2005年06月19日

とんだあまちゃんぶり

真剣な思いは踏みにじられて欲しくない。昔あった気持ちを忘れて欲しくない。今目の前にあるものだけでなく、積み上げてきたものをみて欲しい。
損得だけでものを見て欲しくない。

あまったれているのはわかっている。自分にわかっていることなんてほんの少しであることはわかっている。人のことに口を出すなんてよくないことは知っている。
だから言わない。

そもそも不条理であることを前提にみんな生きているのだから、いまさら「世の中は不条理だ!」とさけんでもなんら意味はない。

でも納得いかないことは納得いかないのだ!
そんなところで達観していたくない。その結果自分が損しよう傷つこうと軽蔑されようとしったことではない。自分は怒るべきところでは怒りたい。

とりあえずここでは理屈じゃなく心を大事にしようと思う。大甘になろうと思う。常に理屈に沿っている必要なんてない。

自分は偽っているのだろうか。怒っているふりをしているだけなのだろうか。
大切に思っている人に対してぐらいは、いい意味で不条理になりたい。  

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2005年06月17日

「海外旅行なんて何年ぶりかしら」

以前は、学ぶことは体系立っていたり、論理的に洗練されているものであってほしいと思うタイプだった。
しっかり論理の流れがまとまっているもの。一般性が高いもの。
それがわかっていると、それを応用することによっていろいろなものがわかるもの。
そういうものを学びたいと思っていた。
だから英語は文構造把握がすき。単語は嫌い。
歴史でも流れを掴むのは好き。年号や人名の暗記は嫌い。
規則どおりにいくものがすき。例外が嫌い。そして規則どおりなのか例外なのかをあいまいにする先生はもっと嫌い。
なんかこまごましたとをごちゃごちゃ覚えても人生に役に立たないような気がして、それよりそれを考えることで全体を網羅的に把握する能力やいろいろなものを関連付けし、対比し、比較する能力がつくと思える勉強がしたかった。

ところがそんなことばっかり言ってもいられない事態になってきた。英語を喋れるようになりたいのだ。うちのサッカーサークルもグローバル化してることだし。
語学ってとりあえず暗記によるところが大きいから、泥臭い勉強をいっぱいしなきゃならない。
この前英語の学び方に関する講演会にいったら、そこにいらっしゃった講師のかたが、
「ラジオなどでたくさん英語を聞いて、たくさん興味のある英語の本を読んで、いろいろな人に勇気を持って英語で話しかけましょう!(要約)」
とおっしゃっていた。うんそうだね。
ようはゴリゴリやれ、ということだ。

ゴリゴリやるのが嫌いじゃなくなったのは高3の十月くらいだったと思う。受験を近くに控え、そろそろ暗記物に取り組まなくてはと思い、英語と歴史と古文の単語帳をやりまくった。書きまくった。はたから見ると病気かと思われるくらい書きまくった。まあ受験生としては普通なんだろうけど。
そうしたら、今まで読めなかった英文がちょっとずつ読めるようになった。そりゃそうだ。だって単に今まで単語知らなくて読めなすぎたんだもの。なるほど、暗記とはこういうものか、と思った。今では意味があると思われる暗記はまあやる。

歌詞暗記を通じて、文章を暗記するのがあんまり苦じゃなくなってきたから、ここらでいっちょうごりごり英語の会話文暗記をやろうと試みている。CDの日本人の喋り方が多少うざいがまあしょうがない。
日本人の日本流の英語勉強法がどれだけ役に立つかわからんが、まあ泣き言はやってから言うことにする。
”I wonder how many years it's been since we've traveled oversea!"

…千里の道も一歩からであるなあ。  
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2005年06月10日

あおい

「それはまるで作られたもののようだった。

完全に整えられた、完成されたモノ。

だがそれゆえにどこにも属さないモノ。

その非の打ち所のなさ、完璧さ、孤独さが、

私を貫き、惹きつけた。」

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Posted by sinookun at 19:04Comments(1)TrackBack(0)

2005年06月02日

ふく

やっと髪を切った。
ある人にはおたくっぽいといわれある人には頭がでかいといわれ散々だった髪をばっさり切った。

さて次やるべきことは…
服を買うことだ。
最近来ている服が酷い。みすぼらしい。高かった服やお気に入りの服はすりきれどうしようもない服ばかりが残っている。
これはもう「服が買いたい」という状態というよりはむしろ「服を買わなければいけない」という状況だ。
大量消費社会に組み込まれいていてすいません。でも僕、自分のこんな状況にもう我慢できませんから!
人間は常に美しくあろうとする義務があると思う。自分にできる限りの美しさを保とうとする義務が。最近忙しいのとお金がないのでついついその努力を怠りがちでした。まあ頑張ったところで美しくなれるわけでもないのだが。

僕は自分の服を選ぶのが苦手だ。他の人のならわりとすんなり選べる。
服を上手に選ぶということはその人のいいところと悪いところを把握しいいところを際立たせ悪いところを見えにくくすることだと思う。僕は自分が見えていないから服を選ぶのが下手なのだろう。ああ、全く持って情けない。
はっきりとした「自分」像がないから服の選び方に一貫性がない。服同士の相性が悪い。
こうなったらもう自分で服選びの「決まり」を作ってしまうしかない。よし、とりあえず決まりを作ろう。

・シンプルなものを着る
くせのあるものはあきやすいのであまり買わない。無地、もしくわパターンものをかう。
・きれいなもの、汚れにくいものを買う
古着だろうときれいなものを。僕が汚いものを着るとそのまんま汚い人に見えますから!
・緑・カーキのものを買わない
自分に対して似合うわけでもないのにやたら買ってしまう。もうこれ以上買ってもあわせられん!色味的には黒、原色じゃない青・黄色系統のものを中心に買う。
・トップスはMサイズ(ジャストで着る)、ボトムは32±1インチ
トップスが大きいとやはりだらしない。ボトムも同様。

今思いつくのはこんなところか。とりあえずまた思い当たることがあったらたそう。  
Posted by sinookun at 23:41Comments(3)TrackBack(0)