uttari manussa dhamma

自分の雑多な思考を発信していきます。 お気軽にコメントくれたりくれなかったりしてください。

2009年11月

学びとかjoy

今日は週末。
週末はうきうきする。
具体的には、週半ばだと夜中2時とかに起きてると次の日が憂鬱になるが、
週末だと3時でも4時でもうきうきしながら本読める。
次の日へのプレッシャーがない。

新たなステップへ営業として上がりつつあった気がする。
それはどんなに小さなものでも大事にしたい。

ヒアリングをした上で、
相手の課題を把握し、それを解決するものとして、
商品を売るのが定石。

いきなり商品をアピールしても、どこをアピールすれば刺さるかわからないから全部アピールしようとする。
それは相手にとって”関係のない話”と判断され、
理解も共感も得られない。

ヒアリングをし、相手の課題を聞きだす。
ひとつ解決できそうな課題がでたとき、すぐ食いつくのではなく、
ためてためてしゃべりだす感じ。

浅いヒアリングで課題解決の提案をすると、
別の角度から反論される。
例えば予算がないという人に対して価格の安いものをすすめたとき、
でもうちは手間がかけられないんだよね、と反論されると難しい。

だから、そこで提案をする前に手間に対しての認識を聞いておき、
先回りするのだ。
そうすると相手も自分のしゃべったことは否定できないから、
反論にならない。

基本人は人に説得されるのが好きではないはず。
それは自分の自発的な意思決定でないという認識が働くからだ。
特に不動産の社長とかその傾向が強いだろう。

ためて最後に提案というのは、
その提案にぶれがなくなるという意味でもメリットがある。

相手に自分の提案を反論されたとき、
じゃあそんなあなたにはこっちの提案がありますよ、とかいうと、
ベストの提案という意味合いが薄れ、
とにかく何でもいいから売りたいんじゃねーか、
という猜疑心につながる。

相手の課題を掘り下げ、何が課題なのか?を明確に認識し、
それを解決する解決策をシンプルにぶち上げる。
これが大事。



あと、win-winの関係を築くことはすごく大事と気づいた。
自分にメリットがある話でも、相手にメリットがないと判断した場合、
私達はそこにうそ臭さを覚える。
ある種の不信感を覚える。
相手はそんな提案をするはずがないからだ。

だからビジネス上健全な関係はwin-winなものである。

あとは、商談のときにいかに頭をクリアーにできるか。
次に何を言おう、とかてんぱるのではなく、冷静に受け答えながら
次の一手を考える。そのためには、相手の話をよく聞く。
これが本当に大事。人の前に相対しなくてもいいときの頭の回転を
商談時にもいかに使えるか。

人生はいかにわくわくすることをするか。
その感情が非常に大事だ。

営業について

営業とはなんだろうか。

何を自分にもたらしているか。
何を学んでいるか。

人脈を築く能力。
人の心を動かし、意思決定させる能力。
人間力。
人生経験の租借。
あるものに対し魅力的なアピールをする力。
タスク管理能力。
走りながら考える能力。
モチベーション維持能力。
ヒアリング能力。

よいものを学んでいるように思える。

それは将来につながっているか。

おそらくつながっている。

将来にやりたいことは、自分で始めるということを考えると、
営業経験はあったほうがいい。
とくに、新規開拓。
自分が世に新しいサービスや商品を出すとしたら、
その経験が役立つからだ。

なぜ営業をやっているのか?
なんのために?

将来やりたいことの実現のために必要なスキルのひとつを身につけるために。
なるほど。

だが今、タスク管理能力ばかりがあまりベストでない形で鍛えられているような気がする。
もっと、商談に専念できるような営業がいいのではないか。
いや、どうせ一人で始めるなら全部やったほうがいい。顧客管理から何から。

その意味ではマイナスなことなんてなにひとつない。
だったらモチベーション高く仕事を継続できる。

そのように振り返る時間が必要である。
そしてそれをこのように文字に落とすとすごくいい。
自分の頭が整理される。

ずっと頭で考えていても混乱するだけだということが最近わかった。

自分は、走りながら考える能力が著しく低い。おそらく。
走るか考えるかになってしまっている。
今は走らざるを得ないので走りながらキャパの低いところで考えるになっている。
もっと落ち着こう。現状のキャパでてんぱるのではなく、
キャパを広げることを考えよう。
そのためには?
タスク管理への脳の負担を減らそう。
そのためには?
手帳でしっかり管理しよう。
意識の上でも。

あと資料はもう少しスリムにできる。

今日の勉強内容

問題と課題の違い。
問題=それがあったらやばいよねってこと。
課題=問題を解決に導くための方策。「?しないと問題は解決しない」

考える事の大事さ。
問題にたいして、「こうしたらいいんじゃないか」と前へ前へ考えるのは間違っている。
問題にたいして、「なぜそれは起こっているのか?」「どうして解決しなきゃいけないのか?」「解決すると何が起こるのか?」と逆へ逆へ考えるのが正しい。
問題の本質を究明するためには。

そうして練り上げられた問題、ないしは課題は、誰が聞いても納得する内容を包含する。

紙に落とし込むことの大事さ。
考えているだけでは忘れるから。

営業は、相手に、2段階のインパクトを与えるべき。
?現状じゃやばいね
?やばい現状を打破するために、この商品を使わなきゃいけないね
ここを納得させる。

人生観はどう生まれるか

人の人生観は、結果論にすぎないと思います。

その理由は、誰しも今までの経験=人生を証拠として人生論を語るからです。

例えば苦労ばかりしている人が「人生はなかなかうまくいかない」あるいは借金地獄から企業して抜け出した人が「人生はあきらめなければうまくいく」と言うように。

苦労ばかりしている人が「人生に苦労なんてない」と言ってもその主張に説得力はありません。

自分の経験に対する自分の解釈なんていうものは、それほど主観的なものはありません。

それでもなぜ人は今までの経験=人生を証拠として人生論を語るのでしょうか。

それは、誰しも自分の人生を肯定しないと生きてゆけないからだと思います。
自分の生き方を否定しながら生きることほどつらいことはありません。

誰しもどこかで「これでよかったんだ」と自分の理想と現実=人生に折り合いをつけなければ、気持ちよく生きていくことができません。

人はそこで人生観という真理を得た気分になりますが、実際には真理ではなく、主観にすぎません。

でなければ、全く違う人生観の持ち主がいるという事実の理由をうまく説明できません。

つまり、人は「人生の真理を見つけた」というよりは、「そういうものとして人生を捉えるようになった」という方向に向かっていきます。

なぜ私がこんなことを考えたかというと、先日訪問したお客様がとても自分と相容れない人生観を持っていたからです。

例えば「人生なんて辛いことからいかに逃げるかだけだ」「一生懸命やるやつは馬鹿だ。いかに楽して稼ぐかだ」。

このような主張は正しいとも間違っているとも言えませんが、少なくとも私とは異なっています。

おそらくこの方はそう考えるきっかけが人生に多く存在していたのでしょう。

裏を返せば、私が「人生はばら色だ」「生きているだけでもうけものだ」と考えているということは、そのような人生を送ってきたということになります。
もしくは、そう考えざるを得ない状況が人生にあったということになります。

ただ、今後私の人生観が経験によって変容することもあるでしょう。
今の人生観と全く異なるものになる可能性もあります。

しかし私としては、決して今の人生観を曲げたくありません。

自分が誇れる人生観を持ち続けるためにも、日々頑張って生きたいと思います。
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