「成る堪忍は誰もする、成らぬ堪忍するが堪忍」と言う諺がある。出典は知らない。是が落語では続きがあって、「堪忍の袋をば常に首に掛け、破れては縫え、破れては縫え」と言う。

 

最初に聞いたのは六代目春風亭柳橋だったと記憶して居るが、怪しい。彼は明治32年の生まれで、昭和54年には亡くなって居るから小生が寄席やラジヲで聞いたのは彼の晩年だった筈だ。語尾に「~てな」、「~でな」と付く物柔らかな喋り口が印象的だった。

 

寄席に行くと“とり”は大抵柳橋だった。其処へ行くと、圓生、志ん生、文楽の影に隠れて居た様にも思える。

好きな落語家は沢山居たが、この四人の巨匠と時代を同じくし、生の落語が聞けたことを幸運だったと思わざるを得ない。

寄席でなくとも、当時のNHKラジヲの人気番組「とんち教室」に常連出演者(つまり落第生)だったので、年配の方は皆ご存じの筈だ。

 

処で肝心の「堪忍袋」だが、実は斯の噺益田太郎(冠者)と言う人が作った落語「堪忍袋」から来ている。斯の人は三井物産創始者の益田孝氏の御曹司で実業家であった。「堪忍袋の緒が切れた」と言う言葉が有るが、其れを下敷きに落語を作り上げた。他に流行歌も沢山作詞・作曲して居て、粋人だったのだろう。

 

不平、不満、悪態を腹に仕舞って置くのではストレスが溜まる。其処で袋の中へ大声で叫び、緒を閉じて置くと円満な好人物が出来上がると言う訳だ。処が袋は何時かは一杯に成る。入りきらず、終いには破裂して癇癪玉が一気に出て来ると「堪忍袋の緒が切れた」と下げるのである。

 

温厚な人物と言うのは誰にでも好かれる。頼りにされ、相談事も持ち込まれる。そう言う人物が皆さんの周りにもいらっしゃることだろう。そう為りたいと誰しも思う筈だ。

 

話は代わるが、今香港で政府の政策に反対する若者を中心に騒ぎが起こって居る。香港は中国と英国とのアヘン戦争後に英国の植民地として永久割譲された土地だ。処が国土の面積の割りには中国からの移民で人口が膨れ上がり、水不足に対応出来ず、1997年にイギリスが中国に返還した。以後、一国二制度の特別行政区(マカオも同じ)として行政長官が治めるものの、中国の委任・承認の下での運営に過ぎず、市民は中国の締め付けに常に警戒感を持って居る。

其処へ今回の「逃亡犯条例」の改正を林鄭月娥行政長官が推し進めたことで、各地でデモが発生し、一部暴徒化したのはテレビで報道されて居る通りだ。

 

こうした暴動はアメリカ初め、イギリス、フランスと言った先進国から、アフリカ大陸など世界中で起こって居る。暴徒化すると歯止めが効か無いのも共通で、其処は社会的に問題が大きく、勢い沈静化を命じられた警官隊との衝突となり、負傷者が出る。

警官とて人の子であり、デモ隊と年齢的にも近い筈だ。社会の現状に対する心情としてはデモ隊と同じものを持って居るかも知れないのだ。然し、衝突現場ではお互い憎しみが先に立つ。お互いに武器を持ち、見境ない状態に成って仕舞う。

 

こうした暴動を映像で見せられる度に、日本人はこんなにかっかとしないだろうと思う。他人の店舗に押し入り、ショウウィンドウを叩き割ったり、車に火を付けたりはしまい。そんなことをしても、第三者に迷惑を及ぼすだけで、自分等の主張を通すことには一利も無い事が判断出来る。

頭では判断出来ても、かっとなって行動が先走りする。向こう(香港行政府)が遣って居ることが理不尽だから、対抗上已むを得ないと言う考え方も有ろう。では、日本人はそんなに理性的だろうか?

 

安保闘争(騒動)を思い出す。東大安田講堂を火炎瓶で乗っ取ったり、国会議事堂に押し入った騒ぎで、ゲバ棒に建築現場の鉄パイプが盗まれたり、線路の敷石が無くなったりしたものだ。

他にも赤軍派のあさま山荘事件、テルアビブ空港銃乱射事件、オーム真理教のサリン事件など常軌を逸したとしか思えない。あれが日本人の本性なのだろうか?
だとすれば、幾ら口で平和を唱えて居ても、時と場合に依れば本性を曝け出し兼ねない。

 

処が一方では、東北大震災と津波、原発事故と言った大災害時に日本人の冷静で沈着な態度と、お互いに助け合う姿勢には世界中が感心したと言う。犠牲者を悼む気持ちには厳粛なものが有ったし、8年経った今でも慰霊祭が各地で行われ、その模様が報道される。

 

原発事故でも東電に対し暴徒が襲い掛かると言うことは無かった。立ち入り禁止地区から退去させられた住民、仮設住宅で未だに過ごす家族など、一揆が起きても可笑しくない状況で皆辛抱して来た。其処にヴォランティアや自衛隊の親身になった救助活動、支援、励ましが有った。

福島で世話に成ったと言って、九州、広島の水害ではヴォランティアに駆け付けた嘗ての避難民も多数居た。

 

竹島や尖閣諸島への他国の挑発、嫌がらせにも日本人は平静で矢鱈騒ぎ立てることはしなかった。

どう考えても、全学連などの一連の暴徒は異端であって、本来の日本人の性格とは違う。理不尽なことがあっても、其れ以上他人に被害が広がって行かない様に自制する気持ちが有ると考えたい。詰まり、堪忍袋を持って居るのである。

只、大東亜戦争中では、一部軍人の中に狂信的な者が居たのも事実であり、革マル派も含め何が原因で普段は大人しく、学識も有る人間が狂気に走るのか、日本人の本質をもっと見極めることも大切かと思う。