超雑記

永遠のかけ出し作家、東雲の徒然日記。毎週土・日のどちらか更新予定。

初心者狩りの罪について

私が大学2年生の頃です。

当時、私は東京の西荻窪に住んでいました。
西荻窪には、駅の北口を抜けてすぐ左に曲がると、それなりに大きなゲームセンターがあったんです。今はどうかはわかりません。
地下1階、地上1階の2階構造でした。1階はクレーンゲームや体感型のゲームのコーナーで、地下1階が格闘ゲームなどの筐体系ゲームのコーナーだったと記憶しています。

私は高校時代に格闘ゲームにはまって以来、ゲーセンに入り浸る生活をしていました。
昼食に使うお金を削って資金を捻出していたほどです。

しかし、東京に出て以来、ゲーセンに行く機会が著しく減っていたため、ひさしぶりに触ってみることにしたのです。

当時、もっとも流行っていたゲームの一つといえば、『ギルティ・ギア』です。
スタイリッシュでカッコイイキャラクターやゲーム画面、戦闘アクションなど、見ているだけで楽しいゲームでした。

ただ、非常に難易度の高いゲーム見えたので、いままで二の足を踏んで100円を投入できませんでした。
それでも、ここでやらずにいるよりはやったほうが経験になると思い、勇気を出してギルティ・ギアの筐体の前に座ったんです。

キャラクターを何にするか迷いましたが、とりあえず主人公っぽくて王道の動きをしそうなカイというキャラを選びました。

それで、いざプレイしてみると、やはり難しかったのを覚えています。
ギルティ・ギアはコンボゲーと呼ばれるカテゴリーに属す格闘ゲームで、忙しなく、それでいて正確にレバーとボタンを入力しないとかっこよく動かないのです。
私はこういうタイプのゲームはあまりプレイしたことが無いので、とてももどかしい思いをしていたのです。
それでも、なんとか形だけでもギルティ・ギアっぽくしたいと頑張ろうと思いました。

ここからが、私が今でも忘れられない出来事です。

プレイし始めて3分も経っていないと思いました。
ゲーム画面が突如切り替わり、英語で『チャレンジャー』と大きく文字が映し出されました。

『乱入』と呼ばれるものです。
格闘ゲームの筐体は2つ向かい合わせで置かれており、ケーブルで接続されています。
つまり、対戦プレイができるのです。この場合、私が先にプレイしている筐体の向こう側で誰かが100円を投入し、対戦を申し込んできたというわけです。

さすがに焦りました。
まだ基本のコンボすらおぼつかない状態での対戦。負ける確率は高いでしょう。

それでも善戦くらいはしたいと思い、飛び道具を駆使した遠距離戦を主体にしようと思いました。

相手は、ブリジットという可愛い女の子を選択しました。青いシスターのような帽子をかぶっていて、大きいヨーヨーを武器に戦うキャラです。

画面が切り替わり、いざ勝負。

……

……とはなりませんでした。

勝負などといえない、一方的な勝負でした。
私は何もできずに体力を消費していき、相手はお手玉のように私のキャラを殴る、蹴る、空中に浮かす。
最後は、私のキャラを宇宙空間に打ち上げて頭をどこかの星に突き刺す、という屈辱的な終わり方でした。

あの時の私の感情は、一言では言い表せないものでした。
悔悟もありましたし、虚無感もありました。
ただ、心の中に浮かび上がった言葉は、



「もう二度と、ギルティ・ギアはやらない」







初心者狩り、という言葉があります。

ゲームセンターで新しい格闘ゲームを発見したプレイヤーが練習がてらプレイしているところにそれなりに腕のあるプレイヤーが乱入し、一方的に負かしてしまうという俗語です。

私はまさに、この初心者狩りに遭ったわけです。

こういうことがあるのは知ってはいましたが、いざ自分がやられると本当にやるせない気持ちになりますね。
貴重な100円を無駄にされたという気持ちもありましたし、せめて1戦くらい練習させてくれてもいいのにという気持ちもありました。
他にも掃いて捨てるほどの負の感情が腹の中で渦巻くんです。
(あとで、ブリジットというキャラは女装している男だと知って、そんなふざけたキャラにボコボコにされたのか、とさらに腹がたったりしました)

なにより、こういうことをやられると、ギルティ・ギアそのものを嫌いになってしまうんです。
それは今も変わりません。最近ギルティ・ギアの新作が出たんですが、『ギルティ・ギア』という名前を見るたびにあのときのことが思い出されてしまいます。完全なトラウマになってます。ブリジットも変わらず嫌いです。

ここで私に根性と反骨心があれば、「この野郎! 上手くなってリベンジしてやる!」と息巻いたんでしょうが、残念ながら、私にはそれがありませんでした。
それに、「とりあえず触ってみよう」という軽い気持ちだったため、不意打ちをされたような気分になってしまったのです。それで、二度とやらない、という気分になったわけです。

格闘ゲームは差別化を図るため、私が学生の頃から10年くらいの間に、たくさんの新しいシステムが生まれてきました。
どんどん複雑かつ難解になっていったので、ついていけなくなったプレイヤーもたくさんいるでしょう。

それゆえ、格闘ゲームを嗜むのは上級者に偏っていきました。初心者は言うに及ばず、私のような中級者は振り落とされていきました。

それに私の偏見ですが、ゲームが上手い人というのは、下手な人を見下す傾向があります。
下手なプレイを見てイライラするからでしょうが、それはアルバイトに正社員並みの仕事を求めるくらい無理があります。

実際にアルバイトにそんな要求をしたら、アルバイトはどうするでしょうか。
正社員を目指すアルバイトだったら「なにくそ!」と頑張るかもしれませんが、ほぼ確実にやめていくでしょう。
アルバイトは時給が安い分、フットワークが軽いですから、自分に合わないと感じれば、すぐに他の仕事を探し始めます。







まあ、何が言いたいかというと、世の中にはこういう初心者狩りがあふれていると最近気づいたんです。

私の職場もそうなんですが、基本、何も教えない。
行動指針というか社訓は「自分で考えて行動しろ」。
必死こいて考え抜いた行動でも的外れなことがあるため、そのときは激怒される。
それでも、どうしたらよかったのかをよく教えてくれないため、途方に暮れる。
他の社員に聞いても、忙しいなどの理由で教えてくれなかったり、そもそも畑違いの仕事をしていたりと役に立たない。

手探りの状態でプレイし、せっかく上手くなろうとしているのに、いきなり乱入してきて叩き潰す初心者狩りにそっくりです。

私の持論ですが、自分で考えて行動できるのはよほどの才能か経験のある人間だけです。
会社に入りたての新入社員は、9割がたどちらもありません。
その彼らにいきなり「自分で考えて行動しろ」とは、地図無しに砂漠のどこかにあるオアシスを見つけろと言っているのと同じです。

こういうのは、昔から行われてきたことだとはわかります。
しかし、それは我慢して会社に居続ければ、だんだん給料が上がっていったからです。
いまの世の中、給料は上がらないか、上がっても微々たるものです。
その上、初心者狩りをされる。若い人たちが仕事をしたくない、やる気が起きないのも大変理解できます。

初心者狩りをするのは、部下を上手く育てられない、部下の気持ちを考えられない、そもそもめんどくさくて教育をやりたくない、という無能な上司です。
本当の上司やリーダーというのは、基本的なことはある程度教えておいて、そこからやらせてみて、間違っていたら直してやる、あるいはやって見せてやる、できたら無条件に褒めてやる、という段階を踏んでいける人だと思います。

こういう段階を踏まずに、「自分で考えて行動しろ」と言い放ち、間違ったら頭ごなしに怒り、その上何も教えてくれないと、本当に仕事が嫌いになります。
結果、仕事のやる気がなくなり、意欲的に仕事をしたりチャレンジしたりする気が失せていき、業績がどんどん落ちて行き、それを社員のせいにしてまた激怒するというスパイラルに陥ります。

「自分で考えて行動しろ」と社員に言う前に、まず自分がどうしたらいいか考えてみてはいかがでしょうか。

そんなことを、最近のうちの社長を見て感じ、ついでに大学生の頃の初心者狩りのことを思い出し、結び付けて記事にしてみました。

いまの私は大分人生に慣れてきた感があります。
理不尽なことも散々経験してきました。たぶん、人より多くの理不尽を味わってきたと思います。

その上で気づいたことがあります。
人生って、どんな人間でも難易度が一定なんですよ。

ただ、難易度が高いか低いかは、その人のスタート地点や、歩いてきた道によって体感が変わってきます。
その中で、いい先生や上司に出会えるかは重要です。難易度の体感が劇的に変わってきます。

私はかなり長い間人生の指針を教えてくれる人に出会えず、難易度はベリーハードだと思っていました。
それでもようやく恩師と言える人に出会え、人生の難易度の体感をノーマル程度まで下げられました。

私が出会った初心者狩りの人。
もしいまも初心者狩りをしているのでしたら、ぜひやめていただきたいと願ってます。
その行動で、これから第二のウメハラになるかもしれない才能が、格闘ゲームから離れていくかもしれないですから。

みなさんへの感謝と近況について

おひさしぶりです、東雲でございます。

前の艦これ日記から9ヶ月、大変ご無沙汰しておりました。

夏休みの仕事がひと段落つき、ブログを更新する気になりましたので、筆を執っている次第です。

前回の日記は、(自分基準で)大変大きな反響をいただいて、驚きと喜びと反省の念が絶えませんでした。
途中までコメント返しをしていたんですが、あまりにもたくさんいただいたので、申し訳ないのですがお礼の言葉のみでご容赦ください。本当にありがとうございました。

賛否両論、様々な意見を拝見しましたが、こういう色々な考え方に触れると、面白いなぁと思う次第です。
まあ、罵詈雑言や揚げ足取りは論外として、自分の考えを述べるという行為はとても神聖で尊重されるべきだと、最近になって思うようになったのです。

そう、本当に最近でした。

いま私は群馬のド田舎に住んでいるんですが、東京で会社員と同人作家の二足のわらじをはいていたとき、贔屓目に見ても良い人間とは言えませんでした。
端的に言うと、自分のやり方・意見こそが至高で、その他の人間の意見は参考、もしくは軽視してよいものだという考えだったんです。

まあ、ありていに言えば自己中だったんですね。

私はこういう考え方を表向きは隠していたつもりでした。
ですが、隠しきれていなかったようで、私の周りにはあんまり人がいませんでした。

こういう人間だったので、とても生きづらくなって故郷に帰ってきたんです。

転機は2年くらい前。
あるコンサルタント会社を経営している方のコミュニケーションの講座を聞きに行ったときです。

この方は私とあんまり歳が離れていないにもかかわらず、経済的にすでに成功していて、最近NHKの特集にも出演した方です。

この先生から、「お前はいかにダメか」ということを骨の髄まで染み込ませられ、さらに「これからどう生きていけばいいか」を魂レベルで叩き込まれました。

そのおかげで、私は東京で会社員時代にしでかしたことや、同人活動でかかわった方々にどれだけ迷惑をかけたか初めて知ることになりました。

とりわけ仲良くしてくださった朱煎さんには、もう思い返すだけで申し訳ないことをしたと思っています。
朱煎さん以外にも合同誌を一緒に作ってくださった方、挿絵をお願いした方、すべてに私の落ち度で迷惑をかけたしまったなぁと感じています。
とりわけ、此処之ココさんには土下座ではすまないくらいです。お前、絵を描いてくれた絵師さんに何してくれてんだと過去に行って殴りたいですね……いまお詫びのメールを送ってもただの迷惑メールになるので……

なんだか懺悔のようになってきたので、ここで止めます。
まあ、最近の私は相当丸くなったなぁと実感しています。

そんな申し訳ない気持ちになりながらも、同時に感謝の気持ちも同じくらい大きくなりました。
私が一生懸命書いた小説を好きだといってくれた方、応援してくれた方、すべてがかけがえのないものだと心から思うようになりました。

いまでもブログのアクセスカウンターが回っていますし、定期的に見てくださる方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
本当にありがたいことです。
言い訳になってしまうんですが、いまの仕事が忙しいのと同時に楽しいので、どうしても執筆に手が回らない状態です。

ですが、最近、ようやく創作意欲が少しずつ再燃してきました。

書きたいテーマは、『私自身』です。
以前の私がいかにクズで、そこから人並みにまともになった話を書きたいと強く思うようになりました。
私が主人公のモチーフになるという意味で、自伝を書くわけではありません(笑)。

私の自己分析だと、自分がのめりこんでいないか、体験したことのないことを元にした話は、すげーつまんないんですよ。
東方SSを書き始めた当初は、仕事すらサボってプロットを練ってたくらい熱意を傾けていたため、多くの方が喜んでくださいました。

たいしたテクニックもない私は、情熱をもって書かないと、話が面白くならない。

それをしっかり認識したので、これからの作品は自分が情熱を傾けられるテーマで書いていこうと思います。

それが、私がみなさんに喜んでもらえる最善のやり方なのだろうと感じた次第です。

艦これ引退動画を見て思ったこと。

2015年秋イベントが、8日11時を持ってすべて終了しました。

参加された方は大変おつかれさまでした。

今回の秋イベントは、先年とはまったく違いました。

どう違うのかというと、まず難易度。
非常に抑えられたものになっており、甲勲章を1個でも持っているプレイヤーならば余裕でクリアできるのでは、という印象でした。

でも、戦艦や空母ばかりを育てて、駆逐艦をまったく省みていなかったら地獄を見たと思います。
まあ、それでも夕立や時雨などの比較的育てやすい艦娘がいたら、何とかなっちゃったと思いますけど。

私も腐っても甲勲章を持っていますので、特に問題なくクリアできました。新敵のPT子鬼には手を焼きましたけど。

しかし、私にとっては最大の目玉であった、グラーフ・ツェッペリンを仲間にすることはできなかった……。(血涙)
ドイツの空母なんて、めちゃくちゃ欲しいに決まってるじゃないですか。

しかし、夏イベントで運の在庫が尽きたらしく、何週してもドロップする気配すらありませんでした。
本当に気配すらありませんでしたね。S勝利しても、落ちるのはその辺の通常海域にいる船とかだったり……。

それに伴って、最終マップでドロップする、嵐も仲間にすることができませんでした。
グラーフ・ツェッペリンが最優先だったので、嵐までカバーできなかったんですよね。

まあ、将来のイベントではまたチャンスもあるでしょうし、そのときは必ず仲間にしてみせますよ。



さて、前置きが長くなりましたが、今回は非常に興味深い動画を拝見したので、それについて記事を書いていこうと思いました。

ニコニコ動画にアップされた、『艦これ:これにて終了という動画です。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm27742510

内容を要約すると、
・今回の秋イベントで目的の艦娘を手に入れられなかった。
・これから仕事が忙しくなり、艦これに使う時間がどんどん少なくなる。
・ならば引退動画として、いままでのゲームの成果を清算(所持艦娘の解体、DMMの『艦隊これくしょん』のユーザー登録を削除)するところをアップする。

大体、こんな内容です。

この艦これ引退動画は、現在16万近く再生され、総合ランキングではトップ10に入るほどの反響でした。

コメントでは、画面が見えないくらいのコメントが寄せられ、さながら討議場の様相を呈していました。

私がざっとコメントを読んだ感じだと、

1.アホか、こんな未練がましい動画上げんな
2.リタイアする根性無し

という、投稿者を批判するコメントのほかに、

3.わかる。最近の艦これは昔に比べて面白くなくなっている。

と、投稿者に同意するコメントも相当数見受けられたのです。

私は、この点に非常に興味を引かれました。

以前だと、この手の艦娘解体動画は、投稿者批判が大半でした。
艦娘に感情移入しているため、無闇に解体するということに耐えられないプレイヤーが多かったからです。

しかし、今回の動画は投稿者に同情する声が非常に多かった。

どういうことか。

艦隊これくしょんというゲームに、フラストレーションを溜めているプレイヤーが膨れ上がっている

ということです。

それはなぜかというと、いろいろ理由があろうかと思いますが、

・プレイヤーの高レベル化
・イベントの高難度化

が主な要因ではないかと思います。

私もそうですが、いま艦これでやることといえば、『イベントのための戦力拡充』だけなんですよね。
仕事がなければ高難度のEXTRAマップも挑戦したいんですが、そこでいたずらに資源を使ってイベントの枷にしたくないんです。
戦艦と正規空母は、すべてがレベル97以上。小型艦もレベル80台が充実しています。

正直、限られた時間内でやることを見つけるのに頭を悩ませているんです。

また、イベントの難易度がどんどん吊り上げられているのも、正直辛い。それは認めなければなりません。
先日の夏イベントの最終マップは、武蔵が手に入った夏イベントが裸足で逃げ出すレベルでした。

このくらいのマップを用意しないと艦これトッププレイヤーが満足できないとはいえ、私レベルのプレイヤーが挑むのは難し過ぎる。それでもクリアはできますけどね。

また、イベントでしか手に入らない新艦娘がドロップでしか手に入らないというのも、ボディブローのように効きます。
今回の引退動画を上げた方も、一番の要因がドロップ限定の艦娘を掘る(探す)のに疲れたためですし。おれもグラーフ欲しかったですよ……。

この方の気持ちは痛いほどわかります。
やめたい気持ちもわかります。
根性無しとかザコとか、そういう人の気持ちを分からないことをいう人間に眉をひそめます。

しかしですね。
私が引っかかったのは、そういうことではないんです。

私がこの動画を見て感じたのは、

「なんで、この人、もっと楽しもうとしないんだろう……」

という余裕の無さだったんです。

この投稿者は、甲難易度クリア・全艦娘コンプリートにやたらこだわっていました。

それができるから、いままで続けられた。苦しくても耐えられた。と言っています。
それができなくなったから、艦これをやめる。楽しかったゲームをこんなにした運営に、嫌悪しか感じない。とも言っています。

別に目標を持つことはいいと思います。私もまったく同じ目標を持っていますし。

でも、なんで完璧に、一発でこなす必要があるんですかね?

ドロップ艦娘なんて、究極の運試しじゃないですか。
初っ端のS勝利でポロッとグラーフが出る人もいますし、何千回S勝利しても出ない人もいます。

そんな自分の実力が及ばない領域を気にしても仕方ないんじゃないですか?
それができないから艦これをやめる、運営に嫌悪を感じると言うのは、完全に傲慢だと思います。
例えるなら、宝くじを100万枚買って1等が出なかった、宝くじ運営に嫌悪を感じる、と言っているのと同じです。

こんな余裕の無い気持ちで生活していたら、艦これをやめて出来た時間も余裕無く送り、そのうちに壁にぶち当たって、今回の引退動画みたいな感じになりますよ。

「また次がんばればいいや」「チャンスは一回だけじゃないよ」と考えられる余裕こそ、大切じゃないかと、私は思うわけです。

だって、これ、ゲームですよ。楽しまないと。

なんで自ら辛くする必要があるんですか。天才でもないのに完璧を求めるって、本当に傲慢だと思うんですけど。

『大空のサムライ』の作者、撃墜王・坂井三郎さんも書かれていました。

「実戦で必要なのは、余裕と冷静さだ。パニックになってはならない。危ないと思ったら、まず一回深呼吸する。深呼吸する暇がなければ、とりあえず、した気になる。それが大切だ」

動画の投稿者は、いままではイベントクリアと艦娘コンプリートが両立できたから楽しかった。
しかし、それが出来なくなったからつまらなくなったと、自分の理想をゲームに押し付けているようにしか見えません。

ゲームの内容はどんどん変わっているんですから、自分に合っていたものが合わなくなるなんて当たり前なんですよ。

でも、動画のコメントを見ていると、「昔の艦これがよかった」「もうつまらんゲームになった」と頭の回転を止めている方がすごく多いんだなと感じました。

変化についていけない人間は、現実の世界でもうまくいかなくなるんじゃないの? と、今回の動画を見て愚考をめぐらした、という話でした。
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