気がついていない人が多いかと思いますが、DogsorCaravanによるハセツネ30K(4月2日開催)のレポートでの女子優勝者の吉田香織選手のあつかいが極めて異例な内容となっていました。(過去のことで選手氏名を出すのは良くないと思うのですが、リンクをクリックすれば行き当たることなので、このblogでは名前は伏せません。)

・ドーピング違反での資格停止があったことが明記されている。
・男女入賞6人のうち吉田選手だけが走っている最中ないしはゴール後の写真が掲載されていない(他の選手との集合写真の掲載はある)。
・吉田選手だけが略歴はフルマラソンのベストタイムの紹介だけで具体的なマラソン大会やウルトラマラソン大会の成果などが紹介されていない。
・この記事のあとでリリースされた男女トップへのインタビューは男子1位と女子2位へのもので、吉田選手は対象外。

2017/04/02 ハセツネ30k 2017 リザルト
http://dogsorcaravan.com/2017/04/02/2017hasetsune30k-results/

なぜこういうことになったかというと、3月27日に発表された「ドーピングについての当サイトのポリシー」を読むとわかります。

2017/03/27 ドーピングについての当サイトのポリシー
http://dogsorcaravan.com/about/site-policy-on-doping-and-journalism/

「スポーツの種類を問わずドーピング行為により『クロ』となった選手あるいは関係者はトレイルランニングの大会において行われる競技に参加すべきでなく、トレイルランニングの各大会はこうした選手や関係者の競技への参加を認めるべきでない、当サイトは考えます」という厳しい主義主張のもと「処分期間が終わった後であっても(中略)当該選手等の競技への参加の事実や記録は報道してもそれ以上の活躍を伝える報道は控える」という報道方針が貫かれるというわけです。

もっとも、Twitterでの速報では女子トップを走っているシーンやゴールシーンを報道しているのは変でしょ、という突っ込みもできるのですが(苦笑)。

2017/04/02 Twitter(トップを激走)
https://twitter.com/Dogsorcaravan/status/848326329212653568

2017/04/02 Twitter(ゴール)
https://twitter.com/Dogsorcaravan/status/848342255681368064

ドーピングがいいのかと言われれば、それは悪いに決まっています。が、ドーピング対象薬が増え続けるなかで、本当に不注意で摂取してしまうこともないとは言えない。意図的な行為なのか、情状酌量の余地がある不注意なのかは、関係諸機関が協議・裁定すればよいことで、その決定による資格停止処分が終わったら、無罪放免ではないまでも、そのスポーツに復帰することは許されるのが世界のルール。日本陸連でさえ吉田選手の代表選抜マラソンへの参加に横槍をいれてはいないわけです。それにもかかわらず、トレイルランニングは安全性が求められる世界でもまれにみる崇高なスポーツだ云々、停止処分が解除されてもトレイルランに参加すべきではない、出ても積極的な報道はしない、というのはかなり無理があるなと思います。

上掲のドーピング報道のポリシーでは「競技」のトレイルランでは厳しい態度をとるが、「地域振興、観光開発」のトレイルランではそこまではしないとあるのですが、いやはや、日本のトレイルランってそんなにかんたんに線引きできるものだっけかな。

同じ筆者の過去の報道を読み直してみましょう。2015年にリリースされたドーピング問題の記事では、トレイルランの世界のドーピング問題を割と客観的にまとめていました。そしてこんなことを言っています。「そもそもドーピング行為の定義が医学や生理学といった科学や技術によって常に見直しが迫られるという事情があります。(略)とりわけ、永久追放となれば名誉回復の機会もない非常に重い処分です。コミュニティの価値観の尊重も行き過ぎればコミュニティの成長を妨げる排他的な主張となりかねません」、これ、ブーメランのようにDogsorCaravanに跳ね返ってきていますよね。

2015/12/06 [DC] トレイルランニングからドーピング違反選手は永久追放されるべき? アメリカのTNF 50マイル選手権で議論に
http://dogsorcaravan.com/2015/12/06/should-convicted-doper-out-of-racing-for-lifetime/

ドーピング問題ではありませんが、昨年のハセツネ30Kでの男女各優勝者の必携品不携帯失格の際は「『無罪か死刑か』といった極端な判断ではなく」という諭しもしています。必携品などの大会ルール違反とドーピングは次元が違うとはいえ、極端なあつかいはなにごとにおいても避けるべきでしょう。

2016/04/04 奥宮俊祐、松岡宏美が優勝、装備不携帯による失格も・2016 ハセツネ30kリザルト
http://dogsorcaravan.com/2016/04/04/2016hasetsune30k-results/

今回の話をTwitterやFacebookに書いたところ、ポリシーを読んだ瞬間にそれが吉田選手がハセツネ30Kに出ることを意識しての行為だとわかった、という人も出てきました。なぜDogsorCaravanは急に過去の発言とも違う行動をとったのでしょうか? 主筆の岩佐幸一氏は反ドーピングの検討を進めるITRA(国際トレイルランニング協会)の日本代表で、ドーピング検査を実施しているUTMBの大会実況公式Twitter(日本語)を務めています。そういった立場からすると、吉田選手の活躍を無条件に報道したら自分自身の立場がまずくなると考えたのでしょうか? 普段はかなり理詰めで考える記事が多いのに、ポリシーは突っ込みどころ満載のやっつけ仕事でした。

一般犯罪の場合には、これだけの罪でこの程度の罰か、というケースはよくあります。それが気に入らないからといって、「法に替わっておれが裁く」などという私刑・リンチの思想は絶対に持つべきではありません。失敗であれ過失であれ違法行為であれ、出直しの機会を奪ってはいけないと思います。吉田選手には十分な注意を払ったうえで、トレイルやウルトラの世界でがんばってほしいですし、DogsorCaravanには自分自身を見つめ直してほしいと思います。

【関連リンク】

吉田選手に関する当時の決定は、日本ドーピング防止規律パネルは1年の資格停止、と日本アンチ・ドーピング機構は2年と、判断が異なる複雑なものでした。

2013/08/20 資格停止を2年に延長 マラソン吉田選手香織の薬物違反(日本経済新聞)
http://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKC0404_Q3A820C1000000/

こちらは貧血に対するEPO投与は納得できないという一医師の見解です。

2015/05/23 吉田選手香織選手のドーピング違反処分について (婦人科スポーツドクターのマラソン日記)
http://running-doctor.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html

日本アンチ・ドーピング機構の公式サイトには「掲載から一定期間経過し、かつ資格回復した競技者については、プライバシー保護の観点から、氏名及び決定文を削除しております」とあります。ドーピング違反を取り締まる側のこの考慮は重要と考えます。

アンチ・ドーピング規律パネル決定報告(日本アンチ・ドーピング機構)
http://www.playtruejapan.org/disclosure/panel/

こちらはドーピング検査実施のコストも含めた考察でわかりやすいです。

2016/01/02 藤岡 正純 トレイルランニングとドーピング
http://mountain-ma.com/pacificnorthwest/2016/01/02/anti-doping/