【 責任者・上司 】
機動隊長 警視 杉崎賢一 2011年3月~2012年9月

機動隊主席指導官 兼 副隊長
警視 西田雅裕 2011年3月~2013年9月
機動隊 副隊長 警部 齋藤俊 2009年10月~2013年3月

機動隊長補佐 警部 新井常夫 2009年3月~2012年9月
機動隊長補佐 警部  堀井真一 2011年9月~2014年9月
機動隊長補佐 警部 小此木晃 2011年9月~2014年3月
機動隊長補佐 警部  松宮誠一 2012年3月~2015年3月
機動隊長補佐 警部 小又修 2012年3月~2013年3月
機動隊長補佐 警部 中屋誠 2012年3月~2016年3月
機動隊長補佐 一般職員 山口澄男 2012年3月~2015年3月

杉崎賢一

機動隊長 警視 杉崎賢一 2011年3月~2012年9月




【 リンチ殺人 】埼玉県警 機動隊の“殺人訓練”― 隊員を何度もプールに沈め溺死に
訓練指揮官
I巡査部長は、事前に「佐々木をやりますよ」と不穏当な発言

週刊金曜日 2015年8月6日10:32AM 



水深3メートルのプールの底まで繰り返し力ずくで沈め、動かなくなると引き上げて放置する。

殺人、または拷問死というほかない残虐な事件が埼玉県警で起きた。

埼玉県警機動隊「水難救助隊」の新人隊員・佐々木俊一巡査(享年26)は、2012年6月29日、朝霞市の機動隊のプールで潜水「訓練」中、溺死した。

遺族の調査で浮かんできたのは、「訓練」に名を借りたリンチだった。

俊一さんは機動隊員の暴行によって死亡したとして、母・千春さんら遺族が、今年6月28日、埼玉県や救難救助隊の巡査、巡査部長、警部補ら4人を相手取り、総額約1億9000万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地方裁判所に起こした。

「真相を知りたい。被告の警察官たちには正直な話をしてほしい」

翌29日、命日に開いた記者会見で遺族は涙ながらに語った。

遺族や弁護団(野本夏生弁護団長)によれば、主に警察から聞き取った事実をもとに判明した経緯は次のとおりである。

12年6月29日午後4時ごろ、基礎訓練に続き、「完装泳法」の訓練に移った。
空気ボンベ、シュノーケル、足ヒレなど重量38キロの装備を身につけたまま、ボンベの空気を使わずシュノーケル呼吸のみで、潜ったり立ち泳ぎをする訓練だ。

俊一さんは変形性膝関節症で足が痛かった。訓練開始からまもなく、プールの浅い部分(水深1・2メートル)に移って足をつき、訓練中止を申し出た。痛みのせいで立ち泳ぎが続けられない。

だが、指揮官のI巡査部長は訓練続行を命じた。俊一さんはやむなく泳ぎ続けた。しかし、やはり痛い。とうとうプール内壁に取り付けられたはしごをつかんだ。そして中止させてほしいと訴えた。

するとプールサイドにいたN巡査部長が、俊一さんの顔を足で何度も踏み「佐々木、つかむんじゃねえよ」と怒鳴った。

そして、「無理です」と繰り返す俊一さんを力ずくではしごから引きはがした。俊一さんはパニック状態に陥った。

続いて、水に入っていた指導員のW巡査が俊一さんをプールの深い部分に連れていき、背後から両肩に手を置き、体重をかけて水深3メートルの底まで沈めた。5、6秒かけて浮いてくるとまた同じ要領で沈めた。I巡査部長の指示だった。

俊一さんは水中メガネとシュノーケルを顔に着けたままはずすことは許されなかった。シュノーケルの管内や水中メガネの中に水が入り、呼吸ができなかったとみられる。

4回ほど沈められた結果、俊一さんは水中で動かなくなった。すると、そのまま10秒ほど放置され、ようやくプールサイドに引き上げられた。呼吸や心拍の確認はしなかった。人工呼吸もしていない。そればかりか「死んだふりか」などと言って往復びんたをした隊員もいた――。

119番通報は引き上げから8分後。俊一さんは病院に運ばれたが死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は溺死。両肺に大量の水が入ったままだった。

【私的制裁の疑い】

埼玉県警によれば、繰り返し沈めた行為は、ボンベの空気が吸えなくなった場合の対処法を学ぶ訓練だったという。

しかしI巡査部長は、事前に「佐々木をやりますよ」と不穏当な発言をしており、私的な制裁だった疑いは濃厚だ。

現在、W巡査が業務上過失致死罪で起訴されている。

もともと俊一さんは東入間署の地域課に所属し、交番勤務を主な仕事としていた。運動は苦手。水に潜って遊んだ経験もない。
機動隊への異動を告げられたのは12年3月。自ら希望したわけではなく、とまどっていた。遺族によれば、訓練は辛そうだった。膝も機動隊に入ってから負傷した。

事件直前には「死ぬかもしれない」と漏らしていた。意識を失ったこともあった。そして、辞めたい旨上司に相談していたという。

辞意を伝えたことに対する見せしめ的な報復の可能性はある。

(三宅勝久・ジャーナリスト、7月24日号)


http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=5384



「息子は警察に殺された」埼玉県警水難救助部隊の“殺人訓練”、息継ぎさせず繰り返し沈め溺死
 

13:41 08/07 2015 三宅勝久 
  
プールでの「訓練」中、息継ぎなしで繰り返し沈められて溺死した埼玉県警機動隊「水難救助部隊」新
隊員・佐々木俊一さんの遺影を手に記者会見する遺族と代理人弁護士。1億9000万円の賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こした(2015年6月29日、埼玉県弁護士会)。

 
 息継ぎをさせないまま水深3メートルのプールに繰り返し沈め、溺れて動かなくなっても「死んだふりか」と往復びんたをして放置、溺死させた--。

暴力団かマフィアのリンチ殺人を彷彿させる凄惨な事件が、警察内部で起きた。
埼玉県警機動隊「水難救助部隊」の新人隊員だった佐々木俊一さん(享年26)は、2012年6月29日、プールで訓練中、冒頭のような状況で死亡した。
殺されたも同然と遺族が憤るのは当然。だが埼玉県警は「私的制裁ではない。あくまで訓練だった

」と強弁、さいたま地検も、警察の肩を持つかのように、末端の隊員一人を業務上過失致死罪で在宅起訴しただけで幕引きを試みた。

事件から3年、不誠実な対応に業を煮やした遺族は埼玉県と警察官4人を相手取り国家賠償請求訴訟を起こした。息子の元に行きたいと何度も思いつめたという母の千春さんは訴える。

「息子は集団による暴行で殺されました。絶対に許すことはできません」

【Digest】

◇呼吸させずに繰り返し沈める
◇「佐々木、つかむんじゃねえよ」
◇息をさせていなかった!
◇「佐々木、やっていいですか」
◇希望していなかった機動隊入り
◇呼吸させずに繰り返し沈める


 「正直な話をしてほしいです。人間として正直な話をしてほしい。それだけです」

 6月29日、埼玉県弁護士会の一室で開いた記者会見で、佐々木俊一巡査(享年26)の母・千春さんは涙声で訴えた。

埼玉県警機動隊「水難救助隊」の新人隊員だった佐々木巡査が訓練中に溺死してからちょうど3年、千春さんら遺族は、埼玉県と救助隊の警察官4人を相手取り、慰謝料や逸失利益など約1億9000万円の賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こした(さいたま地裁平成27年ワ1400号、原告主任代理人古城英俊弁護士)。

 警察官ら4人の共謀により、制裁目的の暴行を加えて死亡させとして、逸失利益、慰謝料、遺族の慰謝料を払う責任があるとの主張である。

 これに対し、被告・埼玉県警側は8月5日の第1回口頭弁論で、「請求をいずれも棄却する、との判決を求める」との答弁書を陳述し、全面的に争う姿勢を明らかにした。

次回弁論は9月30日午後11時から同地裁で開かれる(志田原信三裁判長、鈴木拓児・野口由佳子各陪席裁判官)。

 俊一さんの身に何があったのか--。真相究明と責任追及に向けた遺族のあらたな闘いがはじまった。

 さて、遺族が提訴を決断するまでの道のりについて触れたい。

機動隊の敷地内で起きた事件である以上、事件の詳細は現場にいた警察官しか知らない。
しかし埼玉県警は遺族に対して、具体的な説明をなかなかしようとはしなかった。

口の固い警察に対して遺族は粘り強く食い下がった。そのかいあってようやく事件の片鱗が見えてきたのは、事件後半年も経った2012年12月からである。

 もっぱら警察の説明によれば、ことの経緯はおよそ以下のとおりだ。
 

 事件は2012年6月29日、埼玉県朝霞市にある埼玉県警機動隊の訓練用プールで起きた。
午後1時半からはじめた水中訓練が終盤に移り、「完装泳法」というメニューになった。
空気ボンベやウエイト(重り)、足ヒレなど総重量38キロもある潜水道具を身につけて水に入り、立ち泳ぎなどをする基礎訓練だ。

ボンベの空気は使わず、呼吸はシュノーケルで行う。

 38キロもの装備をまとった状態で水面に浮いたり泳いだりするには、効果的な足かきを続ける必要がある。

佐々木巡査も足かきをして水面に浮こうとしたが、じきに足に痛みを覚えた。連日の激しい訓練でひざを負傷していたのだ。病院で「変形性膝関節症」と診断され、治療も受けている。

 「無理だ…」

 そう判断した佐々木巡査は、プールの浅い部分に移動すると底に立った。訓練プールは水深1・2メートル、3メートル、5メートルの3段階の構造になっている。

佐々木さんが足をついたのは1・2メートル部分だった。そして訓練指揮官をしていたI巡査部長に訴えた。

 「足が痛い。訓練を中止させてほしい」

 だが、この訴えをI巡査部長は拒否した。そして訓練を続けるように命じた。「弱音をはいていると考えた」というのが理由である。

 

亡くなった佐々木俊一巡査。プールでの訓練でたびたび失神し、「死ぬかもしれない」と漏らしていたという。

 
◇「佐々木、つかむんじゃねえよ」

  やむなく佐々木巡査は泳ぎ続けようとした。膝が痛くて耐えられない。

やはり無理だ--と、今度はプールの端に寄り、内壁に取り付けられたハシゴをつかんだ。

そしてあらためて訓練中止を申し出た。これをみとがめたのはプールサイドにいた指導員のN巡査部長だった。

 
「佐々木、つかむんじゃねえよ!」

 N巡査部長は大声で怒鳴り、水中マスクとシュノーケルをつけて水面に浮かぶ佐々木巡査の顔面を足で踏みつけ、力づくでハシゴから引きはがした。

 水難救助部隊では、底に足をついたり、ハシゴをつかむ、水中マスクを外すことは「禁止行為」と呼ばれている。佐々木さんが怒鳴られたのはこの禁止行為をしたからだった。

そして禁を破ったことに対する制裁(リンチ)がはじまった.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 

故佐々木俊一巡査の遺族が埼玉県と警察官4人を相手どって国家賠償請求訴訟を起こしたさいたま地方裁判所。被告側は全面的に争う姿勢をみせている。

埼玉県警本部。息をさせずに繰り返し水中に沈めるという行為は、普通に考えればリンチというべきだろう。だが埼玉県警は「訓練」だったとの主張を続けている。

 

機動隊の警察官6人が書類送検されたが、起訴されたのはわずか1人。

もっとも階級の低いW巡査が業務上過失致死罪に問われている。遺族はとうてい納得できず、息子は警察に暴行を受けて殺されたと訴えている。

 

佐々木俊一さんが若干26歳で命を落とした埼玉県警機動隊。寮生活で、実家に戻るのはせいぜい月1回だった。運動は苦手で機動隊に異動がきまったときにはとまどっていた。
事件前には警察をやめたいと上司に相談していた。相談を受けた上司がどのような対応をしたのかはいまだ不明だ。 
 

http://www.mynewsjapan.com/reports/2184





<機動隊員水死>水中に沈めた巡査に有罪 地裁「過失の程度重い」 2016年9月8日(木) 埼玉新聞


 県警機動隊のプール(朝霞市)で2012年6月、水難救助部隊の佐々木俊一巡査=当時(26)=が訓練中に水死した事故で、業務上過失致死の罪に問われた、当時指導員だった県警巡査渡辺哲範被告(33)の判決公判が7日、さいたま地裁で開かれ、栗原正史裁判長は「過失の程度は重い」と渡辺被告の過失を認定し、禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑・禁錮1年6月)を言い渡した。渡辺被告側は控訴しない方針。

 判決で栗原裁判長は、息継ぎの余裕を与えず複数回にわたって水中に沈めた行為を「生命身体に重大な危険を及ぼすもので、相手の体力や技量を十分配慮すべきことは明らか。過失の程度は重い」と述べた。

 これまでの公判で、検察側は「危険性の高い行為を自ら実行し、責任は免れられない」と指摘。「他の指導員らに責任の一端があるとの主張は本末転倒」と述べていた。

 弁護側は訓練員を水中に沈める行為を「訓練の一環で禁止されていなかった」と強調。「佐々木巡査のパニック状態を見落とし、被告人の行為を容認した他の指導員にも落ち度があり、被告人に全責任を負わせるのは相当ではない」と主張し、救命措置が遅れた責任は水難救助部隊全体にあるとしていた。

 判決では、渡辺被告が指導員として直接、佐々木巡査を沈めた点に触れ、「被告人自身が生命身体の安全に細心の注意を払うべきだった」「被告人が直ちに適切な救命措置を講ずるべきだった」と弁護側の主張を退けた。一方、渡辺被告が警察官の失職も含め、相応の社会的制裁を受けることが見込まれる点を考慮し、執行猶予付き判決とした。

 渡辺被告は初公判で無罪を主張していたが、その後の公判で一転、「佐々木巡査のパニック状態を見落とした」などと起訴内容を認めていた。

 判決によると、渡辺被告は12年6月29日、水に溺れるなどの事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠り、訓練していた佐々木巡査を水深3メートルのプール中央に移動させ、体をつかんで繰り返し沈めて溺れさせ、低酸素脳症などにより死亡させた。

 県警によると、有罪判決が確定すれば、現在休職中の渡辺被告は地方公務員法に基づき失職する。

http://www.saitama-np.co.jp/news/2016/09/08/05.html


【埼玉】 県警訓練中に水死 被告の巡査は無罪主張 遺族「殺された」 2016年6月2日 東京新聞


朝霞市内の県警機動隊施設内のプールで二〇一二年六月、訓練中の佐々木俊一巡査=当時(26)=が訓練中に水死した事故で、安全管理を怠ったとして業務上過失致死罪に問われた当時の指導員だった県警巡査渡辺哲範(あきのり)被告(32)=休職中=の初公判が一日、さいたま地裁(栗原正史裁判長)であった。渡辺被告は「おぼれさせる意図はなかった」と無罪を主張した。


 公判は、実際の水難救助で浮上できない場合を想定した訓練の一環として、渡辺被告が繰り返し水中に佐々木さんを沈めた行為の是非が焦点となっている。

 冒頭陳述で検察側は、「息継ぎする余裕を与えなければ、おぼれて死亡する恐れがあることは容易に予見できた」と指摘。弁護側は「(佐々木さんを)沈めた後も浮上するのを待っており、すぐに体を引き上げられるようにしていた。おぼれることは予見できなかった」と反論した。

 起訴状によると、一二年六月二十九日、空気ボンベなど三十八キロの装備を身に着けプール内を泳ぐ訓練をしていた際に、水深約三メートルの場所で、佐々木さんの体力や技術を考慮せず、水中に何度も沈めておぼれさせ、死亡させたとされる。

 公判を傍聴していた佐々木さんの母千春さん(58)は「殺されたと思っている。無念です」と遺影を持ち、目に涙を浮かべた。

 同事件をめぐって県警は、上司ら六人を業務上過失致死容疑で書類送検したが、さいたま地検は一四年九月、渡辺被告以外の五人を不起訴(嫌疑不十分)とした。千春さんら遺族は昨年六月、渡辺被告ら四人と県を相手取って損害賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こしている。 (井上真典)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/list/201606/CK2016060202000194.html


 
埼玉県警機動隊員のプール水死 巡査に有罪判決 さいたま地裁 2016年9月8日 毎日新聞 東京朝刊


埼玉県朝霞市の県警施設のプールで2012年、訓練中の機動隊水難救助部隊員の佐々木俊一巡査(当時26歳)を水死させたとして、業務上過失致死罪に問われた県警巡査、渡辺哲範(あきのり)被告(33)に対し、さいたま地裁(栗原正史裁判長)は7日、禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑・禁錮1年6月)の有罪判決を言い渡した。


 栗原裁判長は「(佐々木巡査に)息継ぎの余裕を与えず、繰り返し水に沈めた過失の程度は重い」と述べた。
執行猶予判決を求めていた弁護側は控訴を見送る方針で、判決が確定すれば渡辺被告は失職する。

 判決によると、渡辺被告は12年6月、訓練時のルールに反してプールサイドのはしごにつかまった佐々木巡査の体をつかみ、水中に繰り返し沈めるなどして水死させた。

 渡辺被告は今年6月の初公判で無罪を主張したが、その後の公判で一転して過失を認めていた。【遠藤大志】


http://mainichi.jp/articles/20160908/ddm/041/040/071000c


指導の巡査に有罪=訓練中の機動隊員水死-さいたま地裁  (2016/09/07-18:08)時事通信

 埼玉県警機動隊の佐々木俊一巡査=当時(26)=が2012年、水難救助の訓練中に死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われた同県警巡査の渡辺哲範被告(33)の判決が7日、さいたま地裁であった。
栗原正史裁判長は禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑禁錮1年6月)を言い渡した。
 判決によると、訓練の指導員をしていた渡辺被告は12年6月29日、同県朝霞市の機動隊専用プールで、佐々木巡査の体力などを考慮せず、繰り返し水に沈めるなどして水死させた。
 栗原裁判長は「(佐々木巡査は)体力や技量などが劣っており、繰り返し沈めれば溺れる危険が高いことは明らかだった」と指摘。「過失の程度は重く、結果は重大」と述べた。(2016/09/07-18:08)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090700707&g=soc


機動隊員水死で巡査有罪 指導の過失認める 2016.9.7 17:07 産経新聞

埼玉県警機動隊のプール(同県朝霞市)で2012年6月、水難救助部隊の佐々木俊一巡査=当時(26)=が訓練中に水死した事故で、当時の指導員で業務上過失致死罪に問われた県警巡査渡辺哲範被告(33)に、さいたま地裁は7日、禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑禁錮1年6月)の判決を言い渡した。


 栗原正史裁判長は、指導員だった渡辺被告の過失責任を認めた。

 判決によると、渡辺被告は12年6月29日、事故を防ぐ注意義務を怠り、佐々木巡査を水深約3メートルのプール中央に移動させ、体をつかみ繰り返し水中に沈めて溺れさせ、死亡させた。


http://www.sankei.com/affairs/news/160907/afr1609070019-n1.html


【 責任者・上司 】
機動隊長 警視 杉崎賢一 2011年3月~2012年9月

機動隊主席指導官 兼 副隊長
警視 西田雅裕 2011年3月~2013年9月
機動隊 副隊長 警部 齋藤俊 2009年10月~2013年3月

機動隊長補佐 警部 新井常夫 2009年3月~2012年9月
機動隊長補佐 警部  堀井真一 2011年9月~2014年9月
機動隊長補佐 警部 小此木晃 2011年9月~2014年3月
機動隊長補佐 警部  松宮誠一 2012年3月~2015年3月
機動隊長補佐 警部 小又修 2012年3月~2013年3月
機動隊長補佐 警部 中屋誠 2012年3月~2016年3月
機動隊長補佐 一般職員 山口澄男 2012年3月~2015年3月

杉崎賢一

機動隊長 警視 杉崎賢一 2011年3月~2012年9月




【 リンチ殺人 】埼玉県警 機動隊の“殺人訓練”― 隊員を何度もプールに沈め溺死に
訓練指揮官
I巡査部長は、事前に「佐々木をやりますよ」と不穏当な発言

週刊金曜日 2015年8月6日10:32AM 



水深3メートルのプールの底まで繰り返し力ずくで沈め、動かなくなると引き上げて放置する。

殺人、または拷問死というほかない残虐な事件が埼玉県警で起きた。

埼玉県警機動隊「水難救助隊」の新人隊員・佐々木俊一巡査(享年26)は、2012年6月29日、朝霞市の機動隊のプールで潜水「訓練」中、溺死した。

遺族の調査で浮かんできたのは、「訓練」に名を借りたリンチだった。

俊一さんは機動隊員の暴行によって死亡したとして、母・千春さんら遺族が、今年6月28日、埼玉県や救難救助隊の巡査、巡査部長、警部補ら4人を相手取り、総額約1億9000万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地方裁判所に起こした。

「真相を知りたい。被告の警察官たちには正直な話をしてほしい」

翌29日、命日に開いた記者会見で遺族は涙ながらに語った。

遺族や弁護団(野本夏生弁護団長)によれば、主に警察から聞き取った事実をもとに判明した経緯は次のとおりである。

12年6月29日午後4時ごろ、基礎訓練に続き、「完装泳法」の訓練に移った。
空気ボンベ、シュノーケル、足ヒレなど重量38キロの装備を身につけたまま、ボンベの空気を使わずシュノーケル呼吸のみで、潜ったり立ち泳ぎをする訓練だ。

俊一さんは変形性膝関節症で足が痛かった。訓練開始からまもなく、プールの浅い部分(水深1・2メートル)に移って足をつき、訓練中止を申し出た。痛みのせいで立ち泳ぎが続けられない。

だが、指揮官のI巡査部長は訓練続行を命じた。俊一さんはやむなく泳ぎ続けた。しかし、やはり痛い。とうとうプール内壁に取り付けられたはしごをつかんだ。そして中止させてほしいと訴えた。

するとプールサイドにいたN巡査部長が、俊一さんの顔を足で何度も踏み「佐々木、つかむんじゃねえよ」と怒鳴った。

そして、「無理です」と繰り返す俊一さんを力ずくではしごから引きはがした。俊一さんはパニック状態に陥った。

続いて、水に入っていた指導員のW巡査が俊一さんをプールの深い部分に連れていき、背後から両肩に手を置き、体重をかけて水深3メートルの底まで沈めた。5、6秒かけて浮いてくるとまた同じ要領で沈めた。I巡査部長の指示だった。

俊一さんは水中メガネとシュノーケルを顔に着けたままはずすことは許されなかった。シュノーケルの管内や水中メガネの中に水が入り、呼吸ができなかったとみられる。

4回ほど沈められた結果、俊一さんは水中で動かなくなった。すると、そのまま10秒ほど放置され、ようやくプールサイドに引き上げられた。呼吸や心拍の確認はしなかった。人工呼吸もしていない。そればかりか「死んだふりか」などと言って往復びんたをした隊員もいた――。

119番通報は引き上げから8分後。俊一さんは病院に運ばれたが死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は溺死。両肺に大量の水が入ったままだった。

【私的制裁の疑い】

埼玉県警によれば、繰り返し沈めた行為は、ボンベの空気が吸えなくなった場合の対処法を学ぶ訓練だったという。

しかしI巡査部長は、事前に「佐々木をやりますよ」と不穏当な発言をしており、私的な制裁だった疑いは濃厚だ。

現在、W巡査が業務上過失致死罪で起訴されている。

もともと俊一さんは東入間署の地域課に所属し、交番勤務を主な仕事としていた。運動は苦手。水に潜って遊んだ経験もない。
機動隊への異動を告げられたのは12年3月。自ら希望したわけではなく、とまどっていた。遺族によれば、訓練は辛そうだった。膝も機動隊に入ってから負傷した。

事件直前には「死ぬかもしれない」と漏らしていた。意識を失ったこともあった。そして、辞めたい旨上司に相談していたという。

辞意を伝えたことに対する見せしめ的な報復の可能性はある。

(三宅勝久・ジャーナリスト、7月24日号)


http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=5384



「息子は警察に殺された」埼玉県警水難救助部隊の“殺人訓練”、息継ぎさせず繰り返し沈め溺死
 

13:41 08/07 2015 三宅勝久 
  
プールでの「訓練」中、息継ぎなしで繰り返し沈められて溺死した埼玉県警機動隊「水難救助部隊」新
隊員・佐々木俊一さんの遺影を手に記者会見する遺族と代理人弁護士。1億9000万円の賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こした(2015年6月29日、埼玉県弁護士会)。

 
 息継ぎをさせないまま水深3メートルのプールに繰り返し沈め、溺れて動かなくなっても「死んだふりか」と往復びんたをして放置、溺死させた--。

暴力団かマフィアのリンチ殺人を彷彿させる凄惨な事件が、警察内部で起きた。
埼玉県警機動隊「水難救助部隊」の新人隊員だった佐々木俊一さん(享年26)は、2012年6月29日、プールで訓練中、冒頭のような状況で死亡した。
殺されたも同然と遺族が憤るのは当然。だが埼玉県警は「私的制裁ではない。あくまで訓練だった

」と強弁、さいたま地検も、警察の肩を持つかのように、末端の隊員一人を業務上過失致死罪で在宅起訴しただけで幕引きを試みた。

事件から3年、不誠実な対応に業を煮やした遺族は埼玉県と警察官4人を相手取り国家賠償請求訴訟を起こした。息子の元に行きたいと何度も思いつめたという母の千春さんは訴える。

「息子は集団による暴行で殺されました。絶対に許すことはできません」

【Digest】

◇呼吸させずに繰り返し沈める
◇「佐々木、つかむんじゃねえよ」
◇息をさせていなかった!
◇「佐々木、やっていいですか」
◇希望していなかった機動隊入り
◇呼吸させずに繰り返し沈める


 「正直な話をしてほしいです。人間として正直な話をしてほしい。それだけです」

 6月29日、埼玉県弁護士会の一室で開いた記者会見で、佐々木俊一巡査(享年26)の母・千春さんは涙声で訴えた。

埼玉県警機動隊「水難救助隊」の新人隊員だった佐々木巡査が訓練中に溺死してからちょうど3年、千春さんら遺族は、埼玉県と救助隊の警察官4人を相手取り、慰謝料や逸失利益など約1億9000万円の賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こした(さいたま地裁平成27年ワ1400号、原告主任代理人古城英俊弁護士)。

 警察官ら4人の共謀により、制裁目的の暴行を加えて死亡させとして、逸失利益、慰謝料、遺族の慰謝料を払う責任があるとの主張である。

 これに対し、被告・埼玉県警側は8月5日の第1回口頭弁論で、「請求をいずれも棄却する、との判決を求める」との答弁書を陳述し、全面的に争う姿勢を明らかにした。

次回弁論は9月30日午後11時から同地裁で開かれる(志田原信三裁判長、鈴木拓児・野口由佳子各陪席裁判官)。

 俊一さんの身に何があったのか--。真相究明と責任追及に向けた遺族のあらたな闘いがはじまった。

 さて、遺族が提訴を決断するまでの道のりについて触れたい。

機動隊の敷地内で起きた事件である以上、事件の詳細は現場にいた警察官しか知らない。
しかし埼玉県警は遺族に対して、具体的な説明をなかなかしようとはしなかった。

口の固い警察に対して遺族は粘り強く食い下がった。そのかいあってようやく事件の片鱗が見えてきたのは、事件後半年も経った2012年12月からである。

 もっぱら警察の説明によれば、ことの経緯はおよそ以下のとおりだ。
 

 事件は2012年6月29日、埼玉県朝霞市にある埼玉県警機動隊の訓練用プールで起きた。
午後1時半からはじめた水中訓練が終盤に移り、「完装泳法」というメニューになった。
空気ボンベやウエイト(重り)、足ヒレなど総重量38キロもある潜水道具を身につけて水に入り、立ち泳ぎなどをする基礎訓練だ。

ボンベの空気は使わず、呼吸はシュノーケルで行う。

 38キロもの装備をまとった状態で水面に浮いたり泳いだりするには、効果的な足かきを続ける必要がある。

佐々木巡査も足かきをして水面に浮こうとしたが、じきに足に痛みを覚えた。連日の激しい訓練でひざを負傷していたのだ。病院で「変形性膝関節症」と診断され、治療も受けている。

 「無理だ…」

 そう判断した佐々木巡査は、プールの浅い部分に移動すると底に立った。訓練プールは水深1・2メートル、3メートル、5メートルの3段階の構造になっている。

佐々木さんが足をついたのは1・2メートル部分だった。そして訓練指揮官をしていたI巡査部長に訴えた。

 「足が痛い。訓練を中止させてほしい」

 だが、この訴えをI巡査部長は拒否した。そして訓練を続けるように命じた。「弱音をはいていると考えた」というのが理由である。

 

亡くなった佐々木俊一巡査。プールでの訓練でたびたび失神し、「死ぬかもしれない」と漏らしていたという。

 
◇「佐々木、つかむんじゃねえよ」

  やむなく佐々木巡査は泳ぎ続けようとした。膝が痛くて耐えられない。

やはり無理だ--と、今度はプールの端に寄り、内壁に取り付けられたハシゴをつかんだ。

そしてあらためて訓練中止を申し出た。これをみとがめたのはプールサイドにいた指導員のN巡査部長だった。

 
「佐々木、つかむんじゃねえよ!」

 N巡査部長は大声で怒鳴り、水中マスクとシュノーケルをつけて水面に浮かぶ佐々木巡査の顔面を足で踏みつけ、力づくでハシゴから引きはがした。

 水難救助部隊では、底に足をついたり、ハシゴをつかむ、水中マスクを外すことは「禁止行為」と呼ばれている。佐々木さんが怒鳴られたのはこの禁止行為をしたからだった。

そして禁を破ったことに対する制裁(リンチ)がはじまった.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 

故佐々木俊一巡査の遺族が埼玉県と警察官4人を相手どって国家賠償請求訴訟を起こしたさいたま地方裁判所。被告側は全面的に争う姿勢をみせている。

埼玉県警本部。息をさせずに繰り返し水中に沈めるという行為は、普通に考えればリンチというべきだろう。だが埼玉県警は「訓練」だったとの主張を続けている。

 

機動隊の警察官6人が書類送検されたが、起訴されたのはわずか1人。

もっとも階級の低いW巡査が業務上過失致死罪に問われている。遺族はとうてい納得できず、息子は警察に暴行を受けて殺されたと訴えている。

 

佐々木俊一さんが若干26歳で命を落とした埼玉県警機動隊。寮生活で、実家に戻るのはせいぜい月1回だった。運動は苦手で機動隊に異動がきまったときにはとまどっていた。
事件前には警察をやめたいと上司に相談していた。相談を受けた上司がどのような対応をしたのかはいまだ不明だ。 
 

http://www.mynewsjapan.com/reports/2184

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