しらちゃん日記

マラソンとトレイルランと時々犬猫な日々

ラトビアのビール

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昨年11月にラトビアを旅行した時に興味深く感じたビールの話です。上掲の写真はチェーンのスーパーにRimiのとある店舗のビール売り場。日本では缶ビールが主流ですが、ラトビアでは圧倒的にビンビール。500ミリリットルビンで1.0〜1.5ユーロくらい(その当時のレート(1ユーロ=117円)で117〜176円。日本の半額以下(ただしひとり当たりGDPは日本がラトビアの約2.42倍)。

注意すべきは味。日本ではチューハイとか甘いカクテルとかの役割をラトビアではビールが担っているようで、苦いのから甘いのまでさまざまでした。ラトビア人の友だちがこれは普通とか、これは甘めとか教えてくれたのでそのアドバイスにしたがって買いましたが、へたをすると甘いのだけになりかねない。

こちらは苦め。

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こちらは甘め。

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こちらは苦め。これはおいしかった。王冠ではなくぐいっと引っぱって栓をあけられるタイプのやつと友だちに話したら通じました。

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こちらは甘め。

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これは地方のスーパーというかコンビニのようなお店で撮影したものです。アルコール度が6.5で2リットル、1.59ユーロ(1ユーロ117円で186円)。通常のビールの4分の1の価格。一般の人はこんなのは飲まないよと言われました。うーん、怖いもの見たさで飲んで見たかったかも。日本の第三のビールよりおいしかったりして。

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番外編。スーパーRimiのワイン売り場。オーストラリア、フランス、スペイン、南アフリカ、イタリアのものです(国名は全部「a」で終わるわかりやすさ)。

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ラトビアで一番好まれるのはビールでウォッカを飲む人はあまりいないと友だちから聞きました。ワインも飲まれるようです。

トレイルラン協会は魑魅魍魎

1月8日に日本トレイルランナーズ協会主催の「トレイルランニングフォーラム2017」が開催されましたが、乱立している各協会の話は整理されたのでしょうかね。トレイルラン関連団体の現状と今後の課題についてまとめてみます。

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掲示した図(クリックで拡大)は広い意味でのトレイルランニング関連団体の相関図です(すべては網羅していません、関係者名も一部のみ抜粋です)。日本トレイルランニング会議とか日本トレイルランナーズ協会とかが乱立と話題になりましたが、日本のバスケットでリーグがふたつに分裂していてオリンピックの予選に出ることがあやうかったとか、ボスニア・ヘルツェゴヴィナでサッカー連盟が三つの民族ごとに形成されていてFIFAからサッカー・ワールドカップへの道が閉ざされていたことなどとは性格が異なります。

<代表選抜をおこなう団体>

日本陸上競技連盟(IAAF)
日本ウルトラランナーズ協会(JUA)
日本スカイランニング協会(JSA)

陸上競技規則に準則する10〜20km程度のレースの「マウンテンランニング」とその選手権、主として50〜70kmレンジで開催しているトレイル世界選手権、標高2000m以上などの定義の「スカイランニング」とその選手権、お互いにかさなりあうようなレースがないわけではないですが、3団体あることで大きな混乱が起きているとは思えません。

<それ以外の団体>

こちらは国際団体との関係のない国内の団体です。これが相当ややこしくなっています。

2011年設立 日本トレイルランニング協会(略称JTRA)、代表 片山成允
2014年設立 日本トレイルランニング協会(略称はJTRA?)、代表 杉本憲昭
  ・・・以前の名称は日本トレイルランニング会議
2015年設立 日本トレイルランナーズ協会(略称JTRA)、代表 鏑木毅

日本語の団体名は同じか似ているかで、英語略称はすべて「JTRA」となってしまうと思われる団体が3団体。組織名で書くとなにがなんだかわからなくなるので、組織の首領(と推測される人)の名前で「片山派」「杉本派」「鏑木派」と便宜上呼ぶこととします。ではこの3団体の状況を見てみましょう。

まず「片山派」。片山成允氏が代表を務めるNPO野外活動(自然体験)推進事業団は2013年に鎌倉アルプストレイルラン大会を逗子市長名で中止要請されたり、三浦半島縦断トレイルラン大会は関係各所へ無届けで開催していると言われている団体です。杉本憲昭氏は神奈川県山岳連盟の重要人物なのでうまいぐあいに顔役として引っ張り出されたのでしょう。石川弘樹氏も発足時の初回会合では協力したようで、その時の写真はこの団体の公式サイトで利用され続けています。

公式サイトはこちら。
http://www.trail-japan.com/

石川氏が写っている写真はこちら。
http://www.trail-japan.com/nyukai/

次に「杉本派」。元々は日本トレイルランニング会議(略称:トレランジャパン)で日本山岳耐久レースの宮地由文氏が首領だったのを、昨年一般財団法人の認可を受け日本トレイルランニング協会に名称変更したのを機に杉本憲昭氏を首領としなおしました。ITには弱くていまだに公式サイトがなく、hasetsune.com ドメイン配下にサイトを作っているありさまで、女性比率も極めて低いおじさん集団なのすが、財団法人を作ったりいろいろなスポーツ団体に加盟するのは日本山岳連盟・東京都山岳連盟仕込みで強いようです。

発足祝賀会・役員のお知らせはこちら(hasetsune.com)。
http://www.hasetsune.com/topics/20160927.html

東京都山岳連盟がこの発足祝賀会の様子を報道していますが、そこで紹介されている日本トレイルランニング協会のURLがなんと「片山派」のものとなっています。身内でもまちがえてしまうわかりにくさということです。
http://www.togakuren.com/link/cat299/cat560/

最後に「鏑木派」。発足時は山西哲郎氏が代表でしたが、昨年交替しました。鏑木毅氏は国際トレイルランニング協会(ITRA)の理事でもあります。この派閥は「日本トレイルランニング協会」の名前がほしくて石川氏が「片山派」の杉本氏に仁義を切って交渉していたのですが、そうしているうちに「片山派」と「杉本派」ふたまたの杉本氏が率いる「杉本派」に名前をとられてしまうというあっと驚く結末となったようです。

公式サイトはこちら。
http://trail-runners.net/

「鏑木派」と「杉本派」はゆくゆくは組織統合も考えるという発言をトレイルランニングフォーラム2016で言っていて、その後大幅なたすきがけ人事をおこないました。「片山派」で顔だけ使われている石川氏はなんと3団体に関係していることになります。これだけ同じ名前が出てくるなら、もう3団体で一気に統一してしまえば、と言いたいところです。この他にも鎌倉ローカルの話になりますが、トレイルラン問題について検討する鎌倉トレイル協議会があり、ここにも鏑木氏・石川氏がからみます。レジェンドは大忙しですね。

<今後の課題>

なにをやるにしてもちょちょいのちょいでできるわけはないでしょうし、成果が現れるのには時間がかかるものです。ですが、最初にこれだけはやらなくてはいけないということはあると思います。

1.「片山派」に対する関わりをはっきりさせるべき

「鏑木派」と「杉本派」ともにです。「片山派」に問題がないのであれば統合協議の仲間入りをさせれば良いですし、問題があるのであればきちんとした批判をすべきで、その場合は特に石川氏や杉本氏はその関係を断つことを言明すべきです。

2.ITRAとの関わりについて明示すべき

これは「鏑木派」に関してになります。ITRAの理事と「鏑木派」首領を務める鏑木氏はこのふたつの団体の関係性をどうしたいのか言明すべきです。昨年のトレイルランニングフォーラムではDogsorcaravanの岩佐幸一氏(ITRA日本代表)がITRAへの個人加入を呼びかけていました。自分が属している組織の一員としてその組織への加入を呼びかけ財源を安定させるのはまちがいでありません。では鏑木氏はどうしたいのでしょうか。ITRAにも団体加入・個人加入して、鏑木派にも団体加入・個人加入してくれと考えているのでしょうか。そういった発言がまったくありません。(岩佐氏の場合「鏑木派」の活動には懐疑的な意見を表明してきているので、その矛盾は生じません。)

トレイルランで問題になるマナーなどの話は大会だけに限りませんが、いろいろと問題視されるのはやはり大会運営が一番多いと思います。個人のファンランナーの走りよりも大会の開催に関する問題のほうがトレイルランの将来を揺るがします。そうであれば、「鏑木派」は日本のトレイルラン大会主催者中心に声をかけて、お互いに問題をおこさないようにしていこうとアピールすることができると思うのですが、多くの主催者は蚊帳の外の印象です。団結してお役所や環境団体と戦えというのではなく、問題のある大会が開催された場合には協会としてコメントを出すぐらいのことができれば、たとえば、身内のUTMFに対して「脆弱な地質のトレイルで大雨決行するのはやめろ」と注意することができれば本物なのではないかと思います。

大会運営者に呼びかけをすれば個人会員はどうでもいいとは言いません。ただ、日本のトレイルランの世界は人数的にはそれほど大きくないです。DogsorCaravanは秀逸なトレイルラン情報サイトだと思いますが、Facebookいいね!が8514人、Twitterのフォロワー数は4170人(1月12日現在)、もっとも売れていると思われる『RUN + TRAIL』は実売5000部とのこと。積極的に情報を収集しようとする人はさほど多くはありません。有料会員をつのってもあまりたしにはならないのではないでしょうか。

トレイルランの世界に身をおいていると相当伸び盛りのスポーツのような錯覚を覚えますが、実はマイナースポーツであることを認識すること、トップ選手とメーカーと大会主催者や報道関係者が狭い世界で関係を持ってひしめきあってなかなか率直なことを言いにくいこと、そういったことを踏まえていろいろな行動をとっていくべきことが重要ではないかと思います。

【リンク集】

(2015年1月?)
日本オリエンテーリング協会主催の「森を走ろう 2015 シンポジウム」での発言再録と思われる資料。2ページ目の村松達也氏(岡山スポーツフォーラム代表)
「これからのトレイルランの方向についての意見」
http://www.orienteering.or.jp/event/2015/150111syourai.pdf
(「つまり、大会や企業やその他の既存組織から独立した、トレイルランナーによる組織を作るべきではないかと思っています。大会開催優先の組織であったり、企業べったりの組織であってはならないと思います。」というのが理想だと思います。)

2015/02/27
ITRAのプレス(日本語)
http://www.i-tra.org/documents/Presse/DP_ITRA_2015-02-27_-_JP.pdf
(「本年8月、トレイルランニングは国際陸上競技連盟(IAAF)の新たな公認競技種目となります。」というわけで、いろいろな競技がクロスオーバーするということです。)

以下は私の駄文コレクション。まあよくもこんなに悪口ばかり書けたものだと思います。でもネタがあるから書けるわけですが。

最初に「片山派」について。存在感を見せつけるための涙ぐましい努力です。

2016/04/27
日本トレイルランニング協会のトレイルランニング知識検定はじまる!わけないでしょ
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52154081.html

これは「鏑木派」。「片山派」との関係となると口をモグモグです。

2016/01/11
トレイルランニングフォーラム2016参加メモ
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52144530.html

これは「杉本派」の以前の首領を批判したものです。

2014/04/03
トレイルラン批判に謙虚に向き合わなければこのスポーツに未来はないと思うよ
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52065336.html

ITRAも批判されています。ヨーロッパの選手はこうやって歯に衣を着せずに協会批判をするわけです。

2015/04/25
フランソワ・デンヌが国際トレイルランニング協会に反旗を翻した!
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52116759.html

同上。今度はニュージーランド人も批判します。

2015/06/28
「トレイル世界選手権」ボイコット騒動を考える
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52123542.html

これは協会の話ではないのですが、トレイルランも「発展」するといろいろとでてくるよね、という話です。

2016/07/30
ウルトラトレイルラン大会に「Ultra Trail」と名付けてはいけないその理由
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52162640.html

京王線8713Fに乗ったぜ

小田急線沿線住民の私ですが、毎月一回は用事があって京王線に乗ります。仙川で乗り、千歳烏山で乗り換えたのがこれ。新宿で撮影しました。8000系の8713F(高尾仕様)です。でも高尾山口行きではなくて、橋本行きでした。

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新春マラソン:トイレの神よ我を救いたまえ

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写真:古市場グラウンドを見渡す

昨年申し込みそびれた新春マラソンの30kmの部に夫婦で出場してきました。私のタイムは2時間55分2秒。惨敗です。実は大会の3日前から熱と下痢に悩まされながら残業と休日出勤をしていました。なんとかなるかなと思って出たのですが、走る振動でおなかが張り出しました。河川敷にはトイレがたくさんあるのですが、トイレに行ったが空きそうもないので断念、紙がなくて断念、紙がなくて断念、16kmを過ぎてからありました。救いの神(紙)でした。今回みたいな体調の時に出場するなら、ちり紙を持って走らないといけないですね。

コースは今年から変わりました。以前は古市場グラウンドから下流方向へ走り、折り返して上流方向へ走り、再度折り返しグラウンドに戻るコースでしたが、今年は下流と上流の折り返しがそれぞれ2回の2回ループコースになりました。以前のコースでは河川敷から堤防上のサイクリングコース(舗装路)にあがってから走る距離がけっこうあったのですが、おそらくはバイクとの接触を防ぐために上流側の折り返し位置を短くしたのでしょう。結果として、30km中の80〜90%が未舗装路となりました。トレイルランというほどの不整地ではないですが、でこぼこがあるのでスピードは舗装路よりも落ちるかもしれません。

ゴールしたあとの甘酒の振る舞いがよかったです。レース後に雨が降り出しましたが、近くの古市場小学校の体育館を更衣室として使えて、全部で千人の大会なので混みもしなかったです。小規模大会の良さだと思います。

写真:他の選手のゴールシーンです。

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【大会概要】
・大会名:第44回新春マラソン大会
・開催日:2017年1月8日(日)
・開催地:神奈川県川崎市古市場グラウンド
・開催者:新日本スポーツ連盟
・交通:JR南武線鹿島田駅から徒歩20分ぐらい
・種目:30km、10km
・コース:本文第2パラグラフ参照
・距離表示:1km、10km、20km、あと3km、あと2km、あと1km
・給水:12箇所?(水のみ)
・計測:トルソータグ
・記録証:当日発行
・参加者数:全種目で1,008人のエントリー
・参加料:4,000円(30kmの部)
・参加賞:収納袋、ランニングハンドブック
・大会URL: http://www.tim.hi-ho.ne.jp/kanaspo/

ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)の開催月は決まるのか、ITRAポイント制度の運用はできるのか

UTMFの開催月は袋小路なのではないかという推測と、ITRAのポイント制度の運用もそろそろ壁にぶち当たりつつあるのではないかという話を書きます。

年の瀬の12月22日にUTMFの今後の予定が発表されました。2017年は中止、2018年は春開催と。多くの日本人は2017年の中止が一番の関心事で、2018年の春開催はその次の話題だったようですが、外国人の発言(とは言っても数は少なかったですが)を見ると、春開催に戻ることが一番の反応だったように思えます。そりゃそーだよね。外国人はそうそう日本に来られるわけではないし、行くからには台風に当たらない時期の方がいいと思う気持ちは強いでしょうから。あるオーストラリアのランナーは昨年のUTMFのあとで「9月開催なら二度とUTMFには出ない」と怒り心頭でしたが、今回のアナウンスを受けて「また出るよ」と書き込みをしていました。日本人ならだれもが9月のあの時期は台風があり、開催が危ないと承知のことだと思いますが、外国の人はそんなことは知らなかったわけです(そして昨年知ったことと思います)。このあたりの話は一昨年「ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)の今後を思う」に書きました。結局は2年連続の9月開催となったわけですが。

今年2017年は中止とは言っても9月開催が4月になったのだとしたら、7カ月ずれただけです。いろいろな問題があらわになってきているので、逆にこの程度の延長で問題解決できるのかな、というのがへそ曲がりの私の感想です。再開時期未定なのでいったん終結あつかいとするとしたほうが、いままでのしがらみを整理することができたのではないかなとも思います。富士山周囲の関連自治体との関係を打ち切って「富士山一周」や「100マイル」にこだわらないでコースから抜本的に考え直すとか、UTMBとの「姉妹大会関係」やフランス大使館の後援を打ち切って3言語(日本語・英語・フランス語)のうちどう考えても過剰なフランス語のサービスをやめるとか(逆に中国語対応は必要かもしれないけれど)。アナウンスを読んだ限りでは、同じ形での再開だけ重視しているように見えます。静岡県側の強い協力を得られそうもないことは「ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF) 対 富士山エコレンジャー : 驚愕?の真実」として書きました。

さて、前置きが長くなりましたが開催月の話です。5月は野鳥の成育に影響ありということで4月にしたはずでしたが、絶対に開催してはいけないと鏑木毅さんが言っていた9月に変更した時は、4月と5月は低体温症の危険があったという理由になり、その9月に開催して台風にぶつかったらたまたまの台風と説明し、なんの手もうたずに2年連続の9月開催。それで、昨年は雨風に見舞われて低体温症のランナーもいたらしいですが、それでも春は低体温症が危険という声が三浦努さんから発せられ。いろいろと言えない事情で開催月を変えたあとで後付けで理由をくっつけている印象です。とりあえず春の開催はよしとして、じゃあ、野鳥の生育はどうなってしまうの、低体温症はどうなってしまうのという堂々巡りになりますよね。会社を休む理由で、山梨のおじさんが死んだ、静岡のおばさんが死んだ、今度は山梨のおばさん、と死なせる親戚もかなり減ってしまったかな。開催月を変えても、富士山エコレンジャーとの論争が終わるわけでもないし。

真相はわからないですが、大会関係者(社)の日程がつまり過ぎていることはあきらかと思います。ザ・ノース・フェイスが今年からランナーズ・ウェルネス運営のウルトラマラソンの協賛になりました。どう考えても、これらの大会と同じ日程でUTMFは組めないと思います。

(2017年予定)
4月第4日曜日 チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン
5月第3日曜日 星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン
6月第2日曜日 飛騨高山ウルトラマラソン
7月第1日曜日 日光100kmウルトラマラソン

本格的な梅雨のシーズンと富士登山シーズンと台風シーズンを避けるとウルトラトレイル大会の開催に適した残る時期は10月と11月上旬ぐらいがなのでしょうが、こちらは大会実行委員が大忙しです。

(2016年実績)
10月第1土曜日 富士山麓トレイルラン
10月第3日曜日 富士山原始林トレイルラン in 精進湖・本栖湖
 以上、福田六花さんプロデュース
10月第5日曜日 FAIRY TRAIL びわ湖高島トレイルランニング in くつき
11月第1日曜日 中能登トレジャートレイルラン
11月第2日曜日 神流マウンテンラン&ウォーク
 以上、鏑木毅さんプロデュース

大会には事前準備・事後整理が必要なので、日程だけかさならなければいいというものではないですしね。鏑木さんがコース・プロデューサーの伊豆トレイルジャーニーが積雪中止になった3月を避けたのは当然として、押し出された先が12月というのもこのへんが影響しているような気もします。ウルトラはロードでもトレイルでも好き、月違い・場所違いでいろいろなトレイルラン大会があることも歓迎、という立場からすると、UTMF優先でやってくれとは口が裂けても言えないわけで本当にむずかしい。どうなるんでしょうね。

次にITRAポイント制度の話。予定では今年2017年からUTMFに導入されることになっていました。2018年に再開する時にさっそくITRAポイント制度に切り替えますよと言い出さないでほしいと思います。ITRAとしては、UTMFがITRAポイント制度を導入してくれれば、日本国内およびアジア諸国のトレイルラン大会のITRA申請が飛躍的に増えると期待しているでしょうし、UTMBとしては、UTMBだけがこのポイント制度を押しつけていると言わせないいい材料となるでしょう(この論調は日本だけでなくアメリカ・フランス・ドイツでも同じです)。そういう意味でUTMFに対する「期待」は大きいと思います。でもそれができない場合は、ITRAの理事会で、白猫を抱いたミッシェル・ポレッティさんが手元のスイッチを押すと、鏑木さんの座っている席の下に穴が開いちゃうんですね。怖い。冗談さておき、いま切り替えるとSTY出場のためのポイントが相当不足しますよね(たとえば関東圏で人気の北丹沢12時間山岳耐久レースはITRA申請をしていない)。

昨年1月のトレイルランニング・フォーラムでDogsorcaravanの岩佐幸一さん(ITRA日本代表)が、ITRAには崇高な理念があって決してUTMBのポイントのためにやっているわけではないと力説していましたが、それをいろいろな大会の開催者が感じられなくてはだめでしょう。現状では、日本のいろいろなトレイルランレースがUTMBに出たい人がいるから面倒くさいけれど仕方ないなと善意でやっているという雰囲気です。UTMBのため以外の意味があるのであれば、たとえば上述の福田さん・鏑木さんのレースは距離の長短を問わずすべてITRA申請すべきだと思います(15kmぐらいあれば新制度で1ポイントが付与されます)。

また、このITRAのポイントは実にくせ者で、本当に運用がこのままできるのかが疑問です。ITRAへの登録は同一人物が複数登録されていることがあるので「名寄せ」が必要です。生年違い、名前のスペル違いなど。生年に関しては私の場合は1年違いで2件の登録があります。おそらくは大会開催時の年齢から逆算してまちがえたものでしょう。UTMBサイトの個人記録の検索では生年月日を入力する欄があり、試したところ月日まで正しく登録されていました。途中でデータ精度をあげたのでしょう。名前に関しては大会側が「佐藤」を「Sato」と正しく表記したか「Satou」とまちがえて表記したかで2人分の登録がなされてしまうことがあります。そうやって泣き別れをした個人データはITRAに依頼をして名寄せしてもらう必要がありますが、英語(ないしはフランス語・スペイン語)でのやりとりが必要で躊躇する人も多いでしょう。昨年は上州武尊山スカイビュー・ウルトラトレイル(現在は「ウルトラ」が取れています)がボランティア的にその申請窓口業務をおこなうと宣言していました。現在UTMBの登録だけに必要だからこの程度で済んでいますが、もしもUTMFやその他のビッグレースが同じことを始めたらITRA側の人件費はばかにならなくなることでしょう。当然、結婚による改姓などに対応した作業も必要になります。また、レアケースとは思いますが、同一氏名・同一生年月日の別人が同一人物にされてしまう可能性もあるわけで、その場合は分離作業が必要になります。このポイント制度は作業量・必要経費の面からもやがては破綻気味になる可能性が高いと私は考えます。

テニスや卓球の世界ランキングにしても、サッカーやラグビーの国別ランキングにしても、あくまでもメジャー大会に出場したプロ選手・国家を対象にしているから運用できているものを、トレイルランの世界では世界中のすべての選手をポイント化しようというのだから驚きです。テニスの錦織圭なんて、自分の世界ランクをニュースで見て知ったとテレビのインタビューで答えていました。結果としてランクはつくかもしれないけれど、彼らが目指しているのは個々の大会での勝利ですしね。トレイルランの世界ではプロ選手から片田舎の鈍足ランナーまでポイント化されていると聞いたらのけぞってしまうだろうね。。。

そしてさらに問題になるのは個人情報保護法の観点からです。個人情報保護法では5000人を越える個人データを所有する団体は「個人情報取扱事業者」としてあつかわれます。話を早めに進めると、どう考えてもUTMFは個人情報取扱事業者ですし、そこで収集した個人データを勝手に他の団体・組織に手渡すことはできないはずですが、それをやってしまっているように見えます。ITRAには氏名・生年月日・性別・国籍を渡していますよね。あらかじめITRAへデータ提供することに同意させれば問題はなくなるのですが、そうだとしても、ITRAがUTMBに対してデータを提供することはできないはずです。5000人条件の現行の規定は今年の9月までには撤廃されます。当然のことですが、撤廃される前であっても、トレイルラン大会は個人情報保護法に準じた対処をとるのが望ましいことは言うまでもありません。個人情報保護法に関しては、EUの方が厳格で、それに日本が引っぱられているようです。本当にITRAの制度を運用していっても大丈夫なのかどうか。私はこの問題の専門家ではないので詳しいことはわかりません。各大会はポイント申請のために個人情報を提供する前に、しかるべき法務相談をすべきと思います。(そういうことを含めて日本トレイルランナーズ協会がガイダンスを作ってくれれば一番いいのになと思います。)

念のために言っておきますが、私はUTMFには無理のないかたちで続いてほしいと思っています。二言目には「いやなら出なければいい」的な発言をする人もいますが、これだけ有名で大きい大会になると、影響力(場合によっては「破壊力」)は甚大ですから、厳しく見守っていく必要はあると思いますよ。

【関連情報】

本文中で触れたオーストラリア人の発言原文は以下の投稿へのコメントの中から探してください。決してこのかただけの見解ではなく、多くの外国人選手の思いと考えます。

2016/09/24
https://www.facebook.com/ultratrailmtfujiofficial/posts/1093411974047444

2016/12/22
https://www.facebook.com/ultratrailmtfujiofficial/posts/1178671418854832

ITRAのポイント申請をしないと宣言を出している大会(大会運営団体)があります。それぞれが理念を持っての発言で尊重したいと思いますが、できればこの話は大会要項に掲示してほしいなと思います。

2016/07/02
北信濃トレイルフリークス(KTF)
「志賀高原エクストリームトレイル2016のUTMBポイントについて」
http://shigaex.blogspot.jp/2016/07/2016utmb.html
(「そもそも以前からUTMBの為に何故自分の大切な大会が踏み台にされなければいけないんだろう、という想いがあり、いわゆる『ポイント制』にずっと疑問を感じていました。」)

2014/12/01
スリーピークス八ヶ岳トレイル
「〜お知らせ(お詫び)〜」
http://trail38.com/news/2014/12/post-62.html
(「有志で実行委員会形式をとっている当大会には、エントリー開始(及び近日中)までに手続きを済ませる能力を有しない為、辞退させて頂くこととなりました。」)

今は昔、UTMFがこんなことを言っていた時期もありました。

2012/12/22
UTMF
「参加資格となるレース名称をお知らせしない理由」
(だれかが魚拓をとっていました。)
http://megalodon.jp/2013-0802-1300-16/www.ultratrailmtfuji.com/news/2012/12/416/
(「なぜなら、UTMF/STYのためだけに、そのレースに出場する選手があらわれることを恐れるからです。」)

スゴイスゴイ日本スゴイ!(早川タダノリ『「日本スゴイ」のディストピア』と原節子「手帖抄」)

「世界から尊敬される日本人」とか「世界が驚く日本」とか雑誌やテレビでしょっちゅう特集を組んでいるよね。だいたいそういうことを言う奴に限って中国や韓国を罵倒しているものだから耐えられませんよ。

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と思っていたら、なんかすごい本が出ていました。早川タダノリ『「日本スゴイ」のディストピア 戦時下自画自賛の系譜』(青弓社、2016年)です。うわわわ、おもしろかった。日本が世界で特殊で最もすばらいい国であり、そしてそのすごい日本はアジアの盟主にならなければならない、鬼畜米英には必ず勝てる、どんなに仕事がたいへんでも無給でも働かなくてはいけない、と結論が続いていた。ということを戦時下の出版物から実証してみせた本です。一言で言うと「狂っている」なんですけれど。

それと余談なのですが、1939年に制定された体力検定試験項目に「手榴弾投げ」という種目があってびっくり。

百米走 14秒以内(上級) 15秒以内(中級)、16秒以内(初級)
手榴弾投げ 45米以上(上級) 40米以上(中級) 35米以上(初級)

いやはや、こんな時代に生まれなくて良かったよ。でも、またそんな国になってしまうのかな?

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と思っていたら(同じセリフの繰り返し)、びっくりするような手記が掘り起こされました。原節子「手帖抄」(1946年)で、昨年12月発売の『新潮』2017年1月号に掲載されていました。

「敗戦前の日本人は、日本人自身をおめでたいほど高く評価してゐた。日本といふ国は世界無比の国であり、日本人は世界で最も優秀な民族であると考へ、自惚れてゐた」

ところが戦後に日本人はだめだという論調が出てきたことに対し

「けれども、欠陥の多い日本そして日本人ではあるが、自卑してはいけないと思ふ。日本人はあくまでも日本人である。日本人にあいそがつきたといつても、自分も日本人である以上、めいめいが何とかして一日も早くお互に愉しく生きてゆけるやうに仕向けようではないかといふこころになつて、手近な自分の周囲からその実現につとめなくてはいけないと思ふ」

などと未来を見つめているわけです。『新しい土』(1937年)のような満州支配正当化映画、『ハワイ・マレー沖決戦』(1942年)のような戦争肯定映画にうまいぐあいに使われてきた女優がここまで見つめ直すのはたいへんだったろうな。

スゴイスゴイ、「日本スゴイ」がスゴイ!

【付録】
日本スゴイ日本スゴイなんて言っているあいだに世界から忘れられてしまったって知らないよ、という話は昨日書きました。
年頭の主張:中国の脅威を直視せよ。 May the force be with us!

年頭の主張:中国の脅威を直視せよ。 May the force be with us!

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昨年末に『ローグ・ワン』(2016年)を見たんだが参ってしまったね。反乱軍のローグ・ワン(ならず者)として戦う主要人物2人を演じるのがドニー・イェンとチアン・ウェンという中国人の俳優。えー、『スター・ウォーズ』って黒澤明の影響受けてたんじゃないのかよ、ジェダイ騎士団って「時代(劇)」のもじりじゃなかったのかよ。なんだか「庇を貸して母屋を取られ」た気分じゃよ。ジョージ・ルーカスがディズニーにこの映画シリーズの権利を売ってから、『フォースの覚醒』でも『ローグ・ワン』でも女性と黒人の活躍比率が高まったのは政治的配慮なんだろうが、中国人俳優が出演しているのは中国マーケットを意識してのことなんだろう。

思えば、そういう風潮が現れたのは『レッド・ドーン』(2012年)からだったのかな。元々はソ連がアメリカを武力制圧する『若き勇者たち』(1984年)のソ連を中国に変更してリメイクしたものの、ハリウッド映画のマーケットとしての中国を考慮して中国軍を北朝鮮軍に置き換えて撮影しなおしたもの。いやはや、どう考えても北朝鮮にアメリカを全土制圧する力はないでしょ。とんでも映画だよ。

話はそれるがアメリカの映画での敵がころころ変わる話を少々。昔は「インディアン」と蔑称で呼ばれたアメリカ先住民族が最大の悪役だった。ところが彼らの方が被害者だとわかるとそういう映画は作れなくなった。冷戦時代に都合良く対立していたソ連が落ち目になるとスパイ映画も下火に。アラブを敵にする映画もさんざん作ったが、現実の方がえぐすぎてこれもいつのまにか消えてしまった。なんだかんだでいろいろと都合が悪くなり、最後は『世界侵略: ロサンゼルス決戦』(2011年)のようにエイリアンと戦うか、北朝鮮と戦うかしか選択の余地がなくなってしまったわけだ。閑話休題。

『オデッセイ』(2015年)では中国はアメリカ人の宇宙飛行士を救うために自国の利益を犠牲にするし、『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』(2016年)では中国人のアンジェラベイビー(Angelababy)がエイリアンと戦うんだぜ。うん、かわいかったよ、この子。わしゃ、この子の戦闘機になってミサイル発射したいよ。どうでもいいけれど、この芸名って何歳まで使うのかな。こんな具合に中国市場を意識して映画を作っているわけだ。『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015年)を見た時、最初に制作会社が出るところで「阿里巴巴影业集团」とか「电影频道」なんて出たもんだから、はいるスクリーンをまちがえたかと焦ったよ。

こんな具合に中国の影響力はだんだんと大きくなり、日本の影が日に日にうすくなっているわけだ。中国脅威論とか米中対決だとかがーがー騒ぐ前に日本の現在の立ち位置を見つめ直してみるべきなんじゃないのかね。

May the force be with us! (フォース<力>が我らとともにあらんことを!)

【おまけ】
アメリカの支離滅裂な政治状況から考えると、映画を撮影しおわったあとで敵を変えて撮影しなおすかもしれないことに関しては、私は1999年にちゃかしを入れていました。えっへん。
『ランボー4 怒りのコソボ』

元旦の塔ノ岳

きょうは女房と昨年の12月18に続いての塔ノ岳(1491m)登山でした。寒い時期は山頂近辺には雪が多くなるので敬遠しているのですが、きょうはとてもよく晴れていて、雪は一部すべりやすいところがあったものの大きな問題なしでした。途中知り合いの夫婦ふたくみに遭遇。塔ノ岳で初日の出を見て飲んだくれた夫婦と丹沢山まで走ってきた夫婦と。みなさん、好きねえ。

渋沢駅から出てすぐに真っ白の富士山を目撃。山行中はもっときれいになるかと思いきや、光の関係で冠雪していることがわかりませんでした。

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大倉までの車道でいつもは横を素通りしている堀之郷正八幡宮(ほりのごうしょうまちまんぐう)で初詣をしました。

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木段・木道が多くなりましたね。トレイルランレースでトレイルが痛んだら補修すればいいという話をよく聞きますが、なかなか元通りにはできなくて、こうやって人工的な補修をするしかないのかもしれません。

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はい、もくもくと登ります。バカのように登るから「バカ尾根」と言います(本当は「大倉尾根」)。

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塔ノ岳山頂からの眺めです。山頂には雪、富士山までのあいだは山だらけ。いいなあ。

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帰りの写真です。雪が残っていたのは標高1200mぐらいから上でしょうか。

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【コースと時間】

小田急線渋沢駅(11:37)→コンビニ→堀之郷正八幡宮→大倉(12:25)→塔ノ岳山頂(14:47)

尊仏山荘で26分の休憩

塔ノ岳山頂(15:13)→大倉(16:53)→コンビニ→渋沢駅(17:36)

行き:3時間10分、帰り:2時間23分
行動時間(休憩を含む):5時間59分
距離:約22km(舗装路8kmを含む)

メモ:12/29のたまりばー(53km)の疲れが抜けていなかったので登りに時間が掛かりすぎました。

良いお年を、にゃんこちゃん

近所の地域猫です。逃げないけれど、ずいぶんと愛想のない顔をしていたな。もうすぐ新年。見守られて生きてくださいよ。というわけで、今年のblogの締めはにゃんこでした。

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ラトビア旅行5日目/Latvia Day 5

2016年11月27日(日)

ラトビアでの最後の日です。ホテルでテレビをつけたらフィデル・カストロ死去のニュースが流れていました。ホテルを10時に出てマールティンシュ(Mārtiņš/男性)の車で空港まで送ってもらうまでのたったの1時間半の日記です。

最後の晩はここRadisson Blu Ridzene Hotelで過ごしました。

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車の中からの風景です。

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途中でスーパーのRimiに寄りました。

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Rimiのお菓子コーナーです。おみやげは全部ここで買いました。写真はグラム売りのお菓子。

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スーパーと同じモールにあるJānis Rozeに寄りました。2日目に寄ったのチェーン店の本屋さんの別店舗です。「Vēsture」は「歴史」の意味です。本格的なラトビアの歴史の本を買うつもりでしたが、マールティンシュのすすめてくれた本にしました。ドイツ軍との戦いを描いた歴史映画の背景解説本でした。

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小雨降る中をリーガ空港に到着。日本の地方空港みたいな感じです。人口が約200万の国なので、それほど大きくありません。私はこういう空港が好きですね。

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マールティンシュと別れ、チェックインしたあとで外を見たら雨が雪に変わっていました。

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リーガからフランクフルト行きの飛行機が飛び立ったのは14時05分でした。往路と同じくヘルシンキ空港経由にすると11時の便になりもっと慌ただしかったと思います。おみやげをゆっくり買えてよかったかな。

<以下、ラトビア旅行に関するメモ書き>

・リーガへの直行便はないので、行きはヘルシンキ経由、帰りはフランクフルト経由でした。乗り継ぎの待ち時間を含め、行きは12時間55分、帰りは17時間25分。(飛行機代はひとり9万2300円と割安。こんなもん? 時差はヘルシンキとリーガは7時間、フランクフルトは8時間なので注意が必要でした。)

・公用語はラトビア語ですが、英語はとてもよく通じる印象でした。1991年のソ連からの独立までに教育を終えた世代は英語はほとんどできないようです。現世代は英語は必修で、ロシア語とドイツ語のどちらかを選択必修とのこと。(公用語はラトビア語ですが、ソ連支配時代の入植・移住によりロシア語系住民が50万人ぐらいいて、社会が分断しています。)

・旅行期間中は明るくなるのは午前8時、午後4時には暗くなっていました。寒いぞと脅されていたので帽子・マフラー・手袋を用意していきましたが不要でした。夏は白夜なので、観光的にはこの季節のほうが向いているとは思います。

・ひたすら平原ないしは沼地が続く国です。はえている樹木は白樺、杉、松がたいはんの印象。一番高い地点で標高300m(ガイジン山)。

・有料の閉鎖された高速道路はないようです。日本の県道レベルの2車線の道で時速110kmで飛ばします。法定速度は100kmとのこと。2車線は対向車線なので、110km同士で衝突したら確実に死にますね。首都リーガのそばでも舗装されていない道路がかなりあり、路面が悪いことでハンドルをとられて事故になることもあるそうです。

・スーパーなどの物価は安かったです。日本の4分の1から半分くらいか。外食は日本と変わりません。外食時のチップは1割が目安みたいです。

・食事はポテトとチキンとタマゴです。これが日本的な感覚での「主食」。魚も食べないわけではないようですが、頻度が低いみたい。

・アルコールで一番人気はビール。苦いのからチェリー味まで種類が豊富でした。おみやげに日本の酒か焼酎を買って行こうかと思っていたのですが、お菓子だけにしてよかった。

・トイレットペーパーは流して問題なかったようですが、トイレ便器の脇に籠が置いてある場合はつまり防止のためにそちらに捨てるべきとのこと。でかいゴミ箱があり区別がつかずそうしたところもありました。トイレットペーパーは日本のものにくらべてごわごわしていましたが、水でぬらしてみたらわりと溶けた感じでした。

・少なくともマーティンシュに関しては、ラトビアには山がないので山にすごくあこがれるとのこと。平地しかないので山岳レースの練習はたいへんだと思います。レースも100kmレースなどはなく、トレイルで35kmコースを2周するレースが最長のようです。UTMBやUTMFに出る人は(UTMB各種レースへの参加者は多い)、国外のレースなどに出てポイントをかせがないとなりません。ポイント制度が厳しくなりすぎると、ラトビアのような国の人が参加不可能になってしまうんですよね。

・福島原発に関するニュースはかなりな頻度でおこなわれているようで、感心も深かったです。東京は大丈夫なのかという質問を受けました。今のところ問題はないが、福島原発自身は今後40年間は石棺状態だと回答しておきました。

ラトビア旅行1日目/Latvia Day 1
ラトビア旅行2日目/Latvia Day 2
ラトビア旅行3日目/Latvia Day 3
ラトビア旅行4日目/Latvia Day 4
ラトビア旅行5日目/Latvia Day 5

ラトビア旅行4日目/Latvia Day 4

2016年11月26日(土)

この日はKandavas(カンダヴァス)からRiga(リーガ)に戻りました。マールティンシュ(Mārtiņš/男性)、レイニス(Reinis/男性)とリーガに戻ったあとは、2日目にリーガ自動車博物館を案内してもらったグナ(Guna/女性)にリーガ案内をしてもらい、最後にマールティンシュの友だちの前でトークショーもどきでした。

これは前の晩の夕食とこの日の朝食をとったPlostkrogs(プロストクログス)の外観です。古めかしいですが、内装はとてもきれいでした。

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ソ連時代にリゾートだったサナトリウムのあった地域を案内してもらったのですが、どうやら営業停止で廃れているようでした。観光できるところではないので割愛。下の写真はマールティンシュ家が以前所有していた別荘のようです。ラトビアの典型的な建築と思われるので載せておきます。

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リーガの中心部にあるBrīvības piemineklis(自由記念碑)です。1935年のラトヴィア独立時に建てられたものとのこと。

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Vecrīga(リーガ旧市街)です。

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まんなかに見える建物をズームアップすると猫がいます。Kaķu Māja(猫の家)です。

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初日に夜景を見た聖ペテロ教会(Sv. Pētera Baznīca/St. Petetr's Church)にふたたびやってきました。

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階段とエレベーターを使って展望台に登ったあとの眺めです。Daugava(ダウガヴァ川)の左に見える円筒形の建物4棟は中央市場です。

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展望台からの眺めをもう一枚。ビルが建っているところもありますが、基本的に建築制限をしているようで、古都の雰囲気がよく出ています。

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Melngalvju Nams(ブラックヘッドの会館)です。

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歩いて10分程度しかかからないダウガヴァ川対岸に行くのにトラムに乗りました。どうしても乗りたかったんだな。

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目的地はここでした。Latvijas Nacionālā bibliotēka(ラトビア国立図書館)です。

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この本棚は飾りで立ち入りができない(おそらくは閲覧もできない)のですが、図書館らしくてかっこよかったです。

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吹き抜け構造の図書館でした。

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歩いて中央市場へ。こちらは屋外のお店。

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こちらは屋内のお店。ガラス越しに聖ペテロ教会が見えます。聖ペテロ教会の展望台から中央市場が見えたのと逆方向となります。

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中央市場の魚介類コーナーの隅にSiļķītes un Dillītesという魚料理専門の軽食堂があり、そこでこれを食べました。ラトビア人はあまり魚を食べないと聞いていたのですが、魚の需要はあるようです。日本人の口に合う感じでおいしかったですよ。

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Jaunā Rīga(リーガ新市街)を歩いて次の目的地に進みます。新市街とは言っても、建物は19世紀からのものもあるとか。全体的に言って、京都が日本の首都になっているようなものかな。この写真を撮影したのは15時53分です。日が短いので明るくなるのは8時過ぎ、16時で真っ暗になります。

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Mākonis Cocktails & Designでマールティンシュとトークショーというかインタビュー。UTMFのこと、日本のことなどいろいろ。トークショーおよび聴衆からの質問はすべて英語。みなさん英語には全然不自由なしですが、私はカタコトなのでたいへんでした。福島原発の現状にはかなり興味があるようでした。

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ゆっくりする時間がなくへろへろでホテルに戻りました。駆け足でしたし、このblogでは紹介しきれませんが、本当に多くのところを訪ねました。

ラトビア旅行1日目/Latvia Day 1
ラトビア旅行2日目/Latvia Day 2
ラトビア旅行3日目/Latvia Day 3
ラトビア旅行4日目/Latvia Day 4
ラトビア旅行5日目/Latvia Day 5

たまリバーはこれで20回目

昨日12月29日(木)は女房と多摩川53kmを走りました。これで20回目。100回を目標にしているのですが、あと80回は気が遠くなりますよ。1年に8回走っても10年かかりますが、我々の体力が続くかだけでなく、銭湯が営業を続けているか気になります。。。

スタート地点にはまちがって「0.5km/52.5km」の標識が張られていましたが、「0.0km/53.0km」に修正されていました。前回走ったのが7月2日なのでそれ以降のこととなります。

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なるべく未舗装の部分を選んで走ります。

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未舗装部分は水たまりが多かったです。暗くなってからはヘッドライトを点灯しましたが、水たまりがよく見えないので堤防上の舗装路に変更。

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いつもの竹の湯です。ここでさっぱりしたあとでガストで食事をして帰るのがお決まり。

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では来年も野辺山ウルトラマラソン対策として多摩川を走ることとしましょう。

【所用時間など】

羽村河口堰スタート 13:42
10km地点 14:53
20km地点 16:04
32km地点 18:02
40km地点 19:20
50km地点 20:45
大帥橋ゴール(53km) 21:08

17時からライト点灯。

【20回の記録】

年月日(曜日) 所要時間 同行者
所要時間のうしろにかっこがあるのは大鳥居まで行って引き返した約55.3kmの時間。
同行者は途中までの人も含む。
21回走って1回リタイアがありました。

1 2012/6/30(土) 9:57
2 2012/11/3(土) 9:11
3 2013/3/30(土) 8:15
4 2013/6/29(土) 8:33
5 2013/8/24(土) 9:08
6 2013/11/9(土) 7:04
7 2014/3/9(日) 8:03
8 2014/4/12(土) 7:14 (7:38)
9 2014/6/28(土) 7:09
10 2014/8/30(土) 7:34
11 2014/11/29(土) 7:46
12 2014/12/30(火) 6:57 (7:29) suuさん junさん
13 2015/1/17(土) 7:03 平地トレイルランナーさん
14 2015/2/28(土) 7:42 suuさん junさん 平地トレイルランナーさん
15 2015/6/27(土) 7:12
XX 2015/8/22(土) 32kmでエスケープ(熱中症)
16 2016/2/21(日) 8:02
17 2016/3/26(土) 7:16 平地トレイルランナーさん こうちゃん テツさん
18 2016/4/29(金) 7:30 (7:57)
19 2016/7/2(土) 9:36
20 2016/12/29(木) 7:26

ラトビア旅行3日目/Latvia Day 3

2016年11月25日(金)

3日目となるこの日は地方回りの企画でした。マールティンシュ(Mārtiņš/男性)、レイニス(Reinis/男性)、レナーテ(Renāte/女性)と私ら夫婦の5人でドライブ観光でした。ラトビアには日本のような有料で閉鎖された高速道路はないようです。制限速度は時速100kmとのこと。3日目も100kmから110kmぐらいでの案内となりました。日本で言ったら2車線の県道レベルの道でもこのスピードですれ違うのですよ。

Dobele(ドゥオベレ)の町に着きました。石畳の広場です。

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Dobeles pilsdrupas(ドゥオベレ城跡)を散策します。

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この町にはいたるところに雪男の像がありました。ご覧のとおりお城にも。なのでDobeles pils(ドゥオベレ城)は「Snowmen castle」とも呼ばれます。

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城跡にはこういう狭い登り口がありました。

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登ったあとの眺めです。

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次もお城。こちらはJaunpils pils(ヤウンピルス城)です。先ほどから「pils」ということばが出てきますが、ラトビア語で「城」の意味。なのでこのお城は「ヤウン城の城」という意味になります。

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城の入口です。

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城の雨どいも情緒がありました。

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これはヤウンピルスのElles Kalns(地獄の丘)と呼ばれるところ。ヤウンピルス城とはかなり離れた場所にありましたが関係があるようです。歴史的な場所で恐怖の象徴のようですが、由来がいまいちわからず。

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幽閉部屋みたいなところにはいったら、上からレイニスが覗いてきました。

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そして時速100km越えでがんがんドライブ。ラトビアに来てから初めて見る海です。Engure(エングレ)の防波堤。立っているのはマールティンシュ。テトラポッドではなくて岩を積み重ねているのがすばらしいです。発音は「エングレ」と書きましたが、日本の発音では「アングレ」に近いです。外国語はむずかしい。

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海岸沿いを走り、次の浜辺はMērsrags(メールスラグス)です。浜辺に岩がごろごろところがっていました。

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Baltā kāpa(白い砂丘)と呼ばれる場所を散策しました。7000年のあいだに海だったところが陸地に変わってきたようです。

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引き続き白い砂丘の散策です。これはビーバーが木をかじったあと。ラトビア到着初日に、リーガの川にもビーバーがいて流れを止めてしまってこまっているという話を聞いたのですが、ラトビアのあちらこちらにいるようです。

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さてKolka(クゥオルカ)岬につきました。Kūolka(クーオルカ)という表記もありますが、こちらはリーブ語での表記です。ラトビアの先住民族で、現在はラトビア人に同化しているようですが、ラトビア人はリーブ人の末裔という位置づけのようです。看板中の旗はラトビア国旗ではなくてリーブ旗です。

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クゥオルカ岬ですよ。緯度的にはエストニアと地続きの部分が最北端なのですが、ここは岬なので感覚的には国の最北端という感じなんでしょうね。海の向こうにはエストニアがせり出しているはずなのですが、よほど晴れた日でなければ見えないとのこと。

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Kandavas(カンダヴァス)のPlostkrogs(プロストクログス)というお店で夕食。3日続けてチキンとポテトの食事。おいしかったな。

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近くのスーパーでビールとポテトチップスを買って、この日の宿に行きました。みんなでビールを飲みながらその日に回った場所を教えてもらいました。007シリーズのファンのレイニスがケーブルテレビかなにかで『007は二度死ぬ』を流していました。ショーン・コネリーと丹波哲郎が風呂にはいると水着の女性たちが体を洗ってくれるシーンがあり、マールティンシュが「これがソープランド?」と聞いてきたので違うと答えました。この映画は日本に対する誤解があるのでまにうけないほうがいいけれどおもしろいよ、と教えてあげました。

ラトビア旅行1日目/Latvia Day 1
ラトビア旅行2日目/Latvia Day 2
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ラトビア旅行5日目/Latvia Day 5

TOKYO八峰マウンテントレイルで塩を吹いた!

きょうは2年目となるTOKYO八峰マウンテントレイルを走ってきました。タイムは6時間30分54秒。昨年よりも30分以上遅くなってしまいました。女房も完走。女房は昨年負傷リタイアだったので完走できてよかったです。これで今年のレース納め。全部で15本といままでになく少なかったです。昨年の夏の椎間板狭窄悪化による腰痛と左足の故障、それが関係して今年7月のおんたけウルトラトレイルで左足の足裏の筋肉の切断と、今年の後半はあまり練習もできなかった。体を休めたいと思います。

きょうの大会はけっこう熱く、汗だらだら。あとで見たら塩を吹いていて、ウェアだけでなくザックまで白くなっていました。昨晩の大雨で、木の根や木段や土がぬれていてとてもすべりやすくなっていました。あとで聞いたら転んだ人も多かったようです。私はそういったこととは関係なく25kmぐらいの地点で左足を引っかけて転倒し左膝を強打。走ることができるまでしばらくかかりました。昨年は寒くて最後は尿意をがまんするのがたいへんだったのに、今年は尿意などみじんも感じない汗かき。南高尾のハイカーも昨年はちらほらだったのが、今年はかなりの人数。いろいろな意味で昨年のほうが走りやすかったです。

最初の3kmぐらいはアスファルト道の登り。このトンネルの手前で登山道にはいりますが、渋滞になります。渋滞が終わるまでちんたらと7分ぐらいかかりました。

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醍醐丸までの区間はアップダウン多し。和田峠まではあまり追い抜きはできないと思ったほうがいいです。

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陣馬山から小仏城山のあいだは概して走りやすいです。抜きたい人はここでどうぞという感じ。

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南高尾山稜は走りやすいところもあるがちいさなアップダウンが多い。写真の木段もどきは草戸山の手前

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南高尾で行き違いになったハイカーのみなさんが応援してくれたのがありがたかった。なかには「もっとがんばれ」と言ってくれる人も。がんばっているつもりなんですが(苦笑)。大会から高尾山温泉極楽湯の100円割引券を支給されましたが、混んでいると予想して高尾の湯ふろッぴィへ。季節的なものなのか、極楽湯に客をとられたせいなのか、わりとすいていました。大好きなサウナにはいるも、眠気がひどくて(昨晩3時間しか寝ていない)、体調があわず温泉だけにしました。

【タイムメモ】
関門(時間、時刻) 今年の通過時間(昨年の通過時間<昨年は15分遅れのスタートを今年の通過時間に補正>)
スタートは8:00
第1関門(3時間、11:00):10:26 (10:12)
第2関門(4時間30分、12:30):11:49 (11:32)
第3関門(6時間、14:00):13:17 (12:54)
ゴール(8時間、16:00):14:30 (13:59)

【大会概要】
・大会名:第2回TOKYO八峰マウンテントレイル
・開催日:2016年12月23日(金・祝)
・開催地:東京都八王子市とその近辺
・開催者:TOKYO八峰マウンテントレイル実行委員会、八王子市教育委員会
・交通:JR中央線八王子駅からシャトルバスあり。協力金として500円。帰り道は最寄り駅は京王線高尾山口駅
・種目:33kmのトレイルのみ。
・コース:スタート地点の夕やけ小やけふれあいの里からトッキリ場へ、その後は奥高尾縦走路と南高尾山稜を走り、高尾山口駅のそばの落合後援まで。
・距離表示:ロード部分には1kmごとの表示があったら、トレイルでは見かけず(見落としかも)。
・給水:第1エイド(水とバナナ)、第2エイド(水)、第3エイド(水とまんじゅう)
・計測:使い捨てタイプのタグ
・記録証:完走証は当日発行、リザルトは後日
・参加者数:募集は900名
・参加料:8000円
・参加賞:半袖Tシャツとゴミポーチ
・大会URL: http://tokyo-8mine-trail.org/

塔ノ岳、みーくん慰霊登山

塔ノ岳の尊仏山荘のおじいさん猫の「みーくん」が先週亡くなったとのこと。女房と一緒に慰霊トレイルラン(ほぼ登山)に行ってきました。本当は昨日土曜日に行く予定でしたが、私が珍しく風邪引きで寝込んでいたので、なんとか回復したきょう行ってきました。仏様の横にみーくんの遺影が飾られていました。

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みーくんは推定年齢18歳だったらしいです。尊仏山荘には年に何回も通っていますが、いつもみーくんはいなくて、最後に見たのは2年前だったかもしれません。塔ノ岳の山頂には「とうちゃん」とか「塔太郎」と呼ばれる捨て猫がいるのですが、縄張り意識の関係で山荘には近づかないそうです。冬を越せるのか心配ですが、とりあえずはハイカーにエサをもらって丸丸太っています。

以下、写真集。登山中にチャンピオンに会いました。ボッカのおじさんです。きょうは2回目とのこと。

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下山中に鹿を3頭見かけました。

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ズームアップ!

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【コースと時間】

小田急線渋沢駅(13:08)→大倉(13:45/13:50)→塔ノ岳(15:57)
2時間49分

尊仏山荘で23分休憩

塔ノ岳(16:20)→大倉(18:40)→渋沢駅(19:22)
3時間2分、16:55にライト点灯

総行動時間:6時間14分(休憩含む)
総行動距離:約22km(大倉までのロード部分8kmを含む)

2014/03/20の日記 尊仏山荘のにゃんことわんこ

名古屋のイヌモン

名古屋に出張した帰り道に撮影しました。お店の手前の木につながれていました。そこのお店の飼い犬でしょう。ひとなつっこくてかわいかったです。

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(2016/12/15(木)撮影)

地域環境に配慮したコンビニエンスストア

こちらは千葉県の成田駅前の商店街のセブン・イレブンです。店舗そのもののカラーは他のお店のと同じですが、道路に面した看板はモノクロトーンになっていて、おみやげ屋さんが軒を連ねる情緒ある街並みに違和感がないようにしていました。
(2016/01/23(土)撮影)

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こちらは長野県上田市の菅平です。店舗そのものがモノトーンでした。この店舗の回りにはお店はほとんどなくカラーでも違和感はないかもしれませんが、落ち着いた感じでいいです。
(2016/06/11(土)撮影)

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この問題に興味を持ったのはアレックス・カー『ニッポン景観論』(集英社新書、2014年)を読んでからです。はでな店舗や看板が日本の景観を壊していることを指摘した興味深い本ですよ。

ラトビア旅行2日目/Latvia Day 2

2016年11月24日(木)

この日は一日マールティンシュ(Mārtiņš/男性)と遊びました。本当は午前10時からリーガ市内をジョギングする予定だったのですが、雨がちだったので中止。最初から車でリーガの近郊の各地を案内してもらうことになりました。

最初に行ったのはCenas tīrelis(ツェナス湿原)です。沼に向かって木道が延びています。

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沼ですね。木道以外のところは水浸し気味なので気をつけないといけません。

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湿原は広いし木道は長いし、これはおもしろい散策コースでした。マールティンシュはここを延々と走ってUTMFの練習をしたとのことです。山のない国なので、山岳レースの練習はきついですね。「ラトビアにはクマとかサルとかいない、毒ヘビもいない、ラトビアで一番危険な動物は人間だ」とマールティンシュが言ったので、「人間が一番危険なのは日本も同じだ」と言いました。

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湿原から車で移動したのがここ。第一次世界大戦中のドイツ軍との攻防の塹壕を再現したものとのこと。

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次に行くところは「Gunner Mountain」だと言われました。「射撃手の山」ってなんでしょう。そこにはこんな記念碑がありました。帰国してからこの記念碑の「Ložmetējkalns Latviešu strēlnieku Ziemassvētku Kauju piemiņai」意味を調べてみました。「銃砲の山 ラトビアのライフルマンのクリスマス 戦いの記憶」といったところみたいです。つまりここは激戦地だったということです。

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その場所にこのやぐらがありました。進入禁止のテープが張ってあったので登ることはできず。

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歩き回っておなかがすいてきました。「スープのおいしいレストランに行く」と言われました。AitiņLauvas(ヒツジ・ライオン)というお店です。

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おいしかった。なにやら動物の肉がはいっていてなんの動物なのか聞きました。マールティンシュがラトビア語でしか言えない動物だったので、スマートフォンで写真を見せてもらいました。イノシシの一種のようでした。このスープにパンがつき、パンのおかわり自由。そしてスープのあとはチキンとポテトの料理。動けないくらいおなかいっぱいになりました。

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そのあとちょっと牧場へ。リーガの中心部から20kmぐらいのところにもかかわらず、こういった農業地帯が広がっているのがラトビアの特徴でしょう。

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そのあとはリーガ市内に戻りました。Rīgas Motormuzejs(リーガ自動車博物館)を見学です。マールティンシュの友だちで本のエディターのグナ(Guna/女性)がここに勤めていて、彼女に博物館を案内してもらいました。

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たとえばこんな感じで歴史上の車が展示されています。これは1913年製の「RUSSO-BALT」というロシア製の車。上にはしごがあるのですが消防自動車の一種かな?

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スターリンが後部座席に乗っている車がありました。ガラスは防弾ガラスで暑さが10cmぐらい。「ラトビア人はスターリンがきらいなのにどうして展示しているの」と聞いたところ「きらいですが歴史の事実として展示しています」と答えられました。おもしろかったのはこのバス。バスに乗るとフロントガラスの部分に動画が映りました。1978年ごろのラトビアを題材にしたものとのことでした。バスが走っていると前方に家畜とか結婚式の群れとかが横切る風景でした。

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外回りの最後はBrāļu Kapi(兄弟の墓地)です。上述の戦争で亡くなった戦士を追悼した共同墓地です。門の向こうに石像が見えます。

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石像は「ラトビアの母」というそうです。

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本屋に行きたかったのでショッピングモールで案内してもらいました。このJānis Rozeはチェーン店です。マールティンシュのおすすめの歴史小説を一冊買いました。ラトビア語なので読めないのですが(苦笑)

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そのあとは同じショッピングモール内のスーパーマーケットRimiへ。買い物をする時は買い物カゴごと台に載せるのではなく、写真のように前の人の分との間仕切りをおいたうえで、カゴから出して載せます。写真に写っているミネラルはジョージア(グルジア)産でしたが、塩分が含まれていてとてもおいしかったです。ラトビアでは酔い覚ましで飲む人が多いとか。

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午前10時から午後8時までの散策は終わりました。けっこう疲れたかな。

ラトビア旅行1日目/Latvia Day 1
ラトビア旅行2日目/Latvia Day 2
ラトビア旅行3日目/Latvia Day 3
ラトビア旅行4日目/Latvia Day 4
ラトビア旅行5日目/Latvia Day 5

ラトビア旅行1日目/Latvia Day 1

2016年11月23日(水・祝)

11月の末に女房と一緒にラトビアに旅行に行ってきました。到着日と出発日を含めて5日というヨーロッパ旅行としてはとても短い期間でしたが、ラトビア人の友だちの歓待もありとても満足のいくものとなりました。日ごとにラトビアを紹介したいと思います。

ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)という富士山一周のトレイル大会にラトビア人のマールティンシュ(Mārtiņš/男性)がやってきたのは2013年のこと。Twitterで知り合った彼を河口湖まで案内してあげるなどしました。2015年にはレイニス(Reinis/男性)とレナーテ(Renāte/女性)という友人を伴っての再来日で再会。2013年の思い出を本にして出版パーティーをするということで呼ばれたのですが、なんと出版がまにあわず。飛行機のチケットは手配済みだったのでラトビア旅行は決行しました。

フィンランドのヘルシンキ空港での乗り換えでリーガ空港へ。初日はリーガ空港到着が現地時間17時40分でした。日本では従来はリガと表記されてきましたが、ラトビア語の音に忠実なリーガ(Rīga)という表記がこのごろは使われます。シェンゲン協定加盟国なので、入国審査はフィンランドで済ませています。

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マールティンシュとレイニスが迎えにきてくれて、空港からリーガの中心部へ車で移動。8kmぐらいです。

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いったん宿に荷物をおいたあとで夕食に出かけました。私が食べたのはチキンの串焼き(を串からはずしたもの)とポテト、それとサーモン。ラトビア人はチキンとポテトが大好きです。

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食事のあとは「Rimi」というスーパーへ行き買い出しをしました。このスーパーはラトビア有数のチェーン店のようです。メロンが黄色いんだね。

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物価は安いです。このバナナの形のパンひとつが39セント、この日の1ユーロ117円換算で約46円です。金額をまちがえているのかと思って思わずマールティンシュに確認したところ、イギリス人などの外国人も同じような質問をするとのことでした。

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ビール売り場です。缶ビールもありましたが、主流はビンビール。350cc程度のビンで1.0〜1.5ユーロといったところです。

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車でいろいろと案内してもらいました。こちらは旧市街の聖ペテロ教会(Sv. Pētera Baznīca/St. Petetr's Church)です。「Pētera」はラトビア語では「ペーテラ」と読みます。

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宿に戻り、スーパーで買ったビールを飲んだりしてまったりしました。いよいろあすからは本格的なラトビア探検です。

ラトビア旅行1日目/Latvia Day 1
ラトビア旅行2日目/Latvia Day 2
ラトビア旅行3日目/Latvia Day 3
ラトビア旅行4日目/Latvia Day 4
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ポケモンGOのキャプチャテストを3回もやらされたよ

昨日レベル28になったこととは関係ないようですが、きょうの朝「私はロボットではありません」という画面に変わりました。

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botではないことを宣言したらそれで終わりかと思ったら、次の画面でピザを選べという。

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これで終わりかと思ったらお店の外観を選べとのこと。

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それでも終わらず再度お店の外観を選べとのこと。一番右下の「HAMBURG SüD」がスマートフォンではお店の看板のように見えたが、よーく見直してみたら下にタイヤがある。トレーラーの側面じゃん。あやうく選択するところだった。

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これでやっとポケモンGO画面に復帰できました。blogの書き込み時のキャプチャチェックで、表示されているアルファベットが識別できなくてまちがえたかなと思っている時は再度のチェック画面になるけれど、きっと今回のでもなにかまちがえていたんだろうな。それにしてもわかりにくいぞ!
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