映画「ローマの休日」の王女役でスクリーン初デビューとなったオードリー・ヘッバーンには、王女なりの気品もあり、正直アップで見せられた時誰もが美人だと思った筈だ。然し彼女自身は、自分は美人ではない、欠点が多い、と思っていたらしい。其の映画の前に、彼女はブロードウェイの「GIGI」の舞台で主役として、原作者のスコット夫人にスカウトされて居た。
対抗馬と言っては語弊があるかも知れないが、其の「GIGI」がMGMのアーサー・フリードに拠って映画化された時にはレスリー・キャロンが登用された。彼女はバレリーナでプリマも務めて居たが、ジーン・ケリーに拠ってスカウトされ、ミュージカル「パリのアメリカ人」のヒロインに抜擢され、大成功を収める。
レスリー・キャロンは次にミュージカル「リリー」に出たが、冒頭の遊園地の中を男を追い掛けて行くシーンを見て、眞逆斯の不細工な女の子が主人公じゃないよな、と思ったものである。新宿の京王名画座で観たのは「パリのアメリカ人」より前のことだったので、彼女を知らなかった。處がたちまち彼女の魅力に囚われて仕舞った。
オードリーの「GIGI」の舞台は見て居ないので比較は出来ないが、然して取り柄のない女の子が、成長するに連れ魅力的な女性に成って行くと言う設定だったろう。後のオードリーの「マイ・フェア・レイディ」もそうだ。
レスリー・キャロンの「GIGI」で相手役のルイ・ジュールダンが歌う「GIGI」でも「GIGI, You're not at all
that funny, awkward little girl, I knew」とあって、「此の不細工でぎこちない娘」と表現されて居る。当時「玉も磨けば光る」と言うプロットが流行ったのだろうか?
お茶の水女子大学(旧東京女子師範学校)の校歌は、昭憲皇太后(明治天皇御后)が下賜されたもので「磨かずば玉も鏡もなにかせん 学びの道もかくこそありけれ」と詠われた。此の歌は日本で最初の校歌だそうである。
扨其処で、オードリーの4作目が「パリの恋人」(1957年)である。原題は「Funny Face」で、此所でも美人ではない女性との触れ込みなのだ。
と言うのも、アメリカのファッション雑誌「クオリティー」の編集長が、ごく普通の女性にもファッションに目覚めて欲しいと言う狙いで特集を組む噺だから、素人をモデルにする内容だった。 「ヴォーグ」や「ハーパース・バザー」の実際の編集長をモデルに、ケイ・トンプソンが演じているが、彼女の踊りも中々だった。
此の映画は抑々脚本家のレナード・ガーシュ(Leonard
Gershe)が友人の写真家、リチャード・アヴェドン(Rechard Avedon 1923~2004)の半生を描いた舞台劇「結婚の日」を、スタンリー・ドーネン監督でミュージカルに仕立てたもの。 彼は「ハーパース」や「ヴォーグ」更には「ライフ」に革新的な写真を提供して有名になる。
ファッションに関心のない女性としてトンプソン(以降、名前は役柄ではなく、演じた俳優にする)編集長はファッションとはまるで関係のない古本屋にモデルを持ち込んで、キャメラマン(フレッド・アステア)に撮影させるが、本職のモデルでは却って感じが出ない。実際には当時超一流のドヴィマ(本名ドリアン・ヴァージニア・マーガレット)を使った。
ファッションとモデルと背景の三拍子揃う処の妙味が此の映画では彼女に拠って遺憾なく発揮されるので、ファッションに興味のある人には必見の映画と言え様。
其処でアステアは其の古本屋に居た店員(オードリー)の写真を暗室で引き延ばす(この写真はアヴェドンが撮影したもので、ハイ・コントラストで、目・眉毛・口が強調されたもの)。此処で歌われるのが「Funny Face」で、アイラ・ガーシュイン作詞、リチャード・がーシュイン作曲の1927年の舞台劇「ファニー・フェイス」の曲。アステアが姉のアデール・アステアと出演した。
アステアは、オードリーが決して”funny”ではないと編集長を説得。トンプソンは彼女を「ミス・クオリテイ」に選び、パリのトップ・デザイナー(此処ではジヴァンシー)と独占契約をし、其れを「クオリティー」で発表する運びに成る。
映画ではジヴァンシーのドレスを着たモデルのオードリーが、パリの彼方此方でロケをして回る。ルーブルではサモトラケのミケの前の階段を赤いドレスとショールで、オペラ座の大階段、チュイルリー公園のカルーゼル凱旋門と風船、北駅のプラット・フォームで機関車の蒸気に包まれ、シテ島の花市場では両手に一杯の花束と、セーヌ川を行く船から魚を釣り上げ、コンコルド広場の噴水のライト・アップと白い鳩、教会(実際はシャトー)でのウェディング・ドレス等、何れも大胆な動きの中で、ボケも有効に使い、鮮やかな色彩を見せた。
是等のショットにはアヴェドンの提供したものも多く、アステアのキャメラマンとしての演技指導も行って、彼の世界そのものだった。
美人じゃない女の子に魅力を感じて、好きに成って行くと言う筋は、映画には屡あるのだが、歌で有名なのは”My Funny Valentine”ではなかろうか?
1937年の「Babes In Arms」と言うブロードウェイ・ミュージカル(1939年にバスビー・バークレー監督、ミッキー・ルーニーとジュディ・ガーランド共演で映画化)の為にロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲に拠る。
『あなたの顔は笑えてしまうし、写真に撮りたいとも思えない。でもあなたは私にとっては芸術品なのです。だから髪の毛一本たりとも変えないで』と言う趣旨の歌で、多くの人の思いとは異なり、是は女の子がボーイフレンドに対して歌って居るのだ。其れが分かるのはバース(Verse)の最後で”And slightly dopey gent, you’re・・・・”と言って居るからだ。”gent”は”gentleman”である。