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「今朝の甲斐駒ケ岳の雄姿」


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「此方は鳳凰三山の地蔵岳とオベリスク」


大昔、日本語は話し言葉ではあったが、文字を持たなかったことは何方も御存じで、仏教がインドから中国に渡り、仏典が中国で漢字に書き換えられ、其れが日本に伝わった(538年欽明天皇以降)。その後607年に推古天皇が小野妹子を遣隋使として隋の煬帝(初代文帝の次男)の許に派遣したが、其の時、問題に為った親書は漢字で書かれて居た。問題は「日出處天子致書日没處天子無恙」である。是は、日本(当時は倭の国)が朝鮮の様な冊封国ではなく、対等の国であるとの意思表示だったと言う見解も在るが、教科書で習ったのはその程度で、肝心の親書の中身は知らない。

其の煬帝を暗殺し618年皇帝に就いたのが李淵で、唐の時代が始まり、遣唐使に代わる。そうして、隋、唐、宋の各時代に亘って漢字が伝来した。

 

当時の日本人は、漢字を以て中国(?)と遣り取りして居た。今の子供達が英語を学校で教わる様に、当時の教養人は漢文(漢字で書かれた文)を勉強したのだろう。漢字は表意文字で、一語一語に音声と意味がある。その意味と、日本語での意味(表現)とが一致したものは、日本語を漢字で言い換えることが出来た。

親書の冒頭の言葉に「無恙」とあって、是は「恙無しや」と言う意味に成る。此の「恙(よう)」と言う漢字は病や災害を意味するが、同じ意味を日本では「つつが」と言った。其処で、『つつが無しや(お元気ですか?)』を「無恙」と言い換えたのだ。

 

日本語と違うのは、“無し”が“恙”の前に来て居ることである。皆さんも漢文は、返り点の付いた文章で勉強されただろう。其れは、中国語の文法と日本語の文法とが違う為に、便宜上考えられたものだ。尤も中国語に在って日本語に無い「置き字」と言う厄介なものも在るが・・・・。

 

日本人は漢字の読みと意味と文法を知らなければならなかった。その読み方は、伝来した時代に依って変化して居た。

例えば「行」と言う字がある。

漢の時代には之を「こう」と読んだ。行為、行使、行程、行楽、行李、行路、銀行、旅行、実行等。

呉の時代には「ぎょう」と読んだ。行儀、行幸、行司、行書、行水、行政、行列、苦行、修行等。

唐の時代には「あん」と読んだ。行灯、行火、行脚、行在所などである。

 

日本語を漢字で表すことが出来て、漢字の発音が仮に分かったとしても、その発音では日本語に成らない。日本語の喋り言葉に成るようにするには、表音文字が必要になる。其処で、万葉仮名が作られ、其れを崩して平仮名、片仮名を作った。

 

「行」と言う漢字には「ゆく、いく」と言う意味が有る。処が日本語には「いく」と言う終止形の他にも、否定形では「いかない」、願望形では「いきたい」、否定の命令形では「いくな」、命令形では「いけ」、意志形では「いこう」、丁寧形では「いきます」などと変化する(此処では現代文で説明する)。

日本語の言い方に対応させるために、送り仮名を付ける工夫をした。そうして出来た漢字の読みが、「訓読み」で、「行きたい」、「行った」と成ったのは御承知の通りである。中国語では「行」一字が、文章配列の中で時制等が分かるそうである。中国語の熟語はそのまま中国の発音に倣って「音読み」をした。

漢字を使いながら、片や中国風の発音、片や古来からの日本語の発音を活かしたのである。

 

その工夫は実に見上げたものなのだが、一方日本語を難しくもした。

「熟語」は中国語だから、須らく音読みだと思って居られる人も在ろう。。

然し、4月迄の年号である「平成」にしても、漢籍に在る「内平外成」から採ったもので、「平成」と言う熟語が中国に在った訳では無い。何が言いたいかと言うと、中国には抑々熟語と言う概念は無く、熟語は漢文から二字、もしくは四字を拾って来て、其れを日本語に取り入れたのでは無いかと小生は思って居る。だから「山道」とか「黄昏」、「草花」と言った日本語に依る漢字の熟語が出来たのではないだろうか?

西周が「哲學」とか、「科學」と言う言葉を翻訳語として作ったが、之らは漢文に似せただけで、中国語に有った訳では無い。

 

諸橋徹次と言う方が、『大漢和辞典全15巻』を大修館から出版された。此処には漢字が5万字、熟語が53万字収められて居る。漢字の世界は其れ程大きいのだ。言い換えれば其れだけの文字を駆使して表現される文化は比類無きもので、是を学習するのは並大抵どころの話ではない。

 

従って、新聞等報道機関に携わる人は、漢字を使った日本語で一刻も猶予すること無く記事を送る、更に紙面を作る作業を熟せねば成らなかった。其れには筆やペンで文字を書いて居たのでは追っつかない。其れに人が書いた文字は読み難かったり、誤字、誤解なども避けられない。何とか正確に、速く、読み易いはっきりとした文字(活字)が書けないかが長年の課題だった筈だ。

 

国会や裁判所では速記係が居て、発言を聞き取り、速記に書き、其れを普通文に書き起こす作業をする。速記の代わりに、21個のキーから成る「ステンテュラ6000EX」と言う特殊なタイプライターも在るそうだ。
アメリカでは視聴覚障碍者のために、テレビ番組に字幕(勿論英語の字幕)を付けることが求められている。其処で、24個のキーしかないステノグラフと言うタイプライターを使って音声を文字化し、其れを画面にスーパー・インポーズするのである。

 

タイピストは訓練された特殊技能者で、報道記者が其れに習熟することを求めるのは難しい。(続く)