小生のブログをお読み頂き、お名前も存じ上げない読者の方々には何時も心の中で感謝申し上げている。「新米田舎暮らし」と銘打つものの、18年も経過し、最早新米どころではない。必然的に、田舎暮らしと言う感覚は消え失せて居る。其処が、〈田舎暮らし情報〉を求めて小生のブログを検索された方を失望させていることも承知して居る。だから余計にお読み頂けたことを嬉しく思う。

 

田舎暮らしを目標にして居られる方でも、いざ遣ってみると数年を経ずして新鮮味は薄れる筈である。唯、お住まいの場所が都会とは違うことを実感されるだろう。

小生の場合、何と言っても静かさが違った。夜ともなると一切の音が無く、静寂そのものである。聞こえるのは初夏の蛙の鳴き声と、秋の虫と言った処だ。夏の早朝は鶯、雉、郭公等野鳥の声で起こされる。

次に人と会わないことだ。一日中誰にも会わないことも珍しくは無い。NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』でも、田舎を歩いて人に出くわさないとぼやいて居るが、畠に行くにしても、買い物に出るにしても車を使い、人は歩かない。もし田舎道で歩いて居る人を見掛けたら、それは犬の散歩だと思って間違いない。

 

そんな訳で、何の変哲もない田舎で何か書けと言われても材料は尽きて終う。是でも、ブログを始めた当初は物珍しさから田舎生活のことばかり書いて居た。田舎に居ても、都会暮らしでも、日常の生活に違いは無い。詰まる所は、書いても詮方無いと言うことに成る。

 

其処で宮仕えから解放された老人としては、身の周りの懸案事項に自然と目が行き、どうすれば良いかを拙い頭で考え、意見を述べて見たくなる。処が話を聴いて呉れる人が居ない。勢いブログに思いをぶつけることに成る。ブログをお読みになった方には、面白くも無い、当てが外れた、という印象を与えて終う。ご勘弁願いたい。

 

懸案事項とは、生活をして居る中で不都合、不合理、不具合が原因で生活を苦しめて居ることと言って良かろう。

昨日、今日と彼方此方で交通が遮断されたとか、停電が復旧しないと言った不便さに苦労されて居る方が多い。中には災害を直接受け、此れから如何遣って暮らして行けば良いかの瀬戸際で困窮されて居る方が居られる。

其の様な物理的課題も当然解決して行かなければ為らないが、銘々が考えなければ為らないのは人間社会の在り方、つまり人と人との心理的・精神的関係の善し悪しであろう。其処で小生が行き着いたのは、世の中から「卑怯」を無くすことであった。だからブログの副題として【「卑怯」を恥とする心根を広げましょう】としたのである。

 

「卑怯」を字引で見ると『勇気が無く、物事に正面から取り組もうとしないこと。正々堂々として居ないこと』とある。「卑怯」の字を見ると「卑しく」、「怯える」ことになる。何に怯えるかと言えば、自分の評価が低いこと、下がることに怖れを抱くのである。逆に見れば、本来の自分の価値・他人の評価を其れ以上に高く見せたいと、其の手段に汲々として居るのだ。

 

向上心を疑う人は居ない。向上心が無くなったらお終いだ、と思って居る人も多い。好奇心では無い。好奇心が旺盛であることは単に趣味の範囲が広がるだけで無く、発明・発見に繋がる原動力である。あらゆる方向に何時もアンテナを張って居ることは、人との出会いも然ること乍ら、其の人に大いに利益をも齎す。

だが、向上心は精神的に、内面に於いて人を充実させると思って居る。

 

その「向上心」に就いてうろ覚えの名言が有ったことを思い出してネットで調べてみた。そうしたら意外にも現代の日本人であった。覚えて居られるだろうか?陸上短距離で400m日本記録保持者、日本陸連強化委員長高野進氏だった。従って「向上心」に就いて陸上選手としての心構えに成って居るのだが、人間の成長全般に通じる哲学である。

 

【人と比較しない
自分が一歩でも二歩でも走れば必ず速くなる
昨日の自分より今日の自分、
今日の自分より明日の自分と、
いつも自分に挑戦して欲しい
人と比較しないで、まず自分を超えていく
そういう気持ちを持って、毎日一生懸命走って欲しい】

 

「向上」すると言うことは他人との比較では無く、昨日の自分との比較なのだ。だから他人を引き合いに出さない。他人より良く有りたいと思う気持ちが高ければ、他人との力量に差があると感じて居れば、姑息な手段を使ってでも其れを達成したいと思う。其れが「卑怯」であり、その行為に悪意が有れば「卑劣」と言うことに成る。

では具体的に「卑怯」とは如何云う振る舞い、如何なる心情であろうか、考え付くままに列挙しよう。

  1. 大勢で寄って集って一人を攻撃する(虐め)

  2. 当事者の居ない所で、他人の悪口を言う(陰口)

  3. 刃向いの出来ないことが判って居て相手を攻撃する

  4. 自分は弱者・被害者であるかの様に振舞う

  5. 自分の優位性を見せる為に、他のものを利用する(虎の威を借る狐)

  6. 自分の非は認めようとせず、他のものの所為にする

  7. 自分では動かず、他人に指示し、失敗すればその人の所為にする

  8. 不具合が生じる恐れがあることから逃げ回り、他の人に押し付ける

  9. 他人の功績を自分のものに摩り替える

  10. 他人の弱みを探り、其れを利用しようとする

  11. 自分に甘く、他人に厳しい

  12. 他人の弱みに付け込む

  13. 相手が不利な状況に成るのを見て見ぬ振りをする

  14. 相手の利に成る情報は態と与えない

  15. 他人を押しのけても、自分は得したい

未だ未だ有るだろう。皆さんもお考えに成っては如何だろう。

 

ラグビー・ワールド・カップが日本で開催され、ラグビーへの関心が一気に盛り上がった。そこで思い出すのが、日大の選手がボールを持って居ない選手に後ろからタックルした事件だ。
テレビのラグビー観戦で、何方もラグビーのタックルの激しさは良くお分りだろう。タックルされることを予期して居るからこそ受けて立つことが出来るので、不意打ちに遣られたら堪ったものでは無い。

ルール違反をした選手は卑怯であるのだが、其れを言わず語らずに指示した監督は「卑劣」極まりないのである。相手チームの有力選手を無いものにして(怪我をさせる)、自分のチームが勝てる様に計らったのである。然も「其れを遣ればレギュラーにして遣る」という条件で、詰まり断れない状況で押し付けたのである。ノー・サイドと言って、試合後は敵味方なく健闘を称え合う紳士のスポーツと言われるラグビー界に在っては為らない事件だった。