2005年11月16日

ただ回っているような

今日トイレで昔のことを思い出した。

昔「ビデ」がなにか知りたくてたまらなくなった。友人と一緒にビデの存在に気づいたのだ。確か旅行中だった。宿泊場所のトイレの説明書きには。

「ビデ…ビデをします」

としか書いていなかった。完全なるトートロジーである。
母親に説明を求めたが満足な回答が得られなかった。
悔しかった。

そんな幼き日の僕のかけがいのない若さ、priceless


今日久しく話していなかった友人とじっくり話した。やはり相変わらず話しやすいやつだった。
将来のことで迷っているようだ。楽しいけど先行きが見えない不安定な道と、ある程度の収入は見込めるがそこまでいまのところ魅力的ではない道と。

確かにそういう時期なのかもしれない。


「成長とは依存から脱出することではなく未熟な依存を成熟した依存へと徐々に転換していくことだ」

僕の好きな言葉のうちの一つだ。
やはり何にも依存しないで生きていくのは疲れる。強い人でもなにかひとつくらいは依存できるものを自分のそとに持っていたほうが楽だし、より力を発揮できるように思える。

ただ大事なのは依存する先を間違えないことと、依存の仕方を上手にすることだと思う。
前者は、間違っても覚せい剤など依存することで自分の身を滅ぼすものに依存してはいけないということ。
後者は人によっていろいろ見方が異なると思うが、僕の考えでは

・ひとつのものに依存し過ぎない。ひとつのものへの依存で自分が支えきれないようなら複数のものに依存を散らす。
・依存先が人間なら相手にも依存させてあげて相互依存の関係を作る(僕はどうやら「依存させるという依存」をするタイプのようだ)。
・依存できるもののありがたみを忘れずそれに常に敬意をはらう。感謝の念を忘れない。

などということだ。
上手に依存したいと思っているのだが時に依存しすぎたり依存対象者(物)に身を任せられないこともあるのかもしれない。今のところあまり思い浮かばないが。


自分を疑うということ。今の自分の価値基準を常に疑い、新しい情報やアドバイスを吟味して自分をアップデイトしていくこと。より自分で納得できる自分になっていくこと。自分の無知や弱点から目をそらさないこと。克服すべきなら可能な限り、もしくは他に優先すべきことがない限り克服していくこと。

そうでありながら常に自分を肯定的にとらえること。自分を責めないこと。自分が突き進むことによって得られるような利益を妨げるような自己批判をしないこと。

人間として不完全でありながらも最善を尽くしていきたい、と思う。
でもあまり自分を追い込み過ぎないように。楽しい程度に。


本当に冬の朝が好きだ。一年のうちでたぶん一番好き。今はまだ寒すぎないのもいい。

散歩に出かけたい。一人でもいいが誰かと一緒に行くのも気持ちいいと思う。世田谷線沿線がいい。

途中であたたかい紅茶を飲むのだ。



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この記事へのコメント
あ、つまり散歩サークルに加わりたいと。
そゆことね。
Posted by ゆうき at 2005年11月16日 23:43
いや、別にそういうわけでは。
Posted by 大泉宏太 at 2005年11月16日 23:44
照れんなって!
さぁ自分を解き放とう!
Posted by ゆうき at 2005年11月16日 23:45
Posted by 大泉宏太 at 2005年11月16日 23:58
私も昔、ビデの存在意義が分からなくて
「ビデって何のためにあるのん?」
って父に聞いたことがあるよ。
父が「う〜ん・・女性用やね」
と歯切れの悪い答えをした理由が今なら分かる。

おーくんも将来娘に聞かれた際はこの回答で★
Posted by ちなみ at 2005年11月17日 18:26
女性ながらビデのところに返信してくるとは…なかなかやるね。感動した!
また僕の中のちなみんの個人情報がアップデートされました。

僕の脳内個人情報は随時更新中です。
Posted by 大泉宏太 at 2005年11月17日 21:30