February 09, 2012

0209

現状維持も悪くないような。

もっと志向をきちんとクリアにすべきような
気がしないでもないけれど、

きっとぐだぐだしたり、うだうだいったりしながら生きていくのが、
不可避な自分らしさだったりするわけで、

なんでも変えよう、現状を変えた方がいいはずだと思わずに、
変わらないように、変えないために何ができるか考えていくことで、
らしさみたいなものが逆に変わっていくのかもしれない。

大切なのは日常性にあるんだとある人が言ってた。

繰り返される平凡な日常にこそ希望の種がある。

sizo1 at 19:13|Permalink

February 07, 2012

0207

規範に守られている秩序に飽き飽きしたころ、
僕はきっと旅にでる。

無軌道に、無計画に、ららら旅に出る。

どんな旅がいいだろか。

どんな旅だっていいだろよ。

出たとこ勝負の旅がしたい。

キラキラと光る路面を颯爽と歩き、

漆黒の闇のなか眠りに入る。

どうして僕はこんなところに、って

せつないぐらい存在が小さくなって、

世界の矛盾が剥きだしになって、

それを美しく想う

そんな旅がしたいと思う。

sizo1 at 21:50|Permalink

February 03, 2012

0203

2月は発病した月なのでいろいろと思うところがある。
最近は昔のこととかけっこう忘れているのだけど、

病気の前後のことをこの時期になると思いだして、
さらに思いださなくていいような嫌な思い出も思いだしてしまう。

狂騒的になっていたころの自分の発言とか思いだすだけで恥ずかしかったり。
それが他者に向けて放たれてしまったとなると余計に。

正直もう言われた当人は忘れているだろうけど、
なんだろね、この罪悪感。

そしてなんかこうゆうのは連鎖的に想起されてしまうもので、
負のスパイラルを感じてしまうなぁ。

そうはいっても過去には戻れないから、
戻れたとしてもうまくやれる自信もないのであって、

今後も確固たる成長しない自分と折り合いをつけていくしかなく、
色々と失敗をしていくであろうことを笑ってやれるような、

心持ちだけは持ってもいいのではないかと。


sizo1 at 19:28|Permalink

January 30, 2012

0130

環境が形作る意識と、
意識が作りだす現実と、
現実の作用としとの妄想と、
妄想の結果としての狂気と、
狂気のさきにある発病と、
発病のさきにある陰性と、
陰性のはての平常と、
平常を脅かす副作用と、

長い長い戦いの末に勝ち取った「いま」を謳歌できるかは、

環境と意識の精度にある。

意識を変える環境、環境を変える意識、
相乗効果でよいサイクルを生み出すには、聴くこと、話すこと、踏み出すこと。

立ち止まること。

開放的に生きることは、ひとつひとつの動作を、考えを、丁寧に扱うということ。

誰にだって特有のペースがあり、リズムがある。

僕らの使命は、

自分固有の生き方を肯定し、ときに否定したりされたりしながら、
だれにもまねのできない生を生きること。

生き切ること。


sizo1 at 19:47|Permalink

January 26, 2012

0126

南半球に脱出したい。

sizo1 at 19:15|Permalink

January 24, 2012

0124

あふれだすなんて感情もなく自閉的。
平凡がいいなんていう僕は平凡がいいなんて思ってはいない。

平凡の条件が、ハードルが高すぎてちょっと苦しいなんて
感じてはいるけど見てみないふり。

ひとりがいいって身軽がいいっていろんなもの削ってきたら
寂しさというおもりをいつのまにかぶらさげて。

何かに向かっていく集中力があったらいいなんて思うのは
向かっていくべき対象が見失われている自分への軽蔑。

いまあるものでなんとかしようと思うのは
現実的だけど自分を直視するのが怖くて痛い。

時間がたつほど痛くなって
きっと老境にたってやっとあきらめがつくんだろう。

あがくほどの熱意がなく
あきらめるほどの諦念もない。

雪道を縮こまって歩く光景はきっとありふれていて。

気がふれることから程遠い生ぬるさのなかで
気が遠くなるほどありきたりの世界を、生きること。

sizo1 at 19:46|Permalink

January 23, 2012

0123456789

あいというものみたいなことだったらいいのにってねがうようにいのるようにさけぶとしたらいつかかなうとおもいたいとおもいたいからぼくはきょうもあしたもきのうも8ねんまえもくるったようにいきているのだったとくるったようにいきたいのだといつかっていつだろうってぎもんをかかえながらいつもみらいをみているようでそれはしんせんなかこであってなつかしいみらいなんてどっちもいっしょだよってちがうんだよってどっちでもいいけどよくなくてたいせつなのはいまなんてくうごだからいみがないけどいみってことばもちょっとわからなくてあのくもにしんでゆきたいといったしじんのおもいがとてもわかるようなきがしてぼくはきょうもひとりぱそこんながめながらじかんがすぎていくのだけをむいしきにいしきしてなんのためになんのためにそんざいしてるのかってかんがえだすとせかいのりんかくがくすんでしまうからくすむのもいいのだけどはっきりさせたいけっかそこがざんこくなしんりだとしてもひとはしぬのだからしぬのだからうまれてきたのはきせきだねってそれでもひびをいきぬくのはなかなかたいへんでくじけそうになるよ

sizo1 at 20:30|Permalink

January 20, 2012

0120

乾燥の街に雪が降るのだ

sizo1 at 15:58|Permalink

January 19, 2012

0119

ネガティブな意味での惰性とか、
いい意味で力が抜けているとか、

見方次第で意味は変わるとか、
変えられないから苦しいんだよとか、

硬直性と柔軟性も使い方次第で、
坦々と淡々と生きていく規則的な日々、
延々の繰り返しに悶々とする時間。

限界を押し広げることの先端に。
未熟さを許容することの内奥に。

季節は巡り、年をとるごとに
固着するもの、剥落すること。

変わることよりも変わらないことに執着するようになって、
年をとったものだなと、思ったりする。

sizo1 at 19:54|Permalink