2010年02月08日
01月01日 8時半自宅発で午後1時唐沢鉱泉着。
01月02日 唐沢鉱泉餅つき大会。温泉三昧。今年は雪深し。
01月03日 唐沢鉱泉午前十時発。N田さんと姪御さんご一家。それに名古屋の○見さんと朝のコーヒータイムの後リンパ液を抜く為にいつもより早めに出る。今年は岩崎ご夫妻は残念ながら来られなかった。中央道から県央道に出て帯津病院に向かう。奥多摩地区の渋滞があったけれど午後二時過ぎには到着。救急扱いで副院長の○木医師がリンパ液を抜いてくれる。(100cc)
01月04日 夫、初出勤。映画「釣り馬鹿日誌20」を観る。
01月05日 帯津、○西Drリンパ液150cc。リンパ液は出来れば毎日でもぬいたほうがよいということで地元のかかりつけ医に依頼することに。アロマシン他処方。
浅草橋のリマンマに予約、術後の装着等の相談。保護具の部品購入など。家に帰りさっそく試作品作り。
なるほど形は考えられていてよいかも。しかし浮腫みなどでしっくりこない。身体が落ち着いてからでないと本格的には作らないほうが無難なようだ。それまでにどうしたらよいかのヒントには大いになる。
01月06日 二和病院、内科T先生、外科H谷川先生の受診。リンパ液70cc。O西Drの紹介状を持ってT先生に経過の報告をしてH先生に紹介状ごと回してもらう。これで普段は地元でやってもらうことが出来ることになった。
01月07日 家事応援日。久しぶりに床を拭き掃除してかなりさっぱりした気分。
01月08日 鍼治療の復活。こりこりの肩と背中に驚かれながら、今年もよろしくお願いする。
01月09日 午前は二和病院外科でリンパ液を抜く。H先生150cc。
午後から甥の招きで義妹たちと熱海に。東名から熱海に向かう道路は相当の渋滞。夜は市内に繰り出して海鮮料理。
01月10日 眺めのいいホテル。朝陽が綺麗。初日の出を見たような気分。市内の木の宮神社・姫の沢公園・十国峠の観光。富士は半分以上が雲に隠れていた。熱海市内の行列のできるラーメン屋さんで昼食。
01月11日 仕事で帰った甥を送ってから義妹とその友人を我が家の車で熱海梅園へ。さすがに日本一早く咲く梅園らしく紅梅をはじめとして楽しめるくらいの花が咲いている。この時期としては驚く。足湯に使ってみた。義妹は少し動きすぎて疲れたようだ。義妹たちをホテルに送って私たちは帰路につく。帰りは有料道路優先で行った。
01月12日 O西Dr受診、リンパ液115cc。
01月13日 二和消毒リンパ液40cc。鍼治療日。
01月14日 六地蔵窯窯出し。インプレッサ車検のため納車。代車は新型のフォレスタ。乗り心地は抜群ですね。
01月15日 鍼治療日。整体マッサージももやってもらえた。
01月16日 二和消毒、リンパ液抜けない0cc。担当の医者がいきなりいらいらして四箇所も針を刺しても抜けない。抜けなくて気分が悪いのは私のほうです!
気分を取り直して夫とフォレスタで本埜村の白鳥に会いに行く。
いつもの半分くらいの数かしら時間の関係かも知れない。暖かいあまさけを飲んでのんびり白鳥を眺めて、寒いのでろくに写真も撮らないで戻る。
01月17日 車引取り。やはり愛車は落着く。
01月19日 O西Dr受診。リンパ液113cc。診断書2通依頼。
01月20日 鍼治療日。
01月21日 家事応援日。昼ごろにMちゃんがお昼ごはんをもって見舞いに来てくれる。
01月22日 二和消毒リンパ液0ccまた抜けない。体内にはたまっている感じなのだ。
鍼治療日。某紙編集会議。疲れていたけれど、退院の報告がてら出席。Mちゃんはしきりに疲れたといっていた。
01月23日 昨日の結果が心配なのでH先生の診察をしてもらうために出かける。結局H先生も大事を取って無理にリンパ液を抜かない線を取る。
01月25日 船橋漁協を訪ねてT専務のインタビュー。某紙2月号の取材。
01月26日 O西Dr受診。リンパ液110cc。病理検査結果が出る。
01月27日 鍼治療。夜は演劇鑑賞会。茂山社中の狂言。首の修繕のされた大仏を撮る。
01月28日 「むすひ」(玄米で作る発酵の酒)が届く。安田さんの心遣い。これを飲むと血糖値がさがるらしい。
01月30日 鍼治療日。二和消毒40cc。午後から映画「おとうと」を観る。
02月01日 O津先生受診日。病理検査結果を見ての今後の方針などでお話を伺う。治療薬などはホルモン治療にホメオパシー。若干のサプリメント(先々は流動的)で様子を見る。スキルス乳がんということでの注意喚起(油断なく過ごす)が気になった。
夜、電話でMちゃんが下血して入院したと連絡を受ける。
02月02日 O西Dr受診日。リンパ液は20ccそこそこで抜くのはこれで終われるかもということだった。週末の地元医師のエコーでの所見で決めることにした。胸がつれるし浮腫んでいるし痛いしと、見た目も見苦しい様子を見てかなり苦痛があるけれどだんだんと(三ヶ月?半年?それ以上?)よくなるからとの説明があるけれど目先の苦痛からは説得力のない話だ。
待ち時間がひどく長くて二時過ぎの昼食をとってから電車でそのまま千葉市のMちゃん入院の病院に行く。出血がいまだ止まらず点滴につながれていたけれど顔を見て少しホッとする。夫君にはしばらく面会は遠慮してといわれたんだけれど。病室で本人は一生懸命経過を話してくれようとしたけれど早々と引き上げる。とにかく身体を休めてほしい。
02月03日 義妹と陶板浴。熱海以来あまり体調がよくない義妹が心配。一時よりはしっかりしてきたようだけれど。
02月04日 鍼治療日。整体マッサージも。法務局に行く。
02月06日 鍼治療日。二和H先生受診。エコーで胸を見てリンパ液の状態を見る。多少はあるけれど自然に身体が吸収するのを待つのがよいと今日でリンパ液を抜く治療は終わる。今日も二時間半も待って気分がふさぎがちなこのごろだけれどいそがしいDrには患者の状態が見えなくなってしまうのかもしれないと、余計にふさぎこんでしまった。
02月07日 SHさんが沼南町の友人の家から帰りに我が家に見舞いに寄ってくれる。心づくしのお土産をいっぱい持って。年末の誰もが忙しいときの入院手術で病院にこれなかったことを気にしていたのだけれど、私のほうは恐縮する話で、心配してくれるだけでありがたいのにと想う。それでも顔を見せてくれれば嬉しい。
02月08日 土曜日くらいから痛み始めた歯が我慢の限界を超える痛さで近くの歯医者でとにかく痛みをとってもらう。神経を抜いた。通いやすい歯医者が知りたいとご近所友人に教えてもらったところがどうしてもわからず、夫が最近通った歯医者が最寄り駅の駅舎内にあったのでそこに駆け込んで処置をお願いした。患者さんが後から後から訪れる流行っている歯医者さんだった。
本当は、南房総の和田町までM子さんを訪ねていく予定だったけれど、あまりの痛さのために断念した。
02月09日 鍼治療日。夕方Mちゃんを病院に見舞う。出血も止まり大分落着いて食事も取れるようになり談話室でお見舞い客と話していた。ああよかった。今日は少し話しすぎた。疲れさしてしまったかな。
01月02日 唐沢鉱泉餅つき大会。温泉三昧。今年は雪深し。
01月03日 唐沢鉱泉午前十時発。N田さんと姪御さんご一家。それに名古屋の○見さんと朝のコーヒータイムの後リンパ液を抜く為にいつもより早めに出る。今年は岩崎ご夫妻は残念ながら来られなかった。中央道から県央道に出て帯津病院に向かう。奥多摩地区の渋滞があったけれど午後二時過ぎには到着。救急扱いで副院長の○木医師がリンパ液を抜いてくれる。(100cc)
01月04日 夫、初出勤。映画「釣り馬鹿日誌20」を観る。
01月05日 帯津、○西Drリンパ液150cc。リンパ液は出来れば毎日でもぬいたほうがよいということで地元のかかりつけ医に依頼することに。アロマシン他処方。
浅草橋のリマンマに予約、術後の装着等の相談。保護具の部品購入など。家に帰りさっそく試作品作り。
なるほど形は考えられていてよいかも。しかし浮腫みなどでしっくりこない。身体が落ち着いてからでないと本格的には作らないほうが無難なようだ。それまでにどうしたらよいかのヒントには大いになる。
01月06日 二和病院、内科T先生、外科H谷川先生の受診。リンパ液70cc。O西Drの紹介状を持ってT先生に経過の報告をしてH先生に紹介状ごと回してもらう。これで普段は地元でやってもらうことが出来ることになった。
01月07日 家事応援日。久しぶりに床を拭き掃除してかなりさっぱりした気分。
01月08日 鍼治療の復活。こりこりの肩と背中に驚かれながら、今年もよろしくお願いする。
01月09日 午前は二和病院外科でリンパ液を抜く。H先生150cc。
午後から甥の招きで義妹たちと熱海に。東名から熱海に向かう道路は相当の渋滞。夜は市内に繰り出して海鮮料理。
01月10日 眺めのいいホテル。朝陽が綺麗。初日の出を見たような気分。市内の木の宮神社・姫の沢公園・十国峠の観光。富士は半分以上が雲に隠れていた。熱海市内の行列のできるラーメン屋さんで昼食。
01月11日 仕事で帰った甥を送ってから義妹とその友人を我が家の車で熱海梅園へ。さすがに日本一早く咲く梅園らしく紅梅をはじめとして楽しめるくらいの花が咲いている。この時期としては驚く。足湯に使ってみた。義妹は少し動きすぎて疲れたようだ。義妹たちをホテルに送って私たちは帰路につく。帰りは有料道路優先で行った。
01月12日 O西Dr受診、リンパ液115cc。
01月13日 二和消毒リンパ液40cc。鍼治療日。
01月14日 六地蔵窯窯出し。インプレッサ車検のため納車。代車は新型のフォレスタ。乗り心地は抜群ですね。
01月15日 鍼治療日。整体マッサージももやってもらえた。
01月16日 二和消毒、リンパ液抜けない0cc。担当の医者がいきなりいらいらして四箇所も針を刺しても抜けない。抜けなくて気分が悪いのは私のほうです!
気分を取り直して夫とフォレスタで本埜村の白鳥に会いに行く。
いつもの半分くらいの数かしら時間の関係かも知れない。暖かいあまさけを飲んでのんびり白鳥を眺めて、寒いのでろくに写真も撮らないで戻る。
01月17日 車引取り。やはり愛車は落着く。
01月19日 O西Dr受診。リンパ液113cc。診断書2通依頼。
01月20日 鍼治療日。
01月21日 家事応援日。昼ごろにMちゃんがお昼ごはんをもって見舞いに来てくれる。
01月22日 二和消毒リンパ液0ccまた抜けない。体内にはたまっている感じなのだ。
鍼治療日。某紙編集会議。疲れていたけれど、退院の報告がてら出席。Mちゃんはしきりに疲れたといっていた。
01月23日 昨日の結果が心配なのでH先生の診察をしてもらうために出かける。結局H先生も大事を取って無理にリンパ液を抜かない線を取る。
01月25日 船橋漁協を訪ねてT専務のインタビュー。某紙2月号の取材。
01月26日 O西Dr受診。リンパ液110cc。病理検査結果が出る。
01月27日 鍼治療。夜は演劇鑑賞会。茂山社中の狂言。首の修繕のされた大仏を撮る。
01月28日 「むすひ」(玄米で作る発酵の酒)が届く。安田さんの心遣い。これを飲むと血糖値がさがるらしい。
01月30日 鍼治療日。二和消毒40cc。午後から映画「おとうと」を観る。
02月01日 O津先生受診日。病理検査結果を見ての今後の方針などでお話を伺う。治療薬などはホルモン治療にホメオパシー。若干のサプリメント(先々は流動的)で様子を見る。スキルス乳がんということでの注意喚起(油断なく過ごす)が気になった。
夜、電話でMちゃんが下血して入院したと連絡を受ける。
02月02日 O西Dr受診日。リンパ液は20ccそこそこで抜くのはこれで終われるかもということだった。週末の地元医師のエコーでの所見で決めることにした。胸がつれるし浮腫んでいるし痛いしと、見た目も見苦しい様子を見てかなり苦痛があるけれどだんだんと(三ヶ月?半年?それ以上?)よくなるからとの説明があるけれど目先の苦痛からは説得力のない話だ。
待ち時間がひどく長くて二時過ぎの昼食をとってから電車でそのまま千葉市のMちゃん入院の病院に行く。出血がいまだ止まらず点滴につながれていたけれど顔を見て少しホッとする。夫君にはしばらく面会は遠慮してといわれたんだけれど。病室で本人は一生懸命経過を話してくれようとしたけれど早々と引き上げる。とにかく身体を休めてほしい。
02月03日 義妹と陶板浴。熱海以来あまり体調がよくない義妹が心配。一時よりはしっかりしてきたようだけれど。
02月04日 鍼治療日。整体マッサージも。法務局に行く。
02月06日 鍼治療日。二和H先生受診。エコーで胸を見てリンパ液の状態を見る。多少はあるけれど自然に身体が吸収するのを待つのがよいと今日でリンパ液を抜く治療は終わる。今日も二時間半も待って気分がふさぎがちなこのごろだけれどいそがしいDrには患者の状態が見えなくなってしまうのかもしれないと、余計にふさぎこんでしまった。
02月07日 SHさんが沼南町の友人の家から帰りに我が家に見舞いに寄ってくれる。心づくしのお土産をいっぱい持って。年末の誰もが忙しいときの入院手術で病院にこれなかったことを気にしていたのだけれど、私のほうは恐縮する話で、心配してくれるだけでありがたいのにと想う。それでも顔を見せてくれれば嬉しい。
02月08日 土曜日くらいから痛み始めた歯が我慢の限界を超える痛さで近くの歯医者でとにかく痛みをとってもらう。神経を抜いた。通いやすい歯医者が知りたいとご近所友人に教えてもらったところがどうしてもわからず、夫が最近通った歯医者が最寄り駅の駅舎内にあったのでそこに駆け込んで処置をお願いした。患者さんが後から後から訪れる流行っている歯医者さんだった。
本当は、南房総の和田町までM子さんを訪ねていく予定だったけれど、あまりの痛さのために断念した。
02月09日 鍼治療日。夕方Mちゃんを病院に見舞う。出血も止まり大分落着いて食事も取れるようになり談話室でお見舞い客と話していた。ああよかった。今日は少し話しすぎた。疲れさしてしまったかな。
2010年01月12日
新しい年、みなさま健かに迎えられたことと思います。
昨年は本当にありがとうございました。
おかげさまで術後経過も順調です。
リンパ液を抜くために年明けの病院通いにフーフー言っておりますが、しばらくは仕方ないかと思いせっせと歩数計をポケットに忍ばせて歩く努力も怠らず過ごしております。
本年もどうぞよろしくお願いします(^_^)v
写真の日の出は十日の熱海の朝。
甥の船会社の保養施設のホテルに招かれ夫と二泊してきました。
熱海の温泉も結構身体の暖まる温泉です。
眺めのいい部屋、義妹がしばらく滞在している間に邪魔をしたわけでした。
行きの車中でムムままさんの訃報をききました。
トマトさんに次いでHPに巡り逢い。卵巣がんの手術時期も近くご縁の深い方でした。
初めてキリ番をあててフクロウのキーホルダーを送っていただき、ネットでお友達が出来たと嬉しく思ったものでした。
訃報に接して何日も言葉が見つかりませんでした。
ただただご冥福をお祈りするばかりです。
出先でブログに訪問してままちさんの訃報を目にしてまたまた目の前が真っ白。壮絶であるはずの闘病中も洒脱でユーモアのある書込みをTさんのサイトなどで見せていただいて尊敬の気持ちでいたのです。
この頃は直接のやりとりはありませんでしたが、いつも忘れたことはありません。
がんにうちかって心臓でなくなられたと妹さんが書いておられましたね。
ご冥福を心からお祈り致します。
2009年12月30日

12月30日(水)31日目術後15日退院
一ヶ月間の入院生活。経ってみれば、早くもあり、振り返れば長くもあり。
術後の処置の簡便さにも感心しきり。人の体の治癒力の凄さも再認識した。
リンパ液が腋にたまるのがすっきりとした気分になれないことと、退院したからと言ってこれで乳がんとは縁が切れないところが厄介かも知れませんね。五年間の長きに渡って飲む薬、アロマシンも気になるところ、すでに副作用らしき兆候もある気がするし。
何よりも抗がん剤の投与をせずに自宅に戻れることは嬉しい限りだ。生活復帰が容易であることがホッとした気分にさせてくれる。
前回の卵巣がんの時は手術後一か月を過ぎてから抗がん剤治療が始まって半年。さらに二度目の手術で一か月。それからの七年間。副作用と後遺症に悩まされ続けた。
二つのがんを体内に意識しながらのこれからの人生になる。夫をはじめ家族や多くの友人たちの支えが私の気持ちを穏やかにしてくれている。
感謝の心を胸に宿して免疫力を高めていこう。暮らしていこう。
あれもこれもしたいことが山ほどあるし。
早速撮影も始めたいしなぁ。
入院生活で学んだ気功はこれからの日常にぜひ組み込んでいきたいものだ。
帯○三敬病院のみなさんお世話になりました。
ありがとうございました。
これからも縁が続きますのでどうぞよろしくお願いします。
入院中の雑感
冬ごもるかと思えば入院も
陽射し和らぐ窓辺やすらか
真夜中のトイレの歩数五十一
一日七回お通じは一回
ぼろ泣きの胸の内なるその表
あらわさざるの冬の手術日
年越しのそばも打てずに年を越す
ああこんな年の瀬もうこれきりに
2009年12月29日
2009年12月28日
2009年12月26日
昨日胸のドレーンがやっと一本取れました。これで年内に退院出来る可能性が高まりかなりホッとしました。
一昨日の明け方にどうしたことか右の脇側が腫れた感じがして見ると腋のリンパ液がまるで落ちていない?
昼頃の病棟Drの回診でそのことを話していて見ると腋の玉の中にごろんとした塊が見つかりチューブにこれがつまっていたのではないかということで一件落着(^_^)v
その後腫れも引いて安堵。
そして一本が抜けたという訳でした(^o^)/
写真の花は23日に年末の多忙時なのに八ヶ岳の唐沢鉱泉の大女将と孫娘のRちゃんが見舞いに来て下さった時の花。六月に結婚した三男さんご夫妻も一緒というサプライズつき。
一気に免疫力アップでした。
山の家族のみなさんのエールをいっぱいいただきました。本当にありがとうございます


ベルの演奏。透通るソプラノでのアブェマリアは圧巻。会場に来られない患者さんには部屋に訪ねてプレゼントを配り賑やかに祝ってくれる。