あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2013年03月

親鸞会関係のブログも、皆さんお忙しいのか、更新頻度にばらつきが見られます。かくいう私も、更新頻度にばらつきがあり、全体的には更新頻度が低くなっています。楽しみにされている方がありましたら、失礼しました。


前回の記事もそうですし、私が何か書くと

弥陀の本願ガー
弥陀の本願ガー

と繰り返すので、なんとかの一つ覚えのように奇異に思われる方があるかも知れません。
今回はそんなことについての話です。




最近他のブログを読んでいると、なんとなく感慨深いものがこみ上げてくるわけですが、「飛雲」にはこのようなことばが紹介されてました。


以前にも述べましたが、親鸞聖人は『大智度論』を引用されて『教行信証』化土巻

法に依りて人に依らざるべし

と教えられています。
当てにならない自称”無二の善知識”という「」に依っていたならば、こうなることは当然有り得ることですから、間違いのない「」に依りなさい、と教えられるのです。
これは親鸞会を退会した人にもよく知っておいてほしいところです。


 
どうにもこうにも、七年半あまり前の私を見ているようでした。(ちょっと違いますが)

 
あまりぶるうの氏の名前は出したくない(ぶるうの氏をネタにしているように思われるのが厭なので)のですが、過去の私を振り返るとだいたいどうしても出てきてしまうので出してしまいます。 



ぶるうの氏が親鸞会をやめて、程なくして私がそれを知った2005年の夏のことでした。


当時の私は、就職も決まって修論を出すだけになった大学院二年生でしたが、どうにも将来に希望が持てずに鬱になりかけてました。もっとも、食欲は人並み以上にあったので、鬱ではなかったのですが。


希望が持てなかったと言いますか、絶望感に浸っていた理由は、親鸞会というか「人生の目的」のことでした。 


学生時代、それなりに頑張って求めてきたつもりではあったけれども、どうにも信心決定できそうな気がしない。社会人になって求める時間が減る中で、これまで以上に求められる自信もない。かといって親鸞会の職員になるのは厭だったのでならなかった。


要するに、”学生時代を費やしてきた「人生の目的」をこの後も求め続けるのだろうが、求まる道筋がまるで見えない、親鸞会に人生を捧げる気などない中で人生が殆ど「詰んでいる」”、そんな感じでした。


そういう背景もあってか、全く意図せず”親鸞会をやめたぶるうの氏”との「ご縁」ができたのでした。 このこと自体は過去に何度か書いたと思います。


さて、ぶるうの氏と直接やりとりをしていた中で色々の話を聞いたのですが、その中でとある本願寺の仏教の先生の話題もありました。そして、ぶるうの氏がその方から教えを聴いていること、教義にも明るい方ということなどを聞きました。

 
その中で私は、「親鸞会でなくとも聞けるところがあったのだ」という、ごく当たり前のことに気付いたのです。


そして、「親鸞会をやめても、この先生からお話を聞けば良いのだ」と思ったのです。
まさに「人に依って」いたわけです。


「除名になっても構わない」ということで本尊論ブログを作ったりしたのは、実はこのことによる「安心感」があったからでもありました。
 



そんな私の考えを察してか、あるときぶるうの氏は電話口でこのように言われました。


「○○先生は、高森先生の代わりにはならない。高森先生とは全くタイプの違う方だ。
 高森先生のようなものを求めていると、失望するかも知れない」 


このとき私は、「人に依って」いたことを自覚させられたのです。
とはいえ、「もし親鸞会を追い出された時は、良いように教えて頂けるだろう」というおかしな期待は、翌年に弥陀の本願喜ぶようになるまで拭いきることができませんでした。


結果的にその方が遠方の方だったことに加え、親鸞会を追い出されなかったために、その先生とお会いすることもなく時は過ぎていきました。




もし、その先生が弥陀の本願を与えて下さるような錯覚を抱えたまま、お話を聞いていたらどうだったか。
説く人が変わっても弥陀の本願を聞こうとしなければ同じことですから、あの当時鬱になりかけた絶望感を再び味わっていただけかも知れません。
 


私は学生時代、まさに「人」によって弥陀の本願を聞こうとしていたし、それが親鸞会から別のベクトルに向かっても同じことをしようとしていました。


だからこそ今が不思議としか言いようがないのですけれども、まさに「法に依って人に依ってはならない」 、弥陀の本願を聞いて下さいというのはそういうことなのです。


「一向専念高森先生では助からない」と言ったのも、
「親鸞会も所詮は丸太だ」と言ったのも、
「弥陀の本願から言えば親鸞会にいようといまいと関係ない」と言ったのも、


私自身を振り返ってのことです。 

思えば大学の入学手続きの日、先輩に声を掛けられて、「人生の目的」という単語にうさんくささを感じながらも携帯電話の番号を書いた時が、私の中での大きな節目となった時でした。


3月も終わり頃、 もう13年前のことです。



果たして、そのとき直感的に思った「この人たちは宗教団体の人じゃないか」ということは、 その年の夏に強烈な絶望感を伴って現実のものと知らされました。



「人生の目的がハッキリする」


先輩からそのように誘われたGWの合宿。勝手に「人生の目的が達成できる」と脳内変換していた私を待っていたのは、言いようもない虚無感でした。


・・・

昭和64年1月7日、私が7歳の時。
私の中のヒエラルキーで、当時もっとも上にいた天皇の崩御は、「天皇でさえ永遠ではない」という当たり前のことを分からせてくれました。


どのような地位に上り詰めても何を手に入れても、結局のところ人は死ぬのだと。

・・・


いつの頃からか、「人生の目的」に阿弥陀仏の本願が出てきました。
結局のところは阿弥陀仏に助けてもらうのだと。


人生において阿弥陀仏に救われることこそが、などと聞いて、そうそう腹におちることはありませんでした。
阿弥陀仏の本願を求めていることにして、しかしながらその「いかにも宗教的な」阿弥陀仏のことは、学生時代の私の頭からは積極的に遠ざけられていました。



一方で、

「人に頭を下げられるのに、なぜ阿弥陀仏には頭を下げられないのだろうか」

という思いもありました。


・・・

学生時代の私は、 何を求めていたのでしょう。


いわゆる親鸞会で教えられた「人生の目的」が根っこにはあったのですが、いわゆる自分の想像の中にある「絶対の幸福」、 どんな苦しみがあっても心折れない自分、充実感、安心感、、、


阿弥陀仏の本願は、そのための「手段」であり、手に入れたいものはあくまで自分の「大安心大満足」でした。


「なぜ阿弥陀仏に頭を下げられないのか」


阿弥陀仏に頭を下げることが、一つの方法だと思っていたからでした。
あくまで自分の望みが先で、弥陀の本願はただの手段であり、別の手段さえあるのであればどうでも良い存在とさえ言えました。

・・・


翻って今。



真宗宗歌に、

「海の内外のへだてなく みおやの徳の尊さを わがはらからに伝えつつ みくにの旅を共にせん」

弥陀を「みおや」、つまりは「親」だと言われています。



親は子供を目に入れても痛くないほどかわいい、と言われます。


頭が良かろうと悪かろうと、
体力があろうと無かろうと、
愛想が良かろうと悪かろうと、
性格が良かろうと悪かろうと、
器量が良かろうと悪かろうと、
金持ちだろうと貧乏だろうと・・・


我が子は平等にかわいい。
私は人の親になったことはありませんけれども、親を見ているとそう思います。 


その中でも苦しんでいる者にはなお重く掛かる、と言われます。

 
「諸仏の大悲は苦ある者に於てす、心偏に常没の衆生を愍念したまう」(観無量寿経疏)


親が苦しむ子供を余計に憐れみ心を痛め、苦しみを除こうとするのは、見返りを求めてのことではなく、良い子にしていたご褒美というわけでもなく、ただこの苦しみを我がごとのように放っておけない慈愛の心からでしょう。 


諸仏、そして阿弥陀仏ならばなおさらです。



ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、久遠実成の古仏として、今の如きの諸仏に捨てられたる末代不善の凡夫・五障三従の女人をば弥陀にかぎりて、「われひとり助けん」という超世の大願を発して、われら一切衆生を平等に救わんと誓いたまいて、無上の誓願を発して、已に阿弥陀仏と成りましましけり。
(御文2-8)



弥陀が18願ですべての人を助けると言われているのは、やるせない仏の慈愛そのままです。 


それは決して、見返りを求めるものでもなければ、 ご褒美を与えるというものでもありません。
弥陀の本願を味わえば味わうほどに、汲めども尽きぬ大慈悲心が味わわれます。


・・・ 


ギブアンドテイク、という言葉があります。


人に良いことをすると、返ってくる。人から良いことをされたら、お返しする。


これは非常に良いことだと思います。善循環だと思います。
 ただそこに、「見返りを求める心」が入ると厄介です。


「善因善果 悪因悪果」と教えられますが、良いことをしたら良い結果を期待してしまう。

 
それが弥陀に向くとどうなるでしょうか。

 
弥陀に何かの救いを期待して、自分で良いと思うことをする。良いと教えられていることをする。
期待通りの結果が来ないと、種まきが足りないように思う。

 
自分の種まきによって見返りを期待するのであれば、どうしてもその「見返り」は種まきに応じた結果になります。


「すでにもって真仮みなこれ大悲の願海に酬報せり。かるがゆえに知んぬ、報仏土なりということを。良に仮の仏土の業因千差なれば、土もまた千差なるべし。これを「方便化身・化土」と名づく。真仮を知らざるに由って、如来広大の恩徳を迷失す」
(教行信証真仏土巻)


実際には、これらの結果を得るのもものすごく大変なことです。


「ある人問ていわく、廃悪修善の旨を存じて念仏せむと、常に本願の旨を思いて念仏すると、いずれか勝れたるや。答う、廃悪修善はこれ諸仏の通戒なりといえども、当世の我等はことごとく違背せり。もし別意の弘願に乗ぜずば生死を出でがたき者か」
(法然上人伝記)


ここでは、廃悪修善を心にかけて念仏するのか、他力本願を信じて念仏するのか、という問いに対して、廃悪修善は諸仏の教えられていることだが、とても現在の私たちには堪えられない。弥陀の18願によらねば生死を超えられないのだ、と教えられています。

 
廃悪修善をして助かる教えならば、廃悪修善を満足にできる人はできるなりの「結果」を得て助かるのでしょう。
ですが、できない人は助からないことになってしまいます。



弥陀がギブアンドテイクで助ける仏なのであれば、私たちもギブアンドテイクの精神で相対することになるでしょう。ですが、もとより弥陀はそのようなことを一切求められていません。
 

ちょうど親が子供に対してとにかく愛情を注いでいるのに、「何か見返りを期待しているのではないか」などと勘ぐってしまったら、親は悲しむでしょう。


また、見え透いた見返りを求める心丸出しの親孝行をしたならば、親はありがたく受け取られてもやはり悲しむのではないでしょうか。


ただただ、子供の喜ぶ顔を願ってのこと、だと思うからです。



弥陀釈迦が種種に善巧方便されているのも、早く本心に相応してほしいからではないでしょうか。


「釈迦弥陀は慈悲の父母 種種に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまいけり」


弥陀が私を助けるのは、ご褒美としてではない。何かをしたからでもない。
ただ、そのまま来いよ、の声そのままなのです。

 
「帰命と申すは如来の勅命に順いたてまつるなり」
(尊号真像銘文)

・・・ 

もし縁あって浄土真宗、親鸞聖人の教えを聴いているのであれば、やはり弥陀の本心である18願を無視してはいけないと思いますし、18願を聞いてほしい。

 
私は後輩諸君に対して、弥陀の本願聞けよという話はそれなりにしていたつもりなのですが、やはりなかなか、どうしても不十分でありました。


弥陀の本心は18願。18願をそのまま聞いてそのまますぐに聞ける人は素直な人だと思いますが、私はそんな殊勝な人間ではなかった。それでも弥陀の本願を喜ばせてもらったのは不思議不思議としかいいようがありません。


親鸞会も最近は19願の話が目立ちますが、やはり弥陀の本願、18願を讃歎してほしい。


ご褒美をもらうのでない、見返りを求めるのでもない、ただただ弥陀の大慈悲心から建てられた弥陀の18願。
その心をくみ取るかくみ取らないかはその人のご縁ですけれども、それを無視したらやはり浄土真宗ではない、と思うのです。


・・・

ところで、親鸞会とは何だったのでしょうか。
親鸞会とは、皆さんにとってどういう存在なのでしょうか。



親鸞会に対して、感謝の念が有る人もあるでしょうし、全くない人もあるでしょう。嫌悪感だけが募ってしまった人もあるか知れません。


もし学生時代の私のように、弥陀の本願は私の満足を果たすための手段であり、浄土真宗の教えもそのためのものだ、と思っていて、それが果たせないままであったら、「求めていたものが親鸞会では求まらなかった」と、憎しみの心が出るかも知れません。


あるいは、親鸞会で浄土真宗の教えに出会えて弥陀の本願に出会ったことを喜び、それ以上に何も求めていなかったとすれば、親鸞会に対する感謝の心がわき上がるのかも知れません。



もし親鸞会が、弥陀の本願を教えてもらったという喜びに満ち溢れているのだとすれば、それはきっと、弥陀の深い大慈悲によって起こされた本願の心の讃歎で溢れているからなのであり、
もし親鸞会が、利害打算の怨嗟で満ち溢れているのだとすればあるいは、弥陀の本願も自らの利害打算のための「方便」として聞いているから、と言えるのかもしれません。


・・・ 

「無明長夜の燈炬なり 智眼くらしとかなしむな  生死大海の船筏なり  罪障おもしとなげかざれ
 願力無窮にましませば  罪業深重もおもからず  仏智無辺にましませば  散乱放逸もすてられず
 如来の作願をたずぬれば  苦悩の有情をすてずして  回向を首としたまいて  大悲心をば成就せり
 真実信心の称名は  弥陀回向の法なれば  不回向となづけてぞ  自力の称念きらわるる」

(正像末和讃)


自分にはあれが足りないとかこれが足りないとか、いろいろ思い悩むことがあるか知れません。

こと弥陀の本願を聞くに際してそれらの心配は無用である、なぜなら弥陀が何もかも用意されているからだ、と親鸞聖人は仰っています。



私のこと、あるいは親鸞会のことは嫌いになっても、弥陀の本願は嫌いにならないで下さい。

いや、嫌いになったとしても、自分から諦めないでください。

 

せっかく浄土真宗にご縁があった人を、弥陀は諦めていないからです。

 
この春、新たな旅立ちをする人もあるでしょうし、あまり変わらないけど年次が変わるだけという人もあるでしょう。 それぞれのご縁で、それぞれに弥陀の本願を讃歎してもらえればと思います。



今、縁のある皆さんにも言いたいのですが、
今、もう会うことのできない後輩の君へ。


私は後輩の皆に、「お母さんだと思ってくれ」と言いました。半分は先輩の真似でしたけど、半分は弥陀の心を少しでも味わいたかったから。


でも、やはり「お母さん」にはなりきれませんでした。 
つくづく、弥陀の本願を味わってそう思います。


今更ここで書いたことが届くわけではないのでしょうけど、 弥陀を念じて。そして、君を念じて。
目の前にいる時に、ちゃんと言えば良かったですね。 

「大導師以上座談会」は、私の所信により見送り、先回の二千畳も所用のためご縁を見送ったため、次回のご縁はちょっと久しぶりのご縁になりそうです。今のところご縁をもつ予定です。


先回のエントリの私の文章がよろしくなくて、なんとなく誤解された感じもあるようですので、三行でまとめてみます。


・壇上の講師部員はじめ、多くの会員さんも「聞き誤っていた」というお話があったそうです。
・今まで正しく説いてきた、と聞いている側が悪いのだと受け取れるお話があったと聞きました。
・内容を聞く限りは誤解を生じて当然と思える内容で、「これはひどい」と思って端的に記事を書きました。


私が、「聞き誤ってきた会員さんに問題がある」という趣旨で書いたのではなく、その逆の趣旨というわけです。


やはり直接聞いてない話について書くのは実に微妙な問題がありまして、そのような意味において、「直接のご縁はやはり大切である」と思った次第です。



今回は実は149本目の記事だそうです。つまり次回は150回目。ペースが安定せず、当初に比べて若干ペースがおちてきましたが、それでも150本目の記事を書けるところまできました。ありがとうございます。


100本目の記事でこんなことを書いて、若干路線変更したような感じもありましたが、150本目はどうしようか。
2つの方向性で考えていますが、何を書くかは日曜日のテレビ講演の後で決めようかと思っています。 





さて、ぶるうの氏の最近の記事がちょっと話題になっているようです。
これまでの記事とはかなり方向性が違って見えたからでしょうか。
 

私自身は率直に言えば、ぶるうの氏がこのような感情を持たれていること自体に特段驚きはありません。それをブログに書かれたことはやや意外に思いましたが。


ちなみに、私がぶるうの氏をどうこうした、ということはまったくありませんので。



今回の「変わりぶり」にはやや憶測もあるようですけれども、私個人の考えとしては、あれがぶるうの氏の真情なのだと思っています。


こういう言い方はあまりよろしくないのですが、おそらく「さよなら」の読者のうち、多くの方は私ほどぶるうの氏との接点が無いはずです。無いぶん、「さよなら」の記事を見てのイメージが先行してその「変化ぶり」に驚かれたのだと思いますが、本来ぶるうの氏はあの書きぶりから見てもお分かりの通り、親鸞会への愛情が非常に強い人です。


おそらく、否定的なコメントが多く出るのではないかと思っていましたが、果たして今のところはその通りでした。


これは仕方ないことだと思います。


私が思うに、ぶるうの氏のあの記事に理解なり同心なりされる方は、あのコメント欄程度ではないと思うのですが、そのような方はあまりコメントされません。いかんせん、擁護するような雰囲気を許容しない雰囲気が未だにあります。従って、批判的なコメントが相対的に多くなるのは致し方ありません。


あ、ちなみに、コメントされないことを批判しているのではありません。 書くと荒れてしまうから自重されたり、あるいは書き込むところまで気が進まなかったりと、いろいろありますので。



もちろん、厳しく批判する人も必要。中立的にものごとを見る人も必要。理解を示す人も必要。


一つの意見しか許容しないのであれば、それがどちらに偏ったにせよカルトです。


ぶるうの氏を批判する人が有るのも当然ですし、理解を示す人が有るのも当然。
コメント欄は批判的なコメントが多いようですけれども、実際に理解を示す人もあそこまで少なくはないと思います。


「さよなら」の役割は役割としてありますけれども、ほぼ孤軍奮闘状態だった最初と比べて、ずいぶん周りの状況も変化してきました。


弥陀の本願を味わい、当初と心境が大きく変わったところもあるかしれません。


ぶるうの氏はぶるうの氏の所信を表明されればよろしいと思います。 


と、後輩の分際でえらそうなことを書いてみました。 

日曜日は二千畳テレビ講演でした。が、私は所用のためご縁がありませんでした。ですので、残念ながら詳しい内容は分かりません。おそらく、「五重の義」の、特に宿善のお話だったのではないかと推測しています。



そういえば、先月の二千畳テレビ講演の内容もまだ全然書けていなかったと思います。ご縁があれば、とは思いますが・・・ 


さて、先日の「大導師以上座談会」にて、せっかくご厚意で内容を頂いていたのですが、最初にかなり中途半端な状態で書いてしまいました。 


苦悩の根源が疑情である、ということについての異論をはさむわけではありません。


ただ、頂いた内容の中に、

>今までそのようにしか話してこなかったし、『なぜ生きる』も細心の注意を払ってそのように書いた。 

という趣旨の言葉があったこと。「そのように」の内容が判然としませんでしたが、これを読んだ時、「それはないだろう」と思ってしまいました。


100人の内、数人が聞き誤っていたのであれば、たしかに聞いた人の問題と言えるでしょう。ただ、頂いたメールの内容からすると、壇上に上がった講師部員を始め、多くの方が「聞き誤っていた」様子。


聞き誤らせるような内容が、「いきなり言っても分からないから」というような理由で書かれたものだったとしても、長く真剣に聞いていたはずの講師部員でさえも「聞き誤っていた」とはどういうことか。


機に応じて説かれた故の内容であれば、当然、相応する機に対しては「正しく」説いているはずで、全員でなくとも「正しく」聞いていた人が有っても良かったのに。


壇上に上がった講師部員が揃いも揃って・・・



実際に聞いていたわけでもないのに、そんなふうに思ってしまったのでした。

いささか杜撰になってしまったという反省もありますが、そのようなわけで最初に中途半端な状態で書いてしまったわけです。




ところで、「疑情=無明の闇=後生くらい心」の話で、ずいぶん前のことを思い出しました。


およそ6年ほど前、学生の合宿に誘われた際に、そこにいらした講師部員に対してした質問。


「なぜ、疑情が後生くらい心とイコールなのか」


これに対して、本願文を元に説明された記憶があります。

私にとっても、その講師部員の方にとっても、親鸞会で「疑情=後生くらい心」と説明されていたということは、何の疑いもない自明のことだったのだなあと、このことを思い出して改めて思いました。 

前回の記事で、「大導師以上座談会」の内容について随分不十分な内容で出してしまいました。そのあたりで思ったことはいろいろあったのですが、今回は書かないことにします。まずは、概ねどのような話があった(と推測される)のか、といったことを書いてからが良いかな、と思いましたので。



コメント欄で書きましたとおり、実際にご縁のあった会員さんから内容についてメールを頂きました(ありがとうございます)。また、コメント欄にも内容についての書き込みを頂きました(ありがとうございます)。

さらに、一応昨日の支部会合に呼ばれまして(普段平日は参加しないのですが)、その後の講師部講義の内容を少し聞きました。ただ、仕事で遅くなったため途中からしか聞けませんでしたが。


メールを頂いた方は、私が座談会にご縁が無いことを知られて、衝撃を受けられた内容を伝えて下さいました。
私に対して座談会の内容を網羅的に情報提供する、という趣旨でお送り頂いたわけではありませんので、その点は誤解されないようにお願いします。


メールを下さった方もそうでしたし、また、支部会合の後少し話を聞いた限りでも、座談会にご縁のあった会員さんも、ほぼ一様に驚きと衝撃を受けられた内容だったようです。

ただ、仕事などでご縁の無かった会員さんは、ひとまず内容を聞かれただけだからなのか、特に衝撃を受けた、という雰囲気はありませんでした。「きっと座談会ではものすごい衝撃的に話をされたのだろうね」といった風情でしょうか。


前回の記事の内容が恐ろしく不十分で、直接ご縁のあった会員さんからしたら、「端折りすぎだ」とおもわれたかもしれません。せっかくなので頂いた情報を元に、「おそらくこのような話があったのだろう」と推測して内容をまとめてみました。


ちなみに途中、「大講師以上」というフレーズが出てきますが、どうもずっとその言われ方だったようで、参加された会員さんは「先生はそのようなお気持ちで話をされたのだろう」ということでした。


座談会に直接ご縁の無かった私が、又聞きで内容を組み立てていますので、そもそも正確さに欠けると思いますし、直接のご縁に合われた会員さんの受けられた衝撃というのはなかなか伝わらないかと思いますが、その点をご理解の上、参考までに。


*******
(質問)
『なぜ生きる』1部8章
「死を正視して苦悩の根源を知りそれを断ち切って初めて、「何と生きるとは素晴らしいことなのか」「生きるとは無上の幸せになるためであった」と人生の目的が鮮明に知らされるのです」
とはどのようなことでしょうか


(回答)
私たちは、死を正視することができない。正視すると、滝つぼに落ちた後どうなるか分からない「後生くらい心」が出てくる。

(後生くらい心について、アシスタントの説明の後で)
死ぬのではなかろうかと不安になる心は後生くらい心ではない。後生くらい心、無明の闇がなくなっても、死んだらどうしようと思う心はなくならない。
後生の一大事は、事故や火事に遭ったとか、そのような世間の一大事とは比較にならない。イノシシと山ほど違う。

(アシスタント「死ぬではなかろうかと不安になる心も後生くらい心の一部だと聞き誤っていました」)


「無明の闇を破するゆえ 智慧光仏となづけたり
 一切諸仏三定聚 ともに嘆誉したまえり」

阿弥陀仏は、全人類の苦しみの根源である無明の闇を破ってみせる、と約束されている。
その阿弥陀仏のお約束を阿弥陀仏の本願という。

阿弥陀仏の本願を疑う心を疑情と言われる。
その疑情がなくならないから、苦しみがなくならないと親鸞聖人は教えられている。

「還来生死輪転家決以疑情所為」
「真の知識にあうことは 難きが中になお難し
 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき」

私たちが助からないのは疑情一つだ、と教えられているが、では、後生くらい心で助からないというのはどうなるのか。

疑情によって助からないのか、後生くらい心によって助からないのか。

阿弥陀仏が必ず破ると言われている、全人類の苦しみの根源である「無明の闇(後生くらい心)」と「疑情」は同じものか、異なるものか?
病気で死んだ、というのと、薬を飲まないから死んだ、というのは同じか、異なるか?


(ここでアシスタント数人による説明。いずれも「同じもの」という説明)

アシスタント「苦しみの根源がお金だという人は悪知識だが、苦しみの根源が無明の闇だと教えるのは真の知識である」


それは、真の知識ではない。
「私たちが助からないのは、弥陀の本願を疑う一つである」と教えるのが真の知識だと親鸞聖人が教えられている通り。
真の知識は疑情一つだと教える。
後生くらい心、無明の闇によって助からないと教えるのは真の知識ではない。

後生くらい心と疑情はイコールではない。

「弥陀の本願を疑っているから(助からないのだ)よ、後生くらい心ではないのだよ」
教行信証では一貫して教えられている。
私たちは罪悪によって地獄に堕ちるのではない。無明の闇で堕ちるのでもない。
弥陀の本願を疑う心一つで堕ちる。

聞き誤りやすいところだが、きわめて大事なところ。
今までそのようにしか話してこなかったし、『なぜ生きる』も細心の注意を払ってそのように書いた。

普通の人ではなかなか分からないだろうが、今日は大講師以上の皆さんだから分かられると思う。


(会場からの質問に対して?)

無明の闇を疑情の意味で言われているところもあるので、そこはイコールでも良いが、イコールかそうでないかは前後の文脈から判断しなければならない。

*******


それで、「座談会の内容が途中になってしまっていたので」ということからなのか、講師部講義でその続きのお話があったようです。

 
先に書いたとおり、その内容全部は分かりません。
おおまかに私が聞いた内容は以下の通りでした。


*******

親鸞聖人は、正しい信心かどうかは本願成就文によるのだ、と教えられた。
覚如上人がそのように仰っている。

「かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の”信心歓喜乃至一念”等の文をもって依憑とす、このほか未だきかず」

阿弥陀仏の18願を解説されたのが本願成就文。
その中の、
信心歓喜=救われたこと
聞其名号=その名号を聞いて。これ一つで助かる、ということ。

逆に言えば、助からないのは名号を聞かないからだ、と教えられている。
これ以外親鸞聖人から聞いたことがない、と覚如上人は仰っている。

「横超とはすなわち願成就、一実円満の真教真宗これなり」
とあるとおり、本願成就文の教えは、完全無欠で欠け目がない、真実の教えであり真実の宗教。


名号を聞く、といわれるが聞くとはどういうことか。

「『聞』というは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし~」
”「聞」というのは、阿弥陀仏の本願の生起本末にツユチリ程の疑いも無くなったことを言う”

そして、その疑いの心(疑情)が無くなった親鸞聖人の叫びが
「誠なるかなや摂取不捨の真言~」


よって、親鸞聖人は、疑情一つだ、としか教えられていない。


ただし、阿弥陀仏のことを知らない人に真実をいきなり言っても伝わらない。
そこに真実を伝える苦労がある。 

暖かくなってきて花粉がひどくて、今日の首都圏は風も強かったわけですが、そんな折も折、ほぼ4ヶ月ぶりにぶるうの氏の「さよなら親鸞会」が久々に更新されました。


私が余計なことを書いてしまったからかなあとなんとなく思ったりもしたのですが、今日の話題は違う話です。



「大導師以上座談会」に私はご縁がありません(というかご縁を求めなかった)でしたが、対象者が限られる上に私が参詣しないと宣言した(これは関係ないと思いますが)ので、話の内容に興味はありました。ビデオのご縁でもあったらどうかなあ、などと思っていました。


そうしたら、とある方から、”「大導師以上座談会」に参詣された方の反響”の情報を頂きました。


私はご縁が無かったので、実際どういう話があって正確なところどうなのか、ということについては判断のしようがありません。ですが、おそらくこのような話があったのだろう、とは思います。


頂いた情報からしますと、端的に言いますと以下の2点(1点と言って良いかもしれませんが)について参詣された多くの方が 「今まで大変な聞き誤りをしていた」 と衝撃を受けられたようです。内容は端的に書きます。


・「後生くらい心(無明の闇)」と「疑情」は同じではない。同じ意味で言われているところもあるが、
 文脈から判断しなければいけない。

・「私たちが助からないのは弥陀の本願を疑う一つ」と教える人が真の知識。
 「後生くらい心によって苦しんでいる」「無明の闇によって苦しんでいる」と教える人は真の知識ではない。


こんなような話があったようです。
 

私の聞き間違いでなければ、今までほとんど、「無明の闇=後生くらい心」という説明がなされていたと思います。たまに、「無明煩悩われらが身にみちみちて」のお言葉の時には、ここでいう無明は煩悩である、という話があったくらいで、ほとんどは「無明の闇=後生くらい心」だったと思います。
アシスタント皆「聞き誤っていた」ようですが、事実だとすれば当然のような気がします。 


また、『なぜ生きる』の2部4章には、
 

「苦悩の根元は、これひとつ」と断定される「疑情」とは、次章から詳しく述べる、死後どうなるか分からない「無明の闇」のことである。 (「生死輪転の家に還来することは」のお言葉の後で)

とか

「苦しみの根元は〝無明の闇〟である、と説く本当の仏教を教える人には、めったに会うことはできないものである」(「真の知識にあうことは」のご和讃の現代語訳)


とあります。 思いっきり「疑情」=「死後どうなるか分からない『無明の闇』」と書かれています。
もっといえば、これが「苦悩の根源」と言われていますが、これは「苦しんでいる」という意味とは違うのでしょうか。
 

「苦しみの根元は〝無明の闇〟である」
「私たちは〝無明の闇〟によって苦しんでいる」


私には、同じことをいっているように思えます。そうすると、『なぜ生きる』は「真の知識の教えではない」ということなのでしょうか。私は実際に話を聞いたわけではありませんから、こういうことなのかどうかは分かりませんが。 


もし詳しくお分かりになる方があれば教えて頂ければと思います。 

最近、私にとってたいへんに残念であり何とも言えないなことがありました。それで昨日の夜中は一生懸命電報とメールを打っていました。


さて、今日(日が変わったので)は「大導師以上座談会」が予定されています。ですが、表題の通りご縁がありません。今回の理由は仕事とか所用ということではありません。




「大導師以上」と名乗ってはいますが、話を聞く限りは、以前でいうところの「大導師」という学階とは関係がなさそうです。他の支部ではどうなのか分かりませんが。

・どうしても聞きたいといわれる会員さんで、所定以上のお布施ができる人 
・所定以上のお布施をしてでも聞きたいといわれる会員さん

 
どういう表現だったか失念してしまいましたが、このような座談会です。ですので、「お布施頑張ってでもどうしても聞きたい」 という人を「大導師以上」といわれているのかも知れません。実際には、「どうしても聞きたいという人で、お布施が難しい人は相談して下さい」とのことですので、厳密な条件とまではいかないようです。




私が大学院生だった当時、教学講義というご縁があったのですが、所定の学階に加え、所定以上のお布施と活動日数が問題となりました。本尊論ブログを立ち上げていろいろやる前は、なんとか活動日数のつじつまを合わせて参詣していました。

しかしながら、本尊論ブログを書いていろいろありまして、大学院を出る3月には活動日数を満たさない状態になりました。


ここで私は、 誓約書を書いて参詣するという選択肢もあったのですが、「条件を満たさないから参詣しない」と決めました。たまたま実家に戻る必要があったから、というのが直接の理由でしたが。


それ以来、つまり社会人になってからは、この教学講義のように会員である以外に何かしらの条件が付くようなご縁に対しては、基本的に「条件を満たさないから参詣しない」ということにしました。



弥陀が「十方衆生」と誓われているのに条件が付いてしまったら、それは弥陀の本願では無くなる、と思ったからです。いつぞやのご法座で聞いたような記憶もありますけれど、「条件を付けられたら私は助からない」とも言えるように思います。


話の理解の程度の違いなどもあり、全員が全員同じ話というわけにいかないところがあるのかもしれませんが、お布施とか聞く気持ちの強弱などで話を聞ける聞けないが変わるとなると、私は「条件を満たさない」方向になるのではないかと思います。


学生時代にK玉先生から、

「聞く気なき 衆生聞かすは弥陀の慈悲」

というはがきを頂いたような記憶があります。聞く気も弥陀のお育てだと思えば、それによってご縁が別れるというのは弥陀からしたらどうなのだろうと思います。



「弥陀の本願とかえらそうなことを言って、ただその気が無いだけだろう」というご指摘があれば、ご尤もです、というしかありませんけれども、そのようなわけで、この座談会にはご縁がありません。
 

少なくない方から、親鸞会館でのご法座とか講演の内容についての要望がありましたので、ひとまずメモを元に書いておりまして、先月の講演の内容を未だに書いていないのでそろそろ書かないとなあ、などと思っていましたら、とある記事が目にとまりました。


「歎異抄をひらく」(高森顕徹著)が絶対正しく、本願寺の学者が沈黙したとおもっている親鸞会会員に読んで欲しい「聖典セミナー歎異抄」の目次紹介


会員の立場で紹介するのもどうかという声があるかも知れませんけれども、懐かしい書名に目が行ったのでした。



7年ほど前、私は大学院を修了して、就職のために板橋区に引っ越しました。池袋まで近かったので、たまの休日に池袋のジュンク堂書店によく足を運ぶようになりました。私が当時よく行っていたのは4階と5階。仏教書の中でも浄土真宗の本棚の前で本を立ち読みしつつ、購入しては家の本棚の肥やしにしていました。
 

その中で、歎異抄本を集中的に探していた時期がありまして、そのときに購入した本のうちの一冊が、この『聖典セミナー歎異抄』だったのです。購入して一回読んでから、おそらく5年くらいは経っていたのですが、この記事をご縁にまた引っ張り出してみました。


正直なところ、内容を全部覚えているわけではありません。むしろ、ほとんど覚えていませんでした。ただ一つ、とても感銘を受けたところがあったことだけは覚えていました。


というわけで、5年ぶりくらいに読んだその箇所を引用してみます。


===(引用はじめ)==
■異なるものを歎く


「私は、このように故聖人からお聞かせにあずかった」と語り続けてきた唯円房も、やがて自身の余命がいくばくもないことを思うにつけても、聖人からうけたまわった珠玉のようなお言葉を、のちの世の人の指標として書きのこさずにはおれなかったのでしょう。この書の最後に、次のように述懐されています。

古親鸞の仰せごと候ひし趣、百分が一つ、かたはしばかりをも、おもひいでまゐらせて、書きつけ候ふなり。かなしきかなや、さいはひに念仏しながら、直に報土に生まれずして、辺地に宿をとらんこと。一室の行者のなかに、信心異なることなからんために、なくなく筆を染めてこれをしるす。なづけて『歎異抄』といふべし。

(現代語訳は略)

ここに切々とうったえられていることは、異端を弾劾するといった冷ややかな批判ではありません。せっかく縁あって浄土のみ教えを聞き、お念仏を申す身にまでなりながら、このような身に育て導いてくださった如来大悲の恩を忘れ、真実の如来をおおいかくし、自他ともに安住の地を見失っていくものへの深い悲しみが、この書を撰述せしめたのです。誤れるものを悲しむ心こそ如来の大悲に通ずる心であるとすれば、この書の撰述は、まさに「大悲を行ずる」すがたであったというべきでしょう。ともあれ唯円房が「破邪」の書といわれずに「歎異の抄」と題されていることの深い意味をくみとらねばなりません

===(引用おわり)==


親鸞会の書物(特に昭和時代の)に強烈に感じていた違和感は、まさにこれだったのかと、これを読んだ時に思いました。


私は、浄土真宗において「破邪顕正」という言葉を親鸞会以外で聞いたことがないのですが、こと親鸞会において多用されるのがこの「破邪顕正」という言葉です。親鸞会はこの言葉が大好きです。


この、「破邪顕正」という言葉は、「邪を破り正を顕らかにする」ということでしょうから、正しさをあきらかにする自分が正しくて邪を破る相手が間違っているという大前提があります。


「親鸞聖人が、正信偈を一字一涙の思いで書かれた」とは親鸞会でよく聞かせてもらったフレーズです。 
また、 『一念多念証文』の最後の文章もまた、親鸞聖人の思いがにじみ出ているお言葉のように思います。


これら親鸞聖人の思いに、「破邪顕正」という言葉は馴染まない。
敢えていえば、唯円房と同じく「歎異」の言葉がしっくりくるように思います。




5年前にこれを読み、ほどなく『歎異抄をひらく』の本が出ましたが、意訳は結構、そのほかの一般的に出回っている書物に近いなあと感じる部分もありました。そんなこともあり、親鸞会も「歎異の心」に目覚めてくれるだろうか、などという淡い期待も持っていました。


5年後の顕正新聞の記事を見ても、なかなかに「歎異の心」を味わわせてはもらえないのかと思う次第です。 私の感じ方、なのでしょうかね。


そもそもの前提が違う、と言ってしまえばそれまでですが。 

日曜日は学生大会ということで、演題は前日の夜に発表されたらしいのですが、「長者窮子の譬」でした。

まだ前回の二千畳テレビ講演の内容について書いてないのですが、大まかに学生大会の話の概要を書いておきます。

午前中はたとえ話に入らず、その前の話が続きました。
たとえ話をされたのは何を教えるためか、というところでは、

「(正しい)信心を教えるために」
「南無阿弥陀仏の名号を受け取るにはどうしたら良いか、受け取ったらどうなるか」
「どうすれば、この広大な阿弥陀仏の御心を分かってもらえるか」

と、(同じことを言われたかったのでしょうが)表現が何度か変わっていたようなのが印象的でした。


いつも通り、私のメモによる記録です。

=====

長者窮子の譬は、お釈迦さまが作られた一つのたとえ話。
たとえ話を聞く時に、心得ていなければならないことが二つある。

・伝えんとすることは何か
・合わないところがある


聖人一流章にあるとおり、親鸞聖人は信心一つを教えていかれた。
長者窮子の譬も、信心を表すため。

信心といっても、神や仏を信ずるだけでが信心ではない。何かを信じなければ生きていけない。
信じることは生きることの代名詞。

お釈迦様は正しい信心を明らかにするために教えられた。 


「この信心をばまことの心とよむうえは凡夫の迷心にあらず、またく仏心なり
 この仏心を凡夫にさづけたまうとき、信心といわるるなり」(最要抄)

お釈迦様、親鸞聖人、蓮如上人らの教えられる信心=まことの心=凡夫の迷心ではない=仏(阿弥陀仏)心

この阿弥陀仏の心をもらった時、私のものになる。このとき私の信心になる。

阿弥陀仏の心、仏心は大慈悲心ともいわれる。

慈=苦しみを無くして下さる
悲=無上の幸せを与えて下さる
大=変わらない 


苦しみを無くしたいと思っても、素手では助けられない。薬が必要。
目に見えない阿弥陀仏の心(私たちを絶対の幸福にしてやりたい)が目に見える姿になったものが南無阿弥陀仏の六字名号。

(名号→信心、の図)
 
名号(=仏心)が与えられる前は阿弥陀仏のもの。与えられると私にものになる。これが信心。 


お釈迦様がたとえを作って明らかにされた信心は、人間の迷った心(凡夫自力の迷心)ではない。
自力の迷心=迷った心、不実の心、お釈迦様のお言葉で言うと”心口各異言念無実”

親鸞聖人は、「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は~」と仰った。
煩悩具足の凡夫=心口各異の人間 が、 火宅無常の世界=まことのない世界 にいる。
だから、世の中の人の信心は例外なく真実あることなし。


真実の信心は誰も知らない。その信心を教えるためにお釈迦様が作られた話。
 

阿弥陀仏の仏心、南無阿弥陀仏のこもった大慈悲心を戴いた時、信心となる。
南無阿弥陀仏の名号を受け取るにはどうしたら良いか、受け取ったらどうなるか、
これを教えたのが長者窮子の譬。

受け取るために、皆さんは二千畳に来ている。


(午前終わり、午後しばらくは午前の繰り返し)


南無阿弥陀仏=功徳の大宝海=大宇宙で最高の宝(御文章5-13) 

南無阿弥陀仏は、私たちに与えるために十劫の昔にできあがっている。
どのような御心か、分かれば受け取るが分からないから受け取れない。

どうすれば、この広大な阿弥陀仏の御心を分かってもらえるか、ということで作られたたとえ話。


(ここから、たとえ話のあらまし)

・莫大な財産をもつ、長者と子供
・子供は小さい時、人さらいにあって行方不明になった
・方々手を尽くして探したが、40年あまり子供は見つからなかった
・長者は病気となり、全財産を子供に与えたいと願っていた
・長者は最後の手段として、都会に巨大なデパートを作って子供を見つけようとした
・子供は人さらいによって売り飛ばされ、乞食(窮子)になっていた
・窮子は乞食仲間によってデパートの存在を知らされ、デパートを覗き見した
・窮子がデパート覗いた時、長者はそれを見逃さず、屈強な男達に連れてこさせようとした
・男達に追いかけられた窮子は必死に命乞いをし、見るに見かねた長者は子供を解放させた
・長者は、窮子を無理矢理連れてこさせようとしたことを反省し、別の手段を考えた
・長者は、掃除夫に、「何を言ってもいいから言葉であの乞食に、このデパートで働くよう説得せよ」と言った
・掃除夫は必死に窮子を説得し、窮子はデパートで掃除夫として働き始めた
・しばらくして、長者は窮子に「よくやっているから給料倍にしてやる」と言って昇格させた
・本当はすぐにでも親子名乗りをしたいのをこらえ、ついには窮子をデパートの支配人にした
・それでも窮子は、雇われの身と雇い主という心の溝を克服できずにおり、長者は心を痛めていた
・長者もとうとう最期が近くなり、国王らを呼んでついに親子名乗りを果たし、全財産を子供に与えた
・窮子は長者(親)の心を知らされ、長者は亡くなった

(たとえ話終わり)

このたとえ話では、
長者=阿弥陀仏 
長者の財産=南無阿弥陀仏

「これは私の子供です」の一声で、南無阿弥陀仏の全財産が私のものとなる。これが信心。


お釈迦様は長者窮子の譬で、阿弥陀仏が私たちを助けるためにどのようなご苦労をされているのかを教えられた。

だんだんと給料を上げて掃除夫から売り子、と出世をさせる。そんなことを阿弥陀仏は望まれていない。
すぐにでも全財産を与えたかったが、無理矢理与えようとしても目的を果たせない、と我慢された。


「釈迦弥陀は慈悲の父母 種種に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまいけり」

種種の善巧方便が無ければ、信心を阿弥陀仏からいただくということも無かった。



この譬は何のために作られたか。
→阿弥陀仏が私たちを助けるためにどんなご苦労、善巧方便をされているか

合わないところはどこか
→いろいろあるが、阿弥陀仏が亡くなるということはない 

明日は親鸞会館での御法話です。


さて、1ヶ月あまり前の記事にて、


>さて、顕正新聞2/1号を頂きました。ついに [真実開顕へ刻む時] は4年11ヶ月、来月には5年を迎えることとなりそうです。5年を迎えたら、1面に大きく「正統と異端が逆転」といったような内容が掲載されるのではないか、と一人で勝手に思っています。 


などと書いていましたが、このたび、顕正新聞の3/1号を受け取りました。その1面の横書きのタイトルが、今回の記事の見出しです。ちなみに、縦書きの大見出し?には、

「自称正統派が異端となった日」

とありました。若干予想が外れたとも言えますし、なんとなく当たっていたようにも思います。


そのうちまた、どなたかのブログなどで内容が公開されるのではないかと思っていますが、

(4・5・6・7・12・13・16面に関連記事)

とあるとおり、3/1号はこのことがメインとなっています。ただ、まだ厳密に言うと5年経ってなかったと思いますけど。


すいませんが、コメ返しはまた後日いたしたく思います。

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