あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

宗教というのは、少なくとも人を幸せにするために存在するものだ、と思っています。
ところが、親鸞会と関わった少なくない人が、苦しみながらフェードアウトする姿も見てきました。
親鸞会はともかく、弥陀の本願とのご縁まで遠ざけてしまうのは、個人的にもったいないことだと思います。

私自身は追い出されるまでやめないということにしていましたが、そんな私自身の経験も含めて書くことで、宗教によって苦しんでしまった人に対して、なにかしらのご縁にでもなればと思います。

あさ川に対して、公開コメントを書くのは気が引けるが何か言いたい、と言われる方は⇒のメッセージ機能をご利用ください。あさ川に直接届きます。(公開はされません)

なお、読者の皆様の声や文章を募集しております。このブログを通して伝えたいことや言いたいこと、宗教に対する思いなどがおありでしたら、下記アドレスに文章をお寄せ頂ければ、「投稿文」として掲載したく思います。

skai_asa(アットマーク)yahoo.co.jp
※(アットマーク)の部分は半角の「@」に替えて下さい。

あさ川です。

前回、熊谷は暑くなると書いた後で埼玉恵日会に行ったのですが、正直なところそこまで暑さを感じませんでした。当日の最高気温は32度くらいだったようですが、朝に洗濯物を干す時に強い日差しを浴びた印象が強かったのでした。ちなみに、最近は熊谷もめっきり涼しくなりました。もう今年は35度を超えることも無いでしょう。


さてRCさんから、次回の埼玉恵日会の案内と前回のお話の内容をいただきました。詳細は本文に書いてあるのですが、次回は熊谷ではなく(埼玉の)大宮の予定とのことです。私の場合は熊谷駅と比べたらそれなりに遠くなるのですが、東京方面の方から見たら近くなりますので、来やすくなるかと思います。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

次回の埼玉恵日会のお知らせと、前回の報告をさせていただきます。

次回の埼玉恵日会は、

日時 : 12月2日(日)14:00〜17:00
場所: プロスパー大宮ビル 2階 会議室 202号室
(住所 埼玉県 埼玉県さいたま市大宮区大門町3-64)
●アクセス
大宮駅「東口」を出て大通りを直進します。
そのまま進みますと左手に「河合塾」さんが見えてきます。
河合塾さんを越えてすぐ左折しますと会議室のある
建物(プロスパー大宮ビル)があります

講師: 阿部 信幾 先生

埼玉恵日会は、ずっと 埼玉の熊谷市での開催でしたが、次回は、大宮での開催とさせていただきました。
理由は、単純に、熊谷で会場が取れなかったから、なのですが。
でも、埼玉恵日会にご参加されている半数以上の方は、大宮の方が 近い ようなので、皆さんの評判が良かったら、今後も 大宮での開催も考えていきたいと思っています。

なので、次回の埼玉恵日会は、熊谷ではなく、大宮 という点、ご注意ください。

それから、10月7日の埼玉恵日会の内容や、感じたことなどを書かせていただきます。

*スッキリまとめるのも難しく、また、お聞きしたことをそのまま、全部書くのも難しいので、まとまらない文章になってしまいました。
そして、内容も勉強会の半分くらいまでしか書けませんでした。m(_ _)m

でも。
教行信証というお書物が、浄土真宗にとって どんなに大切なお書物なのかということと、浄土真宗に祈祷を混じらせて、浄土真宗を滅ぼしてしまう危機を 生命を捨てて守られた方のお話しに感動したので、そこのところをお伝えしたく、書かせていただきました。

また、この耳に、南無阿弥陀仏と、聞こえたのは、決して 偶然ではなくて、たくさんの方々のご恩報謝の実践が、私の耳への南無阿弥陀仏の通り道となってくださったのだと思います。

親鸞会にいた時は、聴聞は、信心決定のための重要な手段、という位置づけでした。
もちろん、正しい浄土真宗でも、聞かなければ救われません。
でも、聴聞を重ねて、やがて救われるのではありませんでした。
「もう救いの法が完成して、『南無阿弥陀仏』と 私に届いていること」をお聞きするのですから、聞いた時が、救われる時です。
聞いてから、救われるのではなく、救いの中にいることをお聞きするのです。
だから、「聞 即 信」です。
それを お聞きした後の聴聞は、南無阿弥陀仏という宝物のことを、いろんな言葉でお聞きするので、ひたすら嬉しいばかりです。
そして、その宝を完成してくださった阿弥陀さまと、届けてくださった尊い方々のご恩をお聞きすると、煩悩具足の私であっても、少しでもご恩に 報いたいと 思い、また ご縁のある方に南無阿弥陀仏をお伝えするお手伝いをさせていただきたいという 心も、出できます。
こんな心も、阿弥陀さまのお育てがあったなればこそ、と思うと、更に ご恩を感じます。

では、10月7日の埼玉恵日会の内容を、書かせていただきます。
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●最初の質問は、
浄土真宗では、「所行」と「能行」ということを聞きますが、どんなことでしょうか?
ということでした。

●能行、所行という言葉は、存覚上人の書かれた「六要鈔」という、教行信証の解説書にあるのだそうです。
その「六要鈔」に、辿り着くまで、本願寺の歴史とか、教行信証の歴史とか、興味深いお話しをたくさんお聞きしました。
長ーく親鸞会にいても、知っていることは、ホントに少ないので、何でも初事として聞けるのは、有り難いですねー(?)

●かつては、龍谷大学の授業などで、教行信証の勉強するとき、「教行信証の研究」と言うのはおそれ多いので、「六要鈔の研究」として、教行信証の研究がされた。それほど、教行信証は、尊ばれ、大事にされてきたお書物だということでした。

また、浄土真宗では、「真宗の学問」を「宗乗」、仏教学を「余乗」といわれていました。「宗乗」では、教行信証に 何が書かれているのかということを学ぶことが中心ですが、それを学ぶには、基本的な仏教の知識がないと、教行信証は、読めない。だから、教行信証をきちんと理解するために、仏教学、「余乗」の勉強が、必須となります。
余乗の勉強としては。
龍樹菩薩の書かれた中論を研究して出来た「中観(ちゅうがん)」、中観には、「空」ということが教えられている。また、天親菩薩の教えされた「唯識」という学問。だから「中観」と、「唯識 」というのは必須なのです。それから、仏教用語を正確に理解するためには、「倶舎論」というのをやらないといけない。倶舎論は、天親菩薩が、まだ、大乗仏教徒になる前に書いた書物で、仏教の言葉を覚えるのです。
こういう勉強は、教行信証を学ぶお坊さんの仕事です。
教行信証は、世間の仕事の片手間に勉強をやって、わかるものではないのです。
教行信証に、真向きになって、教行信証に何が書いてあるのかということを、徹頭徹尾、これを 解ろうという生活を始める。これが、浄土真宗のお坊さんになるということです。
その中で、出てくる問題が、「能行」「所行」ということです。だから、ハッキリ言ってしまえば、浄土真宗のお坊さん以外は、「能行」「所行」ということは 知らなくてもいいことです。
では、お坊さんでない人ほ、どこから 浄土真宗を頂くんですか?というと、「ご文章」です。
ただ 「ご文章」は、問題がある。
どういう問題があるかというと、蓮如上人の時代は あれで 100%わかったんです。ところが、江戸時代に、日本語が、変わったんです。特に 大きく変わったのが、「たのむ」という言葉。
蓮如上人がご文章を書いた時代に、「たのむ」は、「まかせる」という以外のたのむという意味は無いんです。ところが、江戸時代に言葉が変わって、「たのむ」が、「お願いする」という意味になった。これで「ご文章」が、わからなくなってしまった。
たのむ一念。お願いしたその時に。
そしたら、阿弥陀様ってお願いしなければ、助けてくれない仏様になっちゃう。
たのむ一念というのは、おまかせした時っていう意味なんです。
っていうことは、阿弥陀さまは、何て言っているかというと、「まかせなさい」って言っているんです。これが 南無阿弥陀仏なんです。
だから、「南無阿弥陀仏は、おまかせしなさいっていう、仏さまの言葉だ」っていうのが、「教行信証の行の巻」の「六字釈」なんです。
これ、親鸞聖人が元ですから。
「南無」というとのは、「たのむ」というとことだ。だから、「南無阿弥陀仏」っていうのは、「阿弥陀をたのめ」。もっとわかりやすく言ったら、阿弥陀さまが、「阿弥陀にまかせよ!」と。
これが、たのむというと意味で、だから、「たのむ一念の時」というとのは、「おまかせするその時に、」というのが ご文章なんです。これが、江戸時代に たのむっていう意味が、変わって お願いするっていう意味に変わってしまったから、お願いしたその時にって、なって、ここから、ご安心が、おかしくなった。
ここをちゃんと、お取り次ぎする役目が、実は、浄土真宗の説教なんです。
ところが、そういうことをちゃんと、お取り次ぎする布教使は、非常に少なくて。
当時娯楽が、無いもんだから、面白い話をして笑わせたり、悲しい話しして泣かせたり、ある意味、説教を娯楽の一部にしてしまった。それで 楽しみも無い時代だったから、お寺に行ったら、面白い話しが聞ける、涙を流せる話しが聞けると、今のテレビの代わりをしていたんです。
テレビの代わりにをしていた証拠に、テレビが普及したら、お参りなくなったんです。
「最近は、お参りが、少なくなった」という住職に、「昔は、お参りがそんなに多かったんですか?」と聞いたら、「昔は、お参りがたくさんあった」って言うんです。「じゃあ、いつから少なくなったのですか?戦争ですか?」と聞くと、「そうじゃない。前後は 特にお参りが、あった」って言うんです。
第二次世界大戦後、今まで神さまだって言っていた人が、降りてきて、「私は人間です」と言い始めたり、「あいつら鬼畜生だ」って、言っていたアメリカさんを、みんなで、ヨイショして「アメリカさん素晴らしい」なんてこと言い出したり、したのですから、真面目に生きている人達は、混乱してしまいす。
だから、余計 お参りがあったって言うんです。
「じゃあ、いつから少なくなったんだですか?」って言うと、「テレビです」って、ハッキリ言っていました。
テレビが普及したら、お参りする人は居なくなってしまった。っていうことは、なんていうことはない。説教ではなく テレビの代わりにをしていたんです。
娯楽を与えていたんです。娯楽のない時代に。

説教の真髄は、後生の一大事の解決。死んでいく問題の解決。これが、説教の真髄なんだけど
それを ちゃんと言わずに、面白い話しをしたり、泣かせてみたりして、なんとかやってきたから、テレビが、そういうことを受け持つようになったから、寺に来なくなっちゃった。

でも、テレビは死んでく問題の解決など、絶対に言いませんから。
だから、「死んで行く問題の解決が聞きたかったら、ここに来なさい。」
これが、 皆さん方が 元 居た親鸞会です。
だから、親鸞会の誘い方は、真っ当ですよ。
後生の一大事が、一番大事じゃないですか。
我々は、死ぬんだから。
「今 生きてるけど、アンタいつ死ぬかわからんよ。その問題は、解決ついているのか?何のために生きているのか?後生の一大事の解決のために、生まれて来たんだ」って、これ、真っ当な言い方ですよ。
ここまで、間違ってないんだよ。
逆にいったら、本願寺が ちゃんと、そう言うことを言わない。

だから、後生の一大事の解決が、一番の中心です。

得度をして、浄土真宗の坊さんになったら布教ネタを探すのではなくて、教行信証を学ばなければならない。

浄土真宗の得度では、教行信証と 黄袈裟をもらう。
*黄袈裟は、安居(浄土真宗のお坊さんが、集まって、真宗の教義の問答をして、研鑽を積む場)の時に、かけるもの。

世の中が安定していた江戸時代に、親鸞聖人の教行信証をじっくり学ぼうと始まったのが、安居です。
安居の歴史は、370年です。
その安居の最初の頃にいた日渓法霖という僧侶がいた。
日渓法霖の時代の門主は、湛如上人(たんにょ上人)という方で、すごい イケメンだった。
湛如上人は、身体が弱くて 結核になってしまった。
そしたら、なんと、皇室のお裏方が本願寺に祈祷所を作って、そこで祈祷を始めた。門主である湛如上人の病を治すために。
それを聞きつけた、日渓法霖が、門主に毒を出してた。門主に「死んでくれ」と。
なぜかというと、「アンタが生き残ったら、浄土真宗が潰れる。死んでくれ。」と言った。
そしたら、湛如さんも、わかったと言って、飲んだ。
法霖 は、門主を毒殺したんです。
そして百ヵ日の法要を済ませて、日渓法霖が自分の寺に帰る時に、町に入る手間の橋の下で
腹を切って死んだ。 その前に 血で、門主を毒殺したので生きているわけにいかないと、書いた。
そういう事件があった。

その日渓法霖が、あるお寺に行ったときに、住職に、教行信証をちょっと見たいと言ったら、そこの住職は、懐にから、教行信証をパッと出して出して、渡した。
日渓法霖は、ビックリして、「アンタはこれ、いつも持っているのか?」と聞いたら、その住職は、「これは、和上の言葉とは、思えませんな。武士が刀を持たずに歩いて武士と言えますか? 教行信証を持たずに歩いて僧侶といえますか?」と言ったというんです。
それで 日渓法霖は、参った、と言って、アンタの言う通りだ、と言って、それ以来、得度の時に、教行信証を与えるという制度に変えたというんです。
そう言う伝統かあるんです。
だから、浄土真宗の僧侶になるということは、一生涯 教行信証を読みますという、これが、浄土真宗の僧侶なんです。
そして、教行信証に親鸞聖人の声が残されているから。僧侶のお聴聞というのは、教行信証を学ぶということはです。
で、それを誰にでもわかるように、説いたのが、蓮如さんです。
だから、蓮如さんが、僧侶の手本なんです。
浄土真宗の得度をするというのは、蓮如さんの後を行くということです。
それは、一生涯をかけて、教行信証を学ぶということで、そして、それをその時代、その時代に合うように、蓮如さんはお手紙を使い ご教化をなさったんです。
文章伝道の始まりです。
それと、同じように、布教によって、教行信証の内容を人々に、お伝えすると、ここに浄土真宗の僧侶の役目がある。これ自信教人信というんです。
蓮如さんが何を参考にして、教行信証を読んだかというと、三代目の覚如上人の長男の存覚さんかお書き残した「六要鈔」です。
その 六要鈔に、この 「能行」「所行」という言葉が出ています。

●「能行」と「所行」について。
英語で言うと、能行は、active (アクティブ)、所行はpassive(パッシブ)です。
要するに、する側、と される側ということ。
能行は、する側、所行というのは、される側。
本来は、そういう言葉です。
ところが、浄土真宗の宗学用語として使われるのは、「行とは、一体 どこで 行というか?」というところです。
能行派の代表は、江戸時代の石泉という和上の学派です。石泉学派という。
石泉和上は、広島の出身なので 「芸哲」。安芸の芸、哲は学問という意味です。
芸哲といって、広島の石泉学派が 「行は称名で、行を言うんだ」「称名のところになって、初めて、行という名が付く」という言い方をするんです。
だから、私の上に称えられて、初めて 行という、と言うんです。
それを、能行派 というんです。
能行派で あろうが、所行派であろうが、どっちも異安心ではないんです。
ただ 行を、どこで、行と名付けるのか。
仏教には、行のない仏教はないって言うんです。
例えば、禅宗なら禅という行があり、天台宗は天台の行があるんです。真言宗は真言宗の行がある。日蓮宗だって 唱題目という行があるんです。仏教で行のない仏教はないんです。
浄土真宗も仏教ですから、じゃあ浄土真宗の行は何かと言ったらそれは称名です。
こういう言い方をしたのが、どうも石泉和上らしいです。らしいという言い方をしたのは、私はそんなに詳しく江戸時代の和上の学説を全部調べたわけではないですから。

能行、所行の問題は、どこで 行を抑えるか?
ここから 話しが始まっているんです。
仏教 全般から言えば、禅宗には 禅という行があり、真言宗には真言の行があり、天台宗には天台の行があるが、じゃあ浄土真宗の行とは、何ですか? 念仏が行であります。というふうに、称名念仏のところで、行を語るのを能行派というのです。
かと言って、称えておる念仏とは言うけれども、これは阿弥陀さまが 私の上にはたらいているのを念仏と言うのであって、何が はたらいているかというと、南無阿弥陀仏 そのものが、私の上にはたらいて、称名となって現れ出でいるんだ。だから、出でおる南無阿弥陀仏を行と呼ぶのであって、私の称えたところでしか、行は言わなんと言う言い方は、言わないんだ というのを 「所行派」というんです。
自分が称えておる行だからと言って、それは自力とは言わないんですよ。あくまで、阿弥陀さまが 私の上にはたらいている念仏で、これは 能行の人も ちゃんと、そう言うんですよ。
自力の念仏とは違うんです。
あくまでも、他力。念仏は阿弥陀さまがはたらいているんですよ。
それ以外の念仏ってないんですよ。
なぜかって言ったら、元は、重誓偈です。
重誓偈は、四十八願の後に、三つのお誓いがあって、重要なのは、三番目です。

我至成仏道  がしじょうぶつどう
名声超十方  みょうしょうちょうじっぽう
究竟靡所聞  くきょうみしょもん
誓不成正覚  せいふじょうしょうがく

私が もし 仏になったその暁には、私の名前が 声となって 十方世界に届きますように。
もし そのようにならなければ、私は覚りは開きません。

「 名声超十方 」、 名声は、名号が声となってということです。名前が声となって、 超十方だから、 十方世界に 超えて、それが響き渡る。
だから、南無阿弥陀仏が響き渡りますように。
私が覚りを開いたら、私の名号がどんな世界においても南無阿弥陀仏が響き渡りますように。もしそのようでなければ、私は、覚りは開きません。と言うのだから、「阿弥陀さまが覚りを開いた証拠」は、「お念仏の声が聞こえているっていうこと」です。
もっと言えば、「お念仏となってはたらく」とお誓いになったのが、阿弥陀さまです。
そのお誓いの通りに申している念仏を他力の念仏って言うんです。
「念仏を称えることと、引き換えに浄土参りを手に入れよう」とやっているのを「自力の念仏」。
阿弥陀さまのはたらきにおまかせをして、阿弥陀さまのはたらきのまんまに、お念仏しておるのを言うのを他力の念仏っていうんです。
阿弥陀さまのはたらきのまんまと言うことは、「私は声となってあなたの世界に届きます」って言うのが、阿弥陀さまのお誓いだから、声となって届く念仏とは、何かと言ったら、称名念仏です。だから、称名念仏となって あなたの世界にはたらきますとお誓いくださっているのが阿弥陀さまだから、その阿弥陀さまのはたらきが私の上にはたらいている、そのまんまを念仏と言い、だから、他力なんです。

それを 「阿弥陀さまのはたらき」を名号の上で、名号がはたらいてと言って、「名号で 抑えるの」を「所行派」って言うんです。
行ぜられるのは、名号でしょ。
南無阿弥陀仏と称えるという称名のところで、行をいうのを「能行派」。
はたらいている名号のところで、行をおさえるのを「所行派」。
学問的には、所行派が 、実は 主流で、やってきて、この所行派の代表を 空華学派と言います。
空華学派は、「名号大行」と言って、南無阿弥陀仏が、行であります。南無阿弥陀仏を行でおさえる。
ところが、さっき言った石泉和上は、南無阿弥陀仏が私の上にはたらいて称名念仏となったお念仏のところで、行をおさえる。
この違いです。
どっちでおさえようとも、異安心ではない。
もっと言うと、どっちも間違いじゃないんです。
ただ、石泉に限っては、「称名以外では、行は言わない」と言うから、問題なんです。
だから、行と言ったら、称名でしか言わない。
南無阿弥陀仏と口にのぼったところで 行と言うんだと。
名号で 行と言うことは、言わない。
という 「称名に行を限る」という言い方をするので、議論になっているんです。

そんなバカなことは、あるか。口に称えられている名号であろうと、それは南無阿弥陀仏がはたらいている姿だ。だからあくまでも 南無阿弥陀仏がはたらいていることを行と言うんだと、「南無阿弥陀仏がはたらいていることを行という」、と言うことを「所行派」という。
それが口の上に現れているところで 言うのを、「能行派」って言う。
という風に 能行と所行という風に分けるんですけど、本来の、能行、所行という分け方は、そういう、称名をどこでどう取るかというこでは、なくて、「行ずる側を能行」と言い、「行ぜられている側を所行」というんです。
行ずるって言うのは、称えていることをでしょ。行ぜられてるっていうことは、名号でしょ。称えらているのは、名号でしょ。だから、「称えられている名号を、所行」と言い、「称えているところを能行」というんです。
それだけの違いなんです。
「能 所」というのは、英語で言えば、active (アクティブ)、passive(パッシブ)だから、passiveっていうのは、称えられている
だから、何が称えられているんですかって言ったら、南無阿弥陀仏の名号でしょ。だから、「南無阿弥陀仏の名号を所行」と言い、「称えられている側」と言い、「称えている、口で南無阿弥陀仏と称えている称名のところを 能行」と言い、だから、「称えるられている側」と、「称えている側」で、能行と 所行と分けているんです。
だから、能行派、所行派って言うのは、後に出できた特殊な言い方で、本来は、能行、所行っていうのは、そんな言い方ではないのです。
単純に、称えられている側、称えている側。
どっちも他力ですよ。称えられている側は、名号、南無阿弥陀仏。称えている側は 称名でしょ。
どっちも他力ですよ。
阿弥陀さまがはたらいているんだから。
どっちも他力だろって言う言い方が、ある意味、空華の言い方です。
「口にのぼっている称名といえど、南無阿弥陀仏のはたらきの姿であって、だから、行は、南無阿弥陀仏の名号だとおさえる言い方」が、「所行派の空華の言い方」で、「イヤ、そんなことはない。そんな観念的なものことを言っているんじゃない。自分の身体の上に 直接現れたところでしか、行は言わん」というのが「能行」。
非常に具体的なんですよ。能行の言い方は、だから、石泉和上は 非常に実際的、具体的です。我が身の上に現れたところでしか行は言わん。だから、称名でしか 行は言わんという言い方。
これは、間違いじゃない。
だけど、空華の場合は いや、称えていると言ったって、称えられているものがらがあって、それは何かと言ったら名号だ。だから、名号を行と名付くるのであって、称名でしか行は言わんなどというのは、極端な言い方であって、
それで、能行、所行の争いが延々続いている。
という意味の能行所行の分け方もあります。

以上が、10月7日の埼玉恵日会で、お聞きしたことの一部です。

ここに書いたこと以外にも、質問からは離れたお話しも、いろいろお聞きして、とても楽しい時間でした。

ぜひぜひ、皆さんとご一緒に、お聞きしたいと
思いました。

まだ ご縁のない方は、是非 一度は、埼玉恵日会に ご参加してみてください。

本当の親鸞聖人の教えをお聞きできます!

南無阿弥陀仏

今日は埼玉恵日会の日です。昨日もしれっと最高気温が30度を超えた熊谷でしたが、今日も日差しが強くてすでに30度を超えているようです。もっとも、今回の会場は駅直結の会場とのことですので、そこまで暑さは感じないかも知れません。


仏法とのご縁のたびに思い出すのが、蓮如上人のこの御文です。


細々に信心のみぞをさらえて、弥陀の法水をながせといえる事ありげに候う。
(蓮如上人御文 2-1)



ちょっとずれますが、今日は暑いので、熊谷がどれくらい暑いのかという話を書いてみます。

熊谷に気象台があるおかげで、予想最高気温の上位で名前が出る常連で、熊谷といえば暑いという単語が真っ先に紐付くという人も多かろうと思います。実際、今年も最高気温を更新しましたし、10年くらい前にも山形の記録を更新していました。ついでにいえば、6,7,9月の最高気温も熊谷が1番です。

そんなわけで、熊谷が暑いというのはその通りなのですが、たとえば40度を観測したという観点で見ると、熊谷が40度以上を観測したのは過去100年あまりで2回だけです。そのいずれも最高気温を更新した記録のために目立っているようです。


これ


40度以上を2回観測と言えば、同じ埼玉でも熊谷ほど暑いイメージが無い越谷も2回でした。意外?にも40度以上を先に観測したのは越谷でした。
ちなみに、10年くらい前に熊谷と同じ日に最高気温を更新した岐阜県の多治見は、40度以上を6回観測しています。

いずれも暑いには違いないと思いますけれども、こういう見方をすると熊谷の暑さも単純に暑い以外の見方ができるような気がしました。


自分で南無阿弥陀仏を味わうのもありがたいのですが、お聴聞を通して自分が味わっている以上の味わいができるというところも、仏法とのご縁がありがたいものであるゆえんだなあと思います。


まとまってませんが

南無阿弥陀仏

8月はお盆だったこともありまして、先日久しぶりに阿部先生のお寺の定例に行きました。最近の私はあまりいろんなところに行かなくなって、だいたい数カ所の決まったところに行くくらいになってしまいました。

阿部先生のお寺の西福寺に行くとき、私は昼食として近くのうどん屋で食事をします。気に入って行っている店は2カ所ありますが、今回はそのうちの一カ所に行きました。

普段はそれほど混雑していない店なのですが、たまたま混雑していまして、相席してくれと言われました。そのテーブルで、久しぶりに会うお同行が座っていました。


以前も明らかに同じようなことを書いたのですが、そんなことがあったのでまた書きます。


以前に、「あう」ことについて便宜上以下のような分類をしていました。

①AはBを目当てにあいに行った。BはAに予期せずあった。
②AとBは互いに予期せずにあった。


今回の私は、うどん屋で「あう」ことについては予期していませんでしたし、おそらく彼にとってもそれは予期していなかったでしょうから、そうすると②の「あい方」と言えるでしょう。

この予期しない「あう」ということを、親鸞聖人は「遇う」といった表現でなされています。前回も引用しましたが、また引用してみます。


「遇はまうあふといふ、まうあふとまふすは、本願力を信ずるなり。」
とあり、『教行信証』の総序にも「遇い難くして今遇うことをえたり」とあり、正信念仏掲の「一生造悪値弘誓」を念仏正信偈には「遇弘誓」となっている。遇のまうあうは目上の人から目下の人に向う場合に使われる用語といわれ、しかも全く予期しないあい方である。それは自らの予想し、求めている方向にないからである。
(稲城選恵著 『他力信心の特色』)



そうすると、前回の記事を書く以前と同じ味わいということになるかもしれませんが、一つ言うなれば、私は「西福寺に行けば彼に会えるかも知れない」という期待を持っていたということでした。そういう意味では前回と同じ話になるのですが、「あった」のは寺ではなくてうどん屋でした。


AとBで並べるとわけが分からなくなるので並べませんけれども、今回も弥陀と私の話として強引に味わうならば、


・私は弥陀に(このようにすれば)「あえる」だろうという期待を持っていた。しかし、思いがけないところで「あった」
 弥陀は私が目当てであった


前回のAとBの話は、「私の立場から見た」場合に①と②は同じでした。いわば「弥陀の立場から見た」(であろう)違いを書いていまして、ついでに言えば「私」の作為も問題にしていませんでした。

そういえば、南無阿弥陀仏を喜ぶ前、というとおおむね学生時代の話になるのですが、ああすればどうかこうすればどうかという思いから離れなかったというのは、まさに自力心全開だったといえるでしょうか。ついでに言えば、弥陀の本願にあう(というより私にとっては「人生の目的達成」でしたが)ということの結果としては、また想像する結果があったものでした。

現在から見れば、確かに望んでいたとおり以前の定義に於ける「人生の目的達成」したのでしょうが、それは学生時代の想像とは全く異なることでした。結局のところ、「自らの予想し、求めている方向に」無かったからでした。



今回の話も、総体から言えば特段目新しい話でも何でも無いのでしょうが、ふとそのような味わいがありましたので、このように書いてみました。


ああ、弘誓の強縁、多生にも値いがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽*150せられなば、かえってまた曠劫を径歴せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。
(総序)

あさ川です。先日、掲載予定といっていた投稿文については、都合により掲載しないことになりました。

さて今日は、RCさんから埼玉恵日会のお知らせをいただきましたので掲載します。もう熊谷はすっかり涼しくなりました。もう今年は40度を超えることはおそらく無いでしょう。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

次回の埼玉恵日会のお知らせをさせていただきます。

日時 : 10月7日(日)14:00〜17:00
場所: JR熊谷駅 直結 ティアラ21
4階ハートピア 会議室
(熊谷市男女共同参画推進センター)

講師: 阿部 信幾 先生
(本願寺派補教 )

埼玉恵日会は、親鸞聖人の教え、浄土真宗を 知りたい人の為の勉強会です。
質問形式の勉強会で、真宗の理解を深めたいと思っています。
予め 質問を集めて、先生に応えて頂きますので、その場で 質問する勇気がなくても、また 匿名でも 大丈夫です。

親鸞聖人の教えについて、質問のある方は、以下のアドレスに メールで質問を送ってください。先生に 当日 お答え頂けます。

アドレスは、
rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp
(アットマークは、@に変えてください)

*今年の今後の日程は、 12/2 です。

ところで。
8月の阿部先生のご自坊(群馬県 西福寺)での お盆法要の帰りに、親鸞会の埼玉熊谷会館に寄って、親鸞会会員さんとお話しした時に、「浄土真宗の信心」と、「親鸞会で教えているところの信心」のズレを実感したので、そのことを書かせていただきます。

親鸞会では、高森会長から「目の前の小さな川を渡れない者が、その先にある大きな川を渡れるはずがない。」という話しをよく聞きました。
今の人生の苦しみの解決が 出来ずに(目の前の小さな川を渡れずに)、後生の一大事の解決(先の大きな川を渡ること)が、できるはずがない。今の苦しみが解決出来たら(= 絶対の幸福になれたなら)、後生は 極楽参り間違いない身となれるのだと聞き、早く 絶対の幸福になりたいと願っていました。
現在の私の「苦しみの人生が、喜びの人生に、急に ガラッと変わること」が、親鸞会で教えられている「救い」「親鸞会の信心決定」ということだと思います。お話しした会員さんもそう理解されていたようです。
だから、 親鸞会会員さんは、今の自分の心に 何か凄い変化が 起こるのを待っているのでしょう。聴聞を重ね、親鸞会へ貢献していれば、やがて、そういう凄い変化が 自分の心に起こると信じて、頑張っておられるのだと思います。

しかし、よく考えれば、苦しみが、喜びに変わるって、変ではないですか?
例えば、多くの人は、周りの人と 仲良くできて、やり甲斐のある仕事をして、家族円満に、健康に暮らして行けたら、いいなーって、思っていると思いますが・・・。
もし、周り中から嫌われて、仕事も無く、家庭内暴力で 一家離散して、重い病になったとしても、「絶対の幸福」に 救われてさえいれば、幸せで 喜びいっぱいで生きていられるって わけでしようか???
「絶対の幸福」という言葉は、本当は 空っぽで 実体のない、妄想の言葉でしかないのではないでしょうか?
そんな幼稚な妄想の言葉に 迷わされて、大切な人生を終わって欲しくないです。
私も、30年以上も、絶対の幸福を目指して 聴聞し、お布施もし、活動もしましたが、心の変化などありませんでした。
そんな虚しい教えで、どうやって 十方衆生を助けることができるでしょう?
今、私を救わない教えが、真実の教えですか?

早く 間違いのない真実の言葉「南無阿弥陀仏」を聞いていただきたいです。
「南無阿弥陀仏」は、私の往生の証拠です。
阿弥陀仏の本願成就が、南無阿弥陀仏となって 今 ここに 届いてくださっているのです。
「南無阿弥陀仏」は、阿弥陀さまが 私を救うとおっしゃっているお言葉であり、私を救う 阿弥陀さまのお姿が、南無阿弥陀仏です。
南無阿弥陀仏という 私の往生の証拠が、届いていることをお聞きすれば、 私の自力など 全く用事がなかった、私のはからいは 要らなかったと、はからいは 廃ります。
阿弥陀さまに おまかせして、「安心」して生きていけます。
苦しみは、苦しみとしてありますが、南無阿弥陀仏が 支えてくださっている人生だから、安心して生きていける、そして 安心して死んでいけます。

阿弥陀さまのご恩を喜んで、そして お念仏となってはたらいてくださっている阿弥陀さまにおまかせして(=お念仏して)、生きて行くのが 真宗門徒だと思います。
早く、本当の浄土真宗の教えを聞いていただきたいです。

大宇宙が火の海になっても、聞かなければならないのが 仏法ですが。
親鸞会では、必死になって 聞きに行っても、そこで また、「必死に聞かなければならないのが仏法」ということを聞かされるだけした。
聞くのことの中身を 教えていないのです。
大宇宙が火の海になっても 聞かなけらば ならないことは、「南無阿弥陀仏」の おいわれです。「仏願の生起本末」です。「南無阿弥陀仏が 私の往生の証拠だということ」です。
私の代わりに阿弥陀さまが 命かげで、ご修行してくださり、南無阿弥陀仏になってくださり、南無阿弥陀仏と 喚んでくださり、南無阿弥陀仏と おはたらきくださって、全部、阿弥陀さまが仕上げてくださっているので 、私は そのことを 喜んで 南無阿弥陀仏と お念仏させていただくだけです。
こんなに 有り難いご法義なのに、違う話しを聞かされている親鸞会会員さん。
早く 南無阿弥陀仏のおいわれを 聞いていただきたいです。

南無阿弥陀仏

あさ川です。先日の記事で書きました投稿文については現在筆者の方に確定稿の確認中(返事待ち)ですが、先にRCさんからの投稿文をいただきましたので掲載します。西宮での聞法会のお知らせとのことです。

西宮といえば、その近くでひろしさんとお会いしたことを思い出します。


南無阿弥陀仏

========(以下、RCさんから投稿文です)========


RCです。
関西にお住まいのお同行の方から、響流会主催の「にしのみや聞法会」のお知らせをいただきました。
「安心問答」の 宮田さんが 講師をされるそうです。都内での宮田さんの勉強会には、何度か参加させていただきましたが、優しい空気の中で、いろんな質問に 丁寧にお答えいただいて、ご縁があってよかったー!って、いつも思います。
ご都合のつく方は、ぜひ参加ください。
素晴らしいご縁になると思います。

以下、「にしのみや聞法会」のお知らせです。




真宗大谷派の響流会が創立一周年となり、にしのみや聞法の会を開かれることになりました。そしてこの機会に安心問答の宮田様を御講師として迎えられることが決まりました。
土曜日という比較的参加しやすい日程ですので
是非とも皆様のご参加をお待ち申し上げております。

以下は響流会のHP より。



1周年にあたり、9月より新たに御講師をお迎えいたします。

電子書籍『ただ今救われて下さい 安心問答・浄土真宗の信心について 』(響流書房)の著者であり、ブログ『安心問答』の宮田秀成先生をお迎えすることになりました。
先生には年4回程度お話しをしていただくことになります。とてもわかりやすいお話で定評のある先生です。

是非ご聴聞してください。

お待ちしております。

響流会


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<2018年> 9月 響流会主催「にしのみや聞法会」のご案内

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響流会では親鸞聖人のみ教えに学ぶ講座 「にしのみや聞法会」を毎月開催(1月と8月は休会)しております。
9月は下記のとおり開催することとなりました。

どなたでもご参加していただけます。
是非、御聴聞をしてください。


〇日時  2018年 9月 22日(土)

〇会場  西宮市勤労会館 3階 第 6会議室

〇時間  15時~16時半

〇持ち物 筆記用具

〇参加費 無料 (ご懇志は受け付けております)


※ テキスト等があれば会場で用意しております。


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◎会場へは出来るだけ公共交通機関をご利用ください。


◎お問い合わせは、響流会HP (http://kourukai.org/) のお問い合わせ欄までお願い致します。


配信元: 真宗大谷派 響流会

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