430日と51日の両日、平成から令和の時代に恙無く遷ったのを日本中の人がテレビの前で見守った。いずれは平成天皇と言う呼称に成るだろうが、明仁天皇の退位に依って徳仁皇太子が天皇と成られた。

是は矢張り譲位であろう。過去の日本は此の天皇の譲位が57代有り、明治に成っても旧皇室典範原案には譲位が規定されて居たが、当時の内閣総理大臣伊藤博文が異を唱え、天皇の譲位が認められない(退位禁止)ことに成って、其れが戦後の皇室典範にも受け継がれて来た。

 

其処で、平成天皇の意向を受け、「天皇の公務の負担軽減」を理由に、2017年の参議院本会議で皇室典範特例法が成立、退位が行われ、明仁天皇は上皇、美智子皇后は上皇后と成られたのである。翌51日をもって新天皇には徳仁皇太子が、新皇后には雅子妃殿下が夫々即位なさった。

事の序に記すが、「平成天皇」と呼ぶのは追号(諡号:しごう)であって、本来死後に奉る名前である(平成天皇と元号を用いるのは制度上では無く、慣例である)。従って今後は上皇とお呼びしなければ成らないのだ。そして、新しい徳仁天皇は今上天皇、或は単に天皇陛下とお呼びすることに成る。

 

扨、2016年の報道に端を発した天皇譲位の報道では、天皇制度に関する色々な課題が図らずも噴出することと成った。

筆頭は天皇譲位が皇室典範並びに憲法で認めれれるべきであると言う考えである。

上皇は「憲法に定められた象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」と仰った。長くお病気で在られた昭和天皇の代理として、摂政役では無く国事を勤めて来られたご経験からも、譲位と言う制度が有った方が合理的だとお考えに成った筈だ。

抑々伊藤博文が攘夷の規定を撤廃したのが専横だったのでは無いか?

 

次に、天皇制が世襲であることは神武天皇以来日本の伝統であるが、“男子に拠る皇位継承“には無理があると言う考えがある。現に、今上天皇には皇太子が居られ無い。然し、愛子さまと言うご息女は居られるのだから、女帝でも良いのでは無いかと言う人が居る。其れに異議の無い国民も多数見受けられる。

 

彼等の主張する根拠には,過去には、推古天皇初め女帝が8名、10代居た(譲位後に再度即位した人が2名)ことを挙げている。但し、此れまでの女帝は一代限りで、女帝の子孫が皇位に付くことは無かったことを知らない。女帝は全て寡婦か、生涯独身でなければ成らなかった。では、其の女帝の後の天皇はどうしたのかと言う疑問があろう。

 

其れは現在の状況の様に、男子の後継者が居ないから女性天皇が出来た訳では無く、寧ろ男子が多過ぎて後継者問題で混乱するのを防ぐ為取られた処置であった。何時の時代でもお世継ぎに纏わるお家騒動は有った。其れを避ける意味でのピンチ・ヒッターが女性天皇だったのだ。だから、女帝後の天皇に成る資格のある男性は何人も居て、困らなかったのである。

 

だから、愛子さまを天皇の後継者とすることと、嘗ての女帝とは一緒に出来ない。何故なら、愛子さまが天皇と成られ、ご結婚され、仮に男のお子さんが出来たとしても、その子の父系は天皇家とは関係が無い。詰まり、天皇家は途絶えることに成るからだ。

 

歴史の教科書には出て来なかったが、歴代の天皇も今と同じ様にお世継ぎが欲しかった。否必要とされて居た。江戸時代の幕府も諸藩でも同様、昔は世襲制度だったからだ。だから側室が有ったことは御存じだろう。詰まり一夫多妻である。是を廃止したのは大正天皇からだった。現代は一夫一妻が多くの国で常識と成って居る。

 

繰り返すが、日本は「萬世一系の天皇」制度の上に成り立って来た。“一系”に拘るのは、神武天皇以降一本の血筋で繋がって居る天皇家と言う日本人の根幹、遺伝子を壊したくない、と言う共通の思い(アイデンティティ)が在るからだ。

此の「萬世一系」で1359年の間皇室が続いたのは歴史上例が無い。日本人が日本人としての誇り(アイデンティティ)を持って居られるのは、此の長い歴史のお蔭である。

 

天皇は日本国と日本国民の象徴(シンボル)であると憲法に規定されて居て、それは日本人ならば誰しも納得出来ることだ。小生は、天皇は日本人のお手本と思って居る程だ。

日本の神道の伝統を守り、稲作を伝承し、誰彼の差別なく、全ての国民に寄り添い、国民の安寧と幸せを心より願い、見守って下さる存在である。国民が全幅の信頼を寄せることが出来る方である。言い換えれば、天皇は日本人のアイデンティティなのだ。

だから象徴天皇が居なくなっては困る。歴史上民間から皇后を迎える例は幾らも有る。何も美智子上皇后が初めてでは無い。だが、天皇に民間人を招聘したことは金輪際無かった。

 

「そんなものに拘って居ても仕様が無い。アメリカを見ろ、異民族の集まりでは無いか。其れで居て、世界一の大国だ」と言う考えは有るだろう。

水や空気の様に、何時でも在るから感じ無いだけで、無くなってみなくては分からないことだ。アメリカ人にとっては、寧ろ英国や日本の様に伝統の在る国が羨ましい筈だ。

 

理屈では無い。理屈が付かないで大切なものは幾らも有る。

定めし、「愛する」等は其の最右翼だ。理屈では説明出来ようか?

「兎追いし斯の山 小鮒釣りし斯の川」の故郷だって、離れて居ればこそ帰りたくなる。

「伝統」も理屈では無い。伝統を守ることで一致団結出来る。学校で校歌を歌う、等はその良い例だ。会社で社是などを作るのも同じ考えだ。家族(○○家)は将にその最たるものである。人には精神的支柱が必要なのだ。

そうした理屈で説明出来ない感情が有ればこそ、其れが共通項と成って人と人とを結びつけ、我々は社会で安寧を得て居るのだ。

 

伝統を尊重し様にも、現実には皇室に男子が著しく不足して居て、近い将来一人も居ない状態が懸念されて居る。

その原因は、GHQの政策に因って戦後大量の皇室が離脱し、皇族の数が少なくなったからだ。大正天皇以降側室は廃止され、非摘出子には皇族の身分が認められなくなった。秋篠宮誕生以来、悠仁親王迄に生まれた皇族が全て女子だった。

 

こうした状況を解消するには、天皇の男系子孫(伏見宮・近衛家・一条家・鷹司家等)の皇籍復帰を図るのが一番だと思う。そうすれば、天皇の血筋を絶やさないでお世継ぎを迎えることが可能と成るのだ。

皇室に注目が集まっている今、国民が考えるべき良い機会である。