台風19号に因る水害の後処理が大変だ。家屋敷に始まり、家財道具、工場の機械や製品、農作物、果ては車まで、水に浸かったものは使うことが出来ず、廃棄処分しかない。其れ等が彼方此方の仮集積場に持ち込まれ、今後は一体どう処理するのだろうか?中には新幹線の車両が水に浸かって、廃棄処分に成ると言うニュースがあった。

勿体無いだけでは済まない。家電も、工場の機械も、車も、家すらも買い替え、建て替えなければ成らない。後処理と同時に、買い替えと言う負担が被災者皆に被って来る。保険会社は遣って行けるのだろうか、と心配に成る。

 

人々の給料、収入は普段の生活でかつかつの筈だ。企業とて通常の利益は数パーセントだろう。とても予定外の出費に対応出来るものでは無い。頼るのは借金だけだ。其れも壊滅的に遣られた被害者に返済を期待して金を貸す処が有るだろうか?有ったとしても、その結果生産ラインを元に戻せたとしても、其処から利益を出し、借金と利子を払って行かねばならない。其れも経済が上向きで、需要が有ればだが、大きな災害では国全体の生産業も流通業も消費も落ち込む。そうした悪条件の中での復活は誰が考えても困難だ。

其ればかりか、今回の災害でも、弱みに付け込んで売り惜しみ、値上げ、品質を落としたり、手抜き工事や詐欺迄横行して居ると聞く。

 

結論的には、自然災害を予知し、未然に防ぐか、軽減する策を練る必要があると言うことだ。自然災害の中で「旱魃」も農業被害、飲料水・工業用水不足問題が地球上各地で報告されるが、幸い我が国では灌漑施設が発達し、農業では「日照りに不作無し」と言われる様に成った。然も旱魃や長雨等はじわじわと遣って来るので、未だ対処出来る。其れが難しいのが地震だ。然も是は津波や火災、土砂崩れ等を伴うので被害が大きくなる。

 

世の中で怖いものを順に列挙したとして「地震・雷・火事・親爺」と言う言葉が有るが、親爺が左程怖いものと言うのには違和感があって、昔から此処で言う「親爺」とは何ぞやとの論争がある。「大山風(おおやまじ)=台風」から派生したと言う説も有るが、小生は火事が親爺、詰まり火事が一番怖いものと解釈したい。地震や雷から発生する火事で多くの家が焼かれ、人が死ぬからであろう。落雷から山火事が発生し、広範囲に燃え広がる恐怖もある。関東大震災や原爆、B29の焼夷弾爆撃を經驗し、火炎の中を逃げ回った人は、火災の恐ろしさは夢に見る程らしい。

 

怖いものの筆頭が人間の死だとして、死ぬ確率で言えば、心臓病、癌、発作と上位は病気であって、事故や自殺、殺害などが続く。雷・地震・洪水は夫々20位、21位、22位なのだ。だが、経済的損失と言う面で考えれば地震、洪水、火災が上位に来る。

通常の人間の死と言うのは旅客機の墜落事故では百人単位も有ろうが、通常は一人である。複数と為ると矢張り地震・洪水・火災と為る。

洪水と火災は結び付かない様だが、洪水に因る停電が復帰した後、漏電から火災に成ることも在るそうだ。

 

では、生きる為に必要なものは何だろうか?其れは何方も異口同音に「水」だと言うだろう。人は6070%が水で出来て居るから当然だし、喉が渇くと水分を取らざるを得ない。脱水症状は命取りになる。体液として、体内の物質代謝、物質移動、分泌物・粘膜など生命維持に水が役立っている。60㎏の成年男子で一日に排出(尿1400ml・糞100ml・汗500ml・呼気500 ml)する水は2500mlで、必要量も2500 ml(飲料水1200ml・食物1000ml・代謝物300 ml)だ。

 

其れだけではない。食物は水を使って調理するし、皿や鍋を洗い、風呂やシャワーで体を洗う。洗濯もしなければ成らないし、今ではトイレで一番水を使うそうだ(トイレ28%、風呂24%、炊事23%、洗濯17%)。2005年に東京都水道局が調べた処に依ると都民一日一人当たり242リットルの水を使って居ると言う。

 

先日も述べた様に、エジプトでは2017年には18 mlの雨しか降らなかった。では国民の水の供給は如何かと言えば、ナイル川と地下水とに頼って居る。ナイル川はダンザニア国に在るヴィクトリア湖に流れ込む河川を上流とし、6650㎞、10カ国を跨って流れる世界第二の長河である。と言うことは、各国の取水量は勿論のこと、水質汚染、病原菌などが無い事が条件となる。尤も住血球菌が有り、飲料には向かないそうだが。

 

エジプトの様に、何カ国にも亘って流れる川の水を利用する国々では水量の確保と水質汚染を起こさない協定を結ばねばならないだろうと推察する。その点日本は、島国であるために恵まれているのだ。其れなのに、八ッ場ダムの時の様に、下流の県民の為に作るダムで自分達が移転を余儀なくされるのは許せない、と反対運動を起こすのは、恵まれ過ぎて居ると言うことが判って無いと言える。

 

人類が利用出来る水は、地球上に存在する水の量の0.01%しか無い、と言うことを思い出して頂きたい。我が国での水使用量(水道水だけではない)は生活用水が148㎥、工業用水億111㎥、農業用水540㎥、合計799㎥に成り、琵琶湖約3杯分だと言う。其れ等は河川、湖沼から得られるもので、元を正せば雨水なのだ。

 

その降水量は年間6400㎥で、36%が蒸発散し、残り4100㎥が利用可能なのだが、実際に利用されて居るのは799㎥に成るのだ。と言うことは降水量の2割しか利用されて無く、残り8割がそのまま海に流れ込んで居ることに成る。足りて居るなら良い様なものの、最近の集中豪雨や台風で忘れられているが、近年は渇水の方が多い。是は畑を遣って居る小生には良く分かるのだ。

 

作物を作る人は土の保水量を気にするが、其れも渇水を心配するからで、保水にも限界が在って、近年の様に雨が降らない日が続くと水遣りが欠かせない。

田圃には灌漑用水が張り巡らされて居るが、畠はそうでは無く、農家は水運びに苦労している。軽トラに大きなプラスティック製のタンクを載せ、川など水源に乗り付け、ポンプで水を汲み、畠に引き返してはポンプで散水する。

 

年間平均して雨が降れば良いのだが、最近は是が極端に為って来た様に感じて居る。降る時は連日のように降り、降らない時は一ヵ月も降らないことが有る。畑には雨水を溜めて置く手段があれば良いと思うのだが、斯う渇水が多いとドラム缶程度では追っつかない。南国の島々ではスコールが有って、一時ザーと降ってパタと止む。道路は濡れて、気温を下げて呉れる。植物にも適当で、日照時間は長い。軒先で雨宿りする内に、雨はあっけらかんと止む。

科学が進む是からは、気圧をチョコ、チョコっと塩梅して、適度な降雨が齎される様に為らないものか?