「ア式蹴球」と言う言葉を御存じだろうか?之は“association football”の日本語訳で「ア式」とは「協会(association)式」と言う意味である。小生の高校時代の体育では未だ「ア式蹴球」と呼んで居た。何故「協会式」かと言うと、イングランドでは19世紀には地方や学校毎に色々なルールで行われて居たのを、フット・ボール協会が出来てルールを統一したことから「協会式フット・ボール」と言う名称に成った。早稲田大学では未だに「ア式蹴球部」である。

 

其れを今では「サッカー(succer)」と言う。だが之はアメリカでの呼び名で、日本は追従したのだ(文中では便宜上「サッカー」と呼ぶ)。世界中で通用するのは「フット・ボール」の呼び名で、最も競技人口、観客数の多いアスリートだ。日本では釜本・杉山の黄金コンビで一躍世界に躍り出た。

 

70年代にはユース・サッカーが出来、若者が学校に捉われること無くサッカーの技術を育成する様に成った。或る時、西が丘サッカー場での強化練習を取材したことがあった。監督は松本育夫氏で、早稲田の後輩に当たる釜本邦茂も指導に当たって居た(松本氏はその後つま恋リゾートのガス爆発事故で瀕死の重傷を負うも、現役復帰を果たした熱血漢であった)。

 

取材後のインタビューで松本監督に「サッカーを通じて若者に何を教えたいか?」と質問した。『チーム・ワークを身に着けさせる』とか『根性を養わせる』、『スポーツ・マン・シップを育てる』と言った、優等生の答えを想像して居た。処が、彼が口にしたのは『人を出し抜く面白さを教える』だった。

意表を突かれた訳だが、実は其れこそがスポーツの醍醐味であることは、自分もテニスを遣るので直ぐに理解した。

 

凡そ運動競技は相手との駆け引きである。運動に限らず、囲碁・将棋・カードなど勝負事は須らく駆け引きでしかない。其れが面白いから、勝負事は存在する。

相撲でも強ければ、馬力が有れば勝てるのではない。「打っちゃり」、「叩き込み」、「内無双」、「肩透かし」等、相手の隙を狙いすました技が瞬時に出る処が相撲の醍醐味だ。実力、体力勝負と思われるマラソンなどでも、デッド・ヒートの駆け引きは熾烈である。出ると見せかけて相手を誘い、体力と根気を失わせる心理作戦が其処には在る。

 

勝負事は、その駆け引きの面白さに開眼することから始まる。テニスでも壁打ち練習だけでは面白く無いし、上達も無い。相手が居て、自分の打つ球に反応して呉れなければ遣り甲斐は無い。其の遣り甲斐に目覚めることで、練習にも熱が入るし、策略も身に付けることが出来る。松本監督の言は、サッカーの基本中の基本を言って居たのだ。

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「ロッド・レーバーのヴォレー、パートナーはヤン・コデス。対戦相手はアーサー・アッシュとスタン・スミス(東京都体育館)」


 

テニスに例を取れば、相手の居ない所にボールを打つのが基本である。

仮に返球されても、そのボールがコートの外に出るか、ネットに引っ掛かれば此方のポイントに成る。

だからラリーを続け乍ら、相手に空きを作らせる。右に大きく敵を走らせれば、コートの左が開く。其処を狙えば、相手は戻って来て返球することが叶わない。うんと弾む球を送れば、相手は落下点近くまで下がって返球しようとする。すると前に空きが出来る。出来た空きに今度は短い球を送れば相手は追い付けないでポイントに成る。

相手を右に大きく振れば、次の球に備えるべく相手は空きが出来るのを防ぐ為に左に移動仕様と考える。其れを見越して、もう一度右に返球すると逆モーションと成り相手は返球出来なくなる。

 

こうしたテニスの駆け引きは幾らでも考えられる。だが、其れは瞬時に判断しなければ為らない。こう来たら、斯うすると言う手が頭の中に沢山仕舞ってあることが大事だ。考えだけでは無い。その様に体が反応する様に、身体に覚え込ませなくてはならない。其れが練習である。だから、漫然と体力と時間を使って居たのでは練習に為らない。想定される作戦と対応、コントロールとが一体となった練習でなければ為らない。

 

相手の心理を読むことも練習の内だ。小生、碁は遣らないのだが、あれも相手が予想もしなかった処に石を置く。相手も、一体この石に如何なる企みが有るかと真剣に考え、応戦して来る。処が其れは見せ掛けで、もっと有利な処へ打って出るとか、窮地に陥った自分の石を助けるとかする。こうした心理作戦も勝負事の面白さである。

 

サッカーの様な団体競技では、自分だけの作戦では功を成さない。作戦はチーム全体で共有して無くて話に為らないのだ。

野球でのピッチャーとキャッチャーとのサイン交換もそうだし、アメフトなどでも番号で作戦を分けて居るらしい。

サインの周知徹底も練習の内、と言うことに成る。

 

『碁敵は憎さも憎し、懐かしし』と、落語「笠碁」の枕にもあるでは無いか。勝負事を介して、刎頸の友人も出来様と言うものだ。