あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。 なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。投稿文の内容や行事案内等については、投稿主に直接ご連絡ください。

宗教というのは、少なくとも人を幸せにするために存在するものだ、と思っています。
ところが、親鸞会と関わった少なくない人が、苦しみながらフェードアウトする姿も見てきました。
親鸞会はともかく、弥陀の本願とのご縁まで遠ざけてしまうのは、個人的にもったいないことだと思います。

私自身は追い出されるまでやめないということにしていましたが、そんな私自身の経験も含めて書くことで、宗教によって苦しんでしまった人に対して、なにかしらのご縁にでもなればと思います。

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昨日、緊急事態宣言が解除されたということで久々に記事を書きましたが、RCさんから投稿文をいただきましたので掲載します。『如来をきく』の本は、私もとある方から何年か前にご紹介いただいて読んだ記憶があります。

なんまんだぶ


========(以下、RCさんからの投稿文です)========

ご無沙汰しております。
RCです。

世界中のほとんどの人が、コロナに振り回されており、皆さまも、いろいろ不便な生活をされていらっしゃるかと思います。

埼玉恵日会も、4月、5月は中止とさせていただきました。
次回の7月18日(土)の埼玉恵日会は、可能であれば、開催したいと考えておりますが…。
新型コロナウイルスの感染状況をみて決めたいと思います。

ウイルスの感染症の為に、ご法話のご縁が、いただけない日が来るとは、今年の初めには、想像もしておりませんでした。
私たちは、本当に「一寸先は闇」の中を生きているんだなぁと、実感させられました。

でも、こういう状況にあっても、本願力は頼もしく、有り難く…。
この人生で遇うべきものに遇わせていただいた私たちは、幸せですね。

なもあみだぶつ です。

ところで、先日、響流書房から『如来をきく』という本が出版されました。
『如来をきく』は、稲城選恵和上、深川倫雄和上のご法話録です。

『如来をきく』は、絶版になってしまっていて、入手困難でしたが、瓜生さんがお骨折りくたさって、この度、電子書籍として、Amazonからダウンロードできるようになりました。

「これぞ、浄土真宗!」という内容で、皆さんにお読みいただきたいと思い、紹介させていただきました。
  
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なもあみだぶつ

国から配布されるはずのマスクはいまだに我が家には届いておりませんが、緊急事態宣言が全国で解除されたとのことです。自粛生活がしばらく続いたので、体もなんとなく自粛生活に慣れてしまった感はありますが、多かれ少なかれ生活が変わってしまったという方も少なくないのではないかと思います。


すっかり世の中変わってしまいましたね、という言葉。私は九年前もそんな言葉を見ず知らずのサラリーマンの方と語らっていました。


当時、東日本大震災という大災害のために関東地方は電力不足になっていました。どこもかしこも節電と称して照明は暗く、駅のエスカレータも止まり、鉄道会社の苦労のたまものである節電ダイヤなるものによって列車が運行されていた、ような記憶があります。


そんな折に珍しく、私はふと熊谷駅近辺で一人飲みをしていたことがありました。そこで、出張のために熊谷に来ていたというサラリーマンと出会い、つまみをごちそうになりつつ「世の中ずいぶん変わりましたね」などと語っていたことを折に触れ思い出します。


確かに当時、周りはずいぶん変わっていたと思います。しかしながら、いつしか節電という言葉も聞かれなくなり、一年も経たずにすっかり元通りになってしまった、そんな感じもありました。



今回の新型コロナウイルス騒動では、世界的に大きく生活が変わったのではないかと思います。今回は当時よりも大きく変わってしまっていて、すっかり元に戻ることはないだろう、そんなようにも思いますし、一方では、変わったようでなんとなく(完全ではないにしろ)戻ってしまうのではないかと思ったりもしています。



さて、仮に世の中変わっても、どうも私にとって南無阿弥陀仏は特段変わった気がいたしません。真摯な仏法者であれば、お念仏こそが心の拠り所であると御恩報謝の日暮らし、信仰を深めていかれるのでしょうが、どうも私はそのような境地とは離れているように思われます。変わらない南無阿弥陀仏に寄りかかって、甘えてと言いますか、常にそばにあるといいますか、境界がないといいますか、南無阿弥陀仏と私は九年前も今も、特段変わったようには思われないのです。

緊急事態宣言が解除されて、すっかり変わってしまったはずの世の中がこれからも変わっていくのでしょうけれども、これを機に改めて変わらない南無阿弥陀仏を味わうというのも味わい深いのではないか、とひとり呟くのでありました。



南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、、


新型コロナウイルスがなかなか落ち着きませんで、外出自粛ということもありましてここ数週間は仕事か日用品の買い物くらいしか出歩かなくなりました。お寺の法話も中止になっているところも多く、中止になっていないところも若干あるにせよ、ウイルスを持ち込む可能性もあるなあということで結局おおむねステイホーム状態の今日この頃です。


とはいえ手持無沙汰かと思いきや、なぜか一日たつのは早いものです。先日なんとなくAmazonサイトを見ていましたら、響流書房の仏教漫画が今更目に留まりましたので購入しました。

実は以前からレコメンドに表示されていたのですがずっとスルーしてまして、時節到来と言わんばかりに購入したのですが、とても味わい深く読みました。まだ一度読んだきりですが、「経典というものは機が熟さなければ何も語ってくれぬものなのでしょう」の法然上人のセリフになんともいえぬ味わいを覚えたのでした。



さて、平日は仕事でも休日はステイホームということで、先日はベランダ掃除ついでにエアコンの室外機を掃除しました。今も現役のこのエアコン、購入から十年弱の昨年だか一昨年だかに初めて室外機の掃除を業者にやってもらっていました。なので、たかだか一、二年程度の埃のはずなのですが、フィンの上に数ミリの厚さで積もっていました。
掃除機で吸いたい気分でしたが状況的に難しかったので、使用済み歯ブラシで埃をつまんでは捨て、つまんでは捨てていました。

歯ブラシでフィンの埃をかき出しながらふと、溝浚えのご文が味わわれました。


そもそも、今度一七か日報恩講のあいだにおいて、多屋内方もそのほかの人も、大略信心を決定し給えるよしきこえたり。めでたく本望これにすぐべからず。さりながら、そのままうちすて候えば、信心もうせ候うべし。細々に信心のみぞをさらえて、弥陀の法水をながせといえる事ありげに候う。
(蓮如上人御文 2-1)



このご文自体はこのブログで何度か触れてますので、なんとなく私が好きなんでしょう。今回私は、今までといささか違った味わいを持ったのですが、それは「細々に」の部分でした。この「細々」というところに、私は今まであまり注意を払っていなかったように思いました。

エアコンの室外機は一年くらいで埃が詰まってしまっていたのですが、信心の溝はおそらくもっと詰まりやすいのかもしれません。「細々」がどれくらいか、細かいことは書いてありませんが、いずれにせよあまり長く間を置かずに溝を浚えるご縁があるのがありがたいのであろうと思います。


ちなみに、溝浚えは法話会場に行かなければできない、ということではないと思います。法話の音声を聞くもよし、本を読むもよし、もちろんお念仏はありがたいご縁です。



お念仏にせよ、本にせよ、音声にせよ、時が熟せば今まで気づかなかったことが語られるのかもしれません。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、

今日は昨日から随分と気温が下がり、熊谷でもずいぶんと雪が降りました。もうすぐ4月だというのに向かいの家の屋根が真っ白になりました。


新型コロナウイルスで騒々しくなって久しいですが、ここ最近は「患者数」の増え方が大きくなっているような気がします。いや実際には、検査されていないが感染しているという人も相当数あるのではないかと思ったりしております。

そんな状況でここしばらくは「外出自粛」ということもありますので、家で静かにしている今日この頃です。


こういう状態ですと、なかなか「法座のご縁」にあうというのも難しいわけですが、ありがたいのは南無阿弥陀仏とのご縁は、場所を選ばずにあえるということです。


お念仏を通して南無阿弥陀仏、文字を通して南無阿弥陀仏、音を通して南無阿弥陀仏


どこそこへ行かなければあえないようなご縁、でないことが実にありがたいなあと思った次第です。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、

毎年この時期になりますと、どういう文字を当てようかといくつかの文字を思い浮かべながら考えています。そんな中で、ある程度前から決めていたような文字でそのまま進むこともあり、しっくりこないためにふと思いついたほかの文字になったり、その年年によって変わります。

ちなみに今年も含めてここ数年は後者です。


弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生 信楽受持甚以難 難中之難無過斯
(正信偈)



弥陀の本願念仏とのご縁を味わいますと、どのように考えてもそういうご縁にあうような自分ではないなあと思われます。


「弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生 信楽受持甚以難 難中之難無過斯」といふは、弥陀如来の本願の念仏をば、邪見のものと憍慢のものと悪人とは、真実に信じたてまつること難きがなかに難きこと、これに過ぎたるはなしといへるこころなり。
(正信偈大意)



蓮如上人がこのように解説されています。

親鸞聖人が正信偈のはじまりに南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏とお念仏申されて、そして到底いただくことなどありえないのにいただいた信楽を受持するということを懺悔と感謝をもってあらわされている、と味わわれます。


正信偈ではその後、次第相承の善知識方をあげられています。それに倣って、というのはおこがましいですけれども、正信偈を辿る中に、ささやかながら南無阿弥陀仏とご縁のあった者として到底あえないことにあわせてもらったことについて思いをはせるのでありました。



まず、弥陀が本願を建てて成就された、これがなければ始まらなかったでしょう。

そして仏教を説かれた釈尊、

歴代の高僧方、

当然に弥陀の本願念仏を明かされた親鸞聖人の教えが必要でありました。



ところが、私にはそれでは足りなかったようです。


次第相承の善知識方の教えはもちろんですが、私にとってはおそらくは親鸞会との出会いがあってのことだったろうと思います。




ちなみにこれは、親鸞会の教えでなければ弥陀の本願念仏にあえなかった、ということではありません。


ありませんどころか、親鸞会にいながらにして親鸞会でしか法話を聞いていなかったにもかかわらず親鸞会を否定しようとしたところでのご縁であっただけに、いわば否定の関係といっても良いかもしれません。

けれども、おそらく私には親鸞会との縁が必要だったのでありました。



・・・


親鸞聖人にとって南無阿弥陀仏に導いてくださった「よき人」は、第一に法然上人であったろうと思います。


翻って、私にとっての「よき人」とは、どなたであったろうと考えますと、この世で直接縁のあった方でこの方、という方をすぐに挙げられないなあと思いました。いろいろ考えまして、第一に親鸞聖人を挙げたいと思います。



親鸞聖人の正信偈は、釈迦弥陀そして七高僧方を挙げられてその恩徳の深いことを示されています。



如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
ほねをくだきても謝すべし (正像末和讃)



親鸞聖人は、御恩を深く知られ、報いようとなさった方だと思います。

「報謝(ほうじゃ)」は、往時の言葉では、「身を挙げて」報いるという意味があったそうです。心で思っているだけではなく具体的な行為を伴うということですが、まさに身を挙げて南無阿弥陀仏への報謝に生きた方だと、この和讃から味わわれるのです。



実は私、この恩徳讃が苦手でした。



今はどうか、といわれるとなんとも言えないのですが、若かりし頃の私は、このご和讃から鬼気迫るものを感じていました。何が迫ってきたのかといいますと、「あらゆる犠牲をいとわず御恩報謝せよ」の強迫であるように迫ってきていたのでした。


確かに「べし」が続きますし、何より親鸞会で聞いていた話をそのように受け取っていたので無理からぬことでありました。


もっとも、親鸞聖人の真情としては、


大師聖人の御おしえの恩徳のおもきことをしりて、ほねをこにしても報ずべしとなり。身をくだきても恩徳をむくうべしとなり。よくよくこの和尚のこのおしえを御覧じしるべしと。
(尊号真像銘文)



粉骨砕身の御恩報謝の思いといって差し支えないでしょう。


いっぽう、恥ずかしながら(という思いも実は無いのですが)私は、そんな心が見当たらない。弥陀釈迦にに対しても善知識方や「よき人」に対しても、御恩を知り、感じ、報いようという殊勝な心が出てこない。こんなことで良いのだろうかという思いさえも出てこない。何より弥陀から何も求められていないことに居座っている。


そんな私は、あるときからこの恩徳讃を、いささか違う味わいを持って読むようになりました。



本来は粉骨砕身とも、粉身砕骨といっても足りないような重い御恩をいただいているのにいっこうにその御恩に頓着しない。そのような横着者こそ弥陀のお目当てであるし、それゆえに弥陀以外からは見向きもされない自分である。

ただ思い出したときに思い出したようにお念仏を称える、自分で称えるというよりも出てくるばかりではありますけれども、真心の感謝の心も示さず、立ち上がるわけでもない私にはただ南無阿弥陀仏ばかりであるなあと、


そのような味わいを持って恩徳讃をいただくのでありました。


・・・


今回は、謝「親鸞会」と題しました。


これは「親鸞会に謝る」ということではありません。そんな心はありません。

それでは「親鸞会に感謝する」ということか、といわれると、それもしっくりきません。



「親鸞会が無ければ今の南無阿弥陀仏と私とのご縁はなかった」という味わいの上ではそういう思いはありますし、それを感謝というのであれば一応の感謝はあります。

ただ、それをいうのであれば真っ先に釈迦弥陀そして親鸞聖人に対する「感謝」でありましょう。



弥陀の本願念仏のご縁は人それぞれあろうかと思います。親鸞会と縁のあった方の中には、親鸞会は非常にありがたいご縁だと思われる方もあるかしれませんし、その逆の方もあるかしれませんし、どちらでもないという方もあるかしれません。


私なんぞは、ブログで親鸞会が嫌いだと公言していたこともありつつ親鸞会との縁は南無阿弥陀仏とのご縁に至までの道程であったのだなという思いはありますが、どうも素直な感謝という思いは出てきません。


先日も指摘されていたアニメの改変などは、特段驚くことでもないとは思いつつやはり残念に思います。そういうところも、親鸞会を恥ずかしく思ってしまう一つの原因かも知れません。



そういえば以前、とあるお同行の方が、


「高森さんが、『親鸞会にしがみついていては助からんぞ、早く離れよ』と自分の身を通して教える菩薩様に思えてくる」


といわれていたことを思い出しました。
どうにも逆説的なように思いますが、様々なご縁のいずれもが、すべて南無阿弥陀仏とのご縁になっているのではないかと味わわれます。


今回の「謝」の文字には、親鸞会に対する感謝の思いは無い(というより親鸞会に対する興味関心も薄らいでいる)私であるということを縁に触れて思い出しつつ、親鸞会も含めたあらゆる今までのご縁、出会いがあって今の私の南無阿弥陀仏とのご縁ということを、縁あるたびにかみしめてお念仏することが一つの報謝ではなかろうか、という思いを込めたのでありました。


いつもながらまとまっていませんが、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、、

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改めてご説明しますと、毎年2/26には●「親鸞会」と題した記事を書いてきました。

・卒「親鸞会」
・超「親鸞会」
・忘「親鸞会」
・転「親鸞会」
・離「親鸞会」
・「還」親鸞会
・朋「親鸞会」

そして今回は、 謝「親鸞会」 と題しました。


他のブログでは、いわゆる「聖典」の言葉に対しては現代語訳や解説などを載せる場合が多いのですが、当ブログは私の味わいを載せるだけにしております。きちんとした現代語訳や意味をご所望の方は、他の方の書かれたブログや書物等でお調べ下さい。

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