あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2012年12月

しばらく体調を崩しており、更新が滞ってしましまて、失礼しました。おそらく年内は最後の更新かと思います。


昨日は、会員さんの家で”信心の沙汰”をしました。ビデオご法話をやっていたそうなので他の会員さんもいらっしゃるかとおもったのですが、私が若干遅く行ったせいか、その家の住人である会員さんと支部長さんのお二方との信心の沙汰、となりました。


まあ、信心の沙汰と言いましても、お互いに弥陀の本願の味わいなど言いたいことを言ったという風情でして、なんとなく親鸞会の中では一般的であろう「聴聞の復習」ということではありませんでした。ほとんど私と支部長の一対一での話でした。


私もそうですし、支部長さんもそうなのだと思うのですが、自分の正しさを主張して押しつけるような話はしないので、話がしやすかったわけです。法論をやっていたわけではありませんので、ここはどうなのか、あそこはどうなのか、といった話をしても、それに対してあまり結論らしい結論が出るわけではありません。そのあたりは、みなさんからしたら物足りなく思われるかもしれません。

ところで不思議なのは、このときに限らず支部長さんと私が話をしていると、他の人はほとんど話に入ってこないのです。立て板に水というような話でも無いのですが、どうにも他の皆さんからしたら、話に入りづらいのかもしれません。なんで入りにくいのかはよく分かりませんが。


話の内容としては、とりとめなく広がったので下記以外にもあったのですが
 

以前に触れた、 「宿善は生まれてくるまでにやってきた善」と、「宿善を厚くする」の関係について
・蓮如上人が、「当流には信心をとるを宿善という」といわれていることについて
・ 「宿善が厚くなる順に3つ、聴聞・五正行・六度万行、ということを親鸞聖人や蓮如上人はどこでどのように教えられているか」について
・「三願転入」の、どこが噛み合わないのかについて 


など。
話をし終わってから、そういえば聞書の「時節到来」についての話ができなかったことに気付いたのですが、時間が限られていたのであまりたくさんの話ができませんでした。


一つ目の話は、「それはお前の聞き間違いだ」と言われたらどうしようかと思ったのですが、そのような話があったこと、そして、「アシスタントが”生まれてきてから今までも過去世”という説明をしたのを遮って”過去世は生まれてくるまで”という話をされた」ことについては二人で同意が得られました。

この点は、親鸞聖人の教えとかいう以前の日本語の問題だったのですが、このことは現時点で明快な答えが出ませんでした。

これに付随して、「宿善に遅速あり」の聞書のお言葉については、「宿善を厚くしなさいよ」という意味なのか「他力信心を頂くのに早い遅いがある」という意味なのかで平行線でした。


四つ目の、「三願転入」については、よくネット上でも話題になっている件で、どうにも話が噛み合ってないように見えるのはどこに原因があると思いますか、という内容でした。(私から言ったのですが)

この時点で私はまだ自分の考えがまとまってなかったのですが、「つもりの信心になっているから弥陀が三願を立てられた御心が分からないのではないか」という話が出ました。「弥陀の本願を素直に信じた」「弥陀の本願をそのまま聞いた」、それが実際につもり信心かどうか(そう見えるらしいのですが)は私には判断しかねますので直接そのことには触れませんでしたが、一言だけ触れました。

「弥陀の本願を素直に聞ける貴い人もあるか知りませんが、少なくとも私はそんな素直な人間ではありません。それは今までも今も変わりません」

確かに、ネット上では「素直に」「そのまま」のフレーズもあるのですが、自分の心に弥陀の本願を聞けるような殊勝な心があるというようなことを言っている人は無かったと思います。




私が(改めて)「三願転入のこと」を考えてみますに、 誰も彼もが19願に入ろうとする(入る)ことなしに18願に出られるのかどうか、このあたりが噛み合ってないように思いました。

私はずっと不思議に思っているのですが、三願転入の道程があってもそれが信前に自分がどのあたりにいるのかは分からない、という点はどちらも共通しているはずなのに、なぜ親鸞会では19願あるいは19願にすら入っていないという前提で話がされるのだろうか。


これも親鸞聖人の教えを持ち出す以前の日本語の問題のようにも思うのですが、 たとえば東京から京都までの道のりがあったとしましょう。

仙台だとか、福島(県)だとか、千葉だとか、その辺りにいる人たちに 「京都に行くためには、まず東京を通れ」 というのは一応分かります。

ところが、名古屋だとか岐阜だとか大津(滋賀県)辺りにいる人たちに 「京都に行くためには、まず東京を通れ」 と言う人がいたら意地悪です。


「たとえ話は一分を表す」なので、三願転入の道程をこういう表し方で表現するのは無理があると思いますけれども、19願⇒20願⇒18願 という道程を見た時に、「自分がどの辺りなのか、自分では分からない」と言いつつも皆が皆19願以前であるように扱われるのは、なんとなく矛盾しているようにも感じられます。 

まあ、20願の行者は(自力の)不断念仏の行者、18願の行者は他力信心の行者という見方をするならば、外見上20願や18願の人はいない、と思っても仕方ないかもしれませんけど。

機会があったら、この辺の話も聞いてみたいと思います。 


それでは皆様、良いお年を。
半年間、まずはありがとうございました。

しばらくぶりの更新です。年末はいろいろと慌ただしい時期ではあります。


ずいぶん前に連絡をもらっていたのですが、来年は親鸞会結成55周年とのことで、55周年記念大会(おそらく)の日程が発表されました。文章にしても良いとのことですので、せっかくのご縁ということでここに書いておきます。


10月12日、13日(土日) 


親鸞会を離れた方、入会した経験の無い方で、久しぶりにとかなんとなくとか、親鸞会の話を聞いてみたいといわれる方は、お近くの会員さんにお尋ねになれば喜んで案内してもらえると思います。


さて、メールでやりとりをしていたからなのか分かりませんが、年末に支部の会員さんも交えて信心の沙汰ということになりました。


ある会員さんがぼやいていらしたのですが、


「信心の沙汰といっても、聴聞の復習をすることが信心の沙汰と思っている人がある。聴聞の復習することイコール信心の沙汰では無い、と思う」

 
という趣旨のことをいわれていました。

私も同感で、どういう話があったのかというのも大事だと思いますけれども、正確に話の内容を再現したければ、テープ起こしでもすれば良いわけです。やはり、お話を聞いてどういうふうに思ったとか自分の信心はこうだとか、そういったことを語らうのが「信心の沙汰」であるように思います。 


このあたりも結構人によってばらつきがありまして、私の学生時代なんかは思いっきり「聴聞の復習」がメインでした。まあ、そもそも「信心の沙汰」ということがあまり(全然)言われてなかったから、ということもあってのことだとも思いますが。


その流れで、「お話を正確に再現すること」が「信心の沙汰」になっている方、というのもあるように感じます。 


ちなみに、私は学生時代に一時期、教学講義でのお話の内容を一言一句書き留める努力をしていましたが、 まるで意味が無いことに気がついてやめました。やってみられた方はお分かりだと思いますが、そもそも人の話をそのまま文字に起こすと、多くの場合は前後脈略が意味不明な文章ができあがります。結局は少なくとも主語や述語などを補う必要があり、その時点でそのままのお話ではなくなります。

そのようなわけで、一言一句というよりも、話の内容がどうであるかを聞こう、というようになりました。


もちろん、これも功罪がありまして、話自体は比較的すっきり入るようになりますが、そもそも話を自分の理解に変換しながら聞くわけですから、これもあくまで「自分が理解した内容」であって、そのままのお話ではありません。(一言一句を書き留めたところで、それを読み解くにはやはり「自分の理解」になるので、同じことではありますね)


「信心の沙汰」について上手には言えませんが、実際はお話の内容がどうかというよりも、とにかく弥陀の本願を聞くということは弥陀のお心を聞かせてもらうということですから、弥陀の心をお話を通して聞かせてもらって、どのように味わわれるのか、どういう心でいるのか、なのだと思います。


信心の味は同じではありますけれども、味をどのように味わうかということは、多分にその人の種まきによってきますので、味わいまでが一通りということはないと思います。食べ物の味にたとえるのも変ですが、スイカの味は同じでも、その味をどう味わうかは人によって差が出るようなものです。味わい、その味わいからにじみ出た言葉、にじみ出た報恩の言動、これらは人によって差が出ます。


どうにも昭和時代の親鸞会の論争を見ていると、あれも広い意味で「信心の沙汰」をやっていたのだろうと思うのですが、結局「我々が正しい、お前は間違い」が先にあって論争しているように見えてしまうこともあり、いわば「理解が一通りの押しつけ」になってしまっているように思われます。私の感じ方の問題なのかもしれませんけど。


信心の沙汰は、そのような「私が正しい、お前は間違い」という論争をするようなものではないでしょう。あくまで弥陀の本願が基となって弥陀のお心をどのように聞いているかのことだと思います。


最近の信心の沙汰は、やはり人にもよりますが、お話をどのように聞いてどのように弥陀の本願を聞いているか、という話をしたりもしています。


年末の信心の沙汰は、私がメールしたような内容が元になるかはわかりませんが、まさに「信心の沙汰」になるのだろうと思います。


全体的に文章が読みづらいように思われますが、今日はこれくらいにします。

少しぼかした言い方をしますけれども、ある会員さんと話をしたときのことです。
その会員さんに、”先日の「五重の義について」の話”をお話ししてましたところ、


「”宿善は待つにあらず、求むるものなり” とよく聞かせて頂いたけれど、今回はその話は無かったのか」


と聞かれました。
そういう話は確かに無かったと記憶していましたので、「無かった」と答えたのでした。


「 あのお言葉こそ、”宿善は求めるものだ”ということをわかりやすく言われていると思う」


という話から、「そういえば、これはどこにある”お言葉”なのだろうか」という話になりました。


『蓮如上人御一代記聞書』か、『御文章』か、などと色々と探していたのですが、どうにも見つかりませんでした。


 
さて、家に帰って探してみると、歴代の善知識のお聖教の中には見当たりませんでしたが、親鸞会の書籍で2カ所ほど見つかりました。


「あわれあわれ存命のうちに、みなみな信心決定あれかしと、朝夕思いはんべり。まことに宿善まかせとはいいながら、述懐の心しばらくも止むことなし」(御文章)
 蓮如上人の御遺言である。
 阿弥陀仏の絶対の救済にあずかるに、最も大切なものは宿善である。宿善が無ければ他力の大信心は、絶対に獲得することはできない。
 病気になれば医者まかせ、船に乗れば船頭まかせと言うように、信心決定するには宿善まかせだとまで蓮如上人は仰せになっている。
 宿善というのは、過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅き者は、現在に於て真剣に宿善を求められねばならない。
 でなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない。
 されば宿善は待つに非ず、求むるものである。
(白道燃ゆ)


  宿善は待つに非ず、求むるものなりと言われるように、私は宿善薄き者でございますと、手をこまねいていては永久に宿善開発の時節到来はあり得ない。
(会報3集)


歴代の善知識のお聖教の中に出ている、といわれる方は、根拠をご存じであればお知らせ下さい。私は存じ上げませんので。 


たぶん、ある程度親鸞会で話を聞いてきた皆さんであれば、このフレーズはよく聴かれているかと思います。


宿善は待つに非ず、求むるものなりと言われるように


と、あたかも歴代の善知識方が仰っているかのように思ってしまうような言い方がされているので、蓮如上人あたりが仰っているのかとちょっと思わされてしまいました。


「『聞書』のどこらへんにありますかね」

「”時節到来”のところにあるはず」

「”宿善は待つにあらず”は書いてありませんね」

「106番に」

「いえ、ありませんよ」


まあ、こんなやりとりをしてました。 




私の探し方が甘いのかもしれませんが、 あれだけよく聞いた記憶のある言葉なのですが、本に書いてあるのは2カ所だけしか見つけられませんでした。

たぶん、このブログをお読みの皆さんも聞き覚えのあるフレーズでは無いかと思います。


「宿善は待つにあらず、求むるものなり」

 
最近聞かれなくなった理由はよく分かりませんけれども、「と言われる」と言われていたこの言葉は、どなたの「お言葉」なのでしょうか。
ご存じの方があれば、お知らせ頂ければと思います。

取り急ぎ、先日の「二千畳テレビ講演」の午後後半の内容だけ、私のメモを元に簡単に振り返ってみます。


・宿善=宿世の善根=人間に生まれるまでの、自分のやってきた善のこと
    =宿因と宿縁とがある。 


・宿因=私たちが過去にやってきた善
 宿縁=過去世に阿弥陀仏から結んで下さったご縁

 過去世に善をやってきた人は宿善のある人、
 過去世にやってこなかった人は宿善の無い人

 ⇒御文章4-8 ”無宿善の機に至りては力及ばず” 


・宿善があるというのは大変ありがたいこと。でも、過去世のことは覚えていない。
 宿善があるのか無いのかが非常に大切。
 宿善があるかないか、知る方法があると蓮如上人は教えられている。
 
 ⇒”後生を大事に思い、仏法尊く思う心あらば”
  仏法を尊く思う心=聞法心
  この心が無い人はどんな人が誘っても二千畳には来ない。
   ここに来た人は宿善があったということ。


・自分にどれだけ宿善があるかは、どれだけ仏法を尊く思っているかによる。これは過去世からのもの。 
 蓮如上人は

  ”「宿善めでたし」と云うは悪し。御一流には、「宿善有り難し」と申すがよく候” (聞書235)

 無いことがあったのだ、有り難いことなのだ、と仰っている。


・宿善には多い少ないがある。これを 宿善の厚薄 という。
 蓮如上人は、

 ”陽気・陰気とてあり。されば、陽気をうくる花は、はやくひらくなり。陰気とて、日陰の花は、おそくさくなり。かように、宿善も遅速あり。されば、已今当の往生あり。弥陀の光明にあいて、はやくひらくる人もあり。遅くひらくる人もあり”(聞書309)
 
 ここで、遅速と仰っているのが厚薄ということ。
 宿善の厚い人は早く救われる。薄い人は時間が掛かる。
 

・宿善の厚い薄いを知るには、聞法心の強弱。聞法心の強弱は宿善の厚薄による。
 これを厚くするにはどうしたら良いか。
 釈迦一代の教えは廃悪修善。これは誰も否定できない。

 なぜ釈迦は善を勧められたか。過去世怠けていたものでも、因果の道理で宿善になるから。
 七千余巻のお経は善をやりなさいということ。宿善の薄い人は厚くするよりないから。


・善とは何か。六度万行のこと。
 善を説かれているということは、善をやれということ。
 それが善はいらんと逆のことを教えているのが現在の浄土真宗。狂ってしまっている。 


(以上)
 

大ざっぱにメモを振り返るとこんな内容の話があったかと思います。


宿因に、汎爾の宿善と係念の宿善とがあるという話の解説がなかったのはとりあえず脇に置いておきます。
(あとでします、と言われたのですが)


どこから手を付けて良いのか、ちょっと考えてみたいのは、


「宿善=生まれてくる前にやってきた善」
 
という話があって、最後の方には

「善をやれば宿善が厚くなる」

という趣旨の話があったこと。



宿善が過去世のものであれば、現在善をやろうとやるまいと、現在の宿善にはならないということになるのではないでしょうか。


善が宿善になるとしても、「過去世にやってきた善」が宿善であれば、現在世でやっている善が宿善となるのは未来世の話になるのではないか。


そうすると、いつぞやの話にありましたけれど、「遠生の結縁」と同じことになりやしませんか。


よく、「観念の遊戯だ」と言われますけれども、時間が掛けられる人と掛けられない人があるはずです。


蓮如上人は、宿善に遅速があることは仰っていますが、同じところで「六度万行をして宿善を厚くせよ」とは仰っていません。


陽気・陰気とてあり。されば、陽気をうくる花は、早くひらくなり。陰気とて、日陰の花は遅くさくなり。かように、宿善も遅速あり。されば、已今当の往生あり。弥陀の光明にあいて、早くひらくる人もあり。遅くひらくる人もあり。とにかくに、信・不信、ともに、仏法を心に入れて、聴聞申すべきなりと云々  已今当の事、前々住上人、仰せられ候と云々 「昨日あらわす人もあり。今日あらわす人もあり。明日あらわす人もあり」と、仰せられしと云々
(聞書309)


弥陀とのご縁も人それぞれ違うのだから、全員が全員同じときに助けてもらえるのではなく差があるのだ、とにかく仏法を心に入れて聴聞すべきとは仰っているように思いますが。

今日は「五重の義について」の二千畳テレビ講演でした。二千畳なので、私も富山に行ってきました。
なぜか真生会の表示がありました。通常、十二月のご法話が真生会のご法話なのですが、今回はご法話ではなかったのでしょうか。(私はご法話にご縁が無かったので分かりません)


今日のお話についてはまとめようかどうしようか考えているところですが、取り急ぎ、タイトルにあるとおりです。 


『本願寺なぜ答えぬ』に、


「それとも、また、本願寺さんは、過去を、過去世に、限定なさる、おつもりだろうか」


とありましたが、ちょっと変わったのでしょうか。

先週で仕事が落ち着いたかと思ったのですが、昨日はフェイントを食らいました。工場で寝るというのは未だに慣れません。


次回(今週末の予定)の二千畳テレビ講演の話は、先日のテレビ講演の内容(五重の義)の続きだそうです。先日の話からすると、しばらく五重の義(しかも宿善の話)が続くのではないかと勝手に思っています。


ほか、来年からも「ご著書」の新聞広告を引き続き出していくということで、出したい新聞と日付を指定してのお布施が始まるようです。”メニューお布施”って何のことかと思いましたが、たぶんこのことなのでしょう。お布施への参加が信心決定の近道と誤解するような話はさすがに無かったと思いますけれども。


とりあえず、いつもの如くの近況とつぶやき、失礼しました。以下、本文です。



“親鸞会元会員”さん


コメントありがとうございます。
11日の朝にコメントを頂いておりましたが、返事が遅くなり失礼しました。お返事が長くなりそうな気がいたしましたので、今回はこのような形式でお返事することにしました。ダブルコーテーションで区切っておりますのは、一般的な「親鸞会の元会員さん」と区別してコテであることを表すため以上の意味はございません(ここがコメント欄ではないため)。やや失礼に感じられる部分があるかもしれませんが、ご容赦下さい。


あさ川さま

どういうことも無駄ではないとのことですが、下品下生の我らが往生するのに、善は全く無駄です。
親鸞会の教えに従っていたら、往生はできませんので、早く退会して正しい教えを聞いて下さいと私は繰り返し申しているのです。

下品下生は念仏一つで救われるのです。それを疑いなく信じたのが信心ですが、それは阿弥陀仏よりいただくものです。衆生が自力いっぱい求めても、どれだけ親鸞会でいう善をしようとも信心は獲られません。
何度もいいますが、親鸞会の教えに従っているうちは救われません。
ただし、救われたフリをすることはできます。高森会長のように。善知識かどうかの判断基準は教えている内容しかありません。親鸞聖人とは異なる教えを説いている高森会長は善知識でしょうか?高森会長が信心決定しているとなぜ判断したのでしょうか?誤った教えを説いている会長が本当に信心決定していると思いますか?
よくよく考えて下さい。



 >どういうことも無駄ではないとのことですが、下品下生の我らが往生するのに、善は全く無駄です。

仰るとおりで、 往生するのに善は何の役にも立ちませんからそういう意味では無駄ですね。私が「無駄ではない」と言ったのは、自分では無駄としか思えないことも遠回りとしか思われないことも、弥陀が本願喜ぶご縁とされるということで、そのように申しています。無駄ではないから救われるために善をしましょうという趣旨ではありません。
以前に別の方からこのようなコメントを頂きました。(部分引用)

 

 「弥陀の本願を教えてくれた親鸞会に対しての感謝の心もあり」とおっしゃっていますが、もっと深く学べばこのような言辞はしないと思います。
あさかわさんは、Good morningは「おやすみなさい」の意味です、と教えた英語の先生に「英語を教えてくれて感謝」ができるのでしょうか?
 
 

Good morningは「おはようございます」の意味です、と教える英語の先生に最初から教えてもらっていればそれに越したことはありません。にも関わらずGood morningは「おやすみなさい」の意味です、と教える人を英語の先生に持ってしまったら、間違いだと分かった時に「無駄だった」と思うのが普通です。
ところが仮に、この「間違ったことを教えた人」によって英語の存在を知り、やがて素晴らしさを知って喜びの人生を送るようになったとしたらどうでしょうか。人によるかもしれませんが、原点である英語の存在を知らせてくれた人との出会いも意味があったと言えないでしょうか。あるいは、その「間違った人」を超えようと勉強した結果正しい英語を知って英語の素晴らしさに目覚めたとすれば、やはりその人との出会いと教えは(全く役には立たず、逆説的ではありますが)意味があったと言えないでしょうか。

弥陀の本願は、最短距離であってもたとえ遠回りであっても、出会ったご縁が他力念仏への道を開くご縁と味わわれるのでは無いでしょうか。


親鸞会の教えに従っていたら、往生はできませんので、早く退会して正しい教えを聞いて下さいと私は繰り返し申しているのです。

今まで私が、記事やコメントを非常に分かりにくく書いていたから伝わりにくかった部分だと思いますが、「”善をすることが信心決定の最短距離だ(から真剣に善に励もう)”などと思ってしまうこと」を考えると、結論はほぼ同じになると思います。

「親鸞会の教えに従っていたら往生できないから親鸞会をやめよ」を積極的に肯定していないのは、今まで申しているとおり弥陀の仕事に往生できるできないをこちらが論ずるのは憚られる、ということはあるのですが、もう一つは「求道の道程を固定化して捉える人が出やしないかということを懸念してのことです。

親鸞会元会員さん自身はそのような意図を全くお持ちではないと思いますが、「親鸞会をやめて(例えば飛雲氏の10箇条などを)正しく理解し分別できないと信心決定できない」かのように思われるのは、やはり弥陀の本願から遠ざかるように思えたからです。親鸞会で二河白道の譬を聞いて「求道⇒三定死⇒信心決定の体験⇒大歓喜」が信心決定までの求道の道程だ、などと思うように、「親鸞会をやめる⇒正しい教えを聞く⇒正しい教えを理解する⇒信心決定」などが「求道の道程」だというように弥陀の本願を計らってしまう人もあるのではないか、ということです。

信心は弥陀からいただくものです。自分で起こす信心でもなければ、決める信心でもありません。このようにしたら信心決定するとか、近道になるとか、そういうものではありません。 親鸞聖人のことを広く知らせるためのお布施は尊いことですが、それが信心決定の助けになるわけではありませんし、条件になるわけでもありません。ですから、
 

下品下生は念仏一つで救われるのです。それを疑いなく信じたのが信心ですが、それは阿弥陀仏よりいただくものです。衆生が自力いっぱい求めても、どれだけ親鸞会でいう善をしようとも信心は獲られません。


これはまったくその通りです。(これを否定していたつもりは無かったのですが)


ただし、救われたフリをすることはできます。高森会長のように。善知識かどうかの判断基準は教えている内容しかありません。親鸞聖人とは異なる教えを説いている高森会長は善知識でしょうか?高森会長が信心決定しているとなぜ判断したのでしょうか?誤った教えを説いている会長が本当に信心決定していると思いますか?
>よくよく考えて下さい。


「高森先生は私にとっては善知識とは言えません」とコメントで言ってしまった私に対してのコメントなのか、私も含めて会員さんへのコメントなのかは定かではありませんが、これはこれで大切な示唆を含んでいるように思えます。

ちなみに私は現在、非常にぞんざいな言い方をすると、高森先生が他力信心の方か不信心の方かという点にこだわりは持っていません。弥陀の本願を喜ぶようになり、少なくとも「私に弥陀の本願があることを教えてくださった方」ではありますが、それが私の信心に対して何の関係も無いからです。


と言いましても身も蓋もないように思います。

さて、親鸞会に入会された経験をお持ちであれば少なくとも、


「高森先生は真実信心の方だ」
「高森先生は親鸞聖人の教えを正しく教えられる方だ」
「高森先生は弥陀に動かされている方だ」


など、何かしらこれに近いことを思われたことがあるのではないでしょうか。(ただ勧められるまま入っただけです、という方もあるかしれませんけど)


ではなぜ、そのように思うようになったのか。その問いかけは重要だと思います。
 

ちなみに私は、ご多分に漏れず周りが言うのでそうかな、と思った程度でした。と言ってもひねくれてましたので、いつかは教義的な間違いを見つけてやろうという思いは学生時代にもだいたいありましたが、それでも、他とは違う、くらいのことはかつて思っていました。


親鸞会の成り立ちは、3人で始められたと聞いています。おそらく、そこから口伝えなどで広がっていき、大々的な宣伝なども経て現在に至っているのだと思います。


私がご縁があった当初、当たり前ですが、高森先生のことを褒め称えているのは(今思えば)親鸞会の人だけでした。

 
親鸞会と言いますか、サークルという名目で仲が深まったという関係性を除けば、客観的に見た情報の信憑性はおそらく近所のおばちゃんの話と同程度の信憑性しか無かったのではないかと思います。つまり、何らかの権威のある情報源では無く口コミ程度。どちらが信用のおける情報源かという議論はあろうかと思いますが、 私は、大学院2年の時に自分を振り返ってそのように思ったものでした。


そして、そのような情報を、なぜ信用するに至ったか。入会する時も拒否して、4ヶ月ほど経ってから「人生の目的を達成するために必要だと思って」入会したのはなぜか。


ある人はそれをMCと言うでしょうし、騙されたという人もあるでしょう。 


今となっては私は、それさえも全ては弥陀とのご縁だったと味わっていますが、他方、「親鸞会に騙された」という思いが強いと、とてもそれでは収まらないのでは無いかとも思います。私も、「たまたまのご縁」が無ければおそらく、同じように思っていたことでしょう。


”親鸞会元会員さん”へのコメ返しという形をとりつつ、それ以外の皆さんへのメッセージも混ぜてしまっています。あまり偉そうなことを言える私ではありませんが、最後も皆さんに向けて。


「親鸞会」という器が縁となって弥陀の本願、南無阿弥陀仏の存在を知ることとなった方も少なくなかろうかと思います。
親鸞会がよい縁であったか悪い縁であったか、その人それぞれあるかと思いますけれども、いずれにしても親鸞会という小さな枠で収まる弥陀の本願ではありません。


他力信心の皆様は、それぞれお立場でその広大な南無阿弥陀仏を語らいましょう。
まだの方は、 自分の思いや理解、善にとらわれない、私が安心できるとかできないとか関係ない、親鸞会という枠など問題にもならない南無阿弥陀仏を聞かれ、ただ念仏の身となられますよう。


まとまってないような気もいたしますが、今日は以上といたします。

今日、テレビ講演会がありまして、「五重の義」の演題で勤められました。


この五重の義成就せずは、往生はかなうべからずとみえたり


ということで、まずは「往生(=浄土往生)」ということについて午前中ずっと話があり、午後に宿善の話が始まりました。といっても、午後の前半は宿善の大切さの話でしたので、実際に宿善の内容の話が始まったのは午後の後半でした。
その宿善の話は途中までで、よく分かりませんがおそらく来週の二千畳テレビ講演で続きが勤められるのではないか、というところでした。


特に印象に残ったところをいいますと、

・確実な未来(=死)を問題にしないでアキラメている。
 アキラメるのは弱い人間、頭の悪い人間、と言わせたい雰囲気の中でアシスタントが困っていたところ

・ここでの往生が浄土往生なのはその通りだと思ったのですが、ある会員さんが「浄土往生のことなんですね」と言われていたこと

・宿善の説明での「宿世」を「過去世(生まれてくる前)」と説明されたこと






さて、蓮如上人がどこを典拠とされて「五重の義」を教えられたのかは分かりませんが、存覚上人の「浄土見聞集」に同じような内容があります。


もしききえてよろこぶこころあらば、これ宿善のひとなり。善知識にあいて本願相応のことわりをきくとき、一念もうたがうこことのなきは、これすなわち摂取の心光行者の心中を照護してすてたまわざるゆえなり。光明は智慧なり、この光明智相より信心を開発したまうゆえに信心は仏智なり、仏智よりすすめられたてまつりて口に名号をとなえらるるなり


ここでは、「五重の義」に出てくる五つのものが順番通り出てきています。覚如上人の口伝抄にも、若干順番が違うものの五つ出てきます。(名号を信ずるところの体とされているからだと思われます)


十方衆生のなかに、浄土教を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんとならば、『大経』のなかに、とくがごとく、過去の宿善あつきものは、今生にこの教におうて、まさに信楽す。宿福なきものは、この教にあうといえども、念持せざれば、またあわざるがごとし。「欲知過去因」の文のごとく、今生のありさまにて、宿善の有無あきらかにしりぬべし。しかるに、宿善開発する機のしるしには、善知識におうて開悟せらるるとき一念疑惑を生ぜざるなり。その疑惑を生ぜざることは、光明の縁にあうゆえなり。もし光明の縁、もよおさずは、報土往生の真因たる名号の因をうべからず。いうこころは、十方世界を照曜する無碍光遍照の明朗なるにてらされて、無明沈没の煩悩漸漸にとらけて、涅槃の真因たる信心の根芽わずかにきざすとき、報土得生の定聚のくらいに住す。すなわちこのくらいを、「光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨」(観経)とらとけり。また光明寺の御釈には、「以光明名号摂化十方但使信心求念」(往生礼讃)とも、のたまえり。しかれば、往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず。光明の縁にもよおしそだてられて、名号信知の報土の因をう、としるべしとなり。これを他力というなり。


五重の義では、宿善によって善知識にあい、光明の縁に催されて信心獲得の身になって名号を称える、「信心正因称名報恩」が説かれているといわれます。五つのものが重なって、とありますが、この五つのものは前後お互い関係があります。前の三つが獲信の縁で、「信心正因、称名報恩」。
口伝抄では見た目の順番が異なりますが、

往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず。光明の縁にもよおしそだてられて、名号信知の報土の因をう、としるべしとなり

とありますので、いわんとされていることは同じだと思います。

 
宿善も、善知識も、縁なのです。信心も私が起こすわけではありませんで、弥陀が用意されたものです。

となれば、
 

この五重の義成就せずは、往生はかなうべからずとみえたり


と言われていますけれども、この五つを自分で用意しなければ「往生はかなうべからず」ではありませんね。
覚如上人が


しかれば、往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず。光明の縁にもよおしそだてられて、名号信知の報土の因をう、としるべしとなり。これを他力というなり。 


 と仰っているとおりなのだと思います。

昨日、コメントに「一度親鸞会の講演を聞いてみたい」という旨、頂きました。


お返事にも書きましたが、テレビ講演は全国各地で受信されます。そして、たかだか一般会員の私は、全国のどこでやっているかを知りません。ただ、親鸞会に問い合わせをすれば、喜んで会場を教えてもらえると思います。


ここに問い合わせフォームができていました。 公式に問い合わせすることに抵抗がある場合は、各地のHPもあるようで、日程が掲載されているケースもありますので、直接行かれても喜んで教えてもらえると思います。



久しぶりに公式HPを見て、就職して間もなくのことを思い出しました。



就職しても、当時は支部への移籍がどうしたことか認められませんでしたので、私は学生と同じ所属のままでした。ところが、就職していきなり地方工場に配属されたため、学生の集まりには日曜に顔を出すのがやっとの状態になりました。

 
学生は新入生の相手で忙しいからなのか、新聞さえこちらから催促しないと届きませんでした(ということをたまにネタとして話をするのですが)。要するに完全に放置されてました。まあ、(学生は当時知らなかったかもしれませんが)ブログで親鸞会を批判していたような人間ですので、自業自得だなと思っていました。



そんなわけで、「放置されてます」といったことをぶるうの氏にメールしてやりとりしていたところ、


「親鸞会に問い合わせて、近くの支部の勉強会の日程でも聞けばいい」


と、親鸞会の公式HPにある連絡先に連絡するよう勧められたのです。
 


親鸞会的には悪人ということになっている(と自分では思っている)私が問い合わせをして、どういう答えが返ってくるのかが気になりましたが、すぐにその地域担当の支部長さんから連絡があったのです。 



あれから6年半余り経ち、今はどうなのか分かりませんけれども、 どういう動機であれ、問い合わせをしたら喜んで返事が返ってくるのではないかと思います。「一人でも多くの人に」ということなのですから。



ちょっと話が変わりますが、テレビ座談会をやめて「テレビ講演会」になったときのこと。
さすがに教誨服は着られずにお話、だったのですが、その理由は、


「一人でも多くの人にご縁をもってもらいたい。私が話をするから、皆さんはここまで連れてきなさい」


ということだったそうです。教誨服で話をするよりは体力的な負担が少ないということは理由ではないと。




そのようなわけで、どういう動機であれ少なくとも「聞きたい」という方の問い合わせを親鸞会が断る理由はないと思います。


私が親鸞会に問い合わせをして答えが返ってくるかは分かりませんが、個別にメッセージと連絡先をいただければ(日程に余裕があれば)できるだけ対応したいと思います。

今度の日曜日には地元でのご縁が予定されておりますが、その演題が「五重の義」であるという連絡をもらいました。


五重の義のお話を直接お聞きする機会というのも、私の記憶ではしばらく無かったように思います。そういう意味では、私にとって久しぶりの「五重の義」 のお話ということが言えます。


五重の義については、以前にこのブログでも紹介しました。(明確に五重の義ということは言いませんでしたけど)
今回の演題と関係あるのかは分かりません。おそらく全然関係ないのでしょうが。


このときは、話の都合もありまして「善知識たのみ」の部分から書いてしまいましたが、実際にはこの前に十劫安心のことも書かれていますので、十劫安心と善知識たのみに対して「信心正因称名報恩」の親鸞聖人の教えを明らかにされたものと言えるでしょう。 


これによりて五重の義をたてたり。一には宿善、二つには善知識、三つには光明、四つには信心、五つには名号。
(御文2-11)

 
どのようにとか、どういう順番でとか、どうお話しされるのかは分かりませんけれど、


善知識というは、阿弥陀仏に帰命せよといえるつかいなり。 
(御文2-11)

 
ここが変わっては親鸞聖人の教えにはなりませんから。

今日は親鸞会館でのご法話でした。一方、こちらは衆院選と都知事選のダブル選挙への準備たけなわといった風情で、富山へはご縁がありませんでした。


さて、前回の予告が正しければ、今日のご法話の内容は「二河白道のたとえ」であったと思われます。
もともと正信偈の善導大師のお話でありますので、だいたい近いところはお話があったと思います。


この「二河白道のたとえ」には、思い出があります。 



大学3年生(もう10年以上前ですね)の頃、 後輩に「二河白道のたとえ」の説明をする際に「真宗聖典」を用いながら話をしていました。 もともと私は、親鸞会が「根拠、根拠」とかいう割には、後輩などに話をする時には「聞いた話をそのまま右から左」に話をすることが気に入らなかったのです。そこで、真宗聖典にある教行信証を元に話をしようとしたわけです。


ところが、聞いた話をそのまま教行信証に沿って話をしても、うまくつながりませんでした。
そんなことから、「必ずしも教行信証のままではない」ところがあるということを、漠然と知ることとなったのです。 


「再考する」ブログを書いていた時、実はこの「二河白道のたとえ」も記事にしようと考えていて、実際に文章も書いていました。結局、うまい文章を書く前にブログを閉鎖したために日の目を見ませんでしたが、調べてみた時にあることに気付きました。


ネットを検索しても、親鸞会の「御著書」を探しても、「二河白道のたとえ」をつぶさに書いているものが見当たらない、ということでした。


私の探し方が甘いのか、とどろきなどの本にはあったのかもしれませんが、私が探した中にはなぜか見当たりませんでした。 



親鸞会で教えられている「二河白道のたとえ」が、教行信証に引用されている内容と違うことは、話を聞いた内容と照らしてみればなんとなくでも分かるでしょう。また、様々な方が指摘されていることでもありますので、特に私が改めて指摘することではないでしょう。



一般に知られる「二河白道」の絵と、親鸞会で紹介される絵で、明らかに違うところがあります。


それは、彼岸が見えるか見えないか。


ちなみにググってみると、親鸞会ではないけど親鸞会と同じような絵が紹介されているブログもありましたが、華光会の方のブログのようでした。やはりルーツが同じなのでしょうか。



東岸と西岸の間は、


「この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩」


とあり、


「二つの岸、あい去ること近しといえども」


ともあり、これについて愚禿抄では


「百歩とは、人寿百歳に譬うるなり」


とあるので、ふつうに読めばそんな遙か彼方のことではないと思います。


そもそも、この「二河白道のたとえ」は、 (私が言うまでもありませんが)


「また一切往生人等に白さく、今更に行者のために、一つの譬喩を説きて信心を守護して、もって外邪異見の難を防がん」

 
とありますから、そのまま読めば「信心守護のたとえ」ともいわれるように信心のお話です。
 

親鸞会では、「教学聖典」に、

 
「信心獲得するまでの求道の道程を示すため」


に善導大師が「二河白道のたとえ」を説かれたのだ、としています。
ちなみに、同じ「教学聖典」に、「白道」について

 
「求道心・信心」
 

という微妙な言い回しがあります。
この「信心」が、他力信心のことかどうかは分かりませんが、学生時代に講師部員に質問した際は、他力信心のことのようにいわれました。

そうであれば、「何を教えんがために説かれたものか」について、せめて


「他力信心のこと」


とも書いてほしいものです。
 

私の記憶では、親鸞会館で教えられている「二河白道のたとえ」には、お釈迦様が2回くらい出てきたと思います。


1回目は、「無人空こうの沢」をとぼとぼ旅人が歩いている時、
2回目は、旅人が二河を目の前にして立ちすくんでいる時。


私は、この2回目のお釈迦様のおすすめを、漠然と18願弥陀の本願へのおすすめ、と聞いていました。


しかしながら、よくよく考えると、二河(水の河=欲、火の河=怒り)の中を求道しろと言われていることになりますから、親鸞会でのお話では、お釈迦様は求道の勧めをされているようにも思えます。


18願は、煩悩と闘って求道しろ、という本願ではありません。
 

教行信証を読む限り、お釈迦様のお勧めと弥陀の呼び声は「同時」です。
お釈迦様が「二河の中を突き進んで行け」と言われてから、「じゃあ行きます」と言って進んで、二河の波にもんどり打って悶絶して弥陀の呼び声を聞く、とは書かれていません。 


すなわち自ら思念すらく、「我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、我寧くこの道を尋ねて前に向こうて去かん。すでにこの道あり。必ず度すべし」と。この念を作す時、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く。「仁者ただ決定してこの道を尋ねて行け、必ず死の難なけん。もし住まらばすなわち死せん」と。また西の岸の上に人ありて喚うて言わく、「汝一心正念にして直ちに来れ、我よく汝を護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ」と。


今日、どのようなお話があったか分かりません。また、お釈迦様のお勧めがどのようなお勧めだというお話があったのかも分かりません。ただ、求道が前面に出て信心の話が全く出ない、ということになると、善導大師や親鸞聖人の御心から外れるように思えてなりません。


いずれにしても釈迦弥陀の二尊のお勧めは、共に「弥陀に帰命せよ」であることは、二河白道のたとえからでも味わわれるのではないでしょうか。

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