あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2012年11月

かなり個人的な話(言い訳)ではありますが、最近はだいぶ慌ただしくなっておりまして、コメントへのお返事も更新もメールも滞っています。コメントへのお返事ができておりませんが、読ませていただいてはおりますので、土曜日以降にお返事できればと思います。メールのお返事も滞っておりまして、いただいている方には申し訳ありませんが、週末にはどうにかと思っています。


さて、コメント欄にて安楽集や仏説比喩経などのお話が出てきました。
そこで、私が学生時代のとき、様々なお聖教、一切経を読んでみたいと思って、


「一切経がデータ化されたものが存在したら、どんなにいいだろうか。百万円出せるか分からないけれど、それくらいほしい」


と思っていたことを思い出しました。


7年前で、今ほどネット上でも充実していたわけでは無かったかと思いますが、一切経のテキストデータ、真宗聖典のテキストデータ、というものは存在していました。


「百万円でも」と思っていたものが、実は労せずただで手に入ることを知ってしまった私は非常に現金なもので、正確性はともかくとして「無料」の手軽さにどん座ってしまったものです。 


以来、自分のPCやスマホ(当時はスマホとは言いませんでしたが)などに入れて持ち運ぶようになったのです。
ちなみに、今は持ち歩いていません。


ご存じの方も多かろうかと思いますが、私が愛用した一切経のデータを紹介します。

おそらく、ここです。

大蔵経テキストデータベース 


真宗聖典については、本願寺のホームページからとってきた記憶があるのですが、今日見てみたらどこにあるか分からなくなってしまいました。ただ、検索すると色々出てきます。 最近は、和訳(現代語訳)付きのものもあるのですね。



テキストデータとはいえ、やはりお聖教はお聖教、粗末にならないように気をつけたいと思います。 

短くてすいませんが、今日はこれくらいにします。

金曜日は光晴先生のご縁でした。私は昼のみのご縁でしたが、そこでは「後生の一大事」ということについてのお話でした。”仏教は後生の一大事を知るところから始まり後生の一大事の解決で終わる”ということで、その原点確認ということだったのだと思います。


いつもながら思うのですが、光晴先生のご縁は大概が


・「先生のご著書」(またはお話)からの引用
・アニメ上映
・ビデオご法話上映 


ということで、ご自分でほとんど話をされません。
「高森先生の代官」を徹底していらっしゃるのかなあ、と思ったりもしますが、人によっては「誰がしても変わらない話」と思う方もあるのかなあ、とも思います。
 





さて、少し前ですが、とある会合で蓮如上人の次の御文章のお話がありました。


これについて、ここに愚老一身の述懐これあり。そのいわれは、われら居住の在所在所の、門下のともがらにおいては、おおよそ心中をみおよぶに、とりつめて信心決定のすがたこれなしとおもいはんべり。おおきになげきおもうところなり。そのゆえは、愚老すでに八旬のよわいすぐるまで存命せしむるしるしには、信心決定の行者繁昌ありてこそ、いのちながきしるしともおもいはんべるべきに、さらにしかしかとも決定せしむるすがたこれなしとみおよべり。
(御文4-13)


もともとは、「蓮如上人の御遺言」の御文4帖目15通のお話で、蓮如上人が皆人の信心決定一つ念じていられたということの関連で出てきたものです。

この御文章が書かれたのは、明応七年の初夏、蓮如上人御往生の前の年です。そのことに関連して、


「蓮如上人ほどの方がずっと布教されてきて、”信心決定のすがたこれなし”と悲しんでおられる。そんな簡単に信心決定できるなら、こんなことを仰らない」

というお話があったと記憶しています。


ネット上での批判が念頭にあったのかは分かりませんけれども、私は蓮如上人の歯ぎしりが聞こえてくるような思いでした。


この一つ前の4帖目12通は、「毎月両度」の御文章です。


そもそも毎月両度の寄合の由来は、なにのためぞというに、さらに他のことにあらず。自身の往生極楽の、信心獲得のためなるがゆえなり。しかれば、往古よりいまにいたるまでも、毎月の寄合ということは、いずくにもこれありといえども、さらに信心の沙汰とては、かつてもってこれなし。ことに近年は、いずくにも寄合のときは、ただ酒飯茶なんどばかりにて、みなみな退散せり。これは仏法の本意には、しかるべからざる次第なり。いかにも不信の面々は、一段の不審をもたてて、信心の有無を沙汰すべきところに、なにの所詮もなく退散せしむる条、しかるべからずおぼえはんべり。よくよく思案をめぐらすべきことなり。所詮自今已後においては、不信の面々は、あいたがいに信心の讃嘆あるべきこと肝要なり。


「自身の往生極楽の信心決定のため」の寄合なのに、「ただ酒飯茶なんどばかりにて、みなみな退散」してしまっている、と蓮如上人は嘆いていらっしゃいます。


4帖目13通の「信心決定のすがたこれなし」が、このことから来ているのか、別のところから来ているのかは私には分かりません。



ただ、(ずいぶん前にも書きましたけど、)親鸞聖人が


「一難疑情 二易信心」


「難者三業修善不真実之心なり 易者如来願力廻向之心なり」
(愚禿抄)


と仰っているように、弥陀からたまわる信心を妨げて、難しくしてしまっているとすれば、それは弥陀の本願を疑っている心です。


そもそも弥陀からいただく信心ですから、自分から起こす信心ではありません。自分からは何をするわけでもないという点において、信心決定は簡単だとか難しいだとかいうのは本願に合っていないとも言えるかもしれません。


そうしますと、蓮如上人が ”信心決定のすがたこれなし” と仰ったのは、


「信心決定が難しいから」 ではなく、「弥陀の本願を聞こうとしないから」 ではないでしょうか。


別の言い方をすれば、原因は「弥陀」にあるのではなく、「私」にある。
私が起こす信心ではありません。私が何かを足していただく信心でもありません。
蓮如上人のお言葉を借りれば


いまの世にあらん女人は、みなみなこころを一つにして、阿弥陀如来をふかくたのみたてまつるべし。そのほかには、いずれの法を信ずというとも、後生のたすかるということ、ゆめゆめあるべからずとおもうべし。
(御文4-10)




4帖目13通に、蓮如上人が詠まれています。


弥陀の名を  ききうることの  あるならば  南無阿弥陀仏と  たのめみなひと

先日の「釈迦と弥陀の本願」の演題について、私のご縁深い講師部員の方にメールしました。


=====
今回の演題「釈迦と弥陀の本願」にて

釈迦と弥陀の関係についてお話いただきました。
「釈迦と弥陀」ではなく「釈迦と弥陀の本願」とされたところについて
私なりにも味わうところはありますが、もしお尋ねするご縁がございましたら
どういったお心からかを伺えればと思っております。
=====

 
すぐにお返事を頂きました。ものすごい感動が綴られた内容でした。 

私としては、その方の味わいもそうなのですが、「先生がこの演題を付けられたみ心」を知りたいと思っていました。ただ、上記の文章ではそれは伝わらないな、と、後で読んで思いました。
「お尋ねする」でなく「お尋ねになる」にしていればもう少し伝わったのかもしれませんが。

ですので、改めてお尋ねしたいと思います。

 

今日は「関東学徒の集い」です。今日の会場は、同じ関東とは言え二時間半ほど掛かる場所です。 
ひょっとしたら、先回のお話の内容も少し出るのかなあなどと思ったりもしております。 



ぶるうのさんのブログで、私のブログがリンクされていました。


私が以前に紹介したサイト、おそらく親鸞会の弘宣局が作成したサイトだと思います。
以前取り上げた時は、「このサイトも大概だ」と書いたような記憶があります。
 

このサイトで、「なぜ私は親鸞会をやめたのか」というサイトが取り上げられています。ここをご覧になっている方であればご存じかとは思いますが、「なぜやめ」の文章を書いたのはぶるうの氏ではありません。
にも関わらず、(断定はしていないようですが)そのように読めるような内容であるように思います。


ぶるうの氏も同じような意見らしかったので特段の問題は無いのかもしれませんが、ミスリードを狙うような文章は紛らわしいのでやめた方がいいと思います。



そういえば、前回のご法話の内容を書くとかいって、この記事のおかげで結局書かずじまいでした。 

内容を簡単に申しますと、正信偈の善導大師のお話です。最後に善導大師の

「外に賢善精進の相を現じて、内に虚仮を懐くことを得ざれ」

についてお話がありました。 

実は、私に頂いていたメールの中で、丁度ご法話前日の夜に、あるサイトを紹介されたものをいただいていました。 

たまたまなのでしょうが、内容がそっくりに思えたことが印象に残りました。 


このお話を聞いて、「一向専念高森先生ではどんなに頑張っても助からない」を書いたわけですが、ご法話の内容とはあまり関係がなかったですね。 



最近は、石原都知事が突然辞任し、野田首相が都知事選の日程にかぶせて(?)衆院選の日程を組んだため、私の勤める工場でも特需が起こっています。それで私も帰宅時間がさらに遅くなってしまっているわけですが。


それでは、「関東学徒の集い」にそろそろ行きます。すいませんが、今日は近況と雑感のみです。

日曜日は、「二千畳テレビ講演会」でした。


テレビ講演会ということは、ネット配信もしているのでしょうが、何はともかく皆さん二千畳に集まっていました。ただ、いつも以上に人口密度が低かったように思います。私がいたのは前から2つめの島(2番通路と3番通路の間)ですが、近くには十人以上座れそうな空間がぽっかり空いたままでした。もちろん、その後ろの島にも人は結構いたのですが、競って前へ前へと皆さんが進んでいた頃と比べるとずいぶん変わったものだと思います。


「釈迦と弥陀の本願」ということで、どういうお話があるのかなあと思っておりましたら、「釈迦と弥陀の関係を、皆さんによく知ってほしい」とのことで、ほとんどが釈尊一代のお話でした。実に新鮮な気持ちになりました。「計らってはいけないと言われるだろう」と書きましたけれど、そうなのだなあと思った次第です。


お話の内容は、釈尊の一代記が午後の前半の終わりまでありまして、最後の弥陀の本願のお話でした。


お釈迦様の一代記としては、 


<午前前半>
・ご生誕のときの話(「天上天下唯我独尊」のお話も)

<午前後半>
・アシダ仙人の話
・文武に優れられていたこと
・ご結婚
・四季の御殿
・四門出遊
・入山出城
 
<午後前半>
・入山出城の続き
・無常観と罪悪観
・無師独悟の決意と苦行
・スジャータ(とは言われませんでしたが)の乳(粥)
・橋陳如
・仏の悟り


そして、午後の後半で、

・釈尊45年間の教え
 「如来所為興出世 唯説弥陀本願海」(正信偈)
 仏教は阿弥陀仏の本願一つを教えられたもの

・釈迦と弥陀の違いは、一つ目に
 釈迦・・・地球上で仏の悟りを開かれた(今までで)唯一の方
 弥陀・・・他方仏(大宇宙の仏)、十方諸仏の本師本仏(御文2-8)
 
・釈迦一切経の結論は「一向専念無量寿仏」
 ”俺のマネをしても助からんぞ”と教えられた

・阿弥陀仏のことを十方諸仏が本師本仏と仰がれるのは、本願がずば抜けているから。
 本願と言えば阿弥陀仏、阿弥陀仏と言えば本願。

・阿弥陀仏の本願、本願とは約束。
 ”どんな人をも 必ず助ける 絶対の幸福に” 
 対象は全ての人。全ての人を絶対の幸福にするというお約束。
 
・親鸞聖人は「難思の弘誓」と仰っている。
 「難思の弘誓は難度海を度する大船 無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり」(教行信証)
 難度海=老病死から離れられない苦しみ
 (あさ川註:四門出遊の話に関連してだと思われます)

 阿弥陀仏の本願まことと知らされた時が無明の闇の晴れた時。
 無明の闇とは阿弥陀仏の本願を疑っている心
 その阿弥陀仏の本願を一生涯教えられたのが釈迦
 


と、大ざっぱに言うとこのようなお話でした。


「釈迦と弥陀の関係」のお話であれば、単純にそのままの演題か、あるいは単に 「釈迦と弥陀」 あるいは 「釈迦と阿弥陀仏」 「阿弥陀仏と釈尊」 でも良さそうなようにも思いました。


ただ、「釈迦と弥陀」 ではなくて、「釈迦と弥陀の本願」 という演題であったのは、やはり弥陀の本願を説かなければ浄土真宗にならないということもありますし、釈迦と弥陀の関係ということで釈迦の話から弥陀の本願を説明されたかったのかなあ、などと味わいました。 


私が個人的に印象に残ったのは、「一向専念無量寿仏」のお話の中での

”俺のマネをしても助からんぞ”

のフレーズ。 


ただ、あれだけ釈尊の一代記を長く話をされますと、人によっては、弥陀の本願を求めるには釈尊のような求道(苦行もさることながら、財産や地位名誉等一切を抛って、あらゆる反対を押し切って求め抜かれた姿勢)をしなければ本願にあえないと、そんなように思われる方があるかもしれない。家に帰って振り返りながらそう思いました。


ちなみに、不遜ながらこの私、釈尊が6年で悟りを開かれたという話を学生時代に聞いた時、「6年間は辛抱しなければならないかもしれない」 などと考えていたことを思い出しました。自分は6年間も修行をし続ける自信が無い。されども、聴聞を続けていれば、と、まるで次元の違う釈尊の求道と私の聞法ごっこを比較していたものでした。


そんな私が、確かに親鸞会で話を聞き始めてから6年あまりで弥陀の本願にあったなどというのは、たぶん釈尊の6年間とは全然関係ないと思いますが、まったく不思議としかいいようがありません。



といいながら、やはり 「釈尊と弥陀の本願」 という演題の理由が気にはなります。「の本願」 もそうですが、釈迦が最初に来ているこの順番も。メールでも打とうかしら。

明日日曜日の「二千畳テレビ講演」の演題は、「釈迦と弥陀の本願」と聞いています。


「布教革命」ということで、電話を使った電話座談会からテレビ座談会に名称が変わりながらも、座談会形式で続いていたのですが、先月から「テレビ講演」ということで、講演会形式になりました。


「新しい人をどんどん連れてきなさい」とのことで、講演会では教誨服ではなく平服でのお話だそうです。先月は二千畳とテレビと二回行われたのですが、いずれも私はご縁がありませんでしたので、今度が初めてです。


ご法話ではよく、「釈迦と弥陀の関係」についてのお話があります。今回は「釈迦と弥陀の本願」ということです。


「弥陀の本願」と聞くと、まず18願を思い出しますが、今回は三願のお話をされるのでしょうか。釈迦ということなので19願のお話かなあと思ったりもしています。


こういうことを言うと、「計らって聞くな」と怒られそうですが。


 



さて、前回の記事、タイトルで「親鸞会という団体は好きではありませんが」と書いていて、最後がタイトルと繋がっていないので「?」と思われた方もあったと思います。分かりにくくなって失礼しました。


タイトルに対しては、


>親鸞会にいる個々の人たちのことは基本的に好きです。

 
の部分が対応します。

後の文章は、そこから(私の中で)連想で出てきた話が繋がった結果、一つの文章になったものです。
 

しかしながら、改めて順を追ってみると、自分で書いているくせに
文章のつながりがよく分からないことになっていました。


言いたかったことは、


・親鸞会という団体は好きではないが、親鸞会の人のことは好きである
・親鸞会では自由に物事を言えないという批判があるが、必ずしも全てがそうではないと思う
・親鸞会にも、様々な意見や批判を受け入れる度量が必要だと思う
・親鸞会は「沈黙されている」ことを喧伝しているが、何も言われないことに対して「本当にそれでいいのか」を振り返ることが大切ではないか


といった内容でした。今思えば一つの文章に入れ込む内容ではなかったと思いますが、全部入れて読みづらくしてしまったという点は、今後気をつけたいと思います。

一昨日の記事は、後から読み直すと文章が至るところで変なことに気がつきました。今更の感もありますが、直すかどうか考え中です。


今まで私は、このブログの記事やコメントで 「親鸞会は好きでは無い」「親鸞会という団体は嫌いだ」 などと言ってきました。個人の好き嫌いの話ですので皆さんにとってはどうでも良いことのようにも思いますが、これに対して何のフォローもしてきませんでしたので、今日は少し補足したいと思います。


私が「親鸞会は好きでは無い」と言っているのは、「親鸞会のメンタリティが嫌い」ということであって、そのメンタリティに染まった親鸞会という団体が好きではない、ということです。

たとえば、先回のエントリで書いたような、「相手を貶めないと気が済まない」ように感じられるところなどです。



従いまして、親鸞会にいる個々の人たちのことは基本的に好きです。好きという言葉も変なように思いますが、そういうことです。


メンタリティに染まった団体が嫌いなら、メンタリティに染まった人間も嫌いではないのか、と思われる方もあろうかと思います。それはご尤もなことだと思いますけれども、個々の人格は人それぞれで、それがどうしたことかああいうメンタリティの組織に所属することで、「親鸞会」ができあがっているに過ぎないと思っています。


もちろん、中には話が通じなくていらいらしてしまうことも無きにしも非ず、ですが。



よくネット上で、「親鸞会は自由にものが言える雰囲気ではない」という指摘があります。
これは私もそう思っていました。


そこで、色々思うことはありつつも取りあえず言わないことにして学生時代をやり過ごしていました。


たぶん、思ったことを思ったとおり喋るような学生時代を過ごしていたら、本尊論で箍が外れることもなかったかもしれません。


私は、このメールを送った日の夜、担当講師の方とお話ししました。名前は伏せますけれど、親鸞会の中ではとても有名な方です。


既に私は、「言いたいことをいって追い出されるのであればそれで結構だ」 と思っていましたので、


「親鸞会の独善的とも思えるメンタリティが、ハッキリ言って嫌いである」

 
と言いました。 


おそらく、担当講師の方も思うところはおありだったのだと思いますが、それについて私を責めることはありませんでした。 のみならず、その後もかばっていただいたところは率直に言って申し訳ない気持ちになりました。


そういうこともありまして、少なくとも言いたいことはある程度言えるのではないか、という思いもあります。
このブログを始めて、少なくない方と陰に陽にやりとりをさせていただいてきた中では、相も変わらず自由にものが言える雰囲気ではない支部もあることを聞き及んでいます。ただ、それが全てではないはず。

あとは、それを聞く耳があるのかどうか、だと思います。


 

ネット上での様々な親鸞会批判があります。

それは、「親鸞会が良くなってほしい」という思いというよりは、残っている会員さん向けのメッセージ、という意味合いが強いようにも感じますけれども、批判されているということは、まだ物を言い合う縁があるということだと思います。どうでもいい存在には、ふつう批判もコメントも寄せません。


「4年8ヶ月の沈黙」


それは親鸞会に対する降伏の意味かもしれない、 

しかし、単に無視されているだけかもしれません。 

あるいは、発せられる音に耳をふさいで「無かったこと」にしているだけかもしれません。



蓮如上人、仰せられ候。「物をいえいえ」と、仰せられ候。「物をいわぬ者は、おそろしき」と、仰せられ候。「信不信、ともに、ただ、物をいえ」と、仰せられ候。「物を申せば、心底もきこえ、また、人にもなおさるるなり。ただ、物を申せ」と、仰せられ候う由候。 
(蓮如上人御一代記聞書87) 


故聖人のおおせには、「この法をば信ずる衆生もあり、そしる衆生もあるべしと、仏ときおかせたまいたることなれば、われはすでに信じたてまつる。またひとありてそしるにて、仏説まことなりけりとしられそうろう。しかれば往生はいよいよ一定とおもいたまうべきなり。
(歎異抄12章)


 
物を言わぬものはおそろしい、といわれます。逆に言えば物を言われないのもおそろしいのではないか。

謗る人の存在に却って本願まことを喜ばれたと、親鸞聖人は仰っています。


あえて争いを引き起こす必要はありませんけれども、
「沈黙」されていることを誇らしげに掲げていても良いものでしょうか。 「沈黙」されていることは良いことなのでしょうか。

すみませんが、今日も勝手につぶやきます。


よく、


「親鸞会はあれだけ批判されているのにだんまりを決め込んでいる」


というように(ネット上で)言われます。 私自身も正直なところ、最近の親鸞会のネット対策は元気が無いなあと思っていたところです。


ただ実際には、それなりに更新もしているところもあるようで、せっかくなので「ブログポータルナビ」に出ていない(と思う)サイトを久々に見たので紹介します。皆さんとっくにご存じだとは思いますが。


親鸞会批判の真実


なんかずいぶん前にも見たサイトです。ついでにいうと、こんな名前のサイトが以前にもあった気がします。


親鸞会への批判に対して反論が色々書かれているので、「親鸞会の教えている親鸞聖人の教え」の参考になるかもしれませんが、それ以上に目立つのが、ぶるうの氏への個人的な攻撃です。


ぶるうの氏も親鸞会の講師部員を批判したりされているので、どっちもどっちという意見もあるかしれませんが、私から見ればこのサイトも大概です。


私が本尊論を書いていた時も、「反論サイト」の冒頭にあったのは私への個人的な非難中傷でした。素直に反論を書いてくれれば良かったのに、と思ったものです。さすがに、私がブログを閉じた時には「不愉快な思いをさせてすみません」という文言が出てましたけど。(今は閉鎖されているようです)
 

相手を貶めないと気が済まないのは親鸞会のDNAなのか、とさえ思ってしまいますが、それより何より批判に対しての反論であれば、相手の非難なんて不必要では無いかと思います。


「正しい親鸞聖人の教えを知ってもらう」ことが目的であれば、そこに注力すればいいではありませんか。
それとも、「批判している人間はこんな奴だと知ってもらう」ことが目的なのでしょうか。そうであれば、この内容は納得できます。
 

ただ、「本願寺なぜ答えぬ」などを読んでも、あの本は「正しい親鸞聖人の教えを知ってもらう」ことが目的のように思います。なのに、そうでない文言(本願寺への非難中傷)が(私には)目に付く。


だから、このサイトも本当は「正しい親鸞聖人の教えを知ってもらう」ことが目的なのに、ぶるうの氏の非難が全面に出ているのではないか、と思えてしまいます。


このサイトに限りませんけれど、いくつかのブログで教義批判に対する反論も出ています。ただ、コメントや連絡ができないのが残念です。(このサイトは管理者への連絡ができるようです)


「正しい親鸞聖人の教えを知ってもらう」ことが目的であれば、もっと宣伝してもいいのに、もっと多くの人が発言できるようにすればいいのに、と、(自分のことを棚に上げてしまいますが)思います。



ここからは余談です。


このサイトに、「 親鸞会の学生の東京大学大学院の「全優」の成績表公開」 という記事があります。

これは確かに学業を頑張っているすばらしい人だと思います。


ただ、私自身も(東京大学ではありませんが)国立大学で、大学院時代には「全優」でしたし、学部生時代は「学業優秀」で表彰されたりもしています。
私や周りの人の話を聞くと、大学院よりも学部の方が「優」を取りにくいように思いますし、大学院での「全優」は珍しくないので、別にどや顔で紹介する内容でも無いと思います。 


逆に、どや顔で紹介してしまうと、「これはごくわずかな人だけのことでは無いか」と思われるのでは無いか、と余計な心配をしてしまいます。実際、親鸞会で活動をしていても、それなりの成績を取っている人は少なく無かったように思います。留年生もそれなりにいましたが。

しばらく吠えていましたので、今回はおとなしくほとんど独り言です。



親鸞聖人の御一生は、あまり記録が無く諸説があって定かで無い部分も多い、といわれます。


親鸞会では、ほとんどがアニメ「世界の光 親鸞聖人」によって親鸞聖人の御一生のイメージが作られていますのであまり気にされていないようにも思いますが、たとえば親鸞聖人のご結婚についても諸説有ります。


親鸞聖人の御一生が実際にアニメの通りなのか、それは分かりませんが、アニメを見て、親鸞聖人の時代のことを考えて、いつも思うことがあります。
 


仮に親鸞聖人と同じ時代に生きて、お会いできるようなところにいて、果たして弥陀の本願を聞いていたであろうか、と。



親鸞聖人ほどの方が近くにいらっしゃったら、是が非でも聞かせていただく、当然では無いか、と思う方もあるかしれません。


ただ、私の場合は、おそらく逆に聞いていなかったのでは無いか、と思うのです。


権力者の一存で島流しにあってしまうような時代と国で、実際に目を付けられて島流しに遭った親鸞聖人。
そのような方から話を聞こうと思うだろうか。


実家にいた頃は毎月2回の墓参りを欠かさないような、比較的宗教には理解のある家に育ってはいたものの、宗教にはうさんくさいものしか感じないような自分が、宗教者の話に耳を傾けようと思っただろうか。


そして、阿弥陀仏に助けていただくと聞いて、助けてもらおうなどとはこれっぽっちも思わなかった私が、念仏の教えをいきなり聞いて続けて聞こうと思ったであろうか。 



今の時代、今の私の心から見てこそ親鸞聖人はやはり別格の方だと味わわれますが、 親鸞聖人と同じ時代、同じ土地にいて果たして、同じように思えたかどうかといえば心許ない限りです。


今弥陀の本願を喜ぶのは、釈迦弥陀はもちろん それまでの先達の方があったなればこそですし、もちろん親鸞聖人のご活躍あってこそのことです。教行信証などを読むたびになお深く弥陀の本願が味わわれ、つくづく親鸞聖人のおかげと感謝の念がわき上がります。


そして、曲がりなりにも弥陀の本願を聞こうと思うきっかけを与えてくれたのは、私の場合はどうあっても親鸞会であり高森先生です。親鸞会という団体は個人的にどうしても好きになれなくても、弥陀の本願への入り口をつないでくれた親鸞会、高森先生への感謝の念もやはり止まないのです。

「一向専念高森先生」では、どんなに頑張っても助からない という記事を書いてしばらく経ちました。



そもそも、なんでこんなことを書いたのか、といいますと、100回記念ということも無いではありませんが、それなりに思うところがあったからです。


それは、


「一向専念無量寿仏」ならぬ「一向専念高森先生」とまではいかなくても、

「弥陀の御心」がどうとかこうとかいう前に「先生の御心」ばかりが賛嘆されてないか


ということ。


 
おそらく、「先生の御心=阿弥陀仏の御心」となっているからだと思います。



それが高じて「阿弥陀仏=先生」となってしまってはいないか、と思うのです。 


よくご法話でも最近まで、「弥陀と釈迦の関係」のお話がありました。


釈迦と弥陀を同じにしていてはいけませんよ、助かりませんよ、というように
話があったと思います。


その言葉を借りるならば、


弥陀と高森先生を同じにしてしまってはいけませんよ、それでは助かりませんよ 



もう一度、蓮如上人からお聞きします。


そもそも善知識の能というは、「一心一向に弥陀に帰命したてまつるべし」と、ひとをすすむべきばかりなり。これによりて五重の義をたてたり。一には宿善、二つには善知識、三つには光明、四つには信心、五つには名号。この五重の義成就せずは、往生はかなうべからずとみえたり。されば善知識というは、阿弥陀仏に帰命せよといえるつかいなり。
(御文2-11)


先生を尊敬するということが高じて、先生に向かってしまっては方向が違うのです。


釈迦と弥陀を同じにしていてはいけませんよ、助かりませんよ、


と言わるのだから、


弥陀と先生を同じにしていては助かりませんよ、


「一向専念高森先生では助かりません」。




私がえらそうに言う立場にはないのでしょうが、願わくは蓮如上人のように、

「この私に向かっていてはいけない、弥陀一仏に向かいなさい」ともっともっと強く強く言っていただきたい、と思うのです。



「一向専念無量寿仏」  一向に阿弥陀仏を念ぜよ、と。

このブログも開設して5ヶ月がたち、この記事で100本目だそうです。
実際には手抜きの記事も散見され、100本も書いてないじゃないかという突っ込みもあろうかと思いますが、何はともあれご覧頂いている方、陰ながら応援されて下さる方、批判的にご覧になっている方、皆さんありがたいご縁です。

(お断り:今日は前段も長いです)


昨日は親鸞会館でのご法話で、正信偈の「善導独明仏正意」についてでした。内容についてや私の味わいなど、書くご縁がありましたらいずれ書きたいと思います。

ご法話後に上映されたビデオは、「赤い表紙の歎異抄」という30分弱のビデオでした。 今まで何本ものビデオを見てきましたが、始まってすぐにここまで結論が分かるビデオもなかなか無いように思います。


さて、

このブログは元々、冒頭(この記事でなく、ブログの冒頭の「宗教というのは~」の部分)にあるような趣旨で始めましたので、公開していない時期に記事を書きためていた時には、「親鸞会の会員として縁のあった」人の顔を思い出しながら書いていました。完全に個人宛、ということではないのですが、一応はそれぞれ個々の人を思い浮かべながら書いていました。多くの人が見るけれども、個人宛のメッセージ、みたいな感覚です。


ところが、何度か原点確認しているようにまた最近も、「誰に向かって何を書きたいのかよく分からない」状態になっていました。 


そんなことを振り返ったのは、先日ある後輩にメールをした時に送信エラーで送られなかったことがあったからです。 彼は、私が「顔を思い出しながら書いた」人の一人でした。


彼は、おそらくこのブログを見ている(正確には「見ていた」)、と思います。今はどう思っているのか、過去どう思っていたのか、今は裏切られたという思いでいるのか、本当のところは分かりませんが、今までのやりとりの中でこうなった、ということは、直接やりとりをしたくない、という意思表示なのかな、とも思いました。


今もこのブログを見ているかどうか、はよく分かりませんが、そんなことを思い出しながら、また「顔を思い出しながら」書いていきたいと思います。


今までの「会員なら誰でも知っている親鸞会情報」も 書いていこうかと思っていますが、元々の趣旨に戻ろうと思います。




しばらく前から、「100本目の記事のタイトルとしてこのことを書いてみよう」、と思っていました。そう思っていたところ、今回のご法話もありまして、また親鸞会関係のブログも賑わってきました。 


タイトル自体は当たり前のことを書いているに過ぎない(そもそも頑張ったら助かる教えではありませんし)のですが、このタイトルに私の従来の姿勢からの変化を読み取られた方は鋭い方だと思います。


それは、「助からない」という言葉。


今までの記事やコメントで、私が明確に

「○○だから助からないのだ」

と書いたことはおそらく無かったかと思います。


それは、

助ける助けないは弥陀のお仕事なのに 、私が「こうだと助からない」などというのは弥陀に対して失礼だ、とずっと思っていたからです。


同様に、「私は弥陀の本願を喜んでいます」 と今まで言ってきました。

「信心決定したぞ」とハッキリ言えばいいのに、と思われた方もあったかもしれません。


これも、弥陀の一人働きに対して、「私は信心決定したぞ」 などというのは、弥陀のお仕事を自分の手柄にしているみたいで厭だったからです。私がどうして弥陀に帰命させてもらったかは、なんでだか未だによく分かっていません。不思議としか言いようがないのです。 弥陀の一人働きだからこそ、それを自分の手柄のように言いたくはないと思うのです。ただ、歴代の善知識、たとえば蓮如上人なんかは、


 しかるに、この光明の縁にもよおされて、宿善の機ありて、他力の信心ということをばいますでにえたり。これしかしながら弥陀如来の御かたよりさずけましましたる信心とは、やがてあらわにしられたり。かるがゆえに、行者のおこすところの信心にあらず。弥陀如来他力の大信心ということは、今こそあきらかに知られたり。
(御文2-13) 


と、ご自分の信心を仰りながら弥陀から頂く信心であることをしっかりと仰っています。こういう言い方であれば良いと思いますので、これも私の感覚の問題だと思います。 


(前段終わり)
 
前段がとても長くなりまして失礼しました。


 
アニメ「世界の光 親鸞聖人」で最も多く出てくる仏語は 「一向専念無量寿仏」 です。 


これは釈迦一切経の結論、とも言われます。「釈迦は南無阿弥陀仏のこと一つ教えていかれた」とも言われます。


その南無阿弥陀仏について、親鸞聖人は『教行信証行巻』に善導大師の六字釈を引かれた上で、


しかれば、「南無」の言は帰命なり。「帰」の言は、至なり、また帰説(よりたのむなり)なり。説の字、悦の音、また帰説(よりかかるなり)なり、説の字は、税の音、悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意を宣述るなり。「命」の言は、業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり。ここをもって、「帰命」は本願招喚の勅命なり。「発願回向」と言うは、如来すでに発願して、衆生の行を回施したまうの心なり。「即是其行」と言うは、すなわち選択本願これなり。「必得往生」と言うは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。


と言われています。

あくまで弥陀の願いそして一人働きで弥陀に助けてもらうのです。

蓮如上人も、御文章5-13に善導大師の六字釈を引かれた上で、


しかれば、この釈のこころをなにとこころうべきぞというに、たとえばわれらごときの悪業煩悩の身なりというとも、一念阿弥陀仏に帰命せば、かならずその機をしろしめして、たすけたまうべし。それ帰命というは、すなわちたすけたまえともうすこころなり。されば一念に弥陀をたのむ衆生に無上大利の功徳をあたえたまうを、発願回向とはもうすなり。この発願回向の大善大功徳を、われら衆生にあたえましますゆえに、無始曠劫よりこのかたつくりおきたる悪業煩悩をば、一時に消滅したまうゆえに、われらが煩悩悪業はことごとくみなきえて、すでに正定聚不退転なんどいうくらいに住すとはいうなり。このゆえに「南無阿弥陀仏」の六字のすがたは、われらが極楽に往生すべきすがたをあらわせるなりと、いよいよしられたるものなり。されば、安心というも、信心というも、この名号の六字のこころを、よくよくこころうるものを、他力の大信心をえたるひととはなづけたり。かかる殊勝の道理あるがゆえに、ふかく信じたてまつるべきものなり。


と書かれています。

「一向専念無量寿仏」は「阿弥陀仏に一向専念せよ」、ということは、この蓮如上人のお言葉を借りれば、
「一念阿弥陀仏に帰命」であり、「一念に弥陀をたのむ」ということになるでしょう。


私を助けるのは弥陀であって、弥陀のことを教えてくれる人ではありません。

阿弥陀仏を本とするのであって、「先生を本とする」ことがあってはいけません。


またある人のことばにいわく、「たとい弥陀に帰命すというとも、善知識なくは、いたずらごとなり。このゆえに、われらにおいては善知識ばかりをたのむべし」と云々 これも、うつくしく当流の信心をえざるひとなりときこえたり。そもそも善知識の能というは、「一心一向に弥陀に帰命したてまつるべし」と、ひとをすすむべきばかりなり。これによりて五重の義をたてたり。一には宿善、二つには善知識、三つには光明、四つには信心、五つには名号。この五重の義成就せずは、往生はかなうべからずとみえたり。されば善知識というは、阿弥陀仏に帰命せよといえるつかいなり。宿善開発して、善知識にあわずは往生はかなうべからざるなり。しかれども、帰するところの弥陀をすてて、ただ善知識ばかりを本とすべきこと、おおきなるあやまりなりとこころうべきものなり。(御文2-11)


説かれる方を尊敬する、ということは良いと思います。
ただ、尊敬するあまり、「弥陀より先に先生」となってしまっては順番が逆です。


「先生から聞かなければ」
「うぬぼれ心が知らされるまで繰り返し先生から教えて頂かなければ」
「先生の仰せに従わなければ」


これでは、弥陀が置き去りになってしまいます。
もとより、弥陀はそんなことを求めてもいません。
 

親鸞聖人が教えられる南無阿弥陀仏の心を頂けば、弥陀は「そのまま来い」と仰っています。


二河白道のたとえから引っ張れば、


「汝一心に正念にして直ちに来れ」


ですね。

たのむとか、うちまかせるとか、たすけたまえとかいろいろ言われます。


頑張ろうと思って結局頑張れなくても、

頑張ることにかけては誰にも負けない人でも、

朝六時半にどうしても起きられなくても、

早起きが染みついている人でも、

教学聖典の根拠が覚えられなくても、

1日で一切経を丸暗記するような人でも、

財施しようという心がどうしても起きなくても、

三度の飯より財施が大好きでも、

親鸞会をやめても、

親鸞会を続けていても、

高森先生からお話が聞けなくなっても、

高森先生一筋だったとしても、

教学的な誤解があったとしても、

教学が完璧でも、

学業や仕事からドロップアウトしたとしても、

学業や仕事に充実しまくっていても、

恋人がいなくても、

恋人がいてリア充生活でも、



関係なく、弥陀に帰命すれば助かるのです。


ただ、「弥陀が手を下げて」そのまま来いと呼びづくめなのに、勝手に救いに条件を付けて、全力で撥ね付けてしまっては、「助からない」のです。 


親鸞会にいようといまいと、帰命する先が違ったら「助からない」です。

逆に、親鸞会にいてもいなくても、弥陀に帰命すれば助かるのです。

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