カテゴリ: アドラー心理学について

アドラー心理学を再度見直そうと、岸見一郎、古賀史健著 「嫌われる勇気(ダイヤモンド社)」を改めて読み返しました。

 

今の自分を選んでいるのは、自分。

 

自分を変えることができるのは、自分だけ。

 

たった今から人生は変えられる。

 

他人を操作しようとしない。支配しようとしない。

 

改めて本書の言葉が、印象に残りました。

 

パラダイムシフト治療を目の前の患者さん、院内で旧パラダイム治療を受けている患者さんに何としてでも広めたい一心で、日々診療しています。

しかし、なかなか思うように広まらない現実があります。

常識の壁は、高く厚い。

 

口には出さないまでも、

 

「明らかに結果を出しているのに、なんで分からないのか」

 

「何でこの医者はこの治療を認めないのか。」

 

と、日々忸怩たる想いを抱いていました。

 

しかし、他人の行動を変えることはできない。

 

他人を操作・支配しようとすると余計に反発を招く。

 

結局それでは、優れた治療も広まらない。

 

これまでの自分の考え方、行動を振り返り、少しだけ見直そうと思いました。

 

今まではどうしても、パラダイムシフト治療を受け入れてくれない医師に、不満を抱いていました。

 

しかし不満を抱いても、現状は変わりません。

 

今後は、より意識して、自分ができることに集中したいと思います。

 

まずは眼の前の患者さんに自分の考え、哲学を説きながら、これまで通り一番いいと思う治療をする。

 

そして患者さんやその家族に、少しずつ画期的な治療を知ってもらう。

 

他の医師が理解を示してくれなくても、嘆かない。諦めない。人格非難しない。

 

画期的な考え・治療を学んだり実践するには、個人だけの頑張りでは限界があります。

 

私の周囲でも、少しずつ私の診療を認めてくれる人が増えています。

 

そのような人達と共に、学んで行きたい。

 

同時に、医療現場では医師の影響力が、やはり大きい。

 

今の病院においては、私が先頭に立ち、周囲を勇気づけられる存在になりたいと思います。

 

そして、少しずつその輪を広げていく。

 

結果的に、多くの患者さんが恩恵を受けることができるようになるでしょう。

 

これから進むべき方向性が、何となく見えてきた気がします。

 

これから、益々面白くなりそうです。

イケダハヤト・青木真也対談の続編の記事にリンクさせて頂きます

 

2人は極端にいうと、嫌いな人とは付き合わないというポリシーのようです。

 

ストレートに言うと、縁を切る

 

私はこれを読み、逆に関心しました。

 

アドラー心理学では、人間の悩みの原因は人間関係であると考えるようです。

 

そういう意味でこの2人のポリシーは、余計な悩みを抱えないような行動であり、非常に合理的なのかもしれません。

 

やりたいことをとことんやり尽す。

 

それ以外にはあまり興味を持てないくらい。

 

異なる分野で活躍する人達の対談も、大変勉強になります。

鉄不足を指摘して、治療していくと体調が劇的に良くなる人がいます。

 

時々、

 

「何でもっと早く気づかなかったのだろう」

 

「きちんとした食事をしていればよかった」

 

と嘆いて、これまでの生活を後悔する患者さんもいます。

 

私に言わせれば、後悔が無駄。

 

さっさと行動を変えればいい。

 

自己啓発本的な発想ですが、本当にそう思います。

 

アドラー心理学においても、アドラーは似たような言葉を残しています。

 

パラダイムシフト好きの外科医式に、

 

鉄不足なんて、サッサと治せばいい!!

 

そして周りの人にバンバン広めろ!!

 

ぐずぐず悩んでいる暇は、お前にはない!!

 

と患者さんに言って、励まします。

岸見一郎先生の著書、「人生を変える勇気(中公新書ラクレ)」を読みました。

 

本書は、色々な立場の人からの悩み相談に回答する、という形式です。

 

アドラー心理学では、「すべての悩みは対人関係の悩みである」と考えるようです。

 

私の理解では、物事の捉え方、考え方を変えることで、対人関係の悩みを解決あるいは和らげることが、アドラー心理学の狙いだと思いました。

 

本書で取り上げられる悩みや、新聞に投稿されるようなお悩み相談を読んで、ふと思いました。

 

この人達の栄養状態はどうなんだろう?

 

鉄不足は大丈夫でしょうか。

 

藤川先生のfacebookの記事で学ぶ限り、うつ病・パニック発作、さらには統合失調症まで、糖質制限と蛋白質・脂質・ビタミン・ミネラル摂取+α(少量の薬剤)で改善するようです

 

私の経験でも、鉄不足を改善させることで、痛み・痺れ・その他不定愁訴が改善した患者さんがいました。

 

色々な悩みも、質的な栄養障害が絡んでいないのでしょうか。

 

私の考えでは、人間はしっかり栄養が摂れていれば、ほとんどの人が心身ともに健康で、的確な判断力と行動力を有しているのではないかと思っています。

 

まずは栄養、その次にアドラー心理学。

 

この順番がいいのではないかと、思った次第です。

以前から興味があった、アドラー心理学について下記の本で学びました。

 

     岸見一郎、古賀史健著 「嫌われる勇気(ダイヤモンド社)」

     岸見一郎、古賀史健著 「幸せになる勇気(ダイヤモンド社)」

     岸見一郎著 「アドラー心理学入門(ベスト新書)」

 

いずれも岸見一郎氏によるアドラー心理学の入門書です。

 

特に①②は、哲学者と青年の対談形式として記されており、非常に読み易いです。

 

アドラーの考え方は特別な学問ではなく、人間理解の真理、到達点として受け入れられているようです。

 

アドラー心理学の真髄は私ごときでは、適切に、簡潔に文章にできません。

 

詳しくは上記の本、あるいはその他のアドラー心理学についての本を参照頂きたいのですが、私が非常に共感したのは、目的論という考え方です。

 

「われわれはみな、なにかしらの「目的」に沿って生きている。」

 

「怒り」などの感情でさえ、何等かの目的を達成するための手段として、出し入れ可能な道具として存在すると考えます。

 

私は、過去に遡って原因をあれこれ考えて後悔したりあれこれ悩むよりも、今できることは何か、これからどうするべきか、という現在いかに行動するかを考える方が大切だということだと捉えました。

 

これと相対するものとして、原因論という考え方があります。何か原因があって、結果がもたらされる。

 

過去が現在を規定する、原因が結果を支配する、という考え方です。

 

何となく、こちらの考え方の方が、広く人々を支配している気がします。

 

私は医師としての立場から、この目的論と原因論を考えてみました。

 

医師として患者さんに対峙し、これから治療を考えていく中で、患者さんには目的論的な、今どうすればよいか、これからどうすれば良いかについて医学的なアドバイスをするようにしています。

 

原因はこれこれで、過去にこうしたから今こうなったのだ、と医師に言われると、理屈は正しくても患者さんは間違いなく委縮してしまいます。

 

もちろん現象を捉えるうえで、原因を全く考えないのではありません。

 

なぜそこに至ったのか、という医学的な原因を医師は可能な限り追求しなければなりませんが、患者さんにまでそれを押し付ける必要はないと思います。

 

医師は病気の原因を考える時は原因論、患者さんと接する時は目的論を使い分けてもいいと考えました。

 

これからどうしていくか、何を目的に治療していくか。

 

少しアドラーの主張とずれるかもしれませんが、私はこのように考えています。

 

アドラーは、自らの考え方を高尚な学問として、あるいは歴史に名を残すことではなく、広く人々の中のcommon senseとして存在することを望んだようです。

 

今後更に、私なりにアドラー心理学について学んでいきたいと思います。

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