2012年09月29日

水晶の夜。

巷に雨の降るごとく
われの心に涙ふる。
かくも心にじみ入る
この悲しみは何やらん?
(中略)
何事ぞ 裏切りもなきにあらずや?
(ポール・ヴェルレーヌ)

私は詩人になるため、大学に入り、上京した。ボブ・ディランに負けないほど、アルチュール・ランボーを崇拝してきた。ところが、胸に秘めたダイナマイトが爆発し、日本は狭し、世界も狭しとばかり、暴れ続けてきた。あれから40数年。私の手のひらに残ったのは、一枚の花びら。ひらひらと、ひらひらと舞う透明な蝶。
楽しい話。
故郷に帰ってきた。カヌーをし、釣りをし、日本一の鮎を食った。
藤井さん、三浦くん。和田さんの親切が身に染みた。
そして、これまで数十年、運転をしない私のために、田舎へ帰る度、吉村よっちゃんが如何に奮闘し続けてくれたことを痛感した。私だけでなく、私の妻を、二人の娘達をどんなに幸せにしてくれてきたことだろう。
いつの日か、錦川の傍に小さな家を建て、原稿はメールで送る生活を夢見る。毎日、釣りをし、絵を描き、百姓もやろう。そうした生活の中で書き進めている数千枚の小説を完成させよう。
京都へ行き、比叡山で修行してきた。テツのお陰だ。胸の霊気が宿った。
夜は死ぬほど旨い刺身、焼き肉を食った。何もかも友達がいなければ何も始まらない。
ニューヨークへ行けばボブ・グルーエンがいるし、イギリスへ行けばネインズやパットがいる。グアムへ行けば大竹さんが、三宅島に行けば井上さんが、またオーストラリアへ行けば、河野さんがビッグ・スマイルで迎えてくれるだろう。
「THIS IS MY LIFE!」
これが、俺の生き方だ。
ただ一人の男に読まれたくないがために、3ヶ月もブログを封印してきた。
来るなら来い、ないものはない、契約書も何もない。
もし、俺に、俺の娘に何かがあったなら、幽鬼となり、お前を呪い殺す。
俺は祖先の墓に参り、強靱な祈りを結んだ。
かくて、新しい人生が始まる。
今回のタイトルは、センチメンタルな言葉ではない。ヒントは「ヒットラー」である。

sk99 at 22:45コメント(6) 

2012年06月22日

真夏の恋。

ザッツ・オール。

sk99 at 02:17コメント(0) 

2012年05月29日

(グ)ロッキー。

今思えば、とんでもない謀反を犯したものだ。4月の末に10数年服用してきた鬱に憤然と反旗を翻し、鬱病に挑んだ。15年以上にも渡り、飲み続けてきた抗鬱剤を止めてしまったのである。その時は「このままじゃ、ほんまもんの鬱病になってしまう」と思っていたのである。ちょっと考えればほんまもんの鬱病であったのに、異様な意志で立ち向かうつもりだった。
 これがとんでもない考えで気づくのに時間はかからなった。クスリをやめて4日目、「おおっし、やったるで、自分で自分に立ち向かうぜ」と決起した。どの本を見ても、どの医者に訊いても「絶対に、突然止めちゃいけません」。百も承知千も合点の基本知識である。煙草を止める瞬間より千倍のツライ試練を自分を待ち受けていたのが、5日目であった(その前も禁煙を果たしていただけに、世の中をナメていた)。夜中に目覚め、とんでもない悪夢で目覚め、身体中が震えるような状態に苦しみ始めた。これぞ「麻薬中毒が襲う症状」に近い苦しみなのだなと実感。
 もう「鬱状態」のギリギリまで来て、おまけに一年中営業している医者が休みだという。この苦しみの中、「絶対飲まないと死ぬ」と思った。夜の8時、ギリギリでクスリを入手し、この時の安心感は、一生忘れない。鬱病といっても私の場合はごくごく軽傷で、クスリを飲んだという気持ちの問題であると思う。ずっとこのままなら、死ぬで。
 ほっとした瞬間、もう一つの症状が私を襲った。眩暈である。これまでも何度も医者に行き、レントゲンも撮ってきたが、「なんでもない」という医師の返答。階段で転び、自転車で突っ込み、一日中それに悩まされ続けた。「まあ、こんなもん、誰でもあるやろ」と思ったのが大間違い。ずっとずっと待ち遠しく思っていた故郷のカヌー取材。「これで、少しはしっくりするやろ」。これまでも小さな悩みも「旅」によって回復してきた。今回は、それ以上の胸が弾むような心持ちだった。ところが……。
 目覚まし時計が鳴った。「よし」と飛び起きた(つもりでいた)。しかし、異様な眩暈に襲われ、目覚ましをストップさせることが出来ない。「あれ?」そこでモロに眩暈に突入した。目の前にある時計に手を伸ばす。ひっくりかえる。10秒単位で、意識が朦朧とする。部屋中がめちゃめちゃだ。
立ち上がって、TVに突っ込み、ファックスに当たりぶっ壊す。なんとか時計を解除するために30分くらいかかったろうか。とにかく編集者に「行けない」と電話しないといけない。しかし、どこに携帯があるのか分からない。
 電話の本体を鳴らし、携帯の位置を探る。鳴っているのはわかるのだが、探す間に転倒する。本当に生まれて初めてである。心の底から望んだ旅がコレなのではないか。俺はその直前に立っている。しかし、身体は立っていない。死ぬほども眩暈。これ以上は書いても意味がない。近日中には、愉快なメールを書こう。映画「ロッキー」では、ロッキーは生卵7個ぐい飲みでパワーをつけたが、明日は新しい恋人を連れて、ビフテキを喰いに行くぜ。


sk99 at 23:43コメント(1) 

2012年04月17日

ザッツ・イナフ!

   今にして思えば、2008年4月5日。その日に、俺は人生のツキのすべてを使い果たしたのではと思う。アイツが俺の腕の中で死んだ。体重30数圈年齢13歳。ゴールデン・リトリヴァー・サラ(SARAH、沙羅)。癌で苦しみ、胃の癌が舌からはみ出し、下半身も立たないほど悪化していた。そのサラは、どんなに辛くても、俺が散歩で連れて出ない限り、けして家の中では雲子をしなかった。通常30数圓任睚体であれば運ぶのは難しくないが、ぐにゃぐにゃしたサラを抱きかかえたまま、雲子させるのは大変だった。おしっこだけはしてくれるのだが、食欲が衰えて、雲子も衰え、しきりにイキルのだが出ない。しかし、雨の中、傘をさして雲子をさせるのは大仕事だった。
 「皆で飼う」と約束した家族も最初はこそ散歩に連れて行き、ご飯を食べさせて喜んでいたが、俺独りの「義務」となるのに時間はかからなかった。雨の夜も、満月の深夜も、毎晩一日として欠かさず、散歩に出た。
 いや、こんな思い出話を書くのが目的ではない。アレを限りに、俺にツキが戻ることは二度となかった。あれから4年、あれほどのドン底から、更にビシューンと音がするほど運が下降し続けている。アレ以来、いいことは一つもなかったといっても過言ではない。けして、言い過ぎではない。本当の中の本当である。
 俺は、更に地獄の底へ急降下し続けている。
 残念なのは、一つだけ。死んだ夜、俺はサラを撫でながら独り、酒を酌んだ。なぜ、せめて、もう一晩、傍に置かなかったろう。何故、焦って明くる日に火葬したのだろう。せめて、もう一夜、なぜ、二人きりで人生を黙して人生を、犬生を語らなかったのだろう。馬鹿はいつも後悔する。馬鹿は死んでも治らない。早く、一瞬も早くサラのもとに行きたい。
「もう、いいよ。もう、これ以上苦しむことはないぜ」自分に囁く自分の本音を聞きながらも、4年を生きてきた。
 もう、いいよ。もう、充分だよ。

sk99 at 00:21コメント(0) 

2012年04月15日

裏切りの街角。

3日間も籠城状態である。ずっと書き下ろしの単行本に集中している。外に出れば、皆が俺を裏切り、皆が俺を嗤う。世間より北朝鮮の方が正直だ。腹が減っても、その状態を越えれば、逆に食欲がなくなる。資料を漁れば漁るほど真実は遠ざかる。横になってもすぐ気になるシーンを思い出し、また資料を漁る。だから、いくら調べても原稿の量が上がるわけではない。昔は・・・と思う。昔は手書きなのに、一月400字1000枚以上も原稿を書いていた。20歳代で年収は、1千万円を越えた。締め切りが終わる度に、皆を引き連れて、六本木を新宿を飲み廻った。収入の殆どを皆に奢るのに使い切った。馬鹿中の馬鹿である。
 これまで、こんなことを思い出すことはなかった。人に奢ったのは、自分の満足のせいで、誰の責任でもない。しかし、それを崇拝に近いほどのメールをくれたヤツが俺に腹を切れという。
 よくみんな「病気自慢」というが、俺の自慢は鬱と眩暈なので、笑えない。10年以上も鬱病の薬を飲んできた。それをやめた。鬱病に一番よくないのは、突然投薬をやめることである。だから、どうだってんだ。ダルビッシュの登板をずっと気にしていたが、どのスポーツ・ニュースも「今日登板」というだけで、他の情報がない。ネットで検索すると「NHKBS1=102」というのが出てきた。BS1は知っていたが、BS1-102なんて知らなかった。思いのままTV番組を探してみると、いきなりテキサス・レンジャース戦につながった。勿論、見るのにのめり込み、終了した後もずっと「あの時、この球を投げていれば」と思い、早朝どころか昼まで眠れない。当然、投薬せねば眠れるはずもない。犬がお父さんやってる時代でしょ。だからご飯食べようか。いやだ。 
 京都のてんかん車事故が話題となっているが、ドストエフスキーがてんかんであったことは有名だし、「天才に多い」病気でもあるようだ。小学生の頃、てんかんの同級生を見たことがある。ビックリした。当時は残酷なもので、みんなが「てんかん、てんかん」といって、そいつを馬鹿にした。先生も世間のオトナもそれについて、何もいわなかった。俺はそれまでと変わらずヤツとつきあっていた。俺は番長だったし、「アイツはエライ」と言われたかったし、もう一度真剣にてんかんの発作を見たかったからだ。いじめるヤツより、もっとタチが悪い。「死刑!」
 これまで寝なかったのだから明日は寝たいと思ったが、打ち合わせが入っているのをさっき気づいた。それなら会う1時間前位で充分なのだが、私の場合、「それだけのこと」で、恐らく5時間前には準備しているに違いない。ここ20年間位、何千回人と会ったか知らないが、恐らく99%以上、俺の方が先に着いている。だからといって、別に文部大臣から表彰されるわけではない。今期で大学の講師はやめようと思っていたが、先日出掛けると昨年の倍以上の学生が増えていて、講義教室は、マイクロフォンがないと届かないほど大きな部屋になっていた。
 皆が嘘つき。皆がライアー。裁判S IN 裁判。パンパースの街。よく浮気を責める話を聞くが、誰がどう考えても浮気したヤツの勝ちなのだ。中田カウス。

sk99 at 23:29コメント(0) 

2012年04月13日

明るい未来。

これまで骨折とか十二指腸潰瘍とか「わかりやすい」病気ししかことがなかった。前者は1ヶ月、後者は3ヶ月の入院ですんだ。しかし、最近の症状は、明らかにオカシイ。まずは、眩暈である。これは、昨年にも耳鼻科で受診で、頭のレントゲンまで撮ってもらったが異常なし。高い。金返せ。眩暈の症状を調べてみると、殆どが長く続く病気ではないと書いてある。しかし、今回は長い。坐る、立つ、歩く、それらすべてに症状が現れる。階段を上がる時、左足を踏みあげる時に転ぶが以上に多くなった。自転車に乗る時にも、それは現れる。荷物が多かったり、傘を差したりすると、もう冷や汗ものである。例えば、手をテーブルの向こうに伸ばそうとする場合、その手前にグラスに気づかず割ってしまう。坐った状態から立とうとする時、斜めになって変なところにぶつかる。先日は、ストーブを越えようとして、踏んで滅茶苦茶にしてしまった。これは、平衡感覚の病気だろう。
 身体的な以上にヒドイのが、失語症である。何か言おうとしたとき、もうその言葉を忘れてしまう。相手の同意を得て、ようやく次の話に進む。なによりヒドイのは、漢字が書けなくなったこと。もう15年間もワープロに頼っているので、漢字が正しいか間違っているのは非常に簡単に理解出来るのだが、自分で書こうとすると悲惨である。小学生程度くらいの漢字認識力とでもいうか。
 更に、更にヒドイのは、前日の自分の行動を忘れてしまうことだ。一昨日といえば悲惨である。その日、その日は、夕食に食べたものを中心に、軸にして思い出さそうとする。しかし、浮かばない。原稿の締め切りで忙しい時には、一応その症状は消えるが、もっとも困るのが、忘れ物である。「ない!」。部屋中を探し回る。「ない!命より大切な財布と懈怠がない」。しかし・・・そうやって、1時間も2時間も探す。飲みに行ってる時は、更に悲惨である。財布がない! 携帯がない! 毎日いろんな衣装を着るので、アセルアセル、あたかも全身が萎縮する。別にそんな物はなくても知にはしないのだが、見つかるまでは、生きた気がしない。そんな状況に3日に1日は襲われるのだから、平安な生活など望むべくもない。
 更に悲観症。メールのやりとり、対人関係、うっかり、相手はなんでもないのに、こっちだけ妄想に、それも悲観的な妄想に焦るのである。今日も夕方飲んでいたので、矢野さんに電話した。とんでもない発想の電話である。わからん。悲観的な未来しか、頭に浮かばないのであうる。自分でわからんのは、お天道様もわからん。、
 鬱、パニック障害、自律神経失調症、めまいによる視覚現象、それにまして、この2〜3週間で強烈に視覚が衰えつつある。私のこの歳まで,めがねをつかわないここと、白髪が少ないことを自慢してきたが、ふっと思いついた。めがねをかけるだけで、もしかしてかなりの気分がよくなるかも(神にかけていう、そんなことあらへんがな)。
 先日、いくらでも寝てしまうという話を書いたが、眠られへんこともしばしば。寝ようと最高級西川の布団に入るが、眠れない。手元にはハルシオンやヘゲタミンは腐るほどあるが、そんなもんでは、ぽかっと寝ることは不可能です。酒が弱くなったことも加えておこう。
 現在「生きていたいか。「死にたいか」較べると。ポッカリ死にたい。

sk99 at 03:26コメント(0) 

2012年04月10日

ああ、雲丹食いてえ。

ビックリした。またかよ!
今年に入って3度目である。もう5年以上も逢っていない知人に電話したら、向こうもビックリして「今、伊丹さんのこと話してたんですよ!」。ダルビッシュと一緒で「何か」
持ってるんだな。ダルは降板する時、帽子をとってスタンディング・オベーションに応えない姿が美しかった。あんなヒドイピッチングで挨拶してたら、カッコ悪い。それは優勝投手になった瞬間まで胸にしまっておいて欲しい。でも、見てよかった。こんなに胸がドキドキするなんて、最近ないもんなあ。
 もう一つの驚きは、先程の電話では「携帯番号」をなくしてしまい、私の番号を探している瞬間だったという。
 それで、夕方のTVニュースを見ると、イチローが「今日の試合で、ダルが帽子脱がなかったのが、一番カッコよかった」とコメントを出している。唖然……。
 これから北朝鮮へ行って、マス・ゲームに参加しなければいけない。ああ、忙しい。やれ忙しい。

sk99 at 17:10コメント(0) 

2012年04月04日

ハンキー・パンキー。

いやはやなんとも。ブログ書かないと、読者の怒りが爆発する。何故かというと、自分がいかにええ加減で、あんぽんたんで、将来を悲観していても、このブログを読めば「自分より、とんでもない阿呆がおる」と安心するからである。友人は勿論、牛や馬、鶏や猫と対決しても「こいつに勝ち目はない」と思えるからである。こいつは、鯖や鰊と喧嘩しても負けるのではないが、そう思う人だけが、私の読者なのである。いくら本を出そうが、文庫本を出そうが「ブログで、なんぼでもタダでも読めるンやから、わざわざ買うことはない」みながそう思い、ぞれが日本全体に感染して、だからワシの本がベスト・セラーになることはないのである。もしかしたら、
「今時、ブログ書かない物書きおらへんよ」
 と誘ったヤツは(ヤスヲ)は、最初からそういう狙いで狙い打って、狙いかまえて、前田敦子ちゃんも、グループを「卒業」したのではないか。うーん、この謎は深い。多分解答は、ねぎとろ丼にあるのかも知れぬし、それが関西名物ビフカツの東京進出を阻止しておるのかも知れぬ。うーん、世の中広い。世界は油断も隙もあったものではない。
 最近、死ぬほど寝てばかりいる。一日14時間はザラである。16時間眠る場合もある。これは明らかに人生の放棄である。起きていると恐ろしいことばかりである。鬱病、自律神経、眩暈もそこから発している。とにかく最近、眩暈が凄い。階段を上れば、ゴキーンと転ぶし、自転車に乗れば、「あわや!」車に牽かれそうそうになる。一日中、頭の後ろから透明なヒモで引っ張られそうになり、それで仕方なくベッドに横になると、眠っているのである。寝ては起きてや、一日や二日なんかあっという間に過ぎてゆく。どうや、不眠症のヤツは羨ましいやろ。それ、チキン南蛮食うとええらしいでっせ。
 更に探ると、最近のガソリンの高騰化にもその責任がある。私の食料はガソリンなので、あまり飲み過ぎるとカネがガス欠してしまうのでおまっせ。しかし、未だに「ミサイル、打ち上げまっせ」という馬鹿を大幅に広げ続ける阿呆な国に較べれば、やっぱり馬刺しは旨いし、中トロは更に旨い。和田アキ子や研ナオコのTVCMを見ると気持ち悪くなるが、不思議なのは、何人もの一流に近い男優が、大銀行が吸収したカネ貸しのCMに出ていることである。そもそも銀行は、大規模な金貸しだが、現在CMを多量に打っているのは、誰が見ても(無理矢理吸収した)サラ金である。それが堂々とCMに出ている。大銀行なら間にサラ金なんかはさまないで、自分で直接貸せよ。ば=====か!
 しかし、この気分の悪さは、もう3ヶ月も旅に出ていないせいかも知れない。これまで、取材や個人的な旅で「一ヶ月に一ヶ月は東京を離れる」というルールを守ってきた。ところが、それさえ怠るようになった。だから鬱なのだ。ば=====か。自分の馬鹿は必ず自分に返ってくる。おお、素晴らしい人生。アロマ・ホップ。アル・カポネ。鶏の唐揚げは安くなってんやで。しかし、地上波は勿論、BSまでプロ野球巨人戦の放映なしとは!今は巨人戦やイチローより、一番見たいのは、ダルヴィッシュやもんねえ。
 先日、久しぶりに一家でシーナ&ロケッツのライヴへ行った。鮎川さん「俺、煙草止めたぜ!」と宣言していたが、早くも誘惑に負けて、ガンガン吸っていたのは笑った(ワシは、もう止めて一年くらいになるけど、そろそろ初心に戻って吸い始めようと思っている)。シーナと一緒に写ったワシが偉そうにしているシーンは「スウィート・リシャス」のブログに掲載されているので、よっぽど暇な人以外は見ないにしよう。
 がんばれ、家康!!!

sk99 at 19:18コメント(0) 

2012年02月27日

ハワイに地下鉄はない。

最近、やたらと脳裏をよぎるのが、
「ふるさとへ廻る六部の気は弱り」
 という江戸川柳である。66カ所の霊場を巡る修行僧でさえ、気が弱る。気が弱ると、さかんに故郷が恋しくなる、という意味であろうか。現在では「気は弱り」という助詞の変更「気の弱り」と思っている方も多いと思うが、これは、山田風太郎、中野重吉、なにより藤沢周平の影響によるものであろう。確かに「気の弱り」の方がわかりやすい。
 昔は、田舎から上京、大学に入り、最初に覚えるのが、煙草、酒、賭博、オンナの順であったろうか。煙草は洋モク、酒は洋酒、女はパツキン(金髪)、賭博は競輪、競艇、競馬と様々だか、パチンコは弱々しくギャンブルの内に入らない。酒、煙草を覚えたヤツは沢山いたろうが、パツキンは、私くらいのものではないか(豪快に笑う)。私が上京した頃、一番ポピュラーだったのが、麻雀である。新宿、池袋、渋谷といった主要都市は勿論、大学の廻りには、必ず定食屋と麻雀屋があったものだ。
 私は、それらすべてに圧倒的な興味を抱き、徹底的に浸りきった。空気の湿った午後、フランス語の講義を受けながら、彼女の横顔を見つめているのも嫌いではなかったのだが。すべてが快適だった。先日、ウチの娘(シンガー)がディレクターから「子供の頃の写真を載っけたいから」と写真を渡したら、「あんたの父さん、イケメンだったんだなあ。スラーッとしてるし」と言った話をで思い出したのが、ザ・タイガーズというGS(グループ・サウンド)である。TVで再結成のヴィデオを見たが、驚いた。心底、驚いた。あのヴォーカルのジュリーこと沢田研二氏の容貌である。天下の美少年といわれ、私自身も衝撃を受けたほどのイケメン(いや、「イケメン」なんて形容を遙かに越していた)の彼が、「普通のおっさん」と変わり果てていたからだ。うーん、あり得ないと思うが、これが現実なのである。
 話を元に戻すと、大学に入る前にすべてを知っていた私も、夏休みに新幹線で田舎へ帰る瞬間の緑色の郷愁は、一生忘れようがない。高校時代、仲間とやり放題で遊んだ思い出は、忘れようがない。やはり、死ぬのは、やはり故郷にしようか。

sk99 at 02:59コメント(0) 

2012年02月26日

華麗なる人生。

「その夏、私は17歳だった。そしてまったく私は幸せだった………(盗作)」。私は初めてのデートに、島へ行くことを提案した。ほんの少し躊躇いながら、由美子は微笑み返した。私たちは、梅雨の季節に出逢った。そして、瀬戸内海に浮かぶ小さな島は、夏の終わりを迎え、夏の最終便に乗った。頭がクラクラするような水着からワンピースに着替えた由美子は、まるでアニメで見る美少女そのものだった。水着姿を見せる、それだけで私たちは恋人同士になったも同然だった。そして、船のデッキで交わした触れるか触れないか、どちらともいえない(どっちなんだよ!)柔らかなキッス。私は幸せだった。私の胸には、なんの不安もなかった。将来のすべてが輝いて見えた。親は金持ちだったし、私には誰よりも豊かな才能がある。そして、由美子はこの世の中の誰より綺麗だった。
 そして、何千もの星が流れた。不吉な予感は現実となり、雷に打たれ、真冬には着る物さえなくなった。私は年寄り、よぼよぼになり、よれよれになり、何一つとして救いの気配は消え失せた。♪お姉さんのつまびく三味線に〜〜♪。新宿を流して歩いたが、どの店へ行っても「気持ち悪いんだよ!」蹴り出された。十字軍のお情けの列に並んでも、いつも直前に炊き出しも直前で終了した。
 そして、思う。若い頃、幸せだった分は、残った不幸でバランスがとれる。アリが働いていた間、私は遊び回るキリギリスだった。金がなくなると同時に、友人も離れていった。犬は逃げ、猫も冷たい視線で「ば〜〜〜か」と顔面パンチをくらわせ、ションベンをかける。
 「オンナなんてもう充分さ」と思っていた頃があったことさえ奇跡に思える。まったく大したもんだ。なんてラッキーなんだ、俺ってやつは。そうだ、明日AKB48のオーディションを受けてみよう。
 まるで乞食以下の状態で帝国ホテルに帰った私は、オンナを10人ほど呼んで全身マッサージさせ、その中の独りを指名しフレンチ・レストランに向かう。店のパーキングには、ロールス・ロイスに乗った運転手が「今夜、旦那様は、銀座のどの店へお出かけになるのだろう」と、札束に眼を走らせた。「旦那様は、クレジットなんて甘っちょろい物はお使いにならない。今夜は、2000万円をご用意したが、足りるかどうか………」

sk99 at 03:17コメント(0) 

2012年02月25日

鬱。

鬱。

sk99 at 00:06コメント(0) 

2012年02月10日

不思議。

先週末、京都のキムチ美人、辛サンが上京ということで、10数人が歓迎の宴を催した。伊澤氏の飲んでいる「菊姫」があまりに旨そうなのでつい飲んでしまう。最近、日本酒を飲むと二日酔いをすると知りながら……。午前2時頃に寝て「どうも熟睡出来ないなあ」と思いつつ、トイレへ行く途中に時計を見ると8時。「眠り足りない。もう一眠りしよう」とカーテンを開けると、外は闇。「?」。一瞬、なんのことかと思った。朝の8時がなんでこんなに暗いんだ? ぼーっとして携帯を見ると、やはり8時。更に慌ててTVを見たら、やはり8時。しかし、それは夜の8時である証拠であった。「?」。なんと18時間も眠りこけていたのだった。呆然。

sk99 at 02:05コメント(0) 

2012年01月17日

31日間、降雨なし。

毎晩夜更かしして、昨日眠ったのは、午前5時だった。とんでもないことが、連続して起こった。まずは、TVが映らなくなった。「アンテナに問題がある」とかの情報が出ていたが、風もなし、マンションなので、そうした影響はゼロに近い。TV自体が壊れた、或いは接続が悪くなった可能性が高いと思い、格闘したがダメ。
 では、パソコンを使おうと起動すると「カーソル」が出ない。マウスで格闘しようにも無力、殆ど使わない手で作動させようとしたが、カーソルがないのだから動かしようもない。呆然とした。その前に水割りをテーブルにこぼしたので、これは、マウスの交換ではすまない。パソコン自体が壊れたのだと一時決断した。
 「合法ハーブ」で頭に休暇を与えようと思ったが、持っているはずもなく、やったこともない。毎晩食べている「矢澤ミート」の宅配ハンバーグを食べながら、アルコール度50度の黒糖焼酎を飲んだ。
 目覚めて、TVとパソコンを操作すると、まったく問題ない。何がどうしてどうなっておるのか。頭に来たので、今夜は、茄子とピーマンの炒め物を食ってやろうと思った。小沢元自民党代表は、今夜肉を食ったらしい。
 書き忘れたが、「ミスター・サンデイ」という番組の話。最初はかなり期待していたが、まったく面白くない。15日放映の東京都知事と大阪市長との対談でようやく期待に応えてくれた。市長が週刊誌にその生い立ちの秘密を書いた時、世間はその話で暗い思いを味わったが、そこで都知事は「一体、なんの問題があるんだ!」(というような)発言をして、それまでふさぎ込んでいた大阪のおばちゃんである市長の母親が、泣いて喜んだという。そういう「事実」に、大きな反応を示さなかった大阪市民を見て、ディランの「時代は変わる」という曲を思い出し、もらい泣きした。

sk99 at 00:00コメント(1) 

2012年01月15日

報告。

半可通の半端な意見は書くまいと思ってきた。いかに中途半端な私でも、日本人として福島原発への怒りは、逆巻く火の玉状態である。昨年の3月11日以来、それは日々と共に膨張し続けている。この問題に私論を掲載するつもりはない。
 しかし、今夜放映された「NHKスペシャル」には驚嘆した。東京電力の初めての認可を得て、原発周辺の汚染計測を報告する番組であった。原発周辺の海底や魚からは、当然の如く高い数値が記録されたが、周辺から遠ざかるほど数値は薄らいでゆく。興味深いのは、海底の泥の数値とプランクトン、そして魚の数値である。数値はプランクトンで一度薄らいで、魚はそれを溜め込む為、泥よりも高い数値を示したのである。
 本当の驚きは、次なる報告だった。群馬県をはじめとする湖や沼で驚くべきセシウム量が計測されたのである。口があんぐりするほどビックリした。海など問題とならないほどの数値であった。ここで思い出したのが、静岡のお茶から汚染が発見されたことである。汚物は空気に風に乗って、日本中へと拡散し、山々へ降る雨によって湖へと貯め込まれたのである。この数値が低くなる可能性は、殆どゼロに近い。少なくとも100年以上残存することは明白である(この事実を確認出来るのは、チェルノブイリで現在も計測され続けている取材でも明らかである)。
 最後には、更なる恐怖が待ちかまえていた。福島原発に次ぐセシウムが観測されたのが、江戸川の河口(!)、即ち東京湾であった。山々に降り注いだ雨は川となり、海へと注ぎ蓄積されていった。東京湾は出口が狭く、中央が広い形状となっている為、薄らぐより濃くなる可能性が高いようだ。恐らくNHKの「Eテレ」などで再放映されるだろうから、必ずチェックして欲しい。タイトルは「知られざる放射能汚染」である。

sk99 at 23:44コメント(0) 

2012年01月14日

冬のカシオペア。

ブログを「保存する」と指定して、続きを書いたりしていたのだが、昨日のような変換になってしまった。これって、どうすればええの?
「すがりつく」ような眠りの日々が続く。「起きねば」と思いながら、起きられない。昨日は、大学の後期試験の前週だったので、当然どんなに眠くても起きる。学生達に「この中から試験問題を出す」と、プリントした資料を渡す。みんな「優しいなあ」と喜んでくれる。私の講義は、そんな論理的に考えたり、多くの記憶を必要とするものではない。「感じて」くれれば、それでいいのだ。こちらは、或る感じ方を提示する。どう伝わっているかは分からないが、勉強することと無理矢理覚えることは、まったく関係ない。近いか遠いかはわからないが、学生達がいつの日か「ああ、なるほど」と共感してくれればそれで十分である。ああ、面倒くさいことを書いていると、眼がさめてしまう。ハードボイルドを読みながら、一気にウィスキーを飲んで、死ぬほど寝よう。

sk99 at 23:58コメント(0) 

弱気の刑事。

������������������紕違�����������������������蘂������������c����������������������蚊�������с�������潟����������������ャ����c��膣���眼��������������鐚�絎�篋���������帥�私��荅�鐚�
�����������蚊��篏���峨��綏�羈違�������������������蚊�������ユ����������ャ�純�潟�違��鐚�鐚�鐚�鐚���с���������荐����������絎�綏������������с��������������������綵����罩�荅����膣���眼������������������篁違�c����������蚊��������������荐�������������������������������絎�綏������������������c�����
���������������紕違�����������������綮祉��莵眼�������������c�������������������������ゃ��茵������������������������c��膣���泣��������������
���筝絖������������鐚�鐚�罩渇�����������������絅喝�����������綵�������������荅�薑�筝�����蕁������ゃ�����荐��������������������������膈���∞��鐚����������������������莵眼�����������茵������������������c�����
���鐚�鐚�鐚�鐚�綛岩撮���������������鐚¥雫������腟九�障��羌�茵����鐚���������贋��������腱����������茱翠����g�c�����������紊���違��絅喝����������������咲�≪�c�����������������紊уソ��������c��鐚¥雫絅喝����������������������障��������������������荐������������眼�����蕁������������������<��������荐���c����������������������������亥��緇�������絲障��茯�����������羂���ャ�����絅喝����������������������若����祉����潟���������������������������羝乗昆�����≪�������若�������������������c�������с�������������翫����肢�援����激��膣����莢違����������障�����絳����������腴���<����������鴻�����������
��������ャ����阪遣��肢�宴�����鐚¥宍綺���������ャ�����薜祉����剛��筝�篋阪��鐚���������若�������������������������潟�≪����阪遣���藜祉��腥眼��腦���h昭��障�����������������薜祉��������������羈ラ����с��蕋���c�����鐚���������♂�����茵�������筝������������������������������������������障�����
��������掩���������茵���������肢�����箙���c�������������������������������潟����潟�吾�若��箙�荵����������������腱���������������������c��腱����荀���ゃ�����������������HEi what's goin on?������荐�������������������ゃ��������������腱����薤����������綮祉��������������筝���鴻�������ф�眼����������������������������������丈�����脾����腱���с��������������膂≦�����罧眼�������������������������������������c�若��鐚������������∽�������鴻�i����違�������������障�c�����

sk99 at 02:15コメント(1) 

2012年01月10日

サイケデリック・モーメント。

  綾瀬はるかが出演しているCMが、胸を打つ。彼女が涙を浮かべるシーンと「ケセラセラ」という曲が、鮮やかに人生の一部を浮かび上がらせる。冷血漢のワシが唸るのだから、相当感動的でござるのケツのケツは真っ赤でござる。たった15秒か30秒のCMだが、見事である。是非とも、あの曲の歌詞を「日本語訳」しながら聴いてみて欲しい。

sk99 at 00:15コメント(0) 

2012年01月08日

フランスパンの物語。

飛ぶようにして、毎日が過ぎ去ってゆく。忘年会、新年会、毎晩飲みまくり、痛切に感じるのは、酒に弱くなったということだ。夜中まで飲むと、翌日夕方まで二日酔いが抜けないことが何度もあった。勿論、飲んでばかりいたわけでなはい。この2週間で100冊近い本を読んだ。この数字は途中で読むことを止めたせいである。大衆小説、時代に密接した推理小説などが、いかに時間によって風化してゆくのが早いかを思い知った。かつては、発売日を待つようにしてヨダレを垂らした本が、まったく面白くない。その内容は、私のようなプロの読み手には、最初の10ページで文章、全体像など殆ど全体像がわかるのである。面白い、面白くないは、当然年齢によって変わるのだが、その「年齢」と同時に「普遍的」な面白さを読み分けわけられないのでは、困る。
 勿論、年齢によって好きな歌、好きなタレント、好きな女性、好きな風景、好きな時間が変化するのは当然である。多くの人が自分の感性だけで、「最近、TVも雑誌の面白くなくなった」と感じるのは当たり前過ぎる。困るのは、自分だけが正しい時代や観察力を持っていると誤解する人が多いことである。当然、私もその例に漏れない。年末年始のTV番組が「まったく面白くない」と感じたなら、一つはTVの衰退を憂う。そして、もう一つは、自分の感性が錆びてきたと自覚する。まずは、90%の人が前者であり、残りの数%だけが自分の感性の濁り、錆び、時代との距離感を失った人々である。
 その一番良い例が「紅白歌合戦」である。中年以上の方は、その殆どがこの番組を見たいが為に、大晦日の仕事を繰り合わせて熱中したに違いない。そして、毎年毎年、「今年は面白くなかった」と感じるようになる。中年以上の方は(先日の紅白では)出演者の4分の1も知らなかったに違いない。それはTV番組のせいではない。自分の立場が理解出来ないだけである。そして、日本という国の大きなうねりが、その背後にある。かつて、「紅白」に出る歌手の8割は、多くの日本人が知っていたに違いない……などと綴りつつ、あまりに中身のない文章の羅列に自分で驚く。
 現在は深夜、或いは早朝に近い。従って、かなりのアルコールを飲酒しているのは当然である。だから、文章もだれている。TVドラマ「家政婦のミタ」の最終2回の余りの予定調和が情けないほど面白くなかったこと。元旦にこのマンションの警報機が狂ったように鳴り響いたこと、先程腹が減ったので、1時間ほどかけてスパゲティを作ったが、あまり旨くなかたこと、旅に飢えていること(思い出に浸れば、普通の人の数十倍旅してきた。ケアンズでパスポート、現金、クレジット・カード他、すべての盗難にあったこと。シドニーの手前で国道が不通になったこと、メルボルンの素晴らしい朝焼け、シカゴで乗る便が欠航になり、他社の飛行機に転乗するアナウンスを聞きそびれ、「すぐ離陸しまう」という報せで、死ぬほど走ったこと(シカゴの空港は、それほど広いのだ)。ニューヨークでローリング・ストーンズの取材に行った時、夜中の3時近く、飲み屋に行こうとして、強盗に出逢ったこと、まだ無名だったマライア・キャリーの初ライヴを見て取材した後、鮨屋で憧れのブリトニー・スペアーズに逢ったこと、ロンドンで現地のイギリス人の友人達と、コケインで狂いまくったこと、サンフランシスコで、ジェファーソン・エアプレインのライヴを見た時(当時のライヴではそれが普通だったが)マリファナを吸って、みんなに廻す習慣があった)極上のブツを吸ったこと。LAで、白人女性と初キッスをした時、相手から0000を握られて驚いたこと……ああ、書くのに疲れた)。
 とにかく最近一番数多く思い出すのは、CMで流れている大滝詠一の♪唇ツンと、とがらせて♪という曲を聴くたびに、高校時代つきあっていた女のこと(やっぱり、あの娘と結婚すればよかった!)。そうして最後に、2年程前に死んだゴールデン・リトリヴァーの「サラ」のことばかり思い出す。私の腕の中で死んだのだが、大型犬としては長生きの13歳だったから仕方ないとは思いつつ、いまだに涙が止まらない。だから今も「カヌー犬・ガクの生涯」と副題にある野田知佑氏の「ともに彷徨いてあり」という本を再読している。

sk99 at 04:25コメント(0) 

2011年12月27日

疑惑のディセンバー。

日本全国から豪雪の報せが届いているが、東京はその気配さえない。もし、雪が降れば……この部屋に越してきた初夏から決めている。雪を眼で肌で心で褒めながら、酒を飲む。これは大学生時代からの習いだが、赤ワインを飲みながらドストエフスキーを読む。これはフランツ・カフカに変わる場合もあるが、よほど忙しくなければ、その昔の例に習っている。3年前までは一軒家に住んでいたが、風呂の扉を開けると庭一面の雪であったことを思い出す。柚を湯に投げ込んで、その湯で日本酒の燗をつけて、眼で切り取った日本の冬の光景を胸に封じ込むのである。
 東京では初めて水面が凍ったというが、まるで現実感がない。しかし、私は待っている。音のすべてを吸い込んでふんわりと降る雪を。現在の家は、2階と3階がつながっている。この中で唯一の贅沢が風呂である。丸々一つのスペースで、3階の窓を開ければ、広がるのは空。この近辺は建坪率の条例で、高い家がない。だから、いくら風呂の窓を開け放っても、広がるのは2階建ての屋根。誰もこの風呂を覗くヤツはいない。いや、私は自分の裸が大好きなので、みんなに見て欲しいのだが、誰一人として、それを覗きたいと望む人はいない。サビシイ。
 ところで、五感に訴えるのが文章のあやだが、私は股間を公開するのが得意なので、売れないまま死んでゆくのである。お世話になりました。よくぞ、私のろくでもない文章を今まで読んで下さったと思う。学生時代から現在まで、他の仕事は一切せず筆一本で生きてきたのだから、いくらかはセンスもあったのだと思ったりもするが、先程食った辣韮(らっきょ)が胃の中で匂いを放って文章も正常を失っているのである。前田敦子さんは、現在のボブ・カット(と、言うのか?)になって、益々可愛くなった。その可愛らしさは、「プロでない」からこそ生まれるものであって、本当のアイドルなら到底通用する質の高さはない。それは、数十年にも渡り、アイドルを愛し、本物のアイドルに逢い、アイドルの話を書いてきた私が言うのだから間違いない。
 かといって彼女の可愛らしさは、30年程も前に流行った「隣の女の子」(aー girl- next door。例えば浅田美代子)的な愛らしさとも異なる。かといって、おにゃんこクラブとか、モーニング娘とか、似ているようで決定的に違うのである。その理由を知るには一冊の単行本が必要で、知りたい人は、その一冊を私に依頼するしかないのである。残念だが、私の原稿料は高い。「巧い、早い、高い!」
 さて、私は性格が、金の稼ぎが、愛想が悪いだけでなく酒癖も悪いので、忘年会に誘ってくれる人などいるわけもない。だから、この年末も3日に2日くらいしか忘年会(a year-end party)がない。淋しい。せっかく二日酔いになっても次の日に忘年会がないと「ああ、連日二日酔いでさあ。まいっちゃうよなあ」というボヤケにもリアリティが薄れる。箪笥一杯に「ソルマック」を備えていなければ、本当の忘年会マニアとは呼べないのである。「大正の漢方胃腸薬」も欲しいし、最近は「ウコン」も悪くない。しかし、30年に渡り、ありとあらゆる二日酔い薬を飲んできた私の体験の集結は「二日酔いに効く薬などあるはずもない」ということである。
 イギリスの作家が書いた「酒について」という本があった。吉行淳之介氏が訳したので記憶に鮮明だが、その中でも唯一の方法が述べてあって「(相手がいやがらない限り)思い切りSEXすること」。それが正しいと思う。「相手がいやがらない限り」というのが重要である。大抵はその酒の匂いに辟易していやがるはずである。もう一つ、源頼朝が説いたように(ホントかよ?)この季節、「柿を食う」のがもっとも効く。これは効く。ホントに効く。絶対効く。間違いない。必ず冷蔵庫にご用意を。
 まあ、実際、確かに、なんといっても、年末年始に必須であるのは、数十冊の本である。これをなくして空白の時間を埋めることは不可能である。これは、ハワイやグアムへ行く人にも共通する。最近は、つい忘れがちだが「スキン」も必要だな。いや、私のような老人でも「いざ、鎌倉」という機会(大チャンス)がないとも限らないので、これだけはお忘れなく。世界一薄いのが「日本のスキン」。ロシアへ行くときは「ストッキング(パンスト)」と「スキン」を持ってゆくと喜ばれる。主旨から外れたが、年末年始TVの「ヴァラエティ」ばかり見て時間を過ごすのは、本当に勿体ない。しかし、「BS」では、歴史、大自然、芸術の番組もあるので、これは絶対に要チェックである。
 ウサギは何も知らない。ライオンは漢字も知らない。キリンは、土下座も知らない。それは必要がないからだ。人間には分別が必要だ。人間には謙虚さが必要だ、12
月の人間にはボーナスが必要だ。それのどれ一つも備えていない私には、年越し蕎麦を食う権利さえない。金がないといえば、学生時代は「金がない」のが普通だった。今の学生さんには「わっからねえだろう」なあ。「駆け落ち」もわっからねえだろうなあ。「不倫」なら「わっかる」だろうなあ。地方から上京して東京の大学に入るという小説を読んでいて気づいたのは、何故「東京」だったのかということである。私は山口県出身の男なので、広島の大学、せいぜい関西の大学と思うのが普通だと思う(実際に、そうした同級生が多い)。しかし、私には「東京」しか頭になかった。何故だ!?
 ああ、ほうれん草、食いてえ!



sk99 at 02:29コメント(0) 

2011年12月03日

熊は蜂蜜大好きさ

クリスティーヌに首ったけ
リストみたいなピアニスト
ショパンだって顔負けさ
クリスティーヌにメロメロさ
いつだって薔薇の香り
金木犀よりいい匂い
クリスティーヌは最高さ
大金持ちの一人娘
ワインの香りよりデリケート
クリスティーヌとラヴラヴさ
あの娘は、町の人気者
誰もがみんなねらってる
クリスティーヌはイカシてる
あの娘は、まるでムービー・スター
宇宙で一番美しい
マドンナだって裸足で逃げる

お花ちゃんは最低さ
肥溜めの匂いがプンプンだ
猿より醜いその姿
お花ちゃんは変人だ
いつも裸で走ってる
お花ちゃんはウンコたれ
クサヤの匂いがしただけで
みんなが必死で逃げ回る
お花ちゃんは育ちが悪い
性格悪いし頭も悪い
お花ちゃんは嫌われ者さ
だってとっても貧乏人
電信柱にだって嫌われる
お花ちゃんはタコ八郎
いつもマリファナ吸っている
警察なんて屁でもない
お花ちゃんはクルクルパア
馬鹿痴愚魯鈍白内障
強姦されて死んじゃった


sk99 at 22:14コメント(0) 

2011年12月01日

家政婦のミタと源氏物語。

師走を眼前にして、私は汗びっしょりで白球を追っていた。11月30日、なんたる暑さ! 斜めに光る陽光は、その眩しさで私の視覚を遮るほどであった。しかし、お互いランナーを出しながらも「ゼロゼロ」で試合が進む中、絶対に(!)エラーは許されない。久しぶりにシビれるゲームだった。私はファーストを守っていたが、自分でも呆れるほどのナイス・キャッチを重ねた。残念なのは、最後の三遊間に放った強烈なゴロである。「抜けた!」。サヨナラ・タイムリーを信じた瞬間、相手ティームのサードが、そのグローブに白球を捉えた。見事な守備だった。ウチのティームは、半分が高校野球を経験した30歳代のプレイヤーであり、一番の最高年齢爺が私である。私は、長い長い間、草野球を続けてきたので、いまだに自分は「若手」であるという錯覚に陥る。味方の喝采を得たい、自分自身の充足が欲しい、その為に野球を続けてきた。私と同年代の仲間の多くは、肩がダメになった。足が痛い、ウィークデイの昼間に野球なんかやってる場合じゃなくなった、そして死んだ……色んな理由で一人、一人と脱落していった。
 このブログでは自画自賛のプレイばかり記しているが(爆笑して見逃しておくれ)攻走守、すべてに衰えを隠せないのは当然である。しかし、この夏を過ぎて再び覚醒し、打撃に守備に(ほんの少しだけ)過去の栄光が垣間見えるプレイが出来るようになった。何故だ? 自分に問いながらも自己満足に浸る。もし、DVDでプレイを見れば、自分でも脱力するほどヒドイことは分かり切っている。しかし、現在の自分に大切なのは「結果」だけである。ヒットを打ち、ファイン・プレイし、全力で走る。それがいかに滑稽な姿であろうが、それが一日の充足へと繋がる。
 殆どの人に、「現在の自分」が見えていないのではないかと察する。中年以降の人間は特に、ね。私の場合、一番強烈に感じるのは、雑誌を見た瞬間である。例えば、紀行を書く時、カメラマンは私が体験する風景を撮る。或いは何かを食べる瞬間の私を撮る。雑誌に掲載された姿が掲載される。例えば、今月の下関トラフグを食べる瞬間の自分を見て「どこのオヤジだろう?」と思う。もし、私であるなら「もっと若く、もっとええ男」であるに違いないのに。しかし、誰もが現実を認めざるを得ない。実に不愉快である。若い頃は、雑誌に掲載された自分に、自分でも「我ながらかっこええがな」と感じたりしたこともあったのだが。
 相撲の話に移ると、関脇の稀勢の里サンの大関昇格が決まった。一言でいえば「なんとツイてる」男だろうと思う。九州場所前から親方の鳴門親方(元横綱隆の里)の弟子に対する暴行疑惑が決定的(!)になっていた。そして、親方と一緒に弟子達を「可愛がっていた」として、彼の名前も挙がっていた。しかし、鳴門親方の突然の死に続き、九州場所で10勝を挙げた。とんでもない醜聞が、あっという間に「親方を敬愛してきた」正しい日本の相撲取りとして美談報道されている。なんとも久しぶりの日本人大関として、人気は急上昇するに違いない。相撲を愛する私も、それを期待する。しかし、なんとも見事な土俵際のうっちゃりではないか。これぞ天賦の運である。
 これに似た例が、フィギア・スケートの荒川静香さんであった。浅田真真央ちゃんが世界女王となった時の年齢が15歳。オリンピック出場には、あと数ヶ月出場資格に年齢が足りなかった。そこでチャンスを手にしたのが静香さんである。オリンピックに出場するのさえ凄かったのに、(当時は、予想もされなかった)優勝して、彼女の未来は輝くべきものとなった。現在では、あらゆるフィギア・スケートの解説で彼女を欠くことは不可能である。もし、真央ちゃんの年齢が足りていれば、出場は確定的であり、静香さんの出番はなかった。両者に思いが至るのは、生まれ持った「運」である。それに較べて、元柔道金メダリストさんの運の無さは、可哀想で、涙がちょちょ切れる。それまでの人生、2度の金メダルで「運」を使い果たしたのかも知れない。それにしても、相手の未成年女性とは「合意の上」のセクハラであったと語っているらしいが、当然、それが真実であるに違いない。セクハラで「ヤル」訳がない。相手も「望んだ」SEXであったろうと思う。ただ、ツイテいなかった。それが、彼のこれからの人生を決定した。想像するだに恐ろしい人生である。
 私に足りないのは「実力」と同時に「運」であった。な〜〜〜〜〜〜んにもない私は、こうして憂さを晴らすのであった。私は滅多にTVドラマを見ないが「家政婦のミタ」は、実に面白い。TVはなるべく見ないようにしたいのだが、今夜もNHK・BSプレミアムで、午前1時15分から「源氏物語」が放映されるので、眠るわけにはゆかない。

sk99 at 00:23コメント(0) 

2011年11月26日

「RANMARU」重版!

  物書きにとって、何が一番嬉しいか。
 まずは、原稿が雑誌に掲載されること。
 2番目に、単行本を出すこと。
 そして、最終的に一番嬉しいのは、その単行本が追加増刷、つまり、「重版」がかかることである。少年小説「RANMARU」(岩崎書店・刊)に重版がかかった。望ましいのは、更にTVドラマ化、映画化されること。最終的に望ましいのは「もうこれ以上、金はいらん」と言って死ぬことである。

sk99 at 21:32コメント(0) 

2011年11月24日

金木犀的思考。PART・7。

海の眺望が素晴らしい別荘である。目覚めると午前9時を過ぎていた。私はゆっくりと起き出して、「ああ、よく寝た」と呟いた。ベランダから彼女の声がする「おはよう」。そうだ、何もかもおはよう。今日はいい天気だ。ヨーロッパも南米もおはよう。火星も冥王星もおはよう。
 落語家の立川談志師匠が亡くなったという。最近書いた北杜夫さん、陳さん、そして談志さん。みんな家まで訪ねている。当時の談志さんの家は、けして立派ではないが、下町の匂いが漂っていたことを思い出す。赤塚不二夫さんは、飲み相手が欲しくて私を引き留めたが、談志さんは、一緒にミュージカル映画を見ようと引き留めた。当時は、レーザー・ディスクが開発される途上で、VHSの品揃えを遙かに超えていたので、映画好きは誰もが求めて購入していた(志村ケンさんの所蔵量は凄いらしい)。レーザー・ディスクは、様々な利点を含みながらも「レンタル禁止」の手法を誤り、静かに消えていった。しかし、談志師匠のコレクションは大したもので、特に(ミュージカルを主とした)アメリカ映画は、ヨダレが垂れそうなほど素晴らしかった。
 それはともかく、私が落語に興味を覚えたのは高校時代である。当時は多くの受験生がラジオを聴きながら勉強し、世の中からは「ながら族」と呼ばれた。私は音楽番組に加えて、落語番組もほとんど聴きまくっていた。同じクラスに、やはり落語に詳しいヤツがいて、番組があった次の日は、お互いに意見を交換しあった。他には誰もいない。彼と僕とが共有する、ある種の秘密な気持ちがあったのを思い出す。
 突然だが、ビートルズが解散した時、ポールとジョンの不仲説は、世界中に知られていた。そこでお互いが、相手を揶揄する曲を書いたが、思いついてポールの「サムピープル・ネヴァー・ノウズ」をCDラックから引き出した。初めて聴いたのは、京都の友人の部屋だった。あの頃は、女性ジャズ・シンガーののめり込んでいる時だった。私は金が無くなると、きまって京都大阪へ行っていた。贅沢な日常の費用を稼ぐ為だ。
 大学生時代の彼女は、「そんなの嘘に決まっている。関西に彼女がいるんでしょ?」と、いつもカンカンになって怒ったものだ。
 しかし、それは違う。立命館大学にいた故郷の友人と一緒にギャンブルに集中していた時期だ。私たち二人組は、勝ちに勝った。当たり前だと思っていた。二人が「本気」でやれば、なんだって出来ると。事実、大体一週間の滞在で、当分は遊べるだけの金額を得ていた。
 という所で、「あなたの風邪はどこから?」「お尻から」「そんなアナタに”便座ブロック”」。突然、ハヤシライスが食べたくなった。カレーライスが食べたい時には、ハヤシライスでも構わないのだが、ハヤシライスの時はカレーでは絶対我慢出来ないのである。或る人にはわかるが、或る人にはわからない。愛の素晴らしさをいくら説いてもわからない人にはわからない。しかし、わかっている人がわからない人より幸せかと説うなら、知っているのは、ラーメン屋の主人か、ゴンドウ鯨しかいないということになる。いくら鯖の味噌煮の缶詰を開けても、金木犀の香りはしない。いくら欲しても、朝顔の季節は過ぎてしまったのだ。

sk99 at 01:51コメント(1) 

2011年11月23日

男というもの。

毎晩、ウィスキーを飲んでいる。ということは私にとって、「ハードボイルド小説を読んでいる」とイクオールである。若い頃から一端はまったらよそ見が出来ないほどのめりこんでしまう。内藤陳さんじゃないけど「ハードボイルドだど!」。陳さんの「深夜プラスワン」という店は、ハードボイルド・ファンなら誰でも知っている飲み屋である。私はそれに加えて、陳さんのアパートにまで行ったことがある。部屋中がハードボイルド小説で埋まっていた。廊下からベッドまで見渡す限り本である。こたつが中心に置いてあって、坐るスペースだけが、ポコンと空いている。
 猛烈に羨ましくなった。朝から晩まで、新年から大晦日まで、ただひたすらハードボイルドに浸って生きる人生。深夜になったら、店に顔を出してハードボイルドの話をする。店が終わったら万年ベッドで本を読み、眠る。毎日がその繰り返し。「生き甲斐」のある人生である。原稿も書くが、すべてハードボイルドの話なので苦労はない。好きなオンナがいればつきあい、いなけりゃそれでもいい。少し生き方は異なるが、色川武大氏(阿佐田哲也)にも何か通じるものがあるような気がする。
 ハードボルドを読めば、ウィスキーなしではいられない。もちろんバーボンだっていい。この二つを別のアルコールと思っている人もいるようだが、同じウィスキーである。問題は、1980年頃だったかな。アメリカで「ボトル・イン・ボトル法」成立(少し表記が違うかも知れない)以降、突然バーボンが不味くなり始めた。これについては、また語る機会もあるかも知れない。ビールや焼酎の「酔い」と違い、ウィスキーの酔いは、どうしてもギャンブルと結びつく。ギャンブルの話もやがて語るだろうが、現在は一切足を洗った。
 そこで思い出すのは、昨日、まことに奇妙な出来事があった。草野球で連続ヒットを続け、みんなで飲んだ後、「ふっ」と思い、久しぶりにパチンコ屋へ入った(パチンコは、ギャンブルの範疇に入らない、チャチな遊びである)。
 よくパチンコ通の中では「お座り一発」という言葉を聞くが、まさにそれだった。こういうことは、パチンコをやっている人なら誰でも体験し、また傍の台に坐った人を見て、何度も「なんでやろ?」と思ったことがあるはずだ。ここまでなら、わざわざ書くほどのことでもないが、一発で出た台の球を全部飲まれて、他の台に移った。そこで「またしても!」。一発目のリーチで、確率変動へ突入。長い人生の中でも、まず滅多にはあり得ない現象である。
 ああ、そうだ。こんな話を書いている場合ではない。朝方までには、この小説を読み切りたい。

sk99 at 02:31コメント(0) 

2011年11月21日

紫陽花の季節を見失い駅弁を食べた話。

先程のタイトルで「Only」と書いたつもりが「Onjoy」となっていた。訂正。

sk99 at 02:11コメント(0) 

I'm Onjy Sleeping

昨日、14時間眠ったのにもっと眠りたい。
昨日、イヤになるほど酒を飲んだのにもっと呑みたい。
若い頃、毎日キミと逢ったのに別れた瞬間、もっと会いたいと思ったことを忘れない。

sk99 at 02:07コメント(0) 

2011年11月16日

「ノジュール」について。

私が2週間前に探訪した下関「トラフグの巻」(他、お取り寄せ鍋の数々)を書いたのは、「ノジュール」という雑誌である。創刊以来、色々とお世話になっているが、色んな読者に「本屋では見つからない」という疑問が多く寄せられたので、ご報告致します。この雑誌は、「JTBパブリッシング」で刊行されている定期契読の雑誌であって、ネット、或いは「0120−26−4747」にお電話を!次号では、私の食探訪と「お薦めお取り寄せ鍋」が紹介されます。

sk99 at 03:48コメント(0) 

2011年11月15日

糖質ゼロ「濃い味」。キリン・ビール。

えっ、何だって? 今日、サッカーやったんだって? 北朝鮮という国と闘って負けたんだって? しょうがないよなあ、昨日は入国審査で4時間もかかって、今日は最初からベンチ組のメンバーで試合やったったていうじゃない。監督はあれだな、北朝鮮には負けたっていいから、ティーム力の向上をはかったってやつだな。アジア最終予選も通過しているしな。
 えっ、何だって? 今日は、バレーボールはなかったんだって? その代わりプロ野球の日本シリーズがあってっていうじゃない。昔、「白いブランコ」って曲があったけど、中日の4番は「黒いブランコ」だもんな。まあ、中日は負けたっていうけど、いんじゃないの。面白いんじゃないの。終わったら落合さん、クビだっていうじゃない。日本一になってやめるってのもいいんじゃない。ただ、外国人宣教師がどう思うかってことだな。
 えっ、何だって? 日本シリーズは、視聴率10%を切るっていうじゃない。バレーボールに負けてるんだってな。俺が、バレーボール見てるせいかな。栗原恵選手が出てないのが残念だな。どうなってんだろうな。しかし、なんだな。最近、朝方は冷えてきたな。まっ、何だな。夏が暑けりゃ、冬は寒いわな。なんたって北半球だもんな。北極には白熊もいるっていうじゃない。元気ならいいけどな。問題は、中田カウスだな。そういや伸助はあれだな。芸能界復帰はもう芸能界復帰はないし、可哀想だけどいったん暴力団に関わったかたらには、これまで築いた虚名はもちろん、土地とかよ、ビルとかよ、財産とかよ、全部奪われて終わりだな。日本中、どこへ逃げたって暴力団からは逃げられないからよ。
 えっ、何だって? 俺は昨夜飲み始めたら止まらないで、朝のラジオ体操やってから寝たっていうじゃない。とんでもない野郎だよな。どうやら「ロト6」買ったってってよ。

sk99 at 22:30コメント(0) 

キック・オフ。

昨日は、久しぶりに2本もブログを書いた。暇だから。
今日は、サッカー、バレー・ボールと2試合連続のTV中継を見ることになる。暇だから。
 特にサッカーのVS北朝鮮のプレーは、試合前から、キム・イルソンスタジアムの観客席は超満員。応援方法も北朝鮮一色、うねりのような、マスゲームのような、宗教のような、まるで凶器のような声援、というより叫び(!)である。日本人の観客は、たった150人。究極のアウェイ。「絶対に勝つ!」そう思わない日本人はいないだろう。現在、試合開始前の「日の丸」が流れている。観客は、キーキーギャアギャア言いながら、聞こえるのを阻害し続ける。世界で唯一の礼儀を知らない国との闘いに負けは許されない。

sk99 at 16:02コメント(0) 

冬の口吻け。

さっき書いたばかりなのに、「ブログ投稿」に入ることが出来ず格闘すること2時間。やっと戻れたが「復元する」をクリックすると文字化けしている。やれやれ。
 深夜、娘からメールがあり「TVを見てくれ」という。これまで何度もヴィデオ・クリップとか、短いインタヴューとかは見ていたが、今回は「大特集!」だった。「冬スポ」」のCMに新曲の「WINTER KISS」が流れることになったという。「冬スポ」のCMからは、広瀬香美の「ロマンスの神様」以降、色々なヒット・ソングが生まれているという。作詞からレコーディング、ライヴまで網羅して、かなりドキドキした。
 先日、渋谷のライヴも珍しく「見に来て」というので、久しぶりに見ると、女性バック・ダンサーズ4人にDJの女性も加わって、初めての本格的ライヴだった。何百回(いや、何千回かな)世界中で、いろんなライヴを見てきたが(一応「音楽評論家」を名乗っていたので)特別な夜になった。先程、死について書いた直後にこんな話を記すのもワシらしいかなと思い、アイラ・モルトをもう一杯、二杯、三杯。
 「スウィート・リシャス」という女性デュオである。関係者の皆さん、よろしく。

sk99 at 03:14コメント(0) 

廻れロックンロール!

先週の土曜日、なんとも素敵なパーティーがあった。明治記念館という場所も凄いが、内容もタップリ。ゲストは、300人を越していたのではないかという大盛況。「6度の癌宣告で」と「6度の復活」を果たした長年の友、家康医師の大復活パーティである。彼の人生と癌との闘いを記した「癌!癌!ロックンロール」(産学社・刊)という単行本の発刊パーティー。皇族が使うような会場だが、宴はいきなりロック・バンドの空気を張り裂くような轟音で始まった。日本でも有数のギター・コレクター(特にPRSは、ハッキリと日本一であり、私のHPのの冒頭で私が持っているギターは、「秘?」千万円で取引される)である家康医師の即席バンドである。大枝医師、女医でもあるヴォーカリストのハルちゃん、「ホール・ロッタ・ラヴ」を叫ぶように歌い始めたのは、紛いもなくヨネちゃんではないか。ヨネちゃんは、プロ顔負けのギタリストであると同時に、ビートたけしサンの子分でもある。
 なぜ私が入っていないのか、人は不思議に思うだろうが「伊丹さんに頼むと3百万円払えといわれるから」とは、家康医師の述懐である。まあ、私の「相場」は、そんなもんだろう。立席には、いろんなボードが立ててあり、私と弟子の音楽評論家保科は、「ロック狂」と書かれた席で乾杯した。注目すべきは、料理である。私もいろんなパーティーへ顔を出すが、これほど満足度の高い料理は珍しい。少食の私としては珍しく3回もお代わりした。ビール、ワイン、ウィスキー、なんでもござれで飲みまくる。普通なら会費に添えて5万円位支払うが、貧乏人の我らは招待状に甘えて一銭も支払わず。なんとも世間知らず、いや知ってて払わないのだから、更にタチが悪い。二次会のワイン店乱入で、癌ガンの盛り上がり。
 医師とのつきあいは、30年にもなろうか。まだ医学生だった医師が、いつもウチへ来て食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、新宿、六本木、青山、怖い物なしで暴れ回ったのである。新しい彼女が出来る度に連れてきて、私が判定するのである。なかなか私の「お許し」は出なかったが、初めて「ヨシ、彼女と一緒になれ」と薦めたのが現在の奥さんであり、結果としてなんとも愛らしい娘さんも産まれた。

 私が癌という病気について深く考察するのは、こうした情況があるせいでもある。50歳を越えてから「死」について考えない日は一日もない。言葉でいえば、もっとも私を魅するのは、空海の臨終の言葉である。「生まれ生まれ生まれ産まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し」。日本を代表する仏教博士の私が訳すとすれば「あの世は、この世と同じようなものなのだ。これでいいのだ。人間生まれたからには、誰もが死ぬのだ。これでいいのだ。産まれる時も死ぬ時も暗い冥いCRY。
 「生きることの輝き」の中で、眩しいほどの笑顔を浮かべている家康医師よ、生きろ、生きろ、生きるべし。そこで、私の現在最大の望みは、「死」である。死んだらどんなに気持ちがいいだろう。死の世界ほど素晴らしいものが他にあるだろうか。一度でいいから死んでみたい。ああ、待ち遠しい。友人にはけして死んで欲しくない。しかし、自分は死んでみたい。この矛盾の中で陽はまた登り、人生はロックンロール。観覧車のように、登っては下る。まわれ回れ廻れロックンロール。

sk99 at 00:04コメント(1) 

2011年11月05日

河豚松茸ミステリー・ツアー。

   下関で河豚、岩国で松茸、京都で焼き肉とキムチ、いやあ「旨い物嫌い」な私にとっては、なんともツライ旅であった。まずは、新幹線で下関を急襲。河豚の水揚げ港のすぐ横にある「ふく楽舎」で、海を眺めながら河豚のフルコース。河豚は当然トラフグである。刺身、炙り(たたき)、皮、見事な模様を描く皿から、バサバサッと10枚程の刺身をグリンと巻き込むように箸にからめ、一気に口に放り込む。これぞ河豚刺しの食べ方である。一枚二枚とチョボチョボ食う輩は、ど素人である。幼い頃から、河豚を食いまくって育った私は特別にゴチソーとは思わないのである。やや「堅い」と感じる歯触り、これぞトラフグの醍醐味である。唐揚げ、煮こごり、そしてチリ鍋と進むあたりで、ビールからヒレ酒にチェンジ。素人は知らないだろうが、「白いヒレ」が一番旨いのである。雑炊で仕上げるあたりで一挙に幸福感が襲ってきた。久しぶりの東京脱出をジンジンと身体中が喜んでいるのであった。
 翌日は一人「こだま」に乗り、下関から故郷岩国へと移動。吉村よっちゃんがいつもの笑顔、いつもの巨体で迎えてくれる。いろんな懐かしい場所を巡りながらのドライヴ。心の皺が伸びてゆく。墓掃除に励むと、11月だというのに眩しいほどの陽光で汗ビッショリとなる。
 ここ10年ほどは、帰郷すれば幼な友達、平田清美の家で宴会をするのが慣わしとなっている。「お前は、はあ一年くらい帰らんかったのう。みなでアイツは若いオンナでも捕まえて遊び廻っちょるんじゃないかちゅうて噂しよったんど」。下関土産の河豚に加えて、松茸の登場。私は子供の頃から、自分の山へ松茸を採りに通ったくらいで、特別なゴチソーではない。しかし、旨い。秋を感じるにはこの香りがなければならない。
 田舎に帰ると必ず行く店があって、それが日本一旨い「末広ラーメン」である。今回も駅前と、新幹線近くの支店の2つで食ったが、溜息をつくほど旨い。東京への宅配を頼んで「のぞみ」に乗った(ウチの娘も、このラーメン(いや、中華そば)の大ファンなのである)。
 京都で私を待ち受けるのは、子分のテツである。商売も順調なようで、店も4つ目を出すという。今年の初頭だったろうか。彼の店に、映画女優のジュリア・ロバーツが食べに来たという。子分が成功してゆくのを眺めているのは、なかなかに嬉しい。テツが私を連行したのは「あじめ」という焼き肉屋さん。旨い。ただひたすらに食べ続ける。ふっと気になった。他の客が来ない。何故だ? その理由は実は休日なのだが、ご主人が私のファンであって、わざわざ招いてくれたのだという。なんとも嬉しい。この店で出すキムチが天下無敵であって、翌日は、お姉さんの辛英錦さんが作る小さな「キムチ工場」を訪問した。実が、その前に送って貰ったキムチを食べ、あまりの美味しさに絶句したのである。詳しくは、12月10日発売の「ビッグ・コミック」のお取り寄せコラムを読んで頂きたい。
 なんとも痛快な旅から帰京し、いきなり祐天寺のご隠居の自宅で「松茸パーティ」。よっちゃんが採っておいてくれた松茸を味わおうではないかという会であある。ここで私は再び「旨い物嫌い」な私は、いやいやながら松茸ご飯を堪能したのであった。会の間にどんどん客が増えて、会は午前2時に及んだ。ご隠居の奥様には、いつもいつもご迷惑をかけるが、感謝。
 宅配された京都キムチと岩国中華そばで、今夜も狭いながらも楽しい我が家。あとは、ただひたすら眠るだけ。最近、眠るのがこんなに気持ちいいものかと惚れ直し、寝まくっているのである。

sk99 at 21:19コメント(0) 

2011年10月28日

フランク永井。

私が複数の暴力団と交友があると、複数の雑誌で噂されている大物文筆家の伊丹由宇である。先日も警察に自転車泥棒他複数の容疑で尋問されたが否認、妾の女性も避妊しているという。爽やかな秋晴れの午後、せこいパチンコで負けて号泣している様子を「フライデー」に盗撮され、「有楽町で逢いましょう」という歌をうたいながら、法善寺横町方面へ去っていったという。なお同容疑者には、リヤカー盗難の嫌疑もあり、県議に泣きついているという。おまけにグリコのおまけを万引きし、払うべき料金をおまけしてもらった容疑もかかっているというから、吉本の中田カウス以上の悪であるとTPPの論議にも関わっている。なお、砂糖大根から塩を作り、ホースラディッシュから芥子を作ったことも「文藝春秋」で告白している。更に現代の日本に禁酒法が敷かれていることを百も承知千も合点しているにもかかわらず、韓国から密輸されたジンロをアル・カポネから購入、馬鹿酔いしながら「次の大阪市長選に出馬するでえ!」と語った。以上ロイター通信からのレポートでした。

sk99 at 21:20コメント(1) 

2011年10月26日

秋晴れの日々。

  作家の北杜夫さんが亡くなった。代表作である「どくとるマンボウ」シリーズは、高校時代からほぼリアル・タイムで愛読し、その影響は果てしなく大きい。ああしたタイプのユーモアは、それまでの日本になかったものだ。毎回毎回、ヨダレを垂らすようにして読んだ。「ずっと終わらなければどんなにいいだろう」と思いつつ、残ったページが少なくなるのを惜しむようにのめり込んだ。エッセイは勿論だが、代表作とされる「楡家の人々」は、日本戦後文学の中でも「もっとも小説らしい小説」であると思う。それに並ぶのは、開高健氏の「夏の闇」くらいではなかろうか。
 思えば、学生時代は純文学雑誌を含め、時代の顔となる小説の殆どを出版される翌日には読み終えていた。実際、1年に500冊平均で読んでいた。あれほど新宿に通いながら、よくそんな時間があったものだと思う。一つには、「部屋にTVを置かない」という不文律を守ったせいであろうか。大学時代は学校より、新宿のゴーゴー・スナックであらゆる「クスリ」に浸りながらオンナをくどいていて、それ以外は本ばかり読んでいた。
 北さんの家には一度伺ったことがある。場所は、梅ヶ丘だった。ごく平均的な大きさの家だった。1時間ほど話を伺い、サイン本を頂いて帰宅したが、大失敗。インタヴューを録音したレコーダーを明くる日に取りに伺った思い出は忘れられない。「キミは、おっちょこちょいだね」と言われて、褒められた気がした。
 さて、ブログは怠け続けているが、一番嬉しかったのは家康医師と飲んだことだ。6度目の手術の後だったので酒は飲めなかったが(最近はもう飲んでいるらしい)ウーロン茶で、大いに盛り上がった。流動食くらいしか食べられないと予測していたが、普通のメニューをワシの3倍も食いよった。11月には「癌の闘病記」である「癌・癌・ロックンロール」という単行本を出版予定である。
 最近、またまた草野球にハマっている。3試合連続で2安打2打点を記録しているが、一日中打った瞬間の手応え、フラッシュのように光る残像、それだけでたっぷりといい気分を味わえる。現在の嬉しい予定は、本場下関へのトラフグ食いまくり旅である。

sk99 at 23:19コメント(0) 

2011年10月06日

『なぜ日本人だけが喜んで生卵を食べるのか』

変なタイトルだが、これは1年ぶりの私の書き下ろし新書のタイトルである。
出版社は、「ワニブックス【PLUS】新書」
10月8日出版なので、明日の7日には本屋に並ぶかと思う。
目指せ、ミリオン・セラー。

「今年こそ!」と思われていたボブ・ディランの「ノーベル賞受賞」は、またまた延期になった。

sk99 at 23:45コメント(0) 

2011年09月30日

野球場のベンチへ連れてって。

マリナーズのイチロー選手が、184安打で今シーズンを終了した。200安打は達成出来なかったが「ちょっとホッとした」というコメントに安堵した。彼は日本の誇りである。特別中の特別である。アメリカに「KOOL=COOL JAPAN」というイメージを広めたことは、いくら褒め称えても足りないほどだ。バッターとしてだけじゃない、この年齢でいまだに40盗塁を記録する脚力。そして、名物レーザー・ビーム。彼は、本場アメリカの野球観さえ変えたのである。アメリカへ移籍した時の細い身体と気の弱そうな顔を見て、誰が今日のイチローを想像しただろう。
 あまりにもフィールドが広い(つまり、何をやっても駄目な)私の一つの顔が野球レポーターである。だからイチローが成長する姿もずっと眺めてきた。宮古島のキャンプも何度か見たが、イチローの実力は、当時から恐るべきものだった。トス・バッティングをネット裏の2〜3メートル前で直接見ると、イチローが如何に卓越していたかが、素人でさえ理解したに違いない。他の選手はボールを打つ度に、自分のフォームを変えることでボールに対応していた。しかし、イチローは、まったく違った。どんなボールが来ようが「身体の軸」が微塵も動じないのである。それは、スポーツを越えて芸術の域にさえ達していた。不可思議なのは、天才とも違うし、努力の人とも異なる。彼は、高校時代は、フツーの高校球児に過ぎなかった。仰木監督との出逢いも幸運だった。彼を形容するには「プロフェッショナル」。これに尽きる。
 私が遭遇した、もう一人の「プロフェッシェナル」が、落合選手だった。最初に逢ったのは、初めて三冠王をとった直後だった。いまはなき川崎球場のベンチ裏だった。最初は30分という時間が限られていたが、何を気にいってくれたか、
「これからマッサージするから、もう少し話をしようか?」
 と切り出され、マッサージ中の1時間半に話してくれた内容は、私を十二分に満足させてくれた。落合選手は、間違いなく「野球をわかっている男」として私を認知してくれた後で、真実を垣間見せてくれた。私は、溜息をついた。これが「プロ」か、これが「プロ」なのか。
 落合選手の話してくれた技術が頭にあった翌日、私は草野球でホームランを打った。巨人軍でマムシと呼ばれた柳田選手が経営する店に取材に行った時は、本当にバットを持って、手足を指南され、その翌日もホームランを打った。しかし、悲しいかな。ド素人の私は、次の試合ではつかんだと思った”何か”を忘れているのだった。
 身体的に一番優れていると思ったのが、福留選手である。取材の時、向こうから歩いてくる姿を見て、まさに理想的な選手とさえ思った。結論からいえば、アメリカへ渡らないで日本でプレイすべきだった。
 今年のプロ野球で、一番凄いと思うのは、西武の中村「おかわりクン」である。飛ばないボール、広くなったストライク・ゾーン、そんなものなどもろともせず、40本を遙かにこえて打ち続けている(今夜で43本)。TVで見る限り、そのスウィングは驚くほどゆっくりとしている。まるでスロー・モーションを見ているようにさえ思える。ところが「飛ぶ」んだな、これが。こういう選手は、滅多にはいない。おそらく西鉄で「怪童」と呼ばれた中西太選手以来ではないか。今も伝説として語らせる中西選手のホームランは、ショート・ライナーと誰もが思った打球が、遙かセンターを越えて、ボードを直撃したというのである。
 最近の巨人軍のゲームを見ていると、「野球が変わった」ことを痛感する。試合が終わり残像として残るのは、鈴木選手や藤村選手の「快足」である。足が早いのはなんと素敵なことだろう。彼らのベース・ランニングを見ていると、爽快な「野球の本質」を見るような気がする。つまり、ラミネス選手は、今シーズンでクビということだ。「打てない」のも理由の一つだが、なんといっても「守備」がおぼつかないからだ。阪神の「アニキ」も、実に難しい立場に立たされている。
 中日のブランコは「黒いブランコ」だが、なぜか日本の音楽史上に残るのは「白いブランコ」なのであった。

sk99 at 00:29コメント(0) 

2011年09月28日

赤トンボ、舞うを見た。

   昼間は眩しいほどの陽光だった。しかし、草野球のグラウンドには赤トンボが嬉しそうに群れ飛んでいた。その歳でまだ野球やっとんのかと野次が飛んで来そうだが、これでも今日も2打点の活躍。まだまだ全力で走れるよ(呆れるほど遅いけど)。この体力の強さは、やっぱり子供の頃から野山を走り回っていたからだろうな。昨日、寝る前に思い出したが、小学生の頃から相撲で負けたことは、まったく記憶にない。昔は、いろんな町で子供相撲が盛んで、景品欲しさに近所の相撲大会には必ず参加した。今でも思い出すのは、小学生なのに60圓發△訌蠎蠅鯏蠅家瑤个靴唇貔錣任△襦
 そうだ、自慢するつもりではなかった。実に、実に久しぶりに心の底から応援しようという相撲取りが出現した。日本人としては4年ぶりに大関昇進が決まった琴奨菊である。がぶり寄りの相撲は、見ているだけで爽快だ。場所後、いろんなインタヴューをTV番組で見たが、性格も素晴らしい。これほど爽やかな相撲取りが出現したことは、新しい相撲界を垣間見る気分である。幼少時代、手に汗を握りながら相撲を見ていた。久しく忘れていた興奮が自分を包む。
 現在、一番心配なのはI医師の手術経過である。幸い、FBやミクシーで様態を知らせてくれるので救われる。無力な自分に出来ることは「祈る」ことしかないことを知る。念力を、パワーを送る。ヨーガで鍛えた私の魔力は想像を超えている。では、再び想念の世界へと戻る。

sk99 at 22:30コメント(0) 

2011年09月24日

台風の日には、コロッケを食べる。

 打ちのめされた。ブログなんか書く気力さえ失うほど、打ちのめされた。「コレ」を事実だと受け取るために時間が必要だった。そして、結論として、事実は事実として受け止める。「コレ」以外に、コレから脱却する方法などあるはずもない。

 今日、ミューなことに気づいた。私は人が思うよりずっと綺麗好きで、毎晩風呂に入らぬ日はない。風呂に入るたびに、風呂を出ねばならないことに気づく。出たら出たで、パンツをはきかえる。今日は、ここで”ビビッ”と来たのである。ちょいと前までは、
(今夜もええオナゴで出逢って、パンツが重要な装備になる可能性がある。だから、パンツもちょいとお洒落をせねば………)
 と思いつつ、パンツをはいていた。ところが、今夜突然気づいたのは、
(今夜もパンツをはきかえるのは、トシをとったのでせめてパンツくらいは、小綺麗にしなければ………)
 そこまではいい。問題は次である。
(もしかして喧嘩や交通事故にあって、パンツが汚いとまずい。いや、突然ひっくりかえって死んだ場合、パンツが汚いのはまずい)
 いつの間にか(!)パンツと今夜の行動についての準備する心が変化していたのである。勿論、「いざ鎌倉!」という志を忘れたわけではないが、ここ数年「そういうチャンス」に恵まれないことを思い知った。人生の仕組みを知ったようにも思った。あとは悟るだけである。悟るとは、帰りのない一本道である。

 話はガラッと変わる。私は自慢ではないか数学とマラソンが大の苦手である。興味は深いのだが、科学にも弱い。そこで誰かに教えて欲しいのは(ここから真面目な話になるが)太平洋戦争の最後に広島と長崎に原子爆弾が投下された。その時、
「もう広島には、10年、いや50年以上にも渡り、草も木も生えないだろう」
 と言われ、皆もそう思った。私は広島に近い町で育ったので、その話は何度も何度も聞いた。大人達は原子爆弾を「ピカドン」と呼んでいた。「ピカッと光った瞬間、ドンと音がして広島方向に巨大なキノコ雲が立ち上った」というのである。
 そこで、考える。あれほどの爆弾を受けても、広島も長崎もすぐに復旧した。だのに、福島原発においては、未だに大きな危機を抱え続けている。運動場や土、更には魚や米、野菜まで汚染されている。原子爆弾よりたちが悪い。この汚染の違いは、どう解釈したらよいのだろう?
 酔っぱらったので、ふざけたブログの中に、こういう大問題を引き出してしまった。しかし、……不思議である。

 先日、東京では滅多にないほどの大型台風が吹き荒れた。災害地の方には申し訳ないと思いながら、胸がドキドキした。少年の日、台風が遙か向こうの田園からやってくると、アドレナリンが身体中を巡った。台風のもう一つの喜びは、去った後の川であり、海である。先日も陶芸家の矢野孝徳氏とも盃を交わしながら話し合ったが、魚が異様なほど獲れるのである。台風の直後、魚が避難していた場所を攻撃すると、面白いように魚が獲れる。こうしたヨロコビは、年齢を重ねるほどに鮮やかに蘇り、もう二度と少年の日は戻らないのだと痛感する。

 ウッと思って(小さな音だけで画面を流している)TVを見ると、またウチの娘が出ていた。別に出演予定を尋ねているわけではないのだが、不思議と遭遇するのである。
 この夏は、気が触れたかと思うほどビールを飲んだが、それは現在も変わらない。昨日は朝から飲んだ。今日は昼から飲んだ。「私は大酒飲みですが、昼酒だけはしません」と威張っていたのが、昨日のことのように思われる。まあ、残る命は長くない。飲みたいだけ飲んで、来世にはまたあの少年の胸の鼓動に生き返りたいものだ。
 最近のTVで一番よかったのは「開高健御大」の釣り哲学であった。NHKのEテレはエライ!。
 最後に問題。今日のタイトルは何を意味するかわかりますか?

sk99 at 03:22コメント(0) 

2011年09月06日

軽い訂正。

 先日書いたブログの件で、一つ修正。
あの時は、娘の友人知人がこのブログを読んでいるのを知って書かなくなったという風に受け取られる文章を書いたが、それは違う。
 娘がレコーディング中に、なんやかんや言っている内に俺のブログの話になり、レコーディング・スタッフのみんなが読んで「アンタの父さん、凄いなあ!」とハマって、大笑いしながら読んでいる光景を、娘が「みんな、凄い盛り上がってるよ」と笑いながらメッセージを送ってきたというのが正解で、俺がぶっ飛んでいるのは事実だから、大笑いしてくれればそれでいいのだ。みなさん、これからもキチガイ丸出しのブログを書くので、暇な時は思い出して読んでおくれ。
それにしても、ゴールデン・リトリヴァーが飼いたくて仕方ない。外を歩く度に13歳で亡くなった愛犬のことばかり考える。今、俺のベッドの傍で眠っていてくれればどんなに嬉しいだろう。

sk99 at 03:30コメント(0) 

寿司。

夜中に本を読みながら、つけっぱなしのTVを眺めると、コミック・アニメが流れていて、あまりの面白さにひきこまれてしまった。どうやら「日常」というのが題名らしいのだが、それを調べていて、3チャンネルが「tvk」であり、ウチのTVで受信出来るいうのも初めて知った。単行本があるのなら、誰か教えて欲しい。それからチャンネルを変えると「あんぱんまん」の、やなせたかしさんが出演していた。あの漫画、70歳(!)の時にヒットしたのだという。知らんかった。92歳だというが矍鑠たるもんだ。いやあ、世の中ワシが知らんこともあるのだなあ。
 なんか突然、無花果(いちじく)が食べたくなった。田舎の家の裏に大きな無花果の樹があったのを思い出す。多分、昔の体内時計がまだワシの脳の中にあり、季節になると自然に食べたくなるのだろう。ワシの家は高台にあり、ずっと下の方に川が流れていて、台風の時に洪水を見るスリルが忘れられない。台風の時は、なんか胸がドキドキした。今回の紀伊半島を襲った台風の被害を見ると、こういうことを書くのは憚られるが、少年の頃は台風が大好きだった。
 こうした被害を見ると、台風による降雨量が異常だったのは確かだろうが、個人的には、まずダムの問題(ワシは、ダムという自然破壊を死ぬほど憎んでいる)。2番目に森の手入れをしていないので「保水力」が落ちていることも大きな理由に違いないと思う。本来の森の保水力というのは大したもので、昔は大抵の洪水を防いでいた。
 そういえば、女子サッカーのアジア予選があり、3戦連勝した。眺めていてなんかすごい不思議な気がした。開催地の中国やサッカーの盛んな韓国も、大会が開催されえいるのも知らない人が多いという。思えば、我らもついこの前までそうだったのではないか。あまりにも頻繁に「なでしこジャパン」がTVに出たので、つい知り合いみたいな気がしている人も多いのでは。そして、去年までの「なでしこジャパン」に詳しい人は、日本人口の何%いただろう。
 中国や韓国の人たちの意見は「サッカーは強い男がやる競技。女性がやってもなんも面白いくない」。正論である。今日の試合を見ていても、あまりの技術的な技量が低いので、逆にそれが新鮮だった。中学高校の頃やっていたワシらのゲームを思い出した。まあ、なにはともあれ、日本が勝つと愉快である。安い焼酎も旨く感じる。
 今日は、こうした下らない話をしてきたが、これは「頭が冴える」のを防ぐためである。このまま、ダラーっと寝て、明日は昼酒でも飲むか。あまりにも長い間、脳が緊張状態を続けていたので、原稿が終わっても「ぼわーっ」としたままなのである。
 いやはや、ブログを開始して初めて「フツーの人」が書くようなブログを書いた気がする。

sk99 at 02:42コメント(0) 

2011年09月05日

書かない理由。

丸10日間、机の前に座ったまま、それだけである(それも座り机である)。
かつて、小説家の吉行淳之介さんが
「肉体労働や、一日走り回る営業の仕事が出来ますか?」と問われた時の答えが秀逸であった。吉行さんは答えたのです。
「それは出来ませんが、あなた達に1週間、朝から晩まで、或るは徹夜をしながら、机の前に座っていることは出来ますか?」
 と答えたのである。質問者は、いずれも「それだけは勘弁を」と言ったという。文章を書きながら、ちょっとした事実にひっかって、文章よりそっちを調べ初めて半日かかるなんでザラ。おまけに資料を集める時の面倒臭さは通常ではない。最初は、勿論使えると思って膨大な資料を集めるのである。しかし、やがて資料と資料が喧嘩し始め、どうにもこうにもならなくなる。
 原稿が終わってもないのに、こういうことを書くのはイケナイことだ。
 私はこのブログで自分の家庭環境については、何も書かないつもりでいたし、そうやってきたと思っていたが、どこかで漏れて、娘の友人知人が読むようになったということで、一挙に書くのがシンドくなった。単行本にする為に書き始めたのに、今やブログは暴走し始めている。

sk99 at 03:27コメント(0) 

2011年08月28日

よしなしごと。

気づかなかった。花火の音である。あれは、打ち上げた時、自然に出る音だと思っていた。ところが、あの音は打ち上げる瞬間を盛り上げるために「わざわざ音を」作っているらしい。これって、気づかなかったのは私だけであろうか。もう一つ思うのは、あの花火が夜空に貼り付いたままだとどうなるのか。世界中で今まで打ち上げた花火で埋め尽くされ、ギンギラギンで、夜もとても眠れないだろう。そういえば、「ギンギラギン」で思い出したが、この近藤さんの歌に歌詞をつけた小説家のイジュウインさんは、「30分で書いたのに、2億円印税があった」と言う思い出である。私も作詞家として何曲か出したか忘れたが、自信を持って、大ヒットは一つもないと断言出来る。まあ、嘘なんしょ?
 この夏は軽井沢だけで終わった感じで、みょうに寂しい。そこで(関係ないか)、秋刀魚を食べにいった。なんせ、もう一週間も書き下ろし新書の為に「自主缶詰」となり、どこにも飲みに行っていないのである。これは滅多にはないことである。しかし、書きながら(いや、資料を調べながら)ビールを飲む癖は今までまかったものである。少し書いては倒れ、少し書いては倒れる。我ながら爺臭いとは思うが、昔は2〜3日で一冊書き下ろしたこともある。オンナを泣かせたこともある。鶯鳴かせたこともある。犬に吠えられ逃げたこともある。
 まったく醜悪な民主党党首選挙にはウンザリさせられるが、前原氏には(原発問題を優先して、」次に)ロシア、韓国、中国の領土問題には、強く激しく徹底的に対応して頂きたい。ほんま、領土問題を第一として、日本の国際的な弱気には、まったく恥を知れといいたい。言葉じゃなくて、実行しろよ。自分の領地に他人が住んでいるのだから、闘争しないのは、ただの馬鹿である。ホリキタマキに交渉させろよ。
 シマダシンスケさんは、半分警察にハメられたね。暴力団関係と薬関係は、何度も何度も繰り返さられてきた「見せしめ」である。大麻で一挙に逮捕されるのと同様、10月に挙行される新しい暴力団へのシメツケの第1弾である。もう2〜3人やられるかもしれない。潔い引退と思われた引退声明の直後(!)に警察が出してきた写真と自筆の手紙。シンスケ氏は、それを知らなかったようだ。なんせ6年前〜12年前(?)のものが一挙に出た。これは絶対に偶然ではない 関東に人にはわからないかも知れないが、関西における暴力団の結びつきは、事情が違う。
 私は、演歌の歌詞も書いていたので、色んな極道のありかたとつきあいも見てきた。ヤクザ映画にもよくあるが、「その筋」の人は見れば「一見で!」分かるし、そのトップと飲みに誘われると、未知の空間に思え。彼らは、芸能界に深い関わりを持ち、自分でタレントを有名にしたいのである。
 飲みに行くと、飲みながらの話の面白いこと。そういう所で、嘘を言う人はいない。色んなプロダクションの社長を飲んで来たが、最も印象が強いのは、某韓国人社長との飲み会である。「嘘だろ!」という強力な話も、その後大抵は本当だと思った話も沢山ある。社長の面白話は、貫禄がちぎっていた。私は芸人でもないし、何をどう書こうが勝手だが、その時代、そのあり方、そのシステム、その情報を知ることは、なんともスリリングであった。けして、世間に流す情報ではない。
「ほんまですか!?」。ひたすら面白いと言っていれば、いいことである。そんな話を面白がる自分を「ゲス」だったと思った時もあったし、「これは小説に使える」と思ってこともある。
 ここんとこ、「世界柔道」と「世界陸上」があるので、寝る暇さえない。



sk99 at 01:59コメント(0) 

2011年08月14日

いつだって馬鹿。

自分で笑った。「終決」を「集結」などと……。
間抜けな顔をして「AKB特集」というTV番組を見ていたら、一番肝心な1位のヒトが出ていなくて……また、「色川武大再纏め読み」の態勢に入る。


sk99 at 22:42コメント(0) 

自慢話の集結。

その時、私の肩は(変則カーヴの投げ過ぎで)ボロボロになっていたのでした。終わり。

sk99 at 21:52コメント(0) 

真夏の記憶。

  たまには時事的コラムでも書くか。まずは「スポーツ新聞」という存在である。食堂にでも置いてあれば読むが、契約してまで読もうとは思わない、というのが普通の意見かなと思う。TVはまだしもネットの普及でスポーツの結果を知るのは簡単なので、部数は減少しているに違いない。しかし、私のようなマニアになると毎日読まずにはいられない。
 本日、「これぞスポーツ新聞の真髄」と思ったのが、「スポーツ報知」を飾った巨人軍長野選手の記事である。6日前の対広島戦で頭部にデッド・ボールを受け、左頬骨にヒビが入ったが、見事復活。勝ち越しの三塁打を放った。この記事で初めて知ったのが、死球を受けた時のこと。私も実況で見ていたが、まったく動かないのでかなりの重傷ではないかと心配した。しかし、タンカで運ばれる時には少し意識が戻り、運ばれる最中「大丈夫です。今村君にもそう伝えて下さい」と告げたという。
 「今村君」というのは、死球を投げた相手ティームの投手である。ああいう状態の時、そこまでの心配りが出来るとは、なんとも大した男だなと感動した。こういう情報は、やはりスポーツ新聞でないと知り得ないかなと思う。
 しかし、通常スポーツ新聞の半分は、競馬の記事である。私のように競馬をしない、いや止めた男にとっては全くの価値がない。そこで思うのは、スポーツに関心を持つ読者のどのくらいの割合で、競馬情報を欲しがる人がるのかという疑問である。競馬記事は、ページを埋めるには、なんとも楽な作業だと思う。そして、それはスポーツ新聞に限らず、「夕刊フジ」などの夕刊紙にも言える。週末ともなると、普通の記事より競馬のページの方が多く、競馬をやらない人間には大損をこいた気分にもなろうというものだ。
 もう一つ不思議なことは、芸能記事である。スポーツ新聞の読者の大半はオッサンだと思われるが、芸能記事の殆どは「若い読者向き」なものばかりである。興味を持つのは、10代後半から大学生あたりではないか。かといって、オッサンオバサン向きの芸能時期を作るのは大変である。内部事情を察するに、芸能欄記事の殆どは「売り込み」で作られている。「取材する」のではなく、宣伝費を頂いて掲載してあげる、のである。
 思い出すのは、アメリカの(メキシコに接する)エルパソへ出掛け、或るアイドルの卵のステージを見るという企画があった時のことだ。総勢20人位はいただろうか。旅の取材は断ったことがない私は、浮き浮きと便乗した。一番の思い出は、初めてゴルフをやったことだ。初めてなのに126というスコアは悪くないと思う。もう一つの思い出は、現地の人間の時間に対する感覚である。或るレストランに入り、みんなで(時間がなかったのですぐ出来るだろうと思われる)ステーキをオーダーした。
 注文して30分……1時間。みんなキレそうになっていたが、結局出てきたのは2時間後という嘘のような話である。従業員は、「アイム・ソーリ、髭ソーリ、中曽根ソーリ」と言っていた(というのは嘘で)まったく遅れたことを意に介さない態度であった。メキシコといえば、道端で彫刻を売っていた老人が、私の顔を見て、彫刻を指さしながら
「ひだりじんごろ、しだりじんごろ!」
 と訴えていた。嘘じゃない。本当である。「左甚五郎……なるほど」。一体何処の誰が教えたか知らないが、なんとも愉快である。そこで、メキシコのカクテルは、丸刈りータ……いかがでしょ?
 肝心のシンガーのライヴだが、村のお祭りに飛び入りして数曲歌っただけである。帰国して、スポーツ新聞の記事の依頼があった。
「彼女がライヴを行い、3万人が集まった」
 と書いてくれというのである。「うーん」唸ったあげく、堪忍してもらった。こういう妙に律儀な部分、嘘は書けないという自分のスタイルが売れっ子ライターになれなかった理由の一つであると、今にして思う。まあ、スポーツ新聞の芸能記事は、それに似たような話だから、それくらいに思っていた方がよいということだ。
 
 さて、連日の猛暑である。暑ければ暑いほど嬉しい。昼間からゴロゴロしている快感は他に代え難い。ゴロゴロしながら、ちょっとエッセイを書き、ビールをグビグビのんで、またゴロゴロしながら大学のテストに点をつける。ああ、このままこの暑さが続いてくれたらどんなにいいだろう。しかし、明日からはまた締め切りが待っている。一度書くのはまだいいが、編集者の意見を入れて書き換える労苦は、ツライ。しかし、何度も書き直すほど内容は濃くなってゆくので、この作業は、避けがたい。
 しかし、甲子園の高校野球は、なんとも面白い。ドラマティックである。ハラハラの連続である。「こんなのなのありか!?」という場面が次々と現実になる。漫画よりもっと嘘くさいが、そうしたドラマが眼前に展開されるのだから、これを見ないのは人生を多少損したようなものである。
 真夏、炎天下、野球、決勝……現在も鮮明に浮かび上がる記憶。野球部の監督は、メンバーを集めて最後の支持をしていた。サインの再確認である。最後に私を見て「オマエだけはサインなし」。つまり打ちたいように打てという信頼である。投手で4番。決勝にまで残り「ここで負けたらアホじゃ」と思った。しかし、2対1で最終回を迎えた。最後のバッターは私である。「ここで打たねば男ではない」。応援に来てきゃあきゃあいっている女生徒に見せる為にも色男にならねばならない。「絶対に打つ」、これは使命である。2ストライク3ボールまでいって、なんと9球もファールを飛ばし続けたが、「絶対に打つ」。私は確信していた。そして、ついに私の打った打球は、ライトの金網を越えた。色んな高校の野球部の監督が見物に来ていて、入学を誘ってくれたが……。青い空に消えていった透明な記憶。

sk99 at 19:53コメント(0) 

2011年08月10日

家康医師の喜びそうな夏の夜のお話。

  昨日は、炎天下屋根の上で働く人たちのことを語った。それを読んで、誰もが思っただろう。オマエなんかに出来やしない。愚図でのろまの癖に、運だけで生きてきたんだろうってさ。でも、正直言って、あんなのなんでもないよ。学生時代、死ぬほど体験したよ。飲み過ぎたバツ。遊びすぎたバツ。オンナを泣かせたバツについて少しだけ。
 今年はやけに猛暑だと感じるけれど、昨年は15回もあった猛暑デイズが、この夏(東京では)今日でやっと2回目なんだって。
 さて、昔の話だけれど、あんなのフツーだったよ。私の場合、炎天下だろうが何だろうが早朝6時に東京を出て現場に向かい、朝の7時半から作業にかかる。まずは、道具を運ぶ。4階建ての都営住宅だから、エレヴェーターはない。雨漏りを防止するウレタンの缶を4階まで運び、屋上に出る。恐らく30坩幣紊呂△襪世蹐Υ未蓮∋悗某い込み、胸に食い込み、指をちぎるほど重かった。先輩の指導を受けて、死ぬほど暑い屋上を走り回る。
「こんなはずじゃなかった」と思う。私が炎天下を走るのは、プロ野球の選手になった時だけ。そう思っていた。
 午前10時頃、木陰で休憩する。親方の奥さんが作ってくれた冷たい麦茶が、喉を越え、腹へと走る。「世の中、こんな旨いものがあったのか!」。なんの苦労もなく育ってきた私は、初めて「現実」を眼前にして、「真実」を体験する。午後、飲んだ麦茶の3倍もの汗が出る。噴き出す。お気に入りのトランジスタ・ラジオから甲子園の野球が実況される。「オマエがいるのは、甲子園じゃなかったのか?」。
 空には、雲の一つない。私は働く。ヘトヘトになる。どんなに一所懸命やっても、プロの作業員の5分の1も役に立たない。しかし、続けるに従うが如く、私は無機質な作業に熱い思いを込める。
「オマエに真っ白いドレスを買ってやる。その為ならなんだって出来る」
 私は、本心を隠す。ちょっと電話すれば、必要の10倍ほどの金は田舎から届く。しかし、私は歯を食いしばる。(なんの才能もないテメエにはお似合いの職場だぜ)。どんなに汗ビッショリになっても、お気に入りのロング・ヘアだけは切らないぜ。これが本当のROCKさ。世の中、怖いものなんて何もない。
 これほど過酷に見える作業も、1週間もやれば慣れてくる。大したことはない。一汗かけば、あとは頭を空白にして作業を続ければそれでいい。他人が見れば大変なように見えるかも知れないが、大したことはない。週末にはオマエに会える。私は飛びっきりの笑顔で、何もなかったように微笑する。「うん、ちょっと忙しくて連絡出来なくてゴメン」。
真っ白いドレスまであと一歩。
(また、傷つけてしまう……)分かり切った結末を知りながら、私はまたまた恋に堕ちる。
 仕事が終わるとみんなで銭湯へ行く。親方の行きつけの店で死ぬほど旨いビールを飲み、キャバレーをハシゴする。たったの300メートルの距離であっても、親方はタクシーに乗って1万円を払う。キャバレーに行けば(どうして、これほど美しい娘が、こんな所に……)。まだ18〜19歳に見えるその娘が、薄汚いオヤジとキッスを交わしている。やりきれなくなって、私は外に出る。なんという現実。ベルリンの壁より厚い現実。私はソルジェニーチンの「イワン・デビーソニッチの一日」という小説をそこに重ねてみる。ドカチンも大変、兵隊も大変。しかし、やってみればなんてことはない。人間の本質は時代が変わり、少々情況が変わっても、そう大して変わることはない。
 作業も住宅街ならなんてこともない。怖いのは、恵比寿、渋谷、新宿……街中の現場である。デビューしたばかりだが、アメリカ帰りの新しいヒーローとなる可能性を秘めた”ロック・ライター”が、雑誌の編集者に、レコード会社のディレクターに見つかったらどうする? 心も凍るような恐怖感が襲う。
「物書き」になるためには、ありとあらゆる体験が必要であると信じている私も、「カッコ悪い」ことだけは絶対に避けねばならない。「それって言えてるよなあ!」、後に3ヶ月も密着して単行本を取材していた宇崎竜童さんに話した体験談で笑い合ったことを思い出す。♪カッコカッコカッコ♪ 山口百恵さんの歌を思い出す。こうした話を書くこと自体、偽善と露悪の世界を身体で心で舐めた最後の世代である私には、そうした責任があるのだが、金にならない文章は一行すら書かないという偽善が流布されているためか、そういうオーダーは一切ない。不思議である。
 試験は「大学の彼女」に横に席をとってもらい、解答をチラチラ眺めながらなんとかくぐり抜ける。彼女の前では、人生に悩み、生きるとは何かを探し求める一学生である。試験が終わると軽い食事をとって、町田まで電車で送ってゆく。ガラス細工のような彼女を壊すわけにはゆかない。
 もう少し大きな金が必要な時は、関西へ行く。ダチ公のアパートに泊まり、勝負に挑む。連日連夜、麻雀のサインを交わす練習を重ね、カンを取り戻す。生卵を牌を挟むように5個〜6個両手で這い廻るまでイカサマの練習を重ねる。更に言葉で「待ち」を伝える練習。紹介するのが面倒くさいが、徹底的にサインを覚える。朝まで寝て、昼には競艇か競馬へ行く。夕方からパチンコを打つ。そして、メンバーが揃う夜の9時頃、麻雀の卓を囲む。こっちがこっちなら、あっちもあっちだ。少々の練習で勝てる相手ではない。朝方、死力を費やして、相棒の部屋に戻り、ペギー・リーを聴きながらコーヒーを飲む。頭が、身体が、これほどカッカすると簡単には眠れない。バーボンを混ぜ、薬を混ぜる。麻雀はどんなに巧くても独りでは絶対に勝てない。
 こうやって稼いだ金を新宿であっという間に使い果たす。馬鹿は死んでも治らない。何度死んでも治らない。ベンベン。
 たまにはよかろう、暑い夜の長話。ただ一つ、若者に言いたいのは「あじー、あじー」と谷岡さんみたいに暑がっていないで、秋、冬、そして出来るのは来年の夏を予見しなければ、この世界が生きてゆくのは難しいということである。何を”エラソー”に………。
 いま思うのは、岩国の錦帯橋の花火大会。浴衣のキミからうっすらと石鹸の香りがして、軽く触れあった手、ほんの軽く触れあった心。あの時、私に本当の勇気があれば、瀬戸内海の小都市で二人、何人かの子供に囲まれて、静かにひっそりと生きていたかもだよね。どんなに大輪の花火より、二人で見つめた線香花火の方が綺麗だったよね。
 アホか(!!!)

sk99 at 22:00コメント(0) 

2011年08月09日

神の怒り。

強力に暑い。嬉しい。これぞ夏だ。鳴けよ蝉、怒れよ空。昼下がり、近くの食堂で素朴な肴でビールを飲む。後に待つは昼寝だけ。帰り際、炎天下の屋根の上で作業している人を見る。私は、人間のクズだ。つくずくそう思う。多くの人たちに愛されたサッカーの松田選手の葬儀をTVで見る。数多くの人たちに愛された松田選手。誰一人にも愛されない自分。粗大ゴミの自分。
 一昨日まで祐天寺のご隠居の別荘がある軽井沢で飲みたいだけ飲んで食いたいだけ食って帰り際。ゲリラ豪雨に遭遇する。天気に関してだけは神懸かり、自分で操れる私である。午後3時半、「ドライヴ・インに入りましょう」提言して車から降りた瞬間、天の底が抜けたような豪雨、天も裂けよと光る稲妻。ゲリラ豪雨である。遅い昼食をとっていると停電に襲われ、流石のご隠居も「天気に関しては、伊丹はんの超能力はすごいでんなあ」。これまで何度も何度も天気を操ってきた。取材の当日だけ晴れさせたり、「ちょっとだけ夕陽が欲しい」というカメラマンに夕陽を展開したこともあった。同じ軽井沢では、バーベキューをやっている途中で「帰りましょう」。装備をしまい車に入った瞬間、豪雨が………。
 これだけ遊んだんだから、少しは仕事もしないと、そう思い書き下ろしのエッセイに手をつけたが、面白すぎる。こういう時は、少し立ち止まらないと。そう思いながら、屋根の上の作業人を眺める。彼らこそ、本当に心底、身体全体で旨いビールを飲むのである。銭湯に浸かり、さっと浴衣に着替え、恋人を思い、或いは家族を思い、世界一旨いビールを飲むのである。私の何万倍も美味しい肴をつまむのである。彼らこそ、旨い食エッセイを書く資格がある。そう思いながら、書く。面白い。なんとも面白い。残念ながら、自分は天才である。これだけぬらりくらり生きていても、これほどいい加減な人間であるのに、文章を書かせるとなんとも巧いのである。おまけにオンナにもてるのである。まったくもって、人間のクズである。
 軽井沢へ着いた時、ある夏を一緒に過ごした女性の名前を思い出そうとしたのだが、思い出せない。4日後、軽井沢を離れる瞬間、ようやく思い出した。しかし、漢字が思い出せない。「ヒロミ」という名前を思い出すのに、これほど時間がかかるとは、我ながら人間のクズである。故郷で入院して3ヶ月もつきあった女性であるのに、「東京へ遊びに行くから」という連絡をしらんふりしてシカトして、友人たちに接待をさせたことを思い出す。人間のクズ、日本沈没で死ぬべきは、私である。では、おやすみ。もうじき訪れだろう神の怒りにも、ではおやすみ。このままで死んでも当たり前の人間のクズ。

sk99 at 14:33コメント(0) 

2011年08月02日

明日なき世界。

何度か訪れて繋がらなかった方も多いと思うが、このブログに入れなかったのは、政府からストリップではない、ストップがかかったからである。このブログを検査して、100万シーベルトの毒素を含有しているので、「ダメダメ」と言われ、中国政府からも「駄目のコトある」と泥の中に埋められそうになったのだが、奇跡の再生。その解禁を待ちながら、NHKのBSプレミアム「ブルース・リー特集」を見ていたのである。
 中国新幹線の頭の部分を泥に埋めて知らん顔をしている中国政府に世界中が驚きの声を上げている。それはこれまでも何回も事故があり、その度に埋めていたらしい。しかし、東京電力及び日本中の原子力発電所の真実がどんどん明らかになり、中国を嗤っている場合ではないことを知るべきである。東北全体という広さにまで汚染が広まっているなど、あの大地震、大津波の後に、こうした状態を(普通の日本人の)誰が思いが至っただろう。肉からついには米までが汚染されている状態にまで物凄いことになっているのに、皆が鈍感になっているのは、3/11の余りの大きな驚きを忘れているからではないか。単独に原発による汚染であったなら、もっともっと(違う意味で)世論は大きくなったなったのではないか。
 ではどうするか? 「水力発電ならいいだろう」そう思っている人も多いだろう。しかし、私は水力発電をもっとも憎み、激しい怒りをいまだに抱き、一生憎み続ける者である。あれほど素晴らしい川、世界一の日本の川のすべてを破壊してきた日本政府を恨みに思い「世界中で一番大好きな」川の取材さえ断ってきた。水力発電は、私がこの世で一番好きな川を奪った。恐るべき暴力によって、一級河川のすべてを、「川の天国」を破壊してきたのである。破壊し尽くしたのである。
 しかし、何もかも恨めないのは、どう思われようと、発電の恩恵を預かった事実は否定出来ない。イギリスや欧州では川を破壊したダムを壊して、新しく元の姿を取り戻す運動が行われている。しかし、余りにも小さい。小さ過ぎる。中国の新幹線の事故がたったの1週間も経たずに収まった。何故か? 金である。金の力は世界中の何よりも強い。何故、日本中の川がダムになったのか。金である。激しい反対運動を展開した者こそ、少しでも大きな金を欲した者である。私は、そうして出来たダムを5つも10個も見てきた。見飽きるほど見てきた。
 どうも、頭がおかしくなったなったので、突然中止。アルコール中毒寸前である。許しておくれ、マリアンヌ。




sk99 at 22:00コメント(0) 

2011年07月19日

嵐の気配。

ボクは泳ぐ。川の中を。ボクは泳ぐ。海の底を。
ボクは泳ぐ。錦川を、ボクは泳ぐ。小笠原諸島を。
最初は、冷たい。ほんの少しだけ戸惑う。「うっ!」一息に潜る。
その瞬間、誰もが知るように、ボクも知る。人は海から来たのだと。
最初はゆっくり、冷静に興奮しながら、何かと同じように。
「スワーッ」。あとは自由自在。何度もやったように、毎日やったように。
合い言葉はクール。頭の中はレインボウ。
なんて、なんて、こんな、こんな、素敵な世界が待っているなんて。
 ボクは泳ぐ。海の中を。ボクは泳ぐ。川の底を。
ボクは泳ぐ。小瀬川を。グレイト・バリア・リーフを。
もう何回も、もう何十年も潜ってきたのに、
その瞬間、パスワードを失う。ボクは惑う。ボクは我を忘れる。
未知の世界をボクは知る。たったの数十秒で、ボクは自分の運命を知る。
何十年も自然にやってきたことが、不自然になる。
ボクは窒息する。宇宙の眠りのほんの一瞬。
バイバイ。みんな、元気で。
ボクは誰も知らない、独りぼっちの世界へと潜ってゆく。
そこには、幸いも不幸もない。でも、悪い気分じゃない。
ボクは仰向けになって皆に挨拶する。
ただ、バイバイ。
ただ、グッバイ。

sk99 at 01:41コメント(0) 

2011年07月17日

ファズ・ベース。

BSジャパンで「誰がジョン・レノンを殺したか」という映画を見て、チャンネルを変えると、ジョンの最後のシングル「スターティング・オーバー」が偶然流れていた。私のような人間にとっては、不思議でもなんでもないのだが。
 今年の暑さは「節電の夏」として長く記憶されるだろうが、ほんま、ビールばっかり飲んでいる。通常ビール2本飲んでから次の酒へと移るのだが、今年は何故かビール三昧。急に思い出したが、昨年はアイスクリームの夏だった。多分一日10個以上食べていたと思う。それで太らなきゃ怪物だわさ。冬まで食っていた。それなのに、この冬には、アイスクリームどころか煙草も止めたので驚いた。ストーカーも盗撮もやめた。
 クーラーはつければ寒いし、消すと暑い。
 一昨日、TVを見ていて衝撃を受けた。原田芳雄さんの主演映画の封切り挨拶である。車椅子、頭は丸坊主、頬はこれ以上ないほど痩せておられた。私の一番好きな男優だった。いや、である。昨年、映画の撮影中はまだそれほど目立たなかったようだが、たったの半年で挨拶の言葉も言えないほど老けて、涙を浮かべておられた。私は何度かお会いし、家にまでお邪魔したことがあるが、映画で見る性格そのまま、何もかも受け止める”大きな心”の人だった。同じ俳優の松田優作氏も崇拝して、原田氏の家の隣りに転居してくるほど憧憬を抱いていた。
 ちょっと早すぎる夏だが、来週から大学も夏休みに入る。問題は、この夏をどうやって乗り越えるか。まあ、無理して乗り越える必要もないか? 南野陽子さん、おめでとうございます。

sk99 at 01:51コメント(1) 
アクセスカウンター