高野の考える協力会社を大切にと言う姿勢が芽を吹いたことに成る。

 

NHKの「プロジェクトX」は、一人勝ちして儲け様と言う魂胆しか持ち合わせない今の産業界に警鐘を鳴らしたかったのかも知れない。

今民放で村上龍が「カンブリア宮殿」を遣って居るが、羽振りの良くなった企業を紹介して居るだけで、「プロジェクトX」の様な思想は残念乍ら見いだせない。
(一部記事は、NHK出版のプロジェクトX制作班に依る「執念の逆転劇」から引用させて頂いた)


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