2009年02月

2009年02月25日

Turkish Cafe プロットのうちのひとつ

僕の事務所では学生アルバイトを10人くらいも使っていた。
彼らは毎日勤務するわけではなく3人ずつくらいが交替で勤務に入っていた。
勤務と言ってもやはりそこはアルバイトだし、混雑する時間だけ来てもらう格好だった。
 
一般の時給の相場がどのくらいのものなのか今一つ僕は知らなかったが、
時給1300円というと業務の内容からするとかなり割のいい方だと思った。
少なくとも学生の頃にそんなにもらった記憶は僕にはない。
まあ自分は雇われ事務所所長にすぎないし、いくら払うか決める権限すら持っていないから、
「たくさんもらって結構なことだね」と軽口も叩けるというものだった。

そのアルバイトの学生の中に、お洒落にいつも余念の無い女の子がいた。
服装ばかりではなくて、化粧も念入りにしていたし、いつでも爪をきれいに塗っていた。
自分を美しく磨くのが楽しく、それをほめられて嬉しい時期なのかもしれない。
その子は顔の造りやスタイルが飛びぬけて良いというのではなかったが、
目一杯派手に着飾り、スキなく濃い目に化粧をし、誘うような微笑を振りまいて甘え、
男性の目を自分に釘づけにすることに女性としての喜びをみつけていたように見えた。
 
彼女によると恋愛に真剣に向きあうというのは、男に関して妥協しないということであり、
彼女にとっての美しさとはひたすら外見上のお洒落をすることであり、
彼女の理想は彼女の言うなりになってくれるがプライドを持っている男なのだった。
まあ、少なくとも彼女の前にそんな男が現れるはずもない。

僕は、苦笑する時のような感情を感じながら、しかしやや眩しく、
彼女が背筋を伸ばし胸を張って事務所の中を闊歩するのを眺めていた。
確かに彼女はとても大きくきれいな形の胸をしていて、それが誇らしげに揺れているのを
眺めるにつけ、与謝野晶子の歌になんかそんなのあったっけな、と
他愛のないことを考えたりもした。乳房がどうの血潮がどうのとか書いてあったっけ。
 
女性が「外見的に」美しくあろうと努力し、その努力が真剣に行われた場合、
それが若い時に限り、その女性をある種美しく見せるものなのかもしれないな、と
不謹慎な独断的見識を自分なりに導きつつ、それでも「彼女」に対してなぜか
「せっかくなのにもったいないな」という感情を感じるのを禁じ得なかった。
ようするに彼女には決定的に内面の美しさと魅力とが決定的に欠如していたのだった。


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2009年02月23日

Turkish Cafe プロットのうちのひとつ

僕は自分で思い返してみても、後悔するようなことしかしてこなかったせいか、
起こってしまったことや過去のことはあまり思い出さなかったし、
思い出さないうちに時間が過ぎると色々なことをすっかり忘れてしまうのだった。
実際に自分の昔のこととなると小学校はおろか中学や高校、大学の同級生の名前や顔を
うまく思い出せないことも多かった。
人の顔を見ても、それをどうしても記憶できないというのと似ているのかもしれない。
 
ここまでくると一種の病気であると開き直ることは出来たかもしれないが、
ひいき目に見ても、覚えておこうとする僕の努力が著しく欠乏していたのも事実だった。
また、それより重い罪はその場でつじつまを合わせようと言い訳をする行動だった。
そもそも、その場でつじつまを合わせるようなことを言う必要はどこにもなかったのだ。
  
かといって、すべてを忘れたままでいるかというとそういう風には出来ていないみたいで、
付き合う前に話してくれた昔の恋人との思い出やセックスの話を突然に生々しく思い出し、
そう言う時に僕は理由も伝えずに、恋人にひどく意地悪くあたった。
セックスの最中に「前の人ともこんな風に楽しんだの?」と尋ねることさえした。
 
きちんと覚えておくべき温かな二人の時間の記憶を僕は捨て去りつづけ、
その一方でどうにもならない相手の過去についてひどく嫉妬をし、
自分の中で処理できずに相手を傷つけ、泣いて許しを乞えと言い放ったのだった。
確かにそんな僕が許されていいはずはなかった。

「それでもあなたは、素敵なところがとてもたくさんあったのよ」
彼女はそう切り出して話を続けた。
「私もわがままをたくさん言ったし、それでもあなたは二人でいようと努力してくれたし。
その場と感情で口から適当に出まかせを言うのは、それはかなり困ったけれど、
あなたを苦しめていたものも今なら分かるの。突然制御できない感情が沸き起こるのね。
きっと私もあなたも幼くて汚くて純粋で邪悪で残酷だったのよ」

彼女はあるいはいつまでも僕を恨んで責め続けることはできたはずだったが、
今こうして彼女は彼女なりに、僕を許したことを伝えようとしてくれたのだった。
僕は本当に彼女の言葉に感謝し、僕を許した彼女に祝福があるよう願った。
ただし、彼女が許してくれようとも僕には多くの人への罪がまだまだ残っていた。
その事実は、彼女が僕をいかに許そうとも変わらない事実だった。



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2009年02月22日

Turkish Cafe プロットのうちのひとつ

「こう寒くなるとくちびるがね、切れて痛いのよ。口内炎もひとつできちゃったし」
そう言って肩をすくめて、仁美は軽く口をとがらせた。
何かに不満があるときにそういう表情になるのではなく、
ちょっとだけ困ってるのよね、という時によく出る表情だった。

仁美はふだんから化粧をほとんどしないし、
口紅も朝に一回塗ってあとは取れても直さないことすらある。
だからといってそれは彼女の溌剌とした美しさを損なわなかったし、
そういう無造作なところは逆に僕に不思議な安心感と親近感を抱かせた。
それを彼女に伝えると、彼女はため息をついた。
「時間があればおしゃれだって本当はもっとしたいの。いつもぼさぼさでごめんね」

ソファーに浅く腰掛け、ぴんといった感じではなくとても自然に背筋を伸ばして座り、
カップを両手で包んでそっとくちづけながらコーヒーを飲む様子を僕は眺めていた。
僕と視線が合うとその都度、あら、といった感じで彼女はにっこりと笑った。

その微笑みは手を伸ばして触れたくなるような魅惑的なものではなく、
今ここで君とこうしていられて、こうして楽しい時間をもてて、本当にうれしいんだ。
と伝えたくなるような、そんな気持ちを起こさせる温かい優しさに満ちた微笑みだった。

彼女は僕といる時とてもくついろいでくれているように見えた。
僕はそれが僕の思い込みではないかと恐れ、尋ねてみた。
「その、君は僕といるときにとてもくつろいでいるように見えるけど、
それはあるいは僕の自惚れなのかな」

そして、口説いているわけじゃないんだ、と付け加えたが、
それが何か面白かったらしく、仁美は口に手をあててくすくす笑った。
「あなたって自分勝手な人なのに、ところどころそうやって変に心配症なのよね。
私あなたといて本当にくつろいでいるから大丈夫よ。だから安心して」

僕は目の前の相手から自分勝手な人と言い切られ、
そしてそれが事実であることを認めざるを得なかったので、二重に落ち込んだ。
「不満があって言っているわけじゃなくて、それがあなたのいいところでもあるんだから、
そう落ち込まないで。そもそも落ち込むくせに自分で本気で直そうとしてないんだから」
笑いながら軽くにらむという器用な芸当をしながら、彼女は僕を慰めてくれた。



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2009年02月20日

Turkish Cafe プロットのうちのひとつ

小さな事務所で僕は所長として働いていて、僕の主な業務は顧客対応だった。
顧客層としては小学生から中学生くらいの子供のいる若い母親が多く、
仕事上の話はほどほどに切り上げてあとは世間話に移ると、
いろいろと覚えが良くなるらしく、商談もうまくいくことが多かった。

仕事の愚痴や、家での苦労や、各地の風聞や、政治の話から御菓子の話まで、
僕は根気強く話を聞いて、真剣にうなずき、相槌のタイミングを狙った。
流れによっては話を切り返して、相手を感嘆させたりもした。
仕事を離れると僕は無愛想で、他人に対してなかなか興味と共感を持てない人間だったが、
事務所の中では打って変わって一生懸命に他人の話を聞いた。

彼女たちにとって大切なのはフィルターを通して何かを濾し取ることではなく、
自分たちの感情という液体をフィルター注ぐ儀式こそがもっとも重要だった。
だから僕は神聖な任務であるかのように厳かに他人の話に相槌を打ち、
ともに悩み、一緒に笑い、理不尽さに怒り、話によっては同情の涙すら流した。
彼女らはそれで気持ちを軽くし、僕はそれで日々の糧を得る。そういう仕組みだった。

今目の前にいる四十手前の女性は、実際の年よりはずいぶん若く見えた。
きちんと化粧をして朝から夜まで一生懸命に働き、
中学3年の息子の勉強のために夜食を作り、英単語テストを作り、
息子に勉強を教えられるように自らが教科書と問題集で勉強もし、
そして息子の教育に関する意見の相違からか、夫とは仲を冷え切らせていた。

「私は息子によかれと思って、自分が倒れてもいいと思ってがんばっているんです」
嘆きながらもどこまで行っても他人に認めてもらいたくて、
どこまでいっても視線は自分に向かっている女性だった。
当の息子は母親にべったり、何をするにしても母親に頼り切るような状態だった。
「うちの息子、ひとりで寝るのが怖いといって今でも一緒の部屋で寝るんです」

うれしそうにそう話してくれた彼女に、仲がよろしいのですね、と相槌を打ちながら、
僕は目の前に官能的に生々しくうごめく生物を見たような気がして、
おぞましさに横隔膜がぐっと上に迫り、肺と胃が締めあげられるような嘔吐感を感じた。
一緒に寝る寝ないは勝手として、世間にそれを話す感覚がすでに常軌を逸している。

延々と息子の自慢話が続き、しゅうととしゅうとめへの不満が続き、
夫へのあきらめが続き、実家の両親への憐れみが続き、
(自分が親孝行できていないから親がかわいそうであるということらしい。)
そして最後に僕の手の上に手を置いて僕の目をみつめながら、
長々と聞いてくれて本当にうれしいです。と言われたときに、
好きでも嫌いでもなく、「この女、いやだ」と僕は思った。

この人は気持ちを軽くするために僕にいろいろな話をしたのではない。
スキあらば僕を取り込もうとしているのだと、僕は直感的に感じた。
それは完全にルール違反だった。僕の仕事の中の業務には含まれていない。
案に相違せずその後、事務所の外でお会いできませんかと何度か誘われたが、
理由をその場で作って僕は断り続けた。



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2009年02月17日

秋刀魚のお話


例えば、唐突に秋刀魚を食べたくなったとする。
今ならどこか定食屋を探して、そう美味くもない秋刀魚定食を頼んで食うことだろう。
そう考えてみると、学生時分の自分の行動力は素晴らしかったと思う。
 
用意するもの
秋刀魚2匹×人数
日本酒(辛口)
しょうゆ・すだち(レモン)・お皿・おはし・コップ・竹・河原
鉄網・炭・バーナー・のこぎり

まず。のこぎりを握って、近所の竹林に行く。
そして竹筒になるようにのこぎりで切り取る。できれば大きいものがよい。
次にお魚屋さんに行って秋刀魚を買う。酒屋さんで日本酒を買う。
日本酒は辛口がよい。

それらをもって河原に行き、石を組んで囲炉裏を作る。
炭が多すぎると高火力で魚はすぐに丸焦げになるし、
少なすぎると水分だけが飛んでしまって乾物みたいになるので注意する。

バーナーで炭火を十分熾(おこ)したら鉄網の上に秋刀魚を並べる。
腹を開く必要も内臓をとる必要もない。炭火で臭みはすべて抜ける。
両面焼けたらしょうゆとすだちをかけておいしくいただく。

日本酒を竹筒にいれて冷蔵庫で寝かせると「竹酒」というものができるらしいが、
そんな上品なことはせず、そのまま炭火に放り込んで竹燗を作る。
煮え立ってしまうと風味が抜けるので、飲み下せるくらいの熱さまでの燗にする。

わいわいとみんなで騒いでやるのではなく、
少人数もしくは一人でしみじみと味わうのが興趣深い。
服が秋刀魚の匂いでとんでもないことになるので、着る服には注意。





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2009年02月10日

Turkish Cafe プロットのうちのひとつ 


その夜、僕は黙々と一人で飲んだ。
席から立とうとして初めてしたたかに酔っていることに気づき、少し落ち込んだ。
しっかりしろ、だらしねえな、と口の中で呟いて会計をすませ、
外に出てみると最悪なことに雪まじりの風が強く吹いていた。
 
タクシーを呼ぶか、我慢して歩くか思案してみたものの、
そのときはとにかく何をするのも億劫な気分だったので、
膝の高さくらいまで組んであるレンガの垣に腰かけて斜めに降る雪を眺めていた。
 
風はいつのまにか弱くなり、そしてやんだ。
一方、雪はやむ気配もなくいつまでも降り積むかに見えた。
そうしていると、大丈夫ですかと人が声をかけてきた。
きっとひどく緩慢な動作で見上げながら振り向くと、
少し前屈みになって覗き込むようにして若い女が立っていた。

肩の上あたりで揃えられたツヤのある濃い茶色の髪は内側に軽くカールしていて、
きちんと定期的に美容室に通っている、お洒落で上品なOLに見えた。
実際、見かけのとおりに美しくて親切な女性なのかもしれない。
そのお洒落で上品なOLに見える美しくて親切な女性は、
上に厚いフェルト地のような白いロングコートを着込んでいて、
足には飾りのついた茶色い革のブーツをはいて、両足をぴったり揃えて立っていた。

顔をまじまじとは見なかったけれど、肌は白く、くちびるだけがつややかに赤く、
それが微笑の形を取って、心配そうにもう一度話しかけてきたときに、
なぜか分からないけれど、すごく不安な、いやな気持ちになった。

僕は好きな女のことを考えながらついさっきまで酒を飲んでいたのだ。
静かな悲しい気持ちになって涙を流しながら、
飲めば飲むほど冷え冷えとした気持ちになりながら酔わない酒を飲んだのだった。

だから今は誰にも関わりたくなかったし、誰にも声をかけてほしくはなかった。
誰かの優しさに身をゆだねる自分を想像するだけでぞっとしたし、
そんなやましい想像した自分を非難し、心底軽蔑した。

僕は軽く手をあげ、大丈夫です。ありがとうと答えて、
なんとか立ち上がって歩き始めた。
僕は心の中で何度か好きな女の名前を呼んで、心の寒さをまぎらそうとした。
そしてこの雪の中に倒れ込んで俺はこのまま死んでしまえばいいと考えた。
 
 


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2009年02月05日

Turkish Cafe プロットのうちのひとつ


我々は一週間のうち一日か二日、必ず待ち合わせて逢った。
仕事の終わったあとのわずかな時間を使って、
ある時はちょっとした居酒屋で、ある時は深夜まで開いている喫茶で、
取りとめのない他愛のない話を、互いに話し続け、互いに聴き続けた。
  
それは二人の上を通り過ぎてしまった何かを愛おしむためであったようにも思うし、
当時には気付かなかった真実を掘り出して二人で喜ぶためであったかもしれないし、
二人がふたたび一緒に歩いていけるかどうか恐る恐る瀬踏みをしていたのかもしれない。
 
彼女も僕も、ほかに恋人がいたわけではなかった。
でも彼女は僕と寝ることを決して望んでいなかった。
正直、僕は彼女と寝たいと思っていたけれど、
いろいろなことがきちんと整理されるまではそうすべきでないことも理解していた。
   
寝る前の関係と距離ですべき話というものがあり、
僕と彼女はその関係と距離で話すべきことがあまりに多くありすぎたのだった。
「私たちもっとこうして話せていたら、こんな風にはならなかったのかしらね」
カフェオレの入ったコーヒーカップを慎重に口につけながら、仁美は僕に語りかけた。
後悔しているような表情でははなく、懐かしい人を思い出す時のような目をしていた。
   
「たしかにならなかったと思う。でも今こうして君と分かりあえてはいないだろうね」
現実には仮定も留保もないし、仮定を想像することは無意味ではないにしても、
もし十分に話せていたら我々には別の未来があったはずであり、
我々のこの親密な空気は存在することにならなかっただろうということは確かだった。
 
僕はこの親密な空気をとても気に入っていたし、失くしたくないと思っていた。
そして確認するまでもなく仁美も同じことを感じているはずだった。
このようにして我々の奇妙な逢瀬は続いた。


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2009年02月02日

Turkish Cafe  プロットのうちのひとつ


「あなたの淹れてくれたコーヒーって何でこんなにおいしいのかしら?」
仁美はいつものようににっこりと微笑んで、そう褒めてくれた。
 
「君のことを考えながら豆を買って、君のことを考えながら豆を挽いて、
君のことを考えながらお湯を注いだからだよ」
僕がそう答えると、彼女は右の人差し指を頬にあてて少し首を傾げた。
「私のこと考えるとコーヒーがおいしくなるの?」

日によって豆や濃さを変えてみたり、カップを必ず温めるようにしていたり、
そんなちょっとした工夫は欠かさずにしていたつもりではあったが、
一番の理由は、彼女が飲む直前まで別の部屋にいたことだったんじゃないだろうかと思う。
飲むときに初めてコーヒーの香をかぐことでおいしく感じられたのではなかろうか。
 
ともあれ、思い出はどんどん美化されていくものだし、
それがすでに隣にいない人についてのことであればなおさらである。
彼女は今でも僕の淹れてあげたコーヒーのことを覚えてくれているだろうか。 




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