2009年05月

2009年05月20日

誰もしらない



誰も知らない街に行くことにしたの
私を傷つけたあなたのいない街ならどこでもいい

私はそこで新しく生まれ変わって
きっと失ったすべてを取り戻すことができる

過去のすべてをふり棄てて嫌なことは全部忘れて
私は再び笑顔で過ごしていく 面白おかしく暮らしていく

でもそんなことはできないのは分かってる
私はそんな都合よく切り替えのできる人間じゃないから

嘘 本当は違う 
切り替えなんかじゃない そんな問題じゃない

「私」という存在があなたの中から消されてしまうのが許せない
あなたが「私」を存在しなかったことにしてしまうのに耐えられない
 
あなたといても あなたといなくても
幸せになれないのなら この苦しみから逃れることができないのなら
 
私はもう迷わない あなたを殺す
あなたが動かなくなるまで私何度でもナイフで刺し通してあげる
  
大丈夫 私もそのあとで必ず追いかけるから
だから不公平じゃないよ 私もあなたも幸せになっちゃいけないんだよ
 
あなたはもう誰も傷つけなくてすむし 私ももう苦しまなくてすむ
ねえ 一緒に終わりましょう だからそこから動かないで




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2009年05月19日

君の歌

 
 
 
君の歌が聞きたくて君の髪を触ってみる
君はいつも嫌がらずに
あら、どうしたの?とにっこりと笑ってくれた
 
どんなときでも
僕の言葉は君に届いた
そう いつでも君は僕のことを見つめてくれていた

君は自分をすり減らしながら
ずっとずっと 僕に歌い続けてくれた

君の心が苦しみ始めたとき
僕は君の葛藤を理解しなかった

それでも 君は苦しみながら
僕に歌を歌い続けてくれた

君は壊れていきながらも僕のために歌ってくれたのに
以前とはどんどん変わっていく君を
僕は次第に怖れるようになった

君は君なのに
変わらず僕のことをずっと愛してくれたのに

僕は君の愛を受けるだけ受けて
君に返すことをしなかった
君に歌ってあげることをしなかった

そして君は弱っていき
やがて起きることもかなわなくなった

ある朝
君は僕を見つめて涙を流しながら
あなたとお別れするのが寂しい 元気で生きてね
と言い残して 安らかに眠るように目を閉じた
 
 
 
こうして僕は君を永遠に失った
それと同時に永遠に赦されることのない罪人になった

太陽が東から上って西に沈んでしまうまで
ぎらぎらと照りつける灼熱に一日中晒され
岩陰に休むことも許されずよろよろと歩き

太陽が沈んで夜が明けるまで
極寒の砂漠に身体の芯まで凍りつき
体を横たえて眠ることは許されなかった
 
自分を呪い続け 悔恨に涙を流しながら荒野を彷徨い
命が果てるときにそこに倒れて死ぬ宿命を僕は背負った

僕は永遠に意識を失う一瞬前に
君と過ごした幸せな日々と君が歌ってくれた歌を思い返し
 
かつて君が与えてくれた温かな記憶をすべて甦らせ
至福の涙をひとすじ流して やがて僕は死んだ
  
 
 
死んだその後も
決して僕の罪は赦されることはなく

僕と君との幸せの記憶はこの地平のどこにもとどまらず
荒野を吹く風は僕の足あとを消し 君の歌を消し去った

僕と君がこの地上に存在していたことそのものを
消されてしまうことが
赦されない罪を犯した僕に対する罰になった

 


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2009年05月14日

昼下がりの木陰で休みながら君を想う


こんな気持ちで詩を書くのはいったいいつぶりだろう
そう ぼくはいつも君に喜んでもらいたくて
赤裸々に感情を言葉に紡いで君に届けたものだった
 
あの頃 二人の関係はうまくいかなくてお互いに苛立つようになり
怒りと不満と後悔と諦めの言葉が多くなり
そしてだんだんと君を愛するための詩を書かなくなった
ぼくは自分を憐れむためだけの詩を書くようになった
 
ぼくと君は別れて一回りして別々にここにたどり着いた
お互いに別々の時間を過ごしてもう一度ここで出会えた
それはあるいは単なる遠回りだったのかもしれない
一年という月日が長いのか短いのかもよくわからない
 
今またとても穏やかな優しい気持ちで
君のことを思い浮かべながらぼくは詩を書いている 
「君を想うことが許される」それだけで幸せなことなんだと今は分かるよ
 
ぼくの言葉が君に届いたらいいと思いながら
僕はこうして言葉を探してる
 


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カイン史概略61-70

カイン史概略 第61話「虚々実々」
 
 
まるまる2日の時間を余分に空費して、H・ギイン軍はオーレン城包囲を完成させた。
結局兵団の割り振りは事前には行われず、
適宜アプリスの指示によって各士官に手勢をつける形になった。

オーレン城の北から南東にかけては険峻な崖がそびえているような様子であるので、
包囲するにしても南から北西にかけて行うことになる。
なお、本営は少しでもギランに近い場所である南側に立てておくのが常道である。
ミサリム軍が到着した場合、真っ先に北側が戦場になると予測されるからであり、
南側以外だと万が一撤退を行う状況で退くも進むもかなわなくなる。

アプリスはあえて常道を無視して、北西側に本営を立てた。
さらにおもむろに陣を展開し1万2400名の兵で包囲を完成させた。
鼠一匹洩らさない堂々の布陣であり、この包囲を突破するのは困難を極めるに見えた。
断崖から飛び降りて逃げるにしても10人に1人も助かりそうにはない。
援軍が来ないと仮定するならばまさに必勝である。

オーレン城に籠もるダリーゼは、
なぜいつまで経っても全軍突撃をしてこないのかを訝しんだ。
オーレン城に籠もるダリーゼ軍3100名は決して寡兵ではないが、
勢いにまかせての突撃を繰り返されたならば、さすがに支え切ることはできない。
それともアデン城からの援軍が来るのを見越しての策までも用意してあるのか。

不安は恐怖を呼び、盲目は疑心暗鬼を招く。
ダリーゼはアプリスの考えを読むことが全く出来なかった。
援軍との呼応がうまく行かずアデン城からのミサリム軍が先に撃退されてしまった場合、
オーレン城に籠もる3100名はそっくりそのまま姿焼きになる。
古今、援軍を期待できない籠城で勝利した例などないからである。

さて、本営の指揮官席というにはあまりにも優美な席に掛けるアプリスに、
献策を持ってやってきたのは副官T・マスーンである。
この時のアプリスは兜を着けておらず、
戦の時には三つに編んでいるけぶるような金髪もこの時はほどいて膝まで流れている。
やや物憂げに頬杖をついて伏目に何か物思いに耽る様子は、
美と戦の女神「アルティミア」がここに光臨したかのようであった。

T・マスーンは今更ながらにアプリスのあまりの美しさに思わず息を飲んだ。
数瞬の後、自分がここにやってきた目的を思い出し、心を強くして上司に策を切り出した。

「親愛なる指揮官殿。我々による包囲は完全に行われており、
ダリーゼが斥候を出してミサリム軍と連絡を取るのは現在不可能です。
1万2400名での包囲を完成させた今こそ、我々に戦術の選択権があると言えます。
包囲を続けているように見せかけつつ、全軍をそのままアデンからの援軍にぶつければ、敵に対して我々は数倍の兵力で当たることが出来ます。
野戦で勝利した後に改めて包囲を行えば必勝間違いありません。
あるいは移動を見破られての挟撃を恐れるのであるならば、
即刻全軍突撃の命令を出して、オーレン城を灰燼に帰せしめましょう。
いずれにしても我々の勝利は間違いありません」

アプリスはちらと視線を上げてT・マスーンを見つめた。
そして頬杖をついたそのままで満足の微笑を浮かべた。
「そこまでの推察と戦術選択を行うことのできる部下を持って私は嬉しく思いますよ。
ですが、まだまだこのアプリスの考えの奥底まで見通すことは不可能なようですね。
オーレン城主ダリーゼは疑心暗鬼に陥っていることは間違いありませんし、
これから援軍に来るであろうミサリム軍もきっと疑心暗鬼に陥ることでしょう。
これだけ堂々と包囲を行っているのは戦わずして勝つためなのです。
全て予定通りに進んでいますからあなたは何も心配しなくてよろしい」

T・マスーンは恥じ入るようにして出て行かざるを得なかった。
アプリスが放つまばゆいばかりの輝きは騎士セーヴを除くことごとくの目を眩まし、
H・ギイン軍全体をいずことも知れないところに連れて行こうとしていた。
1万2400名の命運はこうしてアプリス一人の手に委ねられたのである。



カイン史概略 第62話「セーヴ左遷」


ウインクがミサリム軍4000名の兵士を率いてオーレン城に到着する前に、
ウインクの派遣した斥候がそこで目にしたのは完全に包囲されたオーレン城であった。
ざっと一目で1万名を軽く超えており、もはや挟撃して討ち倒せるような数ではない。

「全軍を傾けてのオーレン城攻略とは聞いていたが、まさかここまでの規模とは」
ウインクは報告を聞いて言葉を失った。
さらに本営はオーレン城南側ではなく北西側に立てられており、
そこからH・ギイン軍の不退転の決意がありありと見て取れる格好である。

援軍との野戦を望むのか、それとも包囲した内側の兵員で城攻略に取りかかるのか。
いずれとも取れる布陣にウインクは混乱した。
だが戦術的冒険とは無縁のところで自らを鍛え上げてきたウインクは、
ひとまずはオーレン城北東を流れる川を挟んでさらに500メートル後方に陣を立てた。
「川を背負って戦うような戦術は俺の持ち合わせにはない」
ウインクは下手にアプリスを挑発することなく正統の戦術を徹底して採用した。

対して、相手を混乱させその間隙を縫って敵を撃破するのがアプリスの常の狙いである。
ディオン城を攻めてその隙にグルーディオ城を電撃的に陥としたのは有名な先例であり、
アプリスを美貌だけの無能な指揮官とするのは完全に誤りであることがわかる。

「まずは一当てしないと話にならんな」
ウインクはグルーディオ城を落ち延びて以来の部下である、
「ウヨク」と「ライミー」にそれぞれ1500名をつけて、
敵本営のさらに北西にいったん回り込んでおいてから攻撃を加えさせた。

あっさりと攻撃を開始してきたミサリム軍に対してH・ギイン軍は動揺した。
信じられないことに兵団割り振りをこの期に及んでも行っていなかったからである。
敵と接する面では統制の取れた反撃を行うことができたが、
南側に展開する部隊はアプリスからの直接の指示がないかぎり動くことができなかった。
いきなり本営を突かれ目の前の敵に応戦するのに手一杯で、
本営を押さえ込まれた1万2400名の軍は、
3000名の敵にいいように弄ばれたのである。

決して深入りするなとのウインクの命令に従い、
ウヨクとライミーは意気揚々と、ウインクの待つミサリム軍本営に戻ってきた。
H・ギイン軍、ミサリム軍、損失は互いに軽微にとどまったが、
アプリスが本営を北西側に構えたことの脆さと、
包囲は見た目よりは完全なものではなく用兵に柔軟性を欠いていることも明らかになった。
それらが分かっただけでもウインクから見れば一定の成果を上げたと言える。

用兵に柔軟性を欠くのは兵団の割り振りをしていないことが原因であったので、
各士官の激しい要請に従ってようやくアプリスは全軍を4つに分けることにした。
アプリス本営 4200名
T・マスーン部隊 3000名
ミンフ−部隊 3000名
セーヴ部隊 2000名
これはセーヴに対する隔意の表明であり、配置の順も本営から一番遠い南側となっている。

ここで登場する「ミンフー」はH・ギイン付きの近衛兵団長であり、
これまで目立った戦績がないばかりか実戦指揮経験もほとんどない。
ミンフーよりも少ない兵数しか任されず、
さらに激戦から最も遠い配置を命ぜられたセーヴの忸怩たる思いはいかほどであったか。

あくまでも自軍の多数を恃むアプリスと、
大軍ゆえの綻びを突いてなんとかH・ギイン軍を撤退させたいウインクとの戦いの緒戦は、
互いに互いの隠れた思惑を読み比べつつこうして幕を開けたのである。



カイン史概略 第63話「ウインクの部下」


「美しき勇者といっても、噂に聞くほど大したことはありませんな」
胸を反らして言い放ったのはウインクの部下の呪術師ライミーである。
非常に好戦的な性分を持つ彼もまた旗揚げ以来の腹心としてウインクに従っていた。

彼はグルーディオ落城の折りにも徹底抗戦を主張したが、
あまりにも勝ち目のない戦であったため、
ウインクとウヨクが説得してようやく連れ出したというエピソードも残っている。
その抗戦の主張で脱出の機を逃し、さらに多くの兵が討ち死にしたのは確かに事実で、
それからは全体の判断に従うようになり、無理な我を張らないことを心掛けている。

「小手調べを済ませた程度では敵の本当の力量はわからんぞ」
そうライミーをたしなめたのは同じく部下の二刀流剣士ウヨクであった。
本来温厚な性格でもないのだが、
ライミーといると自然となだめ役に回らざるをえないようである。

かつてグルーディオ城主として名声と繁栄をほしいままにし、
そして自らの驕りですべてを失ったウインクが、
「この頼もしい部下二人が傍に残ってくれただけでも自分には過ぎた幸運である」
と常々周囲に言っていたが、ウインク本人には大げさな賛辞のつもりはない。
正直な本心からの吐露である。

カイン制覇を目論むミサリムにとって、
ウインク・ライミー・ウヨクを手に入れたことはまさに僥倖と言って良かっただろう。
アデン城に駐留する常時軍属8100名のうち2500名と、
非常軍属1500名で合わせて4000名としてウインクに預けたのは、
彼が向かえば、その兵数でオーレン城を救うことが十分可能であると判断したからである。

先日の緒戦はミサリム軍が圧倒する形となった。
だが見方を変えれば、眠れる巨象を起こしてしまったことになったかも知れなかった。
「ミサリム軍本営より南方、オーレン街のさらに南におびただしい軍影が確認されます」
泡をくって斥候が報告を入れてきたのは、
そんなことをウインクが考えていた時のことであった。



第64話 「長躯挟撃」


挟撃戦術を意気軒昂に主張したのはミンフーであった。
実績のほとんどないミンフーは、この会戦で目立った功績を作っておく必要がある。
この才気ほとばしる若い近衛兵団長は、
まさに栄進の階段を駆け上がろうとしていたのであった。

近衛兵団がH・ギイン軍に創設されたのは、そう昔のことではない。
カイン暦0055年にアプリスがH・ギイン軍に加わったとき、
形式美を重んじるアプリスの提案で近衛兵団が設立された。
その時にアプリスが初代団長に就任し、のちにグルーディオ城主となった時、
自分の後任として推挙した人物がミンフーである。
この若い女性騎士はアプリスの異母妹にあたると言われているが、真偽は不明である。

アプリスとは全く違うタイプであるのは確かで、
その中性的な顔立ちは美女といって差し支えないがハンサムと表現する方が近い。
肩の上に切りそろえた黒髪、意思の強さを表現する凛々しい眉。きつく結んだ唇。
強い目の光は異母姉に似るが人を引きつけてやまないのではなく、
他人を厳しく指弾する苛酷さを感じさせた。

「ミサリム軍の背面をついて、挟撃の形を取れば必勝間違いありません」
ミンフーは自信満々に断言すると、3000名を率いて移動開始した。
半日をかけて、オーレン城の南に位置するオーレン街のさらに南にまで迂回し、
そこからおもむろに東回りに針路をとって北上したのだった。

斥候からの報告を聞いたウインクは、不機嫌な表情を崩さないまま呟いた。
「先日の挨拶の返礼か?H・ギイン軍に人材はいないのか?
挟撃だの包囲だのというのは完成しないうちは各個撃破の良い標的に過ぎぬ」
ウヨクとライミーはこの上官がなぜ不機嫌なのか知っていた。
矛盾する心理だがウインクは一指揮官として、
統率力・洞察力・判断力・行動力を競う好敵手を常に求めているのである。
どうやら敵に不足がありすぎるのが不満らしい。

「敵が策略を仕掛けてきたときにこそ勝機が生じる」
この常識とも言えるセオリーに従って、
ミサリム軍ウインク部隊4000名はわずかばかりの兵を擬装した本営に残し、
3900名を、北上するミンフー部隊にいきなりぶつけていった。
ウインク部隊は歴戦の精鋭、さらにミンフー部隊の兵力を上回っている。
それに引きかえミンフー部隊は新兵の率が半分以上。
またもやH・ギイン軍が苦戦しそうな気配であった。



第65話「ギインの盾」


早朝ミンフー部隊が街道沿いに南へ移動を開始したのを見た時、
何も知らされてはいなかったが、ゼーヴはミンフーの意図を正確に見抜いた。
すでに作戦会議にもお呼びが掛からなくなったかとさすがに自嘲が混ざる。

セーヴは他の部隊による後詰めがないことを確認し、深くため息をついた。
「ミンフー殿はこの戦で負けることになるだろう。命を落とさなければいいが」
裏をかいての挟撃作戦は、見破られた場合には格好の各個撃破の標的にしかならない。
もし敵に良い斥候と知将がいれば敗北は必定である。

「そこまで分かっていらっしゃるなら、なぜ後詰めに向かわないのです?」
今回の編成で新しくついた副官が尋ねたが、
それに対してセーヴは何も答えず、厳しい表情で遠く東を睨んだ。
これから日が沈むのを待たずして戦場になると思われる方向である。

みだりに部隊を動かせば規律を冒したとして処罰される。
救援に失敗すれば全ての過失はセーヴに押し付けられ、
成功したとしても手柄を分かち合うことを嫌って煙たがられるに相違ない。
そして、天秤はじわじわと全軍敗北へと傾いていくだろう。

天幕の中に戻ったセーヴは指揮官席にかけたまま瞑目した。
床机に広げられた地図と書類に時折目をやる。苦悩の時間が一刻あまり流れた。
だが、セーヴはいつも騎士としての信条に従って決断してきた。
「騎士は為すべき所に従りてその一命を懸くべし」
決意を固めたセーヴは天幕から出てきた。兵士はすでに隊列を組み整列を完了している。

シルメン、お前はいい時に逃げ出したかもしれんな。
だが、私はギイン殿と共に行く。
ここで果てたとしても私の忠誠は後世に残る。それで十分だ。
「セーヴ部隊はこれよりミンフー殿の救援に向かう。
あまたの難敵を退けてきたギインの盾は未だここに健在である」
装飾の施された指揮用サーベルを一閃振り下ろすと、部隊は出発の準備に取りかかった。

日が高くなる頃には出発の準備を整え終わり、部隊は渡河をすべく東へ移動を開始した。
だが、流れ渦巻いて荒れる河を渡るのは実に困難を極める。
2000名のうち泳ぎの達者な100名選出し、先に渡河させた。
綱を何本も渡して命綱をつけ全員軽装備を徹底し、犠牲無く渡ることに専念した。
渡河に成功し編成を終えたセーヴが見たのは、
視界遠くに砂塵を撒いて遠くぶつかり合おうとする両軍の軍勢であった。



第66話「ミンフー潰走」


敵本陣に奇襲をかけるつもりのミンフーだったが、眼前に同数以上の兵数が待ち構えている。
さらに早朝からの移動が疲労に拍車をかけているとあっては、
これはもうウインクに太刀打ちすべくもないのは誰の目にも明らかであった。
 
ミンフーは先導に停止を伝えて前線を作って全軍整列を緊急に急いだものの、
ややしばらくの後にウインクがなだれを打って攻め込んできた。
やむをえずウインクの3900名をミンフーの3000名が支える格好になった。
しかも前線面を作りきれていないミンフーに対して、
目一杯両翼に展開したウインクは包囲をすら開始しつつあった。一網打尽必殺の陣形である。
 
みるみるうちに兵数を削られながらミンフーが怯えていたのは、
兵を失って敗北することへの恐怖ではなくアプリスに失望されることへの恐怖であった。
兵の退き方すら満足に知らない近衛兵団長の部下となった兵こそが悲運である。

負傷兵を回収することすらあたわず、ミンフーは一目散に南に向かって潰走を開始した。
死傷者は500名程度であったがみな散り散りに逃げたため、
再編成した時に1000名程度まで兵数を減らしていたことが明らかになった。

セーヴは状況を見極めてからの参戦を考えていたが、
信じられない脆弱さでミンフー部隊が崩壊していくのを傍観するわけにもいかなかった。
号令一閃、突撃の合図を下してウインクとミンフーの間に割り込んでいこうとした。
 
しかし戦場に到着する頃には早くも追撃戦が行われている状態であり、
勝敗はすでに決していたようなものであった。
それが逆に幸いして、セーヴの軍勢が長く伸びた敵軍を分断する格好になった。
「勝利の美酒に酔うのはまだ早いことを思い知らせてやれ」
セーヴは声をからして兵を励まし、敵の油断もあって混戦状態に持ち込むことに成功した。

そして再編成を完了したミンフーの盛り返しもあって、ウインク部隊はようやく軍を引いた。
その際も殿軍に援護させながらの整然とした用兵はセーヴをうならせた。
敵につけいる隙はすでになく、傍らの同僚指揮官ミンフーも憔悴しきっている。
セーヴ部隊1800名、ミンフー部隊1000名。これは大敗と言ってよい。
ウインク部隊は3500名を保持しており500名ほど減らした結果となった。
 


第67話「敗戦責任」


セーヴにはアプリスが何をしようとしているのか全く読めなかった。
H・ギイン軍によるオーレン城包囲は完成したものの、
ミサリム軍ウインク部隊3500名は手薄なところを狙って襲い掛かってくるだろう。
ミサリム軍の援軍到着を許し、連日大敗を喫したとあっては時機を逸したと言うほかない。
兵数を減らしてオーレン城を占拠したところで、
グルーディオ城とギラン城を維持できないのであれば戦略的には失敗である。
 
できるだけ早期に和平を結んで退却したほうがいいのではないか、とセーヴは逡巡した。
ここで相討ちに果ててもミサリム、ガルビオン、パンダムは健在なままではないか。
自部隊の幕舎でそんなことを考えていると本営から召喚の使者がやって来た。
セーヴが本営に急ぎ到着するとそこに待っていたのは、
H・ギイン、アプリス、ミンフー、T・マスーンの面々だった。
 
アプリスもいつもの微笑を顔から消していた。そして言い放った。
「セーヴ殿、あなたは幕舎でミンフーが負けることになるだろうと言ったそうですね。
そう思うならどうしてそれを事前にH・ギイン殿に申し上げないのですか?
さらには、ミンフーが押し込まれたときにもっと早く救援に入ることができたはず。
ミンフーの作戦はともかく、あなたの過失が大きいと判断せざるを得ません」
ミンフーは蒼白な顔で唇を強く噛んでいる。
 
セーヴは泣きたいと同時に笑いたい衝動に駆られた。そうか、俺はここまでなのか。
シルメンすまん、H・ギイン殿に最後まで忠誠を全うできそうにない。
セーヴはH・ギインに顔を向けてじっと彼を見つめた。
H・ギインは沈痛な面持ちを隠そうとしないが、沈黙を破ろうとはしなかった。
セーヴは数秒ののちにアプリスに向き直り、謹直な表情を保ったまま言った。
「申し開きようもありません。で、私はどうすればよろしいか」

「あなたには責任を取ってもらわねばなりません。
戦術指揮官の役職から降りていただきギラン城へ更迭します。
以後の待遇については追って連絡しますからそれまで謹慎処分とします」
こうしてセーヴは過失なくして戦術指揮官の地位を剥奪されギランに更迭された。
 


第68話 「華麗なるオーレン城包囲の罠」
 
 
栄光を手に入れた時の頭数は少なければ少ないほど良く、取り分は多ければ多いほど良い。
アプリスはセーヴを更迭した時点でもH・ギイン軍の勝利を微塵も疑っていなかった。
勝利が確定している以上、セーヴなど邪魔なだけである。
私を讃美し、崇拝し、私の思い通りに動く駒だけがいればそれで万事うまくいく・・・。

アプリスはセーヴの部隊1800名をそっくりそのままミンフーに与えて、
次の命令を全軍に向けて発した。
「オーレン西にあるドレイク山山頂に本営を移します。
城包囲によって疲弊しきったダリーゼ軍はかならずミサリム軍との接触を試みるでしょう。その時になだれを打って攻めるのです。勢いをもって攻め下れば必勝は間違い有りません」

月のない闇夜を幸いと、たったの一晩で1万名の兵をドレイク山に押し上げたアプリスの
用兵における統率力は確かに非凡である。
後は、ウインクもしくはダリーゼがノコノコと包囲を開始しようとすれば、
機先を制して攻め下す。勢い必ず必勝をもたらすと信じて疑わないアプリスであった。 

さて、またもや呆然としたのはダリーゼである。
外ではウインクとH・ギイン軍の小競り合いが続いており、
包囲を破るための連携を取ることもかなわず、日々悶々と過ごしていたというのに、
こちらから頼みもしないうちに、陣をほとんどそのままに引き払い、
西にそびえる孤山ドレイク山に陣を構えなおしたという。
これではまるで相手が籠城ではないか。
しかし、敵はあの美しき勇者。油断をするわけにはいかなかった。
 
 

第69話 「ウインクの思案」


ウインクは忠実な二人の腹心、ライミーとウヨクを本陣に呼び付けた。
「お前らはH・ギイン軍、いや、かの美しき勇者アプリスの意図をどう読み取る?」
ウインクの言葉に対して二刀剣士ウヨクは、
「用兵術に背く背かないはともかく、私にはできない用兵ですな」と答えた。
これは本心からの言葉である。

好戦的な呪術師で知られるライミーがさらに言葉を継いだ。
「そもそも、山上に陣を構えるの利は、そこが要衝であるという一点に尽きます。
道がそれしかない、兵はそこを進んでいくしかない、
そういう状況の下で、山腹あるいは山上に陣を構え、逆落としに切って落とす。
これは必勝でしょうな。だが、平野にぽつんとそびえる山に籠もって何ができましょうか」
ウインクは両者の言葉に満足そうにうなずいた。

ウヨクはライミーの言葉をそのまま認めることはしないので、からかい気味に言い放った。
「お前みたいな血の気の多い奴なら山に攻め登ってくるだろうと踏んでいるのだよ。
本来、山上からの逆落としなどはいわゆる奇策。窮余の策として用いるべき戦術を、
1万の兵でやろうというのが何とも理解に苦しむところではあるが・・・」

やはりこの二人は私にとって何物にも代えがたい財貨なのだと、ウインクは考えた。
この二人が自分の元にとどまる限り、
自分は負けることなくどこまでも勝ち続けることができる。
そうすればミサリムが完全にカインを制覇する日は必ず訪れるであろう。
その先に自分が何を望むか、それについては意識して考えないようにはしていた。

ただ、現実問題として、自軍の3500名とダリーゼ軍の全兵を合わせても6600名。
敵より少ない兵力で敵を包囲するなど、愚の骨頂。
前年それでパンダム軍がギャリックギルド軍に敗れたのは記憶に新しいところである。
 
 
 
第70話「ダリーゼの逡巡」
  
  
オーレン城の西にあるドレイク山山頂に陣を構えなおしたH・ギイン軍に対して、
ダリーゼとウインクはすみやかに対応する必要があった。

伝令を通じて意見を交換し合った結果、
ダリーゼは城にいったん全軍を集結させることを主張し、
一方ウインクは全軍をもってすみやかにドレイク山を包囲することを主張した。

「ミサリムの守護者、マエストロダリーゼとも讃えられた勇者が、なんとも臆病なものです。
このチャンスを逃してはアプリスを葬ることは叶いませぬに」
ライミーがいつものように挑発的な口調で言い、手に持った杖で机を何度も叩いたが、
この時ばかりは、ウインクは苦笑しただけでこの血気さかんな部下をとがめなかった。

ウヨクはウヨクでライミーを忌々しそうに睨んだが、
「お前ばかりがいつも好き勝手に言うから俺が制止役に回らねばならんのだ」という
不満の表れである。
なぜいつも俺がこんな役回りを持たねばならん?とウヨクはいつも思っているのである。
  
ただし、ウインク、ライミー、ウヨクの3人とも、
全軍をもってドレイク山を余すところなく包囲し、
一網打尽にH・ギイン軍を殲滅することに意見の一致を見ていた。
最悪の場合ダリーゼの手勢抜きでも包囲をすべく、戦術の協議に入ったのだった。
 
さて、ダリーゼがH・ギイン軍を包囲するのをためらった理由はいくつかある。
まずひとつは美しき勇者の奇策。
ギラン聖堂での辻説法に始まり、鮮やかにグルーディオ城を奪取し、
さらにはグルーディオ城主に納まった手腕など、これは並大抵のものではない。

もうひとつはできるだけ早期の全軍集結と再編成を最優先とすること。
まずは安全なオーレン城に集結し、補給を行い再編成をし、
そしておもむろにH・ギイン軍と対峙しても遅くないと考えたのである。

ダリーゼがこのように逡巡していたときに執務室に入ってきたのは、
ダリーゼの長年の部下である「セラムフ」であった。



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2009年05月13日

カイン史概略51-60


カイン史概略 第51話「逆撃」


戦艦のほとんどを沈められた責は自分に負うのではなく悪鬼が負うべきであるし、
たとえ50隻の戦艦が5隻になろうとも、
負傷兵を除いてこちらの兵力は2500名。比して敵は1200名。(実際は3200名)
包囲も完成した今となっては攻撃をためらう理由はどこにもない。
副指揮官に足を引っ張られたものの辛くも勝利を収めた総指揮官となるべく、
魔女は号令とともに杖を一閃振り下ろし、要塞攻略に取りかかった。

グルーディン村要塞は北東に険峻な山を背負っているために、
包囲は北西からぐるりと南を回り東にかけて行われた。
魔女の指揮の下、攻城側の兵士は、
あるいは壁の内側に矢を射かけ、あるいは破壊槌を手に城壁破壊に取りかかった。

グルーディン村要塞の壁さえ破壊してしまえばあとはおもむろに殲滅してくれようと、
魔女が状況を静観していると、
おもむろに開いた各門からギャリックギルドの兵士がなだれて出てきた。
その数は予想を超えて優に3000名。
彼らはなだれてきたそのままに城壁破壊にいそしんでいる兵士達に背後から殺到した。

現在ギャリックギルド軍の総指揮を執っているのはシシリーである。
北門・西門・南門・東門に、ポト、デス=ラック、メイセター、エースクを配置し、
門から出撃した後には3人一組で敵一人に当たることを徹底させ、
敵一人を倒したら速やかに撤収するように指示を出した。
そして、20分経っても仕留められなかった場合も同じく撤収するように伝えた。

指揮官としての経験も能力も足りない以上、用いるは奇襲しかない。
ギャリックギルド軍の3200名の兵士は奔流のごとく城壁外にあふれ出て、
敵600名に死傷を負わせ、30分経たないうちに要塞内に退却した。
その際のギャリックギルド軍の死傷者は100名を出なかった。

この時のシシリーの真の狙いは、敵に対して自軍の兵数の多さを見せつけ、
電撃的に一撃を加えた後に、おもむろに和平工作に入ることであった。
パンダム軍と消耗戦を繰り広げたとしても得られるものは何もない。
そもそも正面から当たって勝てる相手などではなく、
できれば丁重にお引き取りいただいて二度と顔を合わせたくないところである。



カイン史概略 第52話「和平成立」


とりあえず駄目は承知で和平の使者を送ってみるのは良いとして、
まずは反撃を何とかしのぐ必要があった。
いきなりの奇襲に虚をつかれたパンダム軍は怒りに任せて攻め立ててくる。

激戦は2時間続き、魔女がようやく撤退指示を出した時には、
ギャリックギルド軍、パンダム軍の双方に相当の被害が出ていた。
攻城側と防衛側の有利不利があったにも係わらず、
パンダム軍は獅子奮迅の働きを見せ、ギャリックギルド軍もまた必死の抵抗を見せた。

いかに精強を誇るパンダム軍と言えども、
同じペースで兵を損耗する限り、数で劣るパンダム軍の勝ち目は減って行くばかりである。
できるだけ兵を失いたくないシシリーと、勝ち目の薄いことを自覚した魔女との間で、
和平交渉が行われることがこの時点でやっと確定したと言える。

互いに戦々恐々の夜を過ごした後、
ギャリックギルド軍から和平の使者がパンダム軍本営に向けて出発した。
こういう時にこういう役回りを押し付けられるのは、いつも決まってメイセターである。
「お前は八方美人だし適役だ。行ってこい」言われて断じて嬉しい言葉ではない。

グルーディン村要塞西門外300メートルの場所に和平の会議場が設けられた。
会議場と言えば聞こえはいいものの、ようするに天幕である。
ここで締結された和平の条件は以下の通りである。

パンダム軍は両日中にグルーディン村要塞の包囲を解く
ギャリックギルド軍は追撃を行わない
ギャリックギルド軍はグルーディン港の封鎖を解除し修復を行う
ギャリックギルド軍は「話せる島」統治権を放棄する
「話せる島」はパンダム軍の管理下に置かれる

ギャリックギルド軍はグルーディン村要塞防衛に成功したものの話せる島を失った。
そして60体のゴーレムの損失である。
パンダム軍においても悲惨な状況は同じで、
50隻を誇った戦艦団は5隻を残し風の丘沖に全て沈没した。

こうして風の丘上陸作戦は一応の休戦を迎えた。
「パンダム軍の上陸を退け、艦隊を壊滅させグルーディオとギランへの侵攻を阻んだ」
「ギャリックギルド軍に打撃を与え、上陸への足がかりとして話せる島を手に入れた」
双方勝利を言い張る結果に終わるはずであった。



カイン史概略 第53話「グルーディンの暴風」


パンダム軍魔女部隊は約束通り包囲を解いた。
5隻の戦艦を用いてグルーディン港と話せる島を往復し、兵士の輸送を行うためである。
魔女の目論見はこのまま兵士を話せる島に駐留させることにあった。
負傷兵さえ復帰すればいつでもグルーディン村要塞を襲撃することができる。

時間を稼げば本国からの応援も期待できるパンダム軍に引き換え、
ギャリックギルド軍は、H・ギインという後ろ盾を失い孤立している。
ここは一度退いても差し支えあるまい、という魔女らしい冷静な判断であった。

ほっと安堵のため息をもらしたのは他の誰でもないシシリーであった。
「出来もしないのに突っ張るもんじゃないな……」
そう呟いたシシリーの言葉を鋭く聞き咎めたのはデス=ラックであった。
「あんたの命令でみんな死んでいったんだぞ。変な弱音を吐くのは止めて欲しいね」

直言にさすがに顔をしかめたシシリーであったが、
デス=ラックの言い分にうなずいて言葉を返した。
「確かにそうだな。ラブータとオロアネハの弔いも残っている。自重しよう」

ギャリックギルド軍全体にこうした安堵と疲労の空気が濃密度に充満している時、
突然の喊声が街の外でわき上がった。
ラブータ率いる370名の兵士がグルーディオ村要塞をかすめて南下し、
見る見るうちにパンダム軍魔女部隊の右後方に食らいついたのだった。

ラブータには状況を読む余裕など無かった。
敵がなぜ背を向けて港方面に向かっているかは知らないが、
グルーディン村要塞が陥落したと見える今、
ラブータ部隊に戻る場所はなくオロアネハを埋葬する場所さえも既に無い。

一身不明にして友に逝き遅れ 既にして要塞陥落せり
今こそ槍士ラブータの散り際とくとご覧あれ
ギャリックギルドに人多くはあれど かの人斯くありきと後世に知らしめん

ここを最期の散り際と覚悟を決めたラブータは自部隊の寡兵をものともせず、
昔流儀の大音声を上げ、槍を振り回して突っ込んでいく。

たちまちパンダム軍魔女部隊は混乱と怒りのるつぼに叩き込また。
「約束が違うぞ、一体どうなってる?」「どこから敵が沸いた!」
魔女部隊の兵士は口々に叫び、各々応戦する者もあり逃げ出す者もあり、
前に逃げる兵士と後ろに戻って応戦しようとする者で収拾のつかない状況となった。
この時点で前方の魔女とラーマルトに正確な状況報告は伝わっていない。

「あれはラブータじゃないか・・・?おい、勝手に突っ込んでるぞ!」
ギャリックギルド軍の幹部と兵士は口々に叫び騒然としている。
こうなった以上、敵を倒すしか事態を収拾する手段はないとシシリーは即座に決断した。
数段飛ばしに階段を駆け上がって門の上に立ち、大仰に腕を振りかざして号令をかけた。
「全軍突撃。手筈通りにパンダム軍を討つ。一人残らず海に突き落とせッ!」
手筈通りなどというのは当然口からの出任せである。

「おい待ってくれ。和平を反故にしたらどうなるかも分からんのか?」
デス=ラック、メイセター、エースクらが口々に悲鳴を上げた。
「うるさい!もう遅いんだよ。総員腹決めて突っ込むぞ。責任は全て取る!」
シシリーは一喝した。先ほどまでの弱気が感じられないたいした役者振りである。

シシリーの言葉を受けて、真っ先にポトが兵士を率いて駆けて出していった。
「くそ」「ひでぇ」「やるか!」残った三者も三様に一言を吐き捨ててそれぞれの門に戻り、
兵士を率いてパンダム軍を追いかけていく。

好機と見ていったん覚悟を決めるとあとの動きにためらいがないのが、
ギャリックギルドの気質であり、シシリーの本質とも言えた。
この判断は現場に居合わせた人間からは後になっても果断であったと称され、
現場にいなかった人間からは激しい非難と抗議を受けることになった。

こうしてラブータは、パンダム軍に狂気の特攻を掛けた戦士として、
「グルーディンの暴風」と冒険者から呼ばれ畏れられることになったが、
甚だ不本意かつ甚だ不名誉であるとの発言が非公式の記録に残っている。

「風の丘上陸作戦」会戦の後、
オロアネハの埋葬が済むとラブータはシシリーとギャリックギルドに別れを告げ、
親しい友人2人と共にシュチッツガルトの一地方に隠棲した。
そこで小さなコミュニティを作り長老として自治を行い手腕を発揮し、
カイン史の表舞台に再び登場することは無かった。



カイン史概略 第54話「殺戮者」

結果的にシシリーはパンダム軍総指揮官である魔女との和平を完全に反故にした。
遠い遠征に疲れ、これからまた船に乗って「話せる島」に移り、
しかるべき時機を待ちつつ英気を養おうと船の接岸を待っていた1800名の兵士と、
負傷を負って戦闘に参加することもままならない1000名の兵士は、
海を前にした状況でギャリックギルド軍による背面奇襲を受けたのである。

海に逃げて溺死するか、もしくはギャリックギルド軍を防ぐか。
盾を使ってのノックバック戦術を主にしたギャリックギルド軍によって、
パンダム軍は後退を余儀なくされ幾多の兵士が海に突き落とされた。
ギャリックギルド軍からすれば、
敵を討ち倒さなくても海に突き落としてしまいさえすれば勝ちなのである。

戦艦一隻にはどう詰め込んでも200名ほどまでしか乗船することはできない。
負傷兵も合わせたパンダム軍2800名の兵士のうち乗船できた者は、
1000名には満たず900名程度であった。
そして残りの1900名のほとんどは戦死・溺死した。
この戦いで魔女は最後まで指揮を執って督戦したが、流れ矢に当たり死亡。
総崩れの一因ともなった。

話せる島にようやく逃がれたパンダム軍総指揮官代行のラーマルトは、
負傷兵と体力のない者をそこに置き去りにしルウン本国に帰国していった。
置き去りにされた者の中にはパンダム軍四天王の悪鬼もいた。

最終的に勝敗を分けたのは、
和平をいったん取り決めておきながらそれを裏切ったシシリーの選択であった。
かつてH・ギインがドラゴンバレーで多くの敵の命を無駄に奪った時、
シシリーは激怒しDVCを引き払い、忘れられた神殿に移り住んだ。
だのに今、彼は比べものにならない卑劣な手段でパンダム軍の兵士の命を奪った。

他人を批判して激高するはたやすいが、
自らも結局は同じように手を赤黒い血で染めたというのは実に皮肉な話である。
こうしてギャリックギルドは新興勢力としてカインに名乗りを挙げたものの、
信用して外交することができない人物・勢力であるという評価を甘受することになった。



カイン史概略 第55話「壮大な戦略」


風の丘上陸作戦はパンダム軍の敗北・撤退という結果に終わったが、
パンダムにとって何より痛かったのはこの戦役で四天王のうち2人を欠いたことである。
当初の予定ではやすやすとグルーディン村要塞を抜き、
そこを拠点にグルーディオ城とギラン城を陥とし、
アデン制覇へ向けて着実に歩が進むはずであった。

さらにディオン城主ガルビオンとは密約を交わしており、
H・ギインを英雄の地位から追い落とした後、
グルーディオ城とグルーディン村要塞はパンダムの領土に、
ギラン城はガルビオンの領土として割譲する予定になっている。

その目論見は階段を一段目から踏み外した格好となり、
しばらくしてガルビオンから密約を白紙撤回するとの通告がパンダムに届いた。
ミサリムと正面から対峙しつつ余剰戦力を使って側面から勢力伸長を図る戦略は、
一時休止せざるを得ない状況になったのであった。
もちろんそんなやりとりが行われていることは、
H・ギインの知るところではなく、彼は知らずして命拾いをしていたことになる。

カイン暦0064年、
そうした中でH・ギイン軍戦略指揮官アプリスが、
実に彼女らしい壮大な戦略をH・ギインに提案する。
のちに「華麗なるオーレン城包囲の罠」と呼ばれることになる作戦である。

ギラン城から5200名の常時軍属に、
4500名の非常軍属を合わせて9700名。
グルーディオ城から1500名の常時軍属に、
1200名の非常軍属を合わせて2700名。
両軍合わせて実に1万2400名。

対してオーレン城の常時軍属はわずか2800名。
電撃的に作戦を実行に移せば、
ダリーゼが急ぎ非常軍属を雇用したとしても合わせて3500名程度。
大兵力を以てオーレン城を包囲し降伏せしめ、
アデン城落城を狙うための足がかりにしようという戦略的作戦であった。

「オーレン城は…まさに木っ端のように微塵になることでしょうね」
アプリスは口元にそっと手を当て、誰しもを魅了してやまない微笑を浮かべた。
やや上気した頬はほんのりと紅に染まり、瞳は強い輝きと自信に満ちていた。
身をひるがえす時にしゃらりと鳴る甲冑の音とマントの衣擦れは、
心地よくギラン城の大広間に響き、
そこに居合わせた者全てはアプリスと荘厳華麗なる戦略に酔いしれた。
そんな中でただ一人反対の声をあげたのはやはり、
今やH・ギイン軍の戦術総指揮官である「ギインの盾」騎士セーヴその人であった。



カイン史概略 第56話「神算鬼謀」


「アプリス殿も貴卿らもディオン城主ガルビオンのことをお忘れか?
モンスターレース場を改装してバザールを開設し、
その収益によって軍備を大きく増強したガルビオンは英雄に匹敵する勢力。
ガルビオンを背後に背負いつつ全兵力でオーレン城を攻めるのは愚行としか思えない」
これがセーヴの言い分である。

こういう時セーヴは敢えて常識論を唱える役割を自らに課していた。
それを打ち破るほどの戦略であれば喜んで賛同するし、
いざ、事が決まってしまえば自分はその枠のなかで職分を尽くすしかないのである。

その時その場に居合わせた一同は甘い悪夢から覚めて、
急に不安顔でアプリスとセーヴを交互に見やった。
セーヴは沈痛な面持ちで、一方アプリスはその面に自信の微笑を浮かべたままである。

アプリスの以下の発言は驚くべき内容であった。
「オーレン城を落とした時には、グルーディオ城をガルビオンに譲り渡します」
一同は言葉を失い、直後に大きくざわめきどよめいた。
不戦の密約を結ぶ代償として、城一つは余りにも大きく思われたのである。

「そもそもグルーディオ地方は民度が低く価値のある地域とは言えません。
オーレン城さえ落としてしまえば、
グルーディン村要塞に巣食うギャリックギルドを掃除させてから、
ガルビオンともども葬れば良し。まさに神算鬼謀と後世の人は誉め讃えるでしょうね」

民度が低いのは、長年に渡ってアプリスが課した重税の影響である。
そのことについては一切触れず民度の低い地域であると言い切ったアプリスに対して、
この時言い逆らう者は誰もいなかった。
もはやH・ギイン軍の中にかつての談論風発な空気はなかった。
賢者シルメンは去り、異を唱える人々はあるいは去りあるいは既に粛清されていた。

これ以上の反駁を行う気概はセーヴも持ち合わせていなかった。
アプリスに度肝を抜かれたのも確かにそうであるが、
生粋の軍人である彼は議論や争論を好まなかった。
いったんH・ギイン殿に剣を捧げたからには寡黙に遂行するのみ。
これが彼の生き方であり、H・ギインに対する忠誠の証である。

こうしてH・ギイン=ガルビオンの密約は発効し、
後に「アプリスの神算鬼謀」と呼ばれる謀略として語り継がれた。
オーレン城攻略そのものが成功しなかったため、
「アプリスの神算鬼謀」は「机上の空論」という俗諺と同義に扱われることが多いが、
ガルビオンを足止めすることに成功した事実に対して、
再評価を与える歴史学者もまた多いことを付け加えておく。



カイン史概略 第57話「進軍開始」


一方の勢力を利用し、他方の勢力を討つ。
H・ギイン軍戦略指揮官アプリスは遠交近攻を戦略の基本軸としていたが、
今回の作戦はそこからやや飛躍したものとなっている。

隣接するディオン城主ガルビオン軍は、まさに鷲のごとき翼と虎のごとき爪を持つ精強。
そのガルビオンにグルーディオ城という好餌を与えてなだめ、
その隙にH・ギイン軍の圧倒的兵力で電撃的にオーレン城を陥とし、
さらに計略を掛けてギャリックギルドとガルビオンを相討ちにさせ、
とって返して一網打尽にガルビオンとギャリックギルドを撃つ。

成功すれば、アプリスの名はカイン史上に燦然と輝く星となることであろう。
H・ギインもまた成功を疑わず、兵を整えギラン城を出発したのだった。
かつて輝かしい勝利を手にしたドラゴンバレー入口を集結地点とし、
ギラン城とグルーディオ城からの兵士は合流を果たした。その数実に1万2400名。

今回に限りアプリスは戦略指揮と戦術総指揮を兼任。副官にT・マスーンをおいた。
成功の暁には全ての功績がアプリスに帰すことは明らかであり、
「この戦役の後にアプリス殿は英雄の地位を譲り受けることになっている」
「いや、新たに英雄の称号を受けることになっている」
「譲り受けるのではなくH・ギイン殿とアプリス殿は結婚することになっている」
巷の士官や兵士達の間で、まことしやかな噂が様々に流れた。

アプリスにおもねる者の中には、美貌の微笑を我が身に受けようとして、
「美しき勇者、H・ギイン軍の誇る戦略指揮官かつ戦術総指揮官よ。
天から授かった美貌と才能は英雄H・ギインの後継者としてふさわしいばかりか、
否、既にして凌駕しておられます。
賢明なるグルーディオ城主、英雄アプリス殿よ。我々に祝福と導きをお与え下さい」
と大声で呼びかける者まで現れる始末であった。



カイン史概略 第58話「籠城堅守」


さて、H・ギイン軍が集結したことを知ったオーレン城主ダリーゼは、
さすがに驚きを隠せず、急ぎミサリム、ガルビオンと連絡を取った。
ミサリムのいるアデン城には8100名の常時軍属が詰めている。
そして、ディオン城主ガルビオン軍も4500名の常時軍属を有している。
自軍の常時軍属2800名を加えれば、合計1万5400名。

H・ギイン軍が非常軍属を含めても1万2400名なのに対し、
ミサリム=ダリーゼ=ガルビオン連合軍が成立すれば、
常時軍属のみで1万5400名。H・ギイン軍を大きく上回る。
問題はそのうちいかほどの兵士をオーレン城に集められるか。

ミサリムから、ミサリム軍の3割強である2500名の常時軍属に、
1500名の非常軍属を付けて合計4000名を急行させるとの伝達があった。
戦術指揮官は元グルーディオ城主ウインク。
かつては自らを恃み傲岸不遜であったが、自らの過失で数多くの部下を討たれ、
城主の地位から追放された苦い経験は彼から虚飾と傲慢さを取り去った。

さらにアデンに落ち延びた後にミサリム軍の戦術指揮官補佐に任命され、
隣接する強国ゴダードとの戦闘で死線を越えての指揮経験を多く積んだことは、
彼の沈着剛毅な指揮官としての才能を開花させた。

ところでミサリムが自ら親征しなかったのには理由がある。
ルウンとゴダードのパンダム軍に備えて兵力をアデン城に残す必要があったことと、
ミサリムの強大な魔法は野戦には全く向かない性質のものであったことがそれにあたる。
「マス・アルティメットディフェンス」と「セレナーデ・オブ・デスブレス」は、
凄まじい威力を誇る大範囲魔法であったが、、
一方は移動不可となる魔法であり、一方は敵味方の命を容赦なく奪う禁呪であった。
さらにチャージとディレイ、マナ消費もまた凄まじかったのである。
防衛側の城主として玉座に座っていて初めて威力を発揮する魔法と言えた。

ダリーゼは、急いで非常軍属を召集したが、
オーレン地方はそもそも雇用対象となる冒険者が多い地域ではない。
それでも両日で300名をかき集め、装備を与えて城に召集した。

北から南東にかけてごうごうと渦巻いて流れる川は自然の外堀となり、
浸食作用を受けて屹立した崖の上にそびえ立つオーレン城。
3100名の兵士が集結するその様は古城ながらも難攻不落。
ダリーゼは1万名以上の敵兵力を支え切れるはずもなしと最初から野戦を放棄し、
ミサリム軍とガルビオン軍の援軍を頼りとした籠城戦を目指したのであった。

カイン史上、会戦は数多く行われたが、
大軍同士の正々堂々たる野戦による決戦はほとんど見られない。
「戦争=城=政治」の密接な結びつきがこうしたところに如実に表れていると言える。
今会戦もまた、野戦による決着とはならない気配であるが、
大兵力同士の衝突という面では、双方合わせて史上最大の動員数となりそうである。



カイン史概略 第59話「ガルビオンの思惑」


H・ギイン軍集結の情報にやや遅れて、
援軍を要請する使者がオーレン城からディオン城に到着した。
できるだけの兵数をオーレン城に差し向け盟友たるミサリム軍の危機を救って欲しい、
との内容だった。

使者を下がらせたまま、
すでに一刻余りもディオン城主ガルビオンは瞑目し思案にふけっている。
こういう時、ユリックはガルビオンに話しかけることは決してない。
ガルビオンの判断に全幅の信頼を寄せているのである。

H・ギイン軍がガルビオンと何らかの折り合いをつけた上で軍事行動に移ったことは、
誰しも容易に想像がつきそうな事柄である。
「H・ギインが大軍を集結させるまでなぜ手をこまねいていたのか、
まさか何らかの密約を取り結んだということはありますまいな」
使者からのこのような糾弾をガルビオンは覚悟していたし、また期待もしていた。

だが、ダリーゼやミサリムにそこまで深く読む力がなかったのだとすれば、
同盟を結ぶ相手として役者不足ということになる。
「まがいなりにも、このガルビオンが膝を屈する相手であるならば、
私の思惑を常に上回っていてもらわなければ困る」
英雄の地位を窺うことを放棄し、ミサリムの風下についたガルビオンであったが、
自らの強烈な自負をごまかし切ることはできないのであった。

確かにH・ギインとは密約を結んだには結んだが、
ガルビオンにはそれを履行する義務もなければ、意思もなかった。
H・ギインが大勝すれば密約に従ってグルーディオ城を要求すればよいし、
大敗すれば、好機と見てグルーディオ城を実力で奪い取ればよい。

そもそも密約などと言うものは、お互いに公言できないから密約なのである。
そして双方の利が一致する状況下にのみ履行されるものである。
一方が一方を恒久的に必要としなくなる場合、いつでも反故にして構わない。
更に言えば今回のH・ギインの提案は病人の戯言以上の価値を持たないことは明白であり、
真に受けてグルーディオ城の割譲を待つほどガルビオンは愚かではない。

精強を誇るガルビオン軍ならばH・ギイン軍と正面から衝突したとしても負けはしない。
グルーディオ城を譲るなどと言われなくとも、いつでも攻めることはできるのである。
ましてや、実質空き城となっているグルーディオ城を一時的に落とすのは、
赤子の手をひねるよりもたやすい。
いつでも自分の用意しているシナリオに書き換えることができる限り、
様子を見ても損はないというのがガルビオンの判断であった。

ガルビオンに「様子見」を強いて時間を稼ぐために今回の密約を持ち出したのであれば、
アプリスはまさに神算鬼謀の軍師であると言うべきであるが、
もちろんアプリスにそこまでの計算はない。
ガルビオンが自分の提案に飛びついてきたと頭から信じているのである。
彼女は策略を好んだが他人が自分の思惑通りに動くのを信じることにかけては、
実に善良であった。



カイン史概略 第60話「崩壊の予兆」


H・ギイン軍1万2400名はドラゴンバレーに集結を完了したが、
各指揮官への兵団割り振りは全く行われておらず、
100人単位の兵団百数十がアプリス一人の指示によって動いている状況であった。

敵の援軍が到着する前に速やかにダリーゼを撃破するにしても、
1万を超える大軍をアプリス一人で指呼するにはさすがに限界がある。
そう考える士官がほとんどであったので士官への兵団の割り振りを事前に行い、
総括をアプリスが行うようにセーヴは提案した。
これに対してアプリスは猛反発し、H・ギインに対して陳情を行った。

「今回の作戦をもっとも深く理解しているのは、
今回の作戦の立案者である私であることはギイン殿であるならば御存知のはず。
セーヴ殿の御意見ももっともではありますが、
あの方は何というか、事あるにつけ私に対して反論なさってきますので、
本当にやりにくくて仕方ありません。
ところがあなたのいらっしゃらない場所では私に親しげに話しかけてくるのです。
どうにも理解しがたい方でございます」

この言葉を聞いてH・ギインはセーヴに対して激怒した。
すぐさまセーヴを呼びつけて公私を混同しないようにきつく申しつけ、
事情が分からず混乱しているセーヴに弁明の機会すら与えずに下がらせた。

論敵であるセーヴを封じるための便宜として女の武器を使ったことになるが、
目的のための手段である、とアプリスは悪びれるところがなかった。
そしてH・ギインに対しては、
「セーヴ殿も思い当たるフシがあったようで私にすれ違っても、
目を伏せて通り過ぎるようになりました。あまり責めても可哀想かもしれません」
取りなすことすらした。
こうしてH・ギインとアプリスは、
婚姻誓約書にではなくそれぞれの死刑執行書に自らサインを書き込んだことになった。

「結婚は確かに人生の墓場である。にしてもいきなり墓場に直行することもあるまいに」
これは戦役の結果を聞いた賢者シルメンが残した慨嘆であると言われている。
だが、この時点でシルメンは異大陸にすでに身を移しており、
細かい事情はもちろん戦役の結果すら知るべくもないはずであったので、
後の人の手による創作の疑いが濃厚である。




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カイン史概略41-50

カイン史概略 第41話「風の丘上陸作戦」


カイン暦0063年、
シシリーによって、グルーディオ港は完全に破壊・封鎖された。
以前よりルウン港−グルーディン港の航路を使って、
パンダムとガルビオンが接触しているとの情報があったからである。
もし、ガルビオンがミサリムのみならずパンダムとも手を組むとなれば、
H・ギインの領有するグルーディオ城・ギラン城はたちまち累卵の危機に陥る。

実は昨年、最悪な情報がシシリーの耳に入ってきていた。
H・ギインを討ち倒した後の領土割譲案として、
ギラン城はガルビオン、グルーディオ城はパンダムに、
という密約まで結ばれていることが分かったのだった。

シシリーからすると長年、H・ギインは自分にとって都合の良い宿主であった。
しかしパンダムがグルーディオ城を領有するとなれば、
決してシシリーの存在を看過しないだろう。
忘れられた神殿を包囲し、燻り出した後に殲滅するくらいのことはやりかねない。

となると先手を打って迎撃の準備をしておくに如くは無し、であった。
そのためにこれまでに手を汚して軍資金を集めてきたのだ。
それに、そろそろ一軍を構えて旗揚げする時期なのかもしれないとシシリーは考えていた。

カイン暦0063年の時点ではまだ、
ミサリムとパンダムの大規模な衝突は起こっていなかった。
そしてその年が暮れる頃ルウン港から満を持して、
兵数3400名を搭載した50隻からなる船団がグルーディオに向けて出発した。

グルーディン港が封鎖されている以上、
パンダム船団はどこか別のところに上陸して軍を展開するしかない。
水深の深い入り江になっている場所は、「風の丘」近辺しかなかった。

シシリーは風の丘に兵数3000名を配置した。
こうして「風の丘上陸作戦」と後に呼ばれることになる、
ギャリックギルド軍とパンダム軍との戦いが風の丘を舞台に繰り広げられた。
これはカイン史上珍しい、野戦という形での衝突であるばかりか、
艦隊とゴーレムを駆使した機械戦でもあった。

パンダム軍は射程300メートルの射程を誇る砲門2基を持つ戦艦が自慢であったが、
ギャリックギルド軍もマエストロ「ラブータ」による新兵器開発が完成していた。
「バーサーク・シージゴーレム」(通称BCG)である。
このゴーレムは後退と方向転換する機能に制限を施し、
そのかわりにフィアー(恐慌)の効果を一切受け付けないという特長を与えていた。



カイン史概略 第42話「艦隊襲来」


パンダム軍は、風の丘入り江に近づくと一斉に砲撃を開始した。
ギャリックギルド軍は実際なすすべなく陣地を撤収せざるを得なかった。

同等の砲門を持ち得ない以上、一方的な攻撃を受けて被害は増すばかりだったのである。
たった1時間あまりの砲撃で死亡者50名、負傷者300名に及ぶ惨状であった。
風の丘に構築した陣地と補給物資はそのままに、
ギャリックギルド軍は何よりも命が大事とばかりに逃げ出した。

この敗戦でギャリックギルド軍の士気はおおいに低下し、
5200名いた兵士は脱走者も出す始末で、負傷者を除き4500名にまで減っていた。
これはシシリーにとって計算外の出来事であった。
「烏合の衆が初戦を落とすとこうなってしまうものなのか」と愚痴も出る始末であった。

何も策のないまま撤退したわけではない。
ラブータの開発したバーサーク・シージゴーレムを投入する機会を窺っていたのだが、
敵が上陸し、なおかつ主戦力が船団から離れてくれないことには、
シージを投入する機会はいつまでたっても訪れるはずもない。
そのためにも撤退は予定内の行動であったが、
思わぬ人的被害と脱走に頭を痛めているシシリーであった。

「ここは野戦を仕掛けて堂々と決着をつけるしかなかろう」
威勢良く立ち上がり堂々の勝負を主張したのは、
デス=ラックの友人、デストロイヤー「オロアネハ」であった。

「敵は精鋭を誇るパンダム軍3400名。
しかして当方は4500名といえども寄せ集めの烏合の衆。
貴君がいかに猛将といえども敵を打ち破るのは困難だろう」
デス=ラックが横からそうたしなめたが、オロアネハはますます大声を張り上げた。

「今まで兵を養ってきたのはパンダムの思惑通りにさせないためだろうが。
前に進むだけの能なしゴーレムを作ったのは、ヤツらの船にぶつけて沈めるためだろうが。
そのためのオトリになる気はさらさらないが、
敵を引きつけて十二分に戦うくらいこのオロアネハに任せろ」

一通りオロアネハが言い終わった後、場内は再び重い沈黙に包まれた。
オロアネハがすでに死を覚悟していることを皆知ったからであった。



カイン史概略 第43話「撤退戦」


いかにオロアネハが死を覚悟しようとも、
勝敗はロマンチシズムとは無関係な別次元のところに存在する。
勝算のない戦いに臨むくらいなら、いますぐ兵を解いて逃げ出した方が上策。
それがシシリーの考え方であり、ギャリックギルドのスタイルだった。

彼らにとって領地だの財宝だのは、人生を楽しむための手段に過ぎず、
それを死守するために散るなどという美学とは無縁であった。
ただ、今回は何とか勝たなければこれから先の人生が楽しくないものになりそうだ。
だから勝つ。

シシリーはオロアネハ、デス=ラック、ラブータを呼んで戦術打ち合わせに取りかかった。
風の丘からグルーディン村までに構築してある7つの陣地を敢えて破らせ、
ぎりぎりまで引きつけてから、風の丘東の山腹に隠してあるゴーレムを戦艦にぶつける。

基本的な戦術の変更はなかったが、
問題は召喚者のラブータが死亡してしまうとゴーレムの操作が不能になる点であった。
よって、4500名のうち、2000名をグルーディン村要塞に配置。
残りのうち2000名をデス=ラックの指揮下に置きパンダム軍と交戦。
500名についてはオロアネハとラブータによる決死隊とし、戦艦に挑む。

あくまでもパンダム軍と正面から戦うことを臨んだオロアネハであったが、
「お前は死ぬまで戦うからダメだ」とシシリーに一蹴され、
「死ぬくらいなら体を張ってラブータを守り抜け」と言われては従わざるを得なかった。

こうしてパンダム軍の上陸後、陣地を風の丘に移していよいよ進軍にかかろうかという頃、
ギャリックギルド軍も7つの陣地のうち最前線に兵の配置を済ませた。
もちろん風の丘東の山腹には500名の兵とゴーレムを潜ませてある。
まずは、デス=ラック部隊とパンダム軍の衝突となる予定であった。

「勝たなくていいってのは気楽なように見えて難しいんだ。
負けすぎると本当に負けるしな。支えきれなそうになるギリギリで逃げ出せ。
支えきれなくなって押し込まれてからじゃ遅い」

デス=ラックが言ったこの言葉は、実はシシリーの言葉の受け売りであったが、
この際効き目のありそうなことは何でも言っておこう、と
いつも大役を押し付けられて投げやりになっているデス=ラックなのであった。



カイン史概略 第44話「ゴーレム奇襲」


パンダム軍の指揮官は、パンダム四天王の一人「魔女」であった。
四天王は本来の名前では呼ばれず、それぞれ称号で呼ばれる。
「君主」・「魔女」・「剣士」・「悪鬼」という。

「魔女」が3000名を率いてグルーディン村城塞の占拠を目指し、
7つの陣地を破壊すべく進軍を開始したのに対して、
指揮官補佐である「悪鬼」は400名とともに50の戦艦を守る任務に就いていた。

かといって400名をそのまま戦艦に籠めても意味がないので、
200名ずつに分けて、風の丘陣地と戦艦との24時間交代勤務制を敷いた。
このときに乗艦と降艦をしやすくする目的のため、
各艦をつないで陸地にも鎖をめぐらせて固定したことが悲劇の伏線になる。
しかし、戦力の象徴そのものである戦艦が攻撃を受けることは想定外だったのである。

さて、魔女の用兵ぶりはいたって堅実であって、デス=ラックを大いに嘆かせた。
「くそ。飛び道具で仕掛けてきて、ひるんだところに近接で押し込んでくるか。
とりあえずあれだ。心配しなくてもうちが勝つことはなさそうだ。」
逃げろと全部隊に通告するが早いか、
デス=ラック部隊は毎度蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

デス=ラック部隊は各陣地に消耗品をあらかじめ備蓄しているため、
消耗品を持ったまま逃げる必要がなかった。
さらに撤退命令が出たら、逃げながら消耗品をまき散らしたので、
それを拾いながら迫ってくるパンダム軍の追撃は迫力を欠いた。

それは陣地に備蓄してある消耗品を使い切って撤退を繰り返し、
万が一余った消耗品はまき散らして敵の足を鈍らせる作戦であった。
3日間で抜かれた陣地は5つ。
デス=ラック部隊の死亡者は200名。負傷者は600名。
パンダム軍の死亡者は100名。負傷者は400名。

これでも陣地の防御力の分だけデス=ラック部隊に有利に働いたのと、
敵に遠距離攻撃を仕掛けるだけ仕掛けてさっさと逃げ出す戦術で、
デス=ラックは苦心に苦心を重ねて、犠牲者をぎりぎりまで減らそうとしたのである。
両軍を比較して、装備と戦闘経験の差があまりにありすぎたのであった。

いよいよグルーディンに迫ったパンダム軍が、6つめの陣地への攻撃に取りかかった頃、
轟音と共に立ち上がり起動開始したのはラブータの操作する60体のゴーレムであった。
風の丘に停泊する船団までかなりの距離があったが、
すでにそれぞれのゴーレムは固定でターゲットをロックオンしてある。

あとは召喚者であるラブータが殺害されないかぎり、
兵士の攻撃ではびくともしない強度を備えているゴーレムならば、
いかに戦艦の砲撃といえども全滅させられることはないはずであった。

こうして、デス=ラックが6つ目の陣地でパンダム軍の応戦をしている最中に、
風の丘ではゴーレム達が不遜な足音を響かせながら戦艦に向かって進んでいた。
風の丘に陣を張っていた悪鬼の配下200名は、
急ぎそれぞれの戦艦に戻って合流し、砲撃を開始した。

それでもゴーレムを撃ち沈めるのは困難で、
砲撃によって戦闘不能にとなったゴーレムは60体のうちわずか4体であった。
最初の犠牲となった戦艦は、まさに指揮官補佐である悪鬼が乗っていた旗艦「アスタロト」。
戦艦の横腹に右腕と左腕をめり込ませたゴーレムは、そのまま炸裂し炎上した。

悪鬼はゴーレムが突っ込んでくる前に降艦し、隣の戦艦に移ってそこを旗艦とした。
「俺が乗っている艦が旗艦だ」と豪語したものの、
すでに3隻の戦艦がゴーレムの特攻により沈められている。
そして、ゴーレムは次から次へと迫ってくる。猶予ならない状況であった。



カイン史概略 第45話「両雄相撃つ」


戦艦の砲撃は、強烈であるが連撃が利かないのが欠点であった。
ゆえに一度外してしまうとゴーレムの接近を許すことになる。
ラブータの設計したバーサーク・シージゴーレムの耐久度は素晴らしく、
戦艦による3度の砲撃的中でやっと行動不能に陥る程度であったと言われる。

いわゆる対戦艦自爆兵器としてシンプルな目的で作られたため、
汎用のそれよりも装甲に格段に手を掛けることができたのだった。
製作者本人は「そんな単純なものじゃありませんけどね」と愚痴っていたが。

16隻の戦艦が自爆によって沈められ、士官が離岸を叫び兵士が鎮火を叫んでいた頃、
悪鬼は声を枯らして怒号を飛ばした。
「風の丘山腹に敵兵の一団が見えるな。あそこに召喚者がいるに相違ない。
直接砲撃に携わっている者以外はみんな俺に続け。
ゴーレムなんぞ召喚者を殺せばただの木偶に過ぎぬ!」
悪鬼は各艦から兵士をかき集め決死隊150名を引っさげ、
戦艦に向かって歩を進めるゴーレムの脇をすり抜けてラブータ陣営めがけて殺到した。

ゴーレムが人間に対する殺傷能力を全く備えていないことはすぐに明らかになり、
そうなると悪鬼部隊はますます勢いづき、
錐状の陣形をとりながら駆ける様子はまさに無人の野を行くがごとし。
そのままラブータ部隊500名に突き刺さった。

状況は一気に混戦状態になり敵味方入り乱れての白兵戦となった。
兵数の差はあるものの悪鬼部隊は鍛え上げられた精鋭。
3倍以上の兵数差を苦にせず500名を相手に互角以上の戦いを展開している。

悪鬼は愛剣「ドラゴンスレイヤー+15」を片手で軽々と振り回し、
敵の中を泳ぐようにしてかき分けて進み、陣の中心に立つラブータに迫った。
視界の中にラブータを捉え、憤怒の咆吼を上げながら躍りかかる姿はまさに鬼神。

この時の悪鬼は、戦艦を沈められたことに対する怒りよりも、
憎き敵に対する報復の喜悦が勝っているように見えた。
あわやラブータの首から上が跳ね飛ぶか、
ドラゴンスレイヤーの斬撃に槍を合わせて防いだのはオロアネハであった。

「ドラゴンスレイヤー+15」は無銘ながらも名剣、
オロアネハが振るう「ナインオブスピアーズ+0」もまた魔槍。
得物は互角、互いに良き敵に巡り会った武器とその持ち主同士は、
言葉ではなく互いの斬撃と突撃で、互いをより深く知り合おうとした。



カイン史概略 第46話「ナインオブスピアーズ」


ナインオブスピアーズはまったく強化されていないが、それには事情がある。
普通、「祝福された武器強化スクロール」を用いればクリスタライズしないので、
(強化に失敗すると+0に戻ってしまうが。)
財力の許す限り、繰り返しオーヴァーエンチャントしていくのが通例である。

この槍は元々「ポト」が、製作したランシアを気まぐれでアンタラスの巣に投げ込み、
カイン暦0037年から0052年まで15年間放置したものである。
本人もDVCを引き払うまで忘れていたらしいが、
その15年間の間に地竜アンタラスのまき散らす瘴気を髄まで染み込ませた槍は、
もはやいかなるエンチャントも受け付けない状態になっていた。

まことに厄介なこの槍は一振りするごとに体力を継続的に消耗する。
特殊効果として、斬りつけた相手は腐毒状態になり刀身に触れた金属は腐蝕する。
ポトがアンタラスの巣からこの槍を引き上げてから、
幾人もがこの槍を扱おうと試みたが命を落とす者まで現れる始末で、
結局のところ所有者たり得た者はいなかったのである。

オロアネハは、一振りするごとに体の力が抜けていくのを感じていた。
オークという強靱な肉体を持つ種族でなかったならば、たとえばエルフならば、
2,3合しただけで膝をついてしまうくらいの疲労であったろう。
一方、悪鬼も自らの内部に起こる先ほどからの異変に気付いていた。
体がやけに重く感じるのだ。それも急にである。

確かにオロアネハと名乗る目の前のデストロイヤーの技量は並より上には見える。
だが、オーク戦士最高級の称号「タイタン」を名乗ることを許され、
パンダム四天王と謳われるこの自分が一対一の勝負で負けることなどあり得ない。
そもそも錆び付いたボロボロのランシアなどで、
このドラゴンスレイヤー+15に立ち向かおうなどとは、まことに笑止ではないか。

冷静に観察すれば、
剣と槍を唸らせぶつけ合って星を散らしながら、
致命傷にならないようにかすり傷でかわし合う二人の異変に気付いたであろう。

目に見えて衰弱していくオロアネハ。
全身異様な汗を噴き出している悪鬼。
すでに輝きを失い、灰色に濁った刀身のドラゴンスレイヤー。
振るたびに亡者の悲鳴のごとき唸りを上げるナインオブスピアーズ。

このままでは埒も無し。悪鬼は渾身の一撃をオロアネハに送った。
衰弱し切っていたオロアネハはもはや避けることもかなわず、
ドラゴンスレイヤーは袈裟斬りにオロアネハを深々と斬り裂いた。
だが、同時にナインオブスピアーズの突きもまた鬼の左肩に突き立ち、
肩当てをしたたかに砕いた。



カイン史概略 第47話「デュエルの結末」


ラブータ陣営をめがけて決死の突撃を加えた悪鬼の部隊150名のうち、
負傷者は十数名出たものの死亡者はほとんどいなかった。
悪鬼部隊はラブータの首を獲るという一点に目的を絞って攻めに徹したのに対し、
ラブータ部隊は敵を殺すことよりもラブータを守り、時間を稼ぐことに腐心したため、
身を挺しての守りに徹した形となったのである。

ラブータ部隊は500名のうち負傷者100名。死亡者30名。
ほとんど無傷の悪鬼部隊に比較すると相当な被害と言えた。
ただし、そのかいあってラブータの首はいまだ体とつながっている。

さて、特攻を敢行したゴーレム60体のうち、
戦艦の砲撃で沈められたものは9体。38体が体当たりを敢行し成功。
体当たりに失敗した残りの13体は、すでに炎上している船団に巻き込まれ誘爆。

戦艦は50隻のうち実に38隻がゴーレムの体当たり自爆によって轟沈。
各艦をつないでいたロープ・鎖・碇を断ち切って沖に逃げ出した12隻のうち、
7隻がゴーレム13体の誘爆の高波により転覆。
わずか5隻のみが沖に逃れることができた。

ゴーレム13体一斉の誘爆は、海中から炎柱と水柱を天高く衝き上げさせ、
陸上で戦闘を繰り広げていた悪鬼とラブータ双方の陣営とも、しばし茫然。
潮時と見て、共に深手を負った悪鬼とオロアネハはお互いに剣と槍を引いた。
すでに二人とも自分で立てる状態ではない。

オロアネハは悪鬼に受けた傷によって翌未明に絶命。
悪鬼もまた「話せる島」で半年間の療養の後、
ナインオブスピアーズの槍瘡による腐毒が癒えず命を落とすことになった。
この呪われた槍はオロアネハと共に埋葬された。
今後、仲間がこんな命の落とし方をすることを誰も望まなかったからである。

もしポトが「せっかく作ったのに」とでも言おうものなら、
ポトも一緒に埋葬してやろうかと思っていたシシリーだが、
さすがにそれはなかった。ポトはポトなりに責任を感じていたのであろう。



カイン史概略 第48話「艦隊壊滅」


つい数時間前まで50隻を誇ったパンダム軍精鋭の艦隊が壊滅に近い状況を迎えるとは、
にわかに信じがたい事実であった。
ようやく沖に逃げ延びた5隻の戦艦に乗っていた30数名のパンダム軍の兵士は、
ゴーレムの誘爆を茫然と見つめて放心状態に陥っていた。

沈没を免れたたものの炎上を続けている戦艦の残骸は、
煌々と夜空を照らし続け未明近くなってからようやく鎮火、あるいは沈没した。
翌日の昼近くになって接岸可能となった5隻の戦艦が、
悪鬼率いる決死隊との合流を果たしたときには、
400名いた兵は160名まで減り、50隻の戦艦は5隻となっていた。
220名が戦艦とともに沈むという惨状であった。
さらに決死隊を率いた悪鬼は腐毒のせいで意識不明の重体である。

艦に乗ったままでは兵の体力が減っていく一方である。
各艦に必要最少残して全員を風の丘に移し、もし今一度敵が押し寄せてきたときには、
死を覚悟して一人でも多くの敵を天上への道連れにすべし。

そう決断を下したのは悪鬼の副官で、沈没の難を逃れた「ラーマルト」であった。
敵は戦果を上々と見てグルーディン村要塞に引き上げていっただろうことに
賭けるしかなかったのは何ともつらいところだが、この場合の彼の推察は正鵠を得ていた。

ラブータ部隊も戦艦に打撃を与えた以上、戦闘による戦果を重ねる必要はなかったし、
悪鬼部隊の兵を1人倒すのに3人の犠牲を出すような不毛な戦闘を仕掛けるよりも、
苦戦しているであろうグルーディン村要塞に駆けつけるべく急行しようと考えた。

そもそもラブータ部隊の兵は、
パンダム四天王と刺し違えて見事悪鬼部隊を退けたオロアネハに対する哀悼の念が強く、
死んだオロアネハをグルーディン村要塞に連れ帰ることを一番に望んだのである。

さて、デス=ラック部隊と魔女部隊の戦闘の状況はというと、
あっさりと残り2つの陣地も抜かれ、
いよいよグルーディン村要塞包囲が行われるかといった状況であった。

グルーディン村要塞包囲時の戦闘可能兵数は以下の通り。
ギャリックギルド軍 本隊3200名・負傷者600名(グルーディン村要塞内)
ギャリックギルド軍 ラブータ部隊370名・負傷者100名(トゥレックオーク野営地)
パンダム軍 魔女部隊2500名・負傷者400名(グルーディン村要塞包囲)
パンダム軍 ラーマルト部隊(元悪鬼部隊)160名+戦艦5隻(風の丘沖)

この時点での魔女部隊は、戦艦の9割が轟沈したことを知ることはなく、
勢いのままにグルーディン村を蹂躙しようと着々と包囲を完成していた。
もちろん、ギャリックギルド本隊も事の成否を知る由もなかった。
ラブータ部隊は本隊を援護すべくグルーディン村に急行していたが、
自身と兵士の疲労が著しく、負傷者も多かったためトゥレックでの野営を余儀なくされた。
ラーマルト部隊も1日かけて休息と編成を行って後、
5隻の戦艦を率いて海上から砲撃を加えるべくグルーディン村に向かわんとしていた。

戦艦の砲門射程は300メートルであったので、
グルーディン村要塞をわずかにかすめる程度にしか被害を与えることはできない。
だがもしその射程が500メートルであったならば。
また、50隻の戦艦を直接グルーディン村要塞に向かわせていたなら。

ギャリックギルドとシシリーは完全なる敗北を喫したであろう。と、
後の歴史学者の想像力を大いに刺激することとなったが、
300メートルの射程をもつ砲門は当時として最高水準の技術である。
当時の人々には500メートルの砲門射程など思いもよらなかったことであろう。



カイン史概略 第49話「膠着状態」


デス=ラックがシシリーに尋ねた。
「シシリーさん、ラブータとオロアネハが失敗してたらうちらどうすんの?」
「まさか敵にルウンへ帰ってくれとは言えないし、ここまでくればやるしかないだろ」
やるしかないだろと言ったものの実戦経験の乏しいシシリーに自信があるはずもなく、
魔女部隊にグルーディン村要塞を包囲された以上、もう斥候も伝令も出せない。
あの2人が失敗するはずもないが、にしても魔女部隊の士気は盛んになる一方だった。

状況判断するにもこうも材料がないのはシシリーとしてもつらいところであった。
デス=ラックは自分の仕事はすんだとばかりに指揮権を全てシシリーに押し付け、
緊急の用事が無い限り呼ばないでくれ、とどこかに消えてしまった。

すでに手元に残っている切り札も一枚限り。
デス=ラックが指揮していた部隊とは別に2000名の兵をここまで温存してあるので、
要塞内に3200名の戦闘可能な兵を籠めてあるとは敵も知らないことである。

魔女部隊は何も知らず2500名の兵で包囲しているわけだが、
籠城の敵よりも少ない兵数で包囲を行うのは用兵術に背くことである。
そこに付け目も生じてくるはずなのであるが、
パンダム軍は精鋭、ギャリックギルドは新兵の寄せ集め。
好機は巡ってくるとしても1回、あっても2回。そう睨んでいるシシリーである。

「大丈夫。ギルドの財産を全て渡してシシリーの首をパンダムに持っていけばすむよ」
冗談とも本気ともつかないポトの言葉だが、
「ポトの首も添えて詰め合わせにしないと向こうの大将は赦してくれないぜ」
とシシリーに突っ込まれると、ははははと笑いながら会議室から出ていった。
どうやら、詰め合わせはご免こうむりたいらしい。

さて、パンダム四天王である魔女はパンダムの信任厚い魔術師である。
カイン暦0035年、ゴダード城を陥としたパンダムがそのままルウン城を攻めたときに、
彼が亡者の森で見いだしたネクロマンサーがその人であったといわれる。
その堅実で緻密な用兵ぶりは、部下からも厚く信頼を寄せられるところとなっており、
風の丘上陸作戦における総指揮官の任もここまで全うしていると言える。

こうして、ギャリックギルド軍本隊と、パンダム軍魔女部隊の衝突は、
時間の問題に見えたが双方ともにむやみに犠牲者を出すことを嫌ったので、
じわりと機を待つような雰囲気に満ちることになった。
シシリーは、ラブータ達の決死隊の成否が分からない以上動けなかったし、
魔女は、後方からの連絡がしばらく来ていないことに若干の苛立ちを感じていた。

その均衡を破ったのは、グルーディン村要塞沖に現れた5隻の戦艦であった。



カイン史概略 第50話「シシリー落胆」


急ぎ魔女部隊の支援を行おうとしてグルーディン村要塞沖に現れた5隻の戦艦は、
シシリーに多大な衝撃を与えるとともに、魔女を訝しがらせることになった。

魔女と悪鬼による打ち合わせではグルーディン村要塞の包囲が完了したときに、
50隻の戦艦を沖に並べ、威嚇砲撃を加えたのちに突撃を図る段取りになっている。
伝令がうまく機能していない状況の下で、
ここしかないというタイミングで戦艦が到着したのは良いが何故5隻なのか。
まずは直接問い合わせてみなければなるまいと戦艦からの連絡を要請した。

一方、シシリーはといえばラブータとの連絡は途絶え、
いきなり沖に戦艦が現れたとなってはとても平常心でいられそうになかった。
「ラブータ。オロアネハ。お前たちほどの戦士が討ち果ててしまったか」
落胆を隠せず天を仰いだシシリーは、なす術もなく立ちつくすばかりであった。
戦艦が接岸することはなく、砲撃も要塞の中心までは届くまいとは知っているものの、
まさかパンダム軍がここまで強いとなると、次の手を仕掛ける気力も無くなってくる。

それでも、もう少しはっきりするまでは。
すくなくともラブータの生死がはっきりするまでは粘るしかない。
勝機が逃げていくのか勝機を呼び込むことになるのか、
見当は全くつかなかったが闇雲に兵を動かすのだけは避けようと決めていた。

この決断の結果はさておき、一つはっきりしていることは、
3200名の兵士を縦横無尽に動かすだけの能力と経験が、
この時点のシシリーには全く備わっていなかったと言うことである。
レイドボス討伐指揮の経験はあっても軍同士の実戦となると話は全く別次元である。
ゆえにパンダム軍魔女部隊の動きを見て後手後手に回らざるを得なかったのだが、
いっそ肚をくくって自分からは動かないことに終始したのだった。

さて魔女は包囲を完成させたあと、戦艦にいるはずの悪鬼と至急に連絡を取ろうとした。
そして戦艦が45隻沈められ悪鬼は重体であるという報告を受け愕然とした。
戦艦同士の戦闘以外で艦が沈むことなど、当時の常識ではありえなかったからである。

ここは一気の殲滅を図るべきか。
魔女もまた迷っていたが、歴戦の指揮官である彼女はすみやかに決断しつつあった。
各陣営の各人の各思惑がばらばらにめまぐるしく交錯する状況の中、
いかなる結末が彼らに降り注ぐのか、それは後世のみが知るところであった。




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カイン史概略31-40


カイン史概略 第31話「ユリック連合」


ディオン城主ガルビオンの元に身を寄せた、元グルーディオ城主ユリック。
もともとは小さな非戦争ギルドの連合を束ねる調整役であった。
グルーディオ地域を拠点に活動していた彼女は、その調整役としての手腕を買われ、
4人のマスターのうちの1人となったわけだが指揮官としての経験は全くなかった。

カイン暦0035年グルーディオ地方での武装蜂起の際も、
指揮官としての参戦ではなく、一隊長としての参戦であった。
当時の経緯について触れておく。

「えっと、ユリックです。勝てば天国。(かもしれない)負ければ地獄。(これ確定)
グルーディオ城主ウインクさんの圧政に苦しむ皆さんが、
力を合わせて頑張っちゃう連合。(ここまでが正式名称)」
ユリックは自らのギルドを含む連合をこのように名乗っていたと言われる。
当然、正式名称など誰も使わず(というかほとんど誰も知らない)、
省略して通称「ユリック連合」と呼ばれていた。

カイン暦0035年グルーディオ城前に集結した連合は、以下の3つ。
1.「ユリック連合」兵数1200名。
2.「フライン連合」兵数2500名。
3.「ダンコス・ギルド」兵数700名。
併せて兵数4400名であった。指揮官は「フライン」。
だが、この兵数は武装蜂起のために集結した一時的なものである。
平時は3つの勢力を併せて1000名を超えるか超えないかといったところであろう。

なお、グルーディオ城を守るウインクの兵数はわずか800名。
常時軍属300名と非常軍属500名の編成であった。
吝嗇家と言われるウインクは軍に費用をかけることを好まず、
平時は身内の少数精鋭で十分だし、非常時には非常軍属を雇用すればよいと公言していた。
まさか足元から敵が沸くような目に遭うとは夢にも思ってもいなかったのである。



カイン史概略 第32話「ウインク追放」


ユリックたちの武装蜂起の情報を手に入れ、
ウインクは動転を隠そうともせず、非常軍属として冒険者を雇用しようと躍起になった。
だがすでに冒険者達はフライン=ユリック=ダンコス連合軍に、
その多くが非常軍属として雇用されてしまっていた。
限られたパイの奪い合いでウインクは完全に出し抜かれた格好になったわけである。

フライン達はグルーディオ城を包囲し、兵を繰り替えては連日攻め立てた。
兵数にして5倍以上の差である。敵は城の祝福を受けて死亡しないとは言え、
2回も殺せば、デスペナルティで兵としては当分役に立たなくなる。
そのことを計算したうえでのフラインの戦術であった。

非常軍属の兵は勝負の風向きに敏感な上、
さらに急に雇い入れられたこともあって士気も忠誠心も高いとは言えなかった。
不利な状況でウインクに力を貸す以上、破格の厚遇を受けて当然だと彼らは考えていた。
確率が低いなら、賭けの報償が良くなるのは当然ではないか。

しかしウインクは彼らを厚遇しなかったばかりか、
本来の配下である常時軍属の兵をかわいがり非常軍属の兵を捨て駒扱いにした。
当然のようにウインク軍は夜ごとに脱走者と投降者が相次ぎ、
包囲から一週間でウインク軍は500名にまで兵を減らすことになった。
さらに負傷者を除いた実働の兵数ともなると350名程度であった。

そして包囲開始から10日後。フライン指揮による連合軍は最終的な攻勢に出る。
裏門がある北を放置して、
東・西・南の三方面から行われた連合軍4000名の兵の総攻撃は苛烈を極め、
さすがのウインクも裏門から落ち延びる他に選択肢はなかった。
城とともに滅びるなどという陳腐な美学は、彼とは無縁だったのである。

この時、ウインクと一緒に北門から逃げることができた兵はわずか100名余り。
彼らはエルフ村地方とオーレン地方を南北に隔てる霧の山脈を命からがら越えて、
敗残の身を引きずりながらオーレン城に向けて落ち延びていった。
オーレン城に到着した時ウインク軍はわずか10名余であったと言われ、
もはや軍の体裁を調えていなかった。

こうして武装蜂起は成功し、それまでのグルーディオ城主ウインクは追放された。
ウインクはオーレン城でしばし休息を取った後、アデン城主ミサリムの元に行き、
自らの非力を嘆き、重ねてミサリムの配下となることを誓った。
ミサリムはこれをおおいに喜び、ウインクをミサリム軍戦術指揮官補佐に取り立てた。
彼はのちにパンダムとの戦いで数々の戦歴を積み、ミサリム軍戦術総指揮官となる。



カイン史概略 第33話「グルーディオ城主 ユリック」


さてグルーディオ城主ウインクの追放に成功したフライン達であったが、
いざ誰が新しい城主となるかに頭を悩ませていた。
4人のマスターの1人として連合に加わり、
その1人として歴史に名を連ねるのは非常に魅力的ではあったが、
いざミサリムと対峙するとなると及び腰になるのも当然のことであった。

フラインはこう提案した。
グルーディオ城の軍庫の財宝を、兵数を出した割合で分けてくれればそれで問題ない。
城主は調整役としての能力に長けているユリックがなるべきである。

ダンコスもフラインの提案に異論のないところであったので、
ユリックがグルーディオ城主となり残りの2人で後押しするという形で話はまとまった。
グルーディオ城主ユリックの誕生である。

グルーディオ城主となったユリックは早速、その調整力を発揮するために、
各城主に挨拶状を送った。
ギラン・インナドリル・ゴダードは元より、
ルウン・アデン・オーレン・ディオンの城主にまで送る丁寧さであった。

意に染まぬ事とは言え、
兵事を用いて城主を追放し、グルーディオ地方をみだりに騒がせたことを各城主に詫び、
非才の身でありながら城主の座につくこと心苦しくはありながら、
任に就いた以上は責を全うしたい、といった内容の挨拶状であった。

こうした経緯でユリックは4人のマスターの1人として認められたが、
翌年、ユリックはもあっけなくガルビオンに下る。彼女は最後まで野心と無縁であった。
そしてカイン暦0056年に至るまで、
グルーディオ城主として21年間の統治を行うことになる。
後世の評価は「『城主としては』ガルビオンの傀儡として可もなく不可もなく」である。



カイン史概略 第34話「ユリックの才能」


カイン暦0056年、
ディオン城主ガルビオンは、グルーディオ城を失ったユリックの亡命を受け入れた。
合流した兵数は一時的に2600名となった。

これまでは、ディオンとオーレンとで、ギランを包囲する形であったのが、
今では逆にグルーディオとギランで、このディオンを包囲する形にされてしまった。
このままではディオン城までもH・ギインの手に落ちてしまいかねない。
ガルビオンとしてはそれだけは避けたいところであった。

まずは、この2600の兵数を維持する必要がある。
それさえ何とかなればオーレンからギランを牽制してもらうことで、
当面の防衛は十分可能である。後はH・ギイン軍を内面から切り崩していけばよい。

ガルビオンの見るところでは、
H・ギイン軍戦略指揮官である美しき勇者アプリスの華やかさこそが、
H・ギインのアキレス腱となるはずであった。
英雄よりも強く輝く星がいつまでもその下で輝き続けることなどありえないのだから。

さて、ディオン地方財政再建のためにガルビオンが目を向けたのは、
ディオン地方に設置されてあるモンスターレース場と闘技場であった。
モンスターレースはドッグレースと似ており、各枠のモンスターにベットするもの。
闘技場は、冒険者同士が死亡することなく決闘できる特殊な結界が張られた場所である。

モンスターレースは漫然とした経営のため収益はほとんど上がらず、
闘技場にいたっては暇つぶしに冒険者がじゃれあっているだけの状況であり、
周囲でバザールのみが活況を呈しているという具合であった。
バザールからの税収はもちろんない。

まず、モンスターレースに出場するモンスターを召喚獣に差し替えた。
そうして経費を削減しつつ、モンスターレースの一番の売りとして採った手段は、
テラ銭を徴収しないことの表明であった。実質の無税である。

さらにレース間隔を従来よりも短くし5分に一回の発走とした。
賭け金の最小単位は1M。モンスターレースは大型賭博に姿を変えた。
一攫千金を狙う冒険者達は皆ディオンに集うことになったのである。

また、闘技場での自由な決闘を禁じ使用料を徴収する代わりに
高レベルのバッファーを用意してフルエンチャントを受けられるようにした。
週末にはカインに名を知られた戦士達による、
エキシビジョンマッチ、勝ち抜きマッチ、トーナメントマッチが行われた。
冒険者達の個人賭博、闇賭博も盛んになった。

バザールは改装して広さを従来の20倍とした。
区画整理を行って客が品物を探しやすいようにし、区画ごとの売買権利証を販売した。
売買権利そのものは安価であったが、売上の0.5%を税として徴収したので、
バザールは莫大な税収を生み出した。

カインのどの街からもテレポートゲートキーパーを使えば、
モンスターレース場わきのバザールに一瞬で無料アクセスできるという利便性に加え、
他の街にはない最大の魅力となったのは、城主による露店制裁制度である。

悪質露店や詐欺露店は、城主権限で露店撤去することができた。
さらに取引のログは全て記録されており、
不当売買については取引無効を宣言し悪質な冒険者を処罰することもできた。

呼び出しに出頭しない冒険者は、容赦なくピースゾーンの恩恵を剥奪した。
バザール改装後一週間で、
悪質な露店をやめないドワーフ娘20名余が警備兵の手により殺害された。

こうしてモンスターレース場・闘技場・バザールはディオン地方に莫大な富をもたらした。
ディオン城主ガルビオンは常時軍属を4500名にまで増員し、
包囲をものともしないところにまで、ガルビオン軍を増強することに成功した。
彼のそばに寄り添うのはかつてのグルーディオ城主ユリックであった。

ユリックは兵を扱う際の判断力・決断力・行動力・非情さに欠けていたため、
指揮官として、あるいは城主としての適性には疑問符が打たれていたが、
モンスターレース場・バザール運営についての具体案を出すなど、
プロジェクトを立案する才能は、ガルビオンも目をみはるものを有していたのである。



カイン史概略 第35話「鼎立爛熟」


カイン暦0056年、アプリスによるグルーディオ城占拠以降数年間、
H・ギイン軍とガルビオン軍との間で大規模な戦闘が行われることはなかった。
ギラン、ディオン、グルーディオの各地方は、
人心疲労と財政疲弊からの回復のため内政に力を入れざるを得なかったのである。
皮肉にもそのことが束の間の平和をもたらすことになった。

不穏のきなくさい匂いを発しながら今こそ雌雄を決せんとしているのは、
いまや力を蓄え充実し切っているルウン城主「沈黙の英雄」パンダムと、
無敵の杖を振るうアデン城主「恐怖の女王」ミサリムであった。
そして、アデンとルウンで大規模な戦闘がひとたび起これば、
オーレン、ゴダードは元より、
ギラン、ディオン、グルーディオも平和を享受してはいられない。

カイン暦0040年「ミサリム=パンダム不戦条約」により、
かつては互いに矛を引いたミサリムとパンダムであった。
しかし、カイン暦0049年に彗星のように現れたH・ギインが蚕食し領有しているのは、
インナドリル、ギラン、グルーディオ。元はと言えばミサリムの領地である。

このような経緯によりカイン暦0060年の時点で、
ミサリムとパンダムの勢力比は、ほぼ伯仲といえる状況になっていたのである。
参考までに(カイン暦0060年)各城主の常時軍属兵数を挙げておく。

ルウン城主「パンダム」 兵数5200名。
ゴダード城主(パンダム四天王共和制)
「君主」・「魔女」・「剣士」・「悪鬼」 兵数3200名。
シュシュッツガルト城遺跡 不在
アデン城主「ミサリム」 兵数7600名。
オーレン城主「ダリーゼ」 兵数2500名。
ギラン城主「H・ギイン」 兵数4700名。
インナドリル廃城 不在
ディオン城主「ガルビオン」 兵数4500名。
グルーディオ城主「アプリス」兵数2800名。
忘れられた神殿「シシリー」兵数500名。

これはあくまでも常時軍属兵数であるので、
非常軍属を雇用すれば兵数は一時的に跳ね上がる。
非常軍属を雇用するのに有利と言われている地方はアデンとギランである。

非常軍属を雇用しやすい面ではミサリムとH・ギインが有利と言えたが、
パンダムの率いる兵は充実した装備が自慢の精鋭である。
カインはミサリム、パンダム、H・ギインを中心に三つ巴の様相を呈し、
まさに鼎立体制はここに完成を見たと言って良い。

そんな中で、ディオン城主ガルビオンが英雄に遜色ない兵数を有しながら、
「ミサリムの盟友」という地位に甘んじているのが不気味と言えば不気味であった。
ガルビオンがこのままミサリムの盟友としてH・ギインに敵対しつづけるのか、
あるいはミサリムを裏切ってH・ギインと組むのか、
それによってカインの勢力図は大きく変わってきそうな気配であった。

また、シシリーもDVCから忘れられた神殿に拠点を移して以降、
あらゆる手段を用いて莫大な資金を蓄積していた。
(グルーディオ城の軍庫を暴いたのもその一環に過ぎない。)
もし彼が非常軍属を雇用する気になれば、可能な雇用兵数は5千とも1万とも言われる。
いざというときにカインに一波乱起こそうという邪心があるのは明白であった。



カイン史概略 第36話「H・ギインの後継者」


カイン暦0056年からグルーディオ城主となったアプリス。
世にも稀な美貌を白銀の鎧に麗しく包み、透き通る弁舌は実に爽やか。
その清らかに澄み切った声で号を下せば、いかなる屈強な戦士も喜んで死地に赴くと見えた。

H・ギイン軍の中でアプリスは瞬く間に高い評価を得た。
ある者はH・ギインに次ぐ人物だと評し、
ある者はH・ギインの後継者は彼女しかいないと公に発言した。
もはやアプリスはH・ギインを超えていると唱える者まで現れた。

肝心のH・ギインは、アプリスに対して嫉妬するどころか、
グルーディオ城主になったアプリスに対して、自ら祝いにグルーディオ城に駆けつけ、
「美貌の戦略指揮官殿、貴女に救国の英雄になっていただかなくてはなりません」
両手でアプリスの手を握って祝辞を述べる始末であった。

アプリスのことを苦々しく思っていたのは賢者シルメンである。
アプリスの美貌も巧みな弁舌も、
シルメンには彼女の本質を隠す偽りの仮面にしかみえなかった。
彼女は自らの自己満足のために兵をみだりに動かし、
必ずや全軍を破滅に陥れるであろうことを彼は予見していたのである。

シルメンの危惧は、後の「華麗なるオーレン城包囲の罠」で悪夢として実現するわけだが、
実際のところ、シルメンのアプリスに対する羨望と嫉妬に過ぎなかったのではないか、
後にそう証言する人も多い。

かつてH・ギインを巷間に見いだし、英雄という至高の地位に就かせ、
そしてその右腕として「ギインの冠」という称号を戴く賢者。
「外征は騎士セーヴ、内政は賢者シルメン」と謳われたH・ギイン軍の双璧。
それが今や美しき勇者アプリスの放つ光の前に、見る影もない。

そういう状況の下、カイン暦0062年に起きたのが、
グルーディオ城における「賢者シルメン追討令」事件であった。



カイン史概略 第37話「シルメン失脚」


ギラン城主H・ギインの下で、
ギラン・インナドリル地方の内政を一手に切り回していたのはシルメンだったが、
グルーディオ城主アプリスが、H・ギインとシルメンの関係に致命的な楔を打ちこんだ。
 
「シルメンをアプリスの配下としてグルーディオ城に譲り受けたい」
アプリスはH・ギインに対して、そう申し出たのであった。

H・ギインは、快く承諾の返事をアプリスに書き送った。
そして、事後通告的にシルメンに対して、
グルーディオ城に向かい、城主アプリスの補佐として内政に励むようにと伝えた。

シルメンは「H・ギインの助言者」としての立場を失ったことを悟った。
今や、H・ギインはアプリスの言いなりであり、
そして、自分の序列はアプリスの下に置かれていることも明らかになった。
それはシルメンにとって耐え難い屈辱であった。

だが、ここで激高して考えもなく出奔するのも、
地位ある人間のすべきことではないとようやく思いとどまり、
足取りも重くギラン城を発ち、グルーディオ城に向かうシルメンだった。

シルメンはさっそく内政の業務に取りかかってみたものの難題が山積していた。
かつてアプリスは25%の重税をかけたことがあった。
今は15%に引き下げられているものの、それでも十分重税と言えた。
 
もはや城主アプリスの美貌と弁舌を以てしても、
グルーディオ地方の民衆の不満を抑えることはできなくなっていた。
民衆は日々の暮らしに困窮していたのである。
 
「税率をギラン・ディオンに倣って5%まで引き下げ、
食糧は安価に放出し、まずは民衆の慰撫に努めなければ不満は抑えられないでしょう」
シルメンはアプリスにそう進言した。
 
「この城には余剰の物など一切無く、税率を下げれば兵数を維持することもできません。
豊かなギランならいざしらず、このグルーディオで寝言を言ってもらっては困ります」
アプリスは手厳しくシルメンの意見を却下した。

シルメンには鬱積していた言い分があった。
結果を考えると口にすべきではなかったが、すでに彼の忍耐は限界を超えていた。

「そもそもデス=ラックにグルーディオ城軍庫を暴かれる元となったのは、
あのシシリーに助力を求めるようH・ギイン殿に勧めたアプリス殿のせいではないか。
さらに、H・ギイン殿からの叙任を受けずして、勝手に25%の重税を課したせいで、
H・ギイン軍はグルーディオ地方で略奪者扱いを受けていることはご存知か。

今すぐに悔い改めて税率を下げるならまだしも、兵数がどうの、維持がどうの、
全く笑止も笑止。このシルメンに対してよくぞおっしゃった。さすがは勇者殿ですな」

一気に文言を吐き終えると、
怒りのあまり言葉を失って唇をかみしめているアプリスに一礼をして、
シルメンは広間から出ていった。
アプリスの美しい顔からは血の気が引いて蒼白になり、目だけが赤い憎悪に燃えていた。



カイン史概略 第38話「勤勉な財政官」


アプリスに捨て台詞を投げつけたはいいものの、
このままグルーディオ城には留まれそうもないと考えたシルメンは、
その夜のうちにグルーディオ地方から逃げることを考えた。

だが、落ち延びるあてなど当然どこにもない。
途方にくれたシルメンが自分の部屋の前まで来た時、
彼の帰りを待ち受けていたのはメイセターであった。

メイセターはシルメンがグルーディオ城に配属されるしばらく前に、
ギラン城配属からグルーディオ城配属の財政官となっていた。
H・ギインが、含むところ無くグルーディオ地方の財政を立て直す気であったことは、
メイセターについての人事からも明らかである。

シルメンはメイセターの姿を目にして、先ほどの軽挙を恥じ、
しかし、なぜ財政官であるメイセターが自分の部屋の前にいるのか訝しんだ。
メイセターはいつも絶やさない笑みを、その時は顔から消し去っていた。

「シルメン殿。一部始終を陰から見させていただきました。
とうとうアプリス殿と袂を分かつことになったご様子。
しかし、彼女と相対するということは、
H・ギイン殿に弓引くことになることも重々ご承知でしょうな?」

「これ以上アプリスと陣営を共にする気はない」シルメンはそう言い切った。
そして、それがH・ギイン、セーヴとの別れになることもシルメンには分かっていた。
決して自ら選び取った局面ではないにしても、もはや選択の余地はなさそうであった。

メイセターは、「よろしい」とにやりと笑った。
どこかで見たことがあるような気がした。確かに見覚えがあるのだ。
勤勉な財政官などではなく、そう、まるで盗賊のような。
しかし、シルメンにはうまく思い出せなかった。
はっきりと思い出したのは、メイセターの次の言葉を聞いた時だった。



カイン史概略 第39話「シルメン追討令」


「軍庫の金をね、退職金代わりにいただいてからお別れといきませんか?」
シルメンは全てを覚った。メイセターは自分を巻き込んで、
グルーディオ城の軍資金をまたもや持ち逃げしようというのだ。

メイセターがひとりで言い出すわけもなく、これはシシリーの指図に違いなかった。
前回はシラを切り通したシシリーだったが、同じごまかし方は通用しないだろう。
そもそも、シルメンとメイセターの2人で軍庫を暴くことなどできそうにない。

だが、どうせ明日になれば何かしらの処分を受ける身である。
シシリーの元に再び身を寄せる気はないが、
アプリスの鼻を明かしてから立ち去るのも悪くないと腹を決めたシルメンであった。

ひっそりと静まり返った軍庫には、厳重な封印が施されている。
単純な鍵では暴かれるからであり、財政官といえども封印を解くことは不可能である。
「いやあ、たとえオルライト殿をもってしても、この封印を解くのは不可能でしょうな」
他人事のようにメイセターは呟いた。

メイセターは、自分の言葉にうんうん頷きながら軍庫の外壁に回り、
レンガを丁寧に取り外し始めた。小さなスイッチが見える。
おもむろにそれを押すと、籠もった音と共に外壁の一部が崩れていった。

カラクリは以下の通り至極簡単である。
カイン暦0056年にデス=ラックがグルーディオ城軍庫を暴いたときに、
あらかじめスイッチ一つで壁に穴が空くように仕掛けを作っていたのだ。
この仕掛けを考案したのはギャリックギルドのスミス「ポト」。
口数は少ないが、人を欺く企みとなると異常な好奇心と情熱を見せる奇人である。

端的に言えば、この6年の間ずっとアプリスは、
穴のあいた軍庫にせっせと財宝を運び込んでいたということになる。
彼女の自尊心はこの事実を受け入れることができるのだろうか。

グルーディオ城主アプリスは、
翌日にさっそくシルメンを召喚し、いないと分かると、
職務放棄、侮辱罪、反逆罪、収賄、軍規違反など8つの罪をでっち上げ、
H・ギイン軍除名追放処分を課した上、賞金を懸けて追討令を出した。

そこまではアプリスの思惑通りだったが、
その日のうちに軍庫の外壁に異常があるとの報告を受け、現場に到着して今度こそ青ざめた。
一度ならず二度までも空っぽの軍庫を呆然と見つめることになろうとは。
8つの罪はでっち上げだったが、これはどうやら本当の大罪である。

こうしてカイン暦0062年、
シルメンとメイセターは軍庫の財宝とともに忽然と失踪する。
行き先は言わずと知れた忘れられた神殿。

この頃と時を同じくして、
ギャリックギルドはカイン各地で非常軍属として冒険者の雇用を行い、
グルーディン村の南にキャンプを設営し、兵を集結させた。
近々行われることになるであろうH・ギイン軍との交戦に備えてであった。

かき集めた兵数は約5200名。
この兵に訓練を施せば一軍として戦えるというのがシシリーの目論見であった。
だが、真の狙いがどこにあるのかはシシリーしか知らなかった。
この時、彼が見ていたのはアプリスではなかったのである。



カイン史概略 第40話「軍庫枯渇」


グルーディオ城は一夜にして窮地に陥った。
当時グルーディオ城に常時軍属として雇用されていた兵は3100名だったが、
たちまち給与を支払うことができなくなってしまったのである。

城主アプリスは騎士セーヴを呼びつけて詰問した。
「そもそもセーヴ殿とシルメンは親しい間柄。
今回の一件に貴方も関わっている、まさかそういうことはないでしょうね?」

セーヴは沈痛な面持ちで、もちろん違うと言下に即答した。
そして、自分を疑っているような悠長な状況ではなく、
この危機を何とか乗り越えるために力を合わせましょう、とアプリスを励ました。

アプリスとて決して無能な城主ではない。
セーヴの言葉を聞いて、疑ったことを詫びて事後の行動を検討することにした。
3100名いた常時軍属を1500名まで減らし、
ギラン城から補給の物資を一昼夜かけて運ばせ、なんとか統治の維持を図った。

これは苦渋の選択であった。
ディオン城を攻める計画が以前からあったが、この一件で全ては水泡に帰してしまった。
グルーディオ城を守るだけのぎりぎりの兵数を残して、
またも内政充実に取りかかる羽目になったのであった。

アプリスとシルメンの不仲から起こった「賢者シルメン追討令事件」は、
H・ギインに相当のショックを与えた。
まさかシルメンが自分を裏切るとは思わなかったのだ。

H・ギインがあまりにもアプリスを重用したことに端を発していたのだが、
彼はその事実を認めることはできなかった。
自分は英雄として最善を尽くしてきたし、誰かを恨んだり遠ざけたりしたことはない。
そういった思いが強すぎると独善に陥りやすいという一つの事例である。

こうして、H・ギインとシシリーとの友好的関係は完全に決裂した。
シシリーはカイン暦0062年の終わりまでに、
非常軍属と常時軍属併せて5200名とし、
忘れられた神殿を放棄し、グルーディン村を城壁で囲み城塞都市とした。





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カイン史概略21-30

カイン史概略 第21話「ハイネス併呑」


当時カイン暦0050年、英雄H・ギインは、
シルメンの進言に従って向こう5年間一切を無税とする告示を街頭に貼り出し、
さらに食糧などを安価で民間に放出したため、遠く噂を聞きつけた冒険者が、
グルーディオ・オーレン・ディオンから一気にギラン街に押し寄せた。

彼らを非常時の軍属として登録し、あるいは正規の軍属として採用することが、
H・ギインにとっての第一の急務であった。
いつミサリム、ダリーゼ、ガルビオンが復讐に燃えて襲撃してきても、
全くおかしくない状況であり、小さな衝突はすでに何度も起きていたからである。
これがシルメンの予測を上回る出費となってH・ギイン軍の財政を圧迫した。

また、先の戦闘での死亡者に対する補償金も、莫大な戦費となってのしかかった。
これら一連の戦後処理のせいで、シシリーから提供された軍資金を含め、
H・ギイン軍の軍庫は底をつきかけていた。

大規模な戦闘が起こらない限りは、なんとか3年間は持ちます。
と顔に大粒の汗をかきながら答えたのは財政官「メイセター」であった。

彼はギランの豪商の子息として生まれ、何一つ不自由のない身分として育った。
彼自身に商才がなかったのとすぐに人を信じてしまう性格のため、
親が亡くなって事業を継いだ途端に、「アカハック」と呼ばれる詐欺組織にかかり、
全ての財産を失い、無一文になってしまった。

その後、ギャリックギルドに拾われ、シシリーの元で資産管理の役についていたが、
シシリーからH・ギインへの軍資金提供の折りに、
メイセターも抱き合わせで、財政官としてH・ギインの所に派遣されたのであった。
「おい、お前は金勘定くらいしかできないんだからH・ギインについて行け。」
とは冗談交じりのシシリーの暴言である。

H・ギインはミサリムの勢力をなんとか支えながら、
なおかつ3年以内に財政を好転させる必要があった。
さもなければ、公約の5年間無税を自ら破ることになり、
ひいてはギランの冒険者達の支持を失うことにつながりかねない。

「制限時間は、困難な仕事を時限以内に成し遂げさせる最も勤勉な監督。」
カインに伝わる古いことわざだが、
何のありがた味のかけらもなくH・ギインの頭に響いたことであろう。

外に敵軍を支え、内に財政をやりくりしているうちに、
早くも3年が経とうとしていた。
いよいよ後のなくなったH・ギインはセーヴに500名の兵をつけて、
急ぎルーラーを持ち帰るように指令を出したのであった。

こうしてルーラーはギランで修復され、
なんとかハイネス地方を併呑することに成功したわけである。
確かにオルライトはルーラー修復という偉大な功績を挙げたが、
この期間、カイン暦0050年から0053年にかけての、
H・ギインの内政と外交のバランス感覚に優れた統治もまた称えられるべきであろう。

カイン暦0053年、英雄H・ギインは、
ギラン地方にハイネス地方を併呑し、ようやく勢力の安定を見たのであった。




カイン史概略 第22話「美しき勇者」


カイン暦0055年、ギラン地方に人の形をした天使が舞い降りる。
H・ギイン軍の戦略指揮官となる「美しき勇者アプリス」である。

ミサリム=パンダム=H・ギイン鼎立体制が成立した今、
H・ギインとしても、外交的戦略的にいかに勢力を伸張させていくか、
いずれかの方針を採らねばならなかった。
長らくH・ギイン軍の致命的な弱点となっていたのは、
カイン暦0049年からこの時期に至るまで戦略参謀が存在しなかったことである。

自らの戦略的才能を信用していなかったのはH・ギインの美徳に類する部分であったろう。
そんな中でH・ギインは、
ギラン街聖堂の前で辻説法をしている女性剣士がいるという噂を耳にする。

まぶしく光を照り返す白銀の鎧に身をまとい、ティアラと見まがう兜をかぶり、
右手には白々と淡い光を放つ「マサムネブレード+5」を抜き身に握りしめ、
鼎立体制の安定を見た今こそグルーディオを攻める絶好の機会、
と集まった冒険者に声高に説いているのであった。
この時のアプリスの姿は、美と戦の女神「アルティミア」に見まがう美しさであった。

説法の中身に興味をもったH・ギインはギラン城にアプリスを招いた。
そしてそのままアプリスはH・ギイン軍の戦略参謀となるわけだが、
本人のたっての希望で、役職名は「戦略指揮官」となった。
これに対して猛反発したのは、役職を半ば奪われた形になるセーヴではなく、
セーヴの友人であるシルメンだった。

これまで長年にわたって軍を実際に指揮してきたのはセーヴであるし、
それは現在においても同様である。
なぜ、戦略指揮官などという役職を設置する必要があるのか、
とH・ギインに真意をただしにきたのであった。



カイン史概略 第23話「美貌の戦略指揮官」


H・ギインはシルメンをなだめ、
セーヴをおろそかにしているわけではないと釈明をした。
また、どうしてもグルーディオ城を手に入れる必要があるのだと説いた。
外に対して動かずに守っているだけでは破滅しか待ち受けていない。
確かにこれは、H・ギイン、セーヴ、シルメン共通の認識であった。

H・ギイン軍に戦略参謀が必要なことは、シルメンも重々承知の案件であった。
この時シルメンの胸中に渦巻く不安とは、
H・ギインはアプリスの美しい外見に目が眩んでしまい、
彼女の人物と能力に対する判定を怠っているのではないか。というものだった。
シルメンの危惧が極めて賢明な推察であったことは、歴史が証明することになる。

のちにカイン暦0064年、
「華麗なるオーレン城包囲の罠」会戦でオーレン城を包囲したH・ギイン軍は、
包囲が完成していたにも関わらず、それをほどいてオーレン西ドレイク山に本営を移した。
こうして罠であると見せかければ敵は警戒して動揺するであろうというものであった。
敵が警戒しつつ仕掛けてくるところを一気に攻め下る作戦である。

H・ギイン軍の指揮官がアプリスであることを知るダリーゼの配下「セラムフ」は、
H・ギイン軍による包囲解除の真意をつかみ以下のようにダリーゼに進言した。
「私とアプリスとは昔同じギルドで戦略を学んだ旧知の仲。
彼女の得意とする策は奇策。実を用いての戦略を彼女は持ち合わせていないのです。」

セラムフの進言はダリーゼの見るところと一致していたので、
そのままドレイク山包囲が行われた。
もっともガルビオン軍はディオン城から動かず、作戦には参加しなかった。

ドレイク山山頂に陣を構えたことは致命的な大敗を招き寄せた。
ダリーゼは周囲に連なりを持たない孤山であるドレイク山に火を放ったのであった。
死線を超えて道を切り開き、命からがら逃げ出したH・ギインとアプリスは、
兵の半数を失い全軍撤退するほかなかった。
 
そして翌年を待たずしてミサリムとガルビオンがギラン城を包囲、
もはや民衆からの支持を失っていたH・ギインは降伏するほかなかった。
それに伴いアプリスもグルーディオ城を放棄し降伏。
H・ギインとその妻アプリスは次の年にギラン街で公開処刑された。

もしも賢者シルメンがいたならば、
アプリスの奇策は実行されず今日の大敗を見ることもなかっただろうに。
H・ギイン軍の兵達はそう嘆いたものの、言っても始まらないことであった。



カイン史概略 第24話「遠交近攻」


さて、話をカイン暦0055年にまで戻す。
H・ギイン軍の戦略指揮官となった美しき勇者アプリスは早速、
グルーディオ城攻略の策をH・ギインに進言した。

グルーディオ城主ユリックは所詮、ディオン城主であるガルビオンの傀儡。
H・ギイン軍がディオン城を攻めれば必ず援軍に駆けつけてくる。

グルーディオ城とディオン城が近いことと、
グルーディオ城を攻める勢力は直接的に存在しないことが逆に盲点となり、
ユリックは兵のほとんどを率いてディオン城まで進んでくるはず。

そうなればグルーディオ城は空城に近い状態になる。
そこで忘れられた神殿にたむろするギャリックギルドのシシリーをそそのかし、
グルーディオ城を占拠させてしまえばよい。
あとはグルーディオ城を譲り受け、礼はいずれすると言っておけば問題ない。

そもそもギャリックギルドが忘れられた神殿でのうのうとしていられるのも、
H・ギイン軍がディオン城とグルーディオ城に攻勢を掛けると見せているからである。
だからシシリーが我々のために働くのは当然のことである。

アプリスのいわんとするのはだいたいこういった内容であった。
もし、その場に騎士セーヴがいれば次のようにアプリスの策をとどめたであろう。
「シシリーは誰の風下にもつきません。そのまま城を占拠されてしまいかねません」

H・ギインがインナドリル城を陥とし、ドラゴンバレーでナパースン軍を破ったのは、
シシリーからの資金と策によるものであったことは、
H・ギイン、セーヴ、シルメンの3人しか知らないことであった。

何も知らないアプリスがシシリーを軽く見たとしても仕方ないことではあるが、
シシリーに命令などすれば憎悪の笑みとともに城くらい占拠しかねない。
セーヴがそう危惧するとしても、もっともな話であった。

ギラン城主として5年、
さらに美しき戦略指揮官を得たH・ギインは充実の時期にあったと言えるが、
その自信がH・ギインの判断力を鈍らせ、シシリーを見くびらせたといえる。

H・ギインはアプリスの策を全面的に採用し、
5400名の兵をアプリスに持たせ、副官にはセーヴとシルメンをつけ、
ディオン城に押し出したのであった。

なお、シシリーへの使者として財政官メイセターが任命された。
この時シシリーへの手みやげになったのが
エミナ・エヴォリューション+17であった。



カイン史概略 第25話「密約締結」


アプリスは自らを美しき勇者、また戦略研究家と名乗っていたが、
彼女が考案したとされる戦術が二つ、当時の記録に残っている。

「アグレッシヴ・スウェイ・バック・ステップ・サークリング」
オトリとなる小部隊で敵を引き出し、環状を描きながら後退。
十分伸びきったところで、周囲の伏兵で殲滅を図る。

「ヘイト・コントロール・テンパランス」
オトリとなる小部隊を複数用意し、
同時に多方向から喊声を浴びせることによりその場に足止めを図る。
勢いを失った敵に、高火力で一気に殺到する。

基本的に「相手に罠を仕掛け、動揺している敵の虚をつく」というのが、
彼女の戦術構想の骨幹であり、戦略についてもそれを押し広げているだけであった。

鮮やかに敵を出し抜き、針穴のようなピンポイントの攻撃で華麗に倒す。
これが普段から彼女が公言しているスタイルであったが、
上手く行かなかった時に損失にならない、あるいは次の手が用意されている、
それが戦術というものであり戦略というものである。

彼女のそれは明らかに脆道に属するものであり、
かりそめにも一軍を預かる指揮官の採るべき策ではないというのが、
シルメンの言い分であったのであろう。

今回のディオン城攻略もまた、ディオン城そのものを本気で陥とすことではなく、
狙いはグルーディオ城であったが、ただし失敗した時に犠牲になるのは、
H・ギイン軍ではなく、シシリーが率いるギャリックギルド軍だった。

H・ギインにとってやや驚きだったのは、
シシリーがすんなりとグルーディオ城攻めを承諾し、
なおかつ、陥とした後の城をH・ギインに明け渡すことまで確約してきたことであった。

「エミナ・エヴォリューション+17は、世にも稀な名器。
シシリーは欲に目がくらんだのでしょう。喜んで協力を誓ったものと見えます」
これはアプリスの発言であったが、
人というものは、どこまでも自分の感覚の地平から離れることができないものである。

このような経緯の下でカイン暦0056年、
H・ギイン軍によるディオン城包囲が行われることになり、
アプリスを先頭に5400名の兵がギラン城から出発した。

時を同じくして、忘れられた神殿からもギャリックギルド軍900名の兵が出発した。
ギャリックギルド軍を率いるのはシシリーの配下「デス=ラック」であった。
こちらの方はと言うと、夜に人目を忍んでの出発であった。



カイン史概略 第26話「カイン兵制」

ここで、カインの兵制について多少の説明が必要だろう。
基本的に軍属は、常時軍属と非常軍属に分けることが出来る。

常時軍属…兵として常に城主に仕える者。
非常軍属…普段は冒険者として暮らし、招集に応じて兵となる者。
常時軍属と非常軍属とでは、兵としての士気・忠誠心が全く異なる。

当然、常時軍属となると相応の雇用費用がかかる。
城主に対しての忠誠心も求められるので兵数もなかなか集まらない。

対して、非常軍属はその場で兵数を集めやすい。
平時には彼らは冒険者として暮らすため、常時雇用の必要がなく費用もかからない。

それぞれの特性を考慮しながら、
城主もしくは指揮官は軍属を雇用する必要があった。

今回、勇者アプリス率いるH・ギイン軍5400名の兵の半数は非常軍属である。
だからといって、それは軍としての弱さを指し示すものではなかった。
要するに指揮を執りにくいという面がひとつ。
劣勢で支えに回った時に士気が低下しやすく脱走者が出やすいという面がひとつ。
指揮官としての資質が問われる、そういった種類の軍であると言える。

ガルビオン率いるディオン城ガルビオン軍は1100名。
これは全てが常時軍属の精鋭である。
ディオン地方は裕福な地域ではなく税率も5%を保っていたので、
常時軍属兵数としては、ガルビオンとしても目一杯のところである。

ガルビオンは非常軍属をあまり好まなかったと言われる。
常時軍属を好んだ彼は、軍属雇用に自ら立ち会い検分をしたという記録も残っている。



カイン史概略 第27話「ディオン城包囲」

アプリス率いるH・ギイン軍はディオン城手前で展開し、南東から半円状に包囲を行った。
これは、ディオン城の北西に位置するグルーディオ城からの援軍を敢えて通す狙いと、
北西に陣を取ると挟撃態勢を築かれてしまうので、それを避けるためであった。

グルーディオ城主ユリックは急ぎ1500名の兵を率いてディオン城に向かった。
3時間足らずでディオン城に到着し、
ディオン城を挟んで南東と北西とでH・ギイン軍とユリック軍は対峙することになった。

ガルビオン軍もディオン城北門から打って出たので、
H・ギイン軍5400名対ガルビオン=ユリック軍2600名の構図となった。

城を挟んでいる以上、大規模な衝突になることはない。
この、やや膠着しかけた状態でアプリスは戦術的才能の一端を見せる。
奇策を好む悪癖はあるものの、彼女は決して無能ではなかった。

ユリック軍は北西から西周りに、ガルビオン軍は北門から東周りに。
各軍分かれてH・ギイン軍に対して押し出してきた。
アプリスは南東で両軍を受けると見せて、さらに後方300メートル軍を引いた。

ガルビオン軍とユリック軍が目の前で交差するかしないかの時、
アプリスはマサムネブレード+5を振りかざし命令を出した。
「ユリック軍のみを狙うのがこの場合の上策。
ガルビオン軍は友軍を救うため混戦になるでしょう。そこに私たちの勝機もあるのです」

H・ギイン軍は敵軍に殺到はしなかった。
じわりと押し出し、ユリック軍のみを狙い撃ちにした。
アプリスの思惑通り、ガルビオン軍はユリック軍を見捨てるわけにいかず、
状況は混戦模様となり、H・ギイン軍は消耗戦に持ち込むことに成功したのであった。
こうなるとモノを言うのは、各個の技倆ではなく兵数である。

アプリスの副官セーヴは声を枯らして叫び、
負傷者をどんどん後方に下げ、できるだけ死亡者を出さないことを徹底した。
野戦で勝つことが最終目的ではなかったからである。



カイン史概略 第28話「グルーディオ城落城」


この日の戦闘で、
ガルビオン軍の死傷者は若干名。
ユリック軍の死亡者は20名。負傷者は200名。
対して、H・ギイン軍の死亡者は15名。負傷者は300名。

ユリック軍の死傷率がやや高いのは、H・ギイン軍が狙いを絞ったためである。
夕刻が迫るに至り、ガルビオン軍はディオン城に引き上げ、
ユリック軍はグルーディオ城に引き上げた。

ディオン地方とグルーディオ地方の境界となる川を渡り、
疲れ切ったユリックが城門前に来た時、彼女は信じられない光景を見た。
松明の明かりに煌々と照らされたグルーディオ城の塔。
高々と掲げられたH・ギイン軍の旗が風になびいているのであった。

まんまと城を盗られた格好になったユリックは歯がみして悔しがった。
意気消沈した1500名足らずの兵を率いて、
ふたたびディオン城に向かい、やっとのことで深夜ガルビオン軍と合流したのだった。

この時、グルーディオ城を占拠していたのは、言うまでもなくデス=ラックであった。
彼はルーラーに刻印しグルーディオ城主になれる機会を目の前にして、
決して自らを刻印しようとはしなかった。

うさんくさそうにルーラーをじろりと睨み、
「城を支配するんだか、逆に支配されるんだか。全く知れたもんじゃない。」
そう吐き捨てると無理やり軍庫を開いて900名の兵に分け前を与え、その場で兵を解き、
翌日、グルーディオ城に入城したアプリスとセーヴに城を明け渡すと、
自分はさっさと忘れられた神殿に引き上げてしまった。

種明かしをするとギャリックギルドに900名もの兵がいるはずもなく、
しかもデス=ラックが率いていた兵は、
その場でグルーディン村を中心に冒険者をかき集めただけの烏合の衆だった。
城主となっても維持できるはずもなく、最初から彼の目当ては軍庫の財宝だったのである。



カイン史概略 第29話「グルーディオ城主 アプリス」


こうしてアプリスとセーヴはグルーディオ城に入城した。
シルメンは戦勝報告のためにH・ギインの待つギラン城に帰らなければならなかった。
5400名の兵のうち、
負傷者と常時軍属の2900名はシルメンに率いられてギランに帰還していった。

残りの非常軍属2500名はグルーディオ城で給与を受け取り、
グルーディオ城アプリス軍常時軍属として、ほとんどが再雇用となるはずであった。

得意の絶頂にあったアプリスが軍庫前に来た時、彼女は信じられない光景を見た。
窓から射し込む光にひっそりと照らされたグルーディオ城の軍庫。
封印を解いて開けてみると1アデナもなく見事に空っぽなのであった。

まんまと軍庫を暴かれた格好になったアプリスは歯がみして悔しがった。
そのまま2500名の兵を率いて忘れられた神殿に向かい、
デス=ラックとシシリー、ギャリックギルドを血祭りにあげてくれようと、
命令を下しかけたその時、セーヴが口を開いた。

「グルーディオ城占拠という我々の当初の目的は達せられたはず。
軍庫が空なのはデス=ラックの仕業か、ユリックが別に移したものか定かではない。
H・ギインの意向を伺わずに勝手に追撃し、デス=ラックを討つのは甚だ危険でしょう。

ギャリックギルドの兵数は少なくとも900名以上あったという報告がある上、
今ここでグルーディオ城を空にして、ガルビオンに城を奪い返されでもすれば、
我々には帰るべき城も街もなく荒野に散り果てるしかない。
まさか忘れられた神殿を拠点にでもするおつもりか」

アプリスは自分より古参でもあるセーヴの言を受け入れ、
しかし、2500名の兵に対して与えるべき給与を如何ともしがたいと嘆いた。
それに対してセーヴは、
ありのままをH・ギインに報告しギランから軍資金を送ってもらうしかないと慰めた。

アプリスは、良い解決策があるから待っていなさいとセーヴと兵を城門前に待機させた。
H・ギインからの叙任を待たずしてグルーディオ城のルーラーに自らを刻印し、
美しき勇者アプリスはグルーディオ城主となったのであった。

そして税率を25%に引き上げ、とどまる意志のある者は全て常時軍属として雇用、
立ち去る者は一週間後に給与を城に取りに来るように伝達した。
2500名の兵のうち、
常時軍属となった者は800名、立ち去った者は1700名であった。



カイン史概略 第30話「不運の名器」


結局、アプリスはデス=ラックを追撃するつもりなど最初からなく、
自ら城主となって税をかけ、軍資金を確保することが狙いだった。
騎士セーヴはアプリスの演出にまんまと一役買わされた格好であった。

恥辱に耐え、面を下げてギランからの軍資金が運ばれてくるのを待つなど、
美しき勇者と呼ばれるアプリスには耐え難いことであった。
有能である自分は自らの才覚で軍資金くらい捻出することができる。
そう彼女は考え、そして一時的な重税を課すことでその場を切り抜けようとした。

だが実際問題、25%もの重税をかけた影響は深刻で、
H・ギイン軍によるグルーディオ城占拠はミサリム勢力からの解放とみなされず、
H・ギイン軍アプリスによる略奪あるいは不法占拠とみなされた。
それもこれもデス=ラックが軍庫から金目の物を全て持ち出したからにほかならない。

後日アプリスは自分の配下である「T・マスーン」を、
ギャリックギルドに対する詰問の使者として忘れられた神殿に派遣した。
デス=ラックは澄ました顔で答えた。
「軍庫には指一本触れていませんね。ユリックがガルビオンにでも貢いだのでしょうよ」

居合わせた一同は失笑をこらえるのに必死だったが、
思わず声をもらして笑った「エースク」は、
シシリーにエミナ・エヴォリューション+17で即座に左足の甲を射抜かれた。
エースクの呻き声と共に場は一瞬で白け、緊張の空気が走った。

「我々はグルーディオ城を占拠する一端は担いましたが、
前城主ユリックは、グルーディオ城からディオン城に事前に軍資金を移していた模様。
よってこの弓も受け取るわけにはいきません。慎んでH・ギイン殿にお返しします」

シシリーの弁明は以上の通りであった。
T・マスーンは内心の不快と恐怖を隠し、押し付けられた剛弓を手に、
これ以上この場所には居たくないとばかりに早々にグルーディオ城へと引き上げていった。

ある時は政治の道具に。ある時は恫喝の道具に。
エミナ・エヴォリューション+17が不運の名器と呼ばれるのは、
砕かれてしまうその終わりまで、
自らの性能を最大限に引き出す名手と出会わなかったせいだと言われる。




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カイン史概略11-20


カイン史概略 第11話「アデン統治体制」


ここで時代を少しさかのぼり、
英雄ミサリムによるアデン統治体制が成立するに至るまでをまとめておく。

「カイン暦0039年ミサリム=パンダム不戦条約前年」
アデン城主 ミサリム
オーレン城主 「ミサリムの守護者」ダリーゼ
ギラン城主「ミサリムの枢機卿」ナパースン
インナドリル城主「ミサリムの枢機卿」リヒャルト
ディオン城主「ミサリムの盟友」ガルビオン
グルーディオ城主「ミサリムの枢機卿」ユリック

なお、カイン暦0035年までは、
ゴダード城とルウン城にもミサリムの任命した城主がいたが、
パンダムによる攻城にて敗北、ルウン城地下牢に幽閉されていた。
(不戦条約発効の際、この2名の元城主はアデンに送還された。)

城主達のうち、
ダリーゼはもともと、ミサリムが属していた「ダリスンズ・ギルド」の頭領であった。
だが、ダリーゼはミサリムの暴走を止めなかったばかりか、
自ら進んでミサリムの前にひざまずき、ミサリムの配下になったと言われる。
カイン暦0028年、ミサリムが英雄になる3年前のことである。

その頃にミサリムからダリーゼに対して、
「アンタラスイヤリング+7」とダブルSグレード武器「グングニール+16」という、
国宝級の二つの武具が贈られたことと深い関係があった、
と人々は噂したが、真実にそう遠くない憶測であったろう。



カイン史概略 第12話「マエストロ ダリーゼ」


ミサリムが野望を剥き出しにしてアデンに存在する財宝と武具を収集し始めた時、
ダリーゼはミサリム専属マエストロとしての実力を遺憾なく発揮した。
ミサリムの命によってアデン各地から集められたおびただしい破片・刀身などは、
アデン街の西に広がる平原にうずたかく積み上げられた。
もしミサリムがその気になれば、
アデン城の南に美しく広がる「ナルセル湖」を埋め立てることも可能であっただろう。

金属片が光を照り返す、うずたかく積み上げられた人工の山々は、
そのほとんどは量り売りするしかないガラクタであったが、
その中には当時まだ発見されていなかった、
数多くのダブルSグレードの武具のコアも含まれていた。

ダリーゼはアデン各地で活動していたスミス・マエストロをアデン城に招聘し、
嬉々として失われた製作技術の復活に取り組んだ。
ミサリムからの命令というだけでなく、
自らの手でダブルSグレードの武具製作方法を復活させることは、
マエストロにとって非常な名誉であったのだ。

当時、ダブルSグレード武具は、まだまだ未発見であった。
最初に製作方法を確立させたスミス・マエストロの名は製作図面の右肩に記され、
その偉業は後世に永く語り継がれる。

ミサリムの経済力とダリーゼの人脈・才能によって、
ダブルSグレードの武具製作方法のほとんどは復活した。
そして現在においても、多くの製作図の右肩にダリーゼの名は燦然と輝いている。

カイン暦0031年、おびただしいダブルSグレード武具がミサリムの手で燃やされた時、
ダリーゼは発狂せんばかりに泣き叫んだと言われている。
いまや彼女の愛槍となっていたグングニール+16も、
危うく没収の憂き目に遭うところであったが、
彼女は療養と称してドワーフ村東の廃鉱に隠れ、からくも難を逃れた。

もし燃やされていたら、ダリーゼはミサリムに反旗を翻していたことであろう。
そうなれば歴史もまた違う展開を辿ったかもしれない。
何にせよ、ミサリムはミサリムズスタッフ+21を手に入れ、
ダリーゼは急遽呼び戻されてミサリムからの謝罪を受けた。

ダリーゼはミサリムに改めて忠誠を誓うところとなり、
ミサリムは謝罪の証としてダリーゼをオーレン城主に任命した。
カイン暦0031年のことであった。



カイン史概略 第13話「ディオン城主 ガルビオン」


カイン暦0032年にディオン城主になった「ミサリムの盟友」ガルビオンは、
他の城主達とは、やや経歴が異なる。

そもそもディオン城はギラン城と違い交通の要衝というわけではなく、
グルーディオのように広い領地を保有しているわけでもないため、
他の城と比較して、戦略的価値が一段低い城であると見なされていた。

さらに見晴らしの良い丘に位置し、四方からの攻めを容易に受けるということで、
攻めるに易く守るに難いとあっては、年ごとに城主が代わるという有り様であった。
城主は入れ替わり立ち替わり、短期的な観点で統治を行ったため、
治安は大きく乱れ税制は混乱した。

歴代の城主達は、攻城に注いだ資金を短期で取り戻すため、
物品の売買に税率を40%かけ、他の地域に買い出しに出る事を禁じた。
また、城主の荘園経営も悲惨な有り様で、
種を高価で売りつけておきながら、実の回収をしようともしなかった。

ディオン街の南方に位置するフローラン村は犯罪者の巣窟となり、
近辺を通る旅人が襲われない日はなかった。
また、犯罪者を狩るためにギランからハンターが呼ばれ、
ディオン街は、殺気にあふれ変に活気づいているという一種異様な状態にあった。

新たに城主となったガルビオンは治安と税制を改革し、こうした状況に終止符を打った。
そしてカイン全土の情報収集を怠っていなかった彼は、
ダリーゼを通じてミサリムへの接触を試みる。
ミサリムを中心としてカインが動いていくだろうことを推察していたからである。

カイン暦0032年当時、
ミサリムは前年にミサリムズスタッフ+21を手に入れ、
その絶大なる魔力により、アデン城・オーレン城を中心に権力を振るい始めていた。
向かうところ敵無く、無人の野を進むがごとき勢いであった。

ミサリムの詠唱する範囲魔法は以下2種類。
「マス・アルティメットディフェンス」
自分を中心として半径100メートルの味方の防御力が30分間極限まで上昇する。
魔法効果が発動している間は移動不能。
「セレナーデ・オブ・デスブレス」(禁呪)
敵味方かかわらず自分を中心として半径200メートル、
負傷衰弱している人間を即死させる。

もちろんチャージ(詠唱時間)とディレイ(再使用までの時間)、
また範囲外からの狙撃を考えれば完全無欠の魔法というわけではない。
だがアデン城の玉座に掛けている限り、ミサリムは戦慄をまき散らす恐怖の女王であった。



カイン史概略 第14話「ミサリムの盟友」


ミサリムは自ら膝を屈してきたガルビオンをいたく喜んだ。
彼に対して、将来に渡ってのディオン城の統治権を認め、
「ミサリムの盟友」という称号まで与えるほどの喜びようであった。

ガルビオンは城主としては甚だ有能であった。そして善政を敷いた。
彼は税率を5%まで引き下げ、治安維持に力を入れた。
慇懃丁寧な弁舌は、大衆に対して自分を聖人君子に見せかけるに十分であった。

実際のところ、自分と自分の近辺の利益を実現するためだけに彼は心血を注いだ。
カイン暦0035年にカインの冒険者達により4人のマスターが擁立された時、
ガルビオンは彼らと不戦条約を結んでおきながら、ミサリムとの盟友関係も継続した。

「彼に大義は存在しなかった。聖人を装った偽善者」
「有能な実務家。時代の流れを読むに長けた城主」
後世の評価は真っ二つに分かれるところとなっている。

さらにカイン暦0036年、ミサリムの優勢がはっきりすると見るや、
ガルビオンはマスターの一人であるグルーディオ城主ユリックに接近し、
彼得意の弁舌で彼女を諭し、次には愛をささやき、自らの妻とする。
ユリックはガルビオンを愛するようになり、あっさりとマスターの称号を返上してしまった。

マスターの一角が崩れたことに対する冒険者達の怒りと失望はことのほか大きく、
それは他のマスターであるナパースン、リヒャルトも同様であった。
パンダムは、鼻先で笑ったのみに過ぎないと伝えられている。

翌年、カイン暦0037年、
ギラン東、「ゴルゴンの花園での会見」>ナパースン降伏。
インナドリル城包囲、「インナの屈辱」>リヒャルト降伏。

4人のマスター擁立からわずか2年間で、うち3人がミサリムの配下となった。
皮肉にもそのことが、反ミサリムの勢力をパンダムに一本化させる流れとなり、
のち3年間にわたってパンダムとミサリムの戦いは繰り広げられることになる。

そしてカイン暦0040年。
パンダムが英雄の地位を手に入れるに至ってようやく、
ミサリム=パンダム不戦条約が締結されたのであった。

英雄の地位を手に入れ損ねたガルビオンの胸中はいかなるものであったか。
彼にそこまでの野望があったのかは定かではない。
いずれにせよミサリムのアデン統治体制の重要な一角を担い、
「ミサリムの盟友ガルビオン」として現在まで語り継がれるところとなっている。



カイン史概略 第15話「騎士と賢者の過去」


H・ギインはカイン暦0050年に英雄として認定されたわけだが、
0049年から0050年にかけてのミサリムの勢力に対する連続勝利は
ミサリムのカイン制覇を阻む大きな一石となった。

初戦こそH・ギインはインナドリル城における電撃的な攻略作戦で勝利したものの、
勢い余って、城の支配装置であるルーラーを破壊した時点で、
「H・ギインは物の価値と使い方を知らない男」とナパースン軍から失笑されていた。

だが、ナパースン軍をドラゴンバレーで鮮やかに破り、
堂々とギラン城に入城するに至っては、
誰もその成功に難癖をつけることはできなくなっていたのであった。

もちろん、インナドリル城のルーラーを破壊したのは単純に彼の失敗だったが、
「あれは背水の陣を敷き、ギラン城を手に入れるためのやむを得ない犠牲であった」
と当時の人々は評したものである。
人々はミサリム=パンダム体制に疲れ果て、
時代はまさに、新たな英雄の出現を待ち望んでいたのであった。

H・ギイン軍を実際に指揮していたのは、実はH・ギインその人ではない。
「ギインの盾」と称えられた騎士「セーヴ」である。
元々、4人のマスターのうちの1人ナパースンの衛士であったセーヴは、
カイン暦0037年にナパースンの変節に憤慨し、脱走する。
そのきっかけとなった一件は以下の通りである。

かつてのセーヴはナパースンに仕え、そのことに誇りを持っていたが、
ナパースンは、ミサリムがオーレンを経由して直々に南下してくると報告を受けても、
他のマスターであるリヒャルト、パンダムと連携を取ろうしなかった。

そこでセーヴは、インナドリルのリヒャルト軍、ゴダード駐留のパンダム軍と呼応して、
回廊付近でミサリム軍を迎撃する作戦を進言した。
そのためには決死の覚悟をもった、パンダムへの使者が必要であった。

オーレン地方はダリーゼによって完全に制圧されており、
冒険者は自由に往来できない状態にあった。
さらには、無事にパンダムのいるルウン城にたどり着いたとして、
ミサリムの背後を攻める確約を、パンダムに対して弁舌によって得ねばならなかった。
オーレン地方を切り抜けるよりも、むしろそちらの方が困難に見えた。



カイン史概略 第16話「高貴なるナパースンの苦悩」


セーヴは友人であるシルメンを、パンダムへの決死の使者として推挙した。
そもそもこの作戦そのものは二人で考案したものであったし、
失敗した時には、セーヴとシルメンはナパースンのためにそのまま死ぬつもりであった。

ところがナパースンはセーヴの策を児戯として一笑に付した。
「所詮、衛士と僧侶の考えつくことはその程度」と二人に侮辱さえ与えた。

4人のマスターのうちの一角であるユリックはすでにガルビオンになびき、
背面に位置するインナドリルのリヒャルトは時代を読む能力に欠け、恃むに足りず。
遠方ルウンのパンダムに至っては何を考えているかもわからない。

ナパースンは自分をかつぎあげたギランの冒険者達に対して理不尽に怒りをぶちまけた。
そもそも裕福な自分が、なぜ民衆のために戦わなければならないのか。
マスターなどとヤツらの口車にうかうかと乗ったばかりに。
そのせいで今、自分は死地に近い場所に立たされているのだ。

このままギラン城でミサリム軍を迎え撃ち、勝つことは、
ほとんど不可能に近い困難であることは、ナパースンにはよく分かっていた。
パンダムが動かない限り、リヒャルトはインナドリル城から動かないだろう。
ナパースンが討たれれば次はリヒャルトの番だというのに。

かといって、オーレン・インナドリル・ディオンに囲まれたギランから、
ナパースンはどこにも逃げようがなかった。
あるとすれば一カ所、ギャリックギルドの巣食うドラゴンバレーだったが、
シシリーを頼って盗賊ふぜいに成り下がるくらいなら、
ミサリムに下って身分を保障してもらった方が幾分もましに思えた。
この時ナパースンには、すでにある種の勇気が芽生えつつあったのかも知れない。



カイン史概略 第17話「ミサリムの枢機卿」


さて、ミサリム軍はすでにアデン城を出発し、オーレン城に集結を完了していた。
ミサリムのオーレン城駐屯は10日に及んだ。
ナパースンの使者がミサリムの入城と時を同じくしてオーレン城に到着したからであった。

書状の中でナパースンは、当初よりミサリムに敵対する意のなかった事を弁明し、
従属に近い和解の条件を自ら提示し、
無血降伏が双方にとって、また民衆にとって最上の選択であると論じた。

さらに、もしこのままギラン城主として用いてくれるならば忠誠を誓い、
リヒャルトを攻めるための先兵になることまで買って出た。
「恥も外聞もメドゥサに石にしてもらって、閣下に対面するつもりなのでしょうね」
と吐き捨てるように言ったのは、「ミサリムの守護者」ダリーゼであった。

だが、ミサリムは己の力の強大さを真に理解していた。
自分を前にして、敵が屈服するのは至極当然のことなのだとミサリムは考えていた。
ゆえに、自ら敗北を認め降伏してくる相手に対して彼女は寛大だった。

ナパースンが伝家の家宝として所蔵している宝剣は二振りあり、
それぞれ「ソードオブシリウス+9」・「ラーゼリウムブレード+7」と言った。
そのいずれかをミサリムに献上するならば、ギラン城主としての地位をそのまま認め、
「ミサリムの枢機卿」の地位を与えると約束した。

ナパースンは、財宝を惜しんで命を捨てるような愚者では決してなかった。
「ラーゼリウムブレード+7」をミサリムに献上することを約束し、
ギラン城の北西に位置するゴルゴンの花園で宝剣を献上し、和解の調印を行った。
この会見は「ゴルゴンの花園での会見」と呼ばれる。

ギランから、二人組の衛士と僧侶が忽然と消えたのはその日のうちであった。
しかし、そのことについて大きく取り沙汰されることはなかった。
ナパースンの変節による冒険者間の乱闘騒ぎや軍からの脱走が、連日頻発したからである。
この衛士と僧侶がのちに、ナパースンに絶望をもたらす災厄となって、
それぞれ騎士と賢者としてナパースンの前に現れることになるわけだが、
それには12年の歳月が流れてカイン暦0049年に至るのを待つ必要があった。



カイン史概略 第18話「ハイネス荒廃」


カイン暦0049年の終わりに、インナドリル城は完全に破壊されてしまったため、
支配装置としての城はハイネス地方に存在しないこととなった。
ハイネス地方は、カイン暦0053年にようやくギラン城の支配地域として併呑された。

なお、併呑されるまでの3年間、ハイネス地方は城の支配を受けず完全に無税になった。
そのことにより一時的にハイネスに冒険者が流れ込んだが、活況は長く続かなかった。

まず、守備兵の配置がなくなり、それに伴いピースゾーンが存在しなくなった。
テレポートゲートキーパーの設置も当然なくなった。
そこまではまだ良かったが、
早速、気の荒い冒険者達の手で雑貨店主と倉庫番が殺害された。
被害の拡大を恐れた各職業ギルドは軒並みハイネスから引き上げ、
三月も経たないうちにハイネスは完全にゴーストタウンと化してしまった。

ハイネス街が水の都と呼ばれていたのは、ついぞ3年前までそうではなかったか。
カイン暦0053年にギラン城から派遣された騎士セーヴと賢者シルメンを、
大いに嘆かせる惨状であった。
当時、街はすっかりトカゲとワニのモンスターであるリザードマンとクロキアンに、
東西分割支配されていたのである。

「ギインの盾」セーヴが指揮官となり、
ギラン城からの500名の兵を率いてハイネス街に急行し、
わずか7日間で、リザードマンとクロキアンをハイネス街から駆逐した。
そうして後、インナドリル城に捨て置かれていたルーラーをギラン城に持ち帰った。

H・ギイン軍には、カイン全土に知られるほどの高名なマエストロはいなかった。
ギャリックギルドには、カイン暦0063年の風の丘上陸作戦で、
「グルーディンの暴風」と呼ばれることになるマエストロ「ラブータ」がいたが、
すでに前年シシリーに付き従って忘れられた神殿に移り住んでしまった後だった。



カイン史概略 第19話「ルーラー修復」


破壊された、見るも無惨なルーラーを前にH・ギインはやや途方にくれたが、
シルメンの進言により、ルーラーを見事修復したものには莫大なアデナと、
H・ギイン軍専属マエストロの地位を約束するという布告をおこなった。

ここで名乗りを上げたのが、「オルライト」と名乗るスミスだった。
オルライトは、ギラン街で働く陽気な一鍛冶屋に過ぎなかった。
彼には名声欲も無ければ、金銭欲もなかった。
目の前にやりがいのある仕事があり、自分には修復する腕前がある。
それで名乗りを挙げただけだった。

彼は若い頃に、「巨人たちの洞窟」・「クルマの塔」に籠もり、
巨人の遺産について研究を行い、それについての深い造詣を持っていたのだ。
そんな謙虚な彼の唯一の欠点を挙げるとすれば、
次に貼れば燃えると分かっていてもオーヴァーエンチャントをしてしまう悪癖だった。

オルライトは修復に一部成功し、一部失敗した。
どうしても、失われた回路で復元することのできない部品があったのだ。
城を司る支配装置であるルーラーをそう簡単に復元できないのは、
考えてみればもっともな話であった。

結局、ギラン城のルーラーの回路を一部共有することでのみ、
インナドリル城から持ち帰ったルーラーはようやく作動するようになった。
それだけでもオルライトは偉大なる功績を挙げたと言えよう。



カイン史概略 第20話「スミス オルライト」


インナドリル城で統治を行うことは適わないが、
ここギラン城でハイネス地方を統治できれば、逆に好都合であるとH・ギインは喜んだ。
オルライトは軍専属のマエストロの地位と莫大な報奨金を手に入れた。
そして彼は一週間かけて数え切れないほどの強化スクロールをギラン街で買い漁り、
自分で打ち上げた武器を実験台に、オーヴァーエンチャントを開始した。

結果について多く語る必要はあるまい。彼の手元に残ったのはたった3本の武器だった。
グレードの低い武器がその中に含まれていたし、ダブルSグレード品はその中に無かった。
だが、オルライトの考えるオーヴァーエンチャントの意義とは、
低いグレードで高いグレードの武具の性能を超えるという一点にあった。

「DEロングソード×DEロングソード+10」(Sグレード)
「エミナ・エヴォリューション+17」(Bグレード)
「ツイン・スコルピオ+20」(Sグレード)

このうち、「DEロングソード×DEロングソード+10」は、
H・ギインに献上され、彼の愛剣となった。
そして、オルライトが生涯手放さなかった「ツイン・スコルピオ+20」は、
攻撃力のみならば「ミサリムズスタッフ+21」に匹敵すると称えられた。

こうして、ハイネス地方はギラン城の支配地域として併呑されたが、
肝心のインナドリル城が廃城のままである以上、かつての栄光を取り戻すことは叶わず、
現在に至るまで一辺境としての位置付けを甘受することになった。





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カイン史概略0-10



カイン史概略 序説


「カイン」と呼ばれる世界で繰り広げられた戦士達の興亡の歴史。
かつて友と呼び、あるいは敵として戦った彼らが忘れ去られてしまう前に。
私はこうして永遠の記憶として、あるいは拙い記録として、
これから概略を書き残すことにする。
それは読者にとって出会いの旅であると同時に、私にとっては追憶を辿る旅である。

※ここで描かれる世界は、実在するリネージュ競インサーバーと似て非なるものです。
全く異なる世界観を元にフィクションとして描かれており、
実在する人物・団体とは一切関係ないことを先にお伝えしておきます。



カイン史概略 第1話「英雄 ミサリム」


カインと呼ばれるこの世界は、今年でカイン暦0070年の節目を迎える。
往時の冒険者の多くは、既にこの世界から立ち去っていたが、
過去に権力・富・名声を得て、カインに君臨した冒険者が幾人か存在した。
彼らは「英雄」と呼ばれ、人々からの畏敬の念を一身に集めた。

英雄は莫大な財産と無制限に近い権力を有し、
自分に従う者に祝福と恩恵を与え、自分に刃向かう者に圧力と攻撃を加えた。
全ては英雄の地位を維持し続けるためのメンテナンスであると彼らは考えた。

かつて「ミサリム」と自らを名乗る冒険者がいた。
ミサリムはカイン暦0031年の時点で、
カインに存在するダブルSグレードの武器のうち4分の1を保有していたと言われる。
彼女はそれらの武器に対して使用するために、
おびただしい本数の「武器強化スクロール」を、自分の配下を使って集めさせた。
その中には「祝福された武器強化スクロール」も多数含まれていたという。

オーヴァーエンチャント(過剰鍛練)と呼ばれるその行為は、
強化に成功すればより強力な武器が得られるものの、失敗すれば武器は砕ける。
砕けた後に残る物といえば、
各グレードに応じたささやかな量のクリスタルと呼ばれる金属生成物であった。
(クリスタルは武器製作に再利用される。それでも結局は相当な損失になる。)

ミサリムは、狂気とも見えるオーヴァーエンチャントを断行した。
他の冒険者が血眼になって探し求めるほどの高価な武器に、
冷ややかな微笑を浮かべながら惜しげもなく武器強化スクロールを詠唱したのだった。
だが、その目は異様な情熱の炎に爛々と輝いていた、
とミサリムに仕えていた侍女は後に語っている。

ミサリムは自らの所有するダブルSグレードの武器のほとんどを、
たったの一昼夜で砕き尽くし、クリスタルとして灰燼に帰した。
確かに失ったものは大きかったが、とうとう彼女はカイン史上最強の武器を手に入れた。

富と権力の象徴として虹色に輝くダブルSグレード+21の武器。
武器の元の名は削られ、そこには彼女の名前が公式に刻まれた。
その武器の名前は「ミサリムズスタッフ+21」。

こうして公に彼女の名を有する武器が認められ、
ミサリムは教団から一冒険者ではなく英雄として認定されたこととなり、
これよりカインで権力を振るい始めることになる。



カイン史概略 第2話「4人のマスター」


先のオーヴァーエンチャントにより生成されたクリスタルの高価処分を実行するために、
ミサリムは市場の全てのクリスタルを買い占め、後に高価で売り抜けることを画策する。
その買い占めによってクリスタル相場は完全に崩壊。
ダブルSクリスタルは一時的に相場の三倍に跳ね上がった。

この一件でミサリムが新たに手にしたアデナは、一国をまるごと買えるほどであったと言う。
ミサリム自身ですら正確な金額を算出することは不可能だったろう。
この時点で彼女の暴走を止められる存在がいないことが、誰の目にも明らかになった。

カイン暦0035年、
彼女に対抗するため、新たな英雄を擁立すべく冒険者達は一時的に協力した。
当時ミサリムが拠点としていたのはアデン城とオーレン城であったが、
冒険者たちはゴダード・ギラン・インナドリル・グルーディオの各地で一斉蜂起を起こし、
親ミサリムと見られていた城主達を城から追放した。

こうして、反ミサリム勢力としての「4人のマスター」連合が結成された。
(「マスター」とは「英雄に匹敵する者」という意味を持つ)
戦争ギルド勢力から2人、非戦争ギルド勢力から2人。
それぞれマスターが選出された。各勢力の頭領もしくは調整役であった。

戦争ギルドから選出されたマスターをそれぞれ、
「パンダム」・「リヒャルト」と言い、
非戦争ギルドから選出されたマスターは、
「ナパースン」・「ユリック」と言った。
しかしながら、彼らの称号は僭称であって公式に認められたものではなかった。
ゆえに、この時代の英雄はミサリムひとりだったことになる。

ディオン城主は善政を敷いていたため蜂起は免れたものの、
すでにミサリムと親密な関係にあったため、連合に参加しなかった。
時代はミサリムに味方するであろうと読んでいたからである。
卓越した外交手腕を有していた彼は、「4人のマスター」連合との不戦状態も維持した。
ディオン城主の名は「ガルビオン」と言う。



カイン史概略 第3話「英雄 パンダム」


こうしてカインには、カインの覇権を窺う英雄ミサリムと
それを阻止せんとする4人のマスターが存在することになった。
だがミサリムに対抗する者達にとって、状況はそう簡単に好転しなかった。

4人のマスターは自分の支持基盤のみに利益をもたらすべく動いたため、
他のマスターの利益になるような協力を互いに拒み続けた。
ミサリムに対抗するのは二の次で、自らの勢力の伸長を第一とした。
その結果、ミサリムによる分断と各個撃破の格好の好餌となった。

4人のマスターが一致団結すればミサリムに勝てるという状況で、
マスター同士は互いに不信に陥り、最後まで協力することがなかったため、
まず「ユリック」が情愛で籠絡され、
次に「ナパースン」は利と欲を以して懐柔され、
更に「リヒャルト」は激しい脅迫とささやかな実力行使で容易に軍門に下った。
マスター擁立からわずか2年で、4人のうち3人のマスターがミサリムに下ったのだった。

カイン暦0037年にリヒャルトがミサリムの配下となるに至っても、
ひとり残った「パンダム」だけがマスターとして戦い続ける姿勢を崩さなかった。

パンダムの率いる戦争ギルドは、際だった単独路線を歩んでいたため、
カイン全体から支持されていなかったし、期待もされていなかった。
皮肉なことに、一般の冒険者達の協力と支援をまったく受けていないマスターが、
最後までミサリムに対して戦い続けたのだった。

パンダムは、ミサリムによる経済支配の間隙を縫って膨大な資産をギルド内に蓄積し、
その資産によって戦争を行い続けた。
ギルドそのものを積極的に大きくするような戦略は採らず、
自分のギルドを頂点としたヒエラルキスム(階層制度)を形成した。

そして低層に下部組織を認めることで勢力を強めていったパンダムは、
パンダム軍としての単独連合勢力が全カインの35%を超えた時点で、
ミサリムと対等な存在として公に認められるところとなり、
こうしてカインに2人目の英雄が正式に誕生したというわけである。

この時点で、ほかの3人のマスターはもはやマスターとは呼ばれず、
「ミサリムの枢機卿」と呼ばれるようになっていた。
あるいは「豹変の君子」と巷間で失望の嘲笑を受けていたのだった。



カイン史概略 第4話「暗黒時代」


さて、ミサリムに匹敵する権力を手に入れたパンダムには、
もはやそれ以上ミサリムと戦い続けるべき理由がどこにもなかった。
彼にとって守るべきは自分と自分のギルドの利益であり、忠実なる下部組織である。
他のカインの冒険者がどうなろうと、パンダムの関知するところではなかった。

誰かが誰かを守る必要など無い。貴君らが自らの力で切り開き解決して行けばよい。
現にひとり残った自分は実際にやって見せたではないか。
パンダムに言わせるとそういうことなのであろう。

パンダムはミサリムと和解を行い、アデン城以南と以北を分け合い、不戦条約を結んだ。
アデン城とゴダード城の中間地点「火炎の沼」のほとりで調印と捕虜交換が行われた。
カイン暦0040年「ミサリム=パンダム不戦条約」と呼ばれる。

パンダムはルウン城とゴダード城を支配下におき、ルウン城に居を移した。
(シュチュッツガルト城は遺跡とみなされており支配装置として機能していなかった)
パンダムは自らは積極的に南下することはせず、
来るべき決戦に備えさらに地盤を固めはじめた。
こうして「ミサリムと4人のマスター体制」は5年間であえなく崩壊し、
カインにおける勢力図はすっかり塗り替えられ「ミサリム=パンダム体制」に移行した。
以後10年間カインは沈黙し闇に包まれる。

こうしてミサリムの独裁は阻止されたが、
結局、大陸が二分されることになっただけであるし、
冒険者の自由は制限されたままで、回復する兆しはなかった。
冒険者は、今度こそ自分達の為に自由を回復してくれる英雄の出現を渇望した。

時代は暗黒に包まれ混迷を極め、多くの冒険者は疲弊し、この大陸から去っていった。
この期間、かつて隆盛を誇ったカインの人口は、
10年間で三分の二にまで激減したと言われている。



カイン史概略 第5話「インナドリル城攻防戦」


カイン暦0049年は、カインの全冒険者の愁眉を晴らす年となった。
ここに水竜パブリオン討伐を呼びかけた「H・ギイン」が登場する。

H・ギインは、水竜討伐のために集まった600名の冒険者に対し、
その場に冒険者達をとどめ、一人ひとりに支度金を渡した上で、
ミサリム、パンダムに対抗して戦いを起こす宣言を行った。
そして3日の猶予を与え、仲間を連れて戻ってきた冒険者に対して更に報償を与え、
新たに参加する冒険者に対しても支度金を渡すことを約束した。

こうして3日後、静寂の草原に4500名の兵が集結した。
ミサリム、パンダムの圧政に苦しんでいた冒険者達は、
ここぞとばかりに告知された集結地点に殺到し、
指揮官であるH・ギインによる移動と攻撃の指示を今や遅しと待ちわびた。

「エヴァの時代以降、ハイネス地方にこれだけの人間が集まったことはなかっただろう。」
後世の歴史学者をしてかく感嘆せしめたほどであった。
当時の記録によると半島の東西の両岸に届く人数が集まったと言われている。
だがこの期間、ワイバーンの召喚はミサリムにより封印されていたので、
目視で確認できた人間はいない。

H・ギインは水竜討伐には向かわずそのままインナドリル城を襲撃し、
ミサリムの枢機卿リヒャルトを討った。
当時難攻不落を誇っていたインナドリル城であるにもかかわらず、
実質の戦闘時間は3時間かからなかったと言われている。

ここで多少説明を加えておく。
攻城戦において防衛側は倒されても死亡してしまうことはない。
城主の許可のもとで城で特殊な儀式を受け祝福されることで、
その特殊効果により能力は永続的に低下してしまうものの死亡は免れる。
とは言うものの、倒されるたびに能力は永続的に低下し続ける。

この戦闘でリヒャルトは計8回のデスペナルティを受け、
矢も盾もたまらずそのまま城を放棄し、いずこともなく落ち延びていった。
通常平均戦闘期間の2日を大幅に下回ったのはそのせいである。

この戦闘で、4500名の兵のうち戦闘による死亡者は120名。
これは辺境の城であるインナドリル城の守備兵が500名に過ぎなかったことが大きい。
さらにこれらの守備兵は早々に戦意喪失し、
デスペナルティを一回も受けずして降伏した兵も多かった。
120名の死亡者のうち、
味方の誤射や巻き込みでの死亡が50名を超えていたという記録が残っている。



カイン史概略 第6話「ドラゴンバレーの炎蛇」


城の支配装置であるルーラーと呼ばれる装置までもが完膚無きまでに破壊されたことは、
いかに冒険者の怒りが鬱屈し、一点において解放されたかを表すものであった。
その後、城としての機能を果たさなくなったインナドリル城に城主は存在していない。

ハイネス地方は、ルーラー破壊により統治者のいない状況になった。
3年間にわたった統治者不在は、
取り返しのつかない荒廃をハイネス地方にもたらすことになった。
後の歴史学者がH・ギインを批判する時に必ず用いる攻撃材料である。

自らの手でインナドリル城を破壊してしまったことの愚かさを悟ったH・ギインは、
当然の帰結として、ギラン城を無傷のまま解放する戦略を試みる。
無傷のままなどという戦略は、もはや詐略の域に属するものであるが、
勢力の拠点としての城と玉座がこれからの彼にはどうしても必要だったのだ。

戦力の損失をほとんど受けなかったH・ギインは、
ギラン街の西を抜けて北上し、オーレン城を攻める様子を見せる。
だが、オーレン城を包囲している時に背後からギランとアデンの援軍に攻められれば、
H・ギイン軍は崩壊し、依るべき城のない軍は壊滅するしかない。

H・ギインはこの時、実に狡猾な策略家であった。
回廊北部を完全に封鎖して伝令が通るたびに殺害し、
自らの軍はドラゴンバレーに潜ませ、偽の情報をギラン城主にもたらした。

ギラン城主ナパースンは、
ギラン・アデン・オーレンの3城勢力での逆包囲成功を信じて疑わず、
3700名の兵を率いて回廊を北上した。

「H・ギインの本隊はオーレン城で交戦中、
補給物資基地であるドラゴンバレーを守っているのは200名の兵に過ぎない。」
アデンからの偽伝令がもたらすドラゴンバレー補給基地攻撃命令に従い、
ナパースンはドラゴンバレーへの進軍を命じる。

回廊とドラゴンバレーの三叉路に配置されたH・ギインの200名の兵は、
屈強なドワーフ戦士で揃えられた精鋭だった。
谷から出てきたばかりの補給部隊であることを装い、
食糧・消耗品をまき散らしながら潰走し一目散に基地に逃げていく。
こうしてナパースン軍は巧妙にドラゴンバレーの奥深くまで引き込まれていった。
ドラゴンバレーはさながら獲物を丸飲みしようとする蛇といったところであった。



カイン史概略 第7話「大量殺戮」


3700名の兵のうち、約半数が谷の内部に進入する頃、
両崖の上から何か黒い粉末が、粉雪か霧のように舞って落ちて来始めた。
ドラゴンバレー入り口で戦果の報告を待っていたナパースンは、
その報告を聞いて、何の策略か側近の参謀に尋ねた。

参謀のスペルシンガー(水魔法を得意とする魔法職)は、
「雨を降らせ谷に洪水を起こす策略でしょう」とさも自信ありげに答えた。
彼は砂漠の地に長く暮らしていたときに、
赤色のマジックレインパウダーで雨をもたらした魔術師を見たことがあったからだ。
なお、このスペルシンガーの名は記録に残っていない。30分後に焼死したからである。

ならばと、ナパースンはさらに進軍命令を出した。
「全軍進め。この谷を川にされる前に敵に迫って補給基地を潰せば我々の勝ちだ。」
確かに補給物資を完全に奪うことが出来れば、勝利は完全なものとなるはずであった。

谷に完全に入り込んだ3700名の兵は、豪雨の前の薄暗い闇に包まれたかに見えた。
果たして、暗霧の正体はスミスに命じて黒炭と鉄を粉末状に細かくすり潰した微粒だった。
谷の上に配置された300名のアークメイジとソーサラーの火球により、
谷は轟音と共に炎を噴き上げ、まさにのたうつ炎蛇となった。いわゆる粉塵爆発である。
もちろん炎蛇の餌は3700名の兵であった。

「ドラゴンバレーの炎蛇」作戦で戦闘によるナパースン軍の死亡者は1600名。
負傷者は1200名。死傷率は75.7%に及んだ。
それに対してのH・ギイン軍の死亡者は220名。負傷者は250名。
爆発のあまりのすさまじさに、
呪文を唱え着火したアークメイジとソーサラーは爆風に巻き込まれ、
谷に転落してそのまま焼死してしまったのだった。
オトリとして先頭を逃げていたドワーフ兵も200名の半数が死亡した。
死傷率は実に94.0%に及んだ。

両軍ともに、これは近年稀にみる戦闘死傷率であり、勝利したH・ギインをして、
「この戦術は二度と用いない。」と言わしめるところとなった。
結局、兵同士の戦闘はほとんど行われなかった。
H・ギインが追うことを禁じたからである。



カイン史概略 第8話「英雄 H・ギイン」


指揮を放棄し、兵を見捨てて逃げ出したところを多数目撃されてしまったナパースンは、
オーレンからすぐにアデンに護送され、軍法会議にかけられた。
結果、枢機卿位を剥奪され愛剣「ソードオブシリウス+9」を没収された。

これまでのナパースンはミサリムに忠実であったし、
ミサリムに仕えた13年間のうちに数多くの功績をあげてきた。
もっとも功績を上げるということは、民衆を苦しめることと同義である。
いずれにせよ、たった一回の過ちで彼は掌から栄光の全てを失ったのであった。

さらに剣が握れぬよう右腕の腱を断ち切られて、アデン城から追放された。
ナパースンは命は落とすことはなかったものの、その末路は惨めなものとなった。
ミサリムは相次いで2人の枢機卿を失う結果となったが、
これはすでにミサリムのアデン支配が斜陽になりつつあることを暗示してはいなかったか。

恨みに燃えたナパースンは、傷ついた体を抱えパンダムの治めるルウン城に向かった。
自分は不運だっただけで、
パンダムと力を合わせればミサリムに復讐することも容易であると考えた。

だが、ナパースンは、かつてのライバルであるパンダムに会うことはかなわなかった。
途中、死霊の関門を抜ける時に強力な呪いを受け、
彼自身はアンデッドとなり、その地に縛られることになってしまったのだ。
後にナパースンは自らの愛剣「ソードオブシリウス+9」と数奇な邂逅を果たすことになる。

カイン暦0050年、
H・ギインは悠々と無人のギラン城に入城し、支配者としてルーラーに刻印を行う。
天才的な戦術的才能を示したとされたH・ギインは新たな「英雄」として認められ、
これより15年に及ぶ鼎立時代を迎えることになった。
カイン暦0065年までがそれにあたる。



カイン史概略 第9話「騎士と賢者」


H・ギインはこうして三人目の英雄として正式に認定された。
勝利と栄光を手にした彼の側には、常につき従う2つの人影があった。
騎士「セーヴ」・賢者「シルメン」と言う。
この二人はそれぞれ、「ギインの盾」・「ギインの冠」と称えられた。

H・ギインはギラン城に入城すると、
城に蓄えてあった財宝と食糧を市価の5分の1の価格で直ちに民衆に払い下げ、
城主税をこの先5年間無税にすることを宣言した。
これを異なる方向から解釈すると5年間無税にしても、
兵を養えるだけの資産がギラン城には蓄えられていたということである。

こうした内政に関わることは、すべてシルメンの進言によるものであった。
「自分の存在の有無で事の成否が決まる」と考える自信過剰な面が彼にはあったが、
H・ギインは彼を全面的に信用して重く用い、また彼もH・ギインの期待に応えた。
シルメンは内政面において自分のキャパシティを超えない限りは有能な政治家であった。

実際にキャパシティを超えるとどうなるのかは、
彼にとって幸運なことに試練として試みられることはなかった。
鼎立時代は15年間続き、H・ギインの大敗と失脚によって幕を閉じるが、
その3年前にシルメンはH・ギインに見切りをつけて、この大陸から去ったからである。

さて、もともと騎士セーヴと賢者シルメンは、ナパースンがミサリムに下る前に、
ナパースンに仕えていた衛士と僧侶である。
ナパースンがミサリムに下り、そのままギラン城主として任用されるに至り、
呆れ果てたセーヴは、友人であるシルメンを誘って脱走したという経緯を持つ。

若き日の彼らが身を寄せた先はドラゴンバレーに巣食う盗賊集団「ギャリックギルド」。
通称DVCと呼ばれる「地竜アンタラスの洞窟」が彼らの拠点である。
ギャリックギルドの頭領「シシリー」は、
かつてレイドボス討伐で名を知られた冒険者であったが、
ミサリムの例のオーヴァーエンチャントの一件で、彼女を猛烈に批判したため、
その首に懸賞金を賭けられ、モンスターの巣窟である一隅に押し込まれる形となっていた。

もっとも本人は至って鷹揚、押し込まれたとはつゆ考えておらず、
異大陸古代チュングオの戦闘集団「リャンシャンポウ」に自分達をなぞらえ、
得意になっていたと言われている。

ともあれ、セーヴとシルメンはここに身を寄せ、
シシリーが各地に散る冒険者と地下で連絡を取るための斥候役に従事していたが、
ギラン街に来ていたときに、H・ギインという若者に出会うことになる。



カイン史概略 第10話「鼎立構想」


ギラン街の酒場ですっかり意気投合したH・ギインおよびセーヴ、シルメンの3人は、
ミサリム=パンダムのカイン支配を転覆させるための計画を練ったが、
それはゲリラ作戦の域を超えるものではなく、成功も到底見込めないものであった。

シルメンの修めた学問は内政学であったし、
セーヴも実務レベルでは優秀な戦術指揮官であったが、
自分が望む状況を創出させるような、創造的な戦略的才能に欠けていた。
そして、H・ギインに至っては、
野望の大きさと外面的な謙虚さ、他人の献策を受け入れる度量が才能といった具合だった。

そこで3人はギルドの頭領であるシシリーに、反乱軍の指揮官になるように要請した。
シシリーは彼らの申し出を拒否したばかりか烈火のごとく怒り、翌日彼らを追放した。
シシリーはパンダムとミサリムの命数が当分尽きないだろうことを予測していたし、
彼らに食い込んで鼎立の一足になるつもりもなかったからである。

公的には3人はシシリーの怒りを買い、DVCから追い出されたことになっていたが、
事実は大きく異なっていた。
シシリーは鼎立の一足になるつもりはなかったが、鼎立体制は歓迎するところであった。
シシリーは3人に対して鼎立構想を持ち出し、
H・ギイン、セーヴ、シルメンで旗揚げするように、逆にそそのかしたのであった。

シシリーは、次の二つの策略を彼らに授けた。
1.軍資金の提供および水竜討伐に偽装したインナドリル城攻略作戦
2.回廊封鎖とドラゴンバレーの地形を用いた「ドラゴンバレーの炎蛇」作戦

つまりは、H・ギインの華々しい成功は、H・ギイン本人の脚本によるものではなく、
彼はあくまでも主演俳優であったということになる。
とはいうものの、見事に舞台を務め上げた彼は一流の俳優であったことに間違いはない。

彼らとシシリーの関係は、後にあっさりと悪化する。
ドラゴンバレーの炎蛇作戦において、
黒霧に着火するようにあらかじめ指示されていたタイミングは、
敵軍の半数がドラゴンバレーに進入した時点であった。
それにもかかわらず、H・ギインは勝利を完全なものとするために、
敵軍の全てが谷に入り込んでしまうまで着火しようとはしなかった。

タイミングを遅らせると余りにも多くの人間が死ぬことと、
確実に味方が巻き込まれて犠牲になることをシシリーは懸念していた。
結果として双方合わせて1800名を超える死亡者を出したH・ギインに対して、
人命を軽く見るの人と決めつけ、彼との関係をそれ以上深く結ぼうとはしなかった。

H・ギインによるギラン解放の2年後、ギャリックギルドはDVCを放棄した。
ミサリムの領地でありながら影響力のもっとも及ばないエリアである、
グルーディン地方「忘れられた神殿」にシシリーは拠点を移した。

鼎立時代の終焉近く、カイン暦0063年の冬に、
パンダムはルウン港から船団を発し、「風の丘上陸作戦」を試みる。
そこでシシリー率いるギャリックギルドと、
パンダム軍との壮絶な攻防戦が行われることになるのだが、
当時、カイン暦0052年の時点では、
互いに対峙することになるとは両者とも夢にも思わなかったことであろう。




sisi4400 at 22:37|PermalinkComments(0)

2009年05月11日

訣別

僕は全部あきらめて、新しい道を踏み出したつもりだったし 
あなたはもまた自分の道を歩き始めていた
もう話すこともなく、いつか憎しみさえも忘れて他人になっていく
そういう二人だったはず
 
それでも一度だけうしろを振り返ったあなたの腕を
僕は力いっぱいにつかんで引きとめた
こんなチャンスはもう二度と回ってこないだろうという確信もあった

後悔はしたくないからとか
僕と君は一緒に幸せになるべきだとか
そんな格好つけたことは全く浮かばなかった

あなたが僕の存在を求めてくれている。
それだけで僕の心は一瞬にして至福に満たされた
そして僕は狂喜して目の前にいるあなたを抱き寄せた

あなたは不安とためらいの中で立ちつくしていた
離れることもできず、忘れることもできず、許すこともできず
いざ抱き寄せられたとしてあなたの苦悩はいかばかりだったろう
 
でも求めあう気持ちが確かにそこに残ってあるから
だからはもう僕はあきらめない
そう決めたんだ





sisi4400 at 22:41|PermalinkComments(0)