2006年01月27日

着せるとPOsCAM

面白い漫画紹介。

松本大洋の「花男」。とうとうみんな大好き松本大洋の登場です。

茂男は母子家庭に育った小学生(♂)。成績は優秀だが斜にかまえていて世間を見る目が冷めている。そんな茂男はある日母に父・花男と一緒に暮らすようにすすめられる。しぶしぶ顔も知らぬ父のところに向かった茂男だが、そこにいたのは野球以外なんにもできない巨人バカかつ長嶋バカの花男であった。

最初は花男の頭の悪さ、子どもっぽさにいらだち反発する茂男だったが、次第に花男の人間的魅力に気づき、知らず知らずのうちに引かれていく。そして当の花男も、茂男との出会いによって少しずつかわっていった…

松本大洋の世の中の切り取りかたはとても新鮮でかつ暖かい。松本大洋が作るひとつひとつの台詞・シーンはしっかりと読み手の胸に届いてくる力を持っている。この世界観をつくりだせるのは松本大洋だけであり、本の中の世界をつつんでいるやさしさ・暖かさこそが松本大洋の松本大洋たるゆえんなのだと思う。

二人での生活を通して少しずつ変わっていく花男・茂男。そしてラストシーンは思わず胸が熱くなる、はず。ぜひ読むべし。


去年の今頃を思い出した。

去年のいまごろは本当に余裕がなくて、自分で自分が制御できなくて、とても悩んでいて、とにかく大変だった。あんなに大変だったのに今はもうほとんど忘れそうになってるだなんて僕もげんきんだなあと思う。

僕は完璧に安定した、というより固まった気持ちを持ちたくないと思う。なんというか、「硬い」気持ち。なかなか揺るがないんだけど、ひとたび壊れてしまうとばらばらになってしまうようなそういう安全なようで危なっかしい気持ち。そういう状態に落ち着いてしまいたくない。常に一定の危うさを気持ちの中に持っていて、それゆえに多少の危ない事態では揺るがないような、そんな気持ち。「柔軟な」気持ち。やわいのではなく、やわらかく強い気持ち。

僕は凡人なので自分がありたいような自分であろうとすることだけでけっこういっぱいいっぱいになってしまう。自分に余裕がないからあまり人のことを考えられないのかなとも思う。もっと自然に柔軟に強くありたい。

僕は前向きでいたいのではなく、前も後ろも左も右も上も下も全部見れるようでいたいということを前も書いた。その気持ちは今も変わっていない。大体においてポジティブで、でもネガティブでもあり常に自分に対する不安を抱えている。時に能天気で、ときに心配性。そんないろいろな自分を同時に内包していてなおかつそれらの自分を矛盾なくひとつの自分としてまとめこんでいる。そんな自分であることに自分が納得している。そんな自分でありたい。

自分の志を突き通してまっすぐいって、それでなにかを成し遂げられる天才ではないことを知っている凡人の僕は、せめて自分の納得いく凡人になりたいと思う。


「不適切な賞賛は批判とおなじように人を不愉快にし、時に傷つける」

最近ほめるということに「見下す」という要素が入っていることが良くあることに気がつく。「ほめられていやな気がする人はいない」というが、実際はいますよね。

人に気持ちを「正しく」伝えるというのは難しい。自分の正しい気持ちというものがどういうものなのか、話している本人にもわかっていないことも多いと思うし。

またひとつコミュニケーションの難しさを感じている。



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