2003年01月

2003年01月28日

セールス電話にて

母が電話に出た。
相手の言い分をしばらく聞いてから

母「それはたぶん私ではわかりませんので、かわります」

俺のほうを向くので

俺「なんだね」
母「なんか、インターネットがどうのこうのって話なのよ」
俺「そうか。」

受話器を受け取る俺。

俺「はい、かわりました」
相手(中年女性っぽい)「NTTコミュニケーションズと申します。
そちらでインターネットはお使いになっておられますか?」
俺「はい」
NTTコ「息子さんでいらっしゃいますか?」
俺「いえいえ」
NTTコ「…。旦那様でいらっしゃいますか?」
俺「(笑)いえ、違いますが」
NTTコ「……。実はお電話しましたのは、ADSLの…」

以下解説に話題移行。
なぜ他の選択肢は出ないのだろう。
お祖父様ですか、とか。
間男さんでいらっしゃいますかと言えとは言わないからさ〜(笑)
他の発想が浮かばないほどなのか。
息子か旦那だったらどうだというのだ、そもそも(笑)

そうか、相手はどうでもいいや、と2回聞いた時点で思ったからこそ
とっとと本題へ移行したということなのか。

今度同じ機会があったら「息子か?」「旦那か?」の次に答える言葉は
これにしよう。

「もうひと声!」(笑)


sith_ko2 at 03:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2003年01月27日

追録「頬よせて」

歌曲「Cheek to cheek」(頬よせて)がなぜ葬儀にふさわしいかというと
曲の出だしでこう歌うから。

Heaven,I'm in heaven...

『あなたと頬よせて踊れば、天国にのぼるような気分…』♪
と最終的には歌っている曲なのだが。
イントロが葬儀の場では安らぎに。(なるのは俺だけの感覚?!)

フレッド・アステアが歌うバージョンのこの曲を、印象的に映画に使っていたのは、
ウッディ・アレン監督の『カイロの紫のバラ』Purple Rose of Cairo.であった。

映画ファンなら一度は必ず思う(思うかな…?笑)、
「映画の中に入ってみたい!」という夢がかなってしまうお話である。
ましてやヒロイン(ミア・ファーロウ)は
大好きな主演俳優(美男子)が演じている映画に入れてしまうわ、
その俳優が映画で演じているキャラクターに惚れられてしまうわ、
そのキャラがスクリーンを飛び出して映画がストップしてしまい
大騒ぎになって駆けつけた俳優そのものにまで言いよられてしまうわ
うらやましいっちゅうかてんやわんやっちゅうか分からん目に
遭うのであった。

ストップしてしまった映画の中の他の登場人物たちが、
次の場面に移れないのでボヤいたり、映画館の観客たちと会話しだしたり
するのがとっても可笑しい。
なぜか主役以外はスクリーンを飛び出せないので、彼らはひたすら
主役の帰りを待つしかないのだ。(まるで映画撮影現場のようだ。笑)

『カイロの紫のバラ』というのはヒロインが見にいってストップしてしまう
映画のタイトル。インディアナ・ジョーンズ調の探検活劇&ミステリー?
だったと思う。(記憶が定かでない…)

ヒロインはつらい結末に遭う。
がしかし、それが厳しい現実に生きる者の妥当な決断だったのだろうし
それしかないよな、とも思ったものだ。
そしてスクリーンの中では常に変わらず
フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが粋な会話を繰り広げ、華麗に舞い
「チーク・トゥ・チーク」を口ずさむ。
スクリーンの中の不変の夢は、見てこその華(はな)。

完結しない恋、実現しない幻想。それがせつなくて、だからこそ魅力的。
『カイロの紫のバラ』ではそういう映画への愛と映画の存在理論が
ロマンティックかつ、ペシミスティック(悲観的)に描かれていたのが良かった。

スティーヴ・マーティンの『ペニーズ・フロム・ヘヴン』という日本未公開作でも
アステア&ロジャース全盛時代(1930〜1940年代)における、映画の存在意義が
みっちりと描かれる。世界恐慌の時代、みな貧しく生活が苦しかったからこそ
映画は夢と希望をかいま見せてくれる逃避先として最高の機能を果たしたのだ。
安く。
その頃の歌曲も、極端に甘かったり、夢希望を歌ったものが多い。
ニーズがあったから供給されていた時代なのだ。

『カイロ』も『ペニーズ』も1930年代に設定された物語であり
どちらも苦い現実で終わる。そして最上のファンタジーとして
画面に出てくるのが、アステア&ロジャースの共演作のソング&ダンスナンバー。
『ペニーズ』では天才マーティンが、完璧なアステアの踊り真似までしてくれた。
マーティンも恋人を伴って映画の中に入り込んでしまうというわけだが
そこでは錯覚、空想として場面は展開している。

アステアが好きだという人は好きだな。

と、書いたらウディの昔のジョークを思い出したので引用。
「私は差別をする人間と黒人が嫌いです」

ブラックジョークついでにもうひとつウディを引用。
「私は私を入れるようなクラブには入会したくない」

うまいなぁ。


sith_ko2 at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外国映画 

三谷幸喜の戯曲「Bad News☆Good Timing」

師匠がWOWOW放送の劇を録画してくれたので、見た。
面白かった。
これをアメリカでやるなら、ぜひホテルマンの役はブスケミで。
いや、いっそティム君で。
テムテムがホテルマンなら、ぜひ生瀬勝久が演じた新郎の役は
ブスケミで。(どうしてもブスケミを出したいらしい。笑)

新婦の役はジェニファービールスあたりで(In the soup再び)。
根回しはするけど、現場ではなにもしてくんない女性。
でも言いたいことは言うという。

新郎新婦のそれぞれの父、かつては漫才コンビだった2人は
スティーブマーティンとダンエイクロイドで。
前者は今もぱっとしないまま一人漫談で暮らしており、
後者は政界に進んで議員になっている(次期立候補にはなれなさそう)

お話は、仲違いして別れた漫才コンビの父二人に内緒で
結婚式当日を迎えてしまった新郎新婦が、なんとかして
式の時間までに、二人を説得しようとするドタバタ。

式までの2時間が、リアルタイムで劇の時間となっているという構成。

幕が上がる前から登場し、「携帯電話は絶対オフに」と
客席に注意を言いつつ場を盛り上げ、開幕すると舞台に溶け込むのが
ホテルマンの役。

それまでのいきさつをテロップで紹介する間に
舞台では(?)黙劇でハイライト場面が演じられたりしている。
…が、実際の舞台でもそうだったのだろうか?
もしそうなら、まるで『ハムレット』の劇中劇のときみたいですな。
その黙劇の最後にクラッカーがはぜるので、その名残のごみを
片付けるのもホテルマンの仕事であります。

このホテルマンは完全にビジネスな立場であって、新郎新婦の二人とも
誰とも関わりはないのだけれど、始終ほぼ出ずっぱりで
大活躍。大いなるツッコミ役として笑わせてくれる。

中盤で、伊東四郎(この字でいいんだっけか)演じる新郎の父、
もひとりの新婦の父のコンビが、勘違いの果てに
結婚式ではなく自分たちのコンビ再結成イベントが企画されていると
思い込み、ネタを練習しだす。

そのネタは「お嬢さんを僕にください」というもの。
待合いロビーを舞台に見立てて、何もない所にドアがあるふりをして
伊東「トントン」(ノック)
相棒「入りたまえ」
伊東「失礼します」(ドア開けて入るマイム)
相棒「なんだね」
伊東「お嬢さんを僕にください」
相棒「娘はお前にはやれん!」

…という具合に進むネタなのだが、ちょうどそこへ
事情をいっさい知らずに、結婚式コンサルタント?の男が通りかかり
誤解に誤解を呼んで、いつのまにやら一緒にネタの練習をすることに。
コンサルタント自身はそれがネタ練習だとは思っていないので、
うろたえることばかり。このあたりが全篇1の爆笑どころであった。

ホテルマンを見事に演じた伊藤俊人という役者さんは、
昨年5月頃にクモ膜下出血で急逝してしまっている。
かつては東京サンシャインボーイズの劇団員として活躍された方だったという。
劇作家の三谷さんとは仲間だったそうで、新聞のコラムで三谷さんは
涙、涙の文章を書いていた。

この劇を見るといっそう惜しさが倍増だ。
タップダンスをしていたそうで、アステアが大好きだったという。
なるほど小柄で引き締まった体をしていた。動きもきびきびしていた。
「王様のレストラン」でもさりげなくツッコミで笑わせてくれた。
お別れの葬儀で、最後にはアステアの「cheek to cheek」の曲を流し
本間憲一さんにタップを踊ってもらったそうだ。いいお別れだと思う。

sith_ko2 at 01:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 観劇で感激? 

2003年01月26日

主人公はひたすら駆ける〜『銀河鉄道999』

自宅から一番近いシネコン、ユナイテッドシネマがなぜか唐突に、
『フレンドシアター』などと称して、1979年の傑作アニメ映画『銀河鉄道999』を
上演してくれた。1/25と1/26の2日オンリー。
朝の10時台、昼の12時台、午後15時台の3回。
なんと一般入場料金 800円。ユナイテッドシネマ会員なら500円。俺、会員!

いそいそ日曜の15時台を見に入った。
この映画は俺という人間を構成する一部分である。
まさに血肉となった作品の一つ。
浴びるほど見ているしLDも保管しているけれど、
スクリーンにかかれば何がなんでも見る。
なるべく見る。
しかもシネコンである。上映状態がいい。場内が真っ暗だ。見やすい。
音もいいはずだ。(古い映画だと難しいが)

たまたま、数年前に東映作品リバイバルがあったときにも見ているから、
その時のフィルムなら、そう音も絵も傷んでなかろう。
予想的中。なかなかであった。

もはや公開から24年目に入ろうとしている映画だけれども
その素晴しさは少しも色褪せない。
お客さんの面子にも、私と同じくらいの世代連中がいる気がする。
(もっぱら男。そりゃ、男の子の映画ですからねぇ)

この映画の脚本を担当した石森史郎さんは、主に実写の青春映画などの脚本を
担当していた人だそうだ。本人いわく
「アニメ作品であることを全く意識しないで書きました」。

その姿勢が幸いしてか、アニメであるという枠を超えて
映画版『999』は青春映画として傑作だと思う。

おまけに、松本零二という漫画作家の集大成としても完璧で
松本ロマン、松本美女、松本ガニマタ、松本トリさん、松本ネコ、松本メカ、
松本宇宙、松本ヒーロー、松本ガンアクションのすべてをそれなりに堪能できる。
こんな映画を作ってもらえて、松本さんは幸せもんだ。松本ファンも幸せだ。

*****
『999』を見ると最近はもう泣けてしょうがない。あらゆる場面が名場面なのも
さることながら、年齢が上がると、共感できる部分がどんどん増えるからだ。

もぎり嬢が関西で「アルプスの少女ハイジ」の放送を録画しては鑑賞して、
「今ならロッテンマイヤーさんの気持ちも少し分かるんだよねー。
それに、おばあさまの気持ちも分かるしさ〜。もう泣けて泣けてしょうがないんだよ。
やっぱ、すげー良くできてるよハイジはさ〜」と昨年末言っていた。
たぶん、それに近い感覚なのだろう。

今回見て…
タイトルが出ては泣き
(『ひとは、星の海を見ながら旅に出る…』)

主人公、星野鉄郎の母が死んでは泣き
(「鉄郎は強い子だもの、お母さんがいなくても一人で頑張っていけるわね…」)

鉄郎が旅だっては泣き
(挿入歌の歌詞。I'm leaving,I'm flying,I'm taking off to the unknown...)

惑星タイタンのトチローのお母さんのところでは泣き
(「分かっているのにねぇ、母親なのにねぇ。男の子だもんねぇ、息子は。
  男の子を産んだんだから仕方がないんだよねぇ」)

惑星ヘビーメルダーのトレーダー分岐点、ガンフロンティア山のふもとに
不時着したまま風化してしまった宇宙船に住むトチローが死んでは泣き
(「人間は寿命が来れば死ぬ…夢も果たせず、途中で死ぬんだ」)

ホテル前で松本キャラ4巨頭(ハーロック、エメラルダス、メーテル、鉄郎)が
顔合わせし、ハーロックが親友の死をエメラルダスに告げては泣き
(「トチローはどこに、どこにいるの?ハーロック」「…死んだ」)

鉄郎が母親の仇、機械伯爵の住む「時間城」に潜入し
大広間のマントルピースのはるか上に麗々しく飾られた母の剥製に再会し、
頭に浮かぶその死に際の、幼い自分に伸ばされた手を
握り返そうとするかのごとく前方に手を伸ばしてよろめき歩くのを見ては泣き
(「か、かあさん…!」)

伯爵の情婦、リューズがギター弾き語りしながら死んでは泣き
(「でも、これでいいの、これでよかったの…」)

赤錆びの山と化した「時間城」の頂上に残ったギターを鉄郎が拾って爪弾くと
ギターの一番高い音の弦がビーン!と切れて、
鉄郎がそのギターをぎりぎりと錆びの山に押し込んで(墓石代わりか)は泣き、
(「これでお前の復讐も終ったわけだな」)

有名すぎるラストに至ってはどうしてくれようか、というほど泣く。
これは昔からだけども。
(「私はあなたの思い出の中にだけいる女…
   私はあなたの少年の日の心の中にいた…青春の幻影」)

大変ですよまったく。モウ。疲れたよ(笑)。
惑星メーテル〜 終着駅メーテル〜 機械化母星メーテル〜に
到着してからカタストロフィが終るまでも、心臓どっきどきになってるしね。
汗かきまくり!終ってからトイレでバタバタ!(あおいでる)

*****
主人公の鉄郎君は、公開当時は最初びっくりした設定(地球の下町の身なし児どもの
兄貴分。徒党を組んで盗みもやりまくり。「暴力と盗みの現行犯で逮捕」されるような
生き様をしている)だったので、なにげに見過ごしていたけれども、
今回見てみて、いろんなとこでモタモタしてるなーと。
そりゃ、そうなんだよね、一度も地球を離れたことなんてないし
まともな教育も受けてない、ストリートキッドだったわけですから。
いきなり豪華列車乗ったからってお上品になるわけないし
銃が手に入ったからって射撃が上手くなるわけじゃないし
宇宙海賊じゃないんだから、非情でもなんでもないんですよ。

スキがありまくりで、いっつもどこでも気絶するわ襲われるわの連続(笑)
情けない主人公だわな。
女にも男にも助けられまくり。でも15才の少年、それが当然なんだよな。
だからこそ脇役が輝くし…女は皆、そのまっすぐぶりにほだされるし(笑)

彼のいいところは、素直で、率直で、責任感があって、勇猛果敢
(これでは機械士官の台詞のパクリだ…笑)そしてなにより
ストリート育ちで鍛えた「走り」の凄さですな!!

改めて、鉄郎君が最初っから最後まで むちゃくちゃ走っていることに
気付きましたですよ。そうだよ、あの走りができるからこそ
彼は「時間城」から逃れ得るし、プロメシュームよりも早く
ドクターバンの心が入ったカプセルをゲットできるし
崩壊するメーテル星での猛ダッシュをえんえんこなすことができるのだな!
さすがだぜ!
若さだね!スプリント、スプリンター!(いやそれでは短距離走者か…;)
かっぱらいをこなせる俺の足に酔いな!(いやそれはテニプリのパクリ…;)

最後だってものすごい走るんだし。(超特急に追い付くか!)
とどめのラストクレジットでも走って消えて行く。
青春は走りなんだね…とつくづく思ったね。ほんと。

そして、良い映画、良い物語の基本=「主人公は物語の始まりと終りで同じであっては
ならない」(つまり、良かれ悪かれ成長・変化していなくてはならない)を思い出す。
『999』もまた、終りがくると始めが懐かしくなる。また始めから見たくなる。
すでに半ばで、始めの頃がとても昔のことのように思われる映画なのだ。
思えば俺が大好きな映画はみんなそうだな…
(エンディングを見ながら、冒頭が懐かしく思い出される)

『スターウォーズep4』とか『ランボー』とか『リーサル・ウェポン』とかな〜。
名作と呼ばれる映画もみんなそうだよな〜『大脱走』とかさ〜。いっぱいだ!
だから繰り返し繰り返し見ちゃうんだよね…死んだ人も戻ってくるしね…束の間。

*****
アニメで「走り」を描くのはとても難しい、とちょーど
「千と千尋」の放映前の特番で解説していた…
『999』のセル数はもう、近年のアニメとは比べ物にならないくらい少なく、
だから動きがいびつだ。でも、見応えがある。登場人物の演技が細かい。
何事も「なんちゃって」になってしまっている近年では、
こういうどっしりと見せてくれるアニメが少なくなったと思う。

宮崎アニメは安心できる。昔の初代『ガンダム』も同じ流れだ。
『エヴァンゲリオン』は70年代臭ふんぷんたる作りだったけれど
主人公は没個性に近かった…生きようとする力に欠けていた。
それが現代ってもんなのかなぁ。アスカちゃんには感情移入できたけど。
俺は生きる気力むんむんのキャラが好きなのだ。
(『ガンダム』のアムロは、追い詰められた状況にあって初めて、
死にたくない、殺されるくらいだったら相手を殺す…という気持ちになった
主人公だ。そこがリアルな戦争描写で、画期的だったわけだけれども)

今こっちでは毎週1回深夜にガンダム初代が再放送されてんだよ〜(笑)

*****
予告でディズニーの宝島ならぬ宝星(トレジャープラネット)とやらを
見た。日本語吹き替え版の予告だった。
あれ?あの声は…007?じゃなくて(笑)ショーンコネリー、じゃなくて(笑)
若山玄蔵さん?がシルバーなの?!
ウワサのアニメ『宝島』と同じキャストってこと??
こ、これは…田無ごるんさん(仮名)が黙ってないのだろうな〜(笑)
田無ごるんさんは『宝島』の大ファンで、DVDで全話お持ちである。
見せてもらいに行かねば…(めいわく)

 ちょっと気になるな、宝星。
英語版で見たいと思ってたけど。吹き替えも見たいかも。


sith_ko2 at 19:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日本映画 

2003年01月25日

「モニョる」ってどういう意味?〜『スイート シックスティーン』

やっと先日、ケン・ローチ監督新作 『Sweet Sixteen』を見たので
山古参(仮名)の感想文を読んでみた。ら、謎の言葉「モニョる」にぶつかる。
意味は…?
もごもご、にょろにょろすること?(それはないだろなー)

さて以下、ネタバレなので、未見の方は読まないほうが。(警告)

****
誰か教えて下さい。ピンボール君て死んだんですか。(もう失格?)
死んだと思わなくて、で最後になってしまったので、
え、やっぱ死んだの?と動揺マグニチュード8以上。
なんであれで死んじゃうのよ。
納得いきません。見えないところで手を下したんですか、リアム。
そうだとしたらすげぇな…すごい話だな。
それともほんとにあれだけで死んだのか。それにしては出血量が。
救急車が来てくれない地区で、そのまんまほったらかしにして
出血多量ってことで、見殺しにしたのですか?(そ、それもちょっと…)

主人公リアムの父がどういう末路だったのか、などは省略されてて
ただもうひたすらに、すべてを
自分の将来性(そんなもんがあるとすればだけども)も
友人も
姉貴も
モラルも
持ちうるものすべてを捨てても、リアム君は
たった一つの愛を得られない。その描写に徹した映画だ。

自分の持つあらゆる才覚をたった一つの目的に集中させて頑張っても、
リアム君の目的は達せられない。

施設育ちの彼がどうやって母親を突き止めたのか分からないけど
(そういう意味での施設じゃないのかもしんないけど)
彼の愛は一方通行で終ってしまう。
あれは愛とは呼べないのかもしれない、リアムは「家庭」という夢の実現を
ひたすらに努力しただけで…姉へも、母へも本当の思いやりを持ってないと、
そういうこともいえそうな気がする。

でもそれだからこそ15才なんだし。
子供らしい子供時代を求めるリアムの気持ちはあたりまえか…とも思う。
そして最後に彼は16才になる。
その当日に傷害事件を起こす。
16才なら、実刑が下るんだろうか。イギリスの法律はよくわからん。
実刑判決になってムショ入りしたら、エドワード・バンカーの小説みたいな展開に
なりそうで、やはり悲しい。

あの母のなんとも煮え切らん態度が秀逸だった。
あれでこそ、リアムのやきもきする気持ちもよくわかる、ってもんだ。
そして物わかりの良い姉…あの若さでちゃんと息子育ててる姉…
母にドリームを抱いてない姉…
リアムも姉も、頭いいし、しっかりしてるよ…
どんな父親だったのか気になるよ…。
リアムの言動を見る限り、ろくでなしの負け犬親父だったみたいだけど。
リアムのドリームがちなところは親父の遺伝だね…(おうおう)

彼はラストに入水自殺するかも、と見る人もいるかもしれないけど
俺はそうは思わない。

ミニミニポイント。
*ピンボール君が書く落書きの「顔」マークは昨年の『青い春』の青木君を彷彿と…。
*配達中のピザが凍るのか…寒いんだなぁ。
 ピザ、食いたくなってしまった。できればホール(真ん丸)のやつ。
*結局女に手を出さないリアム君…その集中度が忍ばれます。渋い春。


sith_ko2 at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外国映画 

IQテスト

去年、10月にnanashi先生が日記で紹介されていた知能テストオンライン版を
ためしにやってみたことがある。10分で診断ができるというので。
結果、俺は『ライアー』のケネソウ刑事レベルはクリアしていることが判明。
ほっ。
これでジェイムズ君(7・3分け)に構ってはもらえそうだ(なんじゃそりゃ)

***
姉が、『ガンバの冒険』(名作アニメ)の潮路さん(数少ない女性キャラの一人)を
見て、ぼそりと言った。

姉「誰かに似てるよな…誰だっけ。そうそう、お前の友達だ。ほら、なんてったっけ。」
俺「えーとそれはもしや…山古参(←仮名)?」
姉「そうそう。もっと似てるのは、あれだよな。てんとう虫だよ。」
俺「……えーと…『バグズ・ライフ』のてんとう虫のこと??」
姉「そうそう。潮路さんよりずっと似てる。
  怒った顔した時とか。怒ったとこ見てないけど。なんとなく想像がつくような」
俺「目がぱっちりしててかわいい…」
姉「うん。かわいいからって、かわいいだけでないような…。」

潮路さんも目がつぶらでキラキラしててかわゆい感じだ。
そうゆうキャラは全部つながっとるんか、姉よ…(笑)

***
2003年1/1付で、2001年パーソナルベスト集と2002年の同ベスト集を
追加記入しました。やれやれ、長いことかかったよ…打ち込み遅すぎ。
これじゃ就職は無理かな…?(こわい考え休むに似たり)

sith_ko2 at 23:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) テムトーク(笑) 

2003年01月24日

勘弁して下さい、ミスタープレジデント。

毎週私を泣かさないで下さい、大統領。>『ホワイトハウス(The West Wing)』

今回は死刑制度問題であった。俺は死刑反対論者だ。
死刑するなら、その執行者は遺族で。できないなら死刑を求めるな。
「殺すなら自分でやります」と、テレビの大統領世話係の青年も発言した。
良く出来たドラマだ。アーロン・ソーキン(作り手)は立派だ。

***
昨晩だったか、風呂場で思いついた。

アメリカ合衆国に経済制裁をすることが、個人でもできるということに
日本の若者たちは気付いているだろうか。
どういう手段かというと、アメリカ製作映画のボイコット運動である。

自動車産業で日本に負けたアメリカの主力産業の一つに映画がある。
他には農業作物が挙げられるだろう。が、そういう生活に直結するものを
ボイコットするのは難しい。
娯楽である映画ならボイコットできる。
ストライキを今できる余裕のある労働者はいない。
だから、仕事を休めとはいわない。
仕事のつらさを紛らすために、求めているもの…娯楽、その中の映画。
それをボイコットする。

アメリカ映画業界にとって、日本という市場(マーケット)がいかに重要であるかというのは
来日するスターが証明している。別に、流布される「興行収入」の値を見るだけでも分かる。
億単位ですわな。
そこを叩く。
イラクと戦争なんぞを起こすなんてぇなら、お宅の映画はもう見ませんよ、と。

これなら誰でも出来る。
少なくとも、日本の財閥が作っている兵器だとか、車だとかの産業/商売を妨害するより
楽にできる。

おまけに日本という国では、映画を見る主力層は成人男性ではない。
女、子供なのだ。(子供に若者を含む)
この層を納得させ得れば、ボイコット運動は成立する。

自民党を転覆させることは事実上不可能なのよ(だって今金持ちな人たちは
その地位を守るために、政治家に金払ってるんですからねぇ。)
だから国会なんかあてにしないで出来ちゃうこのボイコットは、いいなーなんてな。

国にものを聞かせるには、経済制裁が一番なんだよ。
資本主義社会ってのは基本的に、それがすべて、儲けがすべて。利潤がすべてで
何もかもがそれを中心に回ってんだから。

問題は…そう、問題は…
俺の精神安定剤(映画)を俺自身がボイコットできるかが不安。それに尽きる…(苦笑〜)

そして、イラクの子供たちが家を無くさないように頑張ることよりも、
『ハリーポッター』を見たいという欲望のほうを、子供たちが優先するのではないか…という疑問だな。

持つ者には、持たざる者の気持ちが分からない。
分かりたくない。
甘い環境になじんだ日本人には、もうそれを捨てる根性を持ちえない。
そういう懐疑が。

「でぶは言い訳がうまい」というセオリーに従って想像すれば、
人々はこういう思考に走って自分を許すだろう…
『こんなボイコットで効き目があるわけがない』
『自分一人の力ではどうにもならない』
『そもそもイラクなんてどうでもいい(イラクって、悪い国なんでしょう?)』

他人を馬鹿と言った奴が馬鹿なんだよ=「悪の枢軸」って言い出した国こそが実は…
だいたい細菌兵器持っている国ってアメリカ合衆国だろうがよ。
(『ランボー』冒頭。主人公の戦友を殺したガンの原因はベトナムで散布された枯葉剤である)
(『ジェイコブズ・ラダー』には…以下略)
日本人はアジアでやりまくったことをまだ認めないしね。
黙ってやりすごそうってずーっとやってるしね。たく、どいつもこいつも〜

***
2001年9月のNYテロ事件を発想源に、世界のさまざまな映画監督が短編作品を仕上げて
1本にまとめたオムニバス映画が『11''09'01』である。
2002年9/11の深夜に、テレビで放送された。
アメリカでは公開されそうにない。イギリスでは劇場公開される予定。

なかなかの佳作ぞろいで、特にショーン・ペンとクロード・ルルーシュ監督作は
個人的に感動しまくった。

だがここではエジプトの監督が作った1本の紹介をしたい。

 アメリカがテロの首謀者とみなしているオサマビンラディンを賞金首にしたという
新聞記事を読んだ子供たち(中学生くらい)が、賞金を狙ってビンラディン捕獲計画を
実行するというお話。新聞配達をしている主人公は、稼ぎのない父、病気で寝込んでいる母
という生活のため、学校へ行くお金が工面できない。(文具品を買えない)
 そんな時、なんとすぐ近くにビンラディン(なのか、そっくりさんなのか?!)を発見!
主人公を学校へ戻してあげるためにも、友人たちも捕獲に乗り気になる。
いい友達である。

そこでこんな会話が交される。
主人公「お金ができれば、母さんに薬を買ってあげられる」
友達1「お前も学校に戻れる!」
友達2「そうだそうだ。大人に渡すのだけは絶対やめようぜ!
   大人なんて駄目さ。すぐ使っちまうよ。酒に女に車に博打でパーだ。
   ろくな事に使わないんだからさ」
主人公「俺が金持ちだったら、そんなことなんかには使わない。
   貧しい子たちに使うよ。家のない子を救ったりしたいよ」

よく、途上国に行ったテレビのキャスターなんぞが言う話も思い出す。
『あんなに貧しい人たちが、他の人を救いたいと強く思っているんですよ。』
渡すものが何もない人のほうが渡すことばかり考えているという事実に
キャスターらは驚く。幸せ者なのに、その幸せを実感できていないから驚く。
自分がしてほしいことを他人にするという、基本原則に忠実である人々に驚く。

日本人にはもう、他人にしてもらいたいことがないらしい。

そういう結論も導けたり。(あるよな、してもらいたいこと)
***

戦争は起こしちゃいけないんだよ。
ああでも、甘い汁を吸ったまま(映画を甘受したまま)では…
何もしてない自分が、ずっとずっと申し訳ないのだった。
(物心ついたときからな!)このジレンマを抱えて死ぬのか。


sith_ko2 at 23:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2003年01月23日

関わるな、狂うぞ

「クルーゾーが10人いれば世界は壊滅する」

という名台詞を吐くのは、迷警部クルーゾーの上司、ドレフュス署長(ハーバート・ロム)。
映画は『暗闇でドッキリ』かな?原題 A shot in the dark.

ちょーどNHKBSの映画劇場でシリーズが放送されてまして。
『ピンクの豹』
『暗闇でドッキリ』
『ピンクパンサー2』
そして3、4と続いてたんですが。3は木曜なんで出かけちまって見れず。
4は父母が『千と千尋』を見たがるから見られないんだなー残念。

クルーゾーさんが活躍するものを全部シリーズとすれば、
ほんとはピンクパンサー3、4、5としていったほうが話が早いのですが
なにせ『暗闇〜』と『2』の間には10年くらいの時が流れてしまったというんで
しかたないのかも…。
『2』にはちゃんと『ピンクの豹』という名の世界1の大ダイヤモンドが登場します。
ファントムという、世界的大泥棒(盗みの現場には必ず「P」の刺繍が入った手袋を置いて行く
キザな奴。)も再登場。

『ピンクの豹』では、ファントムをイギリスの至宝の一人、デイヴィッド・ニーヴンが演じ、
『2』ではエーデルワイスを歌いそうな(笑)クリストファー・プラマーが演じております。

******

『豹』を見た時には、ニーヴンの甥っ子を演じたロバート・ワグナーの若さにびっくり。
わ、わけ〜。きれ〜。ほそ〜。
ちゃっかり叔父さんに「優の成績表」を盗んで送り付けていたりする、将来有望な(泥棒な方向に)
甥なのですが。(『2』のプラマーは彼の成長した姿と解釈すべきなのか…)
テレビシリーズ『スパイのライセンス』とかその続編シリーズ『プロスパイ』になじんだこっちとしては
そのぴっかぴっかな若さが衝撃的なような…いや、けっこうスパイのライセンスくらいと
同じなのかなぁ。とにかく彼はかっこい〜のだ。ハイネックのセーターとジャケットを着させたら、
天下一品。ハイネックといえばこの男。死ぬまでハイネック。たぶん。

タキシードといえばこの男、にあてはまるタップダンサーの星フレッド・アステアは、
晩年はテレビ出演とか、『ドーベルマン・ギャング』とか『タワーリング・インフェルノ』とか
『渚の日』(だっけかな…核戦争の起きた世界を描いた社会派潜水艦映画だったはず)などに
ご出演され、名脇役役者としていい味を見せて下さった。
そんな彼のテレビ出演の中に『スパイのライセンス』がありまして、
主人公アレックス・マンディ(ロバート・ワグナー。もちろん吹き替えは城 達也さまだ)の
お父さん!!として主人公を凌ぐ『粋な男』として御登場。四角い顔のワグナーの親父が
なーんで瓜顔のアステアなのかというツッコミはあえて避けまして(笑)、
住んでいるお屋敷はお城のよーだわ、息子が訪ねた時に遊んでらっしゃるのはビリヤードだわ
(言うまでもなくスーツをびしり!とキメキメだぜ!)
忘れられないその名前…引退した泥棒親父の名はアリステア・マンディ!

幼な心に俺は思った。なんでこんな親父で、そしてあの子が、どろぼーさんで
捕まって刑期短縮を条件に、政府のスパイとして働かされているんだろう?
かっこいいからいいんだけどさ!(笑)
たぶん出来の悪い息子ってことだよな!!(ワハハハ)

******

それにしてもなんだなぁ〜 60年代の泥棒さんというのは優雅ですな!(笑)
紳士のスポーツの一環なんだな、泥棒稼業がさ。要するにな。
紳士といえばヒッチコックの『泥棒成金』だっけかな、原題 To catch a thief(かな?)では
雑誌エスクワイヤの永遠の理想モデル殿堂入りのケイリー・グラントが同じく、泥棒紳士を演じてますぜ。

でまあ 彼ら紳士泥棒らの共通点は、美女に弱いとこ。(笑)
美女美女 ゆってもだな、最近のマッスルだったりスレンダーガリンチョ美女たあ異なって
グラマ〜ってやつよ。漫画『コブラ』第1巻の第1話の表現を引用しちゃえば
『水蜜桃(すいみつとう)のような美女』ってやつですぜ、旦那!(誰やねん)
オンナがオンナオンナしてる時代だと、オトコもオトコオトコしておりますねん。

それが1960年代〜70年代前半までのスパイ&泥棒花盛り時代のノリでおまんねん。
ルパン三世を理解するには、それがねぇとなぁ。てか、そういうルパンでねーとなぁ。
俺はルパンの『神も仏もあるもんか 同じ人生遊ばにゃ損、損』というアナーキーさが
好きなんだよな。だからこそ、映画1作目の『ルパン三世 マモー編』が大好きなんだ。

神に等しい影響力を、三千年くらいの長きに渡って人類に及ぼしてきた男(マモー)ってのが
敵対したとき、その圧倒的な力の差、知識の差にヘコむことが全くない、三世という奴の
傍若無人さに、ほとほと惚れなおしたもんだ。
それは勇気/度胸なのか、それとも無謀/無知蒙昧なのかってやつだ。

モンキーパンチ原作の漫画の映画化でありながら、そんな三世の姿勢には
ほんのり一世(アルセーヌ・ルパン=「おじいちゃん」)を描いたモーリス・ルブラン
に通ずるものさえ感じさせてくれたよ。フランス原作好きの俺はシビれたよ。
原作の『水晶の栓』ってのの中で、どーにもこーにも八方塞がりな状況に追い込まれ
手強い敵に悩まされる一世を読んだ時のことがだぶってしまうのよ。
あー原作、読みたくなってきたな…(名訳の再版本を10年前に買っといたままだよ…;)

連想が広がりすぎやがな。

******

善意、かつ懲りることが全くないクルーゾー警部は、周囲のすべてをミニマムに時にマキシマムに
破壊してゆく。彼を殺すのが世間のためになるといちはやく悟ったドレフュスは、抹殺の努力に
あけくれるが…すべてが自分に返ってくる。ゆえに諦念と殺意と驚異にまみれた彼は発狂する。

見逃した『3』などになると、すべてを消滅させる兵器
(手塚治虫の漫画「0(ゼロ)マン」に出てくる「ブッコワース光線」を出すような機械)を
ゲットもしくは発明?したドレフュスが、クルーゾーを殺さねばこれを使って世界を消す、と
脅迫しだしたものだから、世界中の殺し屋やらスパイがクルーゾーを殺そうと奔走することに。
…見たかったなぁ(笑)。さすがクルーゾーの上司、すごい行動力(笑)

イギリス人の喜ぶユーモアってのは、グロいよな!ピンクパンサーシリーズを見ると
ますますそう思うよ…。キチガイネタ。身体障害者を怪我させるネタ。健康な人間を怪我させるネタ。
『ワンダとダイヤと優しい奴ら』を見てみろよ!(笑)

クルーゾーを演じたピーター・セラーズは、ちょっとアレック・ギネスとかぶる芸風ですが
目に輝く狂気が独特です。=スタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』(Dr.Strangelove)。
50才台でお亡くなりに。惜しいことでした。(1980年頃だった)

シネマスコープサイズ(1:2.35)の横長画面に人物をたくさん置いたロングショットの構図で、
クルーゾーさんが長椅子の末端の、一人がけソファ(背もたれ無し)に座って話す場面。
彼は当然、座ってる後ろに背もたれがあると勘違いしており、話の進行に伴って「そってゆく」
んですな。我々観客は、予想される結果(そったまま「ころりん」とひっくり返る)
を見るわけですが…それがむしょうに可笑しいんですなぁ!おかしいんだよ!笑えるのよ。
なぜなら画面が変に「寄ってく」(ズームアップしてゆく)なんてことせず、
固定されているから。上流階級の旦那さまやら奥様やらの世界の中の、この庶民代表キテレツ警部の
「動き」が浮いて浮いてかなわんのをじっくり目にすることができるから。
セラーズの体を張ったギャグのダイナミズムが損なわれない撮り方だから。

シネスコ画面をコメディに使うなんて贅沢を最近はできなくなったね…
それは、横長画面の「絵」づくりが分かってない監督が多いからかもしれない。
ピンクパンサーシリーズのブレイク・エドワーズはその点は最高です。
女房はジュリー・アンドリュース。彼女を男装させるコメディ『ビクタービクトリア』でも、
『ピンクの豹』から定番の「ホテルの部屋あっちこっちギャグ」をやっていた…
馬鹿の一つ覚えと言うなかれ。おもろいもんはおもろいんだよ…

ビクタービクトリアは、映画の後でブロードウェイ・ミュージカルにもなりました。
ちゃーんと舞台にホテル部屋たくさん割って(ドリフのように。笑)ギャグを再現してましたよ。

『ピンクの豹』では、さんざん出たり入ったりのホテル部屋ギャグの最後に、
遂にベッドインできたクルーゾーさんと美女。そこでの台詞は「やっと…(At last...!)」
そのとたん、小物としてずっとごろごろしていたシャンペンの栓がポーン!泡がボワーー!
ウワ〜!

大笑いですよまったく。俺、ガキの時分はこのギャグの奥深さに気付かなかったから。
ブレイク・エドワーズはこうゆう、大人なギャグを書く(脚本兼任)人でした。
1970年代になっても80年代になっても、古典的の域に入ったこういう「クスクス…(ほくそ笑み)」系
ギャグを書いてましたですよ。偉いもんですよ。
このつつましさは、時が過ぎれば過ぎるほど貴重品。
そう、百人一首に唄われる恋のような貴重さだな(変なたとえ)。

ピンクパンサーシリーズは、もちろんタイトルクレジットも見応えありあり。
アニメだな。『フォールームズ』のタイトルはこれを意識しとるんだな。
すなわち『4rooms』は、この時代狙いな映画なんだと最初からはっきり自己主張してるんだがなぁ。
はきちがえたよな…公開当時の多くの人々が。ちゃんと見てくれたのは淀川長治さんくらいでした。
いかん、また遺恨が噴き出てしまった…。今夜はこれでおしまい。

関わるなクルーゾー。

sith_ko2 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外国映画 

2003年01月22日

千里眼を持たされた男の名前はジョン・スミス(山田太郎)

ちょーど見たい、と思った時にテレビ放送されている『デッドゾーン』
そしてど!平日の深夜にもかかわらず、今バイトないから見られるんだなー

配給会社パラマウントのマークとともに、映画のテーマ曲も始まってまして
もうすでにしんみり。
そしてこの映画はタイトルが秀逸なのだ

アメリカの田舎のビクトリアン調?の建物や、
湖、森、林道、さまざまな景色がセピア色に移り変わる
セピア色…本当は、すべてが秋の景色なのだ。
紅葉が美しい。
世界はこんなにうつくしいのに…

「のに」の後に来るのは、醜いもの。みにくさを感じさせるもの。
それはぼんやり、人間なんだなーと感じてくる
たぶんすでにこの映画を見てしまっているからだ。
人間の心が醜い。
でもこの映画には人間の心が美しいと感じる瞬間もあちこちに用意されている。

その美醜の両極を、主人公は『千里眼』ゆえに見尽くす。
能力がなければ見ないで済むものまで見るはめになる、薄幸の主人公を演じているのが
クリストファー・ウォーケンで、これほどのはまり役があろうか!つう素晴しさ。

俺はこの人の代表作を3つ挙げろといわれたら迷わず『デッドゾーン』をまず選ぶね!
残り2本は、『ディアハンター』『キングオブニューヨーク』かな。
前者は名作の誉高いので説明不要でしょうが
後者は知らんだろう。誰も(笑)。イギリス雑誌では結構話題になるんだけど。

アベル・フェラーラ監督作。ウォーケンは、黒人ギャング団のボスなのだ。
白人のくせに。めちゃくちゃ慕われている。しかも踊りもうまい。
音楽感性、身体機能性ともに白人よりも優れているはずの黒人たちよりも、
ノリノリな白人。常に身辺警護にあたるのは美女チーム。麻薬で稼ぐギャングのくせに
ボスがやりたいのは貧しい子供たちのための学校作りなのだ。
それも本気で善意なのかどうなのか分からない表情で行動する。
クールすぎ。謎すぎ。かっこよすぎ。
そして、実在感なさすぎ。

実在感のない俳優仲間(?)のティム・ロスが、『キングオブニューヨーク』や
ひいてはウォーケンその人を気に入っているのもむべなるかな(笑)、なのだ。
5月公開のヘルツォークの映画でティム・ロスは千里眼の役をやってたりしますしな(笑)
(ていうか、2人が共演した映画ってのはほんとーに実在してんのか?見たいぞう)

…話が逸れまくって…軌道修正。

世界はこんなにうつくしいのに…な景色(スチル映像)の一角が、
ぱりん…と割れたように黒くなる。
クレジットタイトルはそれを無視するかのように続く。
メロディも続く。
景色も変わる。
だんだんと黒い割れ目が増えていく。
まるで、うつくしい世界に傷が入ってゆくように。
完璧な世界が欠落して闇に消えるように。

割れ目が進行するに従って、途中ではた、と気付けるようになっている。
ああ、これはタイトル文字が浮き彫りにされてゆく過程なのだと。
そのタイトルが遂にはっきり形作られた時、中にあった景色は消える。
タイトルは白抜き文字となって闇の中に浮かびながら、画面中心へ向かって小さくなってゆく。

その、文字が完成された瞬間に、クレジットされるのが原作者スティーブン・キングの名だ。
おまけにその文字の形はアメリカで原作が発売されたときのデザインのまま、というわけだ。
  THE
D E A D
Z O N E

…この映画の脚色家(脚本執筆者)ジェフリー・ボームの名前が続く。
製作者、監督の名も続く。(その頃にはタイトルは遠く消えかけている)
クレジット終り。

せつなく美しい音楽を作曲したのは後に『リーサルウェポン』を担当する、マイケル・ケイメン。
『デッドゾーン』は異常な能力を得た男…奇形=ミュータントの物語だ。
ケイメンは『XーMEN』も作曲することになる。
見た人ぞ知る、ミュータントの悲しみ映画である。
やはりせつない旋律が劇場に響いて、『デッドゾーン』を思い出してほろりと来た。
『デッドゾーン』ほどには旋律が記憶に残らないが、それでも『XーMEN』にケイメンを
持ってきた趣味はいいですよ、ブライアン。(シンガー監督)『2』はどうなっているんだろう…

**

秀逸なタイトルが終ると、教鞭をとるウォーケンの場面となる。
彼は(たしかエドガー・アラン・ポーの)「大烏(おおがらす)」を読んでいる。
『私の魂(ソウル)は、(烏の)影に留まり…2度と飛び立たぬ』
この末尾部分は、ティム・バートンの短編アニメーション『ヴィンセント』の末尾でも
引用されている。そちらではヴィンセント・プライスが名調子で詠んで下さる。
ヴィンセント少年が闇に閉ざされる映像を見ながら、プライスが
(プライスの声はマイケルジャクソンの「スリラー」に出てます)
...shall never be lifted...ever more.と言う声が聞こえる…ものすごい短編だった。
バートン、自分のこと分かってすぎ。おたくな自分を、冷淡に突き放して描けるとこが大物。
その部分があるからこそ、ディズニーに入社できたんだろうな…(ドロップアウトしちゃうけどさー)

ウォーケンに戻る。終業のチャイムが鳴ったので彼はこう言う。
「じゃー皆、『スリーピーホロウ』も読んでおいてね。
悪魔に追われる男を描いた作品だよ(くすり、と笑う)」

またもバートンにつながった…(笑)。それはともかく、原作にはないこの授業場面、
引用されたポーだとか、『悪魔に追われる男』だとかが粋です。映画を象徴していて効果的。
脚本担当のジェフリー・ボームは後に、『インディアナ・ジョーンズ最後の聖戦』を書きます。
腕っこきの脚本家のひとりと呼びたい…

****

最後になぜ、この映画をちょうど見たくなってたかを書こう。
通販している雑誌Empire(英国の雑誌)で、新作『スパイダー』がらみで
監督デヴィッド・クローネンバーグのインタビューを読んだとこだったからだ。

異能、奇形。まさにクローネンバーグ的な題材だったからか、映画化作品に失敗作、駄作が多いといわれる
キング作品の『珍しく成功した映画化例』という称号に輝く逸品にこの『デッドゾーン』は仕上がってます。
他には、『スタンド・バイ・ミー』とか
『ショーシャンク・リデンプション(邦題=ショーシャンクの空に)』とか
『ミザリー』を挙げられそうです。
先のブライアン・シンガーもさーりげなく『ゴールデンボーイ』(Apt pupil、でしたかな?)に
を映画化する挑戦をクリアしてますねー。うーん、私にはぴんときませんでしたが。
(イアン・マッケレンを着せ換え人形にする主人公、という絵ヅラには興奮しましたが。笑!
着させる衣装がなにせ、ナチスドイツものですからねぇ。倒錯度は高いっすねー。俺だけか?!)

クローネンバーグに記者は問う。『スパイダー』『デッドゾーン』『ネイキッドランチ(裸のランチ)』
『クラッシュ』…等、なぜ、映画化が困難もしくは不可能とみなされるような原作ばかりに挑むのですか?
それはわざとやっているんですか?…と。

 クローネンバーグの答がふるっていた。

「あらゆる本は、すべて映画化不可能なんだ。
原作本に忠実であろうとするならば、原作に背くことを臆してはならない。
それに気付いたのは『デッドゾーン』の時でね…
「映画」と「文学」を翻訳する辞書はこの世に存在しないんだ、と。
そう悟ったとたん、恐れは消えたよ。
『デッドゾーン』『裸のランチ』『スパイダー』、どれであろうと常に同じこと。
原作と映画の形式はまったく別ものなんだ。
テーブルの上にある原作本を、ただ撮影しますってわけにはいかないだろう。
原作を深く掘り下げていけばいくほど、「映画への翻訳」が難しすぎるという
演出家にとっての壁にすぐぶつかることになるんだ。
そこを突破するには、ちょっとした魔法をかけるような技が要るのさ」

さすがです。

これ打ってる間に感動の終幕を迎えて『デッドゾーン』は終ってしもた。
マーティン・シーンも適役すぎだ。原作では彼の演じているキャラ、
グレッグ・スティルソンは主人公なみに登場が多いのだが。
原作では狂信的なキリスト教徒(テレビとかで変な通販とかしまくり)になってしまう
ジョン・スミスの母の描写が怖いし憐れだった。エミリオ・エステベスの『レポマン』にも、
こういう両親が出てくる。アメリカの商業主義に腐れたキリスト教商売地獄である。

ウォーケンは『タッチ』(あだちみつるではない)という映画では、聖痕をもつ主人公の青年の
ヒーリングパワーで商売しようとする怪しい男を名演していた。
フェラーラ監督の吸血鬼映画では現代の吸血鬼だったし。
『ゴッドアーミー悪の天使(The Prophecy=予言)』の黒皮服天使さまも最高だった。
ゴッドアーミー3が出たそうなので、見たくてたまらんっす(2も見たい)
いつまでたっても面白い役者さんだ。ステキすぎ。

『スパイダー』も楽しみだなぁ。その前にレイフ・ファインズは『レッド・ドラゴン』だな。
ハーヴェイ・カイテル旦那なみに脱ぎたがりな男かもしれない…(笑)

sith_ko2 at 02:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外国映画 

2003年01月12日

それはマイケルJフォックス!?

1/10 金曜夜のお楽しみ、West Wing.

...What? What the hell!

oh,no...this computer sometimes become unable to change words form
from English to Japanese. I don't know how to recover.damn.
So...anyway,any words,any language! I don't care!!(*The Fugitive)

Mr.President was sick. He has a secret. A disease.
What it say in English? Which was the same as Mr.M.J.Fox's.
What will happen to Mr.President....I wonder.

By the way,Mr.Sheen,what a pot-belly you have! :)

sith_ko2 at 05:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

覚書

12/29 某所で、恐ろしいことを聞く。
悪名?高き「2ちゃん」ねるのレザボア巣レッドにて、以前
俺の訳詞が引用されていたというのだ。
もちろん、どこから引用した、という具体的な名前は出なかったそうだが。
よりにもよって俺なんかの訳詞を…
よくもまあ…(笑)
いや、恐ろしいっちゃー恐ろしいんだが
光栄といえば光栄でして(笑)
あんなでたらめもいいとこかもしんない訳詞を、もしかしてもしかすると
うのみで信じてくれちゃってる方もこの世にますます発生してしまったんじゃないかと
思うと、なんつうかかんつうか。カンツォーネ(関係ない)

でも俺のせいじゃないもんね。引用した奴のせいだもんね。(責任転嫁?)

教えてくれた女性は、今ごろはオーストラリアで英語学習留学中である。
「留学生にありがちな、なにかこう、『怖い』人間になってしまうかも
しれないのが不安です」と夏にはおっしゃっていた。帰国はたしか5ヵ月後だっけか。

「でもね(ふふふと笑う)、お世話になるお宅の名前がね、
『ブラウン』さんなんですよ、暗黒さん(満面笑顔)!!」

…とも、おっしゃっていた。Is Mr.Brown doing it up brown? (^o^)
面白がれない人はぜひ、映画『レザボア・ドッグズ』を見よう!(宣伝)

なにはともあれ。その彼女が、一応巣レッドを全部保存して下さっているらしいので
俺のパソコンがもっといいものになれば、転送してもらえるかもしれない。
そういう予定だ。
彼女によれば現在はその巣レッドは消えているらしいので。
(タランティーノでまとめたのかも、とおっしゃっていたが。如何)
どんな内容だったのか、見れるといいなぁ(気になるからなぁ。一応)

俺の訳詞を読んだ経験の持ち主までもが書き込んでいたなら…とか思うが
彼女いわく「でもそれほどでも…ピンクの末路とか、エディを撃ったのは誰とか
そんなようなものですよー」だそうだが。ささやきは?ホワイトのささやきは?
(そんなの気にしないか、誰も…)
2ちゃんではピンクは人気高いらしい。

俺「そりゃ、高いでしょうな。なぜなら2ちゃんで語るような人というのはですね、
他人の意見も聞くし自分の意見も言う。そして万人が見ていて万人にツッコまれる可能性が
あっても、『かかってこいや』ってくらいの気概もある。そして他人の意見交換を
客観的に見つめて楽しむという根性もある。そして最後はとんずらを決め込む。
すべてピンク的特性ではありませんか。あそこに集う者にピンクが愛されるのは
当然ですよ(つまり自己愛ということか!)」

彼女はウフフとウケてくれた。
旅先でのご無事を祈りたい。(英語達者になったらぜひ教えて頂きたいものだ色々)

sith_ko2 at 04:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

この日誌で初めて迎える新年なり

1/9、『レイダース』を見逃した。木曜夜は修行の日だからだ。

他にも理由が。腹減りすぎて、ラーメン食べに寄ったせいで
余計遅くなったのだ。せめてラストくらい、見ようと思っていたのに。

修行中思った。
なぜこんなに寒いのだ。なぜこんなに手が冷えるのだ。
そしてどうして下を向くと頭痛がするんだ!血管ドクドクってくらい
すさまじいこの頭痛。「ブルーソネット」のソネットちゃんのようではないか!
(*漫画。彼女の頭痛の原因が彼女の超能力の源)
後ろに反る時は頭痛はひどくないのに。
なぜ足元へ頭を落とすとズキズキなのだ!
ひさびさの修行がつらいのだろうか。うーん分からない。

やっと原因がはっきりしたのは姉の車で一緒に帰る時だった。
「そうか、腹が減りすぎなのだ」

腹減ると頭痛がするよね、と修行仲間も言っていた。
今回凄まじすぎるのは、俺が流血中だからだったのだ!
そんなことに気付かないとは!(ていうか、忘れるな俺!)
流血中は、空腹がふだんよりも強烈なダメージを与えるのだ!

「そういえば11:30amに食ったっきりだった!」と思ったのは
夜の9時過ぎ。減るよ腹。普通でも減るって(笑)

そこで姉が「じゃーラーメン食おうぜ、ラーメン」などと誘いをかける
ものだから、「行こう行こう」とすっかりテレビを忘れたのだ!
(ま、LDでもってるからいいけど…)

『丸源』というラーメン屋へ。にんにくがいっぱいのラーメンを食わせてくれる店である。
とんこつラーメンを頼んでも、中にはにんにくのカリカリチップがいっぱい浮いている。
つまりこの店で食したら絶対ににんにく臭がつくということだ。
食ってる本人はその匂いが判別つかないのだが…(体臭って難しい)

うまかった!ああ手が自家発電を始めた!エネルギーが回ってきている!
手袋をつけてもあたたまらなかった手がほかほかしている!
ラーメンにとどまらず、丸源チャーハン(380円)、丸源ギョーザ(460円?)
なども頼んで姉と半分ずつ食った(奴はさらにおにぎりまで食った)
そしてテーブルにどかんとおかれている緑茶を(アイス&コップあり)
ぐびりぐびり。ぐほー。
あったまった。生き返った。もすこし元気だったら(体温があったら)
丸源ソフトクリーム(100円。以前はセルフサービスで自分でくりくりのせる形式
だったが、最近は店員がやってしまう&やってくれるようになったようだ)
も食すのに残念。また来たい。姉が連れてきてくれないと来られないが。

満足して帰宅して、「あっそーいえば」と思ったのだった。
インディはラーメンに負けた。
性欲よりも食欲だぞなもし(*方言フロム「坊っちゃん」)


sith_ko2 at 04:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2003年01月01日

2002年 映画パーソナルベスト集

さて今度こそ、2003年の幕開けにふさわしく2002年を総括する。///続きを読む

sith_ko2 at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 私的年間ベスト映画 

2001年 映画パーソナルベスト集

毎年、明けると、昨年内に見た映画でベストを個人的に決めている。
この日誌のスタートは2002年だが、せっかくなので2001年分を書いておこう。///続きを読む

sith_ko2 at 00:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 私的年間ベスト映画