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1983年、ギャングや悪役を専門に演じる俳優たちでつくった「悪役商会」を結成し、リーダーとなった俳優、八名信夫。テレビでは、「まずい!もう一杯」のセリフCMでがおもしろい青汁のCMでおなじみとなった。俳優になる前は、東映フライヤーズ(現・日本ハムファイターズ)の選手であった。

1935年、岡山県岡山市の出身。父は、国鉄岡山駅の助役を終戦後に退職した後、芝居小屋兼業の映画館を経営した。遊び人で愛人が3人いた。
八名は終戦後の疎開先の平島(岡区)で、連合国軍の兵士がキャッチボールに興じている姿を見たことがきっかけで野球を始めた。岡山東商高に進学し、投手として活躍。甲子園には出場できなかったが、1953年の中国大会県予選の決勝で関西高の吉岡史郎に投げ勝ち優勝した。高校の2年先輩には、大洋ホエールズで活躍した秋山登や土井淳がいた。
秋山らと同じ明治大学に進学したが、野球部先輩のしごきに耐えられず2年生のときに中退。
1956年に東映フライヤーズに投手として入団。3年目の1958年、日生球場の近鉄パールズとの試合中に腰を骨折して入院、選手生命を断たれ現役を引退した。

引退後、東映本社社長であり東映フライヤーズのオーナーでもあった大川博から、「長嶋茂雄や王貞治に打たれるより、高倉健に撃たれろ!」と言われたことがきっかけとなり、東映の専属俳優となった。
初めて出演者として名前の出た映画は、梅宮辰夫主演『遊星王子』。宇宙ギャングという設定で、顔の部分が覆われた衣装だったうえ、同じ衣装の出演者が多数いて、映画を見ても自分がどこにいたかわからなかったという。

大部屋俳優よりもさらに下という境遇からのスタートだったが、体の大きかったことを生かし、できる限り目立つようにして売り込んだため、悪役として定着するようになった。
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「悪役商会」リーダーとして、八名信夫が語る悪役の心得3か条がある。
一つ目は「媚びないこと」、二つ目は「主役にけがをさせないこと」、そして三つめは「意外性」である。


①媚びないこと
「役者ってのはね。主役に媚び、プロデューサーに媚び、監督に媚び‥‥まあ、また使ってください、よろしくお願いしますってことだな。でも、それじゃ、悪役はできない。目が死んでしまうんだよ。たとえにっこりしていても、目の奥に殺意がなくてはいけない。そのために大切なのは、主役を嫌うこと。コイツ、いつか殺やってやると、気持ちのうえでは思ってないと。今の若い衆に言ってもわからないだろうけど、俺らの頃は、撮影所に入ったら(主役とは)モノも言わなかったもんね。あちらから、『ここに来て、一緒にメシ食えよ』と言われても、『いや、いいっす』。何だ、この野郎って思われたこともあったけど、それはそれでかまわない」

さらに、媚びない意味には心的なモノだけではなく、物理的なモノもある。
「目先の銭を追うな。当時の東映は撮影の場で、いくらやるからやってくれ‥‥ということが多かった。でも、そんなことやっちゃいけない。キチンと台本を読んでからやらないと、悪役に深みが出ない」
まさに、悪役心得の基本といった感だが、次にあげたのは技術的、あるいは細心の心遣いであった。


②主役にけがをさせないこと
「“主役にけがをさせない”これは絶対的に大切なこと。俺は体が大きいし(元プロ野球選手)、動きには自信があった。もちろん、自分がケガをしてもダメ。主役に最高の配慮をしつつ、自身の動きも計算しなくちゃいけない」
そんな八名でも、不可抗力はある。“事件”は鶴田浩二主演のとある映画の撮影現場で起きた。
「俺が鶴田さんに斬りかかるシーンで、それを後ろから若山(富三郎)さんが羽交い締めにして止める。当時、東映では重量感ある迫力を出すため、刀は竹光ではなくジュラ(ルミン)だった。そうしたら、若山さんの眉間にパーンと当たってしまって。当然、NGなんだけど、監督が『若山さん、血が出てますよ』‥‥。そうしたら、『おどれ! 役者の顔に傷つけやがって』と激高してね。殴りかかってきた」
スター俳優・若山のことである。そこで済めばあるいは事なきを得たかもしれなかったが、済まなかったのは目の前のいまひとりの大スターだ。
「鶴田さん主演の映画ですからね。『八名は俺が連れてきたヤツだ。何だ、手出しやがって! こんな映画出ていられるか。中止や』と行ってしまった。いやあ、あの時はエライことになった! 東映辞めないかんと思いましたよ(笑)」
結果的に騒動は、鶴田と“兄弟分”とも言われた名物プロデューサー・俊藤浩滋(故人)が鶴田の顔を立てる形で収拾をつけたという。八名は文字どおり肝を冷やしただろうが、この騒動で八名を気に入った若山によってその後、若山組の映画に出演するきっかけになったというのだから、塞翁が馬とでも言うべきか。


③意外性
「深作監督の『いつかギラギラする日』。これで、ギャングの親分を演じたのですが、アンパンを食いながら、子分に指示を出した。いつも、葉巻とかありきたりのモノでは能がない。これは、『仁義なき戦い』の金子信雄さんや、外国人俳優‥‥アンソニー・クインを参考にした。ユーモアの中にもキチンと殺意は抱いている、みたいなね」

                  『Asagei plus』2013年1月30日の記事より引用

2016年には、初の監督作『おやじの釜めしと編みかけのセーター』を制作し、2017年より無料上映会の形式で上映している。

八名信夫フィルモグラフィー(出演映画作品抜粋)  ~Wikipediaより

《八名信夫 キューサイ青汁CM》