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WOWOW録画の視聴。
監督・撮影 木村大作
脚本 木村大作、菊池淳夫、宮地敏正
製作総指揮 生田篤
音楽 池辺晋一郎
編集 板垣恵一
録音 斉藤禎一、石寺健一
美術 福澤勝広
照明 川辺隆之
出演 浅野忠信。香川照之、松田龍平、仲村トオル、モロ師岡、蛍雪次郎、仁科貴、蟹江一平、宮崎あおい、鈴木砂羽、役所広司、夏八木勲、小澤征悦、笹野高史、國村隼、新井浩文、石橋蓮司、小市慢太郎
139分
配給 東映
公開日 2009年6月20日
第33回日本アカデミー賞最優秀監督賞他各映画賞多数受賞、2009年度キネマ旬報ベストテン第3位

日本映画界の名カメラマン・木村大作の初監督作品。木村自身が撮影を行った『八甲田山』と同じ浅田次郎原作を自ら脚本化した。木村は「最初で最後の監督作」と言っていたそうだが、以後、今年公開された『散り椿』まで2本の作品を監督している。

本物にこだわって作りたかったという思いから、山岳シーンはCGや空撮に頼らずに撮影した。登場人物の感情を大切にする芝居を大切にするため、原則として順撮りに撮影された。雪のシーンは、体感温度が氷点下40度にもなる季節にテントや山小屋に泊まり込みながら撮影された。
剣岳をはじめとする立山連峰などの大自然の厳しさ、美しさを映像で表現したものとしては日本映画のなかで一番ではないか。

とはいうものの、私が先日、『かぞくいろ』について書いたように、本作を観た人の中には様々な人がいて、中でも山をやっている人の目から観ればいろいろ厳しい意見もでている。つまり、つっこみどころ満載の作品でもある。

この映画で一番びっくりしたのはエンドタイトルだ。通常の俳優・スタッフの各パートの表記はいっさいなく、ただ「仲間たち」と表記されるのみなのだ。これは、映画で描き出されるテーマに関わる。
この映画を通して木村監督が描きたかったものは、「本物」であり「本物をつくりだす人々」であった。それはつまり、映画作りに関わる人々の姿であった。

映画の中で語られるセリフで、原作にはないというものがある。

「人がどう評価しようとも、何をしたかではなく何のためにそれをしたかが大事です。悔いなくやり遂げることが大事だと思います」

このセリフに表わされているいるものこそ木村監督の言いたかったことなのだろう。

それは、自分を含めて今までつくられた数々の映画をつくりだしてきた人々への想いだなのだろう。

この映画の主役といえるものは何をおいても「山」だろう。そしてそれを映像に焼き付けたカメラマンの技量の凄さである。そして、やはり、浅野忠信と香川照之の二人の役者である。主演というより脇役でこそ光り輝く二人が、「剣岳」という主役を引き立たせるためにすばらしい演技をしていた。

<あらすじ>
明治39年。日露戦争を終えた陸軍は、国防のため日本地図の完成を急いでいた。最後の空白地点である雪山・剣岳への初登頂と測量は、陸軍参謀本部の測量手である柴崎芳太郎(浅野忠信)に任された。立山連峰に屹立する剣岳は、多くの優秀な測量部員にも未踏峰なほどの険しさで知られていた。しかし、ここでの測量を終えなければ、日本地図は未完成のままである。一方、創設から間もない日本山岳会の小島(仲村トオル)らは、ヨーロッパ製の最新道具を備えて、剣岳への初登頂の名誉を狙っていた。民間に先駆けられることは、国家の威信に賭けても避けねばならない。重い使命を背負った柴崎は、妻の葉津よ(宮崎あおい)から励まされながら、案内人の宇治長次郎(香川照之)と前人未到の剣岳へと調査に向かう。そこで出会ったのは、行者(夏八木勲)だった。「雪を背負って登り、雪を背負って降りよ」という彼の謎の言葉だけを胸に、登頂への手掛かりすら掴めないまま柴崎たちは下山した。翌年、測夫の生田信(松田龍平)ら7名とともに測量本番の登山へ向かう柴崎たち。しかし、立山連峰の過酷な雪と暴風雨、そして雪崩は、柴崎たちの行く手を厳しく阻む。絶望的な状況の中、前任の測量手である古田盛作(役所広司)からの手紙も苦悩する柴崎の心の慰めとなった。日本山岳会の小島たちも、剣岳の困難さを身をもって体験して、あらためて柴崎への敬意を深める。自分たちは登ることが目的でも、彼らは登ってからが仕事なのだ。もういちど仲間たちと連帯し、そびえ立つ剣岳に柴崎たちは挑む。そこでヒントになったのは、いつかの行者の言葉だった。ようやく頂上へと到達できた柴崎は、地図づくりの測量を果たすことに成功した。しかし、そこで彼が目にしたのは、古代の行者が残していた痕跡だった。剣岳に初登頂したのは柴崎ではなく、彼らだったのだ。柴崎の複雑な感慨も、無言のまま山は包み込む。

《剱岳 点の記  プレビュー》