令和元年の年も暮れる。一年を振り返り、日本国民も不肖小生にも大きな変化が在ったことを思い返して居る。
先ず、31年に及ぶ平成の時代が終わり、令和に成った。明仁上皇はお元気な内に、ご自身の意思で天皇位を徳仁様に譲られた。即位されたのは55歳で、退位された時は85歳だった。平成4年には歴代天皇では初めて中国をご訪問され、又翌年には天皇としての沖縄行幸を果たされた。然し一方では即位後に国内を騒然とさせたバブル崩壊、阪神淡路大震災、東日本大震災と福島第一原発事故、度重なる地震・豪雨・台風等の自然災害とご心痛も大きかったろう。我々の年代では、上皇が天皇で在った時もふとした時に「皇太子が・・・・」と言って仕舞う程、同じ時代を生きた仲間意識が拭えないで居る。

 

世の中の動きは予想が付かない。中でも自然災害は顕著である。国の舵取りは余程慎重に、且つ賢明に進められなければ成らない。民主主義とは言うものの、現実は政府与党の行政手腕に係っている。三代の民主党政権で国民は懲りたのだ。当時の仙谷官房長官の思い上がった態度に憤慨したものである。
国民は行政に自分達の生活の行方をすっかり委ねて居る。民主主義は国民にとって楽が出来る制度だと思わざるを得ない。自分と家族のことだけ確り遣って居れば、其れで済むと思って居る。

 

處が民主主義とは国民皆が賢明であると言う前提で成り立つもので、そうで無い以上其処には深層・表裏が必然的に介在する。分かり易い例を挙げれば、終戦後の講和条約の時、吉田茂首相はサンフランシスコで、自分一人の裁断と責任で安保条約迄サインして来た。寝耳に水だったかどうかは知らないが、日本中は安保反対で渦巻いた。丁度今の香港と同じ状況で在る。この問題は未だに尾を引いて居て、米軍基地や思いやり予算に非難が集まる。

 

推測だが、吉田首相は日本再建には軍備を整える余裕は無く、兎も角国内産業を復活させ、外貨獲得に邁進するしかないと考えたのだろう。米軍にはそのまま日本国内に留まって貰い、共産圏の侵略に備える安全保障とした。軍備を持たないことで、我が国は賠償金や産業振興に国費を当てることが出来た。いずれは安保条約を破棄出来る日も来ようと思って居たかも知れない。だがアメリカとしては、翌年朝鮮戦争が勃発、以降ソ連・中共・北朝鮮と言った共産勢力の防波堤として安保条約の果たす利点を維持する為に手放せ無く成ったのである。

 

経緯は兎も角として、政府が当時我が国の内情と将来像を国民に明らかにし、安保を担ぎ出そうとすれば大騒動となり、とても講和条約どころでは無かったであろう。

若い方々はご存知無いだろうが、当時日本では左翼勢力が幅を利かせて居た。今の様に与党が過半数を常に占めると言う状態には程遠かったのである。戦時中入獄させられて居た共産党幹部が、GHQの指示で解放され、剰え労働組合をGHQが奨励したものだから、若い人たちの多くは左翼を支持して居た。当時の共産党は、アメリカとの安保には絶対反対で、ソ連との間での安全保障、詰まり再軍備を図って居た程なのだ。ソ連の傀儡だったから当然なのだが。今でも共産党は天皇を認めて居ない。

 

GHQはアメリカ本国の中でも社会主義的な人達で構成されて居た様で、日本に革命を齎し、新社会主義国家を作ろうと言う意図が在ったと、彼等の行った占領政策から窺える。アメリカに隷従したかに見せかけ、政府は従来の日本的な年功序列、終身雇用を柱とした独自の日本的資本主義を成功させ、日本を第二の経済大国まで持ち上げた。

然し、近年は日本の資本主義勢力がアメリカを倣い、金銭至上主義に突き進み、社会保障制度が屡危うくなる局面を見せ始めている。

 

そうした世情の中で、政府には隠し事が多くなった。官房長官の談話にも歯切れが悪く成ったと感じて居る。その現れが、折からの韓国に依る徴用問題だ。

政府は「日韓請求権協定」に依り、解決済みとしか国民に説明しない。解決済みならば、韓国が今更賠償問題を言うのは可笑しいと思われないだろうか?

 

「日韓請求権協定」が結ばれたのは今から54年前、安倍総理にしても未だ子供だった頃の話である。政府は総理をも含め、国の歴史、取り分け条約、協定に就いて知らないとは言えない立場である。勿論些細なことでも資料は直ちに総理の元へ届けられる。ならば「日韓請求権協定」に就いても、大多数の日本人が中身を知らないか、忘れて居ることだから、政府として国民を納得させる為にも改めて説明しなければ成らない筈である。又マスコミにしても政府が”解決済み“と言って居る根拠を述べる義務が有ろうかと思う。

 

是は韓国政府に就いても同様で、日本が「解決済み」と主張して止まない理由を韓国民に説明しなければ成らない筈である。理由と言うのは協定の中身と、其れが如何実践されたかである。日本が協定を履行して居なかったならば、韓国が請求するのは尤もであり、日本が「解決済み」と突っぱねることは出来ない。

先に述べた様に、徴用が在ったのかどうか、ハーグ条約に則り正当な対価が支払われたのかどうか、徴用では無く韓国民の自主的な就労では無かったのかは今に成っては知る由も無い。其れ等に対する両国政府による確たる判断が有ったらばこそ、協定が結ばれたと見るべきである。


扨その中身だが、“
日本政府は昭和40年(1965年)の日韓請求権協定により、日本から有償で2億ドル、無償で3億ドル、民間借款3億ドル、計8億ドルを支払う”ことで、両国及び国民の間の日本に対する請求権は最終的に消滅したことに成って居る。

この内、無償の3億ドルは、韓国政府が個別に国民に支給すると日本側に説明して請求権資金として支払われたことが明らかなのだ。

従って、徴用されたと主張する韓国人が今更賠償を要求する権利は無い。

 

54年前の8億ドルがどれ程の規模のものだったかは皆さんの想像にお任せしたいが、4兆5千億円と言う試算もある。

斯の金額は決して少なくは無い。何故なら、其の額は当時韓国の国家予算の23倍、同年日本の国家予算は3兆7千万弱、更に日本の外貨準備額は18億ドルでしか無かったのである。

 

處が韓国政府は其の3億ドルを徴用されたと言う韓国民には払わなかったのだ。

第五代大統領朴正煕は、請求権資金として支払われた3億ドルの無償提供資金を、国民には支給せず、秘匿して韓国経済発展のための国内投資資金に回したことで、韓国は半世紀で世界10位圏の経済大国に発展し、その恩恵を受けた韓国企業は巨大な財閥に成長した。

是は“漢江の奇跡”と言われるが、実体は徴用などへの日本からの賠償金を、内緒で韓国企業の発展の為に使ったのである。そうした事情を全く知らされて居なかった韓国民が、戦後補償を求める訴えや抗議活動を続けて来たのには、こうした裏が在ったのだ。其れ迄の韓国は世界の最貧困国でGDPも北朝鮮を下回って居た程である。

 

日韓交渉を担当した金鐘泌元首相も、2017年に「1961年に誕生した政府が、国家安保や経済再建を掲げて発足したが、国庫が底を突き、財源づくりのためには韓日会談の再開を通じた日本の請求権資金しかなかった」と認めている。

 

韓国人労働者が朴政権からは保証金が貰えなかったのは事実としても、日本企業に徴用されたと言う韓国人の実態はどうだったのだろう?

徴用され、日本に連行された人も居る、と言う説もあり、残された家族は働き手を失い貧窮の底に在ったとも言われるが、一概に強制されたとも言えない節もある。

西岡力(現代朝鮮研究者。麗澤大学客員教授。北朝鮮に拉致された日本人を救出する為の全国協議会会長)が朝鮮人徴用工の手記から、当時東洋工業に徴用された工員は月給140円と言う高給を受け、食生活も豊かであったと発表して居るが、この手記は戦後補償運動が韓国で本格化するずっと以前に書かれて居り史料価値が高いとしている。

 

日本政府は今でも当時の韓国経済が如何にして発展を遂げたかの調査は出来るし、資料は持って居ると考えられる。ならばどうして、日本から徴用されたと賠償請求をする韓国民にこうした事情を説明仕様とはせず、「解決済み」としか言おうとしないのだろうか?

我々日本人でも、裏に何か有るのではないかと疑ってしまうし、解決済みと言うのは政府の勝手な主張に過ぎないと、韓国民の肩を持とうとするかも知れない。

 

韓国民は戦中、戦後のことを知らなさ過ぎはしないか?其れは初代大統領李承晩が徹底した反日主義者で、韓国国民から日本に関する歴史の事実を剥ぎ取ったからと考える。それ以降の大統領も、反日の立場を表明して居れば、国民を味方に繋ぎ止めることが出来ると考え、其れが今でも成功して居るからだ。そんな韓国だから誰が大統領に成っても、朴正煕が行った過去の恥部を暴き出すことは難しい。

韓国国民は、歴史的事実を知らないだけに、単純に同情心と愛国心から益々反日に進んで行き、日韓関係は冷える一方の様に思える。

 

皆さんも行政に対する国民の知る権利を主張するべきと考えるが、如何であろう?
大人しい、従順であることは日本人の美徳であるが、「もの言わざるは腹ふくるる業なり」と兼好法師も言って居るでは無いか!
来年も大いに物申す積りである。健康で、佳い年を迎えられる様に!!!