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「甲斐駒が雲の合間からチョコっと姿を見せた」



台風19号の影響で、水にはうんざりされて居る方も居られ様が、水が如何に貴重かを書いて来た。今度も厭と言う程水には祟られたが、其れでも自衛隊や自治体の給水車には行列が出来た。

泥だらけになった家や道路を掃除するにも水が必要。洪水を蒙った上で、断水で家の清掃が儘ならず、苦労されて居る方が多い。「踏んだり、蹴ったり」である。

 

普段は気にも留めない水だが、無くなって初めてその有難さが判るのが人の常である。其れに当て嵌まる諺を探したのだが、意外に無かった。

処が1948年にレッド・スチュワートが作詞した“Tennessie Waltz”に在るのだ。“Now I know just how much I have lost”失ったのは恋人である。奪ったのは友人と来ている。テネシー・ワルツを踊っていた晩のことだった、と言う歌である。

 

必要な時に、必要な分有る事が求められるのが水である。最近では熱中症の所為で皆がペット・ボトル等で水を持ち歩く様に成った。携帯電話、スマホが普及したお蔭で、公衆電話や時計が街から姿を消した様に、自動販売機が駅や公園から只の水飲み場を駆逐した。「各自金を出して水を飲め」と言う訳だ。

 

人間が水を必要とする様に、植物も水が切れると枯れて終う。其処で自治体では農家の為に溜池を各地に作って居る。雨の少ない四国には特に多いそうである。小生の住処の周りにも溜池は彼方此方に在る。そうした溜池の一つ、奥蓼科の御射鹿池には東山魁夷画伯が良く訪れ、池に映る森の縁を行く白馬を描いた幻想的な「緑響く」等の絵を描き、今では知る人ぞ知る観光地と為って居る。風の無い早朝、森の木が池の水面にくっきり映し出されるので、蓼科方面に行かれる方はお尋ねになっては如何か?

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「このブログのタイトル・バックの写真もこの御射鹿池だ」


話が逸れたが、多雨の我が国で貴重な淡水である雨水の利用が、降水量の2割と言うことは如何にも勿体無い話である。地球の3分の2は水が占めて居るとは言え、人間が利用可能な淡水は0.01%しか無いのである。日本では年間1800mmの雨が降るが600mmは蒸発散し、尚且つ地面に沁み込み、木々が吸い上げる量も計量は出来ないにしろ相当な量に成るだろう。

だから水資源の有効利用は幾ら言っても言い尽くせない。

 

必要な時に、必要な分有る為には雨水を溜めて置くしかない。其れが溜池であり、ダムである。沖縄は飲料水、生活用水を雨水に頼るしか無いので、11か所にダムを持って懸命に水を溜めて居る。沖縄県としては49の有人島が在る。石垣島と西表島は山が有るので、水源地から浄水場に水を引き、水道を施設しているが、その他の島では海底送水管で他島から水道水を送って貰う。送水管の設備の無い島では海水を淡水化して居る。

 

沖縄は降水量が2500mm程有り、全国平均約1800mmより可也多い。然し、溜めると言っても、梅雨時期と台風時期に集中する傾向があり、然も本島は細長い為雨は直ぐに海に流れ込んで終う。其処で11のダムが作られ、90%を超える水資源を賄っている。

沖縄の事情が示して居る様に、水資源は詰まる処ダムに依るのが一番では無いかと考える。

 

沖縄では1997年、北谷に完成した海水淡水化センターで、一日約4万㎥の水を作って居る。是は未だ一日の取水量の僅か1.3%に過ぎないが、今年から8倍に迄増やして居るそうだ。他にも座間味の装置が阿嘉・慶良間両島に配水して居る。離島での水資源供給にはこうした海水淡水化施設が今後発展して行くだろう。

 

ダム程の大規模な工事は必要無く、消費地の近くに設営出来る等の利点が有る。

唯此処で問題が在る。海水淡水化には大きく二つに分かれる。一つは以前から使われて来た海水を蒸留し、塩分を取り除いた蒸気を冷やして真水にする方法である。問題は海水を熱する為に膨大なエネルギーを必要とすることだ。石油を産する中東で主に使われるが、蒸留した後に高濃度の排塩水を海に捨てる事で海水の酸素濃度の低下を招き、生態系に悪影響を及ぼすことも問題だ。世界ではもうこれ以上化石燃料を使いたく無いのだが、海水淡水化装置が普及すれば、此の方法では地球温暖化の波に逆行する。石油資源の豊富な中東で盛んに使われて居るそうである。

 

もう一つが逆浸透膜(RO膜)と言う濾過膜を何層も重ね、其処に高い圧力を海水に掛け、塩分と汚染物質を濾し出して淡水を得るものだ。然し、この方法でも、圧力を作る為のエネルギーは必要だ。近年では浸透膜の改良が進み、従来より低圧でも可能と成りつつあるとは言え、エネルギーを大量に消費することには変わりがない。エネルギー問題以外にも、複雑で高価な濾過施設に不純物が貼り付かない様にする為、薬品や重金属が使われていることが懸念材料だ。

 

海水から取った塩分を又海に戻すことは、一見プラスマイナスゼロの勘定に成りそうなものだが、一時に大量な高濃度の塩水を海に放出すると海底に沈み、其処に沈殿するから害を齎すそうである。

 

いずれにせよ、気象変動に捉われないで海水が淡水化出来るこうした施設は、人類にとって福音である。海水以外でも、河川や貯水池、湖沼の汚れた水でも同様に飲料水が出来るからだ。唯、オイルマネーの潤沢な中東の国では出来ても、世界中に普及させるには、単純化を図り、効率を上げながら且つコストを下げる必要がある上に、地球温暖化を進める様な技術であっては為らないのだ。

 

我が家はエコキュートを備え、其れに拠って給湯を賄って居るが、是が「ヒート・ポンプ」と言われる原理だ。つまり外気を採り入れ、その熱を自然の冷媒(二酸化炭素)に移し替え、圧縮すると温度が上がり暖房と成り、圧縮したものを急に減圧すると温度が下がり冷房として使える。その原理で水をお湯に変えるのがエコキュートなのだ。電力を使うが、電気で水を温めるのでは無く、冷媒(熱)の移動に遣われるのみなので、非常に省エネなのだ。外気温より、冷媒の温度を減圧に拠って10℃下げるとその温度差で湯が沸くと言う理屈なのだ。

 

極僅かな電力は使うが、電力エネルギーで水を沸かすのでは無いのと同様に、海水の淡水化でも自然の力を利用する方法は無いかと考えた。(続く)