あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2013年09月

先日、「一念」について書いたところ、よく分からないのですが久しぶりにたくさんのコメントを頂きました。ありがとうございます。

いろいろと皆さんから、味わい深いコメントを頂いているので、皆さんのコメントに触れてみたい気持ちもあるのですが、昨日頂いたこのコメントを、お返事も兼ねて味わってみたいと思います。


  • 11. 林遊
  •  
  • 2013年09月29日 23:54
  • お前、あほだろ。
    高森親鸞会の高度なネット対策として一会員を騙り、高森親鸞会の教義を肯定するためのブログなのか?
     「一念」といふは、信心二心なきがゆゑに一念といふ。これを一心と名づく。一心はすなはち清浄報土の真因なり。 」
    頭が悪いから、「 二心なき」という言葉の意味が判らないだろうけど、あなた自身が、高森親鸞会の教義と本物の教義に決着をつけられないんでしょ。
    ふらふらと、高森教義も是、本願寺教義にもいろめを使うような態度は、御開山が示された本願力回向というご法義には邪魔ですよ。
    もっとも、あなたが浄土真宗という枠の外から、なんまんだぶのご法義を批判することは勝手ですから…….

    ちなみに、《信》の訓には、まかせるという意味もありますから、枝葉末節を論ずるとこのブログのように意味不明な言葉を垂れ流すことになるのかもです(笑


全部読みますと、悪意のあるコメントではないことは明らかなのですが、なぜか不愉快な気持ちになるのは、冒頭の言葉のインパクトがあるからだと思います。


今回のタイトルは、この冒頭の言葉を引いてのことですので、決して皆さんに対しての言葉ではありません。誤解を与えたならば、失礼いたしました。


本来は「あほですが何か?」、で済んでしまうのでしょうが、そうさせないのはやはり煩悩の所為だと味わわれます。 私が人格者なら良いのですが、決してそういうわけではありませんので。
親鸞聖人の、このお言葉を思い出します。


悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近くことを快まず。恥ずべし傷むべし。 
(教行信証信巻)
 
無明煩悩しげくして 塵数のごとく遍満す 愛憎違順することは 高峯岳山にことならず
(正像末和讃)


最近、親鸞会でよく、「自惚れ心をたたき壊さなければ」みたいな話を聞いた記憶がありますが、やはり煩悩自体は無くなりようがありませんね。頭の理解だけでは、どうしようもできない部分だと思います。



頭が悪いから、「 二心なき」という言葉の意味が判らないだろうけど、あなた自身が、高森親鸞会の教義と本物の教義に決着をつけられないんでしょ。


理解して助かる教えなら、理解力がなければ助かりませんから大変ですが、そういう意味では南無阿弥陀仏は「あほでも助かる」といえるでしょう。なんだか表現がおかしな気もしますが、「理解力の高い低いもまったく関係がない」と言った方が無難かも知れません。


「あほ」という言葉を、見ず知らずの人間に対して使うということについては、私の価値観からは離れているのですが、その辺りはご本人の人生経験なり価値観なりに左右するところであり、弥陀の本願とは全く関係のないはなしですから、そういう意味では問題ではないと思います。

と言いながら、そういう言葉を通して無碍の弥陀の本願を味わうご縁にさせてもらったという意味においては、ありがたいご縁でありました。


さて、
 
>高森親鸞会の高度なネット対策として一会員を騙り、高森親鸞会の教義を肯定するためのブログなのか?


私の悪い癖として、説明が面倒になるとどうしても「分からない人は分からなくて良いよ」という態度を取ってしまうことがあります。 特段私はネット対策員ではありませんし、親鸞会から見たらただのアウトローであるわけですけれども、そう思われるならご自由に、という気持ちがあるのも事実です。


率直に言いますと、私が林遊さんに当てたお返事に対して、どういう思考プロセスを経たらこのような発想になるのかが理解できていなかったのですが、ひろしさんから頂いたコメントを踏まえますと、そうなのかなとも思います。


昨日の記事で言いますと、元会員さんの中には「やめてせいせいした」と言われる方も勿論ありますし、もう二度と戻る気はない、と言われる方は多いと思います。ただ、別に戻る気はないけれども、残っている会員さんとの接点が無くなってしまうことを残念に思われる方や、残っている会員さんの仏縁を心配される方なども、少なくはないというのが私の実感です。


私としては、どちらがあるべき姿かなどを論じる気はありません。その人その人のご縁と味わっています。
私は親鸞会に追い出されるように色々と企てていた時期もあったのですが、行動が中途半端だったのか、腐れ縁だったのか、特に追い出されずに残っています。それもまたご縁なのだろうと、勝手に思っています。


すでにお返事でもなんでもなくなっている気がしますけれども、私なりに味わうご縁にできましたし、なかなかそのような露骨なコメントは頂かないので、その点有り難いコメントだったように思います。そんなコメントを頻繁に欲しいわけではありませんが。
 

いささか失礼に感じられる点がありましたら、ご容赦下さい。 

親鸞会の55周年大会(報恩講)まであと2週間になったのだなあとふと思い返しました。今日も取り急ぎ少しだけの更新です。

実は今日、テレビ講演だったのですが都合により私はご縁がありませんでした。また事後の連絡となってしまいまして、楽しみにされていた方に対しては失礼いたしました。来週はご縁がある予定です。



さて、55周年大会に向けての「人を誘う」こと(うろ覚えですが、最近は「お誘い」と言わなくなったようです)が行われておりますが、どうしたことか除名された人にまで電話が掛かってきた、という話がありましたね。


個人的には、弥陀の本願は妨げが無いと味わっておりますから、別段会員であるとかないとか、除名されたとかされてないとか、区別する必要は無いと思っています。


とはいうものの、それまでの親鸞会の言動から言ってみれば、随分と矛盾しているようにみえるので、「節操がない」という指摘をされても仕方ないと思います。 果たして親鸞会の矜持とはなんなのだろうか、というところなのでしょうが、ご縁があれば触れてみたいところでもあります。



私は、このようなブログがご縁となって、退会された方とお会いするご縁もできました。全員が全員、というわけではないのですが、会館に行って会員さんとはなしがしたいと言われる方もありました。


私がどうこうできるかわかりませんが、もし、55周年大会に行ってみたいけれども誘われないとか、誘ってきた会員さんとの人間関係がこじれていて、などという方がありましたら、メッセージ(右上のコーナー)をお寄せ頂ければと思います。
そういう方があるのかは分かりませんが、あれば聞いてみたいと思います。 

先々週の週末に、(仕事で)北海道に行ってました。先々週と言えば、台風が直撃した週末でした。
月曜に戻る予定だったのですが、台風の進路はまっすぐ「こちらに」向かってくるような進路だったため、「本当に帰れるのかしらん」と思ったものでした。


そんな折、「一念」ということについて思い出していた、という話をしましたので、今日はその話です。


・・・

と言いながらいきなり話は変わりますが、こういった状況でよく連想されるのは、


「未来が暗いと現在が暗い。未来がハッキリしないと今が不安になる」


という話であろうと思います。そして、


「地獄か極楽かハッキリしない。どちらかにでもハッキリすれば安心できるが、ハッキリしない。これ(死後ハッキリしない)が苦悩の根元である」


という話も聞いた記憶がありました。 
この話に合わせるならば、


「飛行機が飛ぶのか飛ばないのかハッキリしない。どちらかにハッキリすれば安心できる」


ということだと思います。飛べば当然安心できますし、飛ばないと決まれば次の行動を取れるからです。


・・・


親鸞会では、「一念」を説明する根拠として


「『一念』とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」
(教行信証信巻)



のご文が出てきます。そして、「何億分の一秒よりも短い時間」のことだと説明されます。

この説明と、ご文を見比べて頂くとお気づきになるかと思いますが、「何億分の一秒よりも短い時間」という説明ですと、後半の「広大難思の慶心を彰すなり」の意味が判然としません。

だからなのか分かりませんが、最近はその後半部分が取れてしまって、


「『一念』とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕す」

 

になってしまいました。


・・・ 

 
教学聖典にある割にはそれ以外の話をあまり聞いた記憶がないのですが、「信の一念」については次のように説明されています。


問(6) 「信の一念」に二つの意味があるのを示せ。お聖教の根拠も示せ。

答(6)
◎「時尅の一念」と「信相の一念」の二つである。
○時尅の一念については「それ真実の信楽を按ずるに、信楽に一念有り。『一念』とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」(教行信証信巻)
○信相の一念については「『一念』と言うは、信心二心無きが故に『一念』と曰う」(教行信証信巻)


もっぱら「時尅の一念」、もっといえば「何億分の一秒よりも短い時間」がやたら強調されますが、信相の一念について触れないというのは、甚だ片手落ちであるように思います。


「『一念』と言うは、信心二心無きが故に『一念』と曰う」
(教行信証信巻)

 

他力信心は二心無いから一念というのだ、と言われてます。


・・・


(親鸞会で聞く)最近の説明で、無かったことにされている感のある

 
「広大難思の慶心を彰すなり」

 
ですが、「広大」だとか「難思」だとか言われてますので、他力のことであると味わわれます。「時尅の一念」のご文においても親鸞聖人は一念が他力信心であるということについて、しっかりと書かれているのだと見えます。


・・・


「一念で救われたことがハッキリする」
 

こういう説明をよく聞いてきました。これの意味するところは、


「何億分の一秒にもならない短い時間で、救われたことが明らかに自覚できる」


ということなのだろうと理解しているのですが、これはつまるところ、自覚するに足る証拠が私の手元にある、ということでしょうか。 
 

弥陀の本願に誓われている以上、南無阿弥陀仏が私を助けることはハッキリしていますから、弥陀の側から見て「ハッキリ救う」と言っても差し支えないと思います。


ただ、南無阿弥陀仏によって「私が救われた」というようなことが、いわゆる「証拠」として手元に残るというようなものではありません。極楽に実際に行くかどうかは、実際に極楽にいかなければ「ハッキリ」しません。


他力信心について、よく、「お任せ」という言葉が使われます。私が助かるとか助からないとか、極楽にいけるとかいけないとか、私がどうこうしてなんとかなるような問題ではありません。そういう意味で、まさに「お任せ」なのです。


・・・


北海道の東のほうで、近づいてくる台風を斜めに見つつ飛行機を待っていた時、これらのことを思い出しました。
そして、「はっきりしないことが不安である」という説明が、どちらともつかない「二心」の説明とも結びついたのです。
 

飛行機が飛ぶか、飛ばないかがハッキリしない。


これをもし「二心」というのであれば、弥陀の本願を聞いている人が


極楽にいけるのか、いけないのかハッキリしない

 
ということが該当するように思います。そのように考えると、そんな心(「二心」)が無くなって、


極楽にいけることがハッキリした!

 
ということが「一念」であるように思えます。
ですが、私を極楽に連れていくかどうかということは弥陀の仕事です。私が「極楽行きがハッキリした!」と力もうが力むまいが、問題は他力信心であるかどうかです。


念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。
(歎異抄)


親鸞聖人は「知らん」と言われてますが、私の仕事でなくて弥陀の仕事ですから、私の知るところでないのはその通りだと思います。


「『一念』と言うは、信心二心無きが故に『一念』と曰う」


ここでいう「二心」とは、「どっちか分からなかったけど、一つに決まった!」と私が力むような信心ではなく、すべて南無阿弥陀仏に任せてしまうことなのだ、と味わわれるのです。



北海道のローカル空港で、ケーキを何個も食べながらそのようなことに思いを馳せていました。
なんだか色々漠然と考えたことをぐりぐりと書いただけなので、何が言いたいのかよく分からない文章になっているような気もしますが、実はちょうどその日に、山も山さんが分かりやすく「二心」について書かれているのを発見しました。こちらをお読みになると、私がぐりぐり考えていたことがまとまって見えてくるかと思います。


不思議のご縁だな、と思いました。ちなみに初見では、私の好きな『他力信心の特色』に似たような記述があったなという印象がありましたので、また嬉しくなったのでした。


称名。

 

とあるブログの読者の方から、「少し前に書いていた一念の話を読んでみたい」というご意見がありました。あまり時間が経つと忘れてしまうので、ぼちぼち書こうと思ったのですが、当時の記憶が既に曖昧で色んな話が頭の中で混ざってしまったので、今日は違う話をします。


メールのやりとりをしている方と弥陀の本願の讃歎の話になりまして、ふと、猫の絵がかわいいブログがありますよという話題が出ました。


そういえば私も見るご縁がありまして、猫の絵と弥陀の本願の讃歎が印象に残っていました。が、リンクを辿って行くのがやや難しいブログだったように思います。

そんなわけで、管理人さんには無断になりますが、リンクを貼ってみます。支障があるようでしたらコメントまたはメッセージ等でお知らせ頂ければと思います。

 
琴の糸

 

話は変わりますが、 猫といって思い出すのが猫好きの大学の先輩です。ひこにゃんから始まって何年かの年賀状はずっと猫でした。親鸞会の報恩講(55周年大会)は10月の12日13日ですが、彼のお寺はいつなのかなあと思ったりしています。

 
ポータル・ナビで巡回対象になっている以外にも、色々の方が色々の讃歎をされているのが味わい深く思うところです。

 
本願力にあいぬれば  むなしくすぐるひとぞなき  功徳の宝海みちみちて  煩悩の濁水へだてなし 
(高僧和讃) 

しばらく都合により更新が滞っておりますが、表題のとおり、です。よくよく考えたらいつもご縁が無い時は予告をしていたと思いますが、予告しておりませんでした(多分)。楽しみにされていた方(が、もしありましたならば)、失礼いたしました。


さて、「さよなら親鸞会」にて、私の地元の会館が埼玉熊谷会館であることが触れられてました。特に隠す必要も無いので、直接メッセージを頂いた方には、私の本名(名字)と熊谷在住である旨はメールにてお知らせしていたのですが、不特定の方がお読みになるこのブログでは、あえて触れてはおりませんでした。 新聞を読めば特定できるような情報は書いていたので、 新聞を読むご縁の方であれば別段問題なく分かるようにはなっておりましたが。


そんなわけで改めて考えてみますと、やはり別に熊谷在住であることを隠す必要はないのかな、と思った次第です。 というより、隠す意味がない状態にしてしまっていたような気もしています。


すみませんが、今日は以上と致します。 

過日、ある会員さんと話をしていたら、その方が「触光柔軟の願」が好きだという話がありました。触光柔軟の願は、法蔵菩薩の第三十三願でした。


設我得佛 十方無量 不可思議 諸佛世界 衆生之類 蒙我光明 觸其身者 身心柔輭 超過人天 若不爾者 不取正覺
(大無量寿経) 


蓮如上人も、『蓮如上人御一代記聞書』にて何度か
触光柔軟の願に触れられていました。



信をえたらば、同行に、あらく物を申すまじきなり。心、和らぐべきなり。触光柔軟の願あり。また、信なければ、我になりて、詞もあらく、諍いも必ず出来するなり。あさまし、あさまし。能く能く、こころうべしと云々



わればかりと思ひ、独覚心なること、あさましきことなり。信あらば仏の慈悲をうけとりまうすうへは、わればかりと思ふことはあるまじく候ふ。触光柔軟の願(第三十三願)候ふときは、心もやはらぐべきことなり。されば縁覚は独覚のさとりなるがゆゑに、仏に成らざるなり。



光明の縁にもよおされると柔軟な心をたまわる、ということだそうです。
 
その会員さんは、「弥陀の本願を聞いた人というのは、弥陀の光明によって煩悩具足の凡夫の姿が照らされるから、同病相憐れむではないけれど、同意するとまではいかないまでも他者に対して理解するというような柔和な心になるのではないか」という趣旨のことを言われてました。


私自身もそのように思いますが、如来のお育てが人それぞれ異なるわけですから、たとえば弥陀の本願を喜ばれている方であっても、必ずしも柔和でない人があってもおかしくないかな、とは思っています。


親鸞会は「破邪顕正」という言葉が大好きでした。最近は全然聞かれませんけど。

「破邪顕正」の名の下に、他者を見下して自らを正当化する、いわゆる自是他非を絵に描いたようなかつての親鸞会の振る舞いは、私にとってはどうにも弥陀の本願のお育てには見えませんでした。

個人的には、自是他非というのは自らを正当化しないとアイデンティティが保てないわけですから、自力の特徴のような気がしてならないのですが、親鸞会がどういう状態であったかは分かりません。
 

そんなわけで、時を経て平成の現在において、ネット上で親鸞会がボロクソに言われているのはまったくもって自因自果ですから、当然の報いだとは思っています。


とはいうものの、弥陀の本願を聞かれている方は程度の差こそあれ、弥陀の光明の縁にあっているわけですから、他者への一定の理解もなくただ自是他非で他者を攻撃するだけだとすれば、かつての親鸞会の裏返しでしかなく、寂しくは感じます。


対親鸞会で言うならば、「親鸞会を否定しない者は敵だ」みたいな風情ですね。私がブログを書き始めた時はまさにそんな風情を感じました。私は親鸞会を否定するとか肯定するとか、そういうレベルの話をしたかったわけではなかったのですが、言葉足らずでそういったことが整理できませんでした。

私が幸いだったのは、そんな中でも理解して下さる方に早い段階で出会えたことでした。
今は親鸞会をとりまく環境もまた、全体的に随分と、どうでも良いという雰囲気が出てきたように思いますが。 



元々の性格だとか、親鸞会との関わり方とか、いろいろな要素もあって親鸞会に対する思いもまた人それぞれだと思います。ですので、親鸞会をやめられた方でも親鸞会に対する感謝の気持ちが強い方があっても当然ですし、親鸞会に対する怒りが収まらない方があっても当然だと思います。
 
せっかく弥陀の本願のご縁にあっているのであれば、他者に対して同意とまではいかなくても、理解するくらいはあっても良いのではと思います。


そんなことを思い出したのは、飛雲氏のブログのこの部分からでした。


長年会員を続けてきた人は、親鸞会でしてきた活動を全面否定することに抵抗があるようです。その気持ちは判らないことはありません。
また高森顕徹会長がいなければ、親鸞聖人の教えに遇うことができなかったので、高森会長に感謝している、という人もそれなりにいます。

こういう人は、親鸞聖人のことを思い出して頂きたいです。

親鸞聖人は比叡山に対してどう思われていたか。

仏法を学ぶことができたことに対しては、感謝されていたと思いますが、比叡山が法然門下を弾圧したことに対しては、激しく非難なされているのは御承知の通りです。

親鸞会にしても、高森会長にしても、親鸞聖人の比叡山に対する程度に感謝し、高森邪義に対して激しく反発する気持ちがあっても不思議ではないと思います。ただし個人差があるでしょうから、こうでなければならない、というものではでしょう。



そういえば、安心問答の山も山さんも、似たようなことを書かれてました。


信心とは何か?あぁでなければ、こう、こうでなければあぁという議論は、信心を自分の持ち物のように思い、その上で何が正しいか間違いかと考えるところから来ます。信心とは、名号を聞いたことであって、そのような善悪正邪の立場を離れたものです。それを二心ないと親鸞聖人は言われました。



 
お二人の言われるように、「こうでなければならない」は弥陀の本願ではないと、味わわれます。
 

今日も少しだけ更新です。(なにやら最近はこのパターンが多い気もしますが)
コメントもいくつか頂いてます。ありがとうございます。が、勝手ながらお返事は明日以降にしたく思います。


三連休は遠方に出かけておりました。行き帰りは飛行機で、特に帰りは台風の影響で飛行機が空港までやってくるのか、空港から飛び立てるのか、羽田までたどり着けるのか、いろいろ気をもんでおりましたが、一応帰ってきました。


正規の出発時刻を一時間以上過ぎても、飛ぶのか飛ばないのかが今ひとつハッキリしないという生殺し状態の中で、ふと「一念」という言葉について思いを馳せました。これについては長くなるのでまた改めたいと思います。



8月15日号の顕正新聞を(メール便で)受け取りました。地元の会館の落慶についても掲載されてました。
この落慶に際しては、いろいろと「あり得ないこと」があったということで、支部の皆さんは喜ばれてました。


『なぜ生きる』の第2弾は、早ければ今年中に出るかも知れないようです。どうすれば人生の目的を果たせるのか、についてだそうです。


今回は取り急ぎ以上と致します。

この週末といいますか三連休はおそらく更新できないため、今日少しだけ更新します。


そういえばすこし前に聞いてましたが、55周年のスローガンが正式に決まったそうです。


「五十五の 歳ふりひらく なぜ生きる ただ独り往く 祖師を慕いて」
「湧き出ずる 六字の法城 勿体なや 芳野の館 いかに活かさん」
 

こないだブログに書いてみたものとだいたい同じなのですが、少し変わっているかと思います。


さて、勿体なやと言えば、先日落慶した地元の会館を思い出します。せっかくできた会館なので、いろいろな「活かし方」があると思います。支部の皆さんもいろいろなアイデアを出されているようですので、私も少し考えてみました。


○学生の合宿
 
まわりが森林なので、ロケーションとしてはすばらしいと思います。交通の便も適度に不便(最寄りのバス停までは徒歩15分)で、最寄りのコンビニまでは30分程度歩く必要があるという立地から言っても、学生の合宿には良い環境だと思います。ちなみに、携帯電話の電波はしっかり入ります。
日常生活には不便ですから、この会館に住んで生活しようとは思いませんが、たまに来ると長閑で静かで、本当に気持ちよいところだと思います。学生の感覚でどう感じるかは知りませんが、合宿には良い場所だと思います。
私が大学1年の夏合宿は、親鸞会館でした。駅から離れていて、入会の誘いを受けたときには脱走しようかとも思いましたが、駅から遠かったので諦めたことを覚えています。 今となっては、それもご縁だと思ってます。



○あんしん弁当の出店
 
周りに店がないなら作ってしまおうという発想もアリかと思います。ただ、普通の店を出して採算がとれるかというと微妙なところですし、宗教施設で派手に営業するのは難しいような気もします。そうすると、屋台のような感覚で、たまにあんしん弁当を売り出すような程度が微笑ましいように思います。バザーなどやっても面白いかもしれません。


○関東のつどい 
 
落慶には600人以上の方が来られたそうですが、会館には半分だけの方が入れました。あまり多いとあふれてしまうと思いますが、関東のつどいくらいの大きさなら、皆さん入ることができると思います。実際問題、同じ県内でさえ遠く感じる方があるような立地ですので、神奈川や千葉といった南関東の人はなおさら遠く感じると思います。だからなのか、南関東でもそろそろ会館の目星がついているような話も聞きますが、だいたい富山に行くルート上にありますので、富山の行事の前後に集まるなどすれば、成立するような気がします。皆さんどのみち自家用車かバスでしょうから。


○親鸞聖人の言葉展示

親鸞会館の地下道には、親鸞聖人・蓮如上人・親鸞会のパネルがありますが、それとは一線を画して親鸞聖人のお言葉のパネルを定期的に変えながら展示するのも良いと思います。一線を画してというのは、親鸞会で出てくる根拠の抜き書きではなくて、もっと広く親鸞聖人のお言葉に親しむという意味においてです。会員さんもそうですが、外から会館を見に来られる方にも、親鸞聖人のお言葉に親しむご縁というのは、ありがたいのではと思います。




親鸞会が会館をボコボコ建てているそのロールモデルの大きなところでは、やはり蓮如上人のイメージがあるのだろうと思っています。蓮如上人のイメージも、割合ご都合主義な部分はありますが。


今回はこのくらいにします。
 

久方ぶりに更新された某ブログにて、2ちゃんねるについてふれられてました。そこにもあるように、ここしばらくの親鸞会関係のスレッドはおしなべて荒らしがひどく、見るべきような内容もあまり見られないように思いましたので、疎遠になっていました。ただ、少し懐かしく思いましたので、くだらない思い出話をちょっとだけ書いてみます。


私と2ちゃんねるの出会いは、私が大学2年の6月の話でしたので、すでに12年が経過しています。実はその少し前に、同級生からその派生サイトを教えてもらってました。いわゆる「○○大ちゃんねる」です。




私の大学では、私が大学2年の時に、当時の先輩が調子に乗って派手に勧誘しまくったこともあって、「先輩」が片手で余るほどだったのに16人もの新入生が新勧合宿に行きました。その余勢も駆って、地区で一番大きな部室もできたのでした。 


ところが、好事魔多しと言いますか、派手に勧誘をやっていたことで目立ってしまって、2ちゃんねるや「○○大ちゃんねる」に親鸞会の存在がおおっぴらにされて、新入生が一気にやめていきました。 私もそのことで、ネット上に書かれている親鸞会の姿に触れることとなったのでした。


今くらい色々知ってすり切れていればなんとも思わなかったでしょうが、当時はまだ殆ど何も知らなかったわけですので、2ちゃんねる等で書かれていること自体の正確さは分からなかったものの、もっともらしく書かれた数々の「ダークな部分」に触れて、暗澹たる思いになったものでした。

ただ、当時の私が見ても明らかに事実と異なることも書かれてました。たとえば、合宿のバスを無断で学内に乗り付けて大量の学生が乗り降りしていた、などと書かれていたわけですが、これにはさすがに「そんなにいねーよ」と笑っていたものでした。


その辺はさすがに「便所の落書き」と言われても差し支えない部分、真贋を見極める能力があったとは言い難い私ではありましたが、少なくとも「幾分かの事実は含まれているのだろう」という思いはありました。

当時はあまり見られなかった、親鸞会関係のサイトもいくつか巡りました。当時一番見ていたのは「ジャンヌ」でした。ハトの会などは、ちょうど見られなくなっていた時期だったかと思います。


当時はやめやめの気持ちになってしまって、そのままやめていてもおかしくなかったのですが、どうしたことかやめずに残ってました。さすがに10年以上前のことなのでよく覚えてはいないのですが、「ここでやめたら”元カルト”の看板を背負ってしまう」とかいうよく分からない理由によりやめませんでした。

ちなみに、「やめなかったら”現役カルト”じゃないか」などと言われるかも知れませんが、やめてないということは”カルト”と認定していない、という理屈によって、その突っ込みは却下されます。


何はともかく、そうしたことなど、いろいろな縁があって弥陀の本願のご縁にあずかったということもありますので、不思議不思議としか言いようがありませんけれども、それ以来、2ちゃんねるとはつかず離れずの関係が続きました。


親鸞会では概ね、「ネットは見るな」と言われる傾向がありますが(チューリップ法論の辺りは、珍しく見ることを推奨されてましたが)、その理由は「親鸞会のあんなことやこんなことが分かって、信仰が動揺するから」というのが本当のところだろう、とそのとき思ったものでした。

従いまして、私は後輩に対して「2ちゃんねるとか見てもいいけど、普通の人は動揺するよ」などと言っていました。

 

私が「本尊論」を書いていた辺りから数年、今から5~6年前あたり前まではちょくちょく2ちゃんねるの親鸞会関係スレを見てました。ちょうどあの辺りまでは、荒らしもそこそこにまともな情報もあり、それなりに利用価値があったように思います。

そのうちに仕事等も忙しくなり、だんだん見なくなって、しばらくして戻って来たらそのひどい有様にがっかりしたのでした。どのスレも軒並み荒れている、下劣な言葉が羅列されている。
もう親鸞会関係スレに用事はなくなりました。



誰が書いているか、正確なところは知りませんけれども、私も知っている講師部員も何人かネット対策をしているという話も聞いています。あれほど威勢の良かった親鸞会なのに、最近はネット上で言いたいことを言われてきました。一方で、ネット上では多くを語ることなく内輪で「真実だー」と叫んで傷の嘗め合いをしているようにさえ思われることもあります。


10年あまりの時を超え、「便所の落書き」になれ果ててしまった親鸞会スレと、内向きになってしまった親鸞会を見て、親鸞会がきらいな私としてはここに書けないような思いもありつつ、残念に思う気持ちもあります。


ふと、そんなことを思いました。

 

親鸞会関係のブログと言っても色々あります。会員さんが書いたものもあれば、会員さんでない方が書いたものもあります。書かれた方の分類で行くとそのようになりますし、内容で分けても色々あります。


・日常、活動の記録
・「仏法」の内容
 
など、会員さんのブログの多くはこのような内容だと思います。
私は、親鸞会の中でも外れ者を自称していることもあり、「親鸞会ブログポータル・ナビ」にブログを登録してもらっていますので、「ポータル・ナビ」から見てみますと、趣が変わります。退会された方のブログが多いので当然なのでしょうが。


・親鸞会の組織等についての批判 
・親鸞会の教義についての批判
・親鸞会の教義についての批判に対する擁護
・弥陀の本願の讃歎
・親鸞会はどうでもいい

など。
 
私のブログの立ち位置が恐ろしく中途半端なのですが、それぞれの役割で頑張ってブログを書かれている方がありますので、私はニッチなところで収まっています。

最近の「ブログポータル・ナビ」は、弥陀の本願の讃歎の記事が増えてきたように思います。実は私もそこに乗っかって(?)、弥陀の本願の讃歎をしたいのですが、どうしてもある程度文章をまとめたいためになかなか形に出来ずにいるのが現状です。

そこまで出来ずに話がまとまらないのは、忙しくなったという言葉を遣えば簡単なのでしょうが、それよりも何よりもブログに書く熱意が幾分か冷めてしまっているというのが正しいところのように思います。





私のブログの読者の方には会員さんも何人かいらっしゃいますけれども、メールを下さる数少ない会員さんのうちのお一人から、親鸞会をやめましたというメールを頂きました。

いろいろ思うところはおありだったのだろうと思いますが、端的に言えば「親鸞会の教えについていけない」ということなのだと理解しました。




とある読者の方とお話しした時に、「親鸞会は、活動しない人には親切だが活動している人には冷たい」といった趣旨の話が出ました。これは、「聞き始めの人」や「普段あまりご縁の無い人」に対しては、あまり厳しいことを言うと出てこなくなってしまうので優しくしているが、幹部等にはその必要が無いから態度が冷たいのだ、ということだそうです。

言い方は極端かも知れませんが、私も学生時代から数えておよそ十三年、思い当たる節はあります。担当講師によってその程度が異なるということは、念のために補足いたしますが。




親鸞会の中でよく聞かれる話は、因果の道理であり廃悪修善の話です。良いことをすることは大切なことですが、それは弥陀の本心ではない。軌道に乗らなければ先に進めないのであれば、軌道に乗れない人は蚊帳の外です。


「汝、今知るや不や阿弥陀仏、ここを去ること遠からず」
(観無量寿経)


常に寄り添う弥陀が共にありながら、蚊帳の外ということはありません。軌道の上に乗っているか乗っていないか、軌道といっても自分が考えている軌道だとすれば、そんなことが問題ではありません。
親鸞会であってもなくても、弥陀の本願は変わりません。如来と共にあるのは、信後の人だけでしょうか。私の味わいではありますが、信前信後問わず共にあるのだと味わわれます。如来の助けを彼方に見る、それが自力であるとさえ言えるかも知れません。



「海の内外のへだてなく みおやの徳の尊さを わがはらからに伝えつつ みくにの旅を共にせん」
(真宗宗歌)

 

このページのトップヘ