日本には国と地方とを合わせて341万人の公務員(国家公務員が64万人、地方が277万人)が居ると言う。然し、この数字は5年前のもので、現実には合わない。人事院の平成29年のデータでは、国家公務員が58万人、地方公務員が274万人、合わせて332万人とある。3年間で9万人も減ったとは可笑しい。尤も、是が平成12年(2000年)と比べると、当時は国家公務員が113万人、地方が322万人、計435万人で現在との差は103万人に成る。その理由は国立大学の法人化に依り教職員が減ったことと、郵政民営化とであるそうだが、郵政公社の職員は26万人程だから、数字が合わない。又、国家公務員の内防衛省、つまり自衛官は27万人程で、ほぼ半数近くを占めていることに注目して欲しい。

公務員数を問題にすると、必ず日本は国際的に公務員数が極端に少ない国であると言う反論が上がる。其処で、ネットで調べると野村総研の「公務員数の国際比較」のデータが見付かった。平成17年では、日本の国家公務員数は160万人となっている。英が253万人、仏が315万人、米が290万人、独が184万人と成程少ないのだが、地方公務員を含めた合計では、日が538万人、英が469万人、仏が568万人、米が2166万人、独が574万人と差は縮まる。(このデータは2004年若しくは2005年のものである)

公務員の数は少ないかも知れないが、公務員の年収は国際的にもダントツなのだ。彼等の人件費が40兆円であることも、頭の隅に入れて置いて欲しい。

人事院のデータと野村総研のデータとでは雲泥の差がある。つまりデータに関して、市民がネットで調べても正確な数字に辿り着くことが出来ないのである。直近のデータを知る事等逆立ちをしても不可能だ。是は一体どう言う事なのか?

 

各省庁、或は地方都市で職員の人数把握に間違いが在ろう筈はない。統計を出すにしても、コンピューターの時代で遅滞が生じることも在り得ない。世界がネットで結ばれて居る以上、情報はたちどころに行き渡る筈である。

では何故、市民が最新のデータを入手出来ないのだろうか?又入手しても、其れが他の入手先のデータと違って居るのは何故か?

 

考え付くのは、誰かが作為的にデータを操作して居るからだと言う結論になる。

今回、金融庁の審議会が“老後の30年間で2,000万円が不足する”という報告書を挙げたところ、麻生金融相は是を受け取らず、無視する態度に出た。選挙戦を控え、政府の掲げている「人生100年時代」が絵に描いた餅だと言うことを裏付けるからである。老後30年とは定年が65歳として、寿命が延びた今95歳まで生きたとしての話で、現実味が無い訳では無い。唯でさえ物価や税金が上がり、実質年金は減る一方だ。少子化の勢いは止まらず、年金を支える若年層の減少がある。年金は老後を支えて呉れると言う期待は持てないのだ。

 

我々は退職と共に其れ迄の収入の半分以下の年金で生活費を遣り繰りしなければ成らないことは覚悟をして居る。節約と辛抱は嫌でも避けられない。子供からの援助は望むべくもない。寧ろ、若い世代の収入が少ないことから、親の持ち出しすらあるのが現実だ。所得格差は年金生活者である親にも響くのである。

 

其処へ持って来て、2,000万円の貯蓄が無いと遣って行けないと言われてはショックであると同時に『矢張りそうか?』と言う思いが持ち上がって来る。

手元に何時でも処分出来る資産や貯金が無ければ、人生先細りである。

多くの退職者が、少ない年金を補う為に貯蓄を切り崩して生活して居る。アパートを建てたり、マンションを他人に貸したりして、老後の収入を画策して来た人を今では笑えない。都会で暮らす若者が、田舎に太陽光発電施設を持ちたがる気持ちが解る。

 

自民党は、審議会が提出した報告書は無かったものにし、無い以上其れに就いて国会審議には応じない、と言う態度らしい。データの捏造は政権与党と政府が選挙で自分が有利に為る為に行う、と言うことが分かった。

安倍内閣の政策は、自民党を支持する大企業の為のものであり、市民のものでは無いことが露呈した。彼等は、国家公務員の中でもずば抜けて生活が保障されている。到底庶民の感覚は持ち合わせて居ない。

 

日本経済は大企業の経営者で成り立っては居ない。市民が働き、消費することで経済が動く。其れを選挙で見せて遣ろうじゃないか!