March 12, 2016

牡蠣フライの話

 大学生になる前、大体高校生くらいまでの好きな食べ物と言えば、カレーやとんかつ、焼肉など肉食が主流だった。それらは育ちざかりの他の高校生と大きく嗜好が異なるということはなかった。
 
 大学生になったころ、最初のほうは自炊を少しはやっていたが、結果的に面倒になって大学の学食頼りになった。学食にはいろいろと地域性のあるメニューもあった。そんなあるとき2年生の冬くらいに学食で初めてカキフライを食べることになった。
 
 確か学食の定食の値段は当時400円ほどだった。大抵はハンバーグなどそんなに量が多くないものがメインで皿に盛りつけられており、横にキャベツやマカロニサラダが少し、味噌汁、ごはん、小鉢がつくものだった。そんなある時の定食の内容はカキフライだった。はて、カキフライとはどんな料理だろうか?そもそも牡蠣はほとんど食べたことがなかった。
 
 それまでの実家暮らしでは牡蠣が食卓に上がったことはおそらく一度もなかった。地元は富山なので魚介類は割と頻繁に食べてはいた。秋刀魚、鰯、太刀魚の焼いたものや鯵の開き、鰻の蒲焼、鰤や鯛などの刺身、カワハギのみそ汁などなど。貝類はせいぜいアサリとシジミの汁ものくらいだろうか。地元はそもそも牡蠣の産地でもなかったので、食べる機会がほとんどなかった。
 
 フライならエビがそれなりに好きだったし、他に学食で食べられるメニューはカレーライスくらいだったので、カキフライのメニューを前にして選択の余地もなく、とりあえず食べてみることにした。
 
 出てきたのは4個盛りだった。そこまで大きくはなく小粒で、割と綺麗なキツネ色だった。タルタルソースも少量ながら添えられていた。これがカキフライなるものか、と当時感慨深く考えたのかどうかは覚えていないのだけど、特に期待せずに食べた。食感はややふやけて、熱さも中途半端で少し冷めており、気の抜けた炭酸飲料みたいなものだった。しかし、牡蠣特有の苦みが口の中に広がると同時に、タルタルソースの甘味と酸味と見事に調和していた。そのとき自分の中で別の扉が開いた瞬間でもあった。それ以降、メニューでカキフライを目にするたびに好んで食べるようになった。
 
 社会人になって、不条理にも腎臓病を発症してしまい、肉、魚、卵など高タンパク質、塩分が高いものが腎臓で消化しきれなくなり、それから修行僧のように食事制限の日々が始まる。1日の摂取可能な総タンパク質量は40g、塩分は6gまでの制限となる。この制限を遵守しようと思うと、3食まともに食べられなくなる。特に魚介類やステーキ系の肉は高タンパク質となり、例えばから揚げ定食でタンパク質40g、ほっけ定食で50gほどなのでこれらを一食食べるともはや他のものは食べられなくなる。しかし、かきフライ定食となると大体25gほどなので、まだ他に食べられる余地が残る。
 
 カキフライは魚介類の中でもそこまで高タンパクではなく、日常的に食べられる栄養成分なのである。そして何度でも周期的に食べたくなる好物。
 
 例えば、もしカキフライがもう少し高タンパクであったなら、もしくは牡蠣によって食あたりになってアレルギー体質になり、食べられなくなった時のことを想像してみる。ただでさえ毎日満足に食べられず、若干の空腹に苛まされている状況で、冬季限定の楽しみを味わえないとなると、食べる喜びの喪失、生きがいの喪失といっても過言ではない。 
 
 本当に美味しいカキフライは、あらゆる好物の中でも圧倒的に突き抜けたうまさを味わう快感と精神的な充足をもたらしてくれる。競馬で言えば10馬身ほどの大差で勝つように。
 
 カキフライを食べるということは、まだ食べられるありがたみを一身に思い起こさせてくれ、生きているという充足感をもたらし、至福の時に誘ってくれる僥倖を噛み締めるということなのである。
(1,566文字)


sisyou_lion at 21:28│Comments(0)TrackBack(0)抒情 

 トラックバックURL...記事に関係ないTBは削除させて頂きます

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Ranking


Page Rank
訪問者数

    Feed Mater
    人気ブログランキング - Golden Lion Cry For Its Feelings.

    あわせて読みたい
    Track Word
    Archives