あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。 なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】【○○さん】」と書かれている記事は、いただいた投稿文です。後ろ【】に投稿主の方の名前を表示しております(2020/6/20)。投稿文の内容や行事案内等については、投稿主に直接ご連絡ください。

宗教というのは、少なくとも人を幸せにするために存在するものだ、と思っています。
ところが、親鸞会と関わった少なくない人が、苦しみながらフェードアウトする姿も見てきました。
親鸞会はともかく、弥陀の本願とのご縁まで遠ざけてしまうのは、個人的にもったいないことだと思います。

私自身は追い出されるまでやめないということにしていましたが、そんな私自身の経験も含めて書くことで、宗教によって苦しんでしまった人に対して、なにかしらのご縁にでもなればと思います。

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9月になりました。熊谷はしばらく涼しい日が続いています。

9月といって思い出しますのが、当ブログにいろいろコメントをいただいていた、ひろしさんです。そのひろしさんがお浄土に往かれたのが、9月でした。


ひろしさんとはいろいろコメントのやりとりをしたのですが、特に印象深かったものの中に、『「一つ」と「同じ」は同じことかどうか』といった問いかけがありました。


問いかけをいただいた記事はこちら(コメント欄)

「一つ」と「同じ」の記事


親鸞会で「信心同異の諍論」と言われるものは、法蔵館の真宗聖典で「信心諍論」と書かれておりまして、そのやりとりを見ても一つとは言われてますが同じとは言われてません。それを親鸞会でなぜ「同異」としたのか、元ネタがあったのかはよく分かりませんが、親鸞会で使われていたたとえ話でいえば、「自分の所持している一万円札と、他人が所持している一万円札が同じかどうか、そのことが問題になる」のが「同異」の問題であり、その表現が親鸞会的といえば親鸞会的であるなあ、とふと思ったのでした。


当時描いた絵の、矢印の向きはどちらが良いのか、という点については、今でもいろいろ思うところもありますが、それ以外の味わいについては、当時の記事またはコメントに書いたことから特に変わっていませんでした。


あ、「頂く」は「いただく」と表現したほうが良かった、とは思いました(ものをもらうわけではありませんので)。とはいえ、こっそり直すのもずるい気がしますので、当時のままの表現を残しておきます。


ちょっと中途半端ですが、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、、、


※法蔵館の真宗聖典に信心一異と書かれているような書き方をしていましたが、改めて確認したところ御伝抄に直接書かれているように見受けられませんでしたので修正しました。

8月ももう終わりにさしかかり、いきなり気温が下がりました。35度近くまで上がる日があったとしても、年内にそこまで高温になることはないと思います。そう思えば、暑い夏だったような気もしますし、思ったほどではなかったような気もします。おそらく6月が例年になく暑かったから、なのかもしれません。


夏と言えば、虫の季節でもあります。男の子は虫取りを楽しんだりするものなのでしょうが、私は小さな頃から虫をあまり好いてはいませんでした。ですので、セミ取りやカブトムシ取りなども、特に興味を示しませんでした。当時、蚊などには悩まされました。なぜかよく刺されて、かゆくて眠れなかったこともしばしばでした。大人になってもしばしば蚊に刺されることはあったのですが、ちょっとかゆい程度で収まることが多かったです。


ただ、今年は草ぼうぼうのところで何回か屋外作業をすることがありました。あらかじめ長袖長ズボンで虫除けスプレーなどを準備し、備えていたのですが、顔やら耳やら首やら、この夏はいろんなところを刺されてしまい、久しぶりにかゆい日々を過ごしたのでした。蚊、なのかもしれませんし、それ以外の虫なのかも知れませんが、とにかくいろんなところが刺されて膨らんでいました。


なぜか虫によく刺されるので、妻からは「虫にたいそう好かれている」と言われたのでした。
よく刺されることと好かれていることがイコールなのかは分かりませんが、一応イコールなのだと思うことにします。


凡夫の私からしたら、一部の虫もかわいいと思うようにはなったものの、たとえば蚊などは未だに好いていません。少なくとも刺されなければそこまで毛嫌いすることもないのですが、久しぶりにたくさん刺されてしまいまして、そうするとやはり心穏やかにはならないのでありました。


そんな折に分け隔てなく助ける南無阿弥陀仏を味わいますと、そんな南無阿弥陀仏を味わいながら思い切り分け隔てをしている自分であるなあと妙に感心してしまうのですが、何も分け隔てをしている相手は蚊だけではないわけです。人間相手でも、人によっては分け隔てをしてしまう、ということもあるでしょう。


如衆水入海一味といただく一方で蚊を分け隔ててみる。
ともに南無阿弥陀仏を喜んでいるわけでなし人間ですらないし、といわれるかもしれませんが、おそらく南無阿弥陀仏から見たら分け隔てはないのでしょう。


分け隔てない南無阿弥陀仏を味わいながら、分け隔てている私の煩悩を、かゆいかゆいと言いながら味わったのでした。


南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、、、

先日といいますか昨日の埼玉恵日会で、ありがたいことに読者の方から「まだ更新しないんですか?」と聞かれました。私はすっかり月一回程度の更新にしてしまっていたのですが、よくよく考えてみたら前回が10周年の記事で、2ヶ月近く間が開いていることに気がつきました。読んでくださる皆さんのおかげでそういえば10年続いたのだなと改めて思いまして、さて何を書こうかと思っていたところ、つい先ほどとくよしみねさんから、愛知県での勉強会のご案内とのことで投稿文をいただきましたので掲載します。


マイルールにより更新は来週以降ですので、来月こそは久しぶりに自分の記事も書きたいと思います。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、、、


=======(以下、とくよしみねさんから投稿文です)=======


とくよしみね からのお知らせです。

新型コロナの蔓延により中止していました勉強会を今年は開催したいと思います。

日にちは、8月27日(土)です。

時間は、午前10時から午後5時までです。

場所は、JR刈谷駅前の産業振興センターの201会議室です。

講師は、宮田秀成師を予定していますが、宮田さんのご法話は午後のみで、

午前は有志による感話を行いたいと思っております。

午後は13時30分から行う予定です。

どなたでも参加していただいて結構です。

また、新型コロナの感染対策は行います。

マスクの着用をお願いします。

よろしくお願いします。



南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

ここ数年は大して更新していないながらも、なんとかこのブログは10周年を迎えることができました。このブログを通じて様々なご縁がありましたけれども、そういったご縁のあったすべてのみなさんのおかげでありました。ありがとうございます。

過去記事を振り返りますと、きちんとブログ開設日(6/2)に周年記事を書いたのは1周年のときだけだったようです。ですので、久しぶりに6/2に書くことにしました。



学生時代を軽く通り過ぎて、いわゆる「成人」となり、学生生活を終えて会社員になってからの月日の経過は、若い頃と比べても随分早く感じます。個人的な話ではありますが、改めて10年前を振り返って今を思いますと、あまり違いがないような気がして、結構変わっていることに気がつきます。


住んでいる家は、10年前と変わっていません。特に縁もゆかりもなかった熊谷にたまたま引っ越してから2~3年経ったくらいの頃だったと思います。

当時は親鸞会におりまして、こんなブログを書きつつも平気な顔して親鸞会館に出入りしていたわけですが、やはり追い出されたのは必然だったと思います。最近このブログとご縁のあった方は奇異に思われるかも知れませんが、最初から1年くらいの記事を拾い読みしていただきますと、どういうことかおわかりになるかと思います。「君は会員としていてもらうわけにはいかなくなった」というお話しをいただいたのは2014年の1月頃だったでしょうか。埼玉県の会員の皆さんとのご縁は7年くらいでしたが、もう8年以上経ったということは、その期間より長い時間が経ったのだなと懐かしく思います。

あと、このブログが縁で知り合った読者の人と結婚しまして、この世とのご縁は結局ありませんでしたが娘も。


そんなことをあれこれ思い出しますと、なんだかんだいろんなことがあったのだなと思いました。


親鸞会と縁があってから20年以上経ち、なんでか分かりませんが南無阿弥陀仏を喜ぶようになってからも15年以上経ち、ブログを始めてから10年が経ちました。つくづく、特にこの10年あまりは南無阿弥陀仏のおかげで様々なご縁があったなとしみじみ思います。

人生の目的達成というフレーズにこだわって、信心決定すれば後の人生はバラ色とか思いながら学生時代は過ぎていきました。大学院二年の頃に本尊論ブログを威勢良くぶち上げたものの結局拳を振り下ろして鬱々としていたこともありました。どうしたことか、社会人になって間もなく南無阿弥陀仏を喜ぶご縁に恵まれたわけですが、決して学生時代に思い描いていたバラ色ではありませんでした。ピンク色かも知れませんし、緑色かも知れませんし、透明かも知れません。何色かと聞かれたら何色でもあるようにさえ思うのですが、南無阿弥陀仏とともにある人生は、自分が思い描いていた「理想」とはまったく関係ないものでした。全然「理想」通りにならなくてもかまわないと言いましょうか。


私がこのブログで10年前から言い続けていることは、弥陀の本願はどこにいてもかまわないのだということでした。親鸞会に所属していてもいなくても、関係ないのでした。極端なことを言えば、親鸞会の存在自体は弥陀の本願、南無阿弥陀仏の妨げにはならないと言ってもいいと思っています。


・・・

ありがたいご法話をいただくのもお聴聞、お聖教を味わうのもお聴聞、であります。そして私は、どなたかが称えたお念仏を聞くのも、自分が称えたお念仏を聞くのもお聴聞だと味わっています。なので、聴聞のご縁もまた、場所を選ばないのだと思います。

そういう意味では、ご縁は人それぞれと言えるでしょう。


ありがたいことに、このブログがご縁となってご法話を聞かれて、南無阿弥陀仏を喜ばれるようになった、といわれる方もありました。別に私のおかげというわけでもないわけですが、この世にご縁あった方が一人でもそのように喜ばれるということはありがたいものです。


(以前に書いたかも知れませんが)実は、親鸞会を追い出されたときにこのブログをやめようかどうしようか、と思ったことがありました。結局は、わざわざ閉じなくてもいいかと思ってその後も続いたわけですが、その後投稿文の運用が始まったり、あれやこれや色々あったことを思いますと、これまた不思議なご縁だなあと思います。


本願力にあひぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳の宝海みちみちて
煩悩の濁水へだてなし



この先どれだけ続くか分かりませんし、どのようなご縁があるかも分かりませんが、ご縁ありましたら引き続きよろしくお願いします。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、

最近は月一更新が半ば習慣化してしまった感もありますが、細々と続いたこのブログももうそろそろ10周年を迎えます。10周年記念の日に記事を書けば良いのではと言われそうですが、これまでも周年記念の記事は書いたり書かなかったり遅れたりということもありますのと、今月はまだ記事を書いていなかったということもありましたので、とりあえず書くことにしました。10周年記事については、書くかも知れませんし書かないかも知れません。


10周年といいますとなんとなく「きりが良い」気もしますが、そういえば学生時代に、「10がきりが良いと思うのは、人間の指が両手で10本あるからだ」というようなことを言っていた人がいたことを思い出しました。理系の大学だったからということもありますが、確かに言われてみれば10進数(を生活上主に使っている)の世界で生きているから10や100が「きりが良い」数字に見えるだけと言っても良いかも知れません。16(=0x10=10000(2) )や256(=0x100=100000000(2) )のほうが「きりが良い」と言われてなるほどと思ったりしたことを思い出しました。


10進数であろうと16進数であろうと2進数であろうと南無阿弥陀仏は変わらないはずなのですが、「六字名号」が場合によっては「一一〇字名号」となっていたかもしれないなと、40歳過ぎてくだらないことを考えてしまいました。


南無阿弥陀仏

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