あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2012年06月

引き続き、さよならへの皆さんからのコメントをいただき、ありがとうございます。


とある起業家向けセミナーで、
「伝えたことがすべてではなく、伝わったことがすべて」
と聞いたことがあり、なるほどと思ったことがあります。


そういう意味では、皆さんに伝わったことが、あさ川の主張だと思われるということだと言えます。

私はさよならへの投稿でも、このブログでも、さよならへのコメントでも、同じ事を言っているつもりなのですが、私の伝え方に問題があるのかなと思います。
そもそも私のブログやさよならのコメントを、皆が皆、隅々まで読んで意味を噛みしめるということはないのですから。


それでも以前よりは、私の立場やスタンスを分かって頂けているような、そんな気がしております。



先のエントリの内容から、私が親鸞会に対してはどのように思っているのか、お分かりになったかもしれません。ですが、そんなスタンスで何も考えずにブログなんか書こうものなら収拾が付かなくなるでしょうし、結局のところ今まで声を上げられずに居た人はやはり、声を上げられないままになるのではないか、と思っています。


退会して親鸞会を批判するのであれば、別に私でなくともぶるうの氏はじめ様々な方が様々にブログを書いています。それが出来る人に私は必要ではないと思います。
浄土真宗親鸞会こそが唯一絶対真実の団体だと思っているのならば、そもそもこんな土俵に上がらないでしょう。このような人は私をどう見ているか知りませんが・・・

親鸞会に居て、しかしながら親鸞会に苦しみ抜けられない人があるとすれば、何かのきっかけにはなるのでないか、と思うのです。



さて、こうしてブログを書いていると、そろそろネット対策の講師部員の皆さんにも見られているのではないか、と思います。すでにコメントも入っているかもしれません。

どういうわけか、ネット対策をしてる講師部員の方は私と面識のある方も多いのですが、ご本人とそのような話をしたことはありません。


親鸞会のネット対策というと良いイメージがまるでありません。

批判系のブログに関していえば、悩める相談者を装いながらコメントし、そのコメントの重箱のシミをつつくような質問を繰り返し、少しでも矛盾が出てくると意味不明な勝利宣言をする。

私が本尊論ブログを書いていたときも、そういうのが出てくるであろう事は予想していましたので、実際に出てきたときはひたすら逆質問を繰り返していました。


そういえば、私が本尊論ブログを書いていたときに、応援サイトと称したブログが発生したのは思わず苦笑してしまいました。

最初はぶるうの氏のギャグかと思ったのですが、ぶるうの氏が否定されたので、「ああ、親鸞会の囮ブログか」と思ったものでした。

おそらく、私にコメントさせてIPアドレスでも引っこ抜き、身元の特定をしようとしたのだろう、と勝手に思っています。ですので私も、あえてわざわざ大学から書き込みをしたものでした(笑)。


私はこのブログについて、「批判も擁護もしない」と言った理由はここにもあります。

このブログは批判系ではありませんが、おそらく、そのような人からのコメントも出てくると思います。
ですが、別に良いやと思っています。

私が本尊論ブログを閉じた当初は、2chに出没したときに私とやりとりをしようとしたネット対策の人に対して、「そっちも身元を明かさない限り応じない」と言っていました。

実際、貶めるだけが目的の人とやりとりをするのは相当のエネルギーを消費しますし、気分も良くないです。


ですが、このブログの目的を考えたとき、「この人はネット対策員ではなかろうか」と先入観を持って接することは失礼になると思いますし、このブログについては勝った負けたはないのですから、言わせておけばいいや、と思うようにしています。

もちろん、意味不明な勝利宣言の対して気分がよろしくないのは事実ですが。


数年前と違って、標準でアクセス解析の機能がブログに付いています。
ですが、別に身元を詮索するつもりはありません。
あらゆる人に声を上げてもらえれば良いと思っています。


なにやらちょっと批判じみてしまったかもしれません。ただここは、直してもらった方が良いと思っています。

親鸞会のネット対策も、私が本尊論を書いていた辺りは非常に活気がありました。片方がブログを立てたらもう片方がブログを立てる。それは活気があっていいことではないか、と思っています。

6年半前のブログ合戦の元凶がこんなことを言うのもどうかと思いますが。

こちらのブログにはなかなかコメントが付きませんが(笑)、さよならへは様々なコメントをいただきありがとうございます。


様々なコメントを頂いたので、何からお話ししたら良いかということが、なかなか整理整頓できません。読みにくい文章になるかもしれませんが、ご容赦頂ければと思います。


なぜ親鸞会をやめないのか、という問いについては説明が困難です。
いささか乱暴な言い方になってしまいましたが、恐らく説明しても理解が困難であると思います。


一昨年の年末、私のところに、ある全国紙の記者が取材に来ました。確か、テーマは「宗教と孤独」といった趣旨だったかと思います。浄土真宗親鸞会という宗教団体に所属していて、どのような孤独感を抱いているか、ということを聞きたかったのだと思われます。

そこで私は、

・何年か前に親鸞会をブログで批判していたこと
・そもそも親鸞会という組織が好きではない
・今は阿弥陀仏の本願を喜んでいて、学生時代とは違ってすっきりしている
・親鸞会という組織には何も求めていない
・親鸞会に人生を預けようと思ったことは金輪際無い

というような話をしました。

当然、「なんで親鸞会を続けているのか」という疑問が記者の中に芽生えたようでした。


親鸞聖人のお言葉でもすっきり出せれば良かったのでしょうが、そんな都合の良い言葉も出てきませんでしたので、私の言葉で長々と、1時間くらい話をしていたでしょうか。
結局、記者の頭には?が増えただけで終わったようでした。




ぶるうの氏からは、7年ほど前に

>これだけ言ってもやめないあさ川たんはネ申だ

と言われています。



残された人たちのことなど顧みず、どうぞ勝手にしてくださいと心底思っていたならば、
そして強く自分が親鸞会をやめる必要性を感じていたならば、
今もまだ会員で居ることはなかったかもしれません。

追い出されるまではやめないと本尊論ブログを建てた手前、意地になっていたこともありました。ただそれは、不思議と弥陀の本願を喜ぶ中でどうでも良くなりました。

親鸞会を泥水だと思ったならば清水を用意して叫んだのでしょうが、私は泥水ではなく劇薬だと思っていました。親鸞会をどのように使うかはその人の責任だと。

だから、自ら進んで親鸞会の職員になろうとした後輩にはこう言えたのです。

「親鸞会の職員になるということは、親鸞会に24時間尽くすということだ。それができないならやめた方がいい」

弥陀の本願は親鸞会にいようといなかろうと関係なく弥陀まかせです。

私は決して好き勝手やってきたわけではありませんが、結果としてふつうの会員さんからは少し浮いたことをやってきました。

「どんな人でも弥陀の本願とのご縁がある」のだということは、異なる価値観を排除する中では決して分からないことだからです。

それは、親鸞会の外から言ったところで親鸞会の中の人には響かないのではないでしょうか。

さよならにコメントいたしましたところ、何人かの方からコメントを頂きました。
どうもありがとうございました。

皆さん、率直に意見をいただきまして、私の行動や考えが多くの方にとって理解しがたいものであろうと思っていたことが、やはり現実であることがよく分かりました。

私という人物、スタンスなどはまた整理して書きます。余計に分からなくなる方も少なくないかもしれませんが。
お返事も後日にできるだけ書きたいと思います。


さて、このブログを開設した目的の一つに、いろいろな考えを持つ人があることを知ってもらいたいということと、いろいろな人がいろいろと好き勝手言える場所をもうけたい、ということがありました。


そのため、中には言いにくい意見もあるかもしれないということで、コメントをいったん非公開にして、公開を希望しないコメントを除いて公開するように変更しようかとも考えていました。


しかしながら、私が恣意的に公開するコメントを選択していると思われるのも本意でもないと思っていたところ、ライブドアブログにあさ川宛てにメッセージを送信する機能があることに気がつきました。



このブログの右側のメニューの下のほうにフォームをつけました。

もし、コメントという形での書き込みはイヤだけど、何かコメントしたいことがあるなど、書き込みをされたい方はご活用ください。


<メッセージについて>

・あさ川に対する建設的な批判も含め、なんでも結構です。(常識の範囲内で)

・特に名乗られない限り、どなたの投稿かなどと詮索しません。

・連絡先を頂いた方には、なるべくお返事したいと思います。

先のエントリでお話ししたとおり、24日には久しぶり(といっても降誕会以来)に親鸞会館に行きました。

この日は、「降誕会のお話についての質問のご縁」ということで、二千畳座談会と呼ばれる行事でしたが、これまたいつもとは壇上の雰囲気がずいぶん異なるもので、


・壇上に向かって右側には、いすが20脚ほど並べられていた
・左側にはひときわ立派な応接室用のソファが置かれていた

そして、
・「座談会なので、隣の人と話をするのは大いに結構だ」という趣旨のお話があった

といった感じで進められました。

壇上の右側には、講師部員の他、特専部員や親友部員と思われる人々も並んでいました。
これらの人たちが、「みなさんを代表して」必要に応じて発言する、ということのようでした。


「座談会なので、隣の人と話をするのは大いに結構だ」と言われても、結局のところ座談会中に隣の人と話をしている人は殆ど見られませんでしたので、参詣者の皆さんもこの変化にはなかなか付いていくのは大変なのかもしれません。

なんにせよ、個人的には座談会がより座談会に近い形になってきて、うれしく思いました。


ちなみに、私が一番気になったのは「でかいソファ」で、あれが壇上にあることに相当の違和感を感じました。

ふつうの椅子では疲労がたまってしまうでしょうし、座談会だから別に構わないのかもしれませんが、ふと親鸞聖人や蓮如上人はどうであったかな、と考えてしまいます。

親鸞聖人が京都に戻られて80歳を超えられた後、実際に皆さんとどのように接していらっしゃったか分かりませんが、「アニメ世界の光親鸞聖人」で描写される親鸞聖人は、いずれも正座をされています。蓮如上人も、ソファは使ってらっしゃらなかったのではないか、と思います。


もちろん、時代背景も状況も違いますので、こんなことを思うのは私だけかもしれませんが・・・

親鸞会館から帰ってきました。
コメントいただいた方々、ご覧頂いた方々、ありがとうございます。

正直なところ、思っていた以上にアクセスがありました。

私の作文が上手ではなかったからかもしれませんが、批判のためのブログと思われた方が相当いらっしゃったようです。
このブログは親鸞会を批判するためのものでも、擁護するためのものでもありません、と改めて申し上げます。


このブログ、あるいはさよならにコメントを頂いた方々には追ってお返事でも書ければと思います。(すみませんが後日に)


よくよく考えれば、6年半ほど前にぶるうの氏が除名になった前後のブログ乱立時期を覚えてらっしゃる方が少ないかと思いますので、浅川と聞いてもおわかりにならない方がほとんどだと思います。

6年半前に書いたブログは削除してしまいました(お約束のため)が、なぜかアーカイブが残っています。
(「再再考する」が先に来ていますが、順番はその下にある「再考する」が先です)


今回は詳細の経緯を割愛いたしますが、あの騒動を通じて、私が思っていたよりは親鸞会の懐は広かった、と感じています。


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今日の22時半くらいまでのアクセス状況です。数字は左から、
・ページビュー
・ユニークなユーザーの数(アクセス人数)
・携帯電話でアクセスした人数
です。

count

昨日いきなり訪問者が激増したのでどうしたことかと思ったら、私の作文が公開されていました。ごらんいただきまして、ありがとうございます。


私は明日、小杉に居る予定です。


さよならにコメントをいただいていました。

>まずはさっさと親鸞会に絶縁状を突き付けて辞める所から
始めた方がいいと思う、私は辞めてせいせいしています。

おっしゃりたいことは分かります。
ただ、そうであれば私は、7年前にさっさとやめていたと思います。

この件についてはまた別の機会にでもと思っていますが・・・

私の学生時代、同じ大学のある先輩の話です。
先日のエントリでAさんからCさんを使いましたのでDさんとします。


Dさんと私で部室の掃除をしていたときのことです。
Dさんが掃除機をかけていて私が手伝っていたのですが、後ろの方に来てもずっと前を向きながら掃除機がけをしていました。明らかに後ろを向いた方がやりやすいのになあ、と思ったので、なぜ後ろを向かないのか尋ねました。

「阿弥陀仏になるべく尻を見せないようにしているんだ」


またあるとき、親鸞会館で折りたたみ机の撤収作業を一緒にしていたときのこと。
私が仏壇側に机の脚が向くように机を倒したところ、Dさんが逆向きに机を倒し直しました。

「阿弥陀仏に机の脚を向けるのは良くないと思うんだ」


以来私は、なるべくお仏壇に向かっては尻や足(机の脚も)を投げ出さないように気をつけるようになりました。


実際問題、このことを気にしていること自体に嫌悪感を覚える方もあるかもしれません。

ただ私は、Dさんがきちんとそのようなことを気にかけて日々過ごされているということに、少し感動したものです。


そんなDさんが、「ぶるうの氏に唆されて親鸞会を離れた」と聞いたときは、なんとも残念な気持ちになりました。実際の本人の話では、「自分の意思で会いに行ってやめる決心をつけた」とのことでしたが。

Dさんが引き続き弥陀とのご縁を結ばれていることを念じております。

日曜日、といっても昨日ですが、テレビ座談会がありました。
仕事の都合で、およそ一ヶ月ぶりのご縁でした。


親鸞会での座談会というと、皆が車座になって言いたいことを言い合うという(私の中での)座談会のイメージとはほど遠いものでした。皆が正座してまっすぐ演台に向かって話を聞いているので、「あまり座談会という感じがしないなあ」と思ったものでした。


ところが、先月もこのような形式だったようなのですが、

・応接室で(ソファーに座って)
・十人弱の幹部講師を中心として
・話し合いをしている

形式になっていました。


「無碍の一道のすばらしさを詳しく教えてください」という趣旨の質問についての回答、という点ではいつもの座談会なのですが、説明的な感じは少なく、(私の感覚での)座談会のイメージにかなり近いものでした。

もっとも、絶対的な存在が有る以上は議論の方向性は自ずと限られるのですが、それでも、ずいぶん親しみやすい形式になったのではないかと思いました。

ちなみに、多くの時間を割いて話し合われたのは「人生の目的ということについて」。先日あっった小児の臓器移植問題も話題に入れながら話が進みました。



親鸞会では、真宗難民という言葉が使われて各地で会館を造る動きが広がっています。
親鸞会の好きな「白兵戦」ということからすれば、この動きは当然のことと思います。


ただ、昨日の話のように、せっかく一般的にも比較的興味を持たれそうな話題で、(今までと比べれば)親しみやすい形式でなされたので、Youtubeなどに公開して広く見ることができるようにしたも良いのではないかと思います。興味を持って見る人があるかもしれません。


親鸞会についてはいろいろ言われることもありますが、「人生の目的について」の問いかけは無意味ではないと思います。



議論のプロセスがどうとか、題材の掘り下げ方とか、ふかふかそうなソファーに座っている姿とか、映像を見ていろいろ思うところはあるかもしれませんが。

”居場所がなかった 見つからなかった
 未来には期待できるのか 分からずに”


浜崎あゆみの「A Song for ××」の歌詞。
私が学生時代に初めて親鸞会に勧誘されたときに、浜崎あゆみの歌を使って話をしてくれたことを思い出します。

私が卒業した後も同じネタを使っていたのを見たときは、さすがに苦笑しましたが、それだけ浜崎あゆみの歌は訴えかけるものがある、ということなのでしょう。


私が親鸞会と縁があって10年以上が経ち、多くの先輩同輩後輩は去って行きました。
(むしろ、私がなぜ残っているのかという話はあるのですが)


敗残者、と言っていた人もありますが、そうは思いませんでした。

若かりし頃(恥)は確かに、「聞く気が無くなってしまったのかな」と残念に思っていましたが、ぶるうの氏と一緒になっていろんなブログを作っていたりしながら自分の来し方を思うにつけ、去っていった人たちに対する見方が少し変わりました。


親鸞会に居場所が無くなってしまった、あるいは居るべき場所ではなくなったのではないか、と。


親鸞会について行けない
金が無い
先輩や講師部員が嫌い
組織がおかしい
教義がおかしい
・・・

いろいろな思いがあると思います。

いろいろな理由があるのかもしれませんが、突き詰めて考えれば”自分の居場所ではなくなった”と感じて去っていったのではないかと思います。


人が嫌いだとか活動について行けないとか言っても、残る人もある。そこまで深刻ではないけどフェードアウトする人もある。


結局のところ、親鸞会が居場所ではなくなったのだと思います。


蓮如上人は

しかればここに弥陀如来ともうすは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として、いまのごときの、諸仏にすてられたる末代不善の凡夫、五障・三従の女人をば、弥陀にかぎりて、われひとりたすけんという超世の大願をおこして、われら一切衆生を平等にすくわんとちかいたまいて、無上の誓願をおこして、すでに阿弥陀仏となりましましけり。

と教えられています。


捨てられても見捨てない弥陀の本願は、居場所が無い人にとってはこの上ない居場所と言えるようにも思います。


親鸞会を去って弥陀の本願を求めている方も少なくないと思いますが、親鸞会によって弥陀の本願にも絶望してしまい遠ざかってしまったとすれば、非常にもったいないことだと思います。


若かりし頃の私自身の反省もあるのですが、少なくとも今、親鸞会で喜んでいる人の何倍もの人たちがすでに去っていき、少なくない人が弥陀の本願からもご縁を遠ざけてしまっているであろう現実は、その本人の問題だけでは無いと思います。

ブログを始めてから十日ほど経ち、久々に冒頭に書いていたコメントを読み返しました。


”私自身の経験も含めて書いていきながら、宗教によって苦しんでしまった人に対して、なにかしらの助けになればと思っています。”


これまで、どちらかというと自分が思いついた、書きやすいネタを書いてきました。
しかし、これでは全然違うのではないか、と思いました。

とはいえ、どういったことを書いたら「何かしらの助け」になるのか。


久々に2ちゃんねるを読んで、思い出したことがあります。読んだ方がどう思われるかは分かりませんが、何か感じて頂ければ幸いです。

・・・・

一年前か二年前か、忘れてしまいました。そんなに経っていなかったと思います。

たまたま私は、2ちゃんねるの親鸞会のスレッドを読んでいました。どれくらい信じてもらえるかは分かりませんが、このときの私には、相当久しぶりの親鸞会スレでした。


たまたま目に入ったレス、それは”高森先生が亡くなりました”ということがもっともらしく書いてあったレスでした。

2ちゃんねるには、ガセネタが非常にもっともらしく本当のことのように書かれていることがあります。きっと今回もそうなのだろう、と思いました。



どうしたことか、程なくぶるうの氏からメールがありました。

「高森先生が亡くなったというのは本当か?」

という内容。私は意外に思いながらも、全くそのような連絡は来ていないと返信しました。


「こうせん部長に聞いてみようかな」


このメッセージが届いたとき、私にはこの意味が理解できませんでした。

おそらく、原因は2ちゃんねるの書き込み。もっともらしく書かれていたとはいえ、2ちゃんねるは2ちゃんねる。なのにぶるうの氏は明らかに気が気でない様子でした。



「いいと思いますが、2ちゃんねるの記事を見て電話して、ガセだったら笑われませんかね」

「気になって落ち着かない。ガセならガセで、はっきりすればそれでいいじゃないか」



それからまもなく、ガセだと判明したと連絡がありました。

ぶるうの氏からのメールには、なにやら安堵の色が見えました。

・・・・

すでに携帯電話にこのやりとりは残っていないので、やりとりは私の記憶であることをお断りしておきます。

ですが、

親鸞会を離れて何年も経っているぶるうの氏と、このようなやりとりをしたということは、私にとって感慨深いものがありました。


人生の決して短くはない時間を費やした親鸞会。

一時は人生の師と仰いだはずの人の訃報(ガセですが)に触れたときの思いは、どんな思いだったのでしょうか。



親鸞会の講師部員として生きていくことを決意し、それゆえ親鸞会に失望し親鸞会を去ったからこそ、出てきた思いなのかもしれません。

それが、決して親鸞会と心中するつもりは無いと最初から距離をとり続けてきた私との、決定的な違いのような気がします。

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