2010年04月14日

ブログアドレス引越しのお知らせ

今日から、豊池美術店のブログは下記のアドレスに移動します。
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よろしくお願いいたします。


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2010年04月12日

チェリーピンク・カーペット

75b6e59c.jpg夜半の雨で城山の桜は散り、山道は桜色の絨毯です。
その美しさを携帯電話のカメラに収めました。
撮影の為に手を離すと、フクはひとりでスタスタと登って行きました。
マイペースな奴です。


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2010年04月10日

この〜き なんのき きになるきになる

8fd4feb7.jpg♪この木 なんの木 気になる気になる
見たこともない木ですから 見たこともない花が咲くでしょう
(伊藤アキラ作詞)


気になって、娘はハワイまでこの木を見に行きました。
ワイキキからはタクシーで20分程かかる場所に気になる木は在ったそうです。




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2010年04月06日

旅立ち

1e0589ff.jpg白は斎場で荼毘に付しました。冬には珍しい暖かいおだやかな日でした。
待合ロビーの大きなガラス・ウインドウーから眺める空は一面青い絵具を流したようでした。
こんな美しい空の色を見たことがあるだろうかとぼんやり眺めていました。
しばらくすると、一点に白い雲が出現しました。白い点はだんだんと大きくなり、やがて長くなりました。東から西へとゆっくり移動しながら、頭の部分が出来て、足が4本出来て尻尾が浮かびました。
「ああ 白が天国へ帰って行く ありがとう白 ありがとう白」と涙が止め処なく流れました。
雲は流れて、やがて消え、また一面青い空に戻りました。
その時、係の人から白のお骨が仕上がった知らせが有りました。
お骨はみんなで小さな壷に納め、49日を家で過ごしました。
今は城山の片隅に深く埋めています。毎日、フクと登って手を合わせます。
白とフクが身体を寄せ合って暮らしていた日々が夢のようです。


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2010年04月05日

そして通夜

近藤光子様の葬儀を終えて帰宅した夜、笠岡では白の通夜でした。
白は5日程前に手術した癌の術後経過が良くなく、体力が回復しないまま昏睡状態でした。
それでも、僕が「白」と呼びかけるとハッとしたようにしっかり目を開いて応えてくれました。
しんどいのにがんばっているのだなあと痛々しく想いました。
そのような折に、近藤家からの訃報に接しました。白を後にして、京都へと伺いました。
白の耳には神様の声が届いたのでしょう。
「もう、いいんだよ。 がんばらなくても、いいんだよ。」
神様は白に優しく説いて聞かせたと想います。
「白よ、お前は恩返しと想っていたのかも知れないが、豊池の皆さんはお前が想っているよりも、ずっとずっと幸せだったよ。もういいよ。帰っておいで、天国へ帰っておいで。楽になっていいんだよ。帰っておいで。」
白は安らかに息を引き取りました。


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2010年04月03日

通夜

2007年11月に近藤光子さんが102歳の天寿を全うされました。
近藤悠三先生の奥様です。数え切れない大切な想い出があります。
訃報に接して晩年に暮らしていらっしゃった比叡山坂本に京都駅から湖西線で伺いました。
父が亡くなった後、近藤悠三先生に教えを請う為に山科のお宅に毎月お伺いしていました。
近藤悠三先生のお宅では時の経つのを忘れて何時間もお話をさせて頂きました。
お話と云うより、この人から全部吸収しようと真剣勝負の日々でした。
30代の若さだから出来たことでしょう。今考えると、だいそれた事です。
相手は人間国宝の陶芸家であり、京都芸術大学学長の任期を終えて退任したばかりの人です。
近藤悠三先生は、いつも正面から向かい合って下さいました。
奥様は二人の傍で会話に加わらずお茶を入れ、お茶が冷めれば黙って入れ替えて下さっていました。
100歳の時、京都を代表する百歳の素敵な女性として「婦人画報」に凛とした着物姿で登場しました。
毎日会えなくても、この世に生きていてくだされば、いつでも会いに行ける。ずっと生きていて貰いたいと想っていました。
お世話になった様々な想いを心に浮かべて、通夜を過ごしました。
その夜、我家では白が息を引き取りました。


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2010年04月01日

捨て犬 野良犬と白とフク

914b8717.jpg白は神様から遣わされた存在でした。
フクは我家に来る運命を持って生まれたみたいです。
城山でフクの後にも、数匹の犬に出会いました。
白とフクを通してしか犬の事を理解していないので、他の犬も同じように考えていました。
それは全く違いました。
一定期間を人間と関わりを持たないで生きて来た犬は人間に対する警戒心を拭えません。
直ぐに逃げることが可能な距離を保ち、それ以上には近づきません。
残念ながら、すでに野良化した犬は人間と一緒に生活する事を拒絶します。
城山で白とフクと仲良しになった野良犬がいました。気性の優しそうな犬でした。
朝になってシャッターを上げると、城山から下りて来て待っていました。
呼ぶと尻尾を振ります。でも、近づきません。決して、身体に触れさせません。
食べ物を与えると逃げてしまいます。置くと人間の気配がなくなるまで待ってから食べます。
身に付いた習性です。悲しいけど仕方ありません。
或る日、突然に姿を見せなくなりました。
今でも時々夢に出てきます。


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2010年03月30日

フクとの出会い

d495d84e.jpg毎朝、白と城山に散歩をする事が日常の習慣として定着して10年程した頃の或る日の出来事でした。城山の広場で「ギャーン」と鳴声がしてびっくりしました。
一瞬、何が起こったのか判りませんでした。僕の足に子犬を踏んでいたのでした。
子犬は体長15cmに満たない、生まれて間もない様子でした。
自分の力でまだ餌を探すことも出来ないだろうし、このまま放っておけないと感じ一先ず手のひらに乗せて連れて帰りました。
育ててくださる人を探していたのですが、中々見つかりません。そのうちファミリーに加わりました。
白は先輩として、教育係として良く面倒を見てくれました。
躾けに関して僕がフクを叱っていると、遠巻きに白はじっと見ています。
暫く経つと僕とフクの間に分けて入り、フクに自分の身を伏せて僕を上目に見ます。
「もうそれ位にしてください。」と切なそうに見上げます。白は身体をガタガタと震わせています。白の姿を見ると叱る気が失せてしまいます。
このように、白はフクを弟のように我が子のように愛しみました。
フクは捨てられていた記憶がないと想います。我家で生まれたとずっと想っているでしょう。



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2010年03月27日

白との縁

2add7524.jpg白は福山で骨董市場となる宿泊施設の駐車場にいました。
それは午前10時頃でした。仕事は10時30分から始まりますので捨て犬かなと想いつつも仕事場に向かいました。
午後2時を廻った頃に仕事を終えて駐車場に行くと、白は待っていました。僕を見つけるとしっぽを振って迎えてくれました。
携帯電話で家に連絡して連れて帰ろうかと相談しました。全員一致で賛成してくれました。
でも、ふと想いました。相手にも意向を聞いてみなければいけない。
そこで、「お前うちに行くか?」と問いかけて車のドアーを開きました。白は勢いよく助手席に飛び込んできました。
それから、ずっと白と一緒の生活が始まりました。
出張から帰ると1メートル以上離れません。100パーセント僕の気持ちを解かってくれていました。


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2010年03月25日

白とフクと僕 

朝は近くの城山に散歩します。城山は標高75mです。
家から往復で3,800歩です。散歩の習慣は家に犬が来てから始まりました。
福山の駐車場で出会い、ファミリーに加わりました。純白の犬でした。
会ったそのときから白と呼んでいました。
白は2年少し前に18年生きて他界しました。
10年前に白と城山頂上の広場で、子犬を見つけました。生後一ヶ月程でした。
それがフクです。後で解かったのですが、最初三匹捨てられていたようです。
「残りものには福がある」とフクと名付けました。
白とフクのおかげで20年以上朝の散歩が一日の始まりのスケジュールに成っています。
ありがたいパートナーです。


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