新宿副都心の三井住友ビルの中に「平和祈念展示資料館」と言う総務省の施設がある。幾度と無くブログで採り上げて来たが、此処の展示は日本兵の戦場での苦労、抑留者や引き揚げ者の労苦を若い世代にも知って貰うと言う趣旨で作られている。

同じ様な施設としては、九段の「しょうけい館」があり、此方は傷痍軍人会が運営して居た過去があり、戦傷病者とその家族の体験に係る資料が展示されて居る。

同じく九段には国立博物館でもある昭和館があり、戦中、戦後の人々の暮しを伝える資料を展示している。

そのほかにも広島には「広島平和祈念資料館」があって、原爆に依る広島の惨事を伝える資料が、長崎には「長崎原爆資料館」、沖縄には「沖縄県平和祈念資料館」がある。

 

『平和祈念』と言うからには、戦争の反省から平和を希求し、二度と戦争を起こさないことを国民が共通の理念として持つことを目的として居ると思う。

処が、そうした施設の展示物は、何れも戦場や抑留所での日本軍人や市民が受けた惨事をあからさまにし、祖父母、父母の世代が蒙った被害を後世に伝え、嫌戦感を植え付けようと言うものだ。見方を変えれば『臥薪嘗胆』を迫り、何時かは仕返しを政府が狙って居ないとも言えない。

靖国神社の遊就館の展示を見ると、当時の日本の軍事力と技術力を礼賛して居るかの様である。外国人が見れば、そう言う印象を持つに違いないし、戦争を知らない若い人達も、遣れば出来るじゃないかと合点するかも知れないのである。

 

戦争で犠牲に成った兵士と家族、取り分け特攻隊員などの手記を見れば、可哀想だったと思わない人は居ない。然し、可哀想と言う情緒だけで反戦意識が醸成されるだろうか?

可哀想と言うのは、敵国にも向けられて当然である。況してや、戦場となった国や土地の住民の犠牲者に対しては、可哀想だけで済む問題では無い。総務省の遣って居ることは、日本人同士傷を舐め合って居るに過ぎず、日本軍が他国と他国民に対して行った罪に関してはそっぽを向いて居る。片手落ち、と言わざるを得ない。

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『平和祈念資料館としょうけい館との展示案内パンフレット。何故か、ソ連の侵略と強制収容ばかりで、アメリカを咎める絵の展示は無い』


戦争中、日本軍人がどう行動したのか、彼等が自ら進んで話すことは無いだろうが、歴史としては事実を明らかにし、其れも後世に伝えて行かねばならない筈だ。其の資料集めも、日本人が蒙った被害と同様に政府が遣って置かねばならないと思う。集めるだけでなく、其れ等はこうした施設に於いて公表すべきだ。

独逸では「ホロコースト」の研究と資料の公開が行われて居ると聞く。

 

米国では戦前、戦中を通じて日本人は野蛮で、好戦的だと言う印象をアメリカ市民に植え付けて来た。小生はそうでは無い、それは誤りだ、と思って来た。然し、日本軍が戦地で敵兵、住民らに対して行った行為は果たしてどうだったのか?
例えば731部隊の存在と、彼等が行ったことを我々は殆ど知らない。だが、是もホロコーストであったと疑われる。日本の軍人が行ったホロコーストを国民が知らないで平和を唱えて居て其れで済むのだろうか?

 

日露戦争迄は、軍隊と軍隊との戦いであったが、日清戦争後は軍人ではない、一般市民が殺戮された。第一次世界大戦以降近代の戦争では、寧ろ如何に多くの市民を殺し、その生活を破壊するかで、勝敗が決まる様に成って来た。今後は軍人の戦いは無くなり、ミサイルや核兵器、化学兵器対市民と言う構図に成り、一国どころか地球上の人類が破滅する事態が予想される。

従って反戦とは、可哀想では済まされない問題なのだ。寧ろ、戦争の加害者に成る事を抑止する倫理を育成して行かねばならない。

ではその倫理とはどう言うものか?其れは「生を受けたもの(胎児を含む)は等しく尊重され、愛に拠って育まれなければ為らない」とでも言うべきか?「人は、生きて居ることに価値がある」とも言え様。

 

日本の真珠湾攻撃を受けたアメリカ議会では参戦決議を上院では満場一致、下院では3881だったが、其の1票はクエーカー教徒のジャネット・ランキンと言う女性だった(保阪正康「日本の戦争 常識のウソ」)

 

ヘビー級チャンピオンだったムハマド・アリはイスラム教に改宗し、「俺はベトコンに何の恨みも無い」と言って兵役を拒否し、有罪判決を受け、チャンピオン・ベルトを剥奪され、全盛期にボクシング界のみならずアメリカ社会からつまはじきにされた。困窮した彼は大学を巡回し、講演会で生活費を稼いだ。アリは反戦的な言動を止めようとはせず、「金持ちの息子は大学に行き、貧乏人の息子は戦争に行く。そんなシステムを政府が作っている」とも主張し、階級差別と人種差別と闘った。黒人を中心に支持者が増えて行き、ベトナム参戦派は支持率を失い、ニクソンはヴェトナムからアメリカ軍を撤退させざるを得なくなる。

 

1990年、其のアリはパーキンソン氏病の闘病生活を押して湾岸戦争中のイラクに赴き、サダム・フセイン大統領から「人間の盾」として監禁して居たアメリカ民間人10名を解放させたのである。其の内の6名が、早い便ではなく、アリを乗せた後の便で一緒に帰国した。

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『ムハマド・アリの本に書いて貰った署名。“peace”と書かれて居る』

信念の有る人は違う。口先ばかりで「平和」を唱え、「平和憲法」と言って居れば自分の責任は果たせた、と思って居る様な人が多い。戦争は悲劇だと思う人は、自分と家族が被害を蒙らなければ、其れが平和なのだ。そうでは無い。自分が誰かを傷つけて居ることに思いを馳せることが出来る人に成らなくては駄目だ。