講演 根本かおる(国連広報センター所長)

 国連はクリエイティブに考えだした産物。平和と安全を第一に担っているのは国連の安全保障理事会だが、エボラ危機は復興途中にある国を襲ったヘルスクライシスだ。もしエボラ出血熱に感染している人が国に入った疑いがあると国中が大騒ぎした。一人疑いがあるだけでパック状態になった。エボラは医療のクライシスだが、安全を脅かす問題でもある。安全保障理事会でも決議を出した。初めての例だ。
 人権もそうだ。人権デーの一昨日の木曜日、北朝鮮の人権について安全保障理事会で議論した。国際の安全に人権は関わると考えている。国連人権高等弁務官事務所がジュネーブにある。この世の中から一切貧困をなくし、気候変動、地球温暖化にも歯止めをかけて、格差の是正もして、持続可能な開発目標が新たに採択された。変動をとげる生き物。まさか自分が国連の仕事に関わるとは大学時代には思っていなかった。しかし世界のことに関心を持っていた。
 神戸出身なので、クラスの中にも日本国籍でない人がいた。ハンブルグで過ごした。現地で公立の学校に行き、苦労した。肌の色の違うアジア人は自分一人だったので、差別もされた。外国人は何らかの権利保護が必要だと子ども心にも思った。ドイツは東西に分かれて親戚にも会えないという状況だった。土足で政治が入ってきてぐちゃぐちゃにする。マイノリティの勉強もした。
 就職戦線では男性と女性とではこんなにも見える世界が違うと感じた。企業から届くダイレクトメールの量が違う。男子にはたくさん来たが、自分にはゼロだった。TBS以外は民放キー局は女性はアナウンサーでしか取っていなかった。テレ朝でアナウンサーになったが、翌年区別が亡くなった。それは女性差別撤廃条約を批准したからだった。男女雇用機会均等法ができた。なるほど、国連の場で議論され、採択されたことは私たちの生活に結びついていると実感した瞬間だった。
国籍法の改正も条約を批准したものの一環だ。お父さんから日本国籍を受け継ぐが、お母さんからはできない。それはあまりにも条約と乖離している。そこで法律を改正して、父母両系血統主義になった。
 萩谷先生ともニュースキャスターをしていたことがある。いまでこそ標準語で話していたが、あの頃は神戸弁だった。異動希望を出して報道局の取材活動だった。今でこそ閣僚を囲んている記者に女性はたくさんいるが、あの頃は初めての女性の記者だった。どこにいっても紅一点だった。当時は自動車摩擦などの貿易摩擦が課題だった。ニュースステーションでも解説していた。でもアメリカに住んだことはない。一度アメリカに留学して、アメリカの人たちと同じ空気を吸って学んでみたいと思った。
 31歳で留学した。コロンビア大学国際関係学部。ニューヨークには国連がある。国連の職員と膝詰めの議論をするという状況があった。アバルトヘイトを戦った投資や国連PKOの人、天安門事件を戦った中国人などがいた。処方箋の10ポイントを考えるような生の議論があった。ルワンダの大虐殺が合った。紛争も合った。虐殺があると必ず人は逃げる。難民を最前線を支援するのが難民高等弁務官。トップは緒方貞子さんだった。
 国際難民保護法を勉強していた。現場が見たくなった。ネパールの事務所でブータンの難民キャンプで4ヶ月間インターンをした。難民はすべてを失って逃げてくる。地位も財産も全て失っている。でも援助を当てにするのではなく、できることは自分でやりたいという気概に溢れている。キャンプの中の自分たちで学校を作った。人々がうちに秘めているものを大切にする仕事。書く力はすごく大切だということもわかった。解決策を説明して説得する。書いてメールやレポートで説得しなければならない。書くことは訓練されていたので、受けたのがジュニアプロシェショナルオフィサー(JPO)派遣制度。若い人たちの登竜門。わたしはこれを受けて通った。33歳での国連デビューだった。
 難民の人たちと寄り添いながら本部で仕事をしてきた。今現在は4万数千人が一日に難民になっている。紛争が原因で国内に逃れた国内難民を合わせると6000万人。第二次世界大戦後の最悪数字。難民がないことが平和の印なら、世界はより平和でない方向に向いているのかもしれない。
 世界は次から次へと人道危機が起こっている。必要なものの半分しか必要なお金が集まっていない。シリアの難民が定着すればいいが、大幅にカットされている。キャンプで朽ち果ててしまうかもしれない。どうせ死ぬのなら一か八かかけてみよう。そういう状況で地中海を渡ろうとしている。これは皆さん一人一人に問いかけられた問いだと思ってほしい。
 国連広報センターの日本における出先の事務所で仕事をしている。職員や学生インターンと写真を撮った。大学の学部生が常にインターンをしている。学生インターンたちが新聞の記事も書いている。形に残って引き継がれていることにインターンの才能を活用している。9月に2030年までにこの世の中から貧困を一掃してしまおう、そして気候変動や格差の是正も見直しながらは、バランスの取れた貧困撲滅をしようという持続可能な開発目標が国連で採択された。17の開発目標が挙げられている。
 私はジェンダーが気になるとか、気候変動が気になるとか、自分の気になるところを深く考えるのもいいかもしれない。例えば、マララさんがこだわりたかったのは目標4「教育」だ。彼女はこれに大変こだわりを持って、持続可能な開発のサミットに登壇して、139人の若者と演説をした。どうですか。この人は18歳ですよ。
 マララさんのお父さんが女子教育に熱心だった。お母さんは読み書きができなかった。今はイギリスに住んで、読み書きを学んでいる。普通の家庭の女性が世界に訴えている。みなさんもチェンジメーカーとしての力が備わっているということ。日本の高校生も負けていない。核兵器廃絶のイベントで高校生に会った。核軍縮の国際会議に参加して、若者のメッセージを伝えている。軍縮のためにできる10のことという冊子を英語で出している。軍縮をゼミで学んでいる僕達が翻訳しようと東大生たちが訳した。軍縮担当の事務次長に手渡した。
 世界の課題に関わる一つの方法として、国連の職員として働くことがある。一つはプロフェッショナリズム、日本人は長けている。2つはインテグリティ、そして3つめはダイバーシティ、これは多様性。意見の異なる人たちの意見をじっくり聞いて調整することが社会の美徳になっている。こうしたことは日本では当たり前だが、国際社会では大変な資質。美徳になる。日本は高い分担金を払ってきた。その国にとって望ましい国連の職員をはじき出しているが、望ましい職員数の3分の1から半分しかいない。こんなに開きがあるのは日本だけ。毎年採用ミッションを日本に送ろうとしている。チャンスだ。女性にとって国連は働きやすい場だ。
 来年は日本が国連に加盟して60年。さまざまな機会で国連について考える機会があると思う。COPの議論に関わっている堀江大使が地球変動について英語で話す機会がある。いろいろと機会を見つけて足を運んでほしい。